増えた席、その先
2032年11月。
大阪・本町。
株式会社カナメでは、今年も新しい社員が増えていた。
四月に入社した四名の新卒社員。
そして、年間を通じて段階的に入社している中途社員たち。
開発部では、開発一課、開発二課、基盤運用課の三課体制が定着し、それぞれの課が仕事を進めている。
年末には三十五名体制を目指していた。
その目標も、少しずつ現実のものになろうとしていた。
*
「……今年も、だいぶ増えましたね」
福原奈央は、社員一覧を眺めながら言った。
十一月上旬。
業務部では、今年度の採用状況を整理していた。
四月に入社した新卒社員が四名。
その後も、中途採用が段階的に進んでいる。
福原は、採用予定と入社状況を確認しながら、高瀬へ報告していた。
「そうですね」
高瀬がうなずいた。
「年末の三十五名体制も、見えてきましたね」
「はい」
福原は、資料を切り替えた。
「ただ、最近ちょっと気になっていることがありまして」
「何でしょうか?」
「採用した方々が、実際にどのくらい仕事を任されているのか、もう少し確認したいんです」
「なるほど」
高瀬は、少し考えた。
「入社後の立ち上がり状況ですね」
「はい」
「今も、各課で育成や担当業務の管理はしていますよね?」
「そうですね」
福原がうなずいた。
「ただ、採用した人数だけを見ていると、その方がどのような仕事を始めているのかまでは、わからなくて」
「確かに」
「入社したことと、仕事を任せられるようになったことは、別だと思うんです」
高瀬は、少し笑った。
「そうですね」
「では、各課の状況を確認してみましょうか」
「はい。そうしたいと思っています」
*
数日後。
福原は、開発一課長の田村洋介と話していた。
「田村さん、少しお時間よろしいでしょうか?」
「ええで。どうしたん?」
「今年入社された方々の、現在の担当業務について確認したいんです」
「なるほど」
田村は、案件一覧を開いた。
「ほな、今の状況を説明するわ」
「ありがとうございます」
開発一課では、大型案件を中心に仕事を進めている。
複数人で担当する開発や、長期的な計画が必要な案件が多い。
そのため、新しく入社した社員も、最初から案件全体を任されるわけではなかった。
「まず、担当するシステムの構成を理解してもらうところからやな」
田村が言った。
「なるほど」
「大型案件やと、関係する機能も多いし、ほかの担当者との調整も必要になるから」
「そうですね」
「最初は、一部の機能とか、調査の仕事から入ってもらっとる」
福原は、メモを取った。
「そこから、少しずつ担当範囲を広げる形ですか?」
「せやな」
田村がうなずいた。
「経験者でも、うちのシステムを最初から全部知っとるわけちゃうしな」
「確かに」
「ただ、最近は設計の一部を任せられる人も出てきたで」
「そうなんですね」
「せやねん。最初はレビューを受けながらやけど、だいぶ慣れてきたと思う」
福原は、少し笑った。
「それはよかったです」
「まあ、まだこれからやけどな」
田村も笑った。
「焦らず、仕事を覚えてもらいたいと思っとる」
*
続いて、福原は開発二課長の尾崎達也へ連絡した。
「尾崎さん、今年入社された方々の状況を確認したいんですが」
「ええで」
尾崎は、案件一覧を共有した。
「こっちは、小さい案件が多いからな」
「はい」
「経験者やったら、比較的早く担当を任せられることもあるで」
「なるほど」
「ただ、技術的に仕事ができるんと、うちの進め方を理解しとるんは別やからな」
福原は、少し考えた。
「……九月の件ですか?」
「せやねん」
尾崎は、少し笑った。
「お客様との約束の仕方で、ちょっと行き違いがあったやろ?」
「はい。伺っています」
「前の会社では普通やったことが、うちでは違うこともあるからな」
「そうですね」
尾崎は、資料を切り替えた。
「ほんで、今は入社した人に、案件の進め方もちゃんと説明するようにしとる」
「なるほど」
「技術的なことだけやなくて、誰が何を判断するんかもな」
福原がうなずいた。
「それは、入社時の説明にも反映しておきたいですね」
「せやな」
「実際に仕事を始める前に、知っておいた方がよいこともありますし」
「そういうことやな」
尾崎は、少し考えた。
「ただ、説明しただけで全部覚えられるわけちゃうからな」
「はい」
「実際の案件で確認しながら、慣れてもらうしかないところもあると思う」
「そうですね」
福原は、メモを取った。
*
その日の午後、福原は、田村と尾崎から聞いた内容を整理した。
