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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第三章 任せた先にあるもの
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77/172

違う速さ

 2032年7月。


 大阪・本町。


 株式会社カナメでは、新年度に発足した三課体制が、少しずつ定着してきていた。


 大型案件を担当する開発一課。


 小型案件を担当する開発二課。


 そして、保守・運用を担う基盤運用課。


 それぞれの課が、仕事の性質に合わせて案件を進めている。


 四月には四名の新卒社員が入社し、中途採用も引き続き進められていた。


 会社として対応できる仕事は、少しずつ増えている。


 そんな中、営業部には、二つの新しい相談が届いていた。


     *


「……どっちも急ぎなんですね」


 大本恭平が、案件一覧を見ながら言った。


 七月上旬。


 営業部では、松井慎吾と小坂千尋、大本が、顧客から届いた相談について確認していた。


「そうね」


 小坂がうなずいた。


「ただ、内容は全然違うのよ」


 小坂は、資料を共有した。


 一つ目は、既存顧客からの大規模な業務システム刷新の相談だった。


 長年利用してきたシステムを見直し、複数の業務をまとめて改善したいという。


 対象となる部署も多く、既存システムとの連携も必要になる。


「こちらは、来月までに提案内容を固めたいそうです」


 松井が説明した。


「なるほど」


 大本は、メモを取った。


「結構大きな仕事になりそうですね」


「そうですね」


 松井がうなずいた。


「ただ、まだお客様の中でも整理できていない部分があります」


「そうなんですか?」


「はい。どこまでを今回の刷新対象にするのか、部署ごとに意見が違うようです」


「なるほど……」


 大本は、資料を見直した。


 対象業務の一覧には、いくつもの項目が並んでいる。


 販売管理。


 在庫管理。


 社内の承認手続き。


 そして、既存の会計システムとの連携。


「……これ、全部まとめて変えるんですか?」


「そこも、これから確認する必要があります」


 松井が答えた。


「なるほど」


 小坂が、次の資料を表示した。


「もう一つは、既存システムの帳票出力を少し変更したいという相談ね」


「帳票ですか?」


「うん。今使っている帳票に、項目をいくつか追加したいそうなの」


「なるほど」


「こちらは、できれば今月中に対応してほしいって」


 大本は、二つの資料を見比べた。


 大規模なシステム刷新。


 そして、小さな帳票修正。


 どちらも、顧客は早めの対応を希望している。


「……同じ急ぎでも、だいぶ違いますね」


 大本が言った。


「そうね」


 小坂は、少し笑った。


「だから、同じ進め方にはならないと思うよ」


「なるほど」


 松井がうなずいた。


「まずは、開発部に確認してみましょう」


     *


 数日後。


 開発一課では、大規模システム刷新の相談について確認していた。


 田村洋介は、岩田健太と上條亮介を交えて、顧客から届いた資料を見直している。


「……これは、結構大きいな」


 田村が言った。


「せやな」


 岩田がうなずいた。


「既存システムとの連携も多そうやし」


「そうですね」


 上條も、資料を確認した。


「対象業務がかなり広いですね」


 田村は、業務一覧を開いた。


「販売管理と在庫管理、それから承認の仕組みも見直したいんやな」


「せやな」


 岩田が答えた。


「ただ、今の資料だけやと、どこまで変えたいんかわからんところがある」


「なるほど」


 田村は、少し考えた。


「来月までに提案をまとめたいいう話やけど、これ全部決めるんは難しいな」


「そうですね」


 上條がうなずいた。


「まずは、対象業務を整理する必要があると思います」


「せやな」


 岩田も続けた。


「それに、既存システムの構成も確認せな、見積もりの根拠が出せへんで」


「なるほど」


 田村は、資料を見直した。


 顧客からは、早めに提案をまとめてほしいと言われている。


 しかし、今の段階で開発期間や費用を確定するには、不明な点が多すぎた。


「……ほな、まず調査からやな」


 田村が言った。


「そうですね」


 上條が答えた。


「対象業務と既存システムの構成を確認して、どこまで今回の開発に含めるか整理しましょう」


「せやな」


 田村は、少し考えた。


「岩田には、技術的な調査をお願いできる?」


「ええで」


「上條さんは、業務の整理を手伝ってもらえる?」


「承知しました」


「ほな、まずはそこから進めよう」


     *


 その日の午後。


 田村は、営業部の松井へ連絡した。


「松井さん、ちょっとええですか?」


「はい。どうされました?」


「大きい方の案件なんやけど」


「はい」


「来月までに、全部の要件と見積もりを確定するんは難しいと思っとる」


