新しい顔ぶれ
2030年10月。
大阪・本町。
株式会社カナメの本町事業所では、朝から入社手続きの準備が進められていた。
机の上には、貸与するパソコンが四台。
その横には、入社書類と社内システムの案内資料が並んでいる。
三宅は、資料を確認しながら、最後の準備を進めていた。
「……よし。これで大丈夫ですね」
高瀬が、声をかけた。
「準備は順調ですか?」
「はい。ひとまず必要なものは揃っています」
「ありがとうございます」
「ただ、四名同時というのは、なかなか慌ただしいですね」
高瀬は、少し笑った。
「これからは、こういう機会も増えるかもしれませんね」
「そうですね」
三宅は、もう一度資料を確認した。
今日から、新しい社員が四人加わる。
開発部に二人。
営業に一人。
業務部に一人。
それぞれ、異なる経験を持った人たちだった。
*
「おはようございます」
最初に事業所へやってきたのは、本多美緒だった。
二十八歳。
制作会社で広告や販促物のデザインを担当してきた女性だった。
「おはようございます。本多さんですね」
三宅が迎えた。
「はい。本日からよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
本多は、案内された席へ向かった。
そこには、貸与用のパソコンと書類が用意されていた。
「……本当に、今日からなんですね」
本多が小さくつぶやいた。
三宅が笑った。
「そうですね。今日からカナメの一員です」
「よろしくお願いします」
続いて、上條亮介がやってきた。
三十二歳。
バックエンド開発を中心に、フロントエンドにも対応できるエンジニアだった。
「おはようございます。上條です」
「おはようございます。お待ちしていました」
上條は、室内を見渡した。
「今日は、ほかにも入社される方がいるんですよね」
「はい。全部で四名です」
「そうなんですね」
三宅は、本多を紹介した。
「こちら、同じ開発部に配属される本多さんです」
「上條です。よろしくお願いします」
「本多です。こちらこそ、よろしくお願いします」
二人は、軽く会釈した。
その後、小坂千尋と福原奈央も到着した。
小坂は二十九歳。営業担当として入社する。
福原は二十七歳。業務部で採用業務を担当する予定だった。
「おはようございます!」
小坂が、明るい声で挨拶した。
「おはようございます」
福原も続いた。
三宅は、四人を案内した。
「皆さん、揃いましたね。では、始めましょうか」
*
午前中は、入社手続きから始まった。
雇用関係の書類確認。
貸与品の受け取り。
勤怠管理の説明。
社内システムへのログイン。
そして、基本的な業務ルールの案内。
三宅は、一つずつ説明していった。
「普段はフルリモート勤務が基本になりますので、社内の連絡はチャットとオンライン会議が中心です」
「はい」
「もちろん、必要に応じて本町事業所も利用できます」
本多が尋ねた。
「部署をまたいだ相談も、基本的にはチャットで行うんでしょうか?」
「そうですね。内容によっては、オンライン会議を設定することもあります」
「わかりました」
上條が続けた。
「開発環境については、午後に説明いただけるんでしょうか?」
「はい。開発部の担当者からご案内します」
「ありがとうございます」
小坂が、少し笑った。
「なんだか、学校の入学式みたいですね」
本多も笑った。
「確かに。四人一緒ですもんね」
福原が口を開いた。
「同じ日に入社する方がいると、少し安心しますね」
「そうですね」
三宅も、少し笑った。
「私も、皆さんが一緒だと説明しやすいです」
高瀬が横から言った。
「ただ、質問が四倍になるかもしれませんね」
三宅は、少し考えた。
「……それは、考えていませんでした」
周囲に笑いが起きた。
*
手続きが一段落した頃。
金目が会議室に入ってきた。
「おはようございます!」
四人が立ち上がろうとすると、金目は手を振った。
「ああ、そのままでええですよ」
金目は、少し笑った。
「皆さん、ようこそカナメへ」
「よろしくお願いします!」
小坂が、代表するように答えた。
「今日は、四人一緒なんですね」
金目が言うと、三宅がうなずいた。
「はい。今回は合同で入社手続きを進めています」
「ありがとうございます」
金目は、四人を見渡した。
「うちは、何でもできる人ばっかり集めたいわけちゃいます」
四人は、静かに話を聞いていた。
「それぞれ得意なことを持ち寄って、ええ仕事してもらえたらと思っています」
金目は続けた。
「もちろん、最初から全部わかる必要はありません。困ったことがあったら、遠慮せんと相談してください」
「はい」
「わからんことを、わからんままにせんかったら、それでええと思います」
金目は、少し笑った。
「……まあ、ちゃんと儲けてもらわな困るんですけどね(笑)」
四人が笑った。
横にいた西田が口を挟んだ。
「……初日からそれ言うんか」
