今年の仕事
2031年12月。
株式会社カナメでは、年末に向けた仕事が進んでいた。
四月に新しい組織体制が発足してから、八か月。
営業部が正式に設置され、開発部には二つの課ができた。
そして、新卒社員や中途社員も加わり、会社の人数は二十五名になっていた。
以前と比べれば、できる仕事は確実に増えている。
しかし、人数が増えたからといって、すべての仕事が楽になったわけではなかった。
*
「……今年は、採用に結構お金を使いましたね」
金目が、資料を見ながら言った。
十二月中旬。
金目と西田、高瀬は、年末の経営状況を確認していた。
画面には、今年の売上見込みと人件費、そして翌年に向けた計画が表示されている。
「そうですね」
高瀬がうなずいた。
「今年は開発部の増員を優先しましたので、採用費用と人件費が増えています」
「せやな」
金目は、少し考えた。
「でも、これで仕事を進められる人は増えたんやろ?」
「せやで」
西田が答えた。
「新しく入った人らも、少しずつ案件に参加しとる」
「そらよかった」
「ただ、まだ全部任せられるわけちゃうけどな」
「まあ、そらそうやろ」
金目は、少し笑った。
「経験者いうても、うちの仕事は初めてやしな」
高瀬が、次の資料を開いた。
「開発能力の増強については、来年度以降に効果が表れてくると考えています」
「せやな」
「一方で、来年四月には初回の賞与支給も予定しています」
金目がうなずいた。
「そこは、ちゃんと準備しとかなあかんな」
「はい。三月の評価結果と会社業績をもとに、支給額を確定する予定です」
「了解」
金目は、少し考えた。
「今年は、制度を作っただけやからな」
「そうですね」
「来年、ちゃんと支給できて初めて意味があると思うわ」
高瀬がうなずいた。
「そのためにも、引き続き資金繰りを確認していきます」
「お願いします」
*
「ところで、開発部の方はどうや?」
金目が、西田へ尋ねた。
「新しい人も増えたし、結構忙しいんちゃう?」
「まあな」
西田は、少し笑った。
「仕事を進める力は増えたと思う。ただ、田村のところに確認が集まるようになってきとる」
「そうなん?」
「案件の配置とか、優先順位とか、そういうところやな」
「なるほど」
西田は、資料を確認した。
「尾崎にも案件の進行を任せとるし、岩田や上條にもレビューを分担してもろとる」
「せやな」
「でも、課全体の判断は田村がしとるからな」
金目は、少し考えた。
「……まあ、人が増えたら、そうなるわな」
「せやねん」
「田村さん自身は、どう言うとる?」
「まだ回せとる、言うとるで」
西田が笑った。
「……あいつらしいな(笑)」
金目も笑った。
「ただ、年明けには一回、仕事の分け方を整理しようと思っとる」
「ええと思うで」
金目はうなずいた。
「必要やったら、組織の形も含めて考えたらええ」
「せやな」
「ただ、組織を変えること自体が目的にならんようにな」
「わかっとる」
西田は、少し笑った。
「まずは、今の仕事をちゃんと見てからやな」
*
同じ頃。
田村洋介は、開発課の案件一覧を確認していた。
新しく加わった社員たちも、少しずつ仕事を任せられるようになっている。
大型案件では、複数人で担当を分けながら開発を進めている。
一方、小規模な案件では、経験者が中心となって、比較的少人数で対応していた。
案件ごとに必要な人を組み合わせる。
それが、今の開発課の仕事の進め方だった。
ただ、田村のもとには、毎日のように確認が届いていた。
担当者の変更。
案件間の優先順位。
新しい社員の育成状況。
そして、評価に必要な情報。
「……ちょっと増えてきたな」
田村は、予定表を見直した。
そこへ、尾崎から連絡が入った。
「田村、ちょっとええ?」
「ええで」
「来週の案件なんやけど、担当を一人調整したいねん」
「どの案件?」
尾崎は、案件一覧を共有した。
「こっちの小さい方。予定より早く終わりそうやから、次の案件に回せると思う」
「なるほど」
田村は、全体の予定を確認した。
「……ほな、そっちに入ってもらおうか」
「了解」
尾崎は、少し笑った。
「しかし、案件増えたなあ」
「せやな」
「人も増えたしな」
「……その分、俺の確認も増えとるけどな(笑)」
尾崎が笑った。
「そら、課長やからな」
「……便利な言葉やな、それ(笑)」
二人は笑った。
*
その日の午後。
田村は、西田と今後の仕事の進め方について話していた。
「どうや、年末の案件は?」
西田が尋ねた。
「今のところ、大きな問題はないで」
「そらよかった」
「ただ、ちょっと確認待ちが増えてきとる」
「やっぱりか」
西田は、少し考えた。
「案件の進行は尾崎に任せとるんやろ?」
「せやで。そこは助かっとる」
「ほな、何が詰まっとる?」
「案件をまたぐ調整やな」
