七番目の仲間
7月に入っても、株式会社カナメの仕事は増え続けていた。
2028年。
大阪・本町に事業所を開いてから、3か月が経っている。
5月には田村洋介が、6月には尾崎達也が正社員として加わった。
案件の進行管理や資料の整理は、以前より安定してきた。
しかし、金目が共有案件表を開くと、気になることがあった。
「……岩田さん、結構仕事抱えてるな」
技術調査。
難易度の高い修正。
設計上の確認。
いくつもの案件に、岩田健太の名前が並んでいる。
金目は、西田に連絡した。
『岩田さん、最近忙しそうやな』
返事は、しばらくして届いた。
『せやな。難しいところは、どうしても岩田さんに寄るんよ』
『西田さんでも見られるやろ?』
『見られるけど、俺も上田の教育と開発全体を見とるからな』
『なるほど』
金目は、案件一覧を見直した。
上田は、4月に入社してから少しずつ仕事を覚えている。
しかし、まだ難しい仕事を任せられる段階ではない。
西田も、教育と開発統括の両方を担当している。
技術的に難しい部分は、どうしても岩田に集まっていた。
『そろそろ、岩田さんの働き方も考えた方がええかもしれんな』
西田から、もう一通届いた。
金目は、少し考えた。
田村と尾崎は、既に社員になっている。
創業期から関わってくれている協力者の中で、岩田だけが業務委託のままだった。
ただ、順番だから社員にするわけではない。
今後も技術面を継続して支えてもらう必要がある。
『一回、本人と話してみるわ』
『それがええと思う』
金目は、岩田に連絡した。
*
数日後。
金目は、岩田とオンラインで話していた。
「岩田さん、最近どうです?」
「まあ、忙しいですね」
「そうですよね。結構いろいろお願いしてますし」
「いえ、仕事自体は面白いので」
岩田は、少し笑った。
金目は、今後の仕事について説明した。
大口顧客との継続案件。
新しく増えている相談。
そして、これから必要になる技術的な判断。
「岩田さんには、今後も継続してお願いしたいと思ってるんです」
「ありがとうございます」
金目は、少し考えてから尋ねた。
「……うちの社員になるって、考えられます?」
岩田は、少し驚いた顔をした。
「社員ですか」
「はい。今まで業務委託でお願いしてましたけど、正社員として来てもらえたらと思いまして」
「なるほど……」
岩田は、しばらく考えた。
「仕事は、今までと同じですか?」
「基本的には。ただ、技術的な判断をもう少し任せたいと思ってます」
「そうですか」
岩田は、少し言いにくそうに続けた。
「……社員になったら、人の管理とかもするんですか?」
「管理?」
「人数も増えてきたので、そのうち自分も部下を持つことになるんかなって」
金目は、少し考えた。
「岩田さんは、どうしたいです?」
岩田は、少し黙った。
「できれば、技術の仕事を続けたいです」
「うん」
「人をまとめたり、進捗を管理したりするのは、あんまり得意じゃなくて」
「なるほど」
「でも、難しい問題を調べたり、原因を見つけたりするのは好きなんです」
金目はうなずいた。
岩田は、これまでも技術的な難所を何度も解決してきた。
問題が起きたとき、原因を調べる。
必要な情報を整理する。
そして、どうすれば解決できるかを考える。
その力は、会社にとって大切だった。
「ほな、無理に管理職になる必要はないと思いますよ」
「……そうなんですか?」
「はい。得意なところで力を発揮してもらう方がええですし」
岩田は、少し安心したようだった。
「それなら、前向きに考えたいです」
「ありがとうございます」
「ただ、条件は確認させてください」
「もちろんです」
金目は、三宅と相談して雇用条件を整理すると伝えた。
通話を終えたあと、金目は少し考えた。
岩田には、技術の仕事を続けてもらいたい。
しかし、その場合、将来どうやって評価や昇給を決めるのか。
今のカナメには、まだ明確な仕組みがなかった。
*
7月の終わり。
金目、三宅、西田の3人で、岩田の雇用条件を確認していた。
三宅が、資料を開いた。
「岩田さんの給与は、どのように決めますか?」
金目は、少し考えた。
「今までの報酬を参考にしたらええんちゃいます?」
「それも一つの方法ですね」
三宅はうなずいた。
「ただ、今後入社される方については、どうしましょうか」
「……そのとき考えるとか」
三宅は、少し考えた。
「同じような仕事をされる方でも、採用時期によって条件が大きく違ってしまうかもしれません」
「……確かに」
金目は、資料を見直した。
これまでは、人数も少なかった。
それぞれの仕事や経験を見ながら、個別に条件を決めてきた。
