採る理由
2031年10月。
株式会社カナメでは、年末に向けた採用活動が続いていた。
四月に新しい組織体制が発足してから、半年。
営業部、開発部、業務部。
三つの部門は、それぞれの役割を担いながら仕事を進めている。
しかし、会社が大きくなるにつれて、必要な人材も変わってきていた。
*
「……開発課が四名、基盤運用課が一名」
福原奈央は、採用管理表を確認していた。
画面には、募集職種と採用枠が並んでいる。
開発課。
基盤運用課。
そして、営業部長候補。
年末までに二十五名体制を目指すという方針は、以前から決まっていた。
ただし、採用する人数を決めることと、必要な人材を見極めることは、同じではない。
「福原さん、進捗はどうですか?」
三宅が声をかけた。
「はい。各職種の応募状況を整理しているところです」
「ありがとうございます」
三宅は、共有された資料を確認した。
「一般営業職の追加募集は、いったん停止ですね」
「はい。営業部長候補だけ、引き続き募集します」
「業務部の追加採用も、今回は見送りですね」
「そうです」
福原は、採用管理表を更新した。
営業部は、松井と小坂、そして四月に入社した大本の三名体制。
一般営業職を増やせば、新しい顧客を開拓する力は増えるかもしれない。
しかし、今のカナメでは、受注した仕事を開発する側の余力が限られている。
八月には、魅力的な大型案件の相談があったものの、納期条件が合わず、受注を見送ったこともあった。
「……営業の人を増やせばいい、というわけではないんですね」
福原が言った。
「そうですね」
三宅はうなずいた。
「会社全体で、仕事を進められることが大切ですから」
「はい」
福原は、資料を見直した。
入社した人が、どのような仕事を担当するのか。
その人が加わることで、何ができるようになるのか。
以前よりも、そうしたことを考える機会が増えていた。
*
その日の午後。
福原は、高瀬へ採用状況を報告していた。
「年末二十五名体制に向けて、開発部の採用を優先して進めています」
「ありがとうございます」
高瀬は、資料を確認した。
「採用予算の方は、どうなっていますか?」
「現在の計画では、追加五名分を想定しています」
「なるほど」
高瀬は、別の資料を開いた。
人件費の見通し。
採用に必要な費用。
そして、翌年四月に初回支給を予定している賞与の原資。
「今年から賞与制度も始まっていますから、人件費は慎重に見ていく必要がありますね」
「はい」
「ただ、必要な人材を採らなければ、仕事を増やすことも難しくなります」
福原はうなずいた。
「そうですね」
高瀬は、少し考えた。
「人数だけを合わせる必要はありません」
「はい」
「年末二十五名というのは目標です。必要な役割を担える人が見つからなければ、無理に採用する必要はありません」
「承知しました」
「その代わり、採用できた人数だけではなく、どの役割が充足しているのかも報告してください」
「わかりました」
福原は、メモを取った。
採用管理表には、応募者数や選考状況、入社予定日が並んでいる。
しかし、それだけでは会社が必要としている人材を確保できているのか、十分にはわからない。
福原は、資料に新しい項目を追加した。
『期待する役割』
『充足状況』
数字だけでは見えないものを、整理するためだった。
*
数日後。
福原は、西田、田村、井上を交えて、開発部の採用について打ち合わせをしていた。
「今日は、今後の採用で必要な経験や役割について、改めて確認させてください」
福原が言った。
「了解」
西田が答えた。
「まず、開発課からお願いします」
田村は、現在の案件一覧を開いた。
「今、開発課は九名体制なんやけどな」
「はい」
「人数だけ見たら、結構おるように見えるやろ?」
福原がうなずいた。
「そうですね」
「でも、全員がずっと実装しとるわけちゃうねん」
田村は、案件一覧を確認した。
「尾崎には案件の進行を中心に見てもろとるし、岩田には技術的なレビューをお願いしとる」
「はい」
「本多にはデザインの仕事もあるし、上條には柴崎の指導もお願いしとる」
福原は、メモを取った。
「なるほど」
「俺も、課全体の仕事の配分とか、人の調整とか、評価とか、そういう仕事が増えとるからな」
田村は、少し笑った。
「九人おるから九人分の実装ができる、いう話ではないんよ」
「そうですね」
西田もうなずいた。
「案件ごとに担当を組み替えとるから、数字ほど余裕があるわけちゃう」
「なるほど」
福原は、少し考えた。
「では、特に不足しているのは、どのような役割でしょうか?」
田村は、資料を見直した。
「設計から実装まで、ある程度自分で進められる人が欲しいな」
「経験者ですね」
「せやな。もちろん、全部一人でできる必要はないけど」
田村は続けた。
「ある程度任せられる人がおったら、今の社員も別の仕事に時間を使えるようになる」
