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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第三章 任せた先にあるもの
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引き継ぐもの

 2031年5月。


 株式会社カナメでは、新しい組織体制での仕事が始まっていた。


 4月に営業部が正式に設置され、開発部も二つの課に分かれた。


 もっとも、営業部長は金目が兼任している。


 そのため、営業部の指揮系統が大きく変わったわけではなかった。


 それでも、会社として営業の仕事を整理し、顧客との関係を継続していく体制は、少しずつ整ってきていた。


     *


 ある日の昼。


 金目は、本町事業所の近くにある飲食店で昼食を取っていた。


 会社を作る前から通っている、馴染みの店だった。


 まだ副業として業務改善の仕事をしていた頃から、何度も相談を受けてきた相手でもある。


 今でも、出社した日にはよく顔を出している。


「金目さん、いつもの?」


「お願いします」


 店主は、軽くうなずいて厨房へ戻った。


 店内には、昼食を取る客の話し声が広がっている。


 金目は、水を飲みながら、スマートフォンで午後の予定を確認していた。


 しばらくして、料理が運ばれてきた。


「お待たせ」


「ありがとうございます」


 金目が食事を始めると、店主が声をかけた。


「そういや、金目さん」


「はい?」


「前に作ってもろた予約のやつな、ちょっと相談したいことあんねん」


「またなんか壊れました?」


「いや、壊れてへんねん」


 店主は、少し笑った。


「店のやり方が変わってな」


「ほう」


「最近、ネットからの予約も増えたやろ? ほんで、スタッフの人数も変わってきたし」


「なるほど」


「誰が確認したんかわからんことが、たまにあるねん」


 金目は、少し考えた。


「……予約の件数が増えたいうより、確認の仕方が今の仕事に合わんようになってきた感じですか?」


「そうそう。そんな感じや」


「なるほどな」


 金目はうなずいた。


「ほな、一回ちゃんと見ましょうか」


「頼める?」


「もちろんです」


 金目は、少し笑った。


「ただ、今回はうちの営業担当にも一緒に見てもらおうと思います」


「営業担当?」


「はい。今はそういう仕事をしてくれとる社員がおるんで」


「そうなんや」


「せっかくやし、紹介も兼ねて一回伺いますわ」


 店主は、少し笑った。


「ほな、よろしく頼むで」


「こちらこそ」


 金目は、もう一口料理を食べた。


「……しかし、相変わらずうまいですね」


「そら、ちゃんと作っとるからな(笑)」


「俺もちゃんと仕事せなあきませんな(笑)」


 二人は、顔を見合わせて笑った。


     *


 翌日。


 金目は、松井慎吾と小坂千尋を交えて、今回の相談について確認していた。


「今回のお客様なんですけど、会社を作る前からお世話になっとる店なんです」


 金目が言った。


「そうなんですね」


 松井がうなずいた。


「最初の頃は、俺が直接お店に行って、困っとることを聞いて、その場で考えとったんですよ」


「なるほど」


「予約管理とか、引き継ぎとか、そんなところから始まったんです」


 小坂が、少し笑った。


「今のカナメの仕事につながっていますね」


「せやな」


 金目も笑った。


「当時は、会社になるなんて思ってへんかったけどな」


 松井は、共有された資料を確認した。


 過去の対応履歴。


 これまでの改善内容。


 そして、現在利用している仕組みの概要。


「……かなり長く使っていただいているんですね」


「せやろ?」


「はい。途中で何度か改修もされていますし」


「店の仕事も変わっとるからな」


 金目は、少し考えた。


「今回も、今の仕事に合わせて見直したいんやと思う」


 松井がうなずいた。


「まずは、現状の業務を確認した方がよさそうですね」


「せやな」


「ただ、こちらのお客様は、社長が長く担当されていたんですよね」


「そうですね」


「では、最初は社長にも同席していただいた方がよさそうです」


 金目は、少し笑った。


「そのつもりやで」


「ありがとうございます」


「紹介だけは、俺がした方がええやろしな」


 小坂が、資料を確認しながら口を開いた。


「今回の相談ですが、予約管理そのものを作り直す必要があるかは、まだわからないですね」


「そうですね」


 松井が答えた。


「まずは、誰がどの段階で確認しているのかを整理したいです」


「はい」


 小坂は、少し考えた。


「予約の経路が増えたことで、確認する人や手順が変わった可能性もありますね」


 金目がうなずいた。


「せやな。システムだけの問題とは限らんし」


 松井は、資料を閉じた。


「では、まずはお店の業務を確認して、必要な改善内容を整理しましょう」


「お願いします」


 金目は、少し笑った。


「今回は、松井さんに任せますわ」


「承知しました」


     *


 数日後。


 ランチ営業が一段落した午後二時過ぎ。


 金目と松井は、本町事業所の近くにある飲食店を訪れていた。


 入口の扉を開けると、片付けをしていた店主が顔を上げた。


「おお、金目さん。待っとったでー」


「まいど! お忙しいところすんません」


「かまへん、かまへん。ちょうど片付いたところや」


 店主は、金目の隣に立つ松井へ目を向けた。


「そちらが、言うとった人か?」


「せやで。うちで営業を担当してくれとる松井さんです」


 松井が、軽く頭を下げた。


「松井慎吾と申します。本日はよろしくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 店主は、二人を奥の席へ案内した。


