↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第一章 気づけば、会社になっていた
PR
7/171

一人でやった方が早い

 金目のスマートフォンが震えたのは、昼休みが終わる五分前だった。


『先日はありがとうございました。少し相談したいことがありまして』


 送り主は、予約管理の仕事を終えた料理店の店主だった。


 金目はメッセージを読み、時計を見た。


 あと五分。


『どうされました?』


 すぐに返事が来た。


『知り合いの店なんですが、毎月の売上をまとめるのに困ってるらしいんです』


「……また集計か」


 金目は小さくつぶやいた。


 今度は何を何回書き写しているのだろう。


 少し気になったが、昼休みはもう終わる。


『ありがとうございます。詳しい話は夜に聞いてみます』


 返信して、スマートフォンを伏せた。


 金目には、本業があった。


 平日は会社員として働き、帰宅してからカナメ事務所の仕事をする。


 週末に顧客を訪ねることもある。


 今のところ、何とか両立できていた。


 少なくとも、金目自身はそう思っていた。


     *


「で、これを毎月やってるんですか?」


「そうなんですわ」


 三件目の依頼人は、小さな飲食店を二店舗経営していた。


 店主が差し出したのは、売上を記録した紙の束だった。


 日付ごとの売上。


 現金とキャッシュレス決済の内訳。


 仕入れの記録。


 月末になると、それらを一つの表にまとめているという。


「二店舗分あるから、結構かかるんです」


「なるほど」


 金目は紙をめくった。


 同じ数字が、いくつもの場所に書かれている。


 集計のために転記し、確認のためにまた転記する。


 見覚えのある光景だった。


「これ、元の数字はどこから出てくるんです?」


「レジですね。毎日締めたときに印刷してます」


「ほな、その数字を直接使えたら早そうですね」


「できるんですか?」


「機種によりますけど。ちょっと確認させてもらってええです?」


 店主はうなずき、レジの説明書を持ってきた。


 金目は型番を控えた。


 売上データを取り出せる機能があるかもしれない。


 ただ、できることと、店で使えることは違う。


 それは前の仕事で、十分に学んだ。


「まず、今の集計で何が一番困ってるか教えてもらえます?」


「時間がかかるんです。月末は二店舗分で半日くらい潰れます」


「それは大変ですね」


「あと、数字が合わへんときがあって」


「どの数字です?」


「現金の売上と、実際に残ってる金額ですね」


 金目はペンを止めた。


「それ、集計だけの問題と違うかもしれませんね」


「そうなんですか?」


「売上と現金残高は、必ずしも同じになりませんから。釣り銭とか、途中で支払ったものとか」


「ああ、なるほど」


 金目はノートに項目を書き足した。


 どうやら、単純に表を作れば終わる仕事ではなさそうだった。


「一回、資料を見せてもらって、できることを整理しますね」


「お願いします」


 店主は安心したように笑った。


 金目も笑った。


 このときは、まだ余裕があった。


     *


 その余裕がなくなったのは、三日後だった。


 帰宅してパソコンを開くと、メールが二件届いていた。


 一件は、最初の居酒屋から。


『先月分の数字が一か所おかしいみたい。時間あるとき見てもらえる?』


 もう一件は、料理店からだった。


『予約メモの用紙、もう少し増やせますか? 変更用の欄も欲しいです』


 どちらも、大きな仕事ではない。


 少し確認すれば済む。


 そう思って、金目は居酒屋の資料を開いた。


「……あれ?」


 数字が合わない。


 原因を探しているうちに、三十分が過ぎた。


 さらに三十分。


 ようやく、店主が入力した日付が一日ずれていることに気づいた。


 修正して、確認方法を伝える。


 時計を見る。


 午後十時を回っていた。


「……あかん、まだ二件ある」


 予約メモの修正。


 二店舗分の売上資料の確認。


 翌日は本業の会議が朝から入っている。


 金目は椅子にもたれた。


「一個ずつは大したことないんやけどなあ」


 どれも、頼まれればできる仕事だった。


 ただ、できることと、時間があることは別だった。


 金目は予定表を開いた。


 平日の夜。


 週末。


 空いている時間を探して、仕事を並べていく。


 土曜の午前に資料を確認する。


 午後に試作品を作る。


 日曜に見直す。


 翌週の夜に店主へ説明する。


「……休み、どこ行った?」


 金目は画面を見つめた。


 面倒な仕事を楽にするために始めた商売だった。


 どういうわけか、自分の仕事がどんどん面倒になっている。


     *


 翌週。


 金目は昔の同僚に連絡した。


 以前、一緒に仕事をしていた男だった。


 技術もわかるし、仕事も丁寧だ。


 何より、頼んだことをきちんと形にしてくれる。


『ちょっと仕事手伝ってもらえへん?』


 返事はすぐに来た。


『内容によるけど、何するん?』


『飲食店の売上集計。ちょっとした表を作りたい』


『どんな表?』


 金目は指を止めた。


 どんな表。


 そんなもの、作ればわかる。


 ……いや、そういうわけにもいかないか。


『二店舗分の売上をまとめるやつ』


『元データは?』


『レジのデータ使えそう』


『使えそうって、確認済み?』


『まだ』


 少し間が空いた。


 そして、返事が来た。


