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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第三章 任せた先にあるもの
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増えた判断

 2032年1月。


 株式会社カナメでは、年末年始の休暇を終え、通常業務が再開されていた。


 昨年、開発部には新しい社員が加わった。


 設計や実装を任せられる経験者が増え、以前よりも多くの案件を並行して進められるようになっている。


 開発課では、案件の内容や規模に応じて担当者を組み合わせる方法を続けていた。


 大型案件では、複数人が協力して開発を進める。


 小型案件では、経験者を中心に少人数で対応する。


 固定のチームを設けず、必要に応じて人員を調整する。


 それが、田村洋介の率いる開発課の仕事の進め方だった。


     *


「田村、ちょっとええ?」


 尾崎達也から連絡が入った。


「ええで。どうした?」


「こっちの案件、予定どおり進んどるで」


 尾崎は、案件管理表を共有した。


 複数人で進めている業務システムの追加開発。


 設計を終え、実装も順調に進んでいる。


「そらよかった」


 田村がうなずいた。


「ほな、次の工程に進めてな」


「了解」


 尾崎は、少し間を置いた。


「ただ、一つ確認したいことがあるんやけど」


「……またか(笑)」


「いや、そんな顔せんといてや(笑)」


 二人は笑った。


「来週からテストに入るんやけど、担当を一人増やしたいねん」


「なるほど」


「今の人数でも進められるとは思う。ただ、予定より確認項目が増えとってな」


「そうか」


 田村は、別の案件一覧を開いた。


「誰か空きそうな人おる?」


「小さい方の案件が一つ終わりそうやから、そこからお願いできへんかなと思っとる」


「なるほどな」


 田村は、担当者の予定を確認した。


「……その人、次の案件にも入る予定やな」


「そうなん?」


「せやねん。そっちの開始時期も確認せなあかんわ」


「了解。ほな、返事待っとる」


「すまんな」


「ええで」


 通話が終わった。


 田村は、二つの案件の予定を見比べた。


 どちらも、特別な問題が起きているわけではない。


 ただ、同じ社員を必要としている。


 その調整をするために、別の案件の状況まで確認する必要があった。


     *


 しばらくして、今度は上條亮介から連絡が入った。


「田村さん、少しよろしいでしょうか?」


「ええで」


「小規模案件の追加要望について、ご相談です」


 上條は、資料を共有した。


 既存システムの画面修正。


 当初の予定より、変更する項目が少し増えている。


「お客様から、こちらの項目も追加したいとご相談がありまして」


「なるほど」


「作業自体は、それほど大きくありません」


「ほな、対応できそう?」


「はい。ただ、今の担当者だけでは少し厳しいかもしれません」


 田村は、案件一覧を確認した。


「……人を増やしたい?」


「そうですね。できれば、数日だけ別の案件から応援をお願いしたいです」


「なるほど」


 田村は、少し考えた。


「誰か候補はおる?」


「一人、お願いできそうな方はいるんですが」


「ほう」


「ただ、その方は別の案件にも参加されているので、こちらで判断してよいかわからなくて」


「……せやな」


 田村は、予定表を開いた。


 先ほど尾崎から相談された案件。


 そして、上條が担当している小型案件。


 どちらも、同じ時期に追加の人員を必要としている。


「……ちょっと確認させてな」


「承知しました」


 上條は、うなずいた。


「案件の中だけなら、こちらで調整できるんですが」


「せやな」


「ほかの案件から人を動かすとなると、課全体の予定に影響しますので」


「その判断は、俺の仕事やな」


 田村は、少し笑った。


「確認して返事するわ」


「よろしくお願いします」


     *


 昼前。


 田村は、尾崎が挙げた社員の予定と、次に入る案件の開始時期を照合していた。


 予定表の空白だけでは、その日に人を動かせるとは決められない。次の案件で、準備にどれだけ時間が要るのかも確かめる必要があった。


 田村は、先に尾崎へ返した。


「来週のテストは、まず今の担当で準備を進めてな。増員の候補は次の案件にも入る予定やから、まだ確約できへん。増えた確認項目と、人が要る日を送ってもらえるか」


「了解。そこ、整理して送るわ」


 続いて、上條にも連絡した。


「今の担当で進められる分は進めてほしい。応援を前提にした日程は、まだお客様に約束せんといてな。追加分の作業量と、候補の人に何日お願いしたいかを送って」


