↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第三章 任せた先にあるもの
PR
48/153

それぞれの仕事

 2030年2月。


 株式会社カナメでは、今日もそれぞれの仕事が進んでいた。


 営業担当の松井が加わってから、一か月ほどが経った。


 既存顧客との連絡や保守契約の更新は、少しずつ松井へ引き継がれている。


 開発部では、複数の案件が並行して動いていた。


 業務部では、契約や請求、採用などの仕事が続いている。


 そして、4月には新しい社員を迎える予定もあった。


 特別な事件が起きたわけではない。


 それでも、会社は毎日少しずつ動いていた。


     *


「松井さん、例の保守契約の件、どうなりました?」


 田村が、オンライン会議で尋ねた。


「更新については、先方も前向きです。ただ、一つ追加のご相談をいただいていまして」


「追加の相談?」


「はい。現在の画面について、少し操作を簡単にできないかというお話です」


 松井は、資料を共有した。


 顧客が困っている操作。


 現在の利用状況。


 希望する対応時期。


 予算の状況。


 そして、回答を約束した日付。


 田村は、資料を確認した。


「……おお、ちゃんと整理されとるな」


「ありがとうございます」


「いつまでに必要なん?」


「できれば来月末とのことです」


「なるほど」


「ただ、まだ予算は確保されていませんので、まずは対応できるかどうかと、概算費用を確認したいそうです」


 田村はうなずいた。


「了解。西田さんにも確認してみるわ」


「お願いします」


 田村は、少し笑った。


「……松井さん、ほんま、ちゃんと聞いてくれるな」


「必要なことですから」


「金目君やったら、まず『できるか考えてみよう』って言うとるで」


 松井も笑った。


「それも大事なことだと思いますよ」


「まあ、そうやな」


「ただ、実際に仕事として進めるなら、条件を揃えておいた方がいいですから」


 田村はうなずいた。


「助かるわ」


     *


 別のオンライン会議では、上田と中野が開発環境について話していた。


「中野君、これ、前に直した手順書やけど」


「はい」


「今度、小川君が入ってくるやろ?」


「そうですね」


「その前に、もう一回見直しとこうと思って」


 中野は、少し笑った。


「そういえば、僕が入社したときも、上田さんに教えていただきましたね」


「そうやな」


「……今度は、僕が教える側になるんでしょうか」


「たぶんな」


 中野は、少し考えた。


「上田さん、後輩に教えるときって、どうしたらいいんでしょう?」


 上田は、少し黙った。


「……俺に聞く?」


「はい」


「いや、俺も手探りやったで」


「そうなんですか?」


「そらそうや。去年、初めて後輩できたんやし」


 そこへ、岩田が会議に加わった。


「何の話しとるん?」


「中野君が、後輩への教え方を聞いてきたんです」


「なるほど」


 岩田は、少し笑った。


「最初から完璧に教えられる人なんかおらんしな」


「そうですよね」


「ただ、わからんことを、わからんまま教えるんはあかんで」


 上田が笑った。


「……それ、去年の俺にも言うてくださいよ」


「言うたやろ(笑)」


 中野も笑った。


 岩田は、手順書を確認した。


「それより、今度は中野君も一緒に見直したらええんちゃう?」


「僕もですか?」


「そう。去年、自分が困ったところ、覚えとるやろ?」


「はい」


「そこを直しておけば、次に入ってくる人が困らんで済む」


 中野はうなずいた。


「……なるほど」


 上田も笑った。


「ほな、一緒にやろうか」


「お願いします」


 教わる側だった中野が、今度は教える側になる。


 そのための準備が、少しずつ始まっていた。


     *


 画面改善案件の開発も、終盤に差しかかっていた。


 岡元は、井上と藤井に進捗を共有していた。


「画面の方は、だいぶ仕上がってきました」


「そうなんですね」


 井上が答えた。


「ほな、運用に入ったときの問い合わせも考えとかなあかんな」


「はい」


 藤井が続けた。


「テスト環境の準備は進めています。権限ごとの動作確認もできるようにしてあります」


「ありがとうございます」


 岡元は、資料を開いた。


