次の一年を買う
2029年12月。
大阪・本町。
株式会社カナメの本町事業所では、年末の経営会議が開かれていた。
会議室に集まったのは、金目、西田、高瀬、三宅の四人。
普段はフルリモートで仕事をしているため、こうして顔を合わせる機会は、それほど多くない。
「……こうして集まると、ちゃんと会社っぽいな」
金目が言うと、西田が笑った。
「いや、前から会社やろ」
「まあ、そうなんやけどな」
三宅も、少し笑った。
「では、今年の振り返りから始めましょうか」
「お願いします」
*
2029年。
株式会社カナメにとって、大きな変化のあった一年だった。
年初には、井上が入社した。
春には藤井が加わり、4月には新卒二期生の中野を迎えた。
7月には開発部と業務部を正式に設置。
8月には岡元が入社し、9月には高瀬が業務部マネージャーとして加わった。
社員数は、役員を含めて12人。
年末の目標人数に到達していた。
「……いやあ、今年は人が増えましたね」
金目が言うと、三宅がうなずいた。
「そうですね。採用手続きも、ずいぶん増えました」
「来年は、もうちょっと落ち着きますかね?」
三宅は、資料を確認した。
「2030年末の目標は18人ですよ」
「……そうでしたね」
西田が笑った。
「まだ増やすんやろ?」
「せやな」
金目も笑った。
「……まあ、仕事増やさなあかんけどな」
*
高瀬が、今年の業績について説明した。
売上。
利益。
人件費。
固定費。
受注残。
そして、資金繰り。
数字は、昨年より大きくなっていた。
しかし、人が増えた分、毎月必要な費用も増えている。
「売上は伸びていますが、固定費も増加しています」
高瀬が説明した。
「来年も採用を進めるのであれば、継続的な利益と資金繰りを確認していく必要があります」
金目はうなずいた。
「せやな。給料は毎月払わなあかんからな」
「そうですね」
「売上だけ増えても、利益残らへんかったら意味ないし」
西田が口を開いた。
「開発部の方も、人増やしたらすぐ仕事増やせるわけちゃうからな」
「そうやね」
「教育もあるし、レビューもある。最初はむしろ手間増えるで」
金目はうなずいた。
「ほな、採用と受注のバランスはちゃんと考えなあかんな」
高瀬が続けた。
「それと、11月にご相談いただいた在庫管理システムの件ですが、現在も条件調整中です」
「ああ、あれですね」
「はい。段階導入の方向で再協議していますが、まだ正式受注には至っていません」
金目は、少し考えた。
「まあ、条件が合えば受けたいですけど、無理はせんときましょう」
西田がうなずいた。
「了解」
「既存のお客さんとの約束もあるしな」
「せやな」
*
会議は、来年の計画へ進んだ。
2030年1月には、営業専任者の採用を予定している。
4月には、小川悠斗が入社する。
さらに、年末までに社員数18人を目指す。
「営業の方は、そろそろ俺一人では限界やと思うねん」
金目が言った。
「今までは、俺が商談して、田村さんらに案件の調整をお願いしとったけど」
高瀬がうなずいた。
「営業担当を採用することで、商談の数を増やすということですね」
「そうです。ただ、採ったらすぐ売上増えるとは思ってへんので」
「そうですね。立ち上がりには時間が必要です」
「そのために、営業のやり方も少しずつ整理し始めています」
三宅が尋ねた。
「採用後の受け入れについても、準備しておきましょうか」
「お願いします」
西田が口を開いた。
「開発部の方も、小川君が入ってくるからな」
「そうやな」
「また教えること増えるで」
「……頼むわ」
西田が笑った。
「まあ、任せとき」
金目は、少し考えた。
人を増やす。
仕事を増やす。
そして、会社を続けていく。
そのためには、今ある利益を、次の成長のために使う必要がある。
「……金を使うんは簡単やけど、ちゃんと返ってくるように使わなあかんな」
高瀬がうなずいた。
「そうですね。投資した結果を確認できるようにしておきましょう」
「お願いします」
金目は、資料を閉じた。
「ほな、来年もちゃんと儲けて、ちゃんと人増やしていきましょうか」
西田が笑った。
「ほんま、最後まで金の話やな」
「そら、給料払わなあかんからな」