「なるほど」
西田が口を開いた。
「大型案件は、複数人で進めることが多い。一方、小さい案件は、できれば少人数で完結させたいんよ」
「はい」
「だから、経験者でも、求める役割が少し違う」
福原は、メモを取った。
「大型案件の設計や実装に対応できる方と、小規模案件を自走できる方ですね」
「そういうことやな」
田村がうなずいた。
「ただ、今すぐ課の中を固定チームに分けるつもりはないで」
「承知しました」
「案件によって必要な人も変わるし、まずは今のやり方で回したいと思っとる」
「わかりました」
*
「では、基盤運用課はいかがでしょうか?」
福原が尋ねた。
井上は、現在の運用状況を確認した。
「こっちは、問い合わせや障害対応が重なると、ちょっと余裕がなくなるな」
「そうなんですね」
「普段は問題なくても、何か起きたときに対応できる人が限られとるから」
福原は、うなずいた。
「小川さんの配置転換についても、検討されているんですよね」
「せやな」
井上が答えた。
「一次調査とか、アプリの運用支援とか、少しずつ覚えてもらえたら助かると思っとる」
「なるほど」
「ただ、それだけで全部解決するわけちゃうからな」
「そうですね」
井上は、少し考えた。
「運用の自動化とか、監視の仕組みを整えられる経験者がおったら、かなり助かると思う」
「承知しました」
福原は、採用条件を整理した。
開発課では、設計・実装を担える経験者。
基盤運用課では、運用改善や自動化を進められる経験者。
同じ開発部でも、必要としている人材は違っていた。
*
十月中旬。
金目、西田、高瀬、福原が、採用方針の確認を行っていた。
福原は、整理した資料を共有した。
「今回の追加採用について、開発課四名、基盤運用課一名を優先する方針で考えています」
金目がうなずいた。
「せやな」
「開発課の四名については、大型案件の設計・実装に対応できる方を二名、小規模案件を自走できる方を二名という想定です」
「なるほど」
西田が、資料を確認した。
「ええと思うで」
「基盤運用課については、運用改善や自動化の経験がある方を一名です」
「了解」
金目は、少し考えた。
「営業を増やしたら、もっと仕事は取れるかもしれん」
「そうですね」
福原が答えた。
「でも、今は作る方が追いつかへんのよな」
西田がうなずいた。
「せやな。既存案件もあるし、新しい仕事をどんどん増やせる状態ではないと思う」
「せやろ?」
金目は、少し笑った。
「仕事取ってきても、納品できへんかったら意味ないしな」
高瀬がうなずいた。
「では、開発部を優先する方針で進めます」
「お願いします」
金目は、福原へ目を向けた。
「ただ、人数合わせのために無理して採る必要はないで」
「はい」
「ちゃんと仕事を任せられる人を探してほしいねん」
「承知しました」
福原は、採用管理表を更新した。
開発課、四名。
基盤運用課、一名。
会社が今、増やしたいのは、単なる社員の人数ではなかった。
引き受けられる仕事を、増やすための力だった。
*
「それと、もう一件あります」
福原は、採用計画の資料を切り替えた。
「営業部長候補についてです」
金目が、少し笑った。
「……まだ見つからん?」
「はい。何名か選考は進んでいるのですが、現時点では採用を決定できる方がいらっしゃいません」
「そうかあ」
高瀬が補足した。
「営業経験が豊富な方はいるんですが、部門全体を任せられるかという点では、慎重に判断する必要があります」
「せやな」
金目はうなずいた。
「営業ができる人と、営業部を任せられる人は、また別やからな」
福原は、候補者に求める役割を表示した。
顧客との関係構築。
案件管理と契約条件の調整。
営業担当者の育成。
開発部との連携。
そして、部門としての優先順位の判断。
「……結構あるな(笑)」
金目が言った。
「はい」
福原も、少し笑った。
「すべてを最初から完璧にできる方というわけではありませんが、部門を任せる以上、必要になる経験だと考えています」
「そうやな」
金目は、資料を見直した。
「うちの営業は、仕事を取ってきたら終わりちゃうからな」
「はい」
「開発部と相談して、ちゃんと納品できる条件を考えなあかん」
西田がうなずいた。
「そこは大事やな」
「八月の案件もそうやったやろ?」
金目が続けた。
「小坂さんが無理な受注をせんかったんは、開発部の事情も考えてくれたからや」
「そうですね」
福原が答えた。
「営業部長になる人にも、そういう判断をしてほしいねん」
「承知しました」
*
「ちなみに、社内から登用するという選択肢はいかがでしょうか?」
福原が尋ねた。
金目は、少し考えた。
「ないわけちゃうで」
「はい」
「ただ、松井さんは今の仕事を続けたいいう希望があるからな」
福原がうなずいた。
「そうですね」