「承知しました。追加分は分けて整理します」


「課全体の予定を確認してから、俺が返事するわ」


 二件とも、人を動かす判断は保留した。ただ、返事を待つ間に進めることは、それぞれに伝えられた。


 田村は、次の案件の確認先へ連絡を入れた。


 そのあとには、別の案件の優先順位の確認も届いている。


 午後の社員面談までに目を通すつもりだった、評価の記録は開いたままだった。


「……増えたなあ」


 田村は、二件の返答を管理表へ残し、次の予定を確かめた。


     *


 一月下旬。


 西田は、田村の予定表を見ながら少し首をかしげていた。


「……お前、いつ開発しとるん?」


 田村が笑った。


「最近、あんまりできてへんな(笑)」


「そらそうやろな」


 西田は、予定表を確認した。


 案件の進捗確認。


 担当者の調整。


 社員との面談。


 レビュー状況の確認。


 そして、部門全体との調整。


「……会議ばっかりやな」


「せやねん」


 田村は、少し笑った。


「でも、課長やしな」


「まあ、開発せんこと自体は別にええねん」


 西田が言った。


「お前の仕事は、課全体をちゃんと回すことやから」


「せやな」


「問題は、田村が確認せな進まんことが増えとる方やろ?」


 田村は、少し考えた。


「……そうやな」


 西田は、案件一覧を開いた。


「案件の進行は、尾崎にも任せとるんやろ?」


「せやで」


「小さい案件は、上條にも任せ始めとる」


「そうやな」


「ほな、何が詰まっとる?」


 田村は、少し考えた。


「案件をまたぐ人員調整やな」


「なるほど」


「それぞれの案件の中では、担当者が判断して進めてくれとる」


「せやな」


「でも、人を動かす話になると、俺が全部見なあかん」


 西田がうなずいた。


「……そこか」


「せやねん」


 田村は、少し笑った。


「人が増えたら、俺の仕事も減ると思っとったんやけどな」


「増えた人を動かす仕事が増えたんやろ(笑)」


「……せやな(笑)」


 二人は笑った。


     *


 西田は、案件一覧をもう一度確認した。


「ちょっと整理してみようか」


「何を?」


「今、どんな案件があって、誰が何を判断しとるんか」


「なるほど」


「そのうえで、田村が判断せなあかんことと、ほかの人に任せられることを分けて考えよう」


 田村は、うなずいた。


「ええと思う」


「別に、お前が全部判断せなあかんわけちゃうやろ?」


「まあな」


「ただ、課全体の配置や評価は、お前の仕事や」


「せやな」


「そこは残しつつ、案件の進め方をもうちょっと考えようか」


「了解」


 田村は、案件一覧を開いた。


 大型案件。


 小型案件。


 長期の開発。


 短期間の機能追加。


 同じ開発課の中でも、仕事の進め方はそれぞれ違っている。


 西田は、その一覧を眺めながら言った。


「……これ、案件の種類によって、考え方を変えた方がええかもしれんな」


「……どういうこと?」


「大型と小型では、必要な調整も違うやろ?」


 田村は、少し考えた。


「……確かにな」


 二人は、案件一覧を見直した。


 問題は、単に人が増えたことではない。


 増えた人たちを、どう動かすのか。


 その判断の仕組みが、今の仕事量に合わなくなり始めていた。


 田村は、少しだけ笑った。


「……また考えること増えたな」


 西田も笑った。


「そら、会社が大きなっとるからな」


 開発課の仕事は、今日も進んでいる。


 ただ、その仕事を進めるための仕組みは、少しずつ見直す時期を迎えていた。


     *


 2032年2月。


 株式会社カナメの開発部では、案件の進め方について見直しが始まっていた。


 きっかけは、案件をまたぐ人員調整の判断が、田村へ集まっていることだった。


 西田は、まず現場の意見を聞くことにした。


     *


「今日は、今の案件の進め方について、ちょっと相談したいんよ」


 西田が言った。


 オンライン会議には、田村、尾崎、上條が参加している。


「何か問題あったん?」


 尾崎が尋ねた。


「大きな問題が起きたわけちゃうで」


 西田は、少し笑った。


「ただ、人が増えた分、仕事の進め方も考え直した方がええんちゃうかと思ってな」


「なるほど」


 田村がうなずいた。


「最近、俺のところに確認が集まっとるんよ」


「……ああ」


 尾崎が、少し笑った。


「それはあるな」


「せやろ?」


「案件の中では決められることも増えたんやけど、ほかの案件から人を動かすとなると、田村に聞かなあかんからな」


 上條もうなずいた。


「小規模案件でも、同じことがあります」


