二人分の手間
送るだけのつもりが、一時間かかった。
二つの店から預かった売上の資料を、金目は画面の上で並べ直していた。
元の資料。途中まで作った集計表。店主から聞いた話を書き留めたメモ。
自分では、どこに何があるか分かっている。
だが、そのまま渡して分かるかと言われると、怪しかった。
説明を書いては、消した。
これを書くぐらいなら、自分で続きをやった方が早い。
時計を見て、金目は椅子の背にもたれた。
さっきから、同じことを考えている。
結局、集計表に短い説明を添えて送った。
『二つの店の売上を、まとめて見られるようにしたいという依頼です。集計するところをお願いできればと思ってます』
少しして、昔の同僚から返信が来た。
『これ、日ごとに見たいん? 月ごと?』
『両方です』
『何を見るために?』
金目の指が止まった。
店主には、売上をまとめて見たいと言われた。
月末の集計に時間がかかるとも聞いた。
だから、二つの店の数字を一つにまとめればいいと考えていた。
『店ごとの売上を比べたいんやと思います』
『思います?』
すぐに電話が鳴った。
「そこ、聞いとこうや」
声は、昔と変わらなかった。
「比べたいんやったら、店ごとに並べる。合計だけ分かればええんやったら、もっと簡単にできるし」
「そうですね」
「あと、こっちの店だけ、現金とカードが分かれてるやろ。もう一軒は合計しかない。これは合計でそろえてええん?」
金目は、二つの資料を開き直した。
違うことには気付いていた。
集計するときに合わせれば済むと思って、そのままにしていた。
「確認します」
「ほな、聞けたら教えて。そこ決まったら、こっちは進められるから」
電話が切れたあと、金目はメモに二つ書き足した。
何を比べたいのか。
支払方法は分けて見るのか。
渡したら、仕事が一つ減ると思っていた。
質問が返ってきた。
*
翌日の昼休み、金目は店主に電話をかけた。
「店ごとの売上、比べられたらええなとは思ってるんですけどね」
店主は、少し考えながら答えた。
「ただ、一番困ってるんは、二軒合わせて今どれぐらいなんか、すぐ分からんことなんですわ。月が終わってから計算してるんで」
「月の途中で、合計が分かればええんですね」
「そうそう。去年の同じ月も横にあったら、なおええですけど」
金目は手帳を開いた。
「現金とカードは、分けて見ます?」
「そこは今のままでええです。経理に渡す方で分かるんで。わしが毎日見るんは、全部でなんぼかだけで」
電話を終えてから、手帳を見直した。
二店舗の比較。
現金とカードの内訳。
そのために作りかけていた欄を、何本かの線で消した。
代わりに、今月の累計と前年同月、と書いた。
作るものは、昨日より少なくなった。
聞いた内容を送ると、夕方に返事が来た。
『了解。土曜に一回見せるわ』
金目は、よろしくお願いします、と返した。
その夜は、集計表を開かなかった。
*
土曜日に届いたものは、金目が考えていたものと少し違っていた。
最初の画面には、二つの店を合わせた今月の売上が大きく出ている。
その下に店ごとの数字があり、過去の月は別の場所で選ぶようになっていた。
金目は、何度か画面を切り替えた。
自分なら、全部を一枚に並べる。
その方が、一度に見渡せる。
「月を選ばんでも、横に並んでた方が早くないですか」
電話でそう言うと、相手は笑った。
「金目君はそうやろな」
「僕は?」
「毎日開く人、最初に何見るん?」
金目は画面に戻った。
今月の売上。
その数字は、開いたところに出ていた。
「……今月ですね」
「うん。前の月まで全部並べたら、どこ見るか探さなあかんやろ。必要になったら選べばええかなと思って」
金目は、また画面を切り替えた。
操作は一つ増える。
その代わり、普段見るところは少ない。
「一回、これで見てもらってええですか」
「そのつもりで送ってるよ」
「ああ、そうですね」
言ってから、自分でも笑った。
手直しする場所を探しながら見ていた。
*
店主の前で開くと、説明するより先に指が伸びた。
「あ、これか」
今月の合計を見て、店主は手元の紙を確かめた。
「この数字、昨日まで?」
「はい。昨日の分まで入れてます」
「ほな、ええわ。これが見たかったんです」
金目は、用意してきた説明の紙を裏返した。
前の月を選ぶところだけ伝えると、店主は自分で操作した。
一度間違えたが、戻って、もう一度選んだ。
「こっちの店だけでも見られるんやね」
「はい」
「十分ですわ」
帰りの電車で、金目は短い連絡を送った。
『見てもらいました。これが見たかったそうです』
『よかった。直すとこは?』
『表示の言葉を一か所だけ。あとは、このままで』
『了解』
そこでやり取りは終わった。
金目は携帯をしまいかけて、もう一度取り出した。
『助かりました』
今度の返事は、少し間が空いた。
『請求書も送るから、そっちもよろしく』
金目は声を立てずに笑った。
『はい。お願いします』
*
家に帰って、かかった時間を並べた。
資料を整理した時間。
説明を書いた時間。
質問に答え、店主に確認した時間。
出来上がったものを確かめた時間。
思ったほど、減ってはいなかった。
支払いもある。
けれど、土曜日の朝、集計表は出来ていた。
金目が本業へ行っていた間にも、仕事は進んでいた。
画面の隅には、次の依頼についての連絡が来ている。
これまでなら、今の仕事が終わるまで返信を延ばしていたかもしれない。
金目は予定を確かめ、話を聞きに行ける日を二つ書いた。
送信してから、集計表をもう一度開く。
自分では選ばなかった形だった。
店主は、説明する前に数字を見つけた。
金目は何も直さず、画面を閉じた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
一人でやった方が早い。実際、そういう仕事もあります。
それでも、誰かに任せてみると、自分では選ばなかったやり方に出会うこともあるようです。
金目の仕事に、少しずつ人が加わってきました。
次回もお付き合いいただければ幸いです。
旭月




