↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第二章 増えていく席
PR
44/133

値引きではなく

「……なるほど。ご予算のご相談ですね」


 金目は、少し笑った。


 画面の向こうでは、顧客の上司がうなずいていた。


「ええ。できれば、70万円くらいでお願いできませんか?」


 80万円。


 それが、株式会社カナメの提示した見積金額だった。


 顧客の希望は70万円。


 差額は10万円。


 金目は、すぐには答えなかった。


「70万円ですね。ちなみに、一つ確認させていただいてもよろしいですか?」


「はい」


「今回の改善で、一番期待されているのはどの部分でしょう?」


 顧客の上司は、少し考えた。


「やっぱり、毎日の入力作業が楽になることですね」


「なるほど」


「今のシステムでも仕事はできていますけど、毎日何十回も同じ操作をしていますから」


「そうですよね」


 金目はうなずいた。


「でしたら、そこは削らない方がいいと思います」


「……といいますと?」


「今回の改善は、毎日の操作を減らすことが目的です。そこを削ってしまうと、せっかく費用をかけていただく意味が薄くなってしまいます」


 顧客の上司は、資料を見直した。


「なるほど……」


「もちろん、ご予算に合わせて内容を調整することはできます」


「そうなんですね」


「はい。ただ、同じ内容をそのまま安くするのは難しいですね」


 金目は、穏やかに答えた。


 値引きを求められること自体は、珍しくない。


 顧客には顧客の予算がある。


 その中で、少しでもよい条件を求めるのは自然なことだった。


 しかし、カナメにも守るべき利益がある。


 80万円で提供する仕事を、理由もなく70万円で引き受けるつもりはなかった。


     *


「岡元さん、少し確認してもええですか?」


 金目が尋ねた。


「はい」


「今回の改善案で、後からでも対応できるものはあります?」


 岡元は、資料を確認した。


「そうですね。いくつかあります」


「例えば?」


「画面内の補助表示や、一部の操作案内などは、後から追加することもできます」


「なるほど」


「ただ、主要な画面遷移の削減は、今回まとめて対応した方がいいと思います」


「そうですね」


「それと、権限制御や既存機能への影響確認、テストは省略できません」


 金目はうなずいた。


「そこは削らんときましょう」


 顧客の上司が尋ねた。


「では、一部の機能を後回しにすれば、70万円に収まる可能性はあるということですか?」


「はい。改修範囲を整理すれば、可能性はあります」


 金目は答えた。


「ただし、どの機能を後回しにするかによって、改善効果も変わる可能性があります」


「なるほど」


 田村が口を開いた。


「今回、日常的に使われている操作については、なるべく優先した方がええと思います」


 顧客担当者がうなずいた。


「そうですね。毎日使うところですから」


「はい。逆に、使用頻度が低い部分は、後から対応する方法もあります」


 金目は、少し考えた。


「でしたら、一度こちらで整理して、二つの案をご用意しましょうか」


「二つの案ですか?」


「はい。当初の改善範囲をすべて実施する案と、主要な改善を優先する案です」


「なるほど」


「それぞれ、何が変わるのか、どこまで対応するのかを明確にします」


 顧客の上司は、少し安心した様子だった。


「それなら、社内でも検討しやすいですね」


「ありがとうございます」


 金目は、少し笑った。


「では、改めてご提案させていただきます」


     *


 商談が終わった。


 顧客がオンライン会議から退出すると、金目と田村、岡元の三人が残った。


「……ほな、整理しましょうか」


 金目が言うと、岡元がうなずいた。


「はい。後回しにできる項目を確認します」


「お願いします。ただ、無理に70万円に合わせる必要はないですよ」


「そうなんですか?」


「はい。必要な品質を削ってまで安くするつもりはありませんから」


 岡元は、少し安心した。


「わかりました」


 田村が口を開いた。


「まあ、70万円でも利益は出るんちゃう?」


 金目は、少し考えた。


「出ると思うで。もちろん、作業範囲を調整した場合やけどな」


「せやろ?」


「うん」


「ほな、なんで80万円にこだわるん?」


 金目は、少し笑った。


「……そら、80万円で売れるもんを70万円で売る理由ないやろ」


 田村も笑った。


