知らない名前
2028年10月に入って間もない頃。
金目は、三宅から共有された応募書類に目を通していた。
株式会社カナメは、9月の終わりから一般向けの中途採用を始めていた。
これまで社員として迎えてきた人たちは、以前から一緒に仕事をしていた人物か、誰かの紹介で知り合った人物ばかりだった。
しかし、今回の応募者は違う。
履歴書に書かれた名前に、見覚えはなかった。
職務経歴書には、これまで担当した開発の内容が並んでいた。
開発経験は十分にある。
複数の案件に携わり、いくつもの機能を実装してきたらしい。
使用してきた技術も、今のカナメで使っているものと大きくは違わない。
金目は、職務経歴書を読み進めた。
どんな仕事を、どこまで任せられるだろう。
使用した技術の名前だけでは、まだわからなかった。
金目は、三宅に連絡した。
『応募書類、確認しました』
『ありがとうございます。いかがでしょうか』
『経験は十分ありそうですね。一回お話聞いてみましょうか』
『承知しました。面接を調整しますね』
金目は、応募書類を閉じた。
初めての一般応募。
初めての面接。
少し楽しみでもあった。
*
数日後。
金目、西田、田村、三宅の4人は、応募者とのオンライン面接に参加していた。
画面の向こうに現れたのは、30代の技術者だった。
落ち着いた話し方で、質問にも丁寧に答えている。
「本日はお時間いただき、ありがとうございます。株式会社カナメの金目です」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
簡単な自己紹介を終えると、金目は職務経歴書を開いた。
「これまで、いくつかの開発案件を担当されてきたんですね」
「はい。主に業務システムの開発を担当してきました」
「なるほど」
「設計から実装、テストまで一通り経験しています」
西田が、使用してきた技術について質問する。
応募者は、具体的な技術名や担当した機能を説明した。
実務経験は、確かにあるようだった。
金目は、少し考えてから尋ねた。
「ちなみに、その設計を選ばれた理由って何でしょう?」
「以前の職場でも使っていた方法でしたので」
「なるほど。ほかの方法は検討されました?」
「いえ、特には」
金目はうなずいた。
「もし、今と違う条件だったら、どうされます?」
応募者は、少し考えた。
「……同じ方法を使うと思います」
「そうですか。ありがとうございます」
金目は、それ以上深く追及しなかった。
面接は、その後も続いた。
過去に担当した仕事。
チームでの役割。
顧客との関わり方。
応募者は、それぞれの質問に丁寧に答えた。
ただ、金目には少し気になることが残った。
何を作ったのかは、説明できる。
どんな技術を使ったのかも、説明できる。
しかし、なぜその方法を選んだのかという質問になると、答えが曖昧になる。
もちろん、これまでの職場では、それで十分だったのかもしれない。
決められた仕様に沿って、正確に実装する。
それも、大切な仕事だった。
ただ、今のカナメでは、顧客の業務を理解し、何を変えるべきか考えるところから始める案件が多い。
金目は、最後に尋ねた。
「何か、こちらに質問はありますか?」
応募者は、勤務時間や担当する案件について確認した。
金目は、一つずつ答えた。
面接を終え、画面の向こうの応募者が頭を下げる。
「本日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
通話が終了した。
*
面接が終わったあと。
金目たちは、評価シートを確認していた。
西田が口を開いた。
「技術的には、仕事できると思うで」
「そうやな」
「実装の経験もあるし、任せられる仕事はあると思う」
田村もうなずいた。
「決まった仕事を進めるんは得意そうやな」
「そうですね」
金目は、評価シートを見直した。
技術的な経験。
担当した仕事。
受け答え。
どれも、大きな問題があるわけではない。
しかし、募集前に整理した採用基準には、技術力以外の項目もあった。
自分で考えられること。
顧客の仕事を理解しようとすること。
状況に応じて判断できること。
金目は、少し考えた。
「……今のうちで任せたい仕事とは、ちょっと違うかもしれんな」
西田がうなずいた。
「そうやな」
田村も続けた。
「お客さんごとに事情が違うからな。決まった方法をそのまま使うだけでは、対応できへんことも多いし」
「そうですね」
金目は、評価シートを見直した。
技術力がないわけではない。
経験もある。
ただ、今回求めている役割に対して、必要な判断力を十分に確認できなかった。
「……今回は、見送りましょうか」
三宅が確認した。
「理由は、どのように整理しますか?」
「技術力というより、今回求めている業務分析と判断の部分ですね」
「承知しました」
金目は、評価シートに理由を記入した。
初めての一般採用。
初めての不採用だった。
金目は、少しだけ考えた。
「……せっかく応募してくれたのにな」
三宅が、静かに答えた。
「採用しないことも、双方にとって必要な判断だと思います」
「そうですね」
「入社してから、お互いに想定していた仕事が違ったとなる方が、困ることもありますから」
金目はうなずいた。
応募してくれた人にも、これまでの経験がある。
別の会社なら、その経験を十分に生かせるかもしれない。
しかし、今のカナメで必要としている仕事とは、少し違った。
