選ぶということ
11月に入ると、株式会社カナメの採用管理表に新しい項目が増えていた。
2028年。
大阪・本町に事業所を開いてから、7か月が経っている。
10月には、初めて一般公募から井上修一の採用を決めた。
まだ入社はしていないが、三宅が受け入れの準備を進めている。
金目は、採用管理表を眺めた。
書類選考中。
面接予定。
内定。
辞退。
「……辞退って、まだ誰もおらんやろ?」
三宅とのオンライン会議でそう尋ねると、彼女はうなずいた。
「今はそうですね。でも、必要な項目ですから」
「なるほど」
金目は、あまり深く考えずに次の項目を確認した。
採用活動は、まだ始まったばかりだった。
*
数日後。
三宅から、新しい応募について連絡が届いた。
『中途採用の応募がありました』
『ありがとうございます。確認します』
添付された職務経歴書を開く。
『藤井直人』
金目より4歳年下。
中小の開発会社で、バックエンド開発やクラウド環境の構築を担当してきた技術者だった。
デプロイの自動化。
開発環境の整備。
検証環境の共通化。
職務経歴書には、そうした経験が並んでいる。
「……今度は開発寄りやな」
金目は、西田にも資料を共有した。
『藤井さん、どう思う?』
『経歴はええと思うで。環境構築もできそうやし』
『一回、話聞いてみようか』
『そうしよう』
数日後。
金目、西田、田村、三宅は、藤井とのオンライン面接に参加していた。
「本日はよろしくお願いします。藤井直人です」
藤井は、明るい表情で挨拶した。
井上とは、ずいぶん雰囲気が違う。
話し方も軽快で、質問への反応も早い。
金目は、職務経歴書を見ながら尋ねた。
「これまで、開発環境の整備も結構やられてきたんですね」
「はい。開発そのものもやってましたけど、環境を整える仕事も多かったです」
「なるほど」
「同じような設定を何度もするのが、あんまり好きじゃなくて」
藤井は少し笑った。
「それで、自動化できるところは自動化してました」
金目もうなずいた。
「それは、うちの考え方に近いですね」
「そうなんですか?」
「はい。面倒な仕事を減らすのが、そもそもの始まりなんで」
「なるほど。それは面白いですね」
藤井は、少し身を乗り出した。
「ちなみに、今のデプロイって、どういう手順でやってるんですか?」
金目は、少し驚いた。
「……うちのですか?」
「はい」
西田が答えた。
「案件によって違うけど、基本的には担当者が確認してから反映しとるで」
「なるほど。自動化はどのくらいされてます?」
「一部はしとるけど、全部ではないな」
「それ、どこを改善したいんです?」
金目は、少し考えた。
「……どこを、ですか?」
「はい。作業時間を減らしたいのか、ミスを減らしたいのか、それとも環境差分をなくしたいのかで、やり方が変わると思うんです」
金目はうなずいた。
「なるほど」
藤井は続けた。
「自動化すること自体が目的になったら、あんまり意味ないですからね」
西田が少し笑った。
「それはそうやな」
面接は、予定より少し長くなった。
藤井からの質問が多かったためだった。
しかし、金目は不快には感じなかった。
何のために変えるのか。
どこに問題があるのか。
それを理解しようとしている。
ただ、少し気になることもあった。
*
面接の後半。
西田が、藤井に尋ねた。
「以前、自動化を進めたとき、困ったことってありました?」
藤井は、少し考えた。
「ありますね」
「どんなことです?」
「共通化しすぎたことがあります」
金目は、少し興味を持った。
「共通化しすぎた?」
「はい。複数の案件で同じ仕組みを使えるようにしたんですけど、案件ごとの事情が違っていて」
「なるほど」
「結局、例外処理が増えて、かえって複雑になってしまいました」
西田はうなずいた。
「それ、どうしたんです?」
「一部は共通化をやめました。全部まとめる必要はないと判断したので」
「なるほど」
「ただ、もう少し早く気づけたとは思います」
藤井は、少し苦笑した。
金目は、その話を聞いていた。
効率化が好きな人なのだろう。
しかし、効率化を進めすぎて、かえって仕事を増やしてしまった経験もある。
「……それ、うちでも気をつけなあかんな」
金目が言うと、藤井は笑った。
「そうですね。僕も気をつけます」
面接を終えたあと、金目たちは藤井について話し合った。
「どう思う?」
金目が尋ねると、西田が答えた。
「技術的には、かなりええと思うで」
「そうやな」
