空いている席
2030年5月。
株式会社カナメでは、今年度の中途採用計画が動き始めていた。
4月には新卒社員の小川が入社した。
開発部では、上田や中野が小川の育成に関わりながら、既存案件の開発や保守・運用を進めている。
営業担当の松井も、既存顧客との関係を少しずつ引き継いでいた。
会社の仕事は、着実に増えている。
しかし、仕事が増えたからといって、単純に人数を増やせばよいわけではなかった。
*
「……そろそろ経験者を採りたいんやけどな」
西田が、オンライン会議で切り出した。
参加しているのは、西田、高瀬、三宅の三人。
議題は、今年度の中途採用計画だった。
「採用自体は、今年度の計画に入っています」
高瀬が答えた。
「ただ、どのような仕事を任せる想定でしょうか?」
「……開発全般、やな」
高瀬は、少し考えた。
「それでは、採用要件として少し広すぎますね」
「……細かいなあ」
西田が笑うと、高瀬も少し笑った。
「採用してから仕事を考えるわけにもいきませんので」
「まあ、そらそうやな」
三宅が口を開いた。
「まずは、開発部でどのような人が必要なのか、整理していただくのがよいと思います」
「せやな」
西田は、少し考えた。
「今、開発部も仕事増えてきとるしな」
「そうですね」
「既存案件もあるし、新しい案件の相談も来とる。小川君の育成もあるし」
高瀬がうなずいた。
「ただ、人を増やすことで、すぐに対応できる仕事が増えるとは限りません」
「せやな。教育も必要やし」
「はい。特に中途採用の場合、どの程度の経験を求めるかによって、採用費用や年俸も変わります」
西田は、少し考えた。
「……ほな、現場の意見を聞いてみるわ」
「お願いします」
三宅が続けた。
「要件が整理できましたら、募集条件の作成を進めますね」
「頼むわ」
*
数日後。
西田は、開発部のメンバーを集めていた。
岩田、井上、岡元、田村。
オンライン会議の画面に、それぞれの顔が並ぶ。
「今日は、中途採用の話をしたいと思っとる」
西田が切り出した。
「今年も人を増やす計画があるんやけど、どんな人が必要か、みんなの意見を聞きたいねん」
岩田が口を開いた。
「設計を任せられる人が欲しいですね」
「設計?」
「はい。今、技術的な判断が必要なところは、どうしても限られた人に集中しているので」
「なるほどな」
「ある程度経験があって、設計方針を自分で考えられる人がいると助かります」
西田はうなずいた。
「井上さんは?」
「俺は、保守・運用のこともわかる人がええと思うで」
「ほう」
「新しい機能作るんも大事やけど、今あるシステムをちゃんと動かし続けなあかんからな」
「せやな」
「運用のこと考えずに設計すると、あとで困ることもあるし」
岡元が続けた。
「私は、顧客の業務を理解できる人がいるといいと思います」
「なるほど」
「技術的に作れるかどうかだけでなく、実際に使う人のことを考えて設計できる方ですね」
「それも大事やな」
田村が口を開いた。
「俺は、要件整理できる人が欲しいかな」
「要件整理?」
「うん。お客さんの話って、最初から全部決まっとるわけちゃうやろ?」
「せやな」
「そこを整理して、開発できる形にするんが結構大変やねん」
西田は、少し考えた。
「……全員、欲しい人が違うやん」
岩田が笑った。
「そら、困っとることが違いますから」
井上もうなずいた。
「全部できる人がおったらええけどな」
田村が笑った。
「そんな人、なかなかおらんで」
「せやな」
西田も笑った。
そして、少し考えた。
「ほな、優先順位を決めようか」
*
西田は、画面に現在の開発体制を表示した。
開発案件。
保守・運用。
技術レビュー。
顧客との要件調整。
若手の育成。
それぞれの仕事について、誰が中心になっているのかを整理していく。
「……こうして見ると、技術的な判断ができる人が、ちょっと足らんな」
西田が言った。
岩田がうなずいた。
「そうですね。設計レビューも増えていますし」
「保守の方も、設計段階から運用を考えられる人なら助かるで」