金目は、評価シートを閉じた。
*
それから数日後。
三宅から、また連絡が届いた。
『中途採用の応募がありました』
金目は、少し驚いた。
『またですか?』
『はい。書類を共有しました』
『ありがとうございます。確認します』
金目は、添付された職務経歴書を開いた。
『井上修一』
初めて見る名前だった。
職務経歴書には、これまでの仕事が並んでいる。
システム保守。
運用管理。
障害対応。
問い合わせ対応。
運用改善。
金目は、少し首をかしげた。
「……開発の募集やったよな?」
最初の応募者とは、少し違う。
今度は、開発よりも保守・運用の経験が中心だった。
金目は、求人票を確認した。
募集しているのは、開発経験のある技術者。
井上にも開発経験はあるようだったが、職務経歴書の中心は既存システムの維持管理だった。
金目は、三宅に連絡した。
『井上さんの書類、確認しました』
『ありがとうございます。いかがでしょうか』
『開発というより、運用の方が専門みたいですね』
『そうですね。ただ、運用改善のご経験は豊富なようです』
『なるほど』
金目は、もう一度書類を見直した。
最初の応募者は、募集条件をおおむね満たしていた。
しかし、採用には至らなかった。
今度の応募者は、募集内容と少し違う経歴を持っている。
それでも、書類だけではわからないことがある。
『一回、お話聞いてみましょうか』
『承知しました。面接を調整しますね』
金目は、応募書類を閉じた。
採用するかどうかは、まだわからない。
ただ、今度は最初から、少し違う視点で話を聞いてみようと思った。
*
数日後。
金目、西田、三宅の3人は、井上修一とのオンライン面接に参加していた。
画面の向こうに現れた井上は、落ち着いた雰囲気の男性だった。
金目より6歳年上。
話し方も穏やかで、必要以上に自分を大きく見せようとはしない。
「本日はお時間いただき、ありがとうございます。株式会社カナメの金目です」
「井上です。本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
簡単な自己紹介を終えると、金目は職務経歴書を開いた。
「これまで、保守・運用のお仕事が中心だったんですね」
「はい。新規開発に携わったこともありますが、長く担当してきたのは既存システムの運用です」
「なるほど」
「問い合わせ対応や障害対応、運用手順の整備などを担当してきました」
金目は、少しうなずいた。
「その中で、特に印象に残っている仕事ってあります?」
井上は少し考えた。
「以前、業務システムで大きな障害が起きたことがありまして」
「はい」
「複数の部署で使っているシステムだったので、まず利用できない範囲を確認しました」
「なるほど」
「原因を調べることも必要でしたが、先に業務を再開できる状態にすることを優先しました」
西田が口を開いた。
「復旧は、どう進められたんですか?」
「直前の変更内容と監視情報を確認し、影響範囲を限定したうえで、復旧可能な状態へ戻しました」
「なるほど」
「その後、原因を調査して、同じ問題が起きないように手順を見直しました」
西田は、少し考えた。
「復旧と原因調査を分けて考えたんですね」
「はい。もちろん状況によりますが、利用者への影響を長引かせないことを優先しました」
金目は、話を聞いていた。
派手な実績ではない。
新しい技術を使って何かを作ったという話でもない。
しかし、何を優先し、どう判断したのかがわかりやすかった。
最初の応募者とは、少し違う。
何をしたのかだけでなく、なぜそうしたのかが説明できる。
金目は、少し興味を持った。
「……なるほど。ありがとうございます」
*
面接の後半。
金目は、井上に尋ねた。
「井上さんは、新しいものを作る仕事と、今あるものを守る仕事、どちらが得意です?」
井上は少し考えた。
「どちらも必要だと思いますが、私は今あるものを安定して使えるようにする方が得意です」
「なるほど」
「システムは、作って終わりではありませんから」
「そうですね」
「毎日使っていただくものですし、何かあったときに復旧できることも大切だと思っています」
金目はうなずいた。
株式会社カナメでも、継続案件が増えていた。
新しい仕組みを作る仕事だけではない。
作ったものの問い合わせ対応。
小さな修正。
定期的な確認。
障害が起きたときの対応。
そういった仕事も、少しずつ増えている。
「ちなみに、今回うちに応募された理由って何でしょう?」
井上は、少し笑った。
「まず、リモート勤務を基本にされているところですね」
「ああ、なるほど」
「今の仕事でも在宅勤務はあるんですが、御社の働き方には興味を持ちました」
「ありがとうございます」
「それと、求人票に業務改善という言葉があったので」
「はい」
「決められた手順を守るだけではなく、手順そのものをよくしていく仕事ができるのかなと思いまして」
金目は、少し考えた。
「それは、うちの考え方に近いですね」
「そうなんですか?」
「はい。僕らも、面倒な仕事を減らすために仕組みを作ってますから」
井上はうなずいた。
「そういう仕事には、興味があります」
金目は、少し笑った。
募集していた仕事とは、少し違う。
しかし、会社の考え方とは、意外なほど近いのかもしれなかった。
*
面接が終わったあと。
金目、西田、三宅、田村の4人で、井上の採用について話し合った。
西田が口を開いた。
