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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第三章 任せた先にあるもの
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それぞれの得意

 2031年、1月。


 上條亮介は、画面の右下に出ていたエラー表示を消し、もう一度登録ボタンを押した。


 今度は保存された。


 入力内容を変えて、もう一度。同じ操作を繰り返し、保存されたデータを確認する。


 画面も、その裏側の処理も、今回は自分で直していた。


 前の会社なら、画面の変更は別の担当者へ依頼していた。入力欄を一つ動かすにも、まず変更内容を説明し、相手の予定を確かめる必要があった。


 その手順に慣れてはいた。


 ただ、今の仕事の進み方は、好きだった。


 上條は変更内容をまとめ、尾崎達也へレビューを頼んだ。


 しばらくして、短い通話が入った。


「こっちでも動かしました。処理は大丈夫そうです」


「ありがとうございます」


「一個だけ。この区分、空欄でも登録できるようにしたんですね」


「はい。いったん保存して、後から埋められた方が使いやすいかと思って」


 尾崎が画面を共有した。


 月次の一覧表に、区分が入っていない行が一つあった。


「これ、先方が区分別に集計する時は、どう扱うんでしょう」


 上條は、少し黙った。


 保存できることは確認していた。


 保存した後に、その数字を誰がどう使うのかは、今回の変更箇所より先だった。


「未分類で出すか、集計から外すか、確認が要りますね」


「ですね。仮保存のまま残るなら、それも分かった方がよさそうです」


「画面に出すところまでは、こっちでやれます」


「そこまで決まってから、お願いします」


 通話を終え、上條は顧客への確認事項を書き足した。


 直したい場所は、もう分かっている。


 それでも、手を動かす前に待つことがあった。


     *


 本多美緒は、自分が作った二つの画面案を並べた。


 一方は、情報のまとまりを大きく取り直した案だった。余白を広くし、色数を減らし、操作の順番に沿って視線が流れるようにした。


 もう一方は、今の配置を残し、文字の大きさと配色を整理した案だった。


 本多としては、最初の案を推したかった。


 オンライン会議の向こうで、顧客の担当者が言った。


「こちらの、今に近い方でお願いできますか」


 本多は、返事をする前に一度だけ岡元遥を見た。


 岡元は画面案を開いたまま、うなずいていた。


「今の配置を残したい理由を、もう少し伺ってもいいですか」


「担当が固定じゃないんです。休みの人がいれば、ほかの者も入りますので。電話で、右上のここを押して、と教えることも多くて」


 本多は、二つの案を見比べた。


 新しい案では、右上にあったボタンを下へ移していた。


 順番としては、その方が自然だった。


 今の説明を使い続けるなら、違った。


「配置は残して、押せるボタンと表示だけの項目の区別を、もう少しはっきりさせます」


「ああ、それは助かります。今、押しても何も起きないって言われることがあるので」


 会議が終わると、本多は推していた案を別のページへ移した。


 削除はしなかった。


「結構、変えたかったんですけどね」


「うん。私も見やすいと思った」


 岡元の返事に、本多は少しだけ笑った。


「次、電話しながら使うところも見せてもらえますかね」


「お願いしてみようか」


 本多は今に近い方の案を開き直した。


 配置を動かさずに直せるところも、まだあった。


     *


 2月に入ると、小坂千尋が新しい相談を持ち帰った。


 ECサイトの改修について話していた顧客から、注文後の作業も見てほしいと言われたのだという。


「サイト上は在庫ありでも、実際には別の注文で引き当て済みになってることがあるそうです」


 金目修平は、共有されたメモを読んだ。


「在庫の数字、どこで持ってるん?」


「そこは、まだ全部追えてないです。倉庫側の表と、サイト側と、社内用の表があるそうで」


「まあまああるな」


「はい。なので、その場では、つなげられますとは言ってません。まず今の流れを確認させてください、と」


 松井慎吾が、メモの下に質問を書き足した。


「いつまでに変えたいかは、聞けました?」