井上が続けた。
岡元も口を開いた。
「顧客の業務を理解できる方なら、なおいいですね」
田村が笑った。
「……結局、全部欲しいんやん」
周囲に笑いが起きた。
西田も笑った。
「まあ、そらそうやけどな」
そして、少し真面目な顔に戻った。
「でも、全部を必須条件にしたら、誰も採れへんかもしれん」
岩田がうなずいた。
「そうですね」
「ほな、今回は設計と技術判断を任せられる人を優先しよう」
「ええと思います」
「保守や顧客対応の経験があれば、なおええけど、そこは必須にせんとこう」
井上もうなずいた。
「それなら、現実的やと思うで」
西田は、資料に採用要件をまとめた。
中堅からベテランのエンジニア。
設計経験があること。
技術的な判断を自分で行えること。
そして、ほかの社員と協力して仕事を進められること。
西田は、少し笑った。
「……これで、だいぶ絞れたな」
*
5月の中旬。
金目、西田、田村の三人は、本町事業所で話し合っていた。
議題は、田村の今後の役割について。
4月の査定結果通知で、田村が金目に尋ねたことがあった。
『俺の年俸って、何に対する期待値なん?』
金目は、その問いに十分な答えを用意できていなかった。
だから、改めて話し合うことにしたのだった。
「田村さん、この前の話なんやけどな」
金目が切り出した。
「おう」
「今やってもらっとる仕事と、これからお願いしたいことを整理してみたんよ」
金目は、資料を共有した。
顧客との調整。
開発案件の進行管理。
要件整理。
営業と開発の橋渡し。
「田村さんには、こういうところを中心にお願いしたいと思っとるんよ」
田村は、資料を確認した。
「なるほどな」
西田が続けた。
「開発部の中でも、こういう役割は必要やからな」
「せやな」
田村は、少し考えた。
「……ほな、開発はもうせんでええんか?」
金目は、首を振った。
「いや、そこまで決めるつもりはないで」
「そうなん?」
「うん。田村さん自身が、どうしたいかも聞きたいしな」
田村は、少し考えた。
「……俺、開発も続けたいんよな」
「なるほど」
「お客さんと話すんも嫌いちゃうけど、やっぱり自分で作る仕事も好きやし」
西田がうなずいた。
「それなら、開発の仕事も残す形にしようか」
「ええん?」
「もちろん。ただ、案件の調整もお願いしたいから、バランスは考えなあかんけどな」
「せやな」
金目も口を開いた。
「俺としては、田村さんに顧客と開発の間をつないでもらえるんは、ほんまに助かるんよ」
「うん」
「でも、そればっかりになって、やりたい仕事ができへんようになるんも違うと思うし」
田村は、少し笑った。
「……ありがとうな」
金目もうなずいた。
「ほな、今の仕事を整理して、開発にも関われるように調整しましょうか」
「頼むわ」
西田が笑った。
「まあ、仕事減るとは限らんけどな」
田村も笑った。
「……そこが問題やな」
三人は笑った。
*
話し合いが終わったあと。
田村は、少しだけ会議室に残っていた。
金目が尋ねた。
「どう? 少しは整理できた?」
「うん。だいぶわかりやすくなったと思うで」
「それはよかった」
「開発も続けられるんやったら、ありがたいしな」
金目はうなずいた。
「ほな、また何かあったら言うてな」
「おう」
田村は、少し笑った。
「……ほんま、会社って変わっていくもんやな」
「せやな」
「昔は、こんな役割の話なんかせんかったのにな」
金目も笑った。
「そら、昔は何でも自分らでやっとったからな」
「せやな」
二人は、少し笑った。
田村は、会議室を出ていった。
金目は、資料を片づけながら考えた。
役割を整理する。
それは、会社にとって必要なことだった。
しかし、役割を決めることで、かえって失われるものもあるのかもしれない。
金目は、少しだけ考えてから、次の予定を確認した。
*
5月の下旬。
西田は、整理した採用要件を金目と高瀬、三宅へ共有していた。
「今回は、設計と技術判断を任せられる経験者を優先したいと思っとる」