「今のところ、主要な操作は想定どおりに動いています」


「なるほど」


「ただ、実際に使っていただくと、まだ気づくこともあると思います」


 井上がうなずいた。


「せやな。作る側と使う側では、見とるところが違うからな」


「そうですね」


「ちなみに、利用者向けの説明資料は?」


 岡元は、少し止まった。


「……あ」


 藤井が笑った。


「まだでしたか?」


「いえ、必要なことは整理していたんですが、資料としてはまだ……」


 井上も、少し笑った。


「まあ、今からでも間に合うやろ」


「はい。作ります」


 岡元は、すぐにメモを取った。


『利用者向け説明資料』


『変更点一覧』


『操作手順』


『問い合わせ先』


 藤井が口を開いた。


「画面の変更点を比較できるようにすると、わかりやすいかもしれませんね」


「そうですね。現行画面と改善後の画面を並べてみます」


 井上もうなずいた。


「問い合わせが来たときに、こっちでも確認できるようにしといてな」


「もちろんです」


 岡元は、少し笑った。


「……作って終わりじゃないですもんね」


「せやで」


 井上も笑った。


「むしろ、使い始めてからが本番や」


     *


 業務部では、三宅が一件の申請について確認していた。


 開発環境の管理について、契約や費用の確認も必要な申請だった。


 三宅は、高瀬に相談した。


「この件、どちらの部署で取りまとめるのがよいでしょうか?」


 高瀬は、資料を確認した。


「そうですね。契約や費用は業務部で確認できますが、技術的な判断は開発部ですね」


「そうですよね」


「まずは、必要な確認事項を分けましょうか」


 そこへ、尾崎から連絡が入った。


『この件、関係者への確認が必要なら、私の方で整理しましょうか?』


 三宅は、少し笑った。


「……尾崎さん、早いですね」


 高瀬もうなずいた。


「ちょうどお願いしようと思っていたところです」


 三宅は、返信した。


『ありがとうございます。お願いできますか?』


『承知しました。確認事項を整理して共有します』


 数日後。


 尾崎から、関係者の回答をまとめた資料が届いた。


 技術的な判断が必要なもの。


 契約条件の確認が必要なもの。


 費用の承認が必要なもの。


 それぞれ、担当する部署が明確になっていた。


 三宅は、資料を確認した。


「……助かりますね」


 高瀬もうなずいた。


「こういう仕事は、なかなか成果が見えにくいですからね」


「そうなんです」


「でも、誰かが整理してくれるから、ほかの人が判断しやすくなる」


 三宅は、少し考えた。


「……評価するときも、こういうところを見落とさないようにしたいですね」


 高瀬がうなずいた。


「そうですね」


     *


 その頃。


 金目と西田、田村は、11月から調整を続けている在庫管理システム案件について話していた。


「先方、段階導入の方向では前向きみたいやで」


 田村が報告した。


「そうなんですね」


 金目は、少し笑った。


「それはありがたいな」


「ただ、まだ正式な発注にはなってへん」


「そうやね」


 西田が口を開いた。


「開発部の方も、今の案件があるからな。受けるなら、ちゃんと計画立てなあかんで」


「もちろん」


 金目はうなずいた。


「無理して受けるつもりはないです」


 田村が続けた。


「先方も、現場の人と調整してくれとるみたいや」


「それはよかった」


「最初の二拠点から始める方向で考えとるらしい」


 金目は、少し考えた。


「……あのとき、無理して受けんでよかったな」


 西田が笑った。


「せやろ?」


「まあ、売上は欲しかったけどな」


「まだ言うか(笑)」


 金目も笑った。


「そら、社長やからな」


 ただし、話はそこで終わらなかった。


 金目は、田村に確認した。


「先方の次の判断は、いつ頃になりそうです?」


 田村が、少し笑った。


「おっ、ちゃんと聞くようになったな」


「……松井さんに言われたからな」


 西田も笑った。


「ええ影響受けとるやん」


「ほんまやで」


     *


 2月の下旬。


 松井が担当していた保守契約の更新が、正式にまとまった。


 追加開発については、別途見積もりを提示することになっている。


 松井は、契約内容を三宅と高瀬に共有した。


