普通じゃない応募者
2029年6月。
株式会社カナメの本町事業所で、三宅は採用管理表を確認していた。
新しい応募が、一件。
応募者の氏名を見て、手が止まった。
『小川悠斗』
「……え?」
三宅は、もう一度名前を確認した。
同姓同名だろうか。
しかし、応募履歴を照合すると、間違いなかった。
3月に一か月間のインターンへ参加し、月末に不採用となった学生だった。
「……まだ三か月も経っていませんよね?」
三宅は、しばらく画面を見つめた。
応募書類には、以前とは違う資料が添付されている。
そして、本人からのメッセージがあった。
『前回ご指摘いただいた課題について、改善した成果をご説明したく、改めて応募いたしました。』
三宅は、少し考えた。
一度不採用になった会社へ、これほど短期間で再応募する人は珍しい。
まして、まだ学生である。
いったい何があったのだろう。
三宅は、西田と田村に連絡した。
『少し驚くご報告があります』
『何でしょう?』
『以前インターンに参加された小川悠斗さんから、再応募がありました』
西田から、すぐに返事が届いた。
『……は?』
『小川君です』
『3月の?』
『はい』
『……いや、まだ三か月経ってへんやろ?』
『そうですね』
『普通、そんなすぐ戻ってくる?』
三宅は、少し笑った。
『私も驚きました』
少し遅れて、田村から返事が届いた。
『同姓同名ちゃうんか?』
『応募履歴を確認しました。ご本人です』
『……ほんまかいな』
三宅は、添付資料について説明した。
『その間に、実際の開発案件へ参加されたようです』
『……は?』
『設計から納品まで経験されたと書かれています』
西田から、もう一度返事が届いた。
『……ちょっと待って。いつの間に?』
田村も続けた。
『なんやそれ』
三宅は、思わず笑ってしまった。
*
その日の午後、三宅は金目にも応募資料を共有した。
『3月に不採用となった小川さんからの再応募です。西田さんと田村さんにもお知らせしています』
金目は、添付資料の日付で手を止めた。5月末納品とある。
『……この間に、設計から納品までやったんですか?』
『そのようです。前回の課題を改善した成果を説明したいとのことです』
『ほな、前の資料と比べてみましょうか』
金目は少し笑って、3月の資料も開いた。
*
数日後。
金目、西田、田村、三宅の4人は、小川の応募資料を確認していた。
3月のインターンで作成した技術資料。
そして、今回新たに提出された資料。
金目は、二つを並べて表示した。
「……コード、あんまり変わってへんな」
西田がうなずいた。
「せやな。ほとんど同じやと思うで」
「そうなんや」
「ただ、説明が全然違うな」
金目は、新しい資料を確認した。
目的と達成条件。
選択肢とトレードオフ。
採用案と判断理由。
検証の終了条件。
残存リスクと対応方針。
以前の資料にも、技術的な比較は十分に書かれていた。
しかし、今回は、どこまで検証し、何を根拠に判断したのかが明確になっている。
田村が口を開いた。
「……これ、ちゃんと仕事の進め方が変わっとるな」
「そうやね」
金目はうなずいた。
三宅が、もう一つの資料を表示した。
「こちらが、新しく参加された開発案件の概要です」
大阪府内の小さな金属加工会社。
製造工程の進捗を管理するシステム。
専門学校の先生が受託した案件に、開発補助として参加したらしい。
設備との自動連携を見送り、作業者が工程を更新する方式を選択。
試験運用では、更新忘れによる問題が発生。
現場の動線を確認し、端末の配置と作業手順を改善。
そして、5月末に納品を終えている。
西田が、資料を読み進めた。
「……これ、なかなかええ経験しとるな」
「そうやな」
田村も、少し考えた。
「ただ、どこまで本人が判断したんかは確認したいな」
「そうですね」
金目はうなずいた。
資料だけでは、わからないこともある。
先生が判断したのか。
小川が判断したのか。
実際に何を担当したのか。
そこは、面接で確認する必要があった。
「……ほな、もう一回お話聞いてみましょうか」