田村は、一覧を開いた。
「こっちで人が必要になったら、別の案件の予定も見なあかんやろ?」
「せやな」
「それに、新しい人らの状況も確認せなあかんし」
「なるほど」
西田は、少し考えた。
「……年明けに、一回整理しようか」
「せやな」
「今のやり方で回せるところと、変えた方がええところを分けて考えよう」
「了解」
田村は、少し笑った。
「まあ、まだ何とかなっとるで」
「……それ、何回目や(笑)」
西田が笑った。
「知らんわ(笑)」
二人は笑った。
*
十二月下旬。
カナメでは、今年も忘年会が開かれることになっていた。
普段はフルリモートで働いている社員たちが、久しぶりに顔を合わせる機会である。
今年は、新卒社員も中途社員も加わっている。
福原は、会場の予約や参加者の確認を進めていた。
「……二十五名か」
参加者一覧を見ながら、少し笑った。
昨年の秋、自分が入社した頃と比べれば、会社の人数はずいぶん増えている。
今年は、採用担当として新しい仲間を迎える仕事にも関わった。
そして今、その人たちと一緒に忘年会の準備をしている。
「福原さん、準備はどうですか?」
三宅が尋ねた。
「はい。参加者の確認は終わりました」
「ありがとうございます」
「会場の方も、問題ありません」
「それはよかったです」
福原は、少し笑った。
「今年は、にぎやかになりそうですね」
「そうですね」
三宅もうなずいた。
「新しく入った方も多いですから」
福原は、参加者一覧を保存した。
年末の仕事も、あと少し。
そして、今年最後の全社行事が近づいていた。
*
十二月下旬。
大阪・本町。
株式会社カナメの忘年会が、事業所近くの飲食店で開かれていた。
普段はフルリモートで働いている社員たちも、今日は顔を揃えている。
春に入社した新卒社員。
今年、新しく加わった中途社員。
そして、以前から会社を支えてきた社員たち。
二十五名が集まった店内は、開始前から賑やかだった。
「皆さん、今年も一年お疲れさまでした」
金目が、グラスを手に立ち上がった。
「今年は組織も変わったし、新しい仲間も増えました」
金目は、社員たちを見渡した。
「まあ、いろいろありましたけど、こうして無事に年末を迎えられてよかったと思っとります」
少し笑った。
「今日は仕事の話はほどほどにして、楽しんでください」
「社長が一番仕事の話しそうですけどね」
西田が口を挟んだ。
「……それは否定できへんな(笑)」
社員たちから笑いが起きた。
「ほな、乾杯!」
「乾杯!」
グラスが上がり、あちこちで会話が始まった。
*
「大本君、どう? もう慣れた?」
小坂が尋ねた。
「だいぶ慣れましたけど、まだ知らんことばっかりです」
大本が答えた。
「そりゃそうよ。まだ一年経ってないんだから」
松井が、少し笑った。
「でも、最初の頃と比べれば、ずいぶん仕事を覚えましたよね」
「ありがとうございます」
大本は、少し照れたように笑った。
「最初は、何聞いたらええんかもわからんかったですから」
「そうでしたね」
松井がうなずいた。
「最近は、自分で考えてから相談してくれるようになりましたし」
「……質問したら質問で返されるんで(笑)」
小坂が笑った。
「ああ、松井さん、そういうところあるよね」
「必要なところは教えていますよ」
松井が答えた。
「もちろん、わかってます(笑)」
大本は、少し笑った。
「でも、あれは勉強になりました」
小坂が、グラスを置いた。
「そういえば、今年は大きな案件を一つ逃しちゃったんだよね」
「ああ、八月の案件ですね」
松井が言った。
「そう。あれ、できれば受注したかったなあ」
「条件が合いませんでしたからね」
「うん。でも、もう少し早く確認できたことはあったと思う」
大本がうなずいた。
「僕も、あのとき勉強になりました」
「そう?」
「はい。営業って、仕事を取ってくるだけじゃないんやなって」
小坂は、少し笑った。
「そうね。でも、来年はちゃんと大きな仕事も取りたいな」
「そうですね」
松井もうなずいた。
「開発部の人も増えましたし、提案できることは少しずつ増えると思います」
「せやな」
大本も笑った。
「僕も、もっと仕事できるようになりたいです」
「期待してるよ」
小坂が言うと、大本は少し姿勢を正した。
「頑張ります!」
*
別の席では、柴崎真帆が上條亮介や中野航平と話していた。
「柴崎さん、今年はどうやった?」
中野が尋ねた。
「覚えることが多くて、あっという間でした」
柴崎が答えた。
「そらそうやろな」
上條が、少し笑った。
「でも、最近は実装も任せられるようになってきましたね」
「ありがとうございます」
「最初は、開発環境を動かすところからでしたからね」
「そうですね」
柴崎は、少し笑った。
