もう一度、ここへ
2029年6月下旬。
株式会社カナメの本町事業所で、金目は一人、面接の準備をしていた。
机の上には、二組の資料がある。
一つは、3月のインターンで小川悠斗が提出したもの。
もう一つは、今回の再応募に添えられていたものだった。
コードは、ほとんど変わっていない。
しかし、資料には新しい項目が増えていた。
目的と達成条件。
判断理由。
検証の終了条件。
残存リスク。
3月には、なかったものばかりだった。
「……ほんまに変わったんかな」
金目は、小さくつぶやいた。
一次面接を担当した西田からは、小川がずいぶん自信満々だったと聞いている。
ほかの応募者が困惑するほど、堂々としていたらしい。
金目は、少し笑った。
しかし、採用するかどうかは別の話だった。
*
午前10時。
会議室の扉が開いた。
「失礼します。本日はよろしくお願いいたします」
小川が入ってきた。
「小川君、久しぶりやね」
「お久しぶりです」
「……いや、ほんまにまた来るとは思わんかったわ」
「はい。前回の課題を改善できましたので」
金目は笑った。
「西田さんから聞いたで。一次面接、えらい自信満々やったらしいな」
「はい。自信があります」
「……おもろいなあ」
「ありがとうございます」
「いや、褒めてるんやけどな」
小川も笑った。
「ほな、今日は詳しく聞かせてもらおうか」
「よろしくお願いします」
金目は資料を開いた。
「まず、3月にうちで何を指摘されたか、覚えてる?」
「はい。技術的な調査や設計は評価していただきましたが、判断を終えるのが遅いと指摘されました」
「そうやね」
「複数の方法を比較して、さらによい方法があるかもしれないと検証を続けてしまっていました」
「なるほど」
「なので、実際の仕事で改善しようと思いました」
「それ、どうやって?」
「不採用をいただいた翌日に、専門学校の先生へ相談しました」
金目は、少し目を丸くした。
「……翌日?」
「はい」
「……早いな」
「改善するなら、早い方がいいと思ったので」
金目は、思わず笑った。
「ほんま、おもろい子やな」
*
小川は、町工場の工程管理システムについて説明を始めた。
最初に示したのは、プログラムではなかった。
『顧客の目的と制約条件』
「お客様は、製品ごとの進捗を事務所から確認したいと考えていました」
「なるほど」
「そこで、設備と連携して自動更新する方法と、作業者が工程完了時に更新する方法を比較しました」
「ほう」
「今回は、手動更新を選びました」
「なんで?」
「要求を満たせますし、予算と期限の範囲で実現できるからです」
金目はうなずいた。
「その判断は、小川君がしたん?」
「はい。僕が提案して、先生とお客様に確認していただきました」
「なるほど」
「契約や納品の最終責任は先生にありますので、そこは僕の判断だけでは決められません」
金目は、少し感心した。
自分の判断と、責任者が決めることを分けて考えられている。
「それで、うまくいったん?」
「最初は、問題がありました」
「ほう」
「作業者の方が、工程完了の更新を忘れてしまうことがあったんです」
「なるほど。どうしたん?」
「現場を確認して、作業者が必ず立ち寄る場所に共用端末を置くことを提案しました」
「機能は増やさんかったん?」
「はい。まず、運用を変える方が適切だと判断しました」
「なるほど」
「操作画面も少し見直して、最終的には納品できました」
金目は、資料を見直した。
3月の小川は、技術的な正解を探し続けていた。
しかし、今回は顧客の目的から考え、自分で方法を選んでいる。
そして、問題が起きても必要なところを修正していた。
*
「小川君、一つ聞いてもええ?」
「はい」
「今回、最初の設計では更新忘れまで考えられてへんかったんやろ?」
「そうですね」
「ほな、最初の判断は間違いやったんかな?」
小川は、少し考えた。
「……いえ。あの時点では、妥当な判断だったと思います」
「そうなん?」
「はい。ただ、現場の運用を十分に確認できていなかったことは反省しています」
金目はうなずいた。
「なるほど」
「問題が起きたからといって、最初の判断がすべて間違いだったとは限らないと思います」
「ほう」
「何が想定と違っていたのか確認して、必要なら判断を見直せばいいと考えています」
金目は、少し笑った。
「……そうやな」
そして、資料を閉じた。
「ほな、小川君」