三宅がうなずいた。
「承知しました。一次面接の日程を調整します」
*
6月の半ば。
株式会社カナメの本町事業所では、翌年春の採用に向けた一次面接が行われていた。
この日の応募者は、三人。
面接官は、西田、田村、三宅。
応募者たちは、横一列に並んで座っていた。
三宅が、面接の進行について説明する。
「本日は、お一人ずつ自己紹介をしていただいたあと、いくつか共通の質問をさせていただきます」
三人がうなずいた。
最初の応募者は、少し緊張した様子で自己紹介を始めた。
学校で学んでいること。
制作したプログラム。
興味のある技術。
言葉を選びながら、丁寧に説明していく。
西田は、時折うなずきながらメモを取っていた。
二人目の応募者も、同じように自己紹介した。
少し早口になっていたが、準備してきた内容はきちんと伝えられていた。
そして、三人目。
「小川悠斗です。本日はよろしくお願いいたします」
小川は、落ち着いた声で挨拶した。
その瞬間。
西田が、少し笑った。
「……小川君、久しぶりやな」
「お久しぶりです」
小川も、少し笑った。
隣の応募者が、反射的に勢いよく小川の方を向いた。
久しぶり?
今、久しぶりって言ったよな?
小川は、そんな視線など気にも留めず、平然と答えていた。
西田は続けた。
「いや、まさかこんなに早くまた会うとは思わんかったで」
「そうだと思います」
「……自分でもわかっとるんやな」
「はい」
西田は、とうとう笑い出した。
「いやあ、びっくりしたわ」
「すみません」
「いや、謝らんでええねんけどな」
田村も、少し笑っていた。
三宅は、進行表に視線を落とした。
ほかの応募者二人は、黙ってそのやり取りを見ていた。
面接官と応募者が、妙に親しげに話している。
しかも、応募者本人はまったく動じていない。
――知り合いなんやろか。
最初の応募者は、そう思った。
もう一人も、同じようなことを考えていた。
西田が尋ねた。
「小川君、ちなみに今回は何しに来たん?」
小川は、少し姿勢を正した。
「前回ご指摘いただいた課題を改善してきました」
「……ほう」
「ですので、今回は採用していただけると思っています」
西田は、一瞬黙った。
そして、笑った。
「……えらい自信やな!」
「はい。自信があります」
田村も、思わず笑った。
「いや、ほんまに言い切るんやな」
「はい」
小川は、真面目な顔で答えた。
ほかの応募者二人は、手元の資料をちらりと見た。求人票にも想定質問にも、今の会話を理解するための情報はない。
西田は、ようやく二人の様子に気づいた。
「ああ、すまんすまん。ちょっと説明せなあかんな」
三宅も、顔を上げた。
西田が続ける。
「実は小川君、3月にうちのインターンに来てくれとってな」
二人は、少し納得した。
なるほど。
インターン経験者なのか。
それなら、面接官と顔見知りなのもわかる。
しかし、西田は続けた。
「そのときは、採用を見送ったんや」
最初の応募者は、思わず小川の方を向いた。
もう一人も、驚いて顔を上げた。
不採用。
今、確かにそう言った。
「で、今回また応募してきてくれたんや。まだ三か月も経ってへんのにな」
西田は、また笑った。
田村も苦笑している。
小川は、落ち着いたままだった。
「前回の課題は改善できたと思っていますので」
不採用だった会社へ数か月で戻り、採用されるつもりで座っている。もう一人の応募者はペンを持ち直したが、何をメモすればいいのかわからなかった。
三宅が、軽く咳払いをした。
「それでは、自己紹介はここまでにして、次の質問へ進みましょう」
ようやく、面接が通常の進行に戻った。
二人は、少し安心した。
*
西田が、共通の質問を始めた。
「では、開発中に実装方法が二つあって、どちらにもメリットとデメリットがある場合、どう判断しますか?」
最初の応募者が答えた。
技術的な完成度。
実装にかかる時間。
保守性。
それぞれを比較して決めたいという。
西田はうなずいた。
「なるほど。ありがとうございます」
二人目は、先輩や上司に相談すると答えた。