「なるほど」


 松井は、少し考えた。


「まだ確認できていないことが多いですからね」


「せやねん」


 田村は、資料を共有した。


「まずは対象業務と既存システムの調査を進めたいんよ」


「はい」


「その結果をもとに、段階的な開発計画を提案する形がええと思う」


「なるほど」


 松井は、資料を確認した。


「つまり、来月までにすべてを決めるのではなく、来月までに今後の進め方を整理するということですね」


「そういうことやな」


「わかりました」


 松井は、少し考えた。


「では、お客様には、まず調査と要件整理を先行する方針をご提案します」


「お願いします」


「ただ、調査自体の費用や期間についても、整理する必要がありますね」


「せやな」


 田村がうなずいた。


「そこは、こっちで見積もるわ」


「ありがとうございます」


 松井は、少し笑った。


「急いで決めるより、まず必要なことを確認する方がよさそうですね」


「せやな」


 田村も笑った。


「あとから全部やり直す方が、よっぽど時間かかるしな」


     *


 一方、開発二課では、小規模な帳票修正の相談について確認していた。


「……こっちは、そこまで大きな変更ではなさそうやな」


 尾崎達也が言った。


 オンライン会議には、上田拓海と岡元遥が参加している。


「はい」


 上田が答えた。


「既存の帳票に、項目をいくつか追加する内容です」


「なるほど」


 尾崎は、画面を確認した。


「データは、もうシステムにあるん?」


「はい。必要な情報は、既存のデータから取得できます」


「そら助かるな」


 岡元が、資料を確認した。


「ただ、帳票のレイアウトは少し変わるから、確認は必要やと思う」


「せやな」


「既存の帳票と比較して、項目の位置や改ページが変わってへんかも見たい」


「なるほど」


 尾崎は、作業一覧を開いた。


「ほな、実装とテストで、どのくらいかかりそう?」


「実装は、一日あれば対応できると思います」


 上田が答えた。


「確認も含めて、数日あれば進められそうですね」


 岡元が続けた。


「なるほど」


 尾崎は、今月の案件予定を確認した。


 開発二課では、ほかにも複数の小規模案件を進めている。


 ただし、今回の変更は、既存の予定を大きく動かさずに対応できそうだった。


「……ほな、今月中の対応もできそうやな」


「はい」


 上田がうなずいた。


「ただ、正式な日程は、ほかの案件との調整が必要ですね」


「せやな」


 尾崎は、少し考えた。


「そこは俺の方で確認するわ」


「お願いします」


「あと、テストの範囲は岡元に整理してもらえる?」


「了解」


「ほな、それが揃ったら、営業部へ対応可能な日程を伝えよう」


     *


 七月中旬。


 尾崎は、松井へ連絡した。


「松井さん、帳票修正の件なんやけど」


「はい」


「開発二課で確認したところ、今月中の対応はできそうやで」


「ありがとうございます」


「ただ、まだお客様との確認事項が少し残っとる」


「なるほど」


「追加する項目の表示位置と、帳票の形式について確認してほしいねん」


「承知しました」


「そこが決まれば、正式な日程を出せると思う」


「わかりました」


 松井は、少し考えた。


「では、お客様へ確認したうえで、納期をご相談します」


「お願いします」


 尾崎は、少し笑った。


「今回は、比較的早く進められそうやな」


「そうですね」


「ただ、確認するところはちゃんと確認せなあかんけど」


「もちろんです」


 松井もうなずいた。


     *


 営業部で二つの進捗を見比べた大本は、大型案件だけ調査の段階にあることが気になっていた。


「……大きい方は、遅れとるわけではないんですか?」


 打ち合わせで尋ねると、松井は、開発部にも確認してみようと答えた。


     *


 数日後。


 大本は、松井とともに開発部の打ち合わせに参加していた。


 田村洋介と尾崎達也も、オンライン会議に入っている。


「今日は、二つの案件の進め方について、少し教えていただきたくて」


 大本が言った。


「ええで」


 田村が答えた。


「何が気になっとる?」


「同じ時期に相談が来たのに、進み方が全然違うなと思ったんです」


「なるほど」


「小さい方は、もう実装の日程が見えてきていますよね」


「せやな」


 尾崎がうなずいた。


「でも、大きい方は、まだ調査をしている段階やないですか」


「そうやな」


 田村が答えた。


「……それって、遅れとるわけではないんですか?」


 田村は、少し笑った。


「遅れとるわけちゃうで」


「そうなんですか?」


「せやな。そもそも、まだ開発の予定を確定できる段階ちゃうねん」


「なるほど……」


 田村は、資料を共有した。


「今回の大きい案件は、対象になる業務が多いやろ?」


「はい」


「しかも、お客様の中でも、どこまで変えたいんか決まってへんところがある」


「そうですね」


「その状態で、開発期間とか費用を決めても、あとから変わる可能性が高いねん」


 大本がうなずいた。