「そら、会社やからな」
「まあ、そうやけど(笑)」
金目も笑った。
「でも、最初は仕事に慣れてもらうところからやね」
そして、少し真面目な顔になった。
「皆さんが持っとる強みを、うちで生かしてもらえたらうれしいです」
四人は、それぞれうなずいた。
*
昼休み。
金目は、出社しているメンバーに声をかけた。
「せっかくやし、昼飯みんなで行かへん?」
西田が尋ねた。
「全員で?」
「そら、せっかく集まったんやし」
「店入れるんか?」
金目は、少し止まった。
「……あ」
西田が笑った。
「考えてへんかったやろ」
「……まあ、何とかなるかなと思って」
そこへ、三宅が口を開いた。
「一応、近くのお店を予約してありますよ」
金目は、少し驚いた。
「……え、ほんま?」
「はい。今回は人数が多いので、念のため」
西田が笑った。
「さすがやな」
「助かるわあ」
金目は、少し笑った。
「……俺、何もしてへんな」
高瀬が答えた。
「歓迎の挨拶はしていただきましたので」
「……それだけかい(笑)」
周囲に笑いが起きた。
*
昼食の席では、仕事の話だけでなく、少しずつ雑談も始まっていた。
小坂が、松井に尋ねた。
「松井さん、営業は今、お一人で担当されているんですか?」
「はい。既存のお客様を中心に担当しています」
「そうなんですね」
「小坂さんには、新規のお客様への提案を中心にお願いする予定です」
「わかりました。楽しみです」
一方、本多は岡元と話していた。
「岡元さんは、画面の改善も担当されているんですよね」
「はい。最近、運用後の使い勝手を確認していたところです」
「そうなんですね」
「実際に使っている方の話を聞くと、いろいろ気づくことがあって」
本多はうなずいた。
「わかります。作る側がいいと思ったものが、必ずしも伝わるとは限りませんよね」
「そうなんです」
少し離れたところでは、上條と岩田が技術の話をしていた。
「今は、どのような構成のシステムが多いんですか?」
上條が尋ねた。
「案件によって違いますが、既存の業務システムが中心ですね」
「なるほど」
「長く運用しているものもあるので、最初は構成を理解するところからお願いすると思います」
「わかりました」
福原は、三宅と話していた。
「採用業務は、これまで三宅さんが担当されていたんですよね」
「はい。ほかの業務と兼務していました」
「そうなんですね」
「これからは、福原さんにもお願いできるので助かります」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
金目は、そんな様子を眺めていた。
自分が話題を振らなくても、それぞれが自然に会話を始めている。
金目は、少し笑った。
「……ええ感じやな」
西田が、隣でうなずいた。
「せやな」
午後からは、それぞれの部署で仕事の説明が始まる。
新しい四人の、カナメでの最初の一日が進んでいた。
*
昼食を終えた一行は、本町事業所へ戻ってきた。
午後からは、それぞれの部署に分かれて業務説明が始まる。
開発部では、西田が本多と上條を迎えていた。
「ほな、午後からは開発部の説明をしようか」
「よろしくお願いします」
二人が答えた。
「まず、うちの仕事なんやけどな。新しいものを作るだけちゃうねん」
西田は、現在の案件一覧を表示した。
「既存システムの保守もあるし、お客さんからの追加開発もある。最近は業務改善の相談も増えてきとる」
本多が尋ねた。
「デザインの仕事は、既存サービスの改善が中心になりますか?」
「最初はそうなると思う。ただ、提案資料とか、お客さんへの説明にも関わってもらいたいねん」
「わかりました」
「岡元さんが、そういう仕事を結構やっとるから、一緒に進めてもらえたらええと思う」
本多はうなずいた。
「よろしくお願いします」
続いて、西田は上條に向き直った。
「上條さんには、設計や技術的な判断を中心にお願いしたいと思っとる」
「承知しました」
「ただ、最初から全部任せるわけにはいかへんからな」
「もちろんです」
「まずは、今のシステムを理解してもらうところからやね」
上條はうなずいた。
「既存の設計方針や、これまでの経緯も確認したいと思っています」
「ええと思うで」
西田は、少し笑った。
「ほな、あとは岡元さんと岩田さんにお願いしようか」
*
「まずは、こちらの資料から見ていただけますか?」
岡元が、本多へ画面を共有した。
既存サービスの画面構成。
顧客向けの提案資料。
そして、最近実施した画面改善案件の報告書。
本多は、資料を一つずつ確認していった。
「……なるほど」
「何か気になるところがありますか?」
「いえ、内容はよく整理されていると思います」
「ありがとうございます」
本多は、少し考えた。
「ただ、情報の優先順位が少しわかりにくいかもしれませんね」
「優先順位、ですか?」
「はい。例えば、この画面だと、利用者が最初に確認したい情報と、補足的な情報が同じくらい目立っています」
