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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第三章 任せた先にあるもの
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社長に言わんでもええこと

 2031年9月。


 株式会社カナメでは、四月に発足した新しい組織体制が、少しずつ日常のものになっていた。


 開発部には、二つの課がある。


 新規開発や追加開発を担当する開発課。


 既存システムの保守・運用を中心に担当する基盤運用課。


 田村と井上がそれぞれの課長となり、西田が開発部全体を統括している。


 もっとも、組織図が変わったからといって、日々の仕事が劇的に変わったわけではない。


 社員たちは、以前と同じように開発し、運用し、顧客からの相談に対応していた。


 ただ、何かを判断するとき、誰に確認するべきなのか。


 その線引きは、以前より明確になっていた。


     *


 九月上旬のある朝。


 開発課の尾崎も、担当システムの運用支援に入っていた。


 尾崎は、そのシステムの監視画面を確認していた。


 いつものように、前日からの稼働状況を確認する。


 エラーの発生状況。


 処理時間の推移。


 そして、利用状況。


 大きな異常は見当たらなかった。


 しかし、一つだけ気になる数字があった。


「……ん?」


 ある集計処理の応答時間が、前日から伸びている。


 ほかの機能は正常だった。


 システム全体が停止しているわけでもない。


 ただ、その処理だけが、普段より明らかに遅くなっていた。


 尾崎は、時間帯ごとの記録を確認した。


 そして、顧客から届いている問い合わせを開く。


『集計画面の表示に時間がかかるようになった』


 同じ内容の問い合わせが、複数届いていた。


「……これは確認した方がええな」


 尾崎は、井上へ連絡した。


     *


「井上さん、ちょっと確認してもらえます?」


 オンライン会議に入ると、井上が応答した。


「どうした?」


「特定の集計処理だけ、応答時間が伸びてるみたいです」


「ほかの機能は?」


「今のところ正常です」


 尾崎は、監視画面を共有した。


「昨日の夕方の更新後から、少しずつ処理時間が長くなっています」


「なるほど」


 井上は、画面を確認した。


「エラーは出とる?」


「ほとんど出ていません。ただ、タイムアウトに近い処理が増えています」


「そうか」


 井上は、少し考えた。


「まず、影響範囲を確認しようか」


「はい」


「同じ処理を使っとるほかのお客様にも影響があるか、確認してほしい」


「わかりました」


「あと、問い合わせが来とるお客様には、調査中であることを連絡しとこう」


「了解です」


 尾崎は、作業を始めた。


 井上も、前日までの変更履歴を確認する。


 すると、気になる記録が見つかった。


 前日の夕方、集計処理の一部が更新されていた。


「……これかもしれんな」


     *


 しばらくして、尾崎から連絡が入った。


「影響範囲、確認できました」


「どうやった?」


「同じ処理を使っているお客様のうち、データ量が多いところで遅くなっています」


「なるほど」


「データ量が少ないところは、今のところ問題ありません」


 井上は、うなずいた。


「昨日の変更と関係ありそうやな」


「そうですね」


 尾崎は、少し考えた。


「ただ、変更内容までは、まだ確認できていません」


「そこは開発課に聞こうか」


 井上は、田村へ連絡した。


     *


「田村さん、ちょっとええ?」


「なんかあった?」


「昨日の集計処理の変更、確認してもらえる?」


「……なんか問題出た?」


「一部のお客様で、応答が遅なっとる」


「了解。変更差分見てみるわ」


 田村は、担当エンジニアとともに、前日の変更内容を確認した。


 変更したのは、集計結果を取得する処理の一部だった。


 小さな修正だった。


 しかし、データ量の多い環境では、想定より多くの検索が発生していた。


「……ああ、なるほど」


 田村が、画面を見ながら言った。