「繁忙期までに。ただ、具体的に何月からかは確認します」


「あと、倉庫側の人にも話を聞けるかですね。窓口の方だけでは分からないところがありそうなので」


 小坂はうなずき、確認事項をまとめた。


 以前なら、サイト側でできる改修から提案を考えていた。


 今回は、サイトの外にも仕事が続いていた。


「技術の確認、田村さんに相談していいですか」


「ええで。まだ見積もりの約束はせんといてな」


「はい。調べる範囲から相談します」


 小坂から届いた相談に、田村洋介は返事をした。


 誰が今の仕組みを見られるか、予定を確かめる、と。


     *


 福原奈央が高瀬欣也に見せたのは、春の入社準備の一覧だった。


 書類、機材、アカウント、初日の案内。


 項目の隣に、担当者と期限を入れる欄を足していた。


「私が入った時、最初にどこへ連絡したらいいか、一回迷ったんです」


「初日に使う社内システムの接続先ですか」


「はい。メールと、送っていただいた資料で、案内が分かれていたので」


 高瀬は自分の控えを開いた。


「ああ。後から変えた方が、こっちに残っていますね」


「どこか一つを見れば分かるようにしたいです」


「そうしましょう」


 福原は一覧へ戻った。


「それと、開発用のアカウントなんですけど。申請を出すのは業務部で、作るのは開発部、で合ってますか」


「作るものによりますね。確認しましょう」


 過去のやり取りをたどると、三宅彩が依頼したものも、高瀬が依頼したものもあった。


 開発部側の返事も、田村だったり、藤井直人だったりした。


「誰に聞くのが早いですかね」


「まず田村さんに、今の分担を聞いてみます」


 高瀬が通話をつなぐ間、福原は担当者欄を空けておいた。


     *


 藤井は、自分の予定表から午後の作業を一つ動かした。


 午前中に終えるつもりだった確認が、まだ残っていた。


 上條から、検証環境に本番と異なる設定があるかと聞かれたのが始まりだった。


 確認すると、説明資料に書かれていない違いが一つ見つかった。


 上條が次から迷わないように、資料も直しておきたかった。


 そこへ井上修一から連絡が入った。


「今週の更新、先に一個確認しときたいんですけど」


「はい。どれです?」


「戻す時の手順です。前の構成のままになってるところがあって」


 藤井は資料を開いた。


「ああ、ここ、変えてますね」


「ですよね。作業前に合わせときましょう」


「今、見ます」


 通話を終えてから、上條への返事を書いた。


 その途中で、入社準備に使うアカウントの確認が届いた。


 藤井は必要なものを数え、作成にかかる時間を返した。


 予定表の作業を、もう一度動かす。


 どれも、自分が見れば早い仕事だった。


 気付くと、まとめて直そうと思っていた環境整備が、翌日へ移っていた。


     *


 金目が田村へ進み具合を尋ねたのは、その日の夕方だった。


「例の改修、今日レビュー出せそう?」


「明日の午前にさせてもらえますか」


「なんか詰まった?」


「いや、改修自体は、もうちょっとなんですけどね」


 通話の向こうで、田村が予定表を開いた。


 小坂からの相談。入社準備の担当確認。若手のレビュー。別案件の顧客への回答。


「在庫の件は、尾崎君に最初の確認をお願いしました。上條君の方も、先方へ聞くことが残ってるので、その回答待ちです」


「うん」


「アカウントは藤井君に聞いたんですけど、更新の確認も入ってたので、期限だけ先に合わせてます」


 金目は案件一覧を見た。


 今説明された仕事のうち、そこに載っているものは半分ほどだった。


「これ、今日、田村さんが全部間に入ってるん?」


「全部ではないですよ。見えてないところもありますし」


「いや、そういう意味やなくて」


 田村が少し笑った。


「分かりますよ。僕の改修、いつ進むねんって話でしょう」


「逆や。俺、改修の分しか見てへんかったな」


 田村は、すぐには返事をしなかった。


 金目は西田浩司にも声をかけ、通話へ入ってもらった。


 西田は田村の説明を聞いてから、自分の予定表を見た。


「今は、担当が分からない相談が田村君へ来てるんだね」


「分かるものは、そのまま振ってます。ただ、誰が空いてるかとか、今日やるか明日でいいかとか、そこが決まってないので」


「それを毎回、田村さんが確認してるんか」


「放っておくわけにもいきませんから」