「確かに……」


「せやから、まず調査して、何を作るんか整理しとる」


「なるほど」


 田村は、少し考えた。


「ここで急いで決めて、あとから全部やり直す方が時間かかるやろ?」


「……そうですね」


 大本は、対象業務と既存システムの構成が、まだ確認中であることを資料で確かめた。


「……じゃあ、今は調査を進めることが、必要な仕事なんですね」


「そういうことやな」


 田村がうなずいた。


     *


「一方、小さい方は、変更する範囲が限られとるからな」


 尾崎が、帳票修正の資料を開いた。


「必要なデータもあるし、どこを変えて何を試すかが見えとる。せやから、予定も早く出せるんよ」


「小さいから、確認せんでええわけちゃうんですね」


「せやで。範囲が違うんや」


 大本はうなずいた。同じ速さかどうかを比べる前に、何を確認しているのかを見なければならなかった。


     *


 打ち合わせを終えた大本は、松井と話していた。


「……勉強になりました」


 大本が言った。


「そうですね」


 松井がうなずいた。


「案件によって、進め方は違いますから」


「はい」


 大本は、少し考えた。


「でも、お客様からしたら、早く進めてほしいって思いますよね」


「そうですね」


「そこは、どう説明したらええんでしょうか?」


 松井は、少し考えた。


「まず、お客様が何を待っているのかを確認することですね」


「何を待っているのか、ですか?」


「はい」


 松井は、資料を開いた。


「例えば、今回の大型案件です」


「はい」


「お客様は、来月までに提案内容をまとめたいとおっしゃっています」


「そうですね」


「でも、それは必ずしも、来月までにすべての開発内容と金額を確定したいという意味ではないかもしれません」


「なるほど」


「来月の社内会議で、次に何を進めるべきか判断したいのかもしれませんね」


 大本は、少し考えた。


「……じゃあ、その判断に必要な資料があればええんですか?」


「そうですね。まずは、そこを確認する必要があります」


「なるほど」


 松井は、少し笑った。


「大切なのは、こちらが何をしたかだけではなく、お客様が次に何を判断できるかだと思います」


「……お客様が、次に何を判断できるか」


 大本は、その言葉をメモした。


     *


 七月下旬。


 営業部では、二つの案件について顧客への説明が進んでいた。


 小規模な帳票修正の案件では、変更内容と確認事項がまとまり、今月中の対応に向けて作業が進んでいる。


 松井は、顧客へ予定を説明した。


 変更する項目。


 確認する帳票。


 そして、納品までの流れ。


 顧客からも、内容について了承が得られた。


 一方、大規模システム刷新の案件では、小坂が顧客との打ち合わせを進めていた。


 こちらは、まだ開発そのものには着手していない。


 しかし、対象業務の整理と既存システムの調査について、進め方が見えてきていた。


「今回の調査では、まず対象業務と既存システムの構成を確認します」


 小坂が説明した。


「その結果をもとに、どの範囲から開発を進めるか、段階的な計画をご提案したいと考えています」


 顧客側の担当者がうなずいた。


「なるほど。では、来月の会議では、その調査結果と今後の進め方を確認できるということですね」


「はい。その予定です」


「わかりました。それなら、社内でも説明しやすいと思います」


「ありがとうございます」


 小坂は、少し笑った。


 開発期間や総費用は、まだ確定していない。


 しかし、顧客が次に何を判断できるのかは、明確になっていた。


     *


 打ち合わせのあと、大本が小坂へ声をかけた。


「お客様、来月の会議で判断できるって、安心してはりましたね」


「うん。まだ出せない総額を約束するより、今わかることと、これから調べることを伝えたかったの」


 小坂は、顧客と確認した予定を資料へ残した。


 大本も、自分のメモにあった『お客様が次に何を判断できるか』の横へ、来月の社内会議と書き添えた。


     *


 七月末。


 西田は、田村と尾崎から案件状況の報告を受けていた。


「一課は、対象業務の整理が進んで、既存システムの調査も始まっとる。来月、調査結果から次の進め方をまとめる予定や」


 田村が資料を示すと、尾崎も続けた。


「二課の帳票修正は最終確認や。お客様との確認も終わったし、予定どおり進められそうやで」


「了解。どっちも、その予定で進めてな」


 西田は、それぞれの次の確認時点を案件一覧で確かめた。


     *


 その日の夕方。


 大本は、営業部の案件管理表を更新していた。


 大型刷新は、調査と要件整理。来月の社内会議で、顧客が次の開発範囲を考えるための材料を揃える。


 帳票修正は、納品へ向けた最終確認。


 以前なら、後者だけを順調だと思ったかもしれない。


 大本は、二つとも必要な工程が進んでいることを確かめて、管理表を保存した。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、二つの案件を通じて、仕事の進め方の違いを描いてみました。


