任せている仕事
2031年、3月。
西田浩司は、面談の前にもう一度、社員たちの振り返りを読んだ。
担当した案件。終えた作業。うまくいかなかったこと。次にやりたいこと。
同じ書式を渡していても、書かれている内容には違いがあった。
細かな改修を一つずつ挙げる人もいれば、半年分を数行でまとめる人もいる。
田村洋介の振り返りには、担当案件の下に「ほか、案件調整・レビュー等」とあった。
西田は、その一行の横に、最近記録され始めた相談の一覧を開いた。
顧客への確認、担当者の調整、検証日程の変更。
藤井直人の方にも、更新前の確認や環境についての問い合わせが並んでいた。その分、予定していた整備作業が動いている。
記録が増えたからといって、仕事が増えたわけではない。
今まで見えていなかった分が、少し出てきただけだった。
西田は、田村に聞く項目を一つ書き足した。
*
本多美緒との面談は、オンラインで行った。
最初に、本人の振り返りを聞いた。
広告や販促物の仕事と、日常的に使われる業務画面の仕事では、考えることが違う。
本多はそう話してから、以前の画面案を開いた。
「この件、最初の段階でもう少し聞けていたら、作り直すところは減らせたと思います」
採用された案と、採用されなかった案が並んでいた。
西田は、配置を大きく変えた方を見た。
「こっちを推していたんだよね」
「はい。操作の順番も、こっちの方が自然だと思ったので」
「今も、そう思う?」
本多は少し考えた。
「初めて見る人には、分かりやすいと思います。ただ、電話で説明しながら使うなら、配置を変えるだけで困る人が出るのは、分かりました」
西田はうなずいた。
その後、本多がまとめた修正版を開く。
ボタンの位置は変わっていない。色と文字の大きさが整理され、操作できる箇所が分かるようになっていた。
「お客様が使うものとして、ここまで仕上げたことは評価しています。岡元さんとも相談できていた」
「ありがとうございます」
「一方で、最初の提案前に確認できたことはある。そこは、今言ってくれたとおりだね」
「はい」
本多は画面を見たまま、少し間を置いた。
「最初の案が通らなかった分、あまり成果になっていない感じがしていたんですけど」
「選ばれた案が、最初から最後まで変わらなかったかどうかでは見ていないよ」
西田は修正版の一部を拡大した。
「ただ、直した時間もかかっている。その両方を見ています」
本多は、手元で何かを書き留めた。
「次も、案は出していいんですよね」
「もちろん。出す前に知っておいた方がいいことを、今回一つ覚えたんだと思う」
「分かりました」
画面の隅に、採用されなかった案がまだ残っていた。
西田は次の担当業務へ話を移した。
*
上田拓海は、振り返りに挙げた改修内容を、順番に説明した。
予定どおり終わったものと、確認に時間がかかったもの。
説明は簡潔で、分からないところはなかった。
一通り聞いてから、西田は尋ねた。
「小川君からの相談は、どう?」
「前より、自分で考えたことを付けて聞いてくれるので、答えやすいです」
「それに答えた仕事は、ここには書いていないんだね」
上田は自分の振り返りを見直した。
「ああ。聞かれたから答えただけなので」
「どのくらい時間を使っている?」
「日によります。すぐ終わる時もありますし、一緒に画面を見た方が早い時もあります」
西田は、上田が担当していた改修の予定を開いた。
「この時、レビューを翌日に動かしたのも?」
「はい。小川君が止まっていたので、先にそっちを見ました。あと、中野君にも確認したいことがあって」
「動かす時は、誰に相談した?」
「……そこは、自分で間に合うと思って」
上田が少し姿勢を直した。
「結局、翌日になりました」
「教えてくれたことは助かっています。ただ、自分の予定を変える判断まで、一人で持たなくていい」
「でも、聞かれた時に、後にしてとは言いにくくて」
「その場で答えるのか、時間を決めて一緒に見るのか、別の人へ聞いてもらうのか。選べると思うよ」
上田はうなずいたが、まだ少し考えているようだった。
「小川君を待たせても、ですか」
「上田君の仕事を待っている人もいるからね」