一課では調査や設計の一部から、二課では小さな案件の進め方から。入社日が同じでも、今確かめたいことは違っていた。
尾崎の話には、受け入れ時の案内へ戻す印を付けた。
*
十一月中旬。
西田は、開発部の課長たちと人員状況を確認していた。
「ほな、今の人員状況について確認しようか」
西田が言った。
田村、尾崎、井上が参加している。
「今年も人が増えたけど、実際に何ができるようになったかを整理したいんよ」
「なるほど」
田村がうなずいた。
「まず、開発一課からお願いできる?」
「ええで」
田村は、案件一覧を共有した。
「大型案件の調査と設計を、以前より並行して進められるようになったな」
「ほう」
「前は、同じ人が複数の案件を見とったから、どうしても待ち時間が出とったんよ」
「せやな」
「今は、担当を分けられるようになってきた」
「それはええな」
西田がうなずいた。
「尾崎の方は?」
「こっちは、小さい案件の待ち時間が減ってきたで」
尾崎が答えた。
「なるほど」
「以前は、担当できる人が空くまで待っとった仕事もあったけど」
「うん」
「今は、比較的早く着手できるようになっとる」
「そらよかった」
西田は、次に井上へ目を向けた。
「運用の方はどうや?」
「こっちは、日々の運用に加えて、改善活動も進められるようになってきたで」
井上が答えた。
「ほう」
「毎朝の確認作業の自動化とか、手順書の見直しとかやな」
「せやな」
「小川にも少しずつ仕事を任せられるようになってきたし」
「それはええことやな」
西田は、うなずいた。
*
西田は、三課の報告を並べた。
去年は、同じ人が空くのを待っていた。今年は仕事を分けられ、井上の課では、次に任せるための整備にも手が届いていた。
*
同じ頃。
金目は、高瀬とともに、経営資料を確認していた。
「……なるほどな」
金目は、社員の稼働状況を眺めていた。
「一部の人、ちょっと余裕あるんやな」
「そうですね」
高瀬が答えた。
「案件の切り替わりで、短期的に稼働が下がっている方がいます」
「なるほど」
「ただ、次の案件は決まっています」
「ほな、別に問題ないんちゃう?」
金目が尋ねた。
「はい。現時点では、大きな問題ではありません」
高瀬は、資料を確認した。
「ただ、人件費との関係では、継続して状況を見ておく必要があります」
「せやな」
金目は、少し考えた。
「ちなみに、空いとる時間は何しとるん?」
「引き継ぎや、次の案件の準備に使っているようです」
「なるほど」
「一部では、技術的な学習や手順の整備も進めています」
「そらええやん」
金目は、少し笑った。
「空いとる時間があるんと、何もすることがないんは違うやろ?」
「そうですね」
「必要な準備とか勉強ができとるんやったら、それも仕事やと思うで」
高瀬がうなずいた。
「はい」
金目は、資料を閉じた。
「まあ、ずっと仕事がないんやったら困るけどな(笑)」
「そうですね(笑)」
二人は笑った。
*
高瀬が開いた稼働状況には、次の案件までの短い空きがあった。金目は、その時間まで埋めるようには言わなかった。
*
十一月下旬。
株式会社カナメでは、翌年度の採用計画について確認が行われていた。
オンライン会議には、金目、高瀬、福原、西田が参加している。
今年度の採用は、年末に向けて最終段階に入っていた。
四月に入社した四名の新卒社員。
そして、年間を通じて段階的に採用してきた中途社員たち。
年末には、三十五名体制となる見込みだった。
しかし、会社の成長はそこで終わるわけではない。
来年度には、さらに五名の採用を予定していた。
*
「それでは、来年度の採用計画について確認します」
福原が、資料を共有した。
「2033年度は、新卒二名、中途三名を予定しています」
「せやな」
金目がうなずいた。
「これで、年末には四十名になる計画やな」
「はい」
福原は、資料を切り替えた。
「ただし、今年度の採用状況を踏まえて、配属先や採用時期については調整したいと考えています」
「なるほど」
西田がうなずいた。
「今年入った人たちの立ち上がりも、見ながら進めたいな」
「そうですね」
福原が答えた。
「特に、開発部では配属先によって、仕事を任せられるようになるまでの期間が違いますので」
「せやな」
西田は、少し考えた。
「大型案件やと、入ってすぐ全部任せられるわけちゃうしな」
「そうですね」
「小型案件の方は比較的早く担当できることもあるけど、それでも慣れる時間は必要や」
「はい」
高瀬が、資料を確認した。