 金目は、田村が普段言っている「こっちで見ときます」を思い出した。


 その返事の後に、どれだけ連絡が続いているかまでは見ていなかった。


「藤井君も、同じようになっていないかな」


 西田の言葉で、三人は藤井の作業予定を確かめた。


 環境整備の期限が、二度動いていた。


「本人に聞いた方がええですね」


 金目が言うと、西田がうなずいた。


「まず、どんな相談がどこへ来ているかを出そう。予定していた仕事を動かす時は、その理由も一緒に残してもらう」


「それ、記録が増えすぎません?」


 田村が聞いた。


「細かい作業時間までは要らないよ。何が入って、何を後ろへ送ったかが分かれば」


「それなら」


 金目は、自分が田村へ送った依頼を開いた。


「俺も、田村さんに頼めば誰かにつないでくれる、で送ってたわ」


「つなぎますけどね」


「せやから、そこに甘えてたんやな」


 今度は田村も、否定しなかった。


     *


 通話が終わると、田村は止めていた改修の画面を開いた。


 どこまで確認したか、メモを読み返す。


 書きかけの処理を見つけ、キーボードへ手を置いたところで、新しい通知が出た。


 翌週の検証について、環境の準備が間に合うかという相談だった。


 田村は返信欄を開いた。


 いつものように、自分から確認しておくと書きかけた。


 そこで手を止める。


 担当表を開き、依頼元と藤井を同じスレッドへ入れた。


『必要な日時と使う範囲を、ここで合わせてもらえますか。ほかの作業と重なるようなら、西田さんにも入ってもらいましょう』


 少しして、藤井から返事が来た。


 準備できる日時と、先に確認したいことが二つ書かれていた。


 依頼元が答える。


 田村は、そのやり取りを最後まで待たず、改修の画面へ戻った。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、秋に入社した四人の仕事と、その周りで増えている相談を描きました。


上條は、画面から裏側の処理まで、自分で手を入れられることを楽しんでいます。


ただ、自分で作れることと、自分だけで決めてよいことは、少し違います。


保存できるようになったデータを、その後、お客様がどう使うのか。


尾崎に聞かれて、確認すべきことがもう一つ見つかりました。


一方、本多の推していた画面案は、今回は選ばれませんでした。


見やすく整理したつもりでも、使う方には、今の配置を残したい理由がありました。


電話で「右上のボタンを押してください」と伝える。


そういう普段のやり取りも、画面を変える時には考える必要があるんですね。


少し残念そうな本多ですが、選ばれなかった案を削除はしませんでした。


あの案も、別の仕事で生きることがあるかもしれません。


小坂は、ECサイトの外へ相談の幅を広げ始めています。


福原は、自分が入社した時に迷ったことを、次に来る人のために直そうとしています。


それぞれが経験を持ち寄り、カナメでできることが少しずつ増えてきました。


さて、その相談は、誰のところへ届くのでしょうか。


今回も田村は、よく働いていました。


顧客への回答、担当者の確認、若手のレビュー、入社準備の相談。


そして、自分の改修もあります。


……なかなか画面へ戻れませんね。


藤井も同じように、必要な確認へ対応するうちに、予定していた仕事が後ろへ動いていました。


どれも放っておける仕事ではありません。


だからこそ、一つずつ引き受けている本人も、周りも、負担の増え方に気付きにくいのかもしれません。


金目が見ていた案件一覧には、その全部は載っていませんでした。


「田村さんに頼めば、誰かにつないでくれる」


頼れる先輩への信頼に、少し甘えも混じっていたようです。


最後に田村は、届いた相談をすぐに引き取らず、担当者同士をつなぎました。


もちろん、これだけで全てが片付いたわけではありません。


相談の行き先も、優先順位の決め方も、これから整理していく必要があります。


それでも今回は、やり取りの終わりを待たず、自分の仕事へ戻ることができました。


もうすぐ、カナメでは年に一度の評価面談が始まります。


何を作ったか、いくつ終わらせたか。


その数字だけでは見えにくい仕事を、会社はどう受け止めるのでしょうか。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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