「これ、件数が増えると検索回数も増えるな」


 担当エンジニアがうなずいた。


「そうですね。テストデータでは問題なかったんですが……」


「実際のデータ量やと、負荷が大きくなるわけか」


「はい」


 田村は、少し考えた。


「原因は、だいたいわかったな」


 井上へ連絡する。


     *


「原因、見つかったと思う」


 田村が言った。


「どうやった?」


「昨日の変更で、データ量が多い場合に検索回数が増えるようになっとる」


「なるほど」


「修正自体は、そんなに難しくないと思う」


 井上は、少し考えた。


「すぐ直せそう?」


「コードの修正だけなら、そこまで時間かからんと思うで」


「検証は?」


「そこは必要やな。ほかの集計にも影響する可能性があるし」


 井上は、うなずいた。


「ほな、二つ方法があるな」


「せやな」


 一つは、前日の変更を取り消し、以前の状態へ戻す方法。


 もう一つは、検索処理を修正し、改めてリリースする方法。


 田村は、少し考えた。


「直してから出すこともできるとは思う」


「ただ、検証する時間は必要やろ?」


「せやな」


 井上は、監視画面を見直した。


 応答時間は、まだ通常の水準へ戻っていない。


 問い合わせも続いている。


「……ほな、まず戻そうか」


 田村がうなずいた。


「俺も、その方がええと思う」


「修正は、落ち着いてから確認しよう」


「了解」


 井上は、尾崎へ連絡した。


「昨日の変更を戻す方向で進めるで」


「わかりました」


「まずは復旧手順と影響範囲を確認して、問題なければ実施しよう」


「はい」


 尾崎は、手順書を開いた。


 以前の状態へ戻すための手順は、すでに用意されている。


 必要な確認項目も、整理されていた。


 尾崎は、一つずつ内容を確認した。


 復旧の準備が、静かに進んでいった。


     *


 昼過ぎ。


 尾崎は、ロールバックの手順を確認し終えていた。


「井上さん、準備できました」


「ありがとう。影響範囲は?」


「今回変更した集計処理だけです。戻した場合の動作も確認できています」


「了解」


 井上は、田村へ連絡した。


「開発課の方も問題ない?」


「大丈夫やで。昨日の変更だけ戻せるようにしとる」


「ほな、進めようか」


 田村が、少し考えた。


「西田さんの承認は?」


「今回の範囲なら、課長判断でええことになっとる」


「せやったな」


「ただ、状況は共有しとくわ」


 井上は、西田へ短い報告を送った。


 発生している事象。


 影響範囲。


 推定原因。


 そして、復旧方針。


 西田の返事を待たず、井上は尾崎へ指示した。


「ほな、手順どおり進めてください」


「了解です」


     *


 尾崎は、復旧作業を開始した。


 田村と担当エンジニアも、変更内容を確認しながら待機している。


 手順に従って、前日の変更を取り消す。


 処理を切り替え、監視画面を確認する。


 しばらくして、集計処理の応答時間が短くなり始めた。


「……戻ってきましたね」


 尾崎が言った。


 井上が画面を確認した。


「ほかの機能は?」


「今のところ、異常ありません」


「エラーは?」


「増えていません」


 尾崎は、さらにいくつかの処理を確認した。


 集計画面の表示。


 データの取得。


 そして、関連する機能。


 いずれも、通常の水準に戻っていた。


「……大丈夫そうです」


「了解」


 井上は、少し息をついた。


「ほな、復旧完了でええな」


「はい」


 田村も、画面を確認した。


「原因の修正は、こっちで進めとくわ」


「頼むで」


「検証してから、改めてリリースする」


「了解」


 井上は、尾崎へ目を向けた。


「お客様への報告、お願いできる?」


「はい。復旧したことと、今後の対応を連絡します」


「ありがとう」


 尾崎は、対応記録を更新した。


 発生時刻。


 影響範囲。


 実施した復旧作業。


 確認結果。


 そして、残っている対応事項。


 必要な情報を整理し、顧客へ復旧を報告した。


     *


 夕方。


 井上は、今回の対応記録を確認していた。