「更新条件については、先方と合意できました」


「ありがとうございます」


 三宅が答えた。


「では、契約書類の最終確認を進めます」


「お願いします」


 高瀬が尋ねた。


「追加開発の方は、どうなっていますか?」


「開発部と確認中です。来月以降の着手を想定していますが、まだ正式な見積もりは出していません」


「承知しました」


「先方には、回答予定日をお伝えしています」


 高瀬はうなずいた。


「それなら、問題ありませんね」


 松井は、少し笑った。


「ありがとうございます」


 その後、金目にも報告が届いた。


『保守契約の更新、正式にまとまりました』


 金目は、内容を確認した。


『ありがとうございます!』


『追加開発は、引き続き調整中です』


『了解です。よろしくお願いします』


 金目は、少し考えた。


 今回の契約更新では、自分はほとんど何もしていない。


 それでも、顧客との取引は継続している。


 必要な確認も、約束した連絡も、きちんと行われていた。


「……ええなあ」


 金目は、少し笑った。


 営業を任せる。


 その意味が、また少しわかった気がした。


     *


 その日の夕方。


 田村と松井は、オンライン会議の終了後に少し雑談していた。


「松井さん、金目君と仕事してみてどう?」


 田村が尋ねた。


「そうですね。面白い方ですね」


「せやろ」


「ああいう形で、お客様から自然に相談を引き出せるのは、すごいと思います」


「まあ、あいつ、話してるうちに仕事増やしてくるからな」


 松井が笑った。


「ええ。気づいたら追加提案の話になっていますね」


「ほんで、肝心な納期聞いてへんかったりするねん」


「そこは私が確認しますので」


 田村も笑った。


「……ほんま、ええ人来てくれたわ」


「ありがとうございます」


 松井は、少し考えた。


「ただ、私もまだまだ、カナメの仕事については勉強中です」


「そらそうやろ。まだ入ったばっかりやし」


「はい。技術的なことも、開発部の皆さんに教えていただくことが多いです」


 田村はうなずいた。


「そこは遠慮せんと聞いてくれたらええで」


「ありがとうございます」


「その代わり、こっちも営業のこと聞くからな」


 松井は、少し笑った。


「もちろんです」


 二人は、軽く会釈して会議を終えた。


     *


 2月の終わり。


 カナメでは、3月の年次評価面談に向けた準備が始まっていた。


 評価制度は、2029年4月に導入された。


 それから、まもなく一年が経とうとしている。


 会社の人数も増えた。


 部署もできた。


 仕事の内容も、少しずつ変わってきた。


 西田は、開発部の成果や育成状況を整理している。


 高瀬は、業務部の評価資料と、4月の年俸改定に必要な原資を確認していた。


 三宅は、面談の日程調整を進めている。


 数字で表せる成果もあれば、簡単には表せないものもある。


 そして、評価結果を報酬へどう反映するかという問題もあった。


     *


 金目は、西田と高瀬を交えて、翌月の年次評価面談について話していた。


「……しかし、評価って難しいですね」


 金目が、資料を眺めながら言った。


「そうですね」


 高瀬がうなずいた。


「成果が数字で表れる仕事ばかりではありませんから」


 西田も口を開いた。


「開発部でも、わかりやすい成果を出しとる人もおれば、日々の保守やレビューで支えとる人もおるしな」


「せやね」


 金目は、少し考えた。


「俺な、年俸って、今のその人に対する期待値やと思っとるんよ」


「期待値、ですか?」


「そう。今どんな仕事を任せられるか。どれくらいの責任を持ってもらうか。それに対して払うもんやと思うねん」


 高瀬がうなずいた。


「なるほど。現在の役割や能力に対する評価ですね」


「そうです」


 金目は続けた。


「ほんで、実際にどれだけ成果を出してくれたか。それはまた別の話やと思うんよ」


「ほな、成果はどう評価するん?」


 西田が尋ねた。


「……そこなんよな」


 金目は、少し考えた。


「例えば、賞与とか」


 高瀬が顔を上げた。


「賞与制度、ですか?」


「そう。年俸は期待値。賞与は結果。それぞれ分けて考えた方がええんちゃうかなって」


 西田が笑った。


「……うち、賞与ないで?」


「知っとるわ(笑)」


「ほな、作るんか?」