「そうなん?」


 西田が尋ねた。


「はい。作業の進め方や担当範囲は、ある程度こちらで決められます」


「なるほど」


「ただ、ほかの案件の予定に影響することは、こちらだけでは判断できませんので」


 田村がうなずいた。


「そこは、今まで俺が見とったからな」


 西田は、案件一覧を開いた。


「ほな、まず大型案件と小型案件で、何が違うんか整理してみようか」


     *


 尾崎が、大型案件の進め方を説明した。


「大型案件は、先の工程まで見ながら人を組まなあかんねん」


「せやな」


 田村がうなずいた。


「設計が終わったら実装、そのあとテストやろ?」


「そうそう。工程によって必要な人も変わるし、複数の担当者が同時に動くこともある」


 尾崎は、案件の予定表を共有した。


「例えば、こっちの案件やったら、来月からテストに入る予定やねん」


「うん」


「その時期に別の案件へ人を動かされると、こっちの予定にも影響する」


「なるほど」


 西田がうなずいた。


「つまり、ある程度先まで人員計画を決めとく必要があるわけやな」


「せやな」


 尾崎が答えた。


「その場その場で調整するより、先の予定まで見といた方がええと思う」


 西田は、メモを取った。


 続いて、上條へ目を向けた。


「小さい方は、どうや?」


「小規模案件の場合は、少し事情が違いますね」


 上條が答えた。


「例えば、既存システムの画面修正や、小さな機能追加です」


「うん」


「作業量が比較的少ないので、担当者がある程度判断できれば、短い期間で完結できます」


「なるほど」


「ただ、毎回ほかの案件との調整を待つことになると、作業そのものより待ち時間の方が長くなることもあります」


 尾崎が、少し笑った。


「それは、もったいないな」


「そうですね」


 上條もうなずいた。


「もちろん、ほかの案件へ影響するような判断は勝手にできません」


「せやな」


「ただ、小規模案件の中で完結することは、もう少し任せてもらえると進めやすいと思います」


 西田は、うなずいた。


「なるほどな」


     *


 田村は、尾崎の長期の予定表と、上條が示した小規模案件の作業期間を見比べた。


「……なるほどな」


 田村が言った。


「同じやり方で全部見とるから、無理が出てきたんか」


 西田がうなずいた。


「そういうことやと思う」


「今までは、それで回っとったんやけどな」


「せやな」


 西田は、少し考えた。


「人が少ない頃は、案件ごとに柔軟に人を動かした方がよかったんやろ」


「そうやな」


「でも、今は案件も人も増えとる」


「せやねん」


 田村は、少し笑った。


「……やり方を変える時期なんかもしれんな」


 尾崎もうなずいた。


「まあ、今のやり方が悪いわけちゃうと思うで」


「せやな」


「ただ、全部田村に確認せな進まんのは、ちょっとしんどいやろ」


「……それはそうやな(笑)」


 四人は、少し笑った。


     *


 数日後。


 西田と田村は、改善方法について話していた。


「考え方としては、いくつかあると思うんよ」


 西田が言った。


「例えば?」


「まず、今の課のまま、案件の取りまとめ役に任せる範囲を増やす方法」


「なるほど」


「それから、案件の種類ごとに、ある程度責任範囲を分ける方法」


「せやな」


「もう一つは、組織そのものを分ける方法やな」


 田村は、少し考えた。


「……そこまで考えるんか」


「選択肢としては、あるやろ」


「まあ、そうやな」


 西田は、資料を開いた。


「ただ、今すぐ決める必要はないと思っとる」


「せやな」


「まずは、どこまで判断を任せられるか整理しよう」


「了解」


 田村は、少し考えた。


「案件の進行は、今でも尾崎らに任せとる」


「せやな」


「でも、課全体の人員配置や評価は、俺が見とるわけやろ?」


「そうやな」


「そこをどう分けるかが難しいな」


 西田は、うなずいた。


「単純に仕事を渡したらええわけちゃうからな」


「せやねん」


「判断する権限と、その結果に責任を持つ人を揃えなあかん」


 田村は、少し笑った。


「……考えること多いな」


「そら、組織の話やからな(笑)」


 二人は笑った。


     *


 二月下旬。


 西田と田村は、金目へ開発課の現状を報告していた。


「今の課のまま任せる範囲を広げるか、案件の種類で責任範囲を分けるか、整理しとるところや」


 西田は、現場で聞き取った内容を金目へ示した。


「案件は進んどる。ただ、案件をまたぐ配置の判断が田村に集まっとるんよ」


「なるほどな」


 金目は、少し考えた。


「ほな、任せ方を変えなあかんな」


「そう思っとる」


 西田がうなずいた。