しかし、社員が増えれば、そのやり方だけでは難しくなる。
西田が口を開いた。
「あと、技術が得意な人に、管理職にならな給料上がらん仕組みは困るで」
「そうやな」
「岩田さんみたいな人が、技術を続けながら評価される道も必要やと思う」
金目はうなずいた。
人を管理する仕事と、技術を深く追いかける仕事。
どちらも、会社には必要だった。
しかし、求められる能力は違う。
「……ほな、給与テーブルみたいなん作った方がええんかな」
三宅はうなずいた。
「そうですね。評価の仕組みも含めて、整理した方がいいと思います」
「なるほど」
金目は、少し考えた。
「でも、それができるまで岩田さんの採用待ってもらうんも違いますよね」
「そうですね」
三宅は答えた。
「今回は、担当する職務と条件を個別に明確にしておきましょう。そのうえで、全体の制度を整えていく形がよいと思います」
「それでいきましょう」
西田もうなずいた。
「岩田さんの仕事は、今までどおり技術中心でええと思うで」
「そうやな」
金目は、資料にメモを残した。
『給与テーブル・評価制度の整備』
会社として、また一つ考えることが増えた。
*
8月。
岩田健太が、株式会社カナメの正社員として入社した。
社員番号7。
これまで業務委託として担当してきた仕事は、基本的に変わらない。
ただし、今後は技術専門職として、継続的に会社の開発を支えることになる。
三宅から、社員管理表の更新通知が届いた。
『7 岩田健太 技術専門職』
金目は、一覧を開いた。
1 金目修平 代表取締役
2 三宅彩 経理・総務
3 西田浩司 取締役・開発統括
4 上田拓海 開発担当
5 田村洋介 案件管理・人員調整
6 尾崎達也 業務支援
7 岩田健太 技術専門職
「……とうとう7番まで来たな」
金目は、少し笑った。
西田に連絡すると、すぐに返事が届いた。
『これで、最初から手伝ってくれとった人らが揃ったな』
『そうやな』
『岩田さんにも、引き続き難しいところをお願いできるし』
『助かるわ』
金目は、少し安心した。
ただ、岩田が社員になったからといって、すべての問題が解決するわけではない。
ある日、上田から岩田へ技術的な質問が届いた。
『この処理、どうしてこういう設計になってるんでしょうか?』
岩田は、丁寧に説明した。
ただ、その内容は少し専門的だった。
上田は、しばらく考えたあと、もう一度尋ねた。
『すみません。もう少し簡単に説明してもらえますか?』
岩田は、少し困った。
『ええと……』
そこへ、西田が補足した。
『上田、まずは何を解決したい処理なんか考えてみよか』
『はい』
『そのうえで、岩田さんの説明をもう一回見てみ』
『わかりました!』
金目は、そのやり取りを見ていた。
*
8月の終わり。
金目は、田村から届いた案件の進行表を確認していた。
新しい相談が増えている。
大口顧客との継続案件も続いている。
岩田が社員になり、技術面の体制は以前より安定してきた。
しかし、田村の資料には、いくつかの注意事項が書かれていた。
『新規案件の受注余力が少ない』
金目は、田村に連絡した。
『これ、結構厳しい感じです?』
『そうやな。今の人数やと、これ以上大きい案件は厳しいと思うで』
『……もう?』
『人数は増えたけど、仕事も増えとるからな』
金目は、少し考えた。
確かに、ここ数か月で社員は増えた。
上田。
田村。
尾崎。
岩田。
しかし、同じ期間に仕事も増えている。
西田は、開発統括と新人教育を担当している。
岩田は、技術的な難しい部分を見ている。
田村は、複数案件の進行を管理している。
尾崎も、案件を横断した業務を支えている。
それぞれが、自分の仕事を進めている。
ただ、全員に余裕があるわけではなかった。
『そろそろ、新しい人探した方がええんかな』
田村から返事が届いた。
『それも考えた方がええと思う』
金目は、少し笑った。
「……そろそろ、外から採らなあかんのかな」
これまでの採用は、知っている人ばかりだった。
しかし、次は違う。
まだ会ったことのない人を、会社に迎える必要があるのかもしれなかった。
*
9月。
金目は、三宅、西田、田村を交えてオンライン会議を開いた。
議題は、給与テーブルと人事評価制度について。
岩田の採用を検討したとき、三宅から指摘された問題だった。
これまでは、社員一人ひとりの仕事や経験を見ながら、個別に給与を決めてきた。
しかし、今後も人を増やすなら、ある程度の基準が必要になる。
金目は、事前に作っておいた資料を画面に表示した。
「一応、評価項目を考えてみたんですけど」
