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2029年1月。
株式会社カナメの本町事業所では、春に向けた準備が少しずつ進んでいた。
その一つが、新卒二期生の受け入れだった。
金目は、三宅から届いた資料を確認していた。
『2029年度 新卒入社予定者』
その下には、一人の名前が記されている。
『中野航平』
3年制の専門学校を卒業予定の学生だった。
入社日は、4月1日。
金目は、少し笑った。
「……もう二期目か」
昨年4月に上田を迎えたときは、何もかもが初めてだった。
入社式の挨拶も、社員証を渡すことも。
それが、今年も同じ準備をすることになっている。
三宅から連絡が入った。
『中野さんの入社準備について、確認をお願いします』
『ありがとうございます。確認します』
『研修計画は、西田さんと調整中です』
『承知しました』
金目は、資料を見直した。
中野の名前を見ると、昨年の採用活動を思い出す。
*
2028年の春。
金目が翌年も新卒を採ろうと話すと、西田は少し驚いた。
「上田も、まだ教えとる途中やで。また教育に時間取られるで」
「わかっとる。今すぐ人が足りんからやなくて、毎年一人ずつでも育てていきたいんや」
ずっと経験者ばかりを採っていては、人を育てられる会社にはならない。金目は、三宅と一人分の採用計画を整理することにした。
「それに、上田も来年には先輩になるし」
「……まだ早いんちゃうか?」
西田は笑ったが、教育の負担は考えておくよう念を押した。
*
2028年6月。
株式会社カナメは、新卒二期生の募集を開始した。
募集人数は、一人。
対象は、翌年春に卒業予定の学生だった。
仕事内容、勤務地と勤務形態、研修と求める人物像を求人票にまとめた。西田の意見も踏まえ、教育できる範囲で、自分で考えて学ぼうとする姿勢を重視した。
公開後、3年制の専門学校に通う中野航平から応募が届いた。
*
2028年7月。
金目、西田、三宅の3人は、新卒採用の面接を行っていた。
応募者は、中野航平。
「本日はよろしくお願いします。中野航平です」
中野は、少し緊張した様子で挨拶した。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
金目が答える。
中野は、学校で制作したプログラムについて説明を始めた。
簡単な業務管理ツールだった。
登録した情報を一覧で表示し、条件に応じて検索できる。
機能自体は、特別なものではない。
しかし、中野は、自分で考えながら作ったことを丁寧に説明した。
金目は、画面に表示された資料を見ながら尋ねた。
「これ、なんでこの作り方にしたん?」
中野は、少し考えた。
「最初は、全部まとめて処理する形にしてたんですけど」
「うん」
「機能を追加するたびに、別のところが動かなくなることがあって」
「なるほど」
「それで、処理を分けた方がいいと思って、作り直しました」
西田が尋ねた。
「最初から分けようとは思わへんかった?」
「はい。最初は、そこまで考えられていませんでした」
「そうなんや」
「ただ、作っている途中で問題が増えてきたので、このままでは難しいと思いました」
西田はうなずいた。
「なるほどな」
金目は、もう一つ尋ねた。
「作り直して、うまくいった?」
「はい。ただ、全部ではないです」
「というと?」
「一部は、まだ同じような問題が残っています」
「なるほど」
「時間が足りなくて、そこまでは直せませんでした」
中野は、少し申し訳なさそうに答えた。
金目は、少し笑った。
「別に、全部できてなくてもええよ」
「ありがとうございます」
「大事なんは、何が問題で、どうしようと思ったかやから」
中野はうなずいた。
その後も、いくつか質問をした。
使った技術。
調べた方法。
困ったときの対処。
中野は、答えられることと、まだわからないことを分けて説明した。
面接を終えたあと、西田が口を開いた。
「まだまだやけど、ちゃんと考えとるな」
「そうやな」
「技術的には、これからやと思うで」
「うん」
「でも、わからんことをわからんって言えるんは、悪くないな」
金目はうなずいた。
