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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第三章 任せた先にあるもの
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53/121

売る人、作る人

 2030年6月。


 株式会社カナメでは、営業と開発の仕事が、少しずつ新しい形になり始めていた。


 営業担当の松井が加わってから、既存顧客との連絡や契約更新は、以前より整理されるようになった。


 開発部では、西田を中心に案件を進めながら、田村が顧客との要件調整を担い、岡元たちが開発を進めている。


 金目がすべての商談に参加することは、もうなくなっていた。


 もっとも、仕事が減ったわけではない。


 それぞれが、自分の役割を持って動くようになっただけだった。


     *


「松井さん、少し相談してもよろしいでしょうか」


 オンライン会議の画面に、顧客担当者の顔が映っていた。


「もちろんです。どうされましたか?」


「毎月の集計作業を、もう少し楽にできないかと思いまして」


「集計作業、ですか」


「はい。今はシステムからデータを出して、Excelで加工しているんですが、結構手間がかかっているんです」


 松井は、手元の資料を開いた。


「なるほど。どのような集計をされているんでしょうか?」


「部署ごとに実績をまとめて、月末に報告するための資料を作っています」


「承知しました」


「できれば、システム上で集計までできるようになると助かるんですが」


 松井は、少し考えた。


「一度、現在の作業を詳しく確認させていただいてもよろしいでしょうか?」


「もちろんです」


「実際に集計を担当されている方にも、同席いただけるとありがたいです」


「わかりました。調整してみます」


 松井は、続けて確認した。


「ちなみに、今回の改善について、導入を希望される時期はありますか?」


「できれば、秋頃までには」


「承知しました。予算についてはいかがでしょう?」


「大きな金額は難しいですね。まずは、できる範囲で改善できればと思っています」


「なるほど」


「正式な予算申請も、まだこれからです」


「ありがとうございます。では、まずは現状を確認したうえで、対応方法を検討しましょう」


 松井は、次回の打ち合わせについて調整した。


 そして、商談が終わると、内容を案件管理表に記録した。


 顧客の要望。


 導入希望時期。


 予算の状況。


 決裁者の確認。


 次回の打ち合わせ。


 まだ、具体的に何を作るかは決まっていない。


 しかし、何を確認する必要があるのかは、明確になっていた。


     *


 数日後。


 松井は、田村と岡元を交えて、顧客からの相談内容を共有していた。


「今回、月末の集計作業について改善のご相談をいただいています」


 松井は、資料を共有した。


「現在は、システムからデータを出力し、Excelで加工されているそうです」


 岡元が尋ねた。


「集計の内容は、もうわかっていますか?」


「大まかな内容は伺っています。ただ、部署ごとに作業方法が違うようなので、次回、実際の担当者に確認する予定です」


「なるほど」


 岡元は、少し考えた。


「集計画面を追加すれば、かなり楽になるかもしれませんね」


 田村が口を開いた。


「できるとは思うけど、結構工数かかるで」


「そうですね」


「部署ごとに集計方法が違うんやったら、条件も増えるやろし」


 松井がうなずいた。


「予算は、そこまで大きくありません」


「なるほどな」


 田村は、少し考えた。


「そもそも、毎月何を集計しとるんやろな?」


 岡元が答えた。


「部署ごとの実績と聞いていますが、具体的な項目まではまだですね」


「せやろ?」


「はい」


「ほな、まずそこ聞いてからやな」


 松井もうなずいた。


「私もそう思います」


 岡元は、少し笑った。


「……先に作るものを考えてしまいました」


 田村も笑った。


「まあ、開発者やからな」


「そうですね」


「でも、作る前に何が困っとるんか聞いた方がええで」


 岡元はうなずいた。


「はい。次の打ち合わせで確認します」


     *


 6月の中旬。


 松井、田村、岡元の三人は、顧客とのオンライン打ち合わせに参加していた。


 今回は、情報システム部門の担当者に加え、実際に集計作業を担当している社員も同席している。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


 松井が挨拶した。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「前回、月末の集計作業についてご相談いただきましたので、今日は実際の作業を確認させてください」