松井は、前職で管理職への昇進を打診されたことがあった。
しかし、顧客と直接関わる仕事を続けたいという思いから、カナメへ転職してきた。
現在も、既存顧客の対応を中心に、営業部を支えている。
「仕事ができるからって、管理職やりたいとは限らんやろ?」
金目が言った。
「そうですね」
「本人が望んでへんのに、無理に役職つけても、誰も得せえへんと思うねん」
高瀬もうなずいた。
「本人の希望と、会社が求める役割の両方を考える必要がありますね」
「せやな」
福原は、メモを取った。
「小坂さんについては、いかがでしょうか?」
「小坂さんは、よう頑張ってくれとるで」
金目は、少し笑った。
「新しいお客様も探してくれとるし、今回みたいに、受注せん判断もできるようになってきた」
「はい」
「ただ、部門全体を任せるには、もう少し経験を積んでもらいたいかな」
高瀬がうなずいた。
「現時点では、営業実務を中心に経験を積んでいただく方針ですね」
「せやな」
金目は、少し考えた。
「もちろん、本人が将来そういう仕事をしたいなら、相談には乗るで」
「承知しました」
福原は、採用方針を確認した。
営業部長候補は、引き続き外部採用を中心に探す。
ただし、社内登用の可能性まで否定するものではない。
そして、適任者が見つかるまでは、金目が兼任を続ける。
「……まあ、もうしばらく俺が頑張るしかないな(笑)」
金目が言うと、西田が笑った。
「仕事減らすために会社大きくしとるんちゃうかったん?」
「……そのはずやねんけどな(笑)」
*
十月下旬。
開発課では、今後の中途入社者の受け入れについて話し合っていた。
田村洋介は、現在の案件一覧を確認している。
オンライン会議には、尾崎達也、岩田健太、上條亮介が参加していた。
「今後、経験者が何人か入ってくる予定やけど、受け入れの方も考えとかなあかんな」
田村が言った。
「そうやな」
尾崎がうなずいた。
「今の案件に、いきなり一人で入ってもらうわけにもいかへんし」
「せやねん」
田村は、案件一覧を開いた。
「最初は既存案件に入ってもらって、うちの仕事の進め方を覚えてもらうのがええと思っとる」
「それがええと思うで」
尾崎が答えた。
「案件の進行は、こっちでも見られるしな」
「頼むわ」
岩田が口を開いた。
「レビューする側の時間も確保しとかなあかんな」
「そうやな」
田村がうなずいた。
「人が増えたら、その分だけレビューも増えるし」
「せやねん。特に最初は、設計とか実装の考え方も確認したいしな」
「なるほど」
田村は、メモを取った。
上條も口を開いた。
「開発環境の準備や、社内の開発ルールについては、先に資料を整理しておきます」
「助かるわ」
田村が答えた。
「柴崎さんのときに使った資料もありますので、そこを見直しておこうと思います」
「それがええな」
尾崎が、少し考えた。
「案件ごとの担当は、今までどおりでええんやろ?」
「せやで」
田村はうなずいた。
「今のところ、固定のチームに分けるつもりはない」
「了解」
「案件の内容や規模によって、必要な人を組み合わせる方が、今はやりやすいと思っとる」
岩田もうなずいた。
「レビューも、案件を横断して見られるしな」
「せやな」
田村は、少し笑った。
「ただ、人が増えたら今までどおりに回るかは、わからんけどな」
尾崎が笑った。
「まあ、そのときは考えようや」
「せやな」
田村もうなずいた。
「まずは今のやり方で受け入れてみよう」
*
会議を終えた田村は、案件一覧を見直した。
開発課には、九名の社員がいる。
それぞれに得意な仕事があり、経験も違う。
尾崎は案件の進行を支え、岩田は技術面を横断して確認している。
本多はデザインを担当し、上條は柴崎の育成にも関わっている。
田村自身も、案件の配置や優先順位の調整、社員の育成と評価を担っていた。
ここへ、新しい社員が加わる。
仕事を進められる人が増えるのは、ありがたい。
しかし、その人たちが力を発揮できるようにするには、受け入れる側にも仕事がある。
「……まあ、忙しなるな」
田村は、少し笑った。
そして、次の案件の担当者を確認し始めた。
*
十月末。
福原は、採用管理表を更新していた。
開発課。
追加採用枠、四名。
基盤運用課。
追加採用枠、一名。
営業部長候補。
継続募集。
一般営業職と業務部の追加募集は、停止。
年末二十五名体制という目標に向けて、採用活動は進んでいる。
しかし、すべての枠が埋まったわけではなかった。
「福原さん、お疲れさまです」
三宅が声をかけた。
「お疲れさまです」
「採用計画、まとまりました?」
「はい。ひととおり整理できました」
福原は、資料を共有した。
「開発課と基盤運用課を優先して、営業部長候補は引き続き探す方針です」
「ありがとうございます」
三宅は、資料を確認した。
「だいぶわかりやすくなりましたね」
