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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第三章 任せた先にあるもの
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四十秒の向こう側

 2030年8月。


 株式会社カナメの開発部では、春に運用を開始した画面改善案件について、利用状況の確認が進められていた。


 前年の秋、岡元が提案した改善案件だった。


 受注額は80万円。


 試作段階では、特定の操作について、一回あたり約40秒の時間短縮が確認されていた。


 当時、その数字は提案の大きな根拠になった。


 しかし、実際に現場で使われ始めてから数か月。


 届いてきた報告は、少し違うものだった。


     *


「……思ったより差がありますね」


 岡元は、顧客から届いた利用状況の資料を眺めていた。


 操作時間の記録。


 利用者からの問い合わせ。


 そして、簡単なアンケートの結果。


 改善前より作業が早くなったという声は多い。


 一方で、以前の画面の方が使いやすかったという意見もあった。


 岡元は、井上と藤井を交えてオンライン会議を開いた。


「今回の改善、効果は出ていると思うんですが……」


「うん」


 井上がうなずいた。


「使う人によって、結構違いがあるみたいやな」


「そうなんです」


 岡元は、資料を共有した。


「慣れている方は、以前よりかなり早く操作できています」


「なるほど」


「ただ、利用頻度の低い方は、操作に迷うことがあるようで」


 藤井が口を開いた。


「試作段階では、操作手順を理解した状態で計測していましたからね」


「そうですね」


「実際の運用では、初めて使う方や、月に数回しか使わない方もいます」


 井上がうなずいた。


「そら、条件違うわな」


 岡元は、少し考えた。


「……一度、実際に使っている方の話を聞いてみたいです」


「ええと思うで」


 井上が答えた。


「数字だけ見とっても、何で困っとるんかわからんしな」


 藤井もうなずいた。


「問い合わせ内容も整理しておきます」


「ありがとうございます」


     *


 数日後。


 岡元と井上は、顧客の利用部門とのオンライン打ち合わせに参加していた。


 画面の向こうには、日常的にシステムを利用している担当者と、月に数回だけ利用する担当者がいる。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


 岡元が挨拶した。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「今回は、改善後の画面について、実際の使い勝手を確認させていただきたいと思っています」