「わかりました」


 顧客の担当者が、画面を共有した。


 そこには、複数のExcelファイルが並んでいた。


 部署ごとに出力されたデータ。


 形式の異なる一覧表。


 そして、それらをまとめるための集計ファイル。


「毎月、こういう形で作業しています」


 岡元が尋ねた。


「こちらのファイルは、すべて同じシステムから出力されているんですか?」


「はい。ただ、部署によって使っている項目が少し違いまして」


「なるほど」


「それを、毎月同じ形式に揃えてから集計しています」


 田村が尋ねた。


「形式を揃える作業って、どれくらいかかっとるんですか?」


 担当者は、少し考えた。


「そうですね。全部合わせると、毎月半日くらいでしょうか」


「結構かかっとるんですね」


「はい。特に、項目の並びが違うものを直すのが面倒で」


 岡元は、画面を確認した。


「……なるほど」


 集計そのものは、それほど複雑ではなかった。


 部署ごとのデータを揃え、決まった項目を合計する。


 しかし、その前に必要な加工が、毎月の負担になっている。


「集計より、その前の作業が大変なんですね」


 岡元が言うと、担当者がうなずいた。


「そうなんです。毎月、形式を揃えるのが面倒で」


 田村が口を開いた。


「ほな、そこだけ何とかしたらええんちゃう?」


 松井がうなずいた。


「それなら、当初の予算でも検討できるかもしれませんね」


 岡元は、少し考えた。


「例えば、システムから出力する時点で、項目の並びを揃えることはできるかもしれません」


「そうなんですか?」


「はい。ただ、技術的な確認は必要です」


 田村も続けた。


「既存の出力機能を変更するだけで済むかもしれへんしな」


 顧客担当者が、少し驚いたように言った。


「それなら、集計機能を新しく作らなくてもいいんでしょうか?」


 岡元が答えた。


「実際の作業をもう少し確認する必要はありますが、可能性はあります」


 担当者は、少し笑った。


「それはありがたいです」


 松井は、最後に確認した。


「では、今回の目的は、月末の集計作業にかかる時間を減らすこと、という理解でよろしいでしょうか?」


「はい。それが一番です」


「承知しました」


「そのための方法について、こちらで検討してみます」


 松井は、次回の提案予定日を確認した。


 情報システム部門が予算を確認し、利用部門が改善効果を判断する。


 そのうえで、正式な発注を検討する流れになった。


     *


 打ち合わせが終わったあと。


 三人は、オンライン会議に残っていた。


「……いやあ、思っとったのと違いましたね」


 岡元が言った。


 田村が笑った。


「せやろ?」


「集計機能が必要なんだと思っていました」


「まあ、最初はそう聞こえたからな」


 松井もうなずいた。


「お客様も、何を改善すればよいのか、まだ整理できていなかったんでしょうね」


「そうですね」


 岡元は、少し考えた。


「出力形式を揃えるだけなら、もっと小さな改修で済むかもしれません」


 田村がうなずいた。


「ほな、二つくらい案を出してみようか」


「二つ、ですか?」


「うん。集計機能まで作る案と、出力だけ改善する案」


 松井が答えた。


「比較できる形にすると、お客様も判断しやすいですね」


 岡元はうなずいた。


「わかりました。整理してみます」


 三人は、それぞれの作業を確認して会議を終えた。


 作るものは、まだ決まっていない。


 しかし、解決すべき問題は、少しずつ明確になっていた。


     *


 翌日。


 岡元は、田村と松井を交えて、改善案の検討を進めていた。


「ひとまず、二つの案を整理してみました」


 岡元が画面を共有した。


 一つ目は、システムに集計機能を追加する案。


 部署ごとのデータを取り込み、画面上で集計結果を確認できるようにする。


 利用者にとっては便利になるが、新しい画面や集計処理の開発が必要になる。


 二つ目は、既存のデータ出力機能を改善する案。


 部署ごとに異なっていた出力形式を揃え、Excelでの加工を減らす。


 集計作業そのものは残るが、毎月の手間を大きく減らせる可能性があった。


「なるほどな」


 田村は、資料を確認した。


「一つ目は、結構工数かかりそうやな」


「そうですね。集計条件の設定や、画面の追加も必要になりますので」


「二つ目は?」


「既存の出力処理を利用できれば、比較的小さな改修で済むと思います」


 田村は、少し考えた。


「ただ、ほかの部署でも使っとる機能やろ?」


「はい」


「そこは影響範囲を確認せなあかんな」


「そうですね」


 松井が口を開いた。


「お客様の予算と導入希望時期を考えると、二つ目の案が現実的でしょうか」


「そうですね」


 岡元はうなずいた。


 しかし、少し考えてから続けた。


「ただ、長い目で見れば、集計機能まで作った方が便利になると思うんです」


 田村が尋ねた。


「それはそうやけど、今のお客さんに必要なんかな?」


「……そうですね」


「毎月半日かかっとる作業を減らしたい、いう話やったやろ?」


「はい」