「大学で作っていたものとは、全然違いました」
「どの辺が?」
中野が尋ねた。
「自分が変更したところ以外にも、影響が出ることですね」
「なるほどな」
「最初は、動けばいいと思っていたところもあったんですけど」
柴崎は、少し考えた。
「今は、ほかの人が使うこととか、あとから直すことも考えるようになりました」
上條がうなずいた。
「それは大切ですね」
中野が笑った。
「まあ、俺もまだまだ勉強中やけどな」
「僕もですよ」
上條も笑った。
柴崎は、二人を見ながら少し安心した。
入社した頃は、先輩たちが何でも知っているように見えた。
しかし、実際には先輩たちも、わからないことを調べ、相談しながら仕事を進めている。
そのことが、少しずつわかるようになっていた。
*
「今年は、ようけ人が増えたなあ」
井上が、店内を見渡した。
隣には藤井が座っている。
「そうですね。運用の方にも新しい人が入りましたし」
「せやな」
井上は、少し笑った。
「前からやりたかった改善にも、ようやく手をつけられそうや」
「監視の自動化ですね」
「そうそう」
「まずは影響の少ないところから進めています」
「ええことやな」
井上は、グラスを置いた。
「運用って、何も起きへんかったら、それが一番ええんやけどな」
「そうですね」
「でも、何も起きへんようにする仕事は、結構あるんよな」
藤井が笑った。
「ほんま、それですね」
二人は、顔を見合わせて笑った。
*
少し離れた席では、福原奈央が三宅と話していた。
「……今年は、いろんな人と話しました」
福原が言った。
「採用ですか?」
「はい」
福原は、少し笑った。
「応募された方もそうですし、各部署の皆さんにも、必要な人材についていろいろ教えていただきました」
「そうですね」
「最初は、採用人数を揃えることばかり考えていたんですけど」
三宅がうなずいた。
「今は、少し違いますか?」
「はい」
福原は、店内を見渡した。
「入社された方が、こうして皆さんと話しているのを見ると、採用できてよかったなと思います」
「そうですね」
「でも、まだこれからなんですよね」
「はい。仕事に慣れて、力を発揮してもらうところまで考えたいですね」
福原は、うなずいた。
「来年も頑張ります」
三宅が、少し笑った。
「よろしくお願いします」
*
金目は、店内を見渡していた。
あちこちで社員たちが話している。
普段は画面越しに仕事をしている者同士も、今日は直接顔を合わせていた。
「社長、お疲れさまです」
福原が声をかけた。
「お疲れさま」
金目が答えた。
「今年は、採用よう頑張ってくれたな」
「ありがとうございます」
「おかげさんで、だいぶ人が増えたわ」
福原は、少し笑った。
「皆さん、各部署で頑張ってくださっています」
「せやな」
金目は、店内を見渡した。
「……しかし、もう全員の仕事を細かく把握できとるわけちゃうんよな」
三宅が、少し笑った。
「それだけ、会社が大きくなったということですね」
「そうかもしれんな」
金目は、うなずいた。
以前は、誰がどの案件を担当しているのか、自分がほとんど把握していた。
今は、各部署の責任者が仕事を見ている。
自分が知らないところで判断され、進んでいる仕事もある。
それでも、会社は動いていた。
「……まあ、ええことなんやろな」
金目が言った。
「はい」
福原が答えた。
「そう思います」
*
忘年会も終盤に差しかかった頃。
金目は、西田、田村、高瀬と同じ席にいた。
「今年は、開発部も人増えたな」
金目が言った。
「せやな」
西田がうなずいた。
「仕事を進める力は、前より増えたと思うで」
「そらよかった」
田村が、少し笑った。
「ただ、人が増えたら増えたで、調整することも増えるけどな」
「せやろな」
金目がうなずいた。
「最近、確認待ちが増えとるんやろ?」
「まあな」
田村は、少し考えた。
「来年は、仕事の分け方を考えなあかんかもしれんな」
西田がうなずいた。
「せやな。年明けに一回整理しよう」
「了解」
金目は、少し笑った。
「そこは任せるで。必要やったら提案してな」
「わかった」
高瀬も口を開いた。
「来年は、初回の賞与支給もありますね」
「ああ、せやな」
金目がうなずいた。
「四月やったな」
「はい。三月の評価結果と会社業績をもとに、支給額を確定する予定です」
「了解」
田村が笑った。
「……ほな、来年も頑張らなあかんな」
「今年の分も、まだ評価期間中やで(笑)」
金目が答えると、周囲に笑いが起きた。
*
やがて、忘年会はお開きとなった。
社員たちが、順番に店を出ていく。
「お疲れさまでした!」
「よいお年を!」
「来年もよろしくお願いします!」
あちこちで声が交わされた。
金目は、最後まで残っていた西田と店を出た。
十二月の夜は、少し冷えていた。
