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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第三章 任せた先にあるもの
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空いている席

 2030年5月。


 株式会社カナメでは、今年度の中途採用計画が動き始めていた。


 4月には新卒社員の小川が入社した。


 開発部では、上田や中野が小川の育成に関わりながら、既存案件の開発や保守・運用を進めている。


 営業担当の松井も、既存顧客との関係を少しずつ引き継いでいた。


 会社の仕事は、着実に増えている。


 しかし、仕事が増えたからといって、単純に人数を増やせばよいわけではなかった。


     *


「……そろそろ経験者を採りたいんやけどな」


 西田が、オンライン会議で切り出した。


 参加しているのは、西田、高瀬、三宅の三人。


 議題は、今年度の中途採用計画だった。


「採用自体は、今年度の計画に入っています」


 高瀬が答えた。


「ただ、どのような仕事を任せる想定でしょうか?」


「……開発全般、やな」


 高瀬は、少し考えた。


「それでは、採用要件として少し広すぎますね」


「……細かいなあ」


 西田が笑うと、高瀬も少し笑った。


「採用してから仕事を考えるわけにもいきませんので」


「まあ、そらそうやな」


 三宅が口を開いた。


「まずは、開発部でどのような人が必要なのか、整理していただくのがよいと思います」


「せやな」


 西田は、少し考えた。


「今、開発部も仕事増えてきとるしな」


「そうですね」


「既存案件もあるし、新しい案件の相談も来とる。小川君の育成もあるし」


 高瀬がうなずいた。


「ただ、人を増やすことで、すぐに対応できる仕事が増えるとは限りません」


「せやな。教育も必要やし」


「はい。特に中途採用の場合、どの程度の経験を求めるかによって、採用費用や年俸も変わります」


 西田は、少し考えた。


「……ほな、現場の意見を聞いてみるわ」


「お願いします」


 三宅が続けた。


「要件が整理できましたら、募集条件の作成を進めますね」


「頼むわ」


     *


 数日後。


 西田は、開発部のメンバーを集めていた。


 岩田、井上、岡元、田村。


 オンライン会議の画面に、それぞれの顔が並ぶ。


「今日は、中途採用の話をしたいと思っとる」


 西田が切り出した。


「今年も人を増やす計画があるんやけど、どんな人が必要か、みんなの意見を聞きたいねん」


 岩田が口を開いた。


「設計を任せられる人が欲しいですね」


「設計?」


「はい。今、技術的な判断が必要なところは、どうしても限られた人に集中しているので」


「なるほどな」


「ある程度経験があって、設計方針を自分で考えられる人がいると助かります」


 西田はうなずいた。


「井上さんは?」


「俺は、保守・運用のこともわかる人がええと思うで」


「ほう」


「新しい機能作るんも大事やけど、今あるシステムをちゃんと動かし続けなあかんからな」


「せやな」


「運用のこと考えずに設計すると、あとで困ることもあるし」


 岡元が続けた。


「私は、顧客の業務を理解できる人がいるといいと思います」


「なるほど」


「技術的に作れるかどうかだけでなく、実際に使う人のことを考えて設計できる方ですね」


「それも大事やな」


 田村が口を開いた。


「俺は、要件整理できる人が欲しいかな」


「要件整理?」


「うん。お客さんの話って、最初から全部決まっとるわけちゃうやろ?」


「せやな」


「そこを整理して、開発できる形にするんが結構大変やねん」


 西田は、少し考えた。


「……全員、欲しい人が違うやん」


 岩田が笑った。


「そら、困っとることが違いますから」


 井上もうなずいた。


「全部できる人がおったらええけどな」


 田村が笑った。


「そんな人、なかなかおらんで」


「せやな」


 西田も笑った。


 そして、少し考えた。


「ほな、優先順位を決めようか」


     *


 西田は、画面に現在の開発体制を表示した。


 開発案件。


 保守・運用。


 技術レビュー。


 顧客との要件調整。


 若手の育成。


 それぞれの仕事について、誰が中心になっているのかを整理していく。


「……こうして見ると、技術的な判断ができる人が、ちょっと足らんな」


 西田が言った。


 岩田がうなずいた。


「そうですね。設計レビューも増えていますし」