「ほな、まずそこを何とかするんが先ちゃうかな」


 岡元は、資料を見直した。


 確かに、集計機能があれば便利になる。


 しかし、便利になることと、今必要なことは同じではない。


 松井が口を開いた。


「集計機能については、将来の拡張案として残しておくのはいかがでしょうか」


「なるほど」


「今回は、まず出力形式の改善をご提案する。そのうえで、運用していただいてから、必要であれば追加の改善を検討する形です」


 田村がうなずいた。


「それがええと思うで」


 岡元も、少し笑った。


「……確かに、その方がお客様も判断しやすいですね」


「そうですね」


 三人は、提案内容を整理し始めた。


     *


 数日後。


 岡元が作成した提案資料を、田村と松井が確認していた。


 改善前の業務。


 改善後の業務。


 想定される効果。


 開発範囲。


 そして、概算費用。


「……内容はええと思うで」


 田村が言った。


「ありがとうございます」


「ただ、ちょっと気になるところがあるな」


「どこでしょう?」


「この資料、文字多ない?」


 岡元は、画面を見直した。


「……そうですかね」


「うん。説明聞いたらわかるけど、資料だけ見たらちょっと難しいかもしれん」


 松井もうなずいた。


「お客様の社内でも、この資料を使って説明されると思いますので」


「なるほど」


「できれば、改善前と改善後の違いが、一目でわかるとありがたいですね」


 岡元は、少し考えた。


「……確かに、そうですね」


 田村が笑った。


「まあ、俺も資料作るん得意ちゃうけどな」


 岡元も笑った。


「私も、見せ方はまだまだですね」


 松井は、少し考えた。


「例えば、現在の作業手順と、改善後の作業手順を並べてみるのはいかがでしょう?」


「それなら、わかりやすそうですね」


 岡元は、資料を修正した。


 現在は、部署ごとに出力したデータを加工し、形式を揃えてから集計している。


 改善後は、出力した時点で形式が揃っているため、加工の手間が減る。


 その違いを、簡単な図で示した。


「……これなら、どうでしょう?」


 田村がうなずいた。


「おお、だいぶわかりやすなったな」


 松井も笑った。


「これなら、お客様にも伝わりやすいと思います」


 岡元は、少し安心した。


「ありがとうございます」


     *


 6月の下旬。


 松井は、金目へ今回の提案内容を報告していた。


「今回、二つの案を検討しました」


 松井が資料を共有した。


「一つは、集計機能を新しく追加する案。もう一つは、既存の出力機能を改善する案です」


「なるほど」


「お客様の業務を確認した結果、今回は後者を提案したいと考えています」


 金目は、資料を確認した。


「……こっちの方が安いんやな」


「はい。開発範囲が小さいので、費用も抑えられます」


「なるほど」


「ただ、お客様の課題はこちらで解決できると考えています」


 金目は、少し考えた。


「……それはええと思うで」


「ありがとうございます」


「ちなみに、ちゃんと利益残るん?」


 松井がうなずいた。


「はい。田村さんと開発工数を確認しています。概算段階ですが、必要な利益は確保できる見込みです」


「それならええな」


 金目は、資料をもう一度見た。


「俺な、1円でも高く売りたいと思っとるんよ」


 松井が、少し笑った。


「以前もおっしゃっていましたね」


「せやろ?」


「はい」


「でも、要らんもんまで売りたいわけちゃうねん」


 松井はうなずいた。


「そうですね」


「お客さんが困っとることを解決できるんやったら、必要なもんをちゃんと売ったらええと思う」


「はい」


「ただ、安くすること自体が目的になったらあかんで」


 松井は、少し考えた。


「適正な価格で、ということですね」


「せやねん」


 金目は、少し笑った。


「安く作れるから安く売る、いう話でもないからな」


「なるほど」


「お客さんにとって、どれだけ価値があるかも考えたいんよ」


 松井はうなずいた。


「承知しました」


「ほな、その方向で進めてください」


「ありがとうございます」


 金目は、少し考えてから続けた。


「あと、今回の提案、松井さんらだけでまとめたんやろ?」


「はい。田村さんと岡元さんに協力いただきました」


「ええやん」


 金目は、少し笑った。


「ちゃんと商売になっとるな」


 松井も笑った。


「まだ受注は決まっていませんけどね」


「……そこは慎重やなあ」


「それが仕事ですから」


 二人は笑った。


     *


 数日後。


 松井は、顧客へ改善案を提示していた。


 画面には、現在の作業と改善後の作業を比較した資料が表示されている。


「今回は、既存のデータ出力機能を改善する方法をご提案します」


 松井が説明した。


「集計機能を新しく追加する方法も検討しましたが、まずは現在の加工業務を減らすことが効果的だと考えています」


 情報システム部門の担当者が、資料を確認した。


「なるほど。集計機能を作らなくても、かなり楽になりそうですね」


「はい」


「費用も、当初考えていたより抑えられそうです」