「まあ、そうやな」


「10万円あったら、社員に還元することもできるし、次の仕事に投資することもできる」


「なるほど」


「会社やってる以上、1円でも高く売りたいわ」


 金目は、少し間を置いた。


「もちろん、それだけの価値は出さなあかんけどな」


 田村はうなずいた。


「……ほんま、商売人になったなあ」


「そうか?」


「昔は、そんなこと言うてへんかったやろ」


「そら、昔は自分の給料のことしか考えてへんかったしな」


 金目は、少し笑った。


「今は、みんなの給料も考えなあかんから」


 田村も笑った。


「……なるほどな」


 岡元は、二人のやり取りを聞きながら、少し考えていた。


「あの、一つ聞いてもいいですか?」


 金目が振り向いた。


「はい、どうぞ」


「70万円でも利益が出るなら、そちらを選んでもいいのではないでしょうか?」


 金目は、少し笑った。


「もちろん、それでもええんですよ」


「そうなんですね」


「ただ、岡元さん。同じ仕事をして80万円いただけるなら、そっちの方がええと思いません?」


「……それは、そうですね」


「もちろん、お客さんに80万円の価値を感じてもらえることが前提ですけどね」


 金目は続けた。


「それに、今回の80万円には、岡元さんたちの仕事の対価も含まれてるんですよ」


「私たちの、ですか?」


「そうです。開発する人の給料も、次の仕事への投資も、全部そこから出てくるんです」


 金目は、少し笑った。


「せっかくええ仕事してくれたんやから、安売りしたくないんですよ」


 岡元は、少し驚いた。


 自分が作った改善案。


 それを金目は、きちんと価値のあるものとして扱ってくれている。


「……ありがとうございます」


「ん? 何がです?」


「自分の仕事を、ちゃんと評価していただいているんだなと思って」


「そらそうですよ」


 田村が横から口を挟んだ。


「まあ、金目君は昔からそういうとこあるからな」


「そうなん?」


「ええ仕事には、ちゃんと値段つけたいんやろ?」


「……まあ、そうやな」


 田村は、にやりと笑った。


「ほな、賞与も期待してええんか?」


 金目は、一瞬黙った。


「……うち、年俸制やで?」


「知っとるわ(笑)」


「しかも、まだ受注も決まってへんし!」


「夢のない社長やなあ」


「利益出すんが俺の仕事やからな」


 田村は、少し考えるふりをした。


「ほな、来年の年俸査定、楽しみにしとくわ」


「……そっちで来たか!」


 岡元は、思わず吹き出した。


「ふふっ」


 金目も、笑っていた。


「まあ、ちゃんと成果は評価するで」


 田村がうなずく。


「期待しとくわ」


「……ほんま、油断も隙もないな」


 三人は、もう一度笑った。


     *


 翌日。


 西田、岡元、田村、高瀬、金目の五人で、改修範囲の確認が行われた。


 岡元が、画面に二つの案を表示した。


『A案 80万円』


『B案 70万円』


 どちらも税別だった。


 A案は、当初の改善範囲をすべて実施する。


 B案は、主要な操作改善を優先し、一部の利便性改善を後回しにする。


 西田が、資料を確認した。


「権限制御とテストは、どっちも同じようにやるんやな?」


「はい。そこは省略していません」


「了解」


 岡元は続けた。


「B案では、使用頻度の低い補助表示と、一部の操作案内を対象外にしています」


「なるほど」


「主要な画面遷移の削減は、どちらも実施します」


 金目が尋ねた。


「じゃあ、毎日の操作時間を減らす効果は、どっちも期待できるんですね?」


「はい。ただし、B案では一部の操作について、A案ほどの改善は見込めません」


「なるほど」


 高瀬が口を開いた。


「採算についても確認しました。どちらの案でも、必要な利益は確保できる見込みです」


「ありがとうございます」


「ただ、B案は作業範囲を減らしていますので、10万円の差がそのまま利益の差になるわけではありません」


「そうですね」


 金目はうなずいた。


 安くするなら、作業範囲も変える。


 しかし、品質は落とさない。


 そして、どちらの案でも利益を確保する。


 それが、今回の提案の基本方針だった。


「……ほな、これでいきましょうか」


 西田がうなずいた。


「ええと思うで」


 高瀬も答えた。


「契約条件も、問題ないと思います」


 田村が資料を確認した。


「ほな、お客さんに送っとくわ」


「お願いします」


     *


 数日後。