「わかりました」


 岡元は、最初に日常的に利用している担当者へ尋ねた。


「普段お使いいただいていて、以前と比べていかがでしょうか?」


「そうですね。慣れてからは、かなり早くなりました」


「ありがとうございます」


「以前は、画面を行ったり来たりする必要があったんですが、今は一つの画面で確認できるので」


「なるほど」


「毎日使うので、結構助かっています」


 岡元は、少しうれしくなった。


 自分が考えた改善が、実際に使う人の役に立っている。


 それを直接聞けたことは、何よりありがたかった。


 続いて、もう一人の担当者へ尋ねた。


「普段、月に数回ご利用されるとのことですが、いかがでしょうか?」


 担当者は、少し考えた。


「……正直に言うと、私は前の画面の方がわかりやすかったです」


 岡元は、少し驚いた。


「そうなんですね」


「はい。前の画面は、操作する順番が決まっていたので」


「なるほど」


「今の画面は、一度にいろいろできるようになったんですが、どこから操作すればいいのか迷うことがあって」


 岡元は、メモを取った。


「ありがとうございます。具体的には、どの操作で迷われますか?」


 担当者は、画面を共有した。


「例えば、ここです」


 表示された画面には、複数の操作ボタンが並んでいた。


「普段使わない機能も表示されているので、どれを押せばいいのか、毎回少し考えてしまうんです」


「なるほど」


 岡元は、画面を確認した。


 確かに、毎日使っている人なら、どのボタンが何をするのか覚えている。


 しかし、月に数回しか使わない人にとっては、操作の順番を思い出す必要がある。


 井上が口を開いた。


「ちなみに、操作を間違えてしまうこともありますか?」


「いえ。そこまではないです」


「なるほど」


「ただ、毎回少し迷うので、結局時間がかかってしまうんです」


 井上はうなずいた。


「ありがとうございます」


 岡元は、少し考えた。


「……操作の順番がわかるようになれば、使いやすくなりそうでしょうか?」


「そうですね。それなら助かります」


「ありがとうございます」


 岡元は、ほかにも困っていることがないか確認した。


 いくつか細かな意見が出た。


 しかし、大きな不具合があるわけではない。


 画面の機能そのものは、想定どおり動いている。


 問題は、使い方が十分に伝わっていないことだった。


     *


 打ち合わせが終わったあと。


 岡元は、井上と会議に残っていた。


「……なるほど。そういうことだったんですね」


 岡元が言った。


 井上は、少し笑った。


「どう思った?」


「正直、改善できていると思っていたので、少し意外でした」


「せやろな」


「でも、毎日使う人と、たまに使う人では、必要なものが違うんですね」


「そうやな」


 井上は、少し考えた。


「今回の画面、使い慣れた人には便利になっとるんやろ?」


「はい」


「ほな、それはちゃんと成果やと思うで」


「そうですね」


「ただ、使い慣れてへん人が困っとるんも事実や」


「はい」


 岡元は、少し考えた。


「……画面をもう一度直した方がいいでしょうか?」


 井上は、すぐには答えなかった。


「どうやろな」


「……」


「いきなり画面直さんでも、ほかにできることあるんちゃう?」


 岡元は、少し考えた。


「……説明資料、ですか?」


「それも一つやな」


「なるほど」


「前に、利用者向けの資料作ったやろ?」


「はい」


「そこを見直すだけで済むかもしれんで」


 岡元は、少し考えた。


 画面そのものを変更することだけが、改善ではない。


 使い方を伝えること。


 迷いやすいところを整理すること。


 必要な情報を、必要なときに確認できるようにすること。


 それだけでも、利用者の負担を減らせる可能性がある。


「……そうですね」


 岡元は、少し笑った。


「まずは、説明資料から見直してみます」


 井上もうなずいた。


「ええと思うで」


     *


 その日の午後。


 岡元は、藤井と利用状況のデータを確認していた。


「今回の操作時間、平均では改善していますね」


 藤井が言った。


「そうですね」


「ただ、利用頻度で分けると、結構違いがあります」


 藤井は、資料を共有した。


 日常的に利用する人。


 週に数回利用する人。


 月に数回だけ利用する人。


 それぞれ、操作にかかる時間が異なっていた。


「……なるほど」


 岡元は、資料を見直した。


「平均だけ見ると、かなり改善できているように見えますね」


「はい」


「でも、実際には困っている方もいる」


「そうですね」


 藤井は、少し考えた。


「今回の40秒という数字も、試作時の条件で確認したものですから」


「はい」


「本番環境で、全員が同じように短縮できるとは限りません」


 岡元はうなずいた。


「……そうですね」


 数字は、嘘をついているわけではない。


 しかし、数字だけで、すべてを説明できるわけでもない。


 岡元は、もう一度、利用者から届いた意見を確認した。


 毎日使う人には、便利になった。


 たまに使う人には、少し難しくなった。


 どちらも、実際に起きていることだった。


「……両方、ちゃんと見ないといけませんね」


 藤井がうなずいた。


「そうですね」


 岡元は、説明資料の修正案を作り始めた。


     *


 翌日。


 岡元は、利用者向けの説明資料を見直していた。


 春の運用開始に合わせて作成した資料には、画面の変更点と基本的な操作方法がまとめられている。


 内容が間違っているわけではない。


 しかし、改めて読んでみると、あることに気づいた。