「なるほど」
金目は、資料を確認した。
「ええと思うで」
高瀬が、採用条件について説明した。
「想定する年俸レンジについては、現在の給与テーブルをもとに整理しています」
「ありがとうございます」
「ただ、経験者の採用ですので、条件によっては当初の予算を超える可能性もあります」
「せやな」
金目は、少し考えた。
「……まあ、ええ人なら高くても採りたいけどな」
高瀬がうなずいた。
「ただし、採用後の人件費も継続して発生しますので」
「もちろん」
「現在の案件と、今後の受注見込みを踏まえて判断する必要があります」
「せやね」
金目は、少し笑った。
「俺な、18人にするために採るんちゃうと思っとるんよ」
西田がうなずいた。
「せやな」
「18人おったらできる仕事を増やすために採るんや」
高瀬も、少し笑った。
「目的と手段を取り違えない、ということですね」
「せやねん」
金目は続けた。
「何でもできる人を探さんでもええと思うねん」
「はい」
「今の開発部に足りへん武器を持っとる人を探そうや」
西田が笑った。
「……また武器か」
「そら、武器は多い方がええやろ(笑)」
三宅も、少し笑った。
金目は、資料を閉じた。
「ほな、この条件で募集を進めましょうか」
「承知しました」
三宅がうなずいた。
「募集要項を作成して、選考の準備を進めます」
「お願いします」
こうして、カナメの中途採用が本格的に動き始めた。
*
中途採用の募集を始めると、ほどなく動きがあった。
三宅のもとに、一件の応募が届いた。
40歳。
業務システムの開発経験は、十五年以上。
設計から実装、運用まで幅広く経験しており、複数の開発案件で技術的な判断を担当してきた人物だった。
三宅は、応募書類を確認した。
今回の募集要件に、かなり近い。
設計経験。
技術的な判断力。
既存システムへの理解。
そして、チームでの開発経験。
「……これは、よさそうですね」
三宅は、西田へ連絡した。
『中途採用の応募がありました。経歴を確認いただけますか?』
しばらくして、西田から返事が届いた。
『おお、結構ええ経歴やな』
『一次面接、進めてもよろしいでしょうか?』
『ええよ。岩田さんにも入ってもらおうか』
『承知しました』
こうして、最初の候補者の選考が始まった。
*
数日後。
西田と岩田は、候補者とのオンライン面接を行っていた。
「本日はよろしくお願いします」
西田が挨拶した。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
候補者は、落ち着いた様子だった。
これまでの職務経歴について説明し、担当したシステムや設計上の判断について話していく。
西田は、いくつか質問した。
「例えば、既存システムに大きな機能追加が必要になった場合、どのように設計を進めますか?」
候補者は、少し考えた。
「まず、既存の構成と制約を確認します。そのうえで、変更による影響範囲を整理します」
「なるほど」
「新しい機能を追加することだけを考えるのではなく、今後の保守や運用も含めて判断するようにしています」
岩田がうなずいた。
「それは大事ですね」
候補者は、過去の案件での経験を説明した。
機能追加を急いだ結果、運用負荷が増えたこと。
その反省から、設計段階で保守担当者と確認するようにしたこと。
そして、技術的に正しいだけでなく、現場で使い続けられる仕組みを考えるようになったこと。
西田は、少し感心した。
「……なるほど。ええ経験されていますね」
「ありがとうございます」
岩田も、技術的な質問を重ねた。
設計方針の決め方。
コードレビューの進め方。
技術的負債への対応。
そして、チーム内で意見が分かれた場合の判断。
候補者は、それぞれ具体的な経験を交えて答えた。
面接が終わったあと。
西田は、岩田に尋ねた。
「どう思う?」
「かなりいいと思います」
「せやろ?」
「はい。設計も任せられそうですし、運用のことも理解されています」
西田はうなずいた。
「今の開発部に、ちょうど欲しい人材やな」