 システムは正常に動作している。


 顧客への連絡も完了した。


 根本原因の修正は、田村の開発課で進めることになっている。


 西田からも、報告への返信が届いていた。


『対応ありがとう。根本修正の予定が決まったら共有してな』


 井上は、短く返事を送った。


『了解です』


 井上は、対応記録を保存した。


「……よし、これでええな」


 いつもの業務へ戻る。


 カナメの一日は、特別な混乱もなく終わろうとしていた。


     *


 翌日。


 金目は、定例の業務報告を確認していた。


 営業案件の進捗。


 開発部の作業状況。


 そして、基盤運用課の対応記録。


「……ん?」


 一つの報告に目が留まった。


 前日、既存顧客のシステムで応答遅延が発生し、ロールバックによって復旧したという。


 金目は、内容を読み直した。


 原因調査。


 影響範囲の確認。


 顧客への連絡。


 復旧作業。


 そして、再発防止に向けた対応。


 必要なことは、ひととおり記録されている。


 金目は、西田へ連絡した。


「西田さん、ちょっとええ?」


「なんや?」


「昨日、なんかあったん?」


「ああ、集計処理が遅なっとってな」


「そうなんや」


「井上と田村で対応して、もう復旧しとるで」


 金目は、少し考えた。


「……俺、何も聞いてへんけど?」


 西田が笑った。


「聞く必要なかったからな(笑)」


「……そうなん?」


「今回の範囲やったら、課長判断で対応できることになっとるやろ」


「……ああ、せやったな」


 金目は、報告書を見直した。


「お客様への連絡も済んどるんやな」


「せやで」


「根本原因の修正は?」


「田村のところで進めとる。検証してから再リリースする予定や」


「なるほどな」


 金目は、うなずいた。


「……そら、俺が出る幕ないわ(笑)」


 西田も笑った。


「せやろ?」


「でも、重大な障害や契約に関わる問題やったら、ちゃんと連絡してな」


「もちろんや」


 西田は、少し真面目な声になった。


「今回は影響が限定的やったし、手順も決まっとった。せやから現場で判断したんや」


「了解」


 金目は、少し笑った。


「ほな、よろしく頼むわ」


「任せとき」


 通話が終わった。


 金目は、もう一度報告書を確認した。


 自分が知らないところで、問題が発生していた。


 自分が知らないところで、判断が行われていた。


 そして、自分が知らないうちに、問題は解決していた。


 それでも、必要な情報は残っている。


「……なるほどな」


 金目は、少し笑った。


 以前なら、途中で自分に相談が来ていたかもしれない。


 しかし、今は違う。


 任せた人たちが、自分たちで考え、判断し、仕事を進めている。


 それは、四月に組織を変えた意味が、少しずつ形になってきたということだった。


     *


 九月下旬。


 金目は、高瀬と今後の採用について確認していた。


 年末には、二十五名規模の組織を目指している。


 そのため、福原を中心に中途採用を進めていた。


「採用の方は、どうです?」


 金目が尋ねた。


「各部署の採用は進んでいます」


 高瀬が答えた。


「ただ、営業部長を任せられる人材については、まだ難しい状況ですね」


「そうかあ」


 金目は、少し考えた。


「営業担当は採れても、部門をまとめられる人は簡単には見つからんか」


「そうですね」


「まあ、焦って決めるもんでもないしな」


「はい。ただ、いつまでも社長が兼任する前提にはできません」


「……わかっとるで(笑)」


 高瀬は、少し笑った。


「開発部の方は、課長への権限委譲が進んでいるようですね」


「せやな」


 金目はうなずいた。


「この前も、俺が知らんうちに問題が解決しとったわ」


「それはよかったですね」


「せやろ?」


 金目は、少し笑った。


「……でもな、俺の仕事は減らへんねん」


 高瀬が答えた。


「営業部長も兼任されていますので」


「……それや(笑)」


 二人は笑った。


 金目は、机の上の組織図へ目を向けた。


 開発部には、西田がいる。


 その下には、田村と井上という二人の課長がいる。