「人件費については、今回の採用人数を前提に計画へ織り込んでいます」
「了解」
金目は、うなずいた。
「ほな、採用自体は予定どおり進めようか」
「承知しました」
*
「ただ、一つだけ確認しときたいんよ」
金目が言った。
「何でしょうか?」
福原が尋ねた。
「四十名にすることが目的になってへんかな、と思ってな」
福原は、少し考えた。
「……人数だけを目標にしない、ということですね」
「せやな」
金目は、少し笑った。
「もちろん、会社として必要やから採用するんやで」
「はい」
「でも、四十名になったら成功、三十九名やったら失敗、いう話でもないやろ?」
「そうですね」
西田がうなずいた。
「必要な仕事を任せられる人が増えることが大事やからな」
「せやろ?」
金目は、資料を確認した。
「今年も、結構な人数を採ったやん」
「はい」
福原が答えた。
「でも、入社した瞬間から全員が同じように仕事できるわけちゃう」
「そうですね」
「ほんで、入った人がちゃんと仕事できるようになるまでには、教える側の時間も必要やろ?」
「はい」
西田がうなずいた。
「そこは、今も各課で調整しとるで」
「せやな」
金目は、少し考えた。
「ほな、来年も採用するんやったら、その分の受け入れも考えとかなあかんな」
「承知しました」
福原は、メモを取った。
*
高瀬が、次の資料を表示した。
「ちなみに、採用後の人件費についても確認しておきたいと思います」
「お願いします」
金目が答えた。
「社員数が増えることで、毎月の給与だけでなく、賞与の支給総額も増えていきます」
「せやな」
「今年四月に初めて賞与を支給しましたが、来年度以降も継続する前提で予算を組んでいます」
「了解」
金目は、少し笑った。
「……今年は、賞与と給料が三日違いやったな(笑)」
高瀬も笑った。
「そうでしたね」
「社員は喜んどったみたいやけど、会社は一週間で二回払ったからなあ」
「はい(笑)」
福原も、少し笑った。
「皆さん、かなり喜ばれていましたよ」
「そらよかった」
金目は、うなずいた。
「ほな、来年もちゃんと出せるようにせなあかんな」
「そうですね」
高瀬は、資料を確認した。
「採用計画と賞与を含めた人件費については、引き続き確認していきます」
「お願いします」
*
会議を終えたあと。
福原は、今年入社した社員たちの状況を整理していた。
採用人数。
入社日。
配属先。
そして、現在の担当業務。
これまでも、そうした情報は管理していた。
しかし、今回、各課長から話を聞いたことで、もう少し違う情報も必要だと感じていた。
入社した社員が、どのような仕事を任されるようになったのか。
まだ、どのような支援が必要なのか。
そして、次にどのような仕事を任せられそうなのか。
「……なるほど」
福原は、少し考えた。
採用担当として、必要な人材を探し、入社までの手続きを進める。
それも大切な仕事だった。
しかし、入社した社員が、その後どうなっているのか。
そこまで確認できれば、次の採用にも生かせるかもしれない。
*
「高瀬さん、少しよろしいでしょうか?」
福原が連絡した。
「はい。どうされました?」
「今年入社された方々の状況について、少し整理してみたんです」
「なるほど」
福原は、資料を共有した。
「採用人数だけでなく、入社後の担当業務や、育成の状況も確認できるようにしたいと思いまして」
「それはよいですね」
高瀬がうなずいた。
「ただ、各課の評価まで、こちらで管理するつもりはありません」
「はい」
「そこは、各課長の仕事だと思っていますので」
「そうですね」
福原は、続けた。
「例えば、入社した方がどのような仕事を始めているのか」
「はい」
「受け入れのときに、何か困ったことがなかったか」
「なるほど」
「そうした情報を確認して、次の採用や受け入れに生かしたいんです」
高瀬は、少し考えた。
「それなら、今ある情報を使って整理できそうですね」
「はい」
「各課へ新しい報告を増やす必要はありませんし」
「そうですね」
福原は、少し笑った。
「できれば、今の面談や受け入れ確認の中で、必要なことを聞けたらと思っています」
「よいと思います」
高瀬もうなずいた。
「では、一度その形で進めてみましょうか」
「ありがとうございます」
*
数日後、福原は、尾崎に聞いた九月の行き違いの記録と、入社時の案内を並べていた。
案内には、相談先の名前がある。そこへ、顧客に返す前に誰と確認するかを、一緒に説明する項目を加えた。