「そうですね」
ただ、一つ気になることがあった。
候補者の希望年俸は、カナメが想定していたレンジを上回っていた。
西田は、少し考えた。
「……まあ、そこは高瀬さんらと相談やな」
*
一次面接の結果を受けて、金目と西田、高瀬、三宅が短い打ち合わせを行った。
「……この人、かなりええと思うで」
西田が言った。
「そうなんですね」
金目は、面接評価を確認した。
「技術的には申し分ないということですね」
「せやな。設計も任せられそうやし、今の開発部に足りへんところを埋めてくれると思う」
高瀬が口を開いた。
「ただ、希望年俸については、当初の予算を超えています」
「なるほど」
「現在の給与テーブルとの整合性も確認が必要ですね」
金目は、少し考えた。
「……まあ、ええ人やったら、高くても採りたいけどな」
高瀬がうなずいた。
「もちろん、能力に見合う報酬を支払うこと自体は問題ありません」
「せやね」
「ただ、その金額に見合う役割を用意できるかが重要になります」
金目は、資料を見直した。
経験は十分。
技術的な評価も高い。
現場も採用を希望している。
それなら、最終面接で確認したいことは明確だった。
「……ほな、一回お話ししましょうか」
三宅がうなずいた。
「最終面接の日程を調整します」
*
数日後。
金目は、候補者との最終面接に臨んでいた。
画面の向こうには、落ち着いた表情の男性がいる。
「本日はよろしくお願いします」
金目が挨拶した。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
金目は、少し笑った。
「技術的なところは、西田さんらから十分聞いとるんで」
「はい」
「今日は、ちょっと違う話を聞かせてください」
「承知しました」
金目は、少し考えた。
「ご自身の一番の武器って、何やと思います?」
候補者は、少し首をかしげた。
「……武器、ですか?」
「そうです。これだけは負けへん、いうもんがあれば教えてほしいんです」
候補者は、少し考えた。
「そうですね。既存システムの構造を理解して、必要な変更を安全に進めることだと思います」
「なるほど」
「特に、長く運用されているシステムでは、設計上の制約や過去の経緯を理解することが重要ですので」
「そうですね」
金目はうなずいた。
「それは、うちでも必要な力やと思います」
「ありがとうございます」
「ちなみに、その強みを使って、今後どんな仕事をしていきたいですか?」
候補者は、少し考えた。
「できれば、技術的な判断を任せてもらえる立場で働きたいと思っています」
「なるほど」
「これまでは、設計方針についても上司の承認が必要なことが多かったので」
「そうなんですね」
「もう少し、自分の判断で技術的な方向性を決められる環境を希望しています」
金目は、少し考えた。
「……なるほど。それはわかります」
そして、続けた。
「ただ、うちの場合、技術的な判断を一人に全部任せるというより、開発部の中で相談して決めることが多いんですよ」
「そうなんですね」
「もちろん、専門性は尊重します。ただ、既存の仕組みや、ほかの案件との兼ね合いもありますので」
候補者はうなずいた。
「承知しました」
金目は、少し考えた。
「そのあたりは、どうでしょう?」
「そうですね……」
候補者は、少し間を置いた。
「できれば、ある程度まとまった範囲を任せていただきたいと思っています」
「なるほど」
「その方が、自分の経験を生かせると考えていますので」
金目はうなずいた。
「ありがとうございます」
候補者の希望は、決して不自然なものではなかった。
長く経験を積んできた技術者が、自分の判断で仕事を進めたいと考える。
それは、十分理解できる。
しかし、カナメが今求めているのは、既存の開発部の中で技術的な判断を支え、ほかの社員と協力しながら設計を進める人物だった。
その違いが、少し気になった。
*
金目は、もう一つ尋ねた。
「ちなみに、今回転職を考えられた理由を、改めて聞かせてもらってもええですか?」