「ただ、仕組みづくりに凝りすぎるところはありそうやな」
田村もうなずいた。
「案件の納期より、環境整備を優先されたら困るな」
「そこは、役割と優先順位を決めといた方がええやろな」
金目は、評価シートにメモを残した。
技術力は十分。
改善への意欲もある。
ただし、何を優先するかについては、会社側でも明確にする必要がある。
*
11月の半ば。
三宅から、新しい連絡が届いた。
『人材紹介会社から、候補者のご紹介がありました』
金目は、添付された資料を開いた。
開発経験の豊富な技術者だった。
複数の案件で、設計から開発、顧客との調整まで担当してきたらしい。
「……この人、結構ええんちゃう?」
金目は、西田にも資料を共有した。
『経歴はええな。一回話聞いてみようか』
数日後。
金目たちは、候補者とのオンライン面接を行った。
候補者は、落ち着いた様子で質問に答えた。
これまで担当した仕事。
設計の判断。
顧客との調整。
チームでの役割。
どれも、具体的に説明できる。
金目は、少し感心していた。
何を作ったのかだけでなく、なぜその方法を選んだのかについても、説明が明確だった。
西田も、技術的な質問をいくつかした。
候補者は、経験に基づいて答えた。
面接の終わりに、金目は尋ねた。
「ちなみに、ほかの会社さんも受けられてます?」
「はい。現在、何社か選考を進めています」
「なるほど」
「御社のお仕事にも興味がありますので、ぜひ検討させていただきたいと思っています」
「ありがとうございます」
金目はうなずいた。
面接を終えたあと、西田が口を開いた。
「この人、ええんちゃう?」
「そうやな」
「技術的にも問題なさそうやし、顧客との調整もできるみたいやな」
田村もうなずいた。
「今のうちには、助かる人材やと思うで」
金目は、評価シートを確認した。
今回求めている条件に、かなり近い。
「……ほな、内定出しましょうか」
三宅がうなずいた。
「承知しました。条件を整理して、紹介会社を通じてご連絡しますね」
数日後。
株式会社カナメは、その候補者へ内定を通知した。
金目は、少し安心していた。
これで、また一人、新しい仲間が増えるかもしれない。
しかし、その数日後。
三宅から、連絡が届いた。
『先日の候補者の方から、紹介会社を通じて内定辞退のご連絡がありました』
金目は、画面を見つめた。
「……え?」
金目は、三宅から届いたメッセージをもう一度読み直した。
『先日の候補者の方から、紹介会社を通じて内定辞退のご連絡がありました』
何かの間違いかと思った。
面接の感触は悪くなかった。
技術的な経験も十分だった。
顧客との調整もできる。
西田も田村も、高く評価していた。
金目は、三宅に連絡した。
『辞退ですか?』
『はい。紹介会社から正式にご連絡がありました』
『理由って聞いてます?』
『他社の内定を受諾されたそうです』
『なるほど……』
金目は、少し考えた。
『条件が合わなかったんでしょうか』
『給与条件もありますが、それだけではないようです』
『そうなんですか?』
『組織体制や、今後のキャリアについても比較されたと伺っています』
金目は、画面を見つめた。
株式会社カナメは、まだ小さな会社だった。
事業所は、本町の一室。
社員も、役員を含めて7人。
給与テーブルや評価制度も、ようやく整備を始めたところだった。
一方、候補者が選んだ会社には、既に組織や制度が整っているらしい。
金目は、少し椅子にもたれた。
「……そら、そうやんな」
自分たちは、いい人材だと思っていた。
しかし、相手にとってカナメが一番いい会社とは限らない。
当たり前のことだった。
ただ、実際に断られてみると、少し違った。
*
その日の午後。
金目は、西田とオンラインで話していた。
「……内定、断られてもうたわ」
「聞いたで」
「結構ええ人やと思ったんやけどな」
「そうやな。俺もええと思った」
金目は、少し考えた。
「……うちでは、あかんかったんかな」
西田は、少し笑った。
「金目君、向こうにも選ぶ権利あるんやで」
「……そらそうやな」
「うちが欲しいと思ったからって、必ず来てくれるわけちゃうやろ」
「そうやね」
「それに、今のうちは小さい会社やしな」
金目はうなずいた。
会社が小さいことは、悪いことばかりではない。
意思決定は早い。
仕事の進め方も、比較的自由に決められる。
必要なことがあれば、すぐに相談できる。
しかし、大きな会社と比べれば、整っていない部分も多かった。