「保守の方も、設計段階から運用を考えられる人なら助かるで」


 井上が続けた。


 岡元も口を開いた。


「顧客の業務を理解できる方なら、なおいいですね」


 田村が笑った。


「……結局、全部欲しいんやん」


 周囲に笑いが起きた。


 西田も笑った。


「まあ、そらそうやけどな」


 そして、少し真面目な顔に戻った。


「でも、全部を必須条件にしたら、誰も採れへんかもしれん」


 岩田がうなずいた。


「そうですね」


「ほな、今回は設計と技術判断を任せられる人を優先しよう」


「ええと思います」


「保守や顧客対応の経験があれば、なおええけど、そこは必須にせんとこう」


 井上もうなずいた。


「それなら、現実的やと思うで」


 西田は、資料に採用要件をまとめた。


 中堅からベテランのエンジニア。


 設計経験があること。


 技術的な判断を自分で行えること。


 そして、ほかの社員と協力して仕事を進められること。


 西田は、少し笑った。


「……これで、だいぶ絞れたな」


     *


 5月の中旬。


 金目、西田、田村の三人は、本町事業所で話し合っていた。


 議題は、田村の今後の役割について。


 4月の査定結果通知で、田村が金目に尋ねたことがあった。


『俺の年俸って、何に対する期待値なん?』


 金目は、その問いに十分な答えを用意できていなかった。


 だから、改めて話し合うことにしたのだった。


「田村さん、この前の話なんやけどな」


 金目が切り出した。


「おう」


「今やってもらっとる仕事と、これからお願いしたいことを整理してみたんよ」


 金目は、資料を共有した。


 顧客との調整。


 開発案件の進行管理。


 要件整理。


 営業と開発の橋渡し。


「田村さんには、こういうところを中心にお願いしたいと思っとるんよ」


 田村は、資料を確認した。


「なるほどな」


 西田が続けた。


「開発部の中でも、こういう役割は必要やからな」


「せやな」


 田村は、少し考えた。


「……ほな、開発はもうせんでええんか?」


 金目は、首を振った。


「いや、そこまで決めるつもりはないで」


「そうなん?」


「うん。田村さん自身が、どうしたいかも聞きたいしな」


 田村は、少し考えた。


「……俺、開発も続けたいんよな」


「なるほど」


「お客さんと話すんも嫌いちゃうけど、やっぱり自分で作る仕事も好きやし」


 西田がうなずいた。


「それなら、開発の仕事も残す形にしようか」


「ええん?」


「もちろん。ただ、案件の調整もお願いしたいから、バランスは考えなあかんけどな」


「せやな」


 金目も口を開いた。


「俺としては、田村さんに顧客と開発の間をつないでもらえるんは、ほんまに助かるんよ」


「うん」


「でも、そればっかりになって、やりたい仕事ができへんようになるんも違うと思うし」


 田村は、少し笑った。


「……ありがとうな」


 金目もうなずいた。


「ほな、今の仕事を整理して、開発にも関われるように調整しましょうか」


「頼むわ」


 西田が笑った。


「まあ、仕事減るとは限らんけどな」


 田村も笑った。


「……そこが問題やな」


 三人は笑った。


     *


 話し合いが終わったあと。


 田村は、少しだけ会議室に残っていた。


 金目が尋ねた。


「どう? 少しは整理できた?」


「うん。だいぶわかりやすくなったと思うで」


「それはよかった」


「開発も続けられるんやったら、ありがたいしな」


 金目はうなずいた。


「ほな、また何かあったら言うてな」


「おう」


 田村は、少し笑った。


「……ほんま、会社って変わっていくもんやな」


「せやな」


「昔は、こんな役割の話なんかせんかったのにな」


 金目も笑った。


「そら、昔は何でも自分らでやっとったからな」


「せやな」


 二人は、少し笑った。


 田村は、会議室を出ていった。


 金目は、資料を片づけながら考えた。


 役割を整理する。


 それは、会社にとって必要なことだった。


 しかし、役割を決めることで、かえって失われるものもあるのかもしれない。


 金目は、少しだけ考えてから、次の予定を確認した。


     *


 5月の下旬。


 西田は、整理した採用要件を金目と高瀬、三宅へ共有していた。


「今回は、設計と技術判断を任せられる経験者を優先したいと思っとる」


「なるほど」


 金目は、資料を確認した。


「ええと思うで」


 高瀬が、採用条件について説明した。


「想定する年俸レンジについては、現在の給与テーブルをもとに整理しています」