『それ、まだ作る段階ちゃうんと違う?』


「……せやな」


 金目は思わず声に出した。


 自分一人なら、資料を見ながら考えて、試しに作って、合わなければ直せばいい。


 けれど、人に頼むなら話が違う。


 何を作るのか。


 何が必要なのか。


 いつまでに作るのか。


『一回、話せる?』


 金目はそう送った。


     *


「で、何を作りたいん?」


 週末、二人は喫茶店で向かい合っていた。


 昔の同僚は、金目が持ってきた資料を一通り見てから尋ねた。


「二店舗分の売上を集計する仕組みやな」


「それは聞いた」


「月末の作業を減らしたいねん」


「どれくらい?」


「今は半日くらいかかるらしい」


「それを何時間にしたいん?」


「……できるだけ短く?」


「金目、それやと終わりが決まらんで」


 同僚は苦笑した。


「一時間でええんか、十分まで減らしたいんかで、やること変わるやろ」


「まあ、そうやな」


「売上の何を見たいんかは、聞いた?」


 金目は資料へ目を落とした。


 数字は並んでいる。店主がどれを一番見たいかは、書いていなかった。


「……そこ、聞いてくるわ」


「うん。それが先やと思う」


 同僚は資料を指さした。


「いつまでに、いくらで頼むん?」


「なるべく早く、とは聞いてる。金額は、これから相談しようと思ってた」


「俺に払う分も?」


「……それも」


 同僚は金目を見つめた。


 それから、声を上げて笑った。


「お前、ようそれで仕事受けたな!」


「いや、まだ正式には受けてへんねん」


「ほな、なおさら整理せなあかんやろ」


 金目は頭をかいた。


「一人やったら、作りながら考えられるんやけどな」


「それは、お前の頭の中に全部あるからやろ」


 同僚は落ち着いた声で言った。


「俺には見えへんねん」


 金目は顔を上げた。


「お前が何を考えてるか、どこまで作ったら完成なんか、何を優先したいんか。それがわからんと、俺も動かれへん」


「……なるほどな」


「別に、最初から完璧な資料作れ言うてるんちゃうで」


 同僚は続けた。


「わからんことは、わからんでええ。ただ、何が決まってて、何が決まってへんかは教えてほしい」


 金目は資料を見直した。


 自分が読めるように残したメモばかりだった。これを渡された方は、どこから考えればいいのだろう。


「……俺、人に頼むん下手やな」


「今さら気づいたん?」


「もうちょっと優しく言うてくれへん?」


「十分優しいやろ」


 二人は笑った。


     *


 金目はノートを開いた。


 新しいページに、三つの項目を書いた。


『何を作るか』


『いつまでに作るか』


『いくらで作るか』


 少し考えて、もう一つ書き足した。


『何が決まっていないか』


「こんな感じか?」


 同僚はノートをのぞき込んだ。


「ええんちゃう。あと、誰が何を確認するかも要るな」


「ああ、そうか」


「お客さんに聞かなあかんことと、俺らで決められることは分けとこう」


 金目は、確認する相手を書く欄を足した。


「……これ、飲食店でやってることと一緒やな」


「何が?」


「相手が自分で使えるようにするってやつ」


「まあ、仕事の頼み方も似たようなもんちゃう?」


 同僚はコーヒーを一口飲んだ。


「で、俺は何したらええん?」


 金目はノートを見た。


 まだ決まっていないことが多い。


 しかし、何を確認すればいいのかは、少しずつ見えてきた。


「まず、店主に確認してくるわ。そのあと、作業範囲と報酬を相談させて」


「了解。条件が合えば手伝うで」


「助かるわ」


「ただし」


 同僚が人差し指を立てた。


「次は『ちょっとした表』だけで説明終わらせんといてな」


「……努力します」


「そこは約束してくれや」


 二人はまた笑った。


     *


 帰り道。


 金目はスマートフォンで予定表を開いた。


 聞き直すことも、相談することも残っている。


 これだけ時間を使うなら、自分で作った方が早かったかもしれない。


 けれど、次も、その次も、夜と休日を使い続けるのだろうか。


「……それは、しんどいな」


 金目は小さくつぶやいた。


 一人でやった方が早い。


 少なくとも、今すぐ取りかかるならそうだった。


 金目は予定表に、新しい予定を一つ追加した。


『店主に確認することを整理』


 その下に、もう一つ。


『同僚と作業範囲を決める』


 そして最後に、少し迷ってから書き足した。


『自分でやらなくていいことを考える』


「……これが一番難しそうやな」


 金目は苦笑した。


 まだ契約も、報酬も決まっていない。


 それでも、整理して持っていけば、もう一度話を聞いてくれる相手がいる。


 金目は喫茶店で書いたメモを開いた。


「さて、まずは聞き直すとこからやな」


 金目はスマートフォンを取り出し、店主に連絡を入れた。


 仕事を減らすための仕事が、また一つ増えた。


 どうやら、楽をするというのも、なかなか簡単ではないらしい。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


一人でやれば早い。でも、一人でできることには限りがある。


金目はようやく、その問題に向き合い始めました。


「ちょっとした表」だけでは、人には渡せない。


まずは、何を確かめるかを一緒に考えるところからです。


次回もお付き合いいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。