「まあ、座ってや。今、画面出すわ」


「ありがとうございます」


 松井が答えた。


 金目は、いつもの席に腰を下ろした。


「そういや、今日のランチは忙しかったんです?」


「まあまあやな。最近、ネットからの予約も増えてきたし」


「ええことですやん」


「そら、ありがたいんやけどな。その分、管理がややこしなってきてん」


 店主は、少し笑った。


「ほんで、金目さんに相談したわけや」


「なるほどな」


 金目はうなずいた。


「ほな、今日は松井さんにいろいろ聞いてもらいましょうか」


「頼むわ」


 松井は、資料を開いた。


「では、まず現在の予約の流れから確認させてください」


「ええで」


 店主は、画面を操作しながら説明を始めた。


     *


 店主が開いたのは、現在使っている予約管理の画面だった。


 予約の日付。


 人数。


 連絡先。


 そして、予約の確認状況。


 基本的な仕組みは、今も使われていた。


「これな。前に金目さんに作ってもろたやつ」


 松井が、画面を確認した。


「長く使っていただいているんですね」


「せやねん。これがあるだけで、だいぶ楽になったんよ」


 店主は、少し笑った。


「昔は、予約の電話が来たら紙に書いて、あとで誰かがまとめとったからな」


 金目が笑った。


「そうでしたね」


「ほんで、たまに書いた紙がどっか行ってな(笑)」


「ありましたなあ(笑)」


 二人は、顔を見合わせて笑った。


 松井は、そのやり取りを聞きながら、画面を確認していた。


「今は、こちらで予約を一元管理されているんですね」


「そうやで」


「ただ、最近は予約の入り方が変わってきた、と」


「せやねん」


 店主は、少し表情を改めた。


「電話だけやった頃は、これで十分やったんやけどな」


 松井がうなずいた。


「では、今の予約の流れを、最初から教えていただけますか?」


「ええで」


 店主は、現在の業務について説明し始めた。


 金目は、隣でその話を聞いていた。


 以前なら、自分が質問し、自分が整理していた仕事だった。


 しかし、今日は松井が話を進めている。


 金目は、少しだけ笑った。


 昔と同じ店で、昔と同じように仕事の相談を受けている。


 けれど、その相談を聞いているのは、もう自分一人ではなかった。


     *


「今は、予約が入ったら、どなたが確認されているんでしょうか?」


 松井が尋ねた。


 店主は、画面を指さした。


「基本的には、電話を取った人か、ネットの予約を確認した人やな」


「なるほど」


「ほんで、確認したら、ここに印をつけるようにしとるんやけど」


 店主は、画面の一角を示した。


「忙しいときは、あとでまとめてやろうと思って、そのままになってまうことがあんねん」


 松井は、うなずいた。


「つまり、予約そのものは登録されているけれど、確認が済んでいるかどうかわからなくなることがあるんですね」


「せやねん」


「それで、別のスタッフの方がもう一度確認されることもある、と」


「そうそう。逆に、誰かがやっとると思って、誰も確認してへんこともあってな」


 松井は、手元の資料に書き込んだ。


「なるほど。ちなみに、確認する担当者は決まっているんでしょうか?」


「いや、そこはその日の人数次第やな」


「そうなんですね」


「昼は人がおるけど、夜は少ない日もあるし」


 松井は、少し考えた。


「では、担当者を固定するより、誰が確認したのかを残せる方がよさそうですね」


 店主がうなずいた。


「そうそう。そういうのが欲しいねん」


 松井は、画面を見直した。


「今の仕組みを大きく変えなくても、対応できるかもしれません」


「ほんま?」


「はい。ただ、実際にどこまで変更できるかは、開発部にも確認させてください」


「そら、頼むわ」


 店主は、少し笑った。


「金目さんやったら、昔はその場で直してくれとったんやけどな」


 金目が笑った。


「昔は、俺が全部やっとったからな(笑)」


「せやったな」


「今は、ちゃんと作ってくれる人がおるんで」


 金目は、松井へ目を向けた。


「そっちに任せた方がええと思いますわ」


 店主も、少し笑った。


「なるほどな」


     *


 松井は、さらにいくつか質問を続けた。


 予約の変更があった場合。