自分だけで判断せず、経験者の意見を聞きたいらしい。
「そうですね。それも大事やと思います」
田村も、メモを取った。
そして、小川の番になった。
「まず、何を満たせば完成なのかを確認します」
西田が顔を上げた。
「ほう」
「そのうえで、期限や変更範囲、リスクを比較します」
「なるほど」
「両方とも要求を満たしているのであれば、今回の条件で適切な方を選びます」
西田が、少し笑った。
「もっとええ方法があるかもしれんで?」
「あると思います」
小川は、迷わず答えた。
「でも、どこまで調べるかも先に決めます」
西田は、田村の方を見た。
田村も、少し笑っていた。
小川は、二人が隣で顔を見合わせたことには気づかず、聞かれたことに答えていた。
*
面接が終わった。
応募者たちは、廊下へ出た。
小川が荷物をまとめていると、隣に座っていた応募者が声をかけた。
「あの……小川さん」
「はい?」
「本当に、前にも受けたことあるんですか?」
「ああ、はい! 3月に一回受けてますよ」
「それで、一回落ちたんですよね?」
「そうなんですよ!」
小川は、まるで先週の天気の話でもするように、あっけらかんと答えた。
相手は、一瞬言葉を失った。
「……それで、また受けたんですか?」
「はい! 改善してきたんで!」
相手は、少し言葉に詰まった。
「……すごいですね」
「そうですか?」
「いや、普通はもう受けないと思いますけど……」
小川は、少し考えた。
「でも、何が足りなかったのかは教えてもらえたので」
「はい」
「だったら、そこを改善して、もう一度受ければいいと思ったんです」
相手は、しばらく黙っていた。
理屈はわかる。
確かに、そうなのかもしれない。
しかし、それを実際にやる人がいるとは思わなかった。
「……なるほど」
もう一人の応募者も、少し笑った。
「いや、正直、面接中ずっと気になってました」
「そうなんですか?」
「はい。何者なんだろうって」
小川は、少し困ったように笑った。
「普通の学生ですよ」
二人は、顔を見合わせた。
そして、思わず笑った。
――いや、絶対に普通じゃない。
そう思ったが、口には出さなかった。
*
数日後。
三宅から、小川に連絡が届いた。
『一次選考の結果について』
小川は、メールを開いた。
選考通過。
次は、個人面接。
小川は、少し笑った。
「……よし」
まだ、採用が決まったわけではない。
しかし、3月には進めなかった次の段階へ進むことができた。
小川は、二次面接の日程を確認した。
そして、資料をもう一度開いた。
今度は、自分が実際に何を判断し、どう仕事を進めたのか。
そこを、きちんと説明するつもりだった。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、ちょっと変わった応募者のお話でした。
一度不採用になった会社へ、わずか数か月で再応募してくる小川くん。
しかも、本人は至って真面目。
前回指摘された課題を改善したのだから、もう一度受ければいい。
本人にとっては、それだけの話なんですね。
さて、こんな応募者が本当にいるのか。
……実は、います。
何を隠そう、筆者自身にも似たような経験があります。
学生時代、一度不採用になった会社へ、短期間で再応募したことがありました。
一次選考は集団面接。
面接官の方々は、むしろ笑って迎えてくださったのですが、周囲の応募者たちは完全に置いてけぼり。
当時の筆者は、自分ではそれほどおかしなことをしているつもりはありませんでした。
ただ、今になって振り返ると、周囲からすれば「こいつ、何者なんだ?」という状況だったのかもしれません。
小川くんの行動には、そんな筆者自身の経験を少し重ねています。
もちろん、作中の出来事がすべて実話というわけではありません。
さて、一次面接を通過した小川くん。
次はいよいよ、金目との二次面接です。
自信満々で戻ってきた彼は、その成長を証明できるのでしょうか。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