 田村から、顧客へ二つの見積もり案が送られた。


 A案。


 80万円。


 当初の改善範囲をすべて実施。


 B案。


 70万円。


 主要な操作改善を優先し、一部の利便性改善を後回しにする。


 どちらも、必要な品質確認は実施する。


 金目は、送付された資料を確認した。


 価格。


 改修範囲。


 期待できる改善効果。


 そして、対象外となる項目。


 それぞれが、明確に整理されていた。


 あとは、顧客の判断を待つだけだった。


 金目は、少し笑った。


「……さて、どっち選んでくれるかな」


 できれば、80万円の方を選んでほしい。


 それが、経営者としての本音だった。


 しかし、70万円の案を選ばれたとしても、きちんと仕事をする。


 どちらも、カナメが責任を持って提供できる内容だった。


 金目は、次の仕事に取りかかった。


     *


 10月の下旬。


 株式会社カナメの本町事業所に、一通のメールが届いた。


 差出人は、画面改善を提案していた顧客の担当者だった。


『お見積もりについて』


 田村は、メールを開いた。


 先日提出した二つの提案について、社内で検討した結果が記されている。


 田村は、内容を読み進めた。


 そして、少し笑った。


「……おっ」


 すぐに金目へ連絡した。


『金目君、ちょっとええ知らせやで』


『何でしょう?』


『例の画面改善の件、返事来たわ』


『おお、どうでした?』


『A案でお願いしたいって』


『……ほんま?』


『ほんまや。80万円の方』


 金目は、思わず笑った。


『よっしゃ!』


『先方の社内承認も通ったらしいで』


『それはありがたいな』


『正式な発注手続きに進めたいそうや』


『了解。高瀬さんにも共有しときます』


 金目は、もう一度メールを確認した。


 80万円。


 税別。


 当初の見積もりどおりだった。


 もちろん、まだ正式な発注書が届いたわけではない。


 しかし、顧客が自分たちの提案を選んでくれた。


 それだけでも、うれしかった。


     *


 数日後。


 金目と田村は、顧客とのオンライン打ち合わせに参加していた。


 画面の向こうには、これまで商談を重ねてきた担当者と、その上司がいる。


「今回は、A案で進めたいと考えています」


 上司が説明した。


「ありがとうございます」


 金目は、軽く頭を下げた。


「差し支えなければ、一つ伺ってもよろしいですか?」


「はい」


「今回、80万円の案を選んでいただいた理由を教えていただけますか?」


 上司は、少し考えた。


「そうですね。最初は、70万円の案でも十分かと思っていたんです」


「なるほど」


「ただ、現場の担当者とも話しまして」


 隣の担当者がうなずいた。


「毎日使うものなので、できれば最初から使いやすくしてほしいという意見が多かったんです」


「そうだったんですね」


「もちろん、予算は気になります。でも、あとから追加で改修するとなれば、そのときにまた費用がかかりますよね」


「そうですね。改めて確認やテストが必要になる部分もありますので」


 上司はうなずいた。


「それなら、今回まとめて対応していただいた方がいいだろうと判断しました」


 金目は、少し笑った。


「ありがとうございます。そう言っていただけると、こちらもうれしいです」


「ただ、ひとつお願いがありまして」


「はい。何でしょう?」


「実際に使い始めてから、現場の人間が戸惑わないようにしていただきたいんです」


「なるほど」


「今の画面に慣れている人も多いので」


 金目はうなずいた。


「そこは大事ですね」


 田村が口を開いた。


「切り替え前に、実際に使われる方にも確認していただく形にしましょうか」


「そうしていただけると助かります」


「承知しました。具体的な進め方は、開発側と整理してご案内します」


 金目も続けた。


「せっかく費用をかけていただくので、使い始めてから困らないように進めたいと思います」


「よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 打ち合わせは、穏やかな雰囲気で終了した。


     *


 正式な発注書が届いたのは、その翌日だった。


 改修金額、80万円。


 税別。


 改修範囲は、当初提案したA案。


 金目は、高瀬からの契約確認を受け、内容を確認した。


 問題はない。


 正式に受注が決まった。


 金目は、開発部の関係者へ連絡した。