「今の課のまま権限を整理する方法もあるし、仕事の種類で分ける方法もある」


「せやな」


「場合によっては、組織そのものを分けることも考えとる」


 金目は、少し考えた。


「ええと思うで」


「了解」


「ただ、組織を分けることが目的にならんようにな」


 西田がうなずいた。


「わかっとる」


「今の仕事を止めずに、ちゃんと回る形を考えてくれたらええ」


 金目は、少し笑った。


「必要な権限とか、人員の話があったら相談してな」


「了解」


 田村もうなずいた。


「もう少し整理してみるわ」


「お願いします」


     *


 会議を終えた田村は、案件一覧を見直していた。


 目の前の応援依頼には、その都度返事をしてきた。誰かが待ち続けないようにすることも、課長の仕事だった。


 しかし、次の依頼が来れば、また課全体の予定を自分で照合する。


 個々の調整を済ませるだけでは、その仕事は減らない。


「……ほんま、次から次へと」


 田村は、返答済みの記録と、これから任せる範囲を考える資料を分けて置いた。


 まだ、どの方法がよいのかは決まっていない。


 株式会社カナメの2032年は、そんな新しい課題とともに始まっていた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、開発課の仕事の進め方についてのお話でした。


昨年、カナメでは開発部の増員を進めました。


新しい社員が加わったことで、以前よりも多くの案件を進められるようになっています。


……これで田村も少しは楽になる。


そう思いたいところですが、どうやらそう簡単にはいかないようです(笑)。


今回、田村のもとには、案件をまたぐ人員調整や優先順位の確認が集まっていました。


一つひとつの案件は、担当者たちが自分で考え、順調に進めています。


しかし、複数の案件で同じ社員が必要になったとき、誰をどこへ配置するのか。


その判断は、課全体を見ている田村が行わなければなりません。


仕事を進められる人が増えたことで、今度は仕事を調整するための判断が増えてしまったわけです。


さて、今回描きたかったのは、田村の管理能力に問題があるという話ではありません。


むしろ、これまで田村は、案件ごとに担当者を組み合わせる方法で、増員した開発課をうまく運営してきました。


ただ、組織の規模が変われば、それまで合理的だった方法が、必ずしも最適とは限らなくなります。


大型案件では、複数人の予定を調整しながら、長期的に仕事を進める必要があります。


一方、小型案件では、少人数で素早く判断し、短い期間で仕事を完結させる方が効率的な場合もあります。


どちらも開発の仕事ですが、必要な管理方法は少し違うわけです。


今回、西田と田村は、そうした違いに目を向け始めました。


そして、現場の意見を聞いたうえで、仕事の進め方を見直すことにしています。


ここで大切なのは、いきなり組織を分けるという結論に飛びつかなかったことだと思います。


まず、何が問題なのかを確認する。


そのうえで、今の体制のまま改善できることはないかを考える。


必要であれば、権限の委譲や組織の見直しも選択肢に入れる。


組織図を変えること自体が目的になってしまっては、本末転倒ですからね。


さて、今回の金目は、具体的な解決策を指示しませんでした。


西田と田村から状況を聞き、改善の検討を任せています。


以前の金目なら、自分で仕事の進め方を考えていたかもしれません。


しかし、今は開発部マネージャーの西田がいて、課長の田村がいます。


その人たちが現場の状況を把握し、必要な改善を考える。


金目は、その判断を支える立場になってきたわけです。


……もっとも、営業部長の兼任は相変わらずですが(笑)。


そして、今回もう一つ描きたかったのが、尾崎と上條の役割です。


尾崎は大型案件の進行を支え、上條は小型案件の仕事を少しずつ任されるようになっています。


二人とも、単に作業を進めるだけでなく、仕事の進め方について自分の考えを持っていました。


管理職だけが組織のことを考えるわけではありません。


実際に仕事をしている社員たちの意見も、組織を改善するための大切な材料になるのでしょう。


さて、今回の時点では、まだ具体的な結論は出ていません。


ただ、開発課が抱えている問題は、少しずつ明らかになってきました。


仕事を任せられる人が増えた。


しかし、判断する人は増えていない。


その結果、田村への確認待ちが増えている。


では、次に何を変えるべきなのか。


カナメは、また一つ新しい課題に向き合うことになりそうです。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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