「ああ……はい」
西田は、上田の担当欄に新人の相談対応を書き足した。
「ここは、仕事として入れておこう。ただ、全部引き受ける約束ではないよ」
「分かりました」
「それと、相談が増えているなら教えてほしい。上田君が答えられるようになったから、集まっている分もあると思う」
上田は少し笑った。
「それは、ちょっと嬉しいですけど」
「うん。嬉しいことまで、なくさなくていい」
面談が終わる前に、上田は自分の振り返りへ二行ほど追記した。
*
田村は、面談の最初にこう言った。
「今年は、前より書くものが増えましたね」
「相談の記録?」
「そうです。書いてみると、こんなにあったかとは思いましたけど」
西田は、田村の振り返りと記録を並べた。
「『案件調整・レビュー等』のところを、今日は聞きたいんだ」
「そこが一番長くなりそうですね」
二人で最近の仕事をたどった。
先方から返事が来ない案件を確認し、空いている人を探し、別の仕事が遅れないように予定を動かす。
田村自身が回答しているものもあれば、分かる人へつないでいるだけのものもあった。
西田は、いくつかの記録に印を付けた。
「ここで先に確認してくれたから、後の手戻りが減っている。この日程変更も、間に入ってくれなければ重なっていたと思う」
「はい」
「若手のレビューも含めて、助かっています。担当の実装以外にも、仕事を持ってもらっている」
田村はうなずいた。
それから、記録の画面を閉じた。
「それは、ありがたいんですけど」
「うん」
「これからも、この感じで集めるんですか」
西田は、返事をする前に田村を見た。
声は普段と変わらなかった。
「整理したいと思っている」
「前にも、整理するとは聞いてるんですよね」
「そうだね」
「人に聞いて回るのはできます。でも、予定を変えていいかは僕では決められない。誰をどっちに付けるかも、最後は西田さんに聞くでしょう」
西田はうなずいた。
「そこは、僕の判断待ちになっている」
「そうすると、相談した人は僕から返事が来るのを待ってるし、僕は西田さんからの返事を待ってる。間に一人増えただけになる時があるんです」
西田は、もう一度記録を開いた。
田村から確認が届いていた時刻と、自分が回答した時刻を見る。
別の打ち合わせに入っていて、返事が夕方になったものがあった。
「これも、そうだね」
「はい。別に、その場で何でも決めたいわけではないですよ。ただ、僕が決めていいところと、聞かないといけないところは、はっきりさせたいです」
「分かった。担当の割り振り、予定の変更、顧客への返事。この辺りは、分けて考えよう」
「あと、自分の実装をどれだけ持つかもですね」
「うん」
西田は面談用のメモに、次の担当を決める前に整理する、と書いた。
「今日ここで、全部の範囲は決め切れない。ただ、今の仕事にそのまま上乗せする形にはしない」
田村は、画面を見ながら息をついた。
「そこまで決まると、だいぶ違います」
西田は、田村の実装についても話を聞いた。
調整をしているからといって、作る仕事を全部手放したいわけではなかった。
*
開発部の面談が終わると、西田は金目修平と評価をすり合わせた。
金目は、本多の振り返りを読み、修正後の画面を確かめた。
「これ、先方から使いやすくなったって返事来てたな」
「うん。そこは評価している。ただ、本人は最初の案が選ばれなかったことを気にしていた」
「そこだけ見たら、あかんかった仕事になるんか」
「本人の中では、少しそうなっていたみたいだね」
次に上田の話をした。
金目は、追記された新人対応の二行を読んだ。
「これ、もっとやってへん?」
「聞いたら、ほかにも出てきたよ」
「やろな」
「ただ、自分の予定を動かすところまで抱えていた。相談対応を仕事に入れるなら、その時間も空けないといけない」
金目は担当の一覧へ目を移した。
「空いてる時に見たって、では済まへんようになってきたな」
「そう思う」
田村の評価では、金目も長く画面を見ていた。
「去年、役割を整理するって話したんよな」
「うん。今度は、決められる範囲まで含めてやろう」
「評価を上げるだけでは、片付かへんな」
西田はうなずいた。