「そうですね」
福原は、少し笑った。
「最初は、採用人数と応募状況ばかり見ていたんですけど」
「はい」
「今は、その人が入社したら、何を任せられるのかを考えるようになりました」
三宅がうなずいた。
「そうですね。採用できたら終わりではありませんから」
「はい」
「入社して、仕事を覚えて、実際に力を発揮してもらうところまで考える必要があります」
福原は、少し考えた。
「……採る理由が、前より少しわかった気がします」
三宅は、少し笑った。
「それはよかったです」
*
福原は、もう一度採用管理表を見直した。
募集人数。
応募状況。
選考結果。
入社予定日。
そして、期待する役割。
以前は、空いている採用枠を埋めることが、自分の仕事だと思っていた。
しかし、今は少し違う。
誰を採るのか。
なぜ、その人が必要なのか。
その人が加わることで、会社は何ができるようになるのか。
そうしたことを考えながら、採用活動を進めている。
もちろん、採用を決めるのは自分一人ではない。
各部署の責任者が必要な人材を考え、高瀬が人件費を確認し、金目が最終的な方針を決める。
福原は、その判断に必要な情報を整理し、採用活動を進める。
それが、今の自分に任されている仕事だった。
福原は、資料を保存した。
年末まで、あと二か月。
まだ、採用活動は続く。
そして、新しい仲間を迎える準備も、少しずつ進んでいた。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、カナメの採用計画についてのお話でした。
四月に新しい組織体制が発足し、社員たちの役割も少しずつ変わってきました。
そして、会社が大きくなるにつれて、新しい人材も必要になってきています。
もっとも、だからといって、単純に人数を増やせばよいというわけではありません。
今回、カナメが優先することにしたのは、開発部の増員でした。
営業部の人員を増やせば、新しい仕事を獲得する機会は増えるかもしれません。
しかし、その仕事を実際に進める人が足りなければ、受注しても対応できません。
八月には、魅力的な大型案件を見送ったこともありました。
そこで今回は、営業力を増やすよりも、まず開発能力を強化することにしたわけです。
……仕事を取ってくる人ばかり増えても、作る人がいなければ困りますからね(笑)。
さて、今回の中心人物は福原でした。
昨年の秋に入社した福原も、今では採用計画を整理する立場になっています。
最初は応募者数や採用人数、選考状況を管理していましたが、今回は各部署の責任者から必要な人材について聞き取り、採用条件を整理していました。
同じ採用活動でも、見ているものが少し変わってきています。
何人採用できたのか。
それも、もちろん大切な数字です。
しかし、それだけでは会社に必要な人材が揃ったとは限りません。
採用した人に、どのような仕事を任せたいのか。
その人が加わることで、何ができるようになるのか。
そうしたことまで考えて初めて、採用計画として意味を持つのでしょう。
そして、もう一つ。
今回は営業部長候補の採用が、引き続き難航しています。
営業として優秀な人が、必ずしも営業部長として適任とは限りません。
また、仕事ができるからといって、本人が管理職になりたいとも限りません。
松井のように、お客様と直接関わる仕事を続けたい人もいます。
そうした希望を尊重することも、人材を大切にするということなのだと思います。
……もっとも、その結果として金目の兼任が続くわけですが(笑)。
さて、開発課では今後の中途入社者を迎える準備も始まりました。
田村のもとには、すでに九名の社員がいます。
ここへ、さらに新しい仲間が加わることになります。
ただ、人が増えたからといって、翌日からその人数分だけ仕事が進むわけではありません。
会社の仕事の進め方を覚えてもらう必要があります。
開発環境を整え、設計や実装を確認し、レビューする時間も必要になります。
つまり、採用によって将来の仕事を進める力は増えても、最初のうちは受け入れる側の仕事が増えるわけです。
……田村には、もうしばらく頑張ってもらうことになりそうですね(笑)。
今回は、あえて開発課を固定のチームに分けることはしませんでした。
案件ごとに必要な人を組み合わせ、今の体制で仕事を進めていきます。
その方法が、今後もずっと通用するのか。
それは、実際に人が増えてから考えることになるのでしょう。
さて、年末に向けて、カナメの採用活動はまだ続きます。
新しい社員が加われば、できる仕事も増えていくはずです。
一方で、人が増えることによって、新しい課題も生まれるかもしれません。
次回は、そんな新しい仲間たちのお話です。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