「ありがとうございます」


「ただ、経験者の採用ですので、条件によっては当初の予算を超える可能性もあります」


「せやな」


 金目は、少し考えた。


「……まあ、ええ人なら高くても採りたいけどな」


 高瀬がうなずいた。


「ただし、採用後の人件費も継続して発生しますので」


「もちろん」


「現在の案件と、今後の受注見込みを踏まえて判断する必要があります」


「せやね」


 金目は、少し笑った。


「俺な、18人にするために採るんちゃうと思っとるんよ」


 西田がうなずいた。


「せやな」


「18人おったらできる仕事を増やすために採るんや」


 高瀬も、少し笑った。


「目的と手段を取り違えない、ということですね」


「せやねん」


 金目は続けた。


「何でもできる人を探さんでもええと思うねん」


「はい」


「今の開発部に足りへん武器を持っとる人を探そうや」


 西田が笑った。


「……また武器か」


「そら、武器は多い方がええやろ(笑)」


 三宅も、少し笑った。


 金目は、資料を閉じた。


「ほな、この条件で募集を進めましょうか」


「承知しました」


 三宅がうなずいた。


「募集要項を作成して、選考の準備を進めます」


「お願いします」


 こうして、カナメの中途採用が本格的に動き始めた。


     *


 中途採用の募集を始めると、ほどなく動きがあった。


 三宅のもとに、一件の応募が届いた。


 40歳。


 業務システムの開発経験は、十五年以上。


 設計から実装、運用まで幅広く経験しており、複数の開発案件で技術的な判断を担当してきた人物だった。


 三宅は、応募書類を確認した。


 今回の募集要件に、かなり近い。


 設計経験。


 技術的な判断力。


 既存システムへの理解。


 そして、チームでの開発経験。


「……これは、よさそうですね」


 三宅は、西田へ連絡した。


『中途採用の応募がありました。経歴を確認いただけますか?』


 しばらくして、西田から返事が届いた。


『おお、結構ええ経歴やな』


『一次面接、進めてもよろしいでしょうか?』


『ええよ。岩田さんにも入ってもらおうか』


『承知しました』


 こうして、最初の候補者の選考が始まった。


     *


 数日後。


 西田と岩田は、候補者とのオンライン面接を行っていた。


「本日はよろしくお願いします」


 西田が挨拶した。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 候補者は、落ち着いた様子だった。


 これまでの職務経歴について説明し、担当したシステムや設計上の判断について話していく。


 西田は、いくつか質問した。


「例えば、既存システムに大きな機能追加が必要になった場合、どのように設計を進めますか?」


 候補者は、少し考えた。


「まず、既存の構成と制約を確認します。そのうえで、変更による影響範囲を整理します」


「なるほど」


「新しい機能を追加することだけを考えるのではなく、今後の保守や運用も含めて判断するようにしています」


 岩田がうなずいた。


「それは大事ですね」


 候補者は、過去の案件での経験を説明した。


 機能追加を急いだ結果、運用負荷が増えたこと。


 その反省から、設計段階で保守担当者と確認するようにしたこと。


 そして、技術的に正しいだけでなく、現場で使い続けられる仕組みを考えるようになったこと。


 西田は、少し感心した。


「……なるほど。ええ経験されていますね」


「ありがとうございます」


 岩田も、技術的な質問を重ねた。


 設計方針の決め方。


 コードレビューの進め方。


 技術的負債への対応。


 そして、チーム内で意見が分かれた場合の判断。


 候補者は、それぞれ具体的な経験を交えて答えた。


 面接が終わったあと。


 西田は、岩田に尋ねた。


「どう思う?」


「かなりいいと思います」


「せやろ?」


「はい。設計も任せられそうですし、運用のことも理解されています」


 西田はうなずいた。


「今の開発部に、ちょうど欲しい人材やな」


「そうですね」


 ただ、一つ気になることがあった。


 候補者の希望年俸は、カナメが想定していたレンジを上回っていた。


 西田は、少し考えた。


「……まあ、そこは高瀬さんらと相談やな」


     *


 一次面接の結果を受けて、金目と西田、高瀬、三宅が短い打ち合わせを行った。


「……この人、かなりええと思うで」


 西田が言った。


「そうなんですね」


 金目は、面接評価を確認した。