四人は笑った。
こうして、年末の経営会議は終了した。
*
12月下旬。
株式会社カナメの最終営業日。
本町事業所には、社員たちが集まっていた。
普段はそれぞれの場所で仕事をしているため、全員が同じ場所に揃うのは珍しい。
金目。
三宅。
西田。
上田。
田村。
尾崎。
岩田。
井上。
藤井。
中野。
岡元。
高瀬。
十二人。
創業当初から考えれば、ずいぶん賑やかになった。
「……ほんまに十二人おるな」
金目がつぶやくと、田村が笑った。
「数えたらわかるやろ」
「いや、わかっとるけどな」
西田も笑った。
「社長が人数把握してへんかったら困るで」
「把握しとるわ!」
周囲に笑いが広がった。
金目は、少し照れくさそうに笑った。
「ほな、ちょっとだけ挨拶させてもらいます」
社員たちが、金目へ視線を向けた。
「今年も一年、ありがとうございました」
金目は、軽く頭を下げた。
「おかげさまで、今年は十二人まで増えました」
「来年は、もうちょっと増える予定です」
少し笑いが起きた。
「まあ、今年もよう増えたんですけどね」
金目も笑った。
「仕事も増えてきましたし、会社としてできることも増えました」
「ただ、無理して仕事を増やすつもりはありません」
金目は、少し間を置いた。
「ちゃんと仕事して、ちゃんと利益出して、みんなで長く続けていける会社にしたいと思っています」
社員たちは、静かに聞いていた。
「来年も、よろしくお願いします」
金目は、もう一度頭を下げた。
拍手が起きた。
そして、少し笑った。
「……ほな、今日は仕事の話はこれくらいにしましょうか」
田村が、すかさず言った。
「ほんまか?」
「ほんまや!」
また笑いが広がった。
「ほな、忘年会行きましょう!」
金目の声に、社員たちが立ち上がった。
*
本町事業所での年末挨拶を終えた社員たちは、忘年会の会場へ向かった。
金目が、会社を立ち上げる前から通っている馴染みの店だった。
今回の幹事は、新卒二期生の中野。
店の予約から人数の確認まで、任されていた。
「中野君、予約ありがとうな」
上田が声をかけた。
「いえ。でも、十二人分の予約って、ちょっと緊張しました」
「ちゃんと取れとるんやろ?」
「はい。カナメの中野で予約しています」
「ほな、大丈夫やろ」
そんな話をしながら、店の前に到着した。
金目が、いつもの調子で扉を開ける。
「まいどー!」
店主が顔を上げた。
「おお、いらっしゃい!」
そして、金目の後ろに続く社員たちを見た。
「……なんや、今日はえらい大人数やな」
「今日は会社の忘年会やねん」
「へえ、会社の?」
「せやで。十二人になったんよ」
店主は、少し驚いたようだった。
「……ちょっと待て。今日の十二人の予約って、お前んとこか?」
「ん? そうやで」
「カナメの中野さん?」
中野が、慌てて一歩前に出た。
「あ、はい! 予約した中野です!」
店主は、金目を見た。
「……なんや、先に言うといてくれたらええのに」
金目が笑う。
「いや、俺も予約したん知らんかったし」
「お前の会社の忘年会やろ!」
周囲から笑いが起きた。
店主は、少し呆れたように笑った。
「……ほんまに会社になったんやなあ」
「いや、前から会社や!」
「わかった、わかった。席用意しとるから、はよ入り」
社員たちは、笑いながら店内へ入っていった。
*
乾杯が終わると、店内は一気に賑やかになった。
普段はオンラインで仕事をしている社員たちも、今日は同じテーブルを囲んでいる。
上田と中野は、並んで座っていた。
「中野君、今年どうやった?」
上田が尋ねた。
「いやあ、あっという間でした」
「そうやろな」
「最初は、何をどうしたらいいのか全然わからなくて」
「俺もそうやったで」
「そうなんですか?」
「そらそうや。去年の今頃なんか、まだまだ教えてもらうことばっかりやったし」
中野は、少し笑った。
「でも、上田さんにはいろいろ教えていただきました」
「いやいや、俺もまだまだやで」
そこへ、岩田が口を挟んだ。
「でも、上田君も教える側になって、だいぶ変わったと思うで」
「そうですか?」
「うん。説明するために、自分でも整理するようになったやろ」
上田は、少し考えた。