 業務部には、高瀬がいる。


 しかし、営業部長の欄には、まだ自分の名前があった。


 会社は、確実に大きくなっている。


 判断を任せられる人も増えている。


 それでも、すべての部門が同じように成長しているわけではなかった。


「……まあ、ぼちぼちやな」


 金目がつぶやいた。


「何がですか?」


 高瀬が尋ねた。


「俺が楽になるまでの道のりや(笑)」


 高瀬は、少し笑った。


「まだ、しばらくかかりそうですね」


「……せやな(笑)」


 金目は、組織図を閉じた。


 自分が知らないところで、会社が動くようになってきた。


 それは、確かに喜ばしいことだった。


 ただし、まだ自分が動かなければならない仕事もある。


 株式会社カナメは、そうした変化を重ねながら、少しずつ次の段階へ進んでいた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、開発部で発生したシステムの不具合と、その対応についてのお話でした。


四月の組織再編で、開発部には二つの課が設けられました。


田村が率いる開発課と、井上が率いる基盤運用課。


あれから五か月。


新しい体制も、少しずつ日常のものになってきたようです。


さて、今回の主役は、井上・田村・尾崎の三人でした。


尾崎が異常を発見し、井上が影響範囲を確認する。


田村が原因を調査し、二つの課で協力して復旧する。


特別な大事件ではありませんでしたが、こうした日々の対応こそ、システムを安定して運用するためには欠かせない仕事なのでしょう。


そして、今回の金目。


なんと、問題が起きていたことすら知りませんでした(笑)。


翌日の報告で初めて知り、西田から「聞く必要なかったからな」と言われています。


……社長として、それでいいのでしょうか?


今回描きたかったのは、まさにその部分です。


会社が小さいうちは、社長があらゆる仕事を把握していることも珍しくありません。


しかし、社員が増え、仕事が増えれば、すべてを社長が確認し続けることは難しくなります。


何より、社長の承認を待たなければ仕事が進まないのであれば、社長自身が会社のボトルネックになってしまいます。


そこで必要になるのが、権限委譲です。


ただし、仕事を任せることと、責任を放棄することは違います。


今回の井上と田村は、事前に決められた権限の範囲で判断しました。


西田への情報共有も行い、顧客への連絡や対応記録も残しています。


重大な問題が発生した場合には、当然ながら上位者へ報告する必要があります。


つまり、金目が知らなかったのは、報告が行われなかったからではありません。


**金目が判断しなくても、適切に仕事を進められる仕組みができていたからです。**


さて、もう一つ描きたかったのが、尾崎の仕事です。


今回は、異常の発見から影響範囲の確認、復旧作業、顧客への報告まで担当していました。


こうした保守・運用の仕事は、何も問題が起きていないときほど、その価値が見えにくいものかもしれません。


しかし、何かが起きたときに素早く対応できるのは、普段からシステムを監視し、手順を整え、必要な情報を把握している人がいるからです。


会社を支える仕事は、必ずしも目立つ仕事ばかりではありません。


そうした社員たちの存在も、これから大切に描いていきたいと思っています。


さて、開発部では権限委譲が進みました。


一方で、営業部長は相変わらず金目が兼任しています。


……せっかく仕事を任せられるようになったのに、なかなか楽にはなりませんね(笑)。


もっとも、会社が大きくなれば、必要になる役割も変わってきます。


仕事ができる人と、人をまとめられる人が、必ずしも同じとは限りません。


だからこそ、人数を増やすだけでは解決できない問題もあるのでしょう。


金目が本当に営業部長を誰かへ任せられる日は、いつになるのでしょうか。


さて、次回は採用のお話です。


年末に向けて社員を増やしているカナメですが、必要な人材がすべて揃っているわけではありません。


福原たちは、どのような採用活動を進めているのでしょうか。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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