「技術的には申し分ないということですね」


「せやな。設計も任せられそうやし、今の開発部に足りへんところを埋めてくれると思う」


 高瀬が口を開いた。


「ただ、希望年俸については、当初の予算を超えています」


「なるほど」


「現在の給与テーブルとの整合性も確認が必要ですね」


 金目は、少し考えた。


「……まあ、ええ人やったら、高くても採りたいけどな」


 高瀬がうなずいた。


「もちろん、能力に見合う報酬を支払うこと自体は問題ありません」


「せやね」


「ただ、その金額に見合う役割を用意できるかが重要になります」


 金目は、資料を見直した。


 経験は十分。


 技術的な評価も高い。


 現場も採用を希望している。


 それなら、最終面接で確認したいことは明確だった。


「……ほな、一回お話ししましょうか」


 三宅がうなずいた。


「最終面接の日程を調整します」


     *


 数日後。


 金目は、候補者との最終面接に臨んでいた。


 画面の向こうには、落ち着いた表情の男性がいる。


「本日はよろしくお願いします」


 金目が挨拶した。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 金目は、少し笑った。


「技術的なところは、西田さんらから十分聞いとるんで」


「はい」


「今日は、ちょっと違う話を聞かせてください」


「承知しました」


 金目は、少し考えた。


「ご自身の一番の武器って、何やと思います?」


 候補者は、少し首をかしげた。


「……武器、ですか?」


「そうです。これだけは負けへん、いうもんがあれば教えてほしいんです」


 候補者は、少し考えた。


「そうですね。既存システムの構造を理解して、必要な変更を安全に進めることだと思います」


「なるほど」


「特に、長く運用されているシステムでは、設計上の制約や過去の経緯を理解することが重要ですので」


「そうですね」


 金目はうなずいた。


「それは、うちでも必要な力やと思います」


「ありがとうございます」


「ちなみに、その強みを使って、今後どんな仕事をしていきたいですか?」


 候補者は、少し考えた。


「できれば、技術的な判断を任せてもらえる立場で働きたいと思っています」


「なるほど」


「これまでは、設計方針についても上司の承認が必要なことが多かったので」


「そうなんですね」


「もう少し、自分の判断で技術的な方向性を決められる環境を希望しています」


 金目は、少し考えた。


「……なるほど。それはわかります」


 そして、続けた。


「ただ、うちの場合、技術的な判断を一人に全部任せるというより、開発部の中で相談して決めることが多いんですよ」


「そうなんですね」


「もちろん、専門性は尊重します。ただ、既存の仕組みや、ほかの案件との兼ね合いもありますので」


 候補者はうなずいた。


「承知しました」


 金目は、少し考えた。


「そのあたりは、どうでしょう?」


「そうですね……」


 候補者は、少し間を置いた。


「できれば、ある程度まとまった範囲を任せていただきたいと思っています」


「なるほど」


「その方が、自分の経験を生かせると考えていますので」


 金目はうなずいた。


「ありがとうございます」


 候補者の希望は、決して不自然なものではなかった。


 長く経験を積んできた技術者が、自分の判断で仕事を進めたいと考える。


 それは、十分理解できる。


 しかし、カナメが今求めているのは、既存の開発部の中で技術的な判断を支え、ほかの社員と協力しながら設計を進める人物だった。


 その違いが、少し気になった。


     *


 金目は、もう一つ尋ねた。


「ちなみに、今回転職を考えられた理由を、改めて聞かせてもらってもええですか?」


「はい」


 候補者は、現在の職場について説明した。


 技術的な裁量が限られていること。


 待遇面で、これ以上の改善が見込みにくいこと。


 そして、自分の経験をもっと生かせる環境を探していること。


 金目は、黙って聞いていた。


「なるほど。ありがとうございます」


「いえ」


「待遇面についても、希望をいただいていますね」


「はい」


「もちろん、能力に見合う報酬は必要やと思っています」


「ありがとうございます」


「ただ、うちとしても、その金額に見合う仕事を任せられるか、ちゃんと考えなあかんので」


「そうですね」


 金目は、少し笑った。


「今日は、いろいろ聞かせていただいてありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとうございました」