 キャンセルが入った場合。


 複数のスタッフが同じ予約を確認した場合。


 そして、忙しい時間帯に確認を後回しにした場合。


 店主は、実際の業務を思い出しながら説明した。


「……なるほど」


 松井は、メモを見直した。


「今のお話ですと、予約を登録する仕組み自体は、問題なく使えているようですね」


「そうやな」


「一方で、登録された予約を誰が確認して、どこまで対応したのかが、わかりにくくなっている」


「せやねん」


「ですので、まずは確認状況を見えるようにすることを考えたいと思います」


 店主がうなずいた。


「それやったら助かるわ」


「ただ、一つ確認させてください」


「なんや?」


「確認した人の名前を残すだけで十分でしょうか?」


 店主は、少し考えた。


「……どういうこと?」


「例えば、確認したあとで、お客様に折り返しの連絡が必要になる場合もありますよね」


「あるな」


「そのとき、確認済みという印だけでは、連絡まで終わったのかわからないかもしれません」


 店主は、画面を見ながら考えた。


「……ああ、確かに」


「ですので、予約の確認と、お客様への対応を分けて管理した方がよいかもしれません」


「なるほどな」


 店主は、少し笑った。


「そこまで考えてへんかったわ」


 松井も、少し笑った。


「実際に使う方のお話を聞かないと、わからないことも多いですから」


 金目は、隣で二人の会話を聞いていた。


 松井は、単に店主の要望を記録しているわけではない。


 何に困っているのか。


 どこまで解決すればよいのか。


 そして、今の仕組みをどこまで変える必要があるのか。


 その順番で、話を整理していた。


 金目は、特に口を挟まなかった。


     *


「ほな、これで一回見積もりしてもらえるんか?」


 店主が尋ねた。


 松井は、うなずいた。


「はい。ただ、先に開発部と確認させてください」


「開発部?」


「はい。今回の変更が、今のシステムにどのくらい影響するのかを確認したいんです」


「なるほど」


「そのうえで、対応方法と費用、必要な期間をご案内します」


 店主は、少し考えた。


「……前より、ちゃんとした手順になっとるんやな」


 金目が笑った。


「昔が適当やったみたいに言わんといてくださいよ(笑)」


「いや、そういう意味ちゃうで(笑)」


 店主も笑った。


「昔は金目さんが、ちょっと見せてみ、言うて、その場でいろいろ考えてくれとったやろ」


「せやな」


「今は、ちゃんと会社としてやっとるんやなと思って」


 金目は、少し笑った。


「おかげさんで、人も増えましたからね」


 松井が、資料を閉じた。


「では、今回のお話はこちらで整理して、改めてご連絡いたします」


「よろしく頼むわ」


「ありがとうございます」


 店主は、金目へ目を向けた。


「……ほんで、これからは松井さんに連絡したらええんか?」


「せやな」


 金目が答えた。


「仕事の相談は、まず松井さんにお願いしようと思っとります」


「そうなんや」


「もちろん、俺もおるんで、何かあったら声かけてもろたらええんですけどね」


 店主は、少し笑った。


「まあ、金目さんには昼飯のときに聞いたらええしな(笑)」


「……それ、結局俺に戻ってきません?(笑)」


 三人は笑った。


 松井も、少し表情を緩めた。


「私からも、必要に応じて社長へ相談しますので」


「ほな、安心やな」


 店主は、松井へ目を向けた。


「松井さん、よろしく頼みますわ」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


     *


 店を出る頃には、午後三時を回っていた。


 ランチ営業を終えた店内では、夜の営業に向けた準備が始まっている。


「ほな、また来ますわ」


 金目が声をかけた。


「おう。また昼飯食いに来てや」


「もちろんです」


「松井さんも、今度は飯食いに来てな」


「ありがとうございます。ぜひ伺います」


 店主は、笑って二人を送り出した。


 店を出ると、五月の穏やかな空気が流れていた。


 本町事業所までは、歩いてすぐだった。


     *


 事業所へ戻る道で、松井が口を開いた。


「長年のお付き合いですので、わからないことがあれば、また教えていただけると助かります」