「……給与テーブルとか、もっと早く作っとくべきやったんかな」
「それは、あってもよかったかもしれんな」
「うん」
「でも、それだけで来てくれるとは限らんで」
「そうやな」
西田は続けた。
「俺らが何をする会社で、どんな仕事を任せられるんか。そこも大事やと思うで」
金目は、少し考えた。
求人票には、仕事内容を書いた。
面接でも、会社のことを説明した。
しかし、これから会社がどうなっていくのか。
そこで働く人が、どんな経験を積めるのか。
そこまで、十分に説明できていただろうか。
「……選んでもらえる会社にならなあかんな」
「そういうことやな」
金目は、少し笑った。
「採用する側って、思ったより難しいな」
「そらそうやろ」
「今までは、知ってる人ばっかりやったしな」
「せやな」
金目は、画面を見直した。
これまで一緒に仕事をしてきた人たちを社員に迎えるのと、初めて会った人に会社を選んでもらうのとでは、考えることが違う。
その違いを、少しずつ理解し始めていた。
*
数日後。
金目は、三宅と採用管理表を確認していた。
先日の候補者の欄には、『内定辞退』と記されている。
「……ほんまに使うことになりましたね、この項目」
三宅は少し笑った。
「そうですね」
金目は、次の項目を開いた。
『藤井直人 選考中』
「藤井さんの件、どうしましょうか」
三宅が尋ねた。
金目は、面接の記録を見直した。
バックエンド開発。
クラウド環境の構築。
デプロイの自動化。
開発環境の整備。
今のカナメには、必要な経験だった。
ただし、改善に時間をかけすぎる傾向もありそうだった。
「……一回、役割を整理してからお話ししましょうか」
「承知しました」
金目は、西田と田村にも相談した。
西田は、技術面から藤井の採用に賛成した。
田村は、案件の優先順位を守れる体制が必要だと指摘した。
金目は、2人の意見を踏まえて職務内容を整理した。
開発を進めること。
必要な環境を整えること。
改善の提案をすること。
ただし、改善すること自体を目的にしないこと。
金目は、藤井へ再面談の連絡を送った。
*
12月。
金目と藤井は、オンラインで話していた。
「今日は、前回のお話を踏まえて、今後お願いしたい仕事についてご説明したいと思いまして」
「はい。よろしくお願いします」
金目は、資料を共有した。
バックエンド開発。
開発環境の整備。
デプロイ手順の改善。
必要に応じたクラウド環境の見直し。
「藤井さんには、この辺りを中心にお願いしたいと思っています」
「なるほど」
「ただ、最初から全部変えてもらうつもりはないんです」
藤井は、少し首をかしげた。
「といいますと?」
「まず、今の仕事を理解してもらって、どこを変えるべきか一緒に考えたいんです」
「なるほど」
「自動化できるから自動化するんじゃなくて、必要やから自動化する、という感じですね」
藤井は、少し笑った。
「それは、僕もその方がいいと思います」
「そうですか」
「前の会社でも、最初から共通化しすぎて失敗したことがありますし」
藤井は苦笑した。
「今度は、ちゃんと必要なところからやりたいです」
金目はうなずいた。
「あと、優先順位については田村さんと西田さんに相談してもらえたらと思ってます」
「わかりました」
「開発の進行を止めてまで仕組みを作る必要はないですから」
「そうですね」
藤井は、少し考えてから尋ねた。
「ちなみに、改善の提案は自分から出してもいいんでしょうか?」
「もちろんです」
金目は即答した。
「むしろ、気づいたことがあれば教えてほしいです」
「ありがとうございます」
「ただ、やるかどうかは、みんなで優先順位を考えましょう」
「わかりました」
藤井は、少し笑った。
「それなら、面白そうですね」
金目も笑った。
その後、給与や勤務条件について確認した。
藤井は、提示された条件を前向きに受け止めた。
ただし、現職の仕事があり、すぐには退職できないという。
「入社は、来年の3月からでもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
金目は、少し考えた。
「それまでに、うちも仕事の整理を進めておきます」
「ありがとうございます」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
こうして、藤井直人の採用が決まった。
正式な入社は2029年3月。