「……これ、最初から全部読む前提になっていますね」


 資料は、画面の機能ごとに説明されていた。


 検索機能。


 一覧表示。


 データの確認。


 登録内容の変更。


 どの機能についても、操作方法は書かれている。


 しかし、利用者が実際にどんな順番で仕事を進めるのかは、あまり意識されていなかった。


 岡元は、前日の打ち合わせを思い出した。


『どこから操作すればいいのか迷うことがあって』


 利用者が知りたいのは、すべての機能の説明ではない。


 自分が今やりたい仕事を、どう進めればよいのか。


 その答えだった。


 岡元は、資料の構成を変更し始めた。


     *


「……なるほど。こっちの方がええかもしれんな」


 井上は、岡元が作成した修正版を確認していた。


 新しい資料では、機能ごとの説明を残しながら、よく使われる業務について操作手順をまとめていた。


 例えば、月末の確認作業。


 必要な画面を開く。


 対象のデータを検索する。


 内容を確認する。


 必要に応じて登録内容を変更する。


 それぞれの操作を、実際の画面と一緒に示している。


「これなら、順番に見ながら操作できますね」


 岡元が言った。


「せやな」


 井上は、資料を読み進めた。


「ただ、これ、全部の業務を載せるつもりなん?」


「いえ。まずは、問い合わせが多かった操作を中心にしようと思っています」


「それがええと思うで」


「ありがとうございます」


 井上は、少し考えた。


「あと、問い合わせ先もわかりやすくしといてな」


「はい」


「資料見てもわからんとき、どこに聞いたらええかわからへんかったら困るやろ?」


「そうですね」


 岡元は、最後のページに記載していた問い合わせ先を、冒頭にも追加した。


 そして、藤井へ確認を依頼した。


     *


「……これ、実際に操作しながら確認してもいいですか?」


 藤井が尋ねた。


「もちろんです」


 岡元は、テスト環境を開いた。


 藤井は、修正版の資料を見ながら操作を進めていく。


 画面を開く。


 検索条件を入力する。


 一覧を確認する。


 そして、対象のデータを選択する。


「……あれ?」


 藤井が、少し手を止めた。


「どうしました?」


「この手順、検索結果が複数ある場合の説明がありませんね」


 岡元は、資料を確認した。


「……あ、本当ですね」


「一件だけなら問題ないんですが、複数あると、どれを選べばいいのかわからないかもしれません」


「なるほど」


 岡元は、少し考えた。


「では、検索結果が複数ある場合の確認方法も追加します」


「それがいいと思います」


 藤井は、少し笑った。


「……説明資料も、テストが必要ですね」


 岡元も笑った。


「ほんとですね」


 画面の動作を確認することと、説明資料が正しく使えることは、別の話だった。


 岡元は、修正した資料をもう一度確認した。


     *


 数日後。


 修正版の説明資料が、顧客へ提供された。


 今回は画面の機能追加ではなく、既存の操作方法をわかりやすく整理したものだった。


 顧客の担当者からは、まず資料を利用部門へ共有し、実際に使ってもらうという返事があった。


 岡元は、少し安心した。


 しかし、そこで仕事が終わったわけではない。


 説明資料がわかりやすくなったかどうかは、実際に使ってもらわなければわからない。


 岡元は、井上と相談し、一定期間を置いてから利用状況を確認することにした。


     *


 8月の下旬。


 顧客から、修正版の説明資料について感想が届いた。


『以前より、操作の順番がわかりやすくなりました』


 岡元は、少し笑った。


 特に、月に数回しか利用しない担当者から、迷うことが減ったという声があった。


 一方で、まだ改善してほしい点も挙げられていた。


 検索条件を保存できるようにしてほしい。


 よく使う機能を、もう少し見つけやすくしてほしい。


 そして、操作を間違えたときの案内を、わかりやすくしてほしい。


 岡元は、それらを一つずつ整理した。


 今回の説明資料で対応できたこと。


 今後、機能改善が必要になるかもしれないこと。


 そして、追加の確認が必要なこと。


 すべてをすぐに直すわけではない。


 顧客と相談しながら、優先順位を決めていく必要がある。


 岡元は、井上と藤井に結果を共有した。


「説明資料については、以前よりわかりやすくなったという声をいただきました」


「おお、よかったな」


 井上が答えた。


「はい。ただ、まだ改善してほしいところもあるようです」


「そら、そうやろな」


「そうですね」


 藤井が口を開いた。


「今回の資料で、利用頻度の低い方の操作時間も改善したかどうかは、まだわかりませんね」


「はい」


 岡元はうなずいた。


「そこは、もう少し利用状況を確認したいと思っています」


 井上は、少し笑った。


「ええと思うで」


「ありがとうございます」


     *


 数日後。


 岡元は、西田へ今回の確認結果を報告していた。


「画面改善案件の運用状況について、整理しました」


「おお、どうやった?」


 西田が尋ねた。


 岡元は、資料を共有した。


 試作段階で確認した、約40秒の操作時間短縮。


 運用開始後の利用状況。


 利用頻度による違い。


 そして、説明資料の改善結果。


「……なるほどな」


 西田は、資料を確認した。


「平均では、改善できとるんやな」


「はい。ただ、利用頻度によって差があります。説明資料を直して、操作の順番がわかりやすくなったという声はいただきましたが、時間がどの程度改善したかは、まだ確認できていません」