「……確かに、そうかもしれません」
中野が笑った。
「来年は、僕も後輩ができるんでしょうか」
上田がうなずいた。
「小川君が入ってくるからな」
「……あの人ですよね」
「そうそう」
岩田が笑った。
「なかなか面白い子やで」
中野は、少し楽しそうに笑った。
「楽しみです」
*
別の席では、岡元と井上、藤井が話していた。
「そういえば、例の画面改善案件、どうなりました?」
井上が尋ねた。
「今、改修を進めています」
岡元が答えた。
「来年には、実際に使っていただける予定です」
「なるほど」
藤井が口を開いた。
「画面の構成が変わるなら、テスト環境も少し調整した方がよさそうですね」
「そうですね。そこは相談したいと思っていました」
井上もうなずいた。
「運用に入ってからの問い合わせも考えとかんとな」
「そうですね」
岡元は、少し笑った。
「皆さんに相談したいことが、まだまだあります」
そこへ、西田がやってきた。
「……お前ら、忘年会でも仕事の話しとるんか」
三人は、顔を見合わせた。
岡元が笑った。
「……つい」
西田も笑った。
「まあ、ええけどな。今日は飲もうや」
*
三宅と高瀬は、今年の仕事を振り返っていた。
「今年は、本当にいろいろありましたね」
三宅が言うと、高瀬がうなずいた。
「私は9月からですけど、それでも随分と変化がありました」
「そうですね」
「業務部の仕事も、まだまだ整理できそうです」
三宅は、少し笑った。
「来年も、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
高瀬も笑った。
「ただ、年明けから採用もありますからね」
「そうですね」
「また忙しくなりそうです」
三宅は、少し考えた。
「……まあ、今度は二人で考えられますから」
高瀬がうなずいた。
「そうですね」
二人は、グラスを合わせた。
*
尾崎は、あちこちの席を回りながら、社員たちと話していた。
上田たちの席では、若手の成長を聞き。
岡元たちの席では、技術の話に加わり。
三宅たちの席では、会社の仕事について話している。
「尾崎さん、ほんま、どこでも話せますね」
田村が笑った。
「いや、みんなの話聞いとるだけやで」
「それができるんがすごいんやって」
尾崎も笑った。
「まあ、いろんな仕事しとるからな」
田村はうなずいた。
「そういう人、おってくれると助かるわ」
「そら、よかった」
二人は笑った。
*
忘年会も、すっかり盛り上がっていた。
金目は、馴染みの店主と話し込んでいた。
「大将、最近どうなん?」
「何がや?」
「店の方や。なんか困っとることないん?」
「困っとること?」
「そうそう。予約の管理とか、仕入れとか。面倒なことないん?」
店主は、少し考えた。
「まあ、そらあるけどな」
「ほな、聞かせてえな」
「……なんでやねん」
「なんか楽にできるかもしれんやろ?」
金目は、上機嫌で笑った。
その様子を、少し離れた席から中野が見ていた。
「……あの、社長って、いつもあんな感じなんですか?」
上田が苦笑する。
「まあ、そうやな」
田村が笑った。
「昔からあんな感じやで」
「へえ……」
中野は、少し驚いたようだった。
そこで田村が、金目に声をかけた。
「おーい、金目君!」
「んー?」
「こんなときまで仕事かいな!」
上田も笑いながら続ける。
「社長、今日くらいパーッといきましょうよ!」
金目は、赤くなった顔で振り向いた。
「何言うてんねん!」
グラスを片手に、得意げに言った。
「俺はな、いつだって君らのために仕事のこと考えてんねん!」
一瞬、周囲が静かになった。
中野は、少し驚いたように金目を見た。
田村が吹き出した。
「……知っとるわ!」
西田も笑った。
「せやから今日くらい休め言うとるんやろ!」
「……あ、それもそうやな」
金目は、少し考えてから笑った。
「ほな、飲もか!」
「最初からそう言うてるやろ!」
店内に笑いが広がった。
*
忘年会が終わった。
社員たちは、それぞれ帰路についた。
最後に店を出たのは、金目と西田だった。
「……ええ店やな」
西田が言った。
「せやろ。昔から世話になっとるんよ」
「ほんま、ようここまで来たな」