「僕も、田村君にまとめてもらってから判断する形に頼っていた。確認する相手が減るから、こちらは楽になるんだ」
「田村さんのとこで、待ちが増えててもか」
「そうだね。そこまで見ていなかった」
金目は椅子へ座り直した。
人が増え、以前なら自分に届いていた相談のいくつかは、西田や田村のところで進むようになった。
その分、自分が外へ出られる時間は増えていた。
「任せた先でも、同じことが起きるんやな」
「今はまだ、誰かが分かっていて、つないでくれるから回っている。でも、次に人を迎える時もそれを続けるのは難しい」
「ほな、仕事を渡す時の決め方からやな」
二人は、今後の担当を決めるために必要な項目を書き出した。
何を担当するのか。
そのために、何を減らすのか。
どこまで自分で決め、何を相談するのか。
金目は、その横に評価のメモを置いた。
仕事として任せるなら、次の評価でも確認する必要があった。
年俸の改定額は、会社全体の原資と合わせて決める。
仕事を認める話と、いくら配分できるかという話を、一つにして済ませることはできなかった。
*
数日後、松井慎吾から追加改修の相談が届いた。
既存顧客のもので、希望する時期と、確認したい範囲が整理されていた。
金目は田村とのチャットを開いた。
『この件、一回見てもらえる?』
そこまで書いて、止めた。
開発部の予定表を開く。
田村には、今週中に終える改修と、若手のレビューが入っていた。
金目は書きかけの文を消し、西田へ相談を送った。
『追加の相談が来てます。誰に見てもらうかと、今の仕事との優先順位を合わせたいです』
西田から、翌日の短い打ち合わせを提案する返事が来た。
金目は承諾し、松井へ確認の予定を返した。
顧客へ回答できる日は、まだ決まっていない。
それでも、田村へ送った依頼の返事を待つ仕事には、ならなかった。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、年に一度の評価面談のお話でした。
同じ半年を振り返っていても、本人が気にしていることと、周りが見ていることは、少しずつ違います。
本多は、自分の推した案が選ばれなかったことを気にしていました。
西田が見ていたのは、その後、お客様の事情に合わせて仕上げた仕事です。
もちろん、最初に確認できたことはなかったのか、という課題も残ります。
うまくいかなかった部分があっても、その仕事全体が失敗になるわけではない。面談には、そうした認識を合わせる役割もあるのだと思います。
一方、上田は新人への相談対応を、振り返りに書いていませんでした。
「聞かれたから答えただけなので」
本人には、特別な仕事をした感覚がなかったのでしょう。
頼られるのは嬉しい。ただ、そのたびに自分の予定を動かしていては、別の誰かを待たせることにもなります。
上田も、いつの間にか相談される先輩になっていたんですね。
さて、田村の面談では、もう少し踏み込んだ話になりました。
仕事を認めてもらえることは、もちろん嬉しい。
ただ、それが「これからも同じようにお願いします」という意味なら、困り事は残ったままです。
何を任されていて、どこまで自分で決めてよいのか。
そして、その仕事を引き受けるために、何を減らすのか。
去年からの約束を、今度こそ具体的にする必要があります。
今回、西田も、自分が田村に頼っていたことを認めました。
人にまとめてもらってから判断するのは、判断する側にとっては助かります。その間、確認を集めている人がどれだけ待ち、誰への返事を抱えているかまでは、見えにくいものです。
金目だけでなく、西田もまた、人に任せる方法を考えている途中なのだと思います。
最後に金目は、田村への依頼を書きかけて、西田へ担当と優先順位を相談し直しました。
小さな変更ですが、仕事を渡す前に考えることが、一つ増えたようです。
評価面談は終わりましたが、年俸の改定額はこれから決まります。
認めた仕事を、限られた原資の中でどう報いるのか。
次は、その結果を伝える側と、受け取る側のお話です。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