名前を覚えてもらうだけでは、返事をする場面で使えない。説明したあとは、最初の案件でも同じ相手に確かめてもらう。そのつながりも、尾崎へ確認する内容に入れた。
金目への報告では、各課の立ち上がり状況とともに、その変更を見せた。
「九月のお話を伺って、入社の案内にも戻しておきたいと思いまして」
「なるほど。採ったあとに分かったことを、次の人に使うんやな」
「はい。実際の案件で確認するところは、課長とも合わせます」
金目は、案内へ増えた項目を読んだ。
「ええと思うで。ほな、引き続きお願いします」
「承知しました」
*
十一月末。
福原は、社員一覧を見直していた。
今年入社した社員たち。
昨年入社した社員たち。
そして、以前からカナメを支えてきた社員たち。
それぞれが、違う経験を持ち、違う仕事を担当している。
入社したばかりの人もいれば、すでに後輩へ仕事を教えるようになった人もいる。
福原は、社員一覧の横へ、直した案内を置いた。
次に迎える人に説明することが、一つ変わっていた。
福原は、来年度の採用計画を開いた。
新卒二名。
中途三名。
年末には、四十名体制を目指す。
その数字の向こうには、これからカナメへ加わる人たちがいる。
まだ、名前も顔も知らない人たち。
しかし、いつか、その人たちにも仕事を任せる日が来る。
福原は、資料を保存した。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、カナメの採用と、その後のお話でした。
2032年も残りわずか。
四月には四名の新卒社員が入社し、中途採用も順調に進んでいます。
年末には三十五名体制を目指しており、会社の規模もずいぶん大きくなってきました。
……最初の頃を思い返すと、なかなか感慨深いものがありますね(笑)。
さて、今回の中心人物は福原でした。
これまでも採用活動に関わり、必要な人材を探したり、入社までの手続きを進めたりしてきました。
しかし今回は、少し違うことが気になったようです。
採用した社員たちは、実際にどのような仕事をしているのか。
どこまで仕事を任せられるようになったのか。
そして、まだどのような支援が必要なのか。
そうしたことを確認し始めました。
さて、今回の福原は、開発部の各課長から話を聞いていました。
大型案件を担当する開発一課では、まずシステム全体を理解する必要があります。
一方、小型案件を担当する開発二課では、比較的早い段階から担当を任せられる場合もあります。
そして、基盤運用課では、日々の運用を覚えながら、少しずつ改善活動にも関わるようになっています。
同じ時期に入社した社員でも、仕事を覚える速さや、任せられる範囲は違います。
もちろん、本人の経験や能力による違いもあるでしょう。
しかし、それだけではありません。
担当する仕事の性質や、受け入れる側の体制によっても変わってくるものです。
だからこそ、単純に入社から何か月経ったかだけで比較するのは、少し乱暴なのかもしれませんね。
さて、今回の福原。
各課の状況を確認したあと、採用後の立ち上がりについて整理することにしました。
ただし、社員の評価を自分で行うわけではありません。
仕事の成果や今後の役割について判断するのは、それぞれの課長です。
福原が確認したいのは、採用した人が仕事を始めるうえで、何か困っていることはないか。
受け入れる側に、改善できることはないか。
そして、次に採用するとき、どのような準備をしておけばよいのか。
そうしたことでした。
ここも、大切な役割分担だと思っています。
人事担当者がすべての社員の仕事を細かく管理する必要はありません。
現場の責任者が仕事を任せ、人事担当者が採用や受け入れの仕組みを整える。
それぞれが自分の役割を果たすことで、組織全体として新しい社員を支えられるようになるのでしょう。
さて、カナメの2032年も、いよいよ年末が近づいてきました。
今年は開発部の組織再編があり、初めての賞与支給もありました。
新しい社員も加わり、それぞれの部署で仕事の進め方が少しずつ変わっています。
そして、来年には四十名体制を目指すことになります。
会社が大きくなっても、一人ひとりの社員にとっては、毎日の仕事の積み重ねが大切であることに変わりはありません。
増えた席の向こうには、それぞれの仕事があり、それぞれの人生があります。
カナメが、そんな一人ひとりの力を生かせる会社になっていくといいですね。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