「はい」
候補者は、現在の職場について説明した。
技術的な裁量が限られていること。
待遇面で、これ以上の改善が見込みにくいこと。
そして、自分の経験をもっと生かせる環境を探していること。
金目は、黙って聞いていた。
「なるほど。ありがとうございます」
「いえ」
「待遇面についても、希望をいただいていますね」
「はい」
「もちろん、能力に見合う報酬は必要やと思っています」
「ありがとうございます」
「ただ、うちとしても、その金額に見合う仕事を任せられるか、ちゃんと考えなあかんので」
「そうですね」
金目は、少し笑った。
「今日は、いろいろ聞かせていただいてありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
最終面接は、そこで終了した。
*
面接が終わったあと。
金目は、しばらく資料を眺めていた。
技術力は高い。
経験も豊富。
西田や岩田が評価した理由も、よくわかる。
しかし、本人が望む裁量と、カナメが現時点で用意できる役割には、少し違いがある。
希望年俸も、当初の採用予算を上回っていた。
もちろん、高い年俸を希望すること自体は問題ではない。
ただ、その金額を支払い続けられるだけの仕事を用意できるのか。
そして、その人が望む働き方を実現できるのか。
金目は、少し考えた。
「……難しいなあ」
*
数日後。
本町事業所では、採用判定会議が開かれていた。
金目、西田、高瀬、三宅の四人が集まっている。
「ほな、最終面接の結果を共有します」
金目が切り出した。
西田が尋ねた。
「どうやった?」
「技術的には、やっぱりええ人やと思いました」
「せやろ?」
「うん。西田さんらが採りたい言うた理由も、ようわかる」
西田は、少し笑った。
「ほな……」
金目は、少し間を置いた。
「ただ、今回は見送ろうと思っとる」
西田は、少し驚いた。
「……そうなん?」
「うん」
「何か気になるところあった?」
「能力が足らんからちゃうねん」
金目は、面接資料を開いた。
「本人は、技術的な判断をもっと自分で進められる環境を求めとるんよ」
「なるほど」
「それ自体はええと思う。ただ、今のうちで、そこまでの裁量を用意できるかというと……ちょっと難しいと思うねん」
西田は、少し考えた。
「……まあ、確かにな」
「それに、希望年俸も高めやろ?」
高瀬がうなずいた。
「はい。当初の採用予算を超えています」
「もちろん、高いからあかんいう話ではないで」
金目は続けた。
「ただ、その金額に見合う役割を任せて、本人にも納得して働いてもらえるか。そこに自信が持てへんのよ」
西田は、資料を見直した。
「……技術力だけ見たら、ほんまに欲しい人なんやけどな」
「せやな」
「でも、入ってから『思ってた仕事と違う』ってなったら、お互い困るか」
金目はうなずいた。
「そういうことやね」
高瀬も口を開いた。
「採用後のミスマッチは、本人にとっても会社にとっても負担になりますからね」
三宅が、少し考えた。
「では、今回は見送りとして進めますね」
「お願いします」
西田は、少し残念そうに笑った。
「……惜しいなあ」
金目も笑った。
「ほんま、惜しいと思うで」
そして、少し真面目な顔になった。
「でも、惜しいからいうて採るんも違うやろ」
「……せやな」
*
採用判定会議が終わったあと。
三宅は、募集要項を見直していた。
技術要件は、現場が必要としているものと一致している。
しかし、今回の候補者とのやり取りを通じて、もう少し明確にした方がよいことも見えてきた。
採用後に任せる仕事。
技術的な裁量の範囲。
開発部での意思決定の進め方。
そして、会社として提供できる成長機会。
三宅は、金目と西田へ相談した。
「募集要項について、少し見直したいと思っています」
「ええと思います」
金目が答えた。
「技術要件は、このままでよろしいでしょうか?」
西田がうなずいた。
「そこは下げんでええと思う」
「承知しました」