「もちろんやで。遠慮なく聞いてな」


 金目はうなずいた。


 店では、松井が折り返し連絡の話まで確かめていた。


 次に何を確かめるかは、もう松井が考えている。


 本町事業所が見えてきた。


「……しかし、俺の仕事、また一つ減ったな」


 金目が言った。


 松井は、少し笑った。


「その分、ほかのお仕事も増えていると思いますけど」


「……それは言わんといて(笑)」


 二人は笑った。


     *


 事業所へ戻ると、松井は今回の相談内容を案件管理表へ登録した。


 顧客からの相談。


 現在の業務。


 困っていること。


 そして、次に確認すること。


 開発部へ相談するための資料を整理し、担当者へ連絡する。


 金目は、開発部へ連絡する松井の様子を少しだけ確認した。


「……よろしくお願いします」


 金目が声をかけた。


「承知しました」


 松井が答えた。


 金目は、自分の席へ戻った。


 店主とは、これからも昼食のたびに顔を合わせるだろう。


 何気ない話もするだろうし、仕事の相談を受けることもあるかもしれない。


 それでも、今回の案件を進めるのは松井だった。


 金目が一人で始めた仕事は、少しずつ、ほかの人たちの仕事になっていた。


 そして、株式会社カナメは、今日もいつもどおりの仕事を続けていた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、金目が創業前からお付き合いしている飲食店のお話でした。


カナメがまだ会社になる前。


金目が副業として、身近な人たちの困りごとを解決していた頃からのお客様です。


予約管理や従業員への引き継ぎ。


当時は、そうした日々の面倒を少しでも減らせればというところから始まりました。


それが今では、営業部も開発部もある会社になっています。


……本人は、ここまで大きくするつもりだったのでしょうか(笑)。


さて、今回描きたかったのは、仕事を引き継ぐということです。


金目は、長年付き合ってきたお客様の対応を松井へ任せることにしました。


もっとも、金目自身がそのお店へ行かなくなるわけではありません。


今までどおりランチを食べに行きますし、店主と雑談もするでしょう。


変わるのは、仕事の窓口と責任を持つ人です。


これまで金目が直接聞いていた相談を、今度は松井が聞く。


必要なことを整理し、開発部と相談し、対応を進めていく。


その過程で、金目が毎回判断する必要はなくなっていきます。


ただ、こうした引き継ぎは、担当者を決めるだけでは成立しないものだと思っています。


特に、長年のお付き合いがあるお客様なら、なおさらです。


これまで築いてきた信頼関係があるからこそ、安心して仕事を任せてもらえる部分もあるでしょう。


一方で、新しい担当者は、その信頼に応えられる仕事をしなければなりません。


今回の松井は、店主の話を丁寧に聞きながら、問題を整理していました。


言われたことをそのまま持ち帰るのではなく、本当に困っていることは何なのかを考える。


そして、自分だけで判断できない部分は、開発部へ確認する。


そうした仕事の積み重ねが、新しい信頼関係につながっていくのでしょう。


さて、今回の金目は、ずいぶん仕事が減ったと喜んでいました。


しかし、松井に指摘されたとおり、その分ほかの仕事が増えているようです。


営業部長も兼任していますし、会社全体のことも考えなければなりません。


……どうやら、本人が望んでいるほど楽にはなっていないみたいですね(笑)。


それでも、自分が直接手を動かさなくても、お客様の困りごとを解決できるようになった。


これは、金目にとって大きな変化なのだと思います。


一人で始めた仕事が、いつの間にか誰かの仕事になっている。


そして、その人がまた別の誰かへ仕事をつないでいく。


そうして会社というものは、少しずつ大きくなっていくのでしょう。


さて、次回からは再び、社員たちの日常へと視点を移していきます。


新しく入社した大本と柴崎も、少しずつ仕事を覚え始めている頃です。


それぞれの部署で、どのような経験を積んでいくのでしょうか。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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