岡元は、画面を見直した。
「……確かに、そうですね」
「もちろん、業務の内容を理解してからでないと判断できませんが」
本多は続けた。
「何を一番伝えたいのかが明確になると、もっと見やすくなると思います」
岡元は、少し笑った。
「……そういう見方もあるんですね」
「私も、業務システムのことはまだ勉強中なので、いろいろ教えてください」
「もちろんです」
岡元は、資料を開いた。
「では、まず利用者がどういう仕事をしているのかから説明しますね」
本多がうなずいた。
「お願いします」
*
一方、上條は岩田と開発環境を確認していた。
「このあたりが、現在のバックエンドの構成ですね」
岩田が説明した。
「なるほど」
上條は、構成図を確認した。
「こちらの処理は、複数のサービスから共通で利用されているんですか?」
「そうですね」
「では、変更するときは影響範囲の確認が重要になりますね」
「はい。そこは特に気をつけています」
上條は、少し考えた。
「ちなみに、この構成になった経緯は残っていますか?」
岩田が、少し笑った。
「……全部は残ってないですね」
「そうなんですね」
「古いところは、当時の担当者に確認しないとわからない部分もあります」
「なるほど」
上條は、資料にメモを取った。
「では、まず今の構成と、変更履歴を確認させてください」
「お願いします」
「いきなり作り直すより、どうしてこうなっているのか理解してから考えたいので」
岩田はうなずいた。
「それは助かります」
上條は、少し笑った。
「まあ、理由がわかった結果、変えない方がいいこともありますからね」
「そうですね」
二人は、既存システムの構成について確認を続けた。
*
営業担当の小坂は、松井から案件管理の説明を受けていた。
「こちらが、現在の営業案件一覧です」
松井が資料を共有した。
「既存のお客様については、私が中心になって対応しています」
「なるほど」
「小坂さんには、新しいお客様への提案を中心にお願いしたいと思っています」
「わかりました」
小坂は、案件一覧を確認した。
「ちなみに、今はどのような業界のお客様が多いんでしょうか?」
「業務システムの開発や改善を必要とされている中小企業が中心ですね」
「なるほど」
「ただ、業界を絞って営業してきたわけではありません」
小坂は、少し考えた。
「では、これまでの受注案件を業界別に整理してみてもいいですか?」
「もちろんです」
「どのような課題から相談につながったのかも確認したいです」
松井はうなずいた。
「それなら、過去の提案資料も共有しますね」
「ありがとうございます」
小坂は、少し笑った。
「まずは、カナメがどんなお客様のお役に立てるのか、整理してみたいと思います」
「よろしくお願いします」
*
業務部では、福原が三宅から採用業務の説明を受けていた。
「こちらが、現在の採用管理表です」
三宅が資料を開いた。
募集職種。
応募者の状況。
面接日程。
選考結果。
そして、入社までの手続き。
福原は、内容を確認した。
「ありがとうございます。今は、三宅さんがこちらを管理されているんですね」
「はい。ほかの業務と兼務しています」
「なるほど」
「今後は、福原さんに採用業務を中心に担当していただく予定です」
「承知しました」
福原は、少し考えた。
「ちなみに、面接の評価結果は、どのように記録されていますか?」
「こちらのシートですね」
「ありがとうございます」
福原は、資料を見直した。
「選考段階ごとに、確認する項目が少し違うんですね」
「そうですね。技術的な部分は、配属先の責任者が確認しています」
「最終面接は、金目社長が担当されるんですよね」
「はい」
福原はうなずいた。
「では、まずは今の運用を理解してから、改善できるところを考えたいと思います」
三宅は、少し笑った。
「ありがとうございます。助かります」
*
それから二週間ほどが経った。
新しく入社した四人は、それぞれの部署で少しずつ仕事を始めていた。
本多は、岡元と既存サービスの画面や提案資料を確認している。
上條は、岩田と既存システムの構成を調べながら、設計上の課題を整理していた。
小坂は、過去の受注案件を分析し、新規営業の対象となる業界を検討している。
福原は、三宅から採用業務を引き継ぎながら、次回以降の採用活動に備えていた。
まだ、大きな成果が出たわけではない。
しかし、少しずつ、新しい仕事の進め方が生まれ始めていた。
*
ある日の午後。
小坂は、営業資料を眺めながら、少し考えていた。
過去の提案資料には、開発実績や対応できる技術が詳しく書かれている。
しかし、初めてカナメを知る顧客にとっては、少し難しい内容かもしれない。
「……これ、もう少しわかりやすくできないかな」
小坂は、社内チャットを開いた。
『本多さん、少しご相談してもよろしいでしょうか?』