井上に続く、一般公募からの採用だった。
社員番号は、入社時に正式に付与することになっている。
*
12月の終わり。
金目は、三宅から届いた資料を確認していた。
2029年の事業計画。
採用予定。
給与テーブルと評価制度の整備状況。
そして、資金繰り。
金目は、オンラインで三宅と話していた。
「今年も、結構いろいろありましたね」
「そうですね」
三宅は、少し笑った。
「4月に本町事業所を開設して、上田さんが入社されました」
「そうですね」
「その後、田村さん、尾崎さん、岩田さんも社員になられました」
「うん」
「そして、初めて一般採用も始めました」
金目は、少し考えた。
2028年。
会社員を辞めて、専業経営者になった年だった。
最初は、時間ができたことに戸惑っていた。
しかし、今では考えることが増えている。
会社の仕事。
人の採用。
給与。
評価。
そして、今後の組織づくり。
「……なんか、あっという間でしたね」
「そうですね」
三宅は、次の資料を開いた。
「来年は、さらに準備が必要です」
「何からです?」
「まず、井上さんの入社準備ですね」
「ああ、そうですね」
「それから、3月には藤井さんが入社されます」
「うん」
「4月には給与テーブルと評価制度を施行する予定です」
「……来年も忙しそうやな」
三宅は少し笑った。
「そうですね」
金目は、資料を見直した。
給与テーブルについては、職務ごとの役割や責任範囲を整理している。
管理職と専門職、それぞれに昇格や昇給の道を用意する。
評価制度についても、共通項目と職種ごとの項目を分ける方向で進めていた。
ただし、まだ完成したわけではない。
年明けには試行評価を行い、実際に使えるか確認する予定だった。
「……これ、ちゃんと間に合います?」
金目が尋ねると、三宅は少し考えた。
「予定どおり進めば、大丈夫だと思います」
「なるほど」
「ただ、試行してみないとわからないこともありますから」
「そうですね」
金目は、少し笑った。
「……まあ、やってみて考えましょうか」
「そうですね」
三宅はうなずいた。
制度を作る。
人を採用する。
仕事を任せる。
どれも、最初から正解がわかっているわけではない。
だからこそ、考えながら進める必要がある。
*
その日の夜。
金目は、自宅の机で2029年の予定表を開いていた。
年明け。
『井上修一 入社準備』
3月。
『藤井直人 入社予定』
4月。
『給与テーブル・評価制度施行』
ほかにも、継続案件の打ち合わせや、新しい相談の予定が並んでいる。
金目は、しばらく画面を眺めた。
ちょうど1年前。
会社員としての仕事を終え、株式会社カナメに専念することを決めた。
あの頃は、2つあった予定表が一つになったことを、少し不思議に思っていた。
今は、その一つの予定表に、いくつもの仕事が並んでいる。
自分が直接作業する仕事は、以前より減っている。
しかし、考えることは増えていた。
誰に何を任せるのか。
どんな人を迎えるのか。
その人たちが、どうすれば安心して働けるのか。
金目は、少し考えた。
会社を大きくしようと思って始めたわけではなかった。
ただ、面倒な仕事を少し楽にしたかった。
それが、気がつけば人を雇い、事業所を構え、次の年の採用計画まで考えるようになっている。
「……ほんま、何がどうなるかわからんな」
金目は、小さく笑った。
そして、予定表を閉じた。
「……来年も、ぼちぼちやっていこか」
2028年が、終わろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、株式会社カナメが初めて内定辞退を経験するお話でした。
前回は、金目たちが応募者を選考し、採用を見送る判断をしました。
今回は反対に、金目たちが採用したいと思った人物から断られることになります。
採用活動は、会社が一方的に人を選ぶものではありません。
応募者も、自分が働く会社を選んでいます。
小さな会社であるカナメには、大きな会社にはない良さがありますが、まだ整っていない部分も多くあります。
金目は今回の経験を通じて、採用するだけでなく、選んでもらえる会社になる必要があることに気づきました。
そして、藤井直人の採用も決まりました。
2028年は、金目が専業経営者として歩み始めた最初の1年。
来年は新しい仲間が加わり、給与テーブルや評価制度も動き始める予定です。
株式会社カナメの成長を、引き続き見守っていただければ幸いです。