 西田は、少し考えた。


「……ほな、今回の改善は成功やったん?」


 岡元は、すぐには答えなかった。


 資料をもう一度見た。


 改善できたこと。


 まだ確認できていないこと。


 そして、これから改善できるかもしれないこと。


「……成功した部分もあります。でも、まだ改善できるところもあります」


 西田はうなずいた。


「なるほどな」


「試作段階では、40秒短縮できたという数字が大きかったんです」


「せやな」


「でも、実際に使っていただくと、それだけではわからないことがたくさんありました」


「うん」


 岡元は、少し考えた。


「40秒短くなったことより、実際に使う人が楽になったことの方が大事だと思います」


 西田は、少し笑った。


「ええと思うで」


「ありがとうございます」


「作って終わりちゃうからな」


「はい」


 西田は、資料をもう一度見た。


「ただ、40秒いう数字も大事やで」


「そうですね」


「改善した効果を説明するには、数字も必要やからな」


「はい」


「せやから、数字も現場の声も、両方見ていこうや」


 岡元はうなずいた。


「わかりました」


     *


 報告を終えたあと。


 岡元は、今回の改善案件の資料を整理していた。


 最初に顧客から聞いた困りごと。


 改善案。


 試作画面。


 効果測定。


 正式な開発。


 運用開始。


 そして、利用者からの反応。


 一つの案件の中に、さまざまな仕事があった。


 最初は、画面を改善すれば、それで仕事が楽になると思っていた。


 しかし、実際には違った。


 画面が変われば、操作方法も変わる。


 操作方法が変われば、慣れるまでに時間がかかる人もいる。


 説明が必要な人もいれば、使いながら覚える人もいる。


 同じ画面を使っていても、感じ方は一人ひとり違う。


 岡元は、試作時の資料を開いた。


『一回あたり、約40秒短縮』


 その数字は、今も間違っていない。


 ただ、それだけでは足りなかった。


 四十秒という数字の向こうには、実際に仕事をしている人たちがいる。


 岡元は、次の改善候補を整理し始めた。


 株式会社カナメの8月が、静かに終わろうとしていた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、以前登場した画面改善案件の、その後のお話でした。


試作段階では、一回の操作につき約40秒の時間短縮。


なかなか立派な成果です。


ところが、実際に運用を始めてみると、すべての利用者が同じように恩恵を受けられたわけではありませんでした。


毎日使う人にとっては便利になった画面も、月に数回しか使わない人にとっては、かえって操作に迷う原因になることがある。


同じシステムでも、使う人によって評価が変わるんですね。


さて、今回の岡元は、最初こそ画面そのものを修正しようと考えました。


しかし、井上の助言を受け、まずは説明資料を見直すことにしました。


実は筆者、説明書やマニュアルをあまり読まないタイプだったりします。


とりあえず触ってみて、わからなくなったら調べる。


だいたい、そんな感じです(笑)。


だからこそ、説明書を読まなくても、ある程度は直感的に使えることが理想だと思っています。


もちろん、すべての操作を説明なしで理解できるようにするのは難しいものです。


必要なときに、必要な情報へすぐたどり着ける。


そんな説明資料も、使いやすさの一部なのでしょう。


そして、藤井が確認したのは、数字の見方でした。


平均では改善していても、利用頻度によって効果が異なる。


試作時の測定条件と、実際の運用環境も違う。


数字は大切です。


ただ、その数字が何を表しているのかを理解しなければ、正しい判断にはつながりません。


今回の「40秒」も、決して間違った数字ではありません。


けれど、その数字だけでは、利用者全員の体験を説明することはできなかったのです。


さて、今回もう一つ描きたかったのは、岡元が一人で答えを出さなかったことです。


井上は運用の視点から。


藤井はテストや計測の視点から。


そして岡元は、実際に使う人の立場から。


それぞれの専門性を持ち寄ることで、よりよい改善につながりました。


会社が成長するということは、単に仕事が増えることではなく、こうした異なる視点を組み合わせられるようになることなのかもしれません。


さて、カナメでは秋に向けて、新しい仲間を迎える準備も進んでいます。


これから、また違った専門性を持つ人たちが加わる予定です。


そのとき、カナメの仕事がどのように変わっていくのか。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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