便利なはずだった
一週間後。
約束の時間まで、あと五分だった。
金目は料理店の前で、スマートフォンをしまった。
あれから、店主からの連絡はなかった。
困っていないからなのか、使われていないからなのか。
店の扉を開けると、カウンターの奥から声がした。
「おう、金目さん。待っとったで」
「こんにちは。どうでした、一週間使ってみて」
「それがなあ」
店主は、少し困ったように笑った。
「便利なんは、便利やねん」
「はい」
「人数、勝手に出るやろ。あれは助かるわ」
金目は頷いた。
「けどな、ちょっと困ったことがあって」
店主が椅子を引いた。
金目も、鞄を下ろした。
*
初めの二日間は、順調だったという。
紙に書いた予約を入力すると、その日の一覧ができる。
人数も、すぐにわかる。
問題が起きたのは、三日目だった。
「嫁がな、予約を一件、書き忘れてしもて」
「紙の方に、ですか」
「そう。ほんで、パソコンにも入ってへんかったんや」
予約がないと思って、別の客を受けてしまった。
「その予約、どうなったんです?」
「たまたま席が空いとったから、助かったけどな」
「危なかったですね」
「ほんまやで」
店主は台帳を開いた。
「あと、人数変わるやろ。こっち直して、パソコンも直して。それが合うてるか、また見てな」
金目は、台帳の横の画面を見た。
「前は紙見とったらよかったんや。今、どっちも見な落ち着かへん」
「……確認、増えてますね」
「そうなんよ」
金目はノートを開いた。
先週、店主と確認した手順が書いてある。
電話を受けた人が、紙に記入する。
手が空いたら、パソコンへ入力する。
予約の一覧を確認する。
金目は、二行目に置いたペンを止めた。
「奥さんにも、話聞いてええですか?」
「ええけど、機嫌悪いで」
「……覚悟しときます」
*
奥さんは、厨房の隅で仕込みをしていた。
「こんにちは。先週の件で来ました」
「ああ、金目さん」
手を拭いて、こちらを向く。
「使いにくかったみたいで、すみません」
「いや、うちがちゃんと書かへんかったんが悪いんやけどな」
金目は、説明しかけた口を閉じた。
「予約の電話、どんなときに取ってはるんです?」
「どんなとき、いうてもなあ。鍋見てるときも鳴るし、お客さんに呼ばれてるときも鳴るし」
「はい」
「手え濡れてるときもあるやろ。その場では覚えとるんよ。あとで書こ、思うて忘れるんや」
奥さんは、拭いた手をもう一度布巾に押し当てた。
「ほんで、今度はパソコンも入れなあかんやろ?」
「そうですね」
「私、あれ苦手やねん」
「先週、店主さんから聞きました」
「主人に聞いて入れてな。あとから人数変わったら、また直してもらって。紙も残ってるから、こっちと合うてるか気になるし」
金目は頷いた。
店主が画面の前で予約を入れるところは、見た。
けれど、その前に奥さんが何をしているかは、聞いていなかった。
「予約の電話って、奥さんが一番取るんです?」
「私かな。昼間は大体うちやし」
「なるほど」
「あと、主人が勝手に予約受けて、私に言わへんこともあるしな」
「おい、それは言うとるやろ!」
カウンターから声が飛んできた。
「言うてへんから困るんや!」
奥さんが言い返す。
金目は思わず笑い、それからノートへ目を落とした。
「電話の横に、台帳がないこともあります?」
「あるなあ。人数見るんに、主人が持っていくこともあるし」
「そうですか」
先週は、予約が一つの画面に並べば見やすいと思った。
その画面へ入れるまでの仕事が、ノートの一行では足りていなかった。
*
金目は、店主と奥さんに席へ来てもらった。
「パソコンへの入力、いったんやめません?」
店主が顔を上げた。
「ほな、先週作ったやつは?」
「今のままやと、余計に面倒です」
「せっかく作ったのに?」
「作ったからって、使わなあかん理由はないですし」
自分で言いながら、あの晩、何度も見直した画面を思い出した。
もう少し直せば、とは思う。
けれど、画面の項目を変えても、電話を取るときに手が空くわけではない。
店主は台帳を引き寄せた。
「けど、予約の間違いは減らしたいんやで?」
「もちろんです。電話受けるところから、もう一回考えさせてもらえます?」
金目はノートの新しいページを開いた。
小さく区切り、項目を書く。
日付、時間、名前、人数、電話番号。
「こういう予約メモを、電話の横に置きません?」
「メモ?」
「電話取ったら、まずここに書く。人数の変更も、キャンセルも同じです」
「ほんで?」
「手が空いたときに台帳へまとめます。予約を確認するときは、台帳を見ることにして」
店主は紙を覗いた。
「二回書くんか?」
「そうなりますね」
金目は頷いた。
「そこは手間、残ります。ただ、台帳と別に、もう一つ予約の一覧を直し続けるのは、やめようと思います」
書いた欄の横に、小さな四角を付けた。
「台帳に移したら、ここに印つける。まだの分がわかるようにします」
奥さんが、ノートを自分の方へ向けた。
「ただ、これ、なくさんようにせなあかんな」
「それもそうですね」
「台帳みたいに、誰か持っていったら一緒やで」
金目はペンを持ち直した。
「ほな、メモ置く場所は、電話の横に決めましょう。書いた分も、そこへ置くことにして」
「済んだやつも?」
「はい。印見たら、まだかどうかわかるように」
奥さんが、空いている場所を指した。
「ここやったら、電話取りながら見えるな」
金目はそこを見て、ノートに書き足した。
「まず、これで試してみてもらえます? 書きにくかったり、わからんようになったりしたら、教えてください」
「まあ、やってみよか」
店主が言った。
奥さんも、紙の欄をもう一度見て頷いた。
金目は別の紙にも同じ欄を描き、二人へ渡した。
*
帰り際、店主が金目を呼び止めた。
「なあ、金目さん。先週のやつ、無駄になったんか?」
金目は少し考えた。
「何が使いにくかったかは、わかりました」
「前向きやなあ」
「いや、作り直すん面倒なんですけどね」
「結局それかい」
二人で笑った。
店主は、画面の方へ目をやった。
「普通、せっかく作ったもんやから、これ使ってくださいって言いそうなもんやけど」
「使いにくいもん、無理に使ってもらっても困りますし」
「なんで?」
「あとで呼ばれるでしょう?」
店主は一瞬黙り、それから大きく笑った。
「ほんま、おもろいなあ」
「いや、真面目な話ですよ」
「わかっとる。ほな、もうちょっと付き合うてくれや」
「もちろんです」
一週間後、また訪ねることにした。
店を出てから、金目は予定表に日付を入れた。
ノートを開き、新しい手順の下に一行書く。
『便利かどうかは、使う人が決める』
その上には、電話の横にメモを置く場所と、転記したら付ける印が描いてあった。
金目は図を見直し、メモを置く場所に、小さく丸を付けた。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
画面の前では便利だったものが、店の仕事の中では手間を増やしていました。
せっかく作ったものを、いったん使わないことにする。
金目にとっても、少し惜しい判断だったと思います。
今度は、使う人と一緒に決めたやり方で、もう一度試してみることになりました。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