しばらくして、返事が届いた。
『もちろんです。どうされましたか?』
『営業資料について、少し見せ方を相談したいんです』
『承知しました。少しお話ししましょうか』
二人は、オンライン会議を始めた。
「こちらが、今使っている営業資料なんですが」
小坂が画面を共有した。
本多は、資料を確認した。
「なるほど。技術的な内容が中心なんですね」
「そうなんです」
「どんなお客様に見ていただく想定ですか?」
「まずは、業務改善に課題を感じている中小企業の担当者ですね」
「なるほど」
本多は、少し考えた。
「それなら、最初に技術の説明をするより、どんな困りごとを解決できるのかを見せた方がよさそうですね」
小坂がうなずいた。
「私も、そう思っていました」
「例えば、これまでの改善事例を使って、導入前と導入後の違いを見せるとか」
「いいですね」
「ただ、具体的な内容は、担当された方に確認した方がいいと思います」
「そうですね」
小坂は、少し笑った。
「では、松井さんにも相談してみます」
「私も、岡元さんに確認してみますね」
二人は、次の作業を決めて会議を終えた。
別々の部署に入社した二人が、初めて一つの仕事を進め始めた。
*
10月の下旬。
金目は、西田とオンラインで近況を話していた。
「新しく入った四人、どう?」
金目が尋ねた。
「ええ感じやで」
西田が答えた。
「本多さんは岡元さんと画面の改善について話しとるし、上條さんも岩田さんと設計の確認進めとる」
「そうか。よかったわ」
「まだ入ったばっかりやけど、二人ともちゃんと仕事進めとるで」
「ありがたいな」
金目は、少し笑った。
「そういえば、小坂さんと本多さんが営業資料の話しとるみたいやな」
「そうなん?」
「うん。俺も報告見て知ったんやけど」
西田は、少し笑った。
「……社長が知らんところで仕事進んどるな」
「せやねん」
「ええことやん」
「ほんまにな」
金目は、少し考えた。
「しかし、一気ににぎやかになったな」
「せやな」
「……チャットがな(笑)」
西田が笑った。
「通知増えたわ」
「まあ、仕事が増えるんはええことや」
「……通知の話やで?」
「そっちかい(笑)」
二人は笑った。
金目は、少し考えた。
以前は、新しい社員が入るたびに、自分が仕事を考え、担当を決めていた。
今は、各部署の責任者や先輩社員が受け入れを進めている。
そして、社員同士が必要な相手を見つけ、自分たちで相談を始めている。
金目が直接指示しなくても、仕事が動いている。
「……ええ感じやな」
金目は、少し笑った。
西田もうなずいた。
「せやな」
株式会社カナメの10月が、静かに終わろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、カナメに新しい仲間が四人加わるお話でした。
本多美緒、上條亮介、小坂千尋、福原奈央。
それぞれ異なる経験と専門性を持った四人が、同じ日に入社しました。
これまで一人ずつ新入社員を迎えることが多かったカナメですが、今回は合同での受け入れです。
……もっとも、金目は相変わらずでしたね。
せっかくだからみんなで昼食に行こうと言い出したものの、お店のことは何も考えていない。
結局、三宅が先回りして予約していました。
社長が何でもできる必要はない、ということでしょうか(笑)。
さて、今回描きたかったのは、新しい社員が加わることで、既存社員の仕事や関係性も変わっていくということです。
本多と岡元は、利用者の業務と情報の見せ方について。
上條と岩田は、既存システムの設計や技術的な判断について。
小坂と松井は、新規開拓と既存顧客への対応について。
福原と三宅は、採用業務の引き継ぎについて。
それぞれが、自分の経験を持ち寄りながら、新しい仕事を始めました。
そして、入社して間もない本多と小坂が、部署をまたいで営業資料の改善に取り組み始めています。
誰かに指示されたからではなく、必要だと思った相手に相談し、一緒に考える。
こうした関係が自然に生まれることも、組織が成長している証拠なのかもしれません。
金目は、以前ほど一つひとつの仕事に直接関わらなくなりました。
それでも、会社の仕事は進んでいます。
むしろ、金目一人では思いつかなかった組み合わせから、新しい仕事が生まれ始めています。
もちろん、新しい人が入ったからといって、すぐに成果が出るわけではありません。
お互いの仕事を理解すること。
それぞれの得意なことを知ること。
そして、少しずつ信頼関係を築いていくこと。
そうした積み重ねが、やがて会社の力になっていくのでしょう。
さて、カナメも随分とにぎやかになってきました。
これから年末に向けて、新しい四人がどのような仕事をしていくのか。
そして、既存社員たちとどんな関係を築いていくのか。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