三宅がうなずいた。
「お願いします」
金目は、項目を一つずつ説明した。
技術力。
設計能力。
品質。
問題解決能力。
それぞれについて、何を評価するのかを簡単にまとめていた。
西田は、資料を確認した。
「技術職としては、悪くないと思うで」
「そうですか」
金目は、少し安心した。
しかし、田村が口を開いた。
「……これ、俺ら何で評価されるん?」
「え?」
「いや、技術のことばっかり書いてあるやろ」
金目は、資料を見直した。
確かに、技術的な項目が中心だった。
案件の進行管理。
納期の調整。
顧客との連絡。
そういった仕事については、ほとんど触れていない。
尾崎が担当している業務支援についても、評価の基準が曖昧だった。
「……あ」
金目は、少し黙った。
田村が笑った。
「俺らも一応、仕事しとるで」
「いや、ほんまそのとおりです」
金目は苦笑した。
自分が長く開発の仕事をしてきたせいか、無意識に技術職を中心に考えていた。
「……完全に抜けてたな」
西田も笑った。
「金目君らしいっちゃ、らしいけどな」
「いや、これはあかんな」
三宅が口を開いた。
「職種ごとに見る部分と、全員に共通する部分を分けてはどうでしょうか」
「なるほど」
「例えば、仕事の成果や組織への貢献は共通の考え方にして、専門性については職種ごとに整理する形です」
金目は、少し考えた。
「それなら、技術職以外も評価できますね」
「そうですね」
田村もうなずいた。
「案件管理やったら、納期とか調整の難しさとか、そういうところも見てもらえたらええな」
「そうですね」
西田が続けた。
「技術職も、設計が得意な人と、問題を調べるのが得意な人がおるからな」
「うん」
「同じ技術職でも、全部同じ基準では見られへんと思うで」
金目は、資料にメモを追加した。
成果。
役割と専門性。
組織への貢献。
大きく3つに分けて、その中身を職種ごとに考える。
「……まずは、この形で整理してみましょうか」
三宅はうなずいた。
「はい。たたき台を作ってみますね」
*
数日後。
三宅から、給与テーブルの草案が届いた。
職務の難易度。
責任の範囲。
求められる専門性。
それぞれに応じて、給与の範囲を設定する考え方だった。
金目は、資料を見ながら少し考えた。
「……人の給料って、難しいな」
三宅との通話でそう言うと、彼女はうなずいた。
「そうですね」
「安く雇いたいわけではないんですけど、会社が払える金額にも限界ありますし」
「ですから、役割と給与の関係を整理する必要があります」
「なるほど」
金目は、草案を見直した。
経験や能力だけでなく、数字に表れにくい成果もある。制度を作って終わりにはできず、運用後の見直しと、既存社員の職務・給与との整合が必要だという。
誰がどう評価し、その結果をどう説明するか。金目は、草案の横に確認事項を残した。
「……これ、いつから使うんです?」
金目が尋ねると、三宅は少し考えた。
「来年4月を目標にしてはどうでしょうか」
「半年後か」
「はい。それまでに、今いる皆さんの職務や給与との整合性も確認したいです」
「なるほど」
「制度を作るだけでなく、皆さんに説明できる状態にする必要がありますから」
金目はうなずいた。
「……ほな、2029年4月施行で進めましょうか」
「承知しました」
金目は、予定表に新しい予定を書き込んだ。
『2029年4月 人事制度施行』
草案を整え、年末までに職務と等級を整理する。年明けに試しの評価と修正を行い、3月に社員へ説明する段取りだった。
金目は、予定表を眺めた。
「……半年あっても、結構忙しそうやな」
三宅が少し笑った。
「そうですね。でも、急いで決めるよりはよいと思います」
「せやな」
金目は、資料を閉じた。
人を評価する。
それは、単に点数をつけることではない。
なぜその評価になったのかを、説明できる必要がある。
金目は、少しずつその難しさを感じ始めていた。
*
9月の終わり。
金目と三宅は、初めて一般向けの求人票を作っていた。
これまでの採用は、知人の紹介や、既に一緒に仕事をしてきた人たちが中心だった。
しかし、今度は違う。
株式会社カナメのことを何も知らない人に、会社を説明する必要がある。
三宅が、求人票の項目を確認していた。
「募集職種は、開発担当でよろしいですか?」
「そうですね。まずは開発の経験がある人を探したいです」
「必要な経験は、どのくらいにしましょうか」
「うーん……」
金目は、少し考えた。
経験が豊富な人なら、すぐに仕事を任せられるかもしれない。
しかし、条件を厳しくしすぎれば、応募できる人が少なくなる。
「一回、西