「ただ、入社後の役割については、もうちょっと具体的に書いた方がええかもしれんな」
金目も続けた。
「せやな。今回の人も、最初から仕事の進め方がわかっとったら、応募するかどうか判断しやすかったかもしれへん」
三宅がうなずいた。
「では、そこを追記しますね」
「お願いします」
金目は、少し考えた。
「……しかし、採用って難しいな」
西田が笑った。
「今さらかい」
「いや、ほんまに」
金目も笑った。
「こっちも選ぶ側やけど、向こうも選ぶ側やからな」
「せやな」
「ええ人に来てもらいたいんやったら、うちも選んでもらえる会社にならなあかん」
西田はうなずいた。
「……まあ、そういうことやな」
金目は、採用計画をもう一度見た。
年末までに、まだ人を増やす予定がある。
しかし、人数を揃えることが目的ではない。
必要な強みを持つ人を迎え、その力を生かせる仕事を用意する。
そして、長く働いてもらえる会社を作る。
そのためには、採用する側も考え続けなければならない。
*
5月の終わり。
カナメの中途採用は、まだ続いていた。
今回の候補者は、採用に至らなかった。
しかし、採用要件は以前より明確になった。
会社が求める専門性。
任せたい仕事。
提供できる裁量。
そして、報酬とのバランス。
それらを整理することで、次にどんな人を迎えたいのかが、少しずつ見えてきた。
金目は、募集要項を確認した。
「……次は、ええ人に出会えるとええな」
そうつぶやいて、資料を閉じた。
空いている席は、まだ空いたままだった。
けれど、そこに誰を迎えたいのかは、以前よりもはっきりしていた。
株式会社カナメの5月が、静かに終わろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、中途採用のお話でした。
カナメでは、開発部の体制強化に向けて、経験者の採用活動が始まりました。
ところが、現場が高く評価した候補者を、金目は最終面接で見送ることになります。
技術力も経験も十分。
今の開発部に必要な専門性も持っている。
それでも、採用には至りませんでした。
採用というのは、なかなか難しいものですね。
今回の候補者が希望していたのは、より大きな技術的裁量と、それに見合う待遇でした。
どちらも、経験を積んだ技術者として自然な希望だと思います。
一方、カナメが求めていたのは、既存の開発組織の中で、周囲と協力しながら技術的な判断を担ってくれる人材でした。
どちらが正しいという話ではありません。
お互いの希望が、少し違っていただけなのです。
さて、採用活動では、どうしても企業が応募者を選ぶ側として描かれがちです。
しかし、応募者にも会社を選ぶ権利があります。
給与や待遇。
仕事内容や裁量。
一緒に働く人たち。
そして、その会社でどのような将来を描けるのか。
企業側がどれだけ採用したいと思っても、応募者に選んでもらえなければ、採用は成立しません。
だからこそ、金目は今回の選考を通じて、採用する側もまた、選ばれる側なのだと考えました。
もう一つ、今回描いたのが田村の役割整理です。
会社が小さかった頃は、必要な仕事を、できる人が引き受けていました。
しかし、組織が大きくなれば、役割や責任を明確にする必要が出てきます。
それは会社にとって必要な変化ですが、働く人にとって、必ずしも簡単なことではありません。
何を任されるのか。
何を期待されているのか。
そして、自分は何をしたいのか。
その三つが、いつも一致するとは限らないんですね。
今回、田村と金目は話し合い、ひとまず今後の役割を整理しました。
ただ、人の気持ちまで、資料一枚できれいに整理できるわけではありません。
さて、カナメの中途採用は、まだ続きます。
次は、どんな人が現れるのでしょうか。
……その前に、そろそろ採用する側も、自分たちの仕事を整理した方がいいのかもしれませんね(笑)。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