「そうですね。ただ、改善効果については、実際のデータで確認していただく必要があります」


 利用部門の担当者が口を開いた。


「これなら、毎月の作業がだいぶ減りそうです」


「ありがとうございます」


「ただ、部署によって使っている項目が少し違うので、そこは確認したいですね」


「もちろんです」


 松井はうなずいた。


「正式に進める前に、利用部門の皆様で確認いただければと思います」


 情報システム部門の担当者が答えた。


「では、こちらで確認してみます」


「ありがとうございます」


 松井は、次の判断について確認した。


「ちなみに、いつ頃までにご回答いただけそうでしょうか?」


「来月の上旬には、方向性を決められると思います」


「承知しました」


「その後、予算申請を進める形になります」


「ありがとうございます。では、その時期に改めてご連絡いたします」


 松井は、必要な確認事項を整理して商談を終えた。


     *


 商談後。


 松井は、田村と岡元へ結果を共有した。


『本日の提案、前向きにご検討いただけそうです』


 田村から、すぐに返事が届いた。


『おお、よかったな』


『ただ、正式な発注はまだです。来月上旬に方向性を確認する予定です』


『了解』


 岡元も返信した。


『ありがとうございます。集計機能まで作らなくても、役に立てそうですね』


 田村が答えた。


『そら、作ることが目的ちゃうからな』


 松井も続けた。


『必要になれば、そのときに追加提案できますしね』


 岡元は、少し笑った。


 最初は、新しい集計機能を作ることを考えていた。


 しかし、顧客が本当に困っていたのは、その前の加工業務だった。


 作るものを減らすことで、むしろ顧客にとって必要な提案になった。


 岡元は、もう一度資料を開いた。


 今回の改善案。


 そして、将来の拡張案。


 どちらも、無駄になったわけではない。


 必要な順番が違っただけだった。


     *


 その日の夕方。


 金目は、営業案件の管理表を確認していた。


 松井が担当する案件。


 田村が整理した要件。


 岡元が検討した改善案。


 そして、顧客への提案結果。


 そこには、金目自身が参加していない商談の記録が並んでいた。


 金目は、少し笑った。


「……ええやん」


 自分が直接営業しなくても、顧客の困りごとを聞き、改善案を考え、提案まで進められる。


 しかも、営業と開発が互いの仕事を理解しながら進めている。


 以前なら、金目が間に入って調整していたかもしれない。


 今は、その必要が少しずつ減っている。


「……ちゃんと商売になっとるな」


 金目は、案件管理表を閉じた。


 売る人。


 作る人。


 そして、その間をつなぐ人。


 それぞれが自分の仕事をすることで、会社は動いていく。


 株式会社カナメの6月が、静かに終わろうとしていた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、営業と開発が協力して、お客様への提案をまとめるお話でした。


お客様からの最初の相談は、月末の集計作業を楽にしたいというもの。


そこで岡元は、新しい集計機能の開発を考えました。


ところが、実際に作業している方の話を聞いてみると、本当に困っていたのは集計そのものではなく、その前のデータ加工だったんですね。


結果として、新しい機能を作るよりも、既存の仕組みを少し改善する方が効果的だという結論になりました。


技術的に作れるものと、お客様が本当に必要としているもの。


この二つは、必ずしも同じではありません。


さて、今回の金目も、相変わらずでした。


「俺な、1円でも高く売りたいと思っとるんよ」


……実に商売人らしい発言ですね(笑)。


ただし、金目は必要のないものまで売りたいわけではありません。


お客様が必要としているものを、適正な価格で提供する。


そのうえで、会社としてきちんと利益を残す。


安く作れるからといって、安く売らなければならないわけでもありません。


お客様にとっての価値と、提供する側の採算。


その両方を考えることが、商売には必要なのだと思います。


そして、今回もう一つ描きたかったのが、金目が商談に参加していないことです。


松井が条件を整理し、田村が営業と開発をつなぎ、岡元が改善案を考える。


それぞれが自分の専門性を発揮することで、提案がまとまりました。


かつては金目が一人で担っていた仕事が、少しずつ組織の仕事へ変わってきています。


もっとも、今回はまだ正式な受注には至っていません。


どれだけよい提案でも、お客様が発注を決めるまでは仕事にならない。


そこは松井も、よく理解しているようです。


さて、カナメでは中途採用も引き続き進んでいます。


新しい仲間を迎える準備をしながら、今いる社員たちも、それぞれの仕事を進めています。


会社の成長というのは、人数が増えることだけではないのかもしれませんね。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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