一つは、大規模な業務システムの刷新。


もう一つは、既存システムの小さな帳票修正。


どちらも同じ時期にお客様から相談を受けた仕事でしたが、その進み方は大きく違っていました。


小さな帳票修正は、比較的早い段階で実装の予定が見えてきました。


一方、大規模なシステム刷新は、まだ調査と要件整理の段階です。


こうして並べてみると、小さい方が順調で、大きい方は遅れているようにも見えるかもしれません。


しかし、必ずしもそうではありません。


今回の大型案件では、そもそも何を作るべきなのか、まだ十分に決まっていませんでした。


対象となる業務も広く、既存システムとの連携もあります。


その状態で、開発期間や費用を急いで決めてしまえば、あとから大きな手戻りが発生する可能性もあります。


だからこそ、まず調査を行い、必要なことを整理する。


それも、仕事を前へ進めるために必要な工程だったわけです。


一方、小型案件では、変更する範囲が限られていました。


必要なデータもすでに存在し、実装方法もある程度見えている。


そのため、必要な確認を済ませれば、比較的早く作業に着手できます。


ただし、小さな案件だからといって、確認を省略してよいわけではありません。


帳票のレイアウトや改ページ、既存の出力結果への影響など、確認するべきことはあります。


**大切なのは、何でも急ぐことではなく、その仕事に必要なことを、適切な順序で進めること。**


今回は、そんな違いを描きたかったわけです。


さて、今回の中心人物は大本でした。


入社二年目となった大本も、少しずつ営業の仕事を理解するようになってきました。


ただ、二つの案件の進み方を見て、最初は少し疑問を持っていました。


小型案件は、もう実装の日程が見えている。


それなのに、大型案件はまだ調査をしている。


これは遅れているのではないか、と。


そこで田村や尾崎から、それぞれの案件で何を確認しているのかを教わります。


そして、仕事の規模や性質によって、必要な工程が違うことを理解していきました。


もっとも、これは営業に限った話ではないでしょう。


仕事を進めるうえで、つい目に見える成果や進捗だけを追いかけてしまうことがあります。


資料が完成した。


実装が終わった。


納品できた。


そうした成果は、確かにわかりやすいものです。


しかし、その前に必要な調査や検討も、立派な仕事です。


むしろ、最初にしっかり確認しておくことで、後の仕事がずっと進めやすくなることもあります。


……急いで始めた結果、最初からやり直すことになったら、何のために急いだのかわかりませんからね(笑)。


そして、今回は営業部の仕事についても触れました。


松井や小坂が大本へ伝えていたのは、お客様が次に何を判断できるのかを考えることでした。


お客様から早く進めてほしいと言われたとき、単に作業を急ぐだけが答えではありません。


お客様が何を待っているのか。


どのような情報があれば、次の判断ができるのか。


そこを確認することで、必要な対応が変わる場合もあります。


今回の大型案件でも、すべての開発内容を確定するのではなく、調査結果と今後の進め方を提示することになりました。


次の社内会議で判断するために、何を用意するのかを、お客様と共有できたわけです。


もちろん、必要な情報を整理して伝えたからといって、すべての問題が解決するわけではありません。


最終的な費用や納期については、今後も確認が必要です。


それでも、現時点で何がわかっていて、何がまだ決まっていないのかを明確にすることには、大きな意味があります。


わからないことを、わかったふりをして約束するより、ずっと誠実な対応なのではないでしょうか。


さて、今回のカナメでは、四月に再編された開発一課と開発二課が、それぞれの仕事を進めていました。


大型案件を担当する田村。


小型案件を担当する尾崎。


どちらの課も、仕事の性質に合わせて判断し、必要な対応を進めています。


組織を分けたことで、すべての仕事が早くなったわけではありません。


しかし、それぞれの案件に適した進め方を選びやすくなった。


今回の二つの案件からは、そんな変化も見えてきたように思います。


さて、2032年も後半に入りました。


カナメでは、今年も採用活動が続いています。


新しい仲間が増え、任せられる仕事も少しずつ広がっていくことでしょう。


一方で、会社が大きくなれば、これまでとは違う課題も生まれてくるかもしれません。


そんな変化も、これから少しずつ描いていきたいと思います。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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