『画面改善案件、80万円で正式受注しました。皆さん、ありがとうございます』


 西田から返事が届いた。


『おお、決まったんやな。了解!』


 岡元からも、すぐに返事があった。


『ありがとうございます! よかったです!』


 金目は、少し笑った。


 その後、岡元と短い打ち合わせを行った。


「岡元さん、正式に決まりましたよ」


「はい! 先ほど確認しました」


「おめでとうございます」


 岡元は、少し驚いた。


「……私が、ですか?」


「そうですよ。岡元さんが提案してくれた改善案が、ちゃんと仕事になったんですから」


「ありがとうございます」


「もちろん、これから作るんですけどね」


「そうですね」


 岡元は笑った。


「でも、うれしいです」


「そうでしょうね」


「前の会社でも開発の仕事はしてきましたけど、今回は自分から改善を提案して、お客様に見ていただいて、それが正式な仕事になったので」


「なるほど」


「自分の考えたことが、こうやって形になるんですね」


 金目はうなずいた。


「そうですね。ただ、まだ半分ですよ」


「半分、ですか?」


「はい。提案して、買っていただくところまでが半分」


 金目は、少し笑った。


「残り半分は、ちゃんと作って、使っていただくことです」


 岡元もうなずいた。


「はい。そこは、しっかりやります」


「期待してますよ」


「ありがとうございます」


 金目は、少し考えてから続けた。


「あと、今回の改善効果については、納品後にも確認できるとええですね」


「そうですね」


「試作環境では40秒短縮できましたけど、実際に使っていただいてどうなるかは、まだわかりませんから」


「はい。実運用での結果も確認できるように考えてみます」


「お願いします」


 岡元は、資料を開いた。


 改修は、これから始まる。


 しかし、以前とは少し違う気持ちで仕事に向き合えそうだった。


 自分が作りたいものを作るだけではない。


 顧客が必要としているものを、約束した内容で届ける。


 その仕事に、80万円という対価が支払われる。


 岡元は、もう一度見積書を眺めた。


 そこに書かれた金額が、以前よりも少し重く感じられた。


     *


 10月末。


 金目と田村は、今回の商談を振り返っていた。


 オンライン会議の画面には、見積書と提案資料が並んでいる。


「……いやあ、よかったな」


 田村が言った。


「ほんまですね」


「80万円、満額やろ?」


「せやで。1円も負けへんかった」


 金目は、少し得意げに笑った。


 田村も笑った。


「ほんま、そこは譲らへんなあ」


「そら、価値があると思って出した値段やからな」


「まあ、そうやな」


 金目は、資料を確認した。


 最初の見積もり。


 顧客からの値引き相談。


 二つの改修案。


 そして、最終的な発注内容。


「でも、70万円の案も作ってよかったと思うで」


 田村が言った。


「そうやな」


「お客さんも、何が違うんか比較できたし」


「うん」


「値段だけやなくて、何を優先するか考えてもらえたんやろな」


 金目はうなずいた。


「せやと思う」


 田村は、少し考えた。


「なあ、金目君」


「ん?」


「今回の説明って、ほかの人でもできると思う?」


 金目は、少し考えた。


「……どうやろな」


「例えば、俺が同じ資料持って行ったら、同じように売れると思う?」


「田村さんやったら、できるんちゃう?」


「いや、そういう話やなくてな」


 田村は、少し笑った。


「何をどういう順番で説明するかとか、値引きの話が出たときにどう返すかとか」


「ああ、なるほど」


「そういうの、金目君の頭の中にしかないんちゃう?」


 金目は、資料を見直した。


 確かに、今回の商談で使った説明は、事前に細かく決めていたわけではなかった。


 顧客の反応を見ながら、話す順番を変えた。


 金額に驚かれたときには、まず相手の認識を受け止めた。


 そして、技術的な説明ではなく、業務改善の効果を伝えた。


 値引きを求められたときには、価格を下げる前に、必要な価値を確認した。


 どれも、これまでの経験から自然に行っていたことだった。


「……確かに、そうかもしれんな」


 金目が答えた。


 田村はうなずいた。


「来年、営業担当を採る予定なんやろ?」


「そうやな」


「ほな、こういうのも整理しとかなあかんのちゃう?」


「……せやな」


 金目は、少し考えた。


 営業担当を採用する。