新卒に、完成された技術力を求めるつもりはなかった。
それより、学び続けられるか。
問題が起きたとき、自分で考えられるか。
そういうところを見たかった。
「……ほな、採用しようか」
三宅が確認した。
「2029年4月入社ですね」
「はい」
こうして、中野航平への内定を出すことが決まった。
7月の終わり、三宅から正式な内定通知が送られた。
そして8月。
中野から、内定承諾の連絡が届いた。
金目は、三宅からの報告を見て少し笑った。
『中野航平さん 内定承諾』
「……来年の春が、楽しみやな」
*
2029年2月。
金目は、三宅から届いた評価資料を確認していた。
4月から施行予定の給与テーブルと人事評価制度。
その試行結果だった。
職務の難易度、責任の範囲、成果と組織への貢献。共通の考え方で整理した評価項目が、実際にどう使われたかを確認する。
金目、西田、田村、三宅の4人で、試行結果を確認する会議が開かれた。
三宅が資料を共有する。
「まず、試行評価の結果についてです」
「お願いします」
「今回は、評価者によって結果が異なる項目がいくつかありました」
金目は、資料を確認した。
同じ社員の同じ仕事について、西田と田村の評価が異なっている。
「……なんでこんなに違うん?」
西田が口を開いた。
「俺は、技術的な完成度を重視したんやけどな」
田村が続けた。
「俺は、案件の難しさとか、周りとの調整も見とったからな」
「なるほど」
金目は、評価シートを見直した。
項目は同じだった。
しかし、何を重視するかが違っていた。
「……項目が同じでも、見てるところが違うんやな」
三宅がうなずいた。
「そうですね。評価基準だけでなく、評価者同士の認識も揃える必要があると思います」
「なるほど」
三宅は、別の資料を表示した。
「例えば、評価の根拠となる事実と、評価者の判断を分けて記録するのはどうでしょうか」
「事実と判断?」
「はい。何をしたのか、どんな結果だったのかを先に整理して、そのうえで評価する形です」
金目は、少し考えた。
「それなら、どこで判断が違ったんかもわかりますね」
「そうですね」
西田もうなずいた。
「それはええかもしれんな」
田村も同意した。
「案件の事情も、ちゃんと残せるしな」
金目は、資料にメモを追加した。
評価の根拠。
判断の理由。
評価者間のすり合わせ。
制度を作るだけでは、まだ足りない。
実際に使う人が、同じ考え方で判断できる必要がある。
「……これ、結構難しいな」
三宅が少し笑った。
「そうですね。でも、今のうちに確認できてよかったと思います」
「そうやな」
試行評価の結果は、給与には反映しない。
まずは制度の問題点を見つけ、4月の施行までに修正する。
金目は、評価資料を閉じた。
*
2月の終わり。
金目は、西田から上田拓海の近況を聞いていた。
「上田君、最近どうや?」
「だいぶ仕事できるようになってきたで」
「そうなん?」
「小さい修正やったら、一人で進められるようになってきたしな」
「それはええな」
西田は、少し考えた。
「ただ、まだ次の仕事をどうするか迷うことはあるな」
「なるほど」
「一つ終わったら、報告はしてくれるんやけど、そのあと何を優先するかは、まだ判断しきれへんことがある」
「そうか」
昨年4月には何もわからず質問していた上田も、もうすぐ入社から1年になる。できる仕事は増えたが、優先順位まで任せられるわけではない。
「……ほな、一回本人にも聞いてみようか」
数日後。
金目は、上田とオンラインで話していた。
「上田君、最近どう?」
「はい。少しずつですけど、仕事にも慣れてきました」
「そうか。それはよかった」
金目は、少し笑った。
「そういえば、4月から後輩が来るんやけど」
「はい」
「上田君も、先輩になるな」
上田は、少し驚いた。
「……僕が先輩ですか?」
「そら、1年先輩やからな」
「そうですけど……」
上田は、少し困ったように笑った。
「まだ、僕も教えてもらうこと多いですし」
「そらそうやろ。1年で全部できるようにはならへんよ」
「そうですよね」
「でも、上田君がこの1年で覚えたこともあるやろ?」
「はい」
「それを、少しずつ教えてあげたらええと思うで」
上田は、少し考えた。