「はい」
「君はどう考える?」
小川は、少し顔を上げた。
「……何についてでしょうか?」
金目は、少し笑った。
「これから技術者として仕事をしていくうえで、何を一番大事にしたい?」
小川は、少し考えた。
「……何のために作るのか、だと思います」
「なるほど」
「以前は、技術的に一番よい方法を選ぶことばかり考えていました」
「うん」
「でも、今回の仕事で、それがお客様にとって一番よい方法とは限らないとわかりました」
金目は、静かにうなずいた。
「だから、技術を使って何を実現したいのか。それを忘れずに仕事をしたいです」
「……ええと思うで」
金目は、少し笑った。
答えを教えるのではなく、相手の考えを聞く。
それは、金目にとって特別なことではなかった。
*
金目は、もう一度資料を開いた。
「小川君、前と何が一番変わったと思う?」
「判断の仕方です」
小川は、迷わず答えた。
「技術力は、そんなに変わっていません」
「そうなん?」
「はい。前回も技術的な部分は評価していただけたので」
「なるほど」
「今は、最初に目的と制約を整理して、どこまで確認したら判断するかを決めています」
金目はうなずいた。
「……ようわかった」
「ありがとうございます」
金目は、少し考えた。
3月に採用を見送った理由は、確かにあった。
しかし、今の小川は、その課題を自分で改善してきた。
しかも、実際の仕事を通じて。
金目は、少し笑った。
「……ほな、最後に」
「はい」
「ちょっと、意地悪な質問してもええ?」
小川は、少し笑った。
「はい。どうぞ」
「……ほな、いくで」
金目は、少し笑った。
「まず、小川君が選んだ方法より、もっとええ方法が後から見つかったらどうする?」
小川は、少し考えた。
「まず、どの点で優れているのかを確認します」
「ほう」
「そのうえで、今の方法を変更する価値があるか判断します」
「もう納品したあとでも?」
「はい。ただ、変更することで得られる効果と、費用やリスクを比較する必要があります」
「なるほど」
「よい方法が見つかったからといって、必ず変更するべきとは限らないと思います」
金目はうなずいた。
「……ほな、次」
「はい」
「小川君が選んだ方法で障害が起きた。お客さんは怒っとる。どうする?」
小川は、少し表情を引き締めた。
「まず、影響範囲を確認して、復旧を優先します」
「うん」
「同時に、責任者へ報告します。自分だけで対応できない場合は、すぐに協力を求めます」
「なるほど」
「その後、原因を調査して、再発防止策を考えます」
金目は、少し考えた。
「自分が決めた方法やのに、人に助けてもらうん?」
「はい」
小川は、迷わず答えた。
「自分が判断したからといって、一人で全部対応することが責任だとは思いません」
「……ほう」
「お客様への影響を小さくすることが、先だと思います」
金目は、静かにうなずいた。
「……なるほどな」
そして、三つ目の質問をした。
「小川君が正しいと思った方法を、上司が却下したら?」
「まず、理由を確認します」
「理由も、ようわからんままやったら?」
「自分の案の根拠と、懸念していることを説明します」
「それでも却下されたら?」
小川は、少し考えた。
「重大なリスクがあるなら、もう一度相談します。必要なら、ほかの責任者にも確認をお願いします」
「なるほど」
「ただ、重大な問題がなくて、最終的な判断が上司にあるのであれば、その方針で進めます」
金目は、少し笑った。
「自分の案の方がええと思っとっても?」
「はい」
「なんで?」
「自分の案が採用されることが、仕事の目的ではありませんから」
金目は、一瞬黙った。
小川は続けた。
「もちろん、間違っていると思うことを黙って進めるつもりはありません。でも、必要なことを伝えたうえで決まった方針なら、その中でできることを考えます」
金目は、ゆっくりとうなずいた。
「……ええ答えやと思うで」
「ありがとうございます」
金目は、資料を閉じた。
「ほな、最後」
「はい」
「今回も不採用やったら、どうする?」
小川は、ほとんど間を置かずに答えた。
「別の会社を受けます」
金目は、思わず笑った。
「……即答やな」
「はい」
「もう一回うちを受けようとは思わへんの?」
「今のところは、考えていません」
「そうなん?」
「はい。前回指摘された課題は改善しましたし、技術力にも自信がありますので」