 それだけで、今まで自分がしてきた仕事を任せられるわけではない。


 何を大切にしているのか。


 どんな順番で話すのか。


 どこまで譲ってよいのか。


 何を守らなければならないのか。


 そうしたことを、伝えられる形にする必要があった。


「……ほな、営業のやり方も資料にしとこうか」


 田村が笑った。


「また仕事増やしとるやん」


「……ほんまやな」


 二人は笑った。


     *


 その日の午後。


 金目は、新しい資料を作り始めた。


『営業提案の基本方針』


 最初に書いたのは、価格の話ではなかった。


『顧客が何に困っているのかを理解する』


 次に、


『提供できる価値を明確にする』


 そして、


『価値に見合う価格を提示する』


 金目は、少し考えた。


 さらに、項目を追加した。


『値引きではなく、提供範囲の調整を検討する』


『品質と採算を守る』


『受注できない場合も、無理な条件は引き受けない』


 そこまで書いて、手を止めた。


「……なんか、当たり前のことばっかりやな」


 思わず、そんな言葉が出た。


 しかし、当たり前だと思っていることほど、他人に説明するのは難しい。


 自分にとって自然な判断でも、経験のない人にはわからないことがある。


 金目は、もう一度資料を見直した。


 まだ、十分ではない。


 具体的な商談の進め方や、判断に迷ったときの基準も必要だろう。


 ただ、最初から完璧な資料を作る必要はない。


 まずは、今回の商談を一つの事例として残しておけばいい。


 金目は、資料の最後に追記した。


『事例01 業務システム画面改善案件』


『当初見積額:80万円』


『顧客希望額:70万円』


『最終受注額:80万円』


『対応:価格据え置き案と範囲縮小案を提示し、顧客が当初案を選択』


 保存する。


 それだけだった。


 しかし、これまで金目一人の経験に頼っていた営業の仕事が、少しだけ形になった。


     *


 金目は、画面を閉じた。


 今回の受注は、80万円。


 会社全体から見れば、決して大きな金額ではない。


 しかし、岡元が改善案を考え、西田が実現性を確認し、田村が顧客の業務を整理し、高瀬が採算を確認した。


 そして、金目がその価値を顧客に伝えた。


 それぞれの仕事が、一つの受注につながった。


 金目は、少し笑った。


「……ええ商売できたな」


 もちろん、これから開発して、納品しなければならない。


 仕事は、まだ終わっていない。


 それでも、今回の商談で得られたものは、売上だけではなかった。


 技術を価値に変えること。


 価値を価格に変えること。


 そして、その方法を次の誰かへ渡せるようにすること。


 株式会社カナメは、また一つ、新しい仕事の進め方を覚え始めていた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、前回から続く価格交渉のお話でした。


80万円の見積もりに対して、お客様の希望は70万円。


結果として、当初の80万円で正式に受注することができました。


さて、今回の金目は、少し商売人らしい一面を見せてくれました。


「会社やってる以上、1円でも高く売りたい」


なかなか率直な言葉ですね(笑)。


ただ、これは単に利益を増やしたいというだけの話ではありません。


会社を続けるためには、利益が必要です。


社員の給与も、新しい設備への投資も、将来の事業拡大も、そこから生まれます。


一方で、お客様にも予算があります。


だからこそ、金目は無理に値引きを断るのではなく、価格に応じて提供する内容を変えるという選択肢を示しました。


大切なのは、安く売ることでも、高く売ることでもなく、お互いが納得できる取引にすること。


……もっとも、金目としては、納得していただけるなら高く売りたいのでしょうけど(笑)。


そして、もう一つ。


今回の田村の「ほな、賞与も期待してええんか?」という一言。


残念ながら、カナメは年俸制で賞与がありません。


それを知ったうえで、あえて社長をからかう田村。


金目との長い付き合いが感じられる、ちょっとしたやり取りでした。


さて、今回の受注をきっかけに、金目は自分の営業方法を整理し始めました。


これまで自分一人でやってきた仕事を、どうすればほかの人にも任せられるのか。


会社が大きくなるにつれて、そんな課題も増えていきそうです。


次回は、また別の経営判断のお話。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。