 最終面接は、そこで終了した。


     *


 面接が終わったあと。


 金目は、しばらく資料を眺めていた。


 技術力は高い。


 経験も豊富。


 西田や岩田が評価した理由も、よくわかる。


 しかし、本人が望む裁量と、カナメが現時点で用意できる役割には、少し違いがある。


 希望年俸も、当初の採用予算を上回っていた。


 もちろん、高い年俸を希望すること自体は問題ではない。


 ただ、その金額を支払い続けられるだけの仕事を用意できるのか。


 そして、その人が望む働き方を実現できるのか。


 金目は、少し考えた。


「……難しいなあ」


     *


 数日後。


 本町事業所では、採用判定会議が開かれていた。


 金目、西田、高瀬、三宅の四人が集まっている。


「ほな、最終面接の結果を共有します」


 金目が切り出した。


 西田が尋ねた。


「どうやった?」


「技術的には、やっぱりええ人やと思いました」


「せやろ?」


「うん。西田さんらが採りたい言うた理由も、ようわかる」


 西田は、少し笑った。


「ほな……」


 金目は、少し間を置いた。


「ただ、今回は見送ろうと思っとる」


 西田は、少し驚いた。


「……そうなん?」


「うん」


「何か気になるところあった?」


「能力が足らんからちゃうねん」


 金目は、面接資料を開いた。


「本人は、技術的な判断をもっと自分で進められる環境を求めとるんよ」


「なるほど」


「それ自体はええと思う。ただ、今のうちで、そこまでの裁量を用意できるかというと……ちょっと難しいと思うねん」


 西田は、少し考えた。


「……まあ、確かにな」


「それに、希望年俸も高めやろ?」


 高瀬がうなずいた。


「はい。当初の採用予算を超えています」


「もちろん、高いからあかんいう話ではないで」


 金目は続けた。


「ただ、その金額に見合う役割を任せて、本人にも納得して働いてもらえるか。そこに自信が持てへんのよ」


 西田は、資料を見直した。


「……技術力だけ見たら、ほんまに欲しい人なんやけどな」


「せやな」


「でも、入ってから『思ってた仕事と違う』ってなったら、お互い困るか」


 金目はうなずいた。


「そういうことやね」


 高瀬も口を開いた。


「採用後のミスマッチは、本人にとっても会社にとっても負担になりますからね」


 三宅が、少し考えた。


「では、今回は見送りとして進めますね」


「お願いします」


 西田は、少し残念そうに笑った。


「……惜しいなあ」


 金目も笑った。


「ほんま、惜しいと思うで」


 そして、少し真面目な顔になった。


「でも、惜しいからいうて採るんも違うやろ」


「……せやな」


     *


 採用判定会議が終わったあと。


 三宅は、募集要項を見直していた。


 技術要件は、現場が必要としているものと一致している。


 しかし、今回の候補者とのやり取りを通じて、もう少し明確にした方がよいことも見えてきた。


 採用後に任せる仕事。


 技術的な裁量の範囲。


 開発部での意思決定の進め方。


 そして、会社として提供できる成長機会。


 三宅は、金目と西田へ相談した。


「募集要項について、少し見直したいと思っています」


「ええと思います」


 金目が答えた。


「技術要件は、このままでよろしいでしょうか?」


 西田がうなずいた。


「そこは下げんでええと思う」


「承知しました」


「ただ、入社後の役割については、もうちょっと具体的に書いた方がええかもしれんな」


 金目も続けた。


「せやな。今回の人も、最初から仕事の進め方がわかっとったら、応募するかどうか判断しやすかったかもしれへん」


 三宅がうなずいた。


「では、そこを追記しますね」


「お願いします」


 金目は、少し考えた。


「……しかし、採用って難しいな」