「それを考えたいんよ」


 高瀬は、少し考えた。


「導入するのであれば、評価基準と原資の考え方を整理する必要がありますね」


「そうですね」


「会社の業績によって、支給できる金額も変わります」


「うん。利益が出てへんのに、無理して払うわけにもいかんしな」


 西田が口を開いた。


「でも、売上取ってきた人ばっかり有利にならへん?」


「そこは、そうしたくないねん」


 金目は答えた。


「新しい仕事を取ってくる人も大事やけど、今ある仕事をちゃんと守ってくれる人も大事やろ?」


「せやな」


「レビューとか、後輩の育成とか、ほかの人が仕事しやすいようにしてくれる人もおる」


 金目は、少し笑った。


「そういう人らにも、ちゃんと報いたいんよ」


 高瀬がうなずいた。


「では、職種によって不公平にならない評価基準が必要ですね」


「お願いします」


 西田が、少し考えた。


「……しかし、また制度増やすんか」


「せやな」


「仕事増えるで?」


「……それもそうやな」


 三人は笑った。


 金目は、もう一度資料を見た。


「まあ、すぐ決めるつもりはないで。ほんまに社員のためになるんか、ちゃんと考えたい」


 高瀬がうなずいた。


「承知しました。まずは導入した場合の影響を整理してみます」


「お願いします」


 金目は、少し笑った。


「……儲けた分を、ちゃんと還元できる会社にしたいな」


     *


 打ち合わせが終わったあと。


 金目は、各部署から届いた報告を眺めていた。


 松井が、保守契約の更新をまとめた。


 上田と中野が、新しく入社する小川のために手順書を見直している。


 岡元は、井上や藤井と協力しながら、画面改善案件の納品準備を進めている。


 尾崎は、部署をまたぐ仕事を整理していた。


 どれも、金目が直接指示したわけではなかった。


 それぞれが、自分の役割を考え、必要な人と相談しながら仕事を進めている。


 金目は、少し笑った。


「……ええ感じやな」


 以前は、何かを進めるたびに、自分が判断することが多かった。


 今は、少し違う。


 自分が知らないところでも、仕事が進んでいる。


 それは、会社が組織として動き始めたということなのだろう。


 ただ、仕事を任せたからといって、経営者としての責任までなくなるわけではない。


 誰に何を任せるのか。


 どんな成果を期待するのか。


 そして、その仕事にどう報いるのか。


 金目は、もう一度評価資料を開いた。


 年俸は、今の期待値。


 賞与は、実際の成果。


 まだ、答えが出たわけではない。


 それでも、社員たちの仕事に、きちんと報いる方法を考え続けたいと思っていた。


 株式会社カナメの2月が、静かに終わろうとしていた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、カナメの日常を少し覗いてみました。


新しい仲間を迎える準備をする人。


開発したシステムを、安心して使ってもらうために準備する人。


部署をまたぐ仕事を整理する人。


お客様との約束を、一つずつ守っていく人。


それぞれが、自分の持ち場で仕事を進めています。


会社の成長というと、新しい案件の受注や売上の増加など、わかりやすい成果に目が向きがちです。


けれど、その裏側には、日々の仕事を支えている人たちがいます。


何も問題が起きなかったこと。


誰かが困る前に、必要な準備が整っていたこと。


約束した日に、きちんと連絡が届いたこと。


そうした成果は、数字には表れにくいものです。


でも、決して価値がないわけではありません。


さて、今回の終盤では、金目が報酬制度について新しい考えを口にしました。


「年俸は現在の期待値。賞与は結果の現れ」


なかなか興味深い考え方ですね。


ただ、言葉にするのは簡単でも、実際に制度として運用するのは別の話。


誰のどんな成果を、どう評価するのか。


そして、限られた原資をどう配分するのか。


金目たちは、これからその難しさに向き合うことになります。


……もっとも、賞与制度を検討すると言い出した本人が、仕事を増やしてしまったことには、まだ気づいていないのかもしれません(笑)。


次回は、いよいよ年に一度の人事評価。


それぞれの仕事が、どのように評価されるのでしょうか。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。