金目は、少し考えた。
「なるほど」
小川は続けた。
「ただ、御社で働きたいので、今回もう一度応募しました」
「……ほう」
「そのうえで採用いただけないのであれば、別の会社で経験を積もうと思います」
金目は、少し笑った。
「……そら、採る方もちゃんと考えなあかんな」
小川も笑った。
*
面接が終わった。
小川が退室すると、金目はしばらく席に座っていた。
3月に会ったときと、技術力はそれほど変わっていないのかもしれない。
しかし、仕事に対する考え方は明らかに違っていた。
何を目的にするのか。
どこで判断するのか。
問題が起きたらどうするのか。
そして、自分の判断が採用されなかったときにどうするのか。
小川は、どの質問にも自分の言葉で答えた。
金目は、面接記録をまとめた。
*
その日の午後。
金目は、西田、田村、三宅と採用について話し合っていた。
「……小川君、どうやった?」
西田が尋ねた。
「だいぶ変わっとったで」
「そうなん?」
「うん。判断の仕方が、ちゃんと変わっとる」
田村が口を開いた。
「実案件の方も、本人がどこまで担当したか確認できたん?」
「できたで。最終責任は先生やけど、設計方針は本人が考えて提案しとった」
「なるほど」
三宅が、評価資料を確認した。
「一次面接の評価も、技術面と業務適性の両方で良好でした」
金目はうなずいた。
西田が言った。
「ほな、採用でええんちゃう?」
「そうやな」
金目は、少し考えた。
「……あのとき落としたん、間違いやったかな」
西田は首を振った。
「いや、あのときはあの判断でよかったんちゃう?」
「そうか」
「3月の小川君と、今の小川君は違うやろ」
「……せやな」
「それに、あのとき採っとったら、今みたいな経験はしてへんかもしれんで」
金目は、少し笑った。
「……なるほどな」
過去の判断を、無理に正しかったことにする必要はない。
ただ、あのときはあのときの条件で判断した。
そして今は、条件が変わっている。
金目は、資料を閉じた。
「……ほな、採用しようか」
三宅がうなずいた。
「承知しました。条件を整理して、正式にご連絡します」
*
6月の終わり。
小川のもとに、株式会社カナメから連絡が届いた。
『選考結果のご連絡』
小川は、メールを開いた。
採用内定。
入社予定は、2030年4月。
小川は、少し笑った。
「……よし」
自信はあった。
しかし、実際に結果を見ると、やはりうれしかった。
その後、三宅から提示された条件を確認し、正式に内定を承諾した。
金目からも、短い連絡が届いた。
『今度は、一緒に仕事しましょう』
小川は、少し考えてから返信した。
『はい。よろしくお願いします』
*
同じ頃。
本町事業所で、三宅は採用管理表を更新していた。
小川悠斗。
3月のインターン選考。
『不採用』
その記録は、残っている。
そして、今回の選考履歴に新しい結果が追加された。
『2029年6月 内定承諾』
『2030年4月 入社予定』
三宅は、内容を確認して保存した。
一度不採用になった学生が、わずか数か月で戻ってきた。
そして、今度は内定を勝ち取った。
金目は、その報告を確認して少し笑った。
「……ほんま、おもろい子やな」
株式会社カナメに、また一人、新しい仲間が加わることになった。
ただし、それはまだ、次の春の話だった。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、小川悠斗の二次面接と、その結末を描きました。
前回の後書きで、筆者自身にも一度不採用になった会社へ短期間で再応募した経験があるとお話ししました。
今回は、その続きです。
実は筆者も、再応募後の選考を通過し、無事に内定をいただきました。
……本当に採用されることもあるんです(笑)。
もちろん、小川くんが経験した町工場での開発や、判断力を身につけていく過程は創作です。
ただ、一度不採用になったからといって、そこで可能性がなくなるわけではありません。
足りないものを補い、もう一度挑戦する。
そして、採用する側も、過去の判断にとらわれず、今の相手を評価する。
そんなお話になりました。
さて、小川くんは無事に内定を勝ち取りました。
次回からは、再び株式会社カナメの日常へ戻ります。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