「……ちゃんと教えられるかわからないですけど」
「最初からうまく教えられんでもええよ」
金目は笑った。
「西田さんにも、そうやって教えてもろたんちゃう?」
「……そうですね」
上田も笑った。
「頑張ってみます」
「うん。よろしく頼むわ」
まだ教わることの多い上田も、後輩に渡せるものは持っている。金目は、4月の研修計画をもう一度確認した。
*
2029年3月。
株式会社カナメの本町事業所に、一人の学生がやってきた。
小川悠斗。
この日から、1か月間のインターンに参加することになっていた。
「本日からお世話になります。小川悠斗です。よろしくお願いします」
小川は、少し緊張した様子で頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
金目が答える。
三宅が、インターン期間中の予定と注意事項を説明した。
期間は3月末まで。
実際の業務に近い課題を通じて、技術的な能力だけでなく、仕事の進め方も確認する。
正社員としての採用は、まだ決まっていない。
「わからないことがあれば、遠慮なく聞いてくださいね」
三宅がそう伝えると、小川はうなずいた。
「はい。ありがとうございます」
その後、西田が課題について説明した。
既存システムの一部を模した、検証用のプログラムだった。
処理の流れを理解し、問題があれば改善案を考える。
必要に応じて、実装まで進めてもらう。
「まずは、今の処理を確認してみて」
「わかりました」
「何か気になるところがあったら、まとめてくれたらええよ」
「はい」
小川は、早速作業を始めた。
*
インターンが始まって4日目。
小川は、検証用プログラムの動作を確認していた。
与えられた課題は、既存の処理を読み解き、改善できる部分を探すことだった。
プログラムは、注文情報を集計する簡単なものだった。
通常のデータでは、問題なく動いている。
しかし、小川は一つ気になるところを見つけた。
「……これ、同時に更新されたらどうなるんだろう」
注文情報を更新する処理と、集計結果を作る処理。
それぞれは、正しく動いている。
ただ、更新の途中で集計が実行された場合、古い情報と新しい情報が混ざる可能性があった。
小川は、処理の順番を変えながら何度か試した。
最初は、問題が再現しなかった。
しかし、更新と集計を繰り返し実行すると、まれに集計結果が一致しないことがあった。
「……やっぱり」
小川は、条件を絞り込んだ。
更新前の値。
更新後の値。
集計を開始するタイミング。
それぞれを記録し、どの順序で処理されたときに問題が起きるのかを調べた。
そして、再現条件をまとめた。
『更新処理と集計処理が重なった場合、集計結果が不整合になる可能性あり』
小川は、原因と再現手順を資料に整理した。
*
翌日。
西田は、小川から届いた報告を確認していた。
「……これ、小川君が見つけたん?」
「はい」
「普通に動かしとったら、気づかんかったやろ」
「そうですね。最初は再現しなかったんですけど」
小川は、検証結果を表示した。
「更新処理の途中で集計が始まると、更新前と更新後の情報が混ざる場合がありました」
「なるほど」
「それで、処理の順番を変えて確認してみました」
西田は、資料を読み進めた。
再現条件。
原因の推定。
影響する処理。
検証結果。
どれも、整理されていた。
「……よう見つけたな」
「ありがとうございます」
「修正案も考えとる?」
「はい。二つあります」
小川は、資料を切り替えた。
「一つは、集計するときに同じ時点のデータを参照できるようにする方法です」
「うん」
「もう一つは、更新が完了したことを確認してから集計する方法です」
「なるほど」
「ただ、後者は処理の待ち時間が増える可能性があります」
西田は、少し考えた。
「そこまで調べとるんやな」
「はい。まだ検証中ですけど」
西田は、資料を閉じた。
「小川君、これ金目君にも見せてええ?」
「はい。お願いします」
*
その日の午後。
金目は、小川の調査資料を確認していた。
「……これ、小川君が自分で見つけたん?」
「はい」
「課題には、ここまで調べろって書いてなかったやろ?」
「そうですね。ただ、気になったので」
金目は、再現手順を確認した。