 西田が笑った。


「今さらかい」


「いや、ほんまに」


 金目も笑った。


「こっちも選ぶ側やけど、向こうも選ぶ側やからな」


「せやな」


「ええ人に来てもらいたいんやったら、うちも選んでもらえる会社にならなあかん」


 西田はうなずいた。


「……まあ、そういうことやな」


 金目は、採用計画をもう一度見た。


 年末までに、まだ人を増やす予定がある。


 しかし、人数を揃えることが目的ではない。


 必要な強みを持つ人を迎え、その力を生かせる仕事を用意する。


 そして、長く働いてもらえる会社を作る。


 そのためには、採用する側も考え続けなければならない。


     *


 5月の終わり。


 カナメの中途採用は、まだ続いていた。


 今回の候補者は、採用に至らなかった。


 しかし、採用要件は以前より明確になった。


 会社が求める専門性。


 任せたい仕事。


 提供できる裁量。


 そして、報酬とのバランス。


 それらを整理することで、次にどんな人を迎えたいのかが、少しずつ見えてきた。


 金目は、募集要項を確認した。


「……次は、ええ人に出会えるとええな」


 そうつぶやいて、資料を閉じた。


 空いている席は、まだ空いたままだった。


 けれど、そこに誰を迎えたいのかは、以前よりもはっきりしていた。


 株式会社カナメの5月が、静かに終わろうとしていた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、中途採用のお話でした。


カナメでは、開発部の体制強化に向けて、経験者の採用活動が始まりました。


ところが、現場が高く評価した候補者を、金目は最終面接で見送ることになります。


技術力も経験も十分。


今の開発部に必要な専門性も持っている。


それでも、採用には至りませんでした。


採用というのは、なかなか難しいものですね。


今回の候補者が希望していたのは、より大きな技術的裁量と、それに見合う待遇でした。


どちらも、経験を積んだ技術者として自然な希望だと思います。


一方、カナメが求めていたのは、既存の開発組織の中で、周囲と協力しながら技術的な判断を担ってくれる人材でした。


どちらが正しいという話ではありません。


お互いの希望が、少し違っていただけなのです。


さて、採用活動では、どうしても企業が応募者を選ぶ側として描かれがちです。


しかし、応募者にも会社を選ぶ権利があります。


給与や待遇。


仕事内容や裁量。


一緒に働く人たち。


そして、その会社でどのような将来を描けるのか。


企業側がどれだけ採用したいと思っても、応募者に選んでもらえなければ、採用は成立しません。


だからこそ、金目は今回の選考を通じて、採用する側もまた、選ばれる側なのだと考えました。


もう一つ、今回描いたのが田村の役割整理です。


会社が小さかった頃は、必要な仕事を、できる人が引き受けていました。


しかし、組織が大きくなれば、役割や責任を明確にする必要が出てきます。


それは会社にとって必要な変化ですが、働く人にとって、必ずしも簡単なことではありません。


何を任されるのか。


何を期待されているのか。


そして、自分は何をしたいのか。


その三つが、いつも一致するとは限らないんですね。


今回、田村と金目は話し合い、ひとまず今後の役割を整理しました。


ただ、人の気持ちまで、資料一枚できれいに整理できるわけではありません。


さて、カナメの中途採用は、まだ続きます。


次は、どんな人が現れるのでしょうか。


……その前に、そろそろ採用する側も、自分たちの仕事を整理した方がいいのかもしれませんね(笑)。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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