「……せやな」
金目は、少し笑った。
「最初は、こんな人数になるとは思ってへんかったわ」
「俺もやで」
「最初の頃は、業務委託で手伝ってもらっとったのにな」
「せやな」
「それが今や、取締役で開発部のマネージャーやもんな」
西田が笑った。
「……今さら何言うとんねん」
「いや、改めて考えるとな」
二人は、少し笑った。
金目は、店の方を振り返った。
昔から通っている店。
以前は一人で来ることも多かった。
今では、社員十二人で忘年会を開くようになった。
「……ほんま、何がどうなるかわからんな」
西田がうなずいた。
「せやな」
金目は、少し考えた。
「まあ、来年も儲けなあかんけどな」
西田が呆れたように笑った。
「……まだ仕事の話するんかい」
「そら、社長やからな」
二人は笑った。
そして、それぞれの帰路についた。
*
翌朝。
金目は、自宅でパソコンを開いた。
昨夜は、ずいぶん楽しかった。
久しぶりに社員全員が顔を揃え、馴染みの店で飲んで、笑って。
少し飲みすぎた気もする。
「……まあ、ええ忘年会やったな」
金目は、社内チャットの雑談チャンネルを開いた。
忘年会の写真が、何枚も投稿されている。
上田と中野が並んで笑っている写真。
岡元と三宅が楽しそうに話している写真。
そして、グラスを片手に何かを熱弁している自分の写真。
「……ん?」
その下に、田村のコメントがあった。
『昨日の社長の名言、忘れられへんなあ』
金目は、首をかしげた。
『……何か言うたっけ?』
すぐに西田から返事が届いた。
『君らのために、いつだって仕事のこと考えてんねん! やろ』
金目は、画面を見つめた。
「…………」
『……俺、そんなこと言うたっけ?』
田村から返事が届いた。
『めっちゃ大声で言うとったで(笑)』
上田も続いた。
『僕も聞きました!』
中野まで反応した。
『すごく印象に残ってます』
金目は、しばらく画面を眺めていた。
「……あかん、全然覚えてへん」
そこへ、三宅からメッセージが届いた。
『社長、皆さん喜んでいましたよ』
金目は、少し考えた。
『……まあ、嘘は言うてへんと思うけど』
西田が、すかさず返した。
『ほな、シラフでも言うてみ?』
金目は、少し間を置いた。
『……それは恥ずかしいから勘弁して(笑)』
チャットに、次々と笑いのリアクションがついた。
金目は、少し笑った。
「……ほんま、余計なこと言うたなあ」
しかし、不思議と後悔はしていなかった。
言ったことは覚えていない。
けれど、そう思っていることだけは、間違いなかった。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、2029年最後のお話でした。
年末の経営会議から始まり、社員全員での忘年会。
普段はフルリモートで働いているカナメですが、こうして全員が顔を合わせる機会も、たまにはいいものですね。
さて、今回の金目は、酔った勢いでなかなか恥ずかしいことを言ってしまいました。
「いつだって君らのために仕事のこと考えてんねん!」
……翌朝には、きれいさっぱり忘れていましたが(笑)。
普段は利益や効率の話ばかりしている金目ですが、その根底には、社員たちが安心して働ける会社にしたいという思いがあります。
もっとも、本人はそんなことを改まって語るつもりなどなかったのでしょう。
お酒の力というのは、恐ろしいものですね。
そして、今回の忘年会では、普段あまり描けていなかった社員同士の交流も少しだけ盛り込んでみました。
仕事の場面では、それぞれの専門性や役割が中心になりますが、こうして集まれば、また違った一面も見えてきます。
会社は、制度や組織図だけでできているわけではありません。
そこで働く人たちがいて、初めて会社になるのだと思います。
さて、2029年もこれで終了です。
来年はいよいよ2030年。
新しい仲間を迎える予定もあり、カナメはまた少しずつ変わっていくことになります。
……せっかく社員名鑑を作ったばかりなんですけどね(笑)。
次回からは、2030年のお話へ。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