単に不具合を見つけただけではない。
どういう条件で起きるのか。
どこに原因がありそうなのか。
どうすれば防げるのか。
そこまで整理していた。
「……ようできてるな」
「ありがとうございます」
金目は、少し笑った。
「こういうの、得意なん?」
「そうですね。動いているものの中から、問題になりそうなところを探すのは好きです」
「なるほど」
「原因がわかるまで調べるのも、結構好きです」
金目はうなずいた。
技術的な理解力がある。
調査も丁寧。
問題を見つける視点もある。
西田が高く評価した理由が、よくわかった。
ただ、金目は資料の最後を見て、少し気になった。
『修正方法については、引き続き検証予定』
「……これ、いつまで検証するん?」
小川は、少し考えた。
「もう少し、ほかの方法も調べてみようと思っています」
「なるほど」
「できれば、一番よい方法を選びたいので」
金目はうなずいた。
小川は、決して仕事ができないわけではない。
むしろ、よくできる。
だからこそ、もっとよい方法があるのではないかと考え続けてしまう。
「……そうか。ほな、どこまで調べるかも考えなあかんな」
「はい」
小川は、少し考え込んだ。
*
3月の半ば。
小川は、修正案の比較を続けていた。
最初に見つけた集計処理の不具合について、二つの方法を検証している。
A案は、集計処理をスナップショットベースに変更する方法だった。
同じ時点のデータを参照することで、更新途中の情報が混ざらないようにする。
ただし、既存の処理にも手を加える必要があり、変更範囲は広くなる。
B案は、更新処理の完了を確認してから集計を実行する方法だった。
変更範囲は比較的小さい。
一方、更新が重なった場合には、集計を開始するまでの待ち時間が増える可能性がある。
小川は、両方の方法について検証を進めていた。
処理時間。
変更箇所。
考えられるリスク。
それぞれの結果を、丁寧に整理している。
検証環境では、どちらの方法でも集計結果の整合性を保てていた。
性能も、要求されている範囲に収まっている。
しかし、作業の進捗は予定より遅れていた。
西田が尋ねた。
「小川君、今どんな感じ?」
「実装は、ほぼ終わっています」
「そうなんや」
「ただ、二つの方法で迷っていまして」
小川は、比較資料を画面に表示した。
「A案は、処理の整合性を確保しやすいんですが、変更範囲が広くなります」
「うん」
「B案は変更範囲が小さいんですけど、待ち時間が増える可能性があります」
「なるほど」
西田は、資料を確認した。
「どっちも、今回の要求は満たしとるんやな?」
「はい」
「ほな、小川君はどっちがええと思う?」
小川は、少し考えた。
「……まだ決めきれていません」
「理由は?」
「どちらにも欠点があるので、もう少し検証した方がいいと思いまして」
「なるほど」
西田は、少し考えた。
「ちなみに、いつまで検証する予定?」
「……そこまでは、決めていませんでした」
西田はうなずいた。
「ほな、一回、金目君にも相談してみよか」
*
その日の午後。
金目は、小川の比較資料を確認していた。
どちらの案にも、明確な根拠がある。
金目は、少し感心した。
「……よう調べてるな」
「ありがとうございます」
「これ、どっちも要求されてる条件は満たしとるんやね?」
「はい」
「なるほど」
金目は、少し考えてから尋ねた。
「小川君、これって何のための仕事やった?」
「既存の集計処理の不具合を解消するためです」
「そうやな」
「はい」
「ほな、今回どこまでできたら十分なんやろ?」
小川は、少し考えた。
「……集計結果の整合性を確保して、要求されている性能を満たすことです」
「そうやね」
「……もう、条件は満たしています」
金目はうなずいた。
「うん。あとは、どこで決めるかやな」
小川は、資料を見直した。
自分は、よりよい方法を探そうとしていた。
それ自体は、間違っていない。
しかし、いつまで検証を続けるのかを決めていなかった。
「……なるほど」
小川は、小さくつぶやいた。
金目は続けた。
「全部の可能性を調べることは、できへんでしょう?」
「そうですね」
「だから、何を優先して、どこで判断するかも仕事のうちやと思うんです」