「開発の即戦力としては、ちょっと違うかもしれんな」
「そうやな」
「でも、運用の経験はかなりあると思うで」
金目はうなずいた。
田村も、案件一覧を確認していた。
「最近、問い合わせ対応も増えとるからな」
「そうですね」
「開発の途中で問い合わせが入って、担当者が作業止めることもあるやろ」
「ありますね」
西田が続けた。
「作る人を増やすんも必要やけど、作ったもんを守る人も必要やで」
金目は、共有案件表を開いた。
継続案件の中には、運用に関する仕事がいくつもある。
問い合わせ対応。
定期的な確認。
障害時の調査。
小さな修正。
これまでは、開発担当者がそれぞれ対応してきた。
しかし、案件が増えるにつれ、その負担も大きくなっていた。
「……作ったあとも、仕事って続くもんな」
「せやな」
西田はうなずいた。
「むしろ、長く使ってもらうほど、そういう仕事は増えるで」
金目は、少し考えた。
「……運用を専門に見る人がいてもええんちゃうかな」
三宅が口を開いた。
「新しい職務として設けるということですか?」
「そうですね。今のところ部署にするほどではないですけど」
「でしたら、担当する業務の範囲を整理した方がいいですね」
「そうですね」
田村も、少し考えた。
「問い合わせ対応の窓口も、整理した方がええかもしれんな」
「うん」
「全部井上さんに渡すんやなくて、どこまでお願いするか決めといた方がええと思う」
「それはそうやな」
金目は、資料にメモを残した。
『保守・運用担当』
新しい役割だった。
しかし、今のカナメには必要な仕事でもあった。
*
10月の終わり。
金目は、井上にもう一度面談の時間をもらった。
「今日は、前回のお話を踏まえて、少しご相談がありまして」
「はい」
「実は、最初に募集していた開発担当とは、少し違う役割をご提案したいんです」
井上は、少し考えた。
「どういった役割でしょうか」
「保守・運用を中心に、今ある仕組みを安定して使っていただくための仕事です」
「なるほど」
金目は、現在のカナメの状況を説明した。
継続案件が増えていること。
開発担当者が運用や問い合わせ対応も兼任していること。
今後、運用の仕組みを整理する必要があること。
「まだ、ちゃんとした部署があるわけではないんです」
「そうなんですね」
「ただ、これから必要になる仕事やと思ってまして」
井上は、少し考えた。
「新しい部署を作るということでしょうか?」
「将来的には、そうなるかもしれません。ただ、今すぐという話ではないです」
「なるほど」
「まずは、今ある仕事を整理して、どこを分けたらええか考えてもらえたらと思ってます」
井上はうなずいた。
「それは、面白そうですね」
「そうですか?」
「はい。既に決まった運用を続けるだけではなく、仕組みを整えるところから関われるのであれば、興味があります」
金目は、少し安心した。
井上は、続けて尋ねた。
「ただ、一つ確認させてください」
「はい」
「障害が起きたとき、私一人で対応することになりますか?」
金目は、少し考えた。
「そこは、そうならないようにしたいと思ってます」
「なるほど」
「最初から全部お願いするつもりはないです。西田さんたち開発側とも連携しながら、対応の仕組みを考えていきたいんです」
「わかりました」
「まず、どこを分けるべきか、一緒に考えてもらえませんか」
井上は、少し笑った。
「それでしたら、ぜひやってみたいです」
金目はうなずいた。
その後、職務内容と雇用条件について確認した。
給与。
勤務形態。
担当する仕事。
そして、入社時期。
井上は、少し考えてから言った。
「ぜひ、お世話になりたいと思っています」
「ありがとうございます」
「ただ、現在の仕事の引き継ぎがありますので、入社は来年の早い時期からでもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
金目は、少し笑った。
「今のお仕事も、最後までちゃんと引き継いできてください」
「ありがとうございます」
「うちも、それまでに準備しておきます」
井上は、深く頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
こうして、株式会社カナメは初めて一般公募からの採用を決めた。
社員番号8。
正式に番号が付くのは、井上が入社したときだった。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、株式会社カナメが初めて一般向けの中途採用に取り組むお話でした。
最初の応募者は、開発経験もあり、募集条件をおおむね満たしていました。
しかし、面接で話を聞いてみると、今回のカナメが求める仕事とは少し違う部分が見えてきます。
金目にとっては、初めての不採用という判断になりました。
その後に応募してきたのが、井上修一です。
井上は募集していた開発職とは少し異なり、保守・運用を得意とする人物でした。
しかし、話を聞くうちに、金目たちは自分たちの会社に足りなかった役割に気づきます。
求人票の条件に合っているから採用する。
条件から少し外れているから不採用にする。
必ずしも、それだけでは決められないのが採用の難しいところなのかもしれません。
次回も、新しい応募者との出会いが続きます。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