「……今年も、いろいろあったな」
西田が言った。
「せやな」
金目は、少し笑った。
「人も増えたし、組織も変わった」
「ほんまやな」
「来年も忙しそうやで」
「……なんでやろな」
金目は、少し考えた。
「楽するために会社作ったはずやのに(笑)」
西田が笑った。
「それ、毎年言うとるな」
「……せやったっけ?(笑)」
二人は笑った。
金目は、先ほどまで社員たちが集まっていた店へ、少しだけ目を向けた。
今年、自分が直接判断しなかった仕事が、いくつもあった。
自分が知らないところで、問題が解決していたこともあった。
新しく加わった社員たちも、それぞれの場所で仕事を始めている。
以前なら、自分がいなければ進まなかった仕事が、今はほかの誰かの手で進んでいる。
それは、少し不思議な感覚だった。
「……まあ、悪ない一年やったな」
金目が言った。
「せやな」
西田がうなずいた。
「来年も、よろしく頼むわ」
「こちらこそ」
二人は、軽く手を振って別れた。
金目が一人で始めた仕事は、今では多くの社員たちの仕事になっている。
会社は、金目一人では動かせないほど大きくなった。
けれど、金目一人が動かさなくても、仕事が進む会社にもなりつつあった。
株式会社カナメの2031年が、静かに幕を閉じようとしていた。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、2031年最後のお話でした。
四月の組織再編から始まり、賞与制度の創設、新卒社員の入社、そして中途採用による開発部の増強。
振り返ってみると、カナメにとって、なかなか変化の多い一年だったようです。
年末には、社員数も二十五名になりました。
金目が一人で仕事をしていた頃から考えると、ずいぶん大きな会社になったものですね。
……もっとも、本人は相変わらず楽になっていないようですが(笑)。
さて、今回の忘年会では、社員たちの一年を少しずつ振り返ってみました。
大本と柴崎は、社会人として初めての一年。
営業と開発、それぞれ違う仕事を覚えながら、少しずつ自分の考えを持って相談できるようになってきました。
小坂は、大きな案件を受注できなかった経験から、営業として守るべき約束について考えました。
福原は、採用人数を管理するだけでなく、どのような人材が必要なのか、入社した人が仕事を始められているかまで確認するようになりました。
そして、田村と井上。
四月に課長へ就任し、それぞれの課を率いる立場になりました。
特に田村は、社員が増えたことで、以前よりも多くの判断を求められるようになっています。
人が増えれば仕事が楽になる。
……そう単純にはいかないようですね(笑)。
ただ、今回の一年で、カナメには確かな変化がありました。
以前は、何かあれば金目が判断していた。
しかし、今では各部署の責任者が判断し、必要な仕事を進めています。
九月には、システムの不具合が発生していたことを、金目が翌日の報告で初めて知るという出来事もありました。
もちろん、何でも勝手に決めてよいわけではありません。
権限の範囲を決め、必要な情報を共有し、判断したことを記録する。
そうした仕組みがあるからこそ、社長が直接関わらなくても仕事が進むようになったわけです。
**社長が知らない仕事が増えることは、必ずしも悪いことではない。**
むしろ、それぞれの社員が責任を持って仕事を進められるようになった証拠なのかもしれません。
さて、もう一つ。
今回は、金目が会社の全員の仕事を細かく把握できなくなってきたことにも触れました。
以前なら、誰がどの案件を担当しているのか、ほとんど把握していたことでしょう。
しかし、二十五名の会社になれば、そうもいきません。
だからこそ、田村や井上、西田、高瀬といった人たちに仕事を任せる必要がある。
そして、任された人たちが、さらに別の社員へ仕事を任せていく。
そうして少しずつ、会社は一人の人間だけでは動かせない組織になっていくのでしょう。
もっとも、まだ課題がなくなったわけではありません。
営業部長は、相変わらず金目が兼任しています。
開発課では、田村に判断が集中する場面も増えてきました。
そして、来年四月には、初めての賞与支給も控えています。
新しい仕組みを作ることと、それを実際に運用することは、また別の話です。
カナメにとって、来年も忙しい一年になりそうですね。
……金目が楽になる日は、果たして来るのでしょうか(笑)。
さて、2031年のお話は、今回で一区切りです。
次回からは、2032年へと進みます。
新しい仲間が増えたカナメは、次にどのような変化を迎えるのでしょうか。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