「はい」
「もちろん、わからんことは相談してくれてええよ」
「ありがとうございます」
「ただ、相談するときも、自分ではどう考えたかを持ってきてもらえると助かるな」
小川はうなずいた。
「わかりました」
その後、小川はB案を採用することにした。
変更範囲が小さく、今回求められている整合性と性能も満たしている。
検証環境での確認を終え、修正案を完成させた。
*
しかし、数日後。
別の課題でも、似たようなことが起きた。
小川は、複数の実装方法を比較していた。
どの方法にも利点と欠点がある。
そのため、検証を重ねていた。
西田が進捗を確認すると、また予定より遅れていた。
「小川君、今回も結構調べとるな」
「はい。もう少し確認したいところがありまして」
「なるほど」
「ただ、まだ結論は出せていません」
西田は、少し考えた。
「前にも話したけど、どこまでやったら十分かは決めとる?」
小川は、少し黙った。
「……今回は、まだです」
「そうか」
西田は、それ以上責めなかった。
小川は、決して仕事をさぼっているわけではない。
むしろ、真面目に取り組んでいる。
技術的な理解もある。
しかし、仕事として終わらせるための判断が、まだ十分ではなかった。
*
3月の下旬。
株式会社カナメでは、新しい給与テーブルと人事評価制度について、社員向けの説明会が開かれていた。
金目と三宅は、職務の難易度、責任、専門性、成果と組織への貢献を整理した資料を共有した。
「全員を同じ物差しで測りたいわけではないんです。それぞれの仕事を、ちゃんと評価できるようにしたいと思ってます」
西田が尋ねた。
「技術専門職の方は、管理職にならんでも昇格できるんやな?」
「そうです」
金目が答えた。
「管理職と専門職、それぞれの道を用意しています」
岩田も、資料を確認していた。
技術を深く追いかける仕事を続けながら、評価される仕組みだった。
田村が尋ねた。
「案件管理みたいな仕事は、どう評価するん?」
三宅が答えた。
「職種ごとの評価項目を用意しています。案件の進行や調整の難しさも、評価の対象になります」
「なるほど」
尾崎も、資料を確認していた。
業務支援についても、職務に応じた評価項目が整理されている。
昇給条件、評価者、結果のフィードバックについても質問が出た。すべての疑問が解消したわけではないが、何を評価し、どう判断するかを共有する場になった。
「4月から正式に始めます。ただ、使ってみて問題があれば見直していきたいと思ってます」
金目の言葉に、社員たちはうなずいた。
*
3月末。
小川のインターン期間が終了した。
金目、西田、田村の3人は、選考結果について話し合っていた。
西田が、評価資料を確認する。
「技術的には、十分やと思うで」
「そうやな」
「調査も丁寧やし、設計も悪くない。あの不具合も自分で見つけたんやしな」
田村もうなずいた。
「成果物も、ちゃんとできとるしな」
金目は、資料を見直した。
小川は、インターンとしては高い技術力を持っていた。
既存コードを理解する力。
問題を見つける力。
再現条件を特定する力。
複数の方法を比較する力。
どれも、十分に評価できる。
ただし、一つ課題が残っていた。
「……判断を終えるところやな」
金目が言うと、西田がうなずいた。
「そうやな。調べるところまではええんやけど、どこで決めるかがまだ難しいみたいや」
田村も続けた。
「納期がある仕事やからな。ずっと検証しとったら、ほかの仕事にも影響するし」
「そうですね」
金目は、少し考えた。
小川には、伸びる可能性がある。
しかし、今のカナメには、すべての技術判断を上位者が確認し続ける余裕はなかった。
社員も増えてきたとはいえ、教育体制が十分に整っているわけではない。
「……今回は、見送ろうか」
西田は、少し考えてからうなずいた。
「残念やけど、今のうちではそうかもしれんな」
田村も同意した。
金目は、選考結果をまとめた。
*
その日の午後。
金目は、小川とオンラインで面談していた。
「小川君、1か月お疲れさまでした」
「ありがとうございました」
「今回のインターン、どうやった?」
小川は、少し考えた。
「勉強になりました。学校でやっていたことと、実際の仕事では考えることが違うんだなと思いました」
「そうやね」
「特に、期限の中で判断することが難しかったです」
金目はうなずいた。
「そこは、今回の選考でも一つ気になったところでした」
小川は、少し表情を引き締めた。
金目は続けた。
「まず、技術的にはようできてたと思います」
「ありがとうございます」
「調査も丁寧やったし、設計も悪くなかったです。あの不具合を自分で見つけたのも、よかったと思います」
「はい」
「ただ、今回の仕事で一つ気になったことがあって」
「はい」
「どこまで調べたら十分か、自分で決められへんかったところです」
小川は、少し黙った。
「……はい」
「全部の可能性を調べることは、できへんでしょう?」
「そうですね」
「だから、何を優先して、どこで判断するかも仕事のうちやと思うんです」
小川はうなずいた。
金目は、少し間を置いた。
「今回の選考については、採用を見送らせてもらおうと思っています」
「……そうですか」
小川は、少し視線を落とした。
金目は続けた。
「技術力が足りないという判断ではないです」
「はい」
「ただ、今のうちでお願いしたい仕事を考えると、判断のところがまだ難しいと思いました」
小川は、しばらく考えていた。
「……わかりました」
声は、少し小さかった。
金目は、それ以上言葉を重ねなかった。
小川にも、考える時間が必要なのだろう。
しばらくして、小川が顔を上げた。
「1か月間、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「いろいろ勉強になりました」
「そう言ってもらえたら、よかったです」
小川は、丁寧に頭を下げた。
通話が終了した。
金目は、しばらく画面を眺めていた。
採用しなかったからといって、その人の可能性まで否定したわけではない。
ただ、今の会社で迎えるかどうか。
その判断をしただけだった。
*
3月の終わり。
本町事業所では、三宅が4月の入社準備を進めていた。
金目は、机の上に置かれた社員証を見た。
『10 中野航平 開発担当』
「……もう10番か」
三宅が少し笑った。
「そうですね」
「上田君が入社したときは、まだ4番やったのにな」
「そうですね。あれから、もうすぐ1年ですね」
昨年、初めて上田に渡した社員証が、今年は中野の分も用意されている。4月から正式に迎えるためのカードだった。
三宅が、入社書類を確認した。
「研修計画も、西田さんと調整できています」
「ありがとうございます」
「上田さんにも、一部の説明をお願いする予定です」
「そうなんですね」
金目は、少し笑った。
「上田君も、もう先輩やもんな」
「そうですね」
金目は、入社式で話すことを、手元のメモに書き始めた。
昨年は、自分も何から話せばいいのかわからなかった。
今度は、上田が説明するところもある。
金目は、社員証に書かれた中野の名前を、もう一度見た。
まずは、来てくれたことへの礼から伝えようと思った。
株式会社カナメに、また新しい春がやってこようとしていた。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、新卒二期生となる中野航平の採用経緯と、給与・評価制度の準備、そして小川悠斗のインターンを描きました。
中野は、完成された技術力よりも、失敗から学び、自分で考える姿勢を評価されて採用が決まりました。
一方、小川はインターンとして高い技術力を見せました。
通常の動作確認では気づきにくい不具合を自分で発見し、再現条件や修正方法まで調べています。
しかし、技術的な正解を追い求めるあまり、どこで判断を終えるかという部分に課題が残りました。
能力が高いことと、その時点で会社が求める役割を担えることは、必ずしも同じではありません。
金目たちは、小川の技術力を評価しながらも、今回は採用を見送る判断をしました。
そして、2029年4月。
カナメでは新卒二期生を迎え、給与テーブルと評価制度が正式に動き始めます。
人を増やすだけではなく、人を育て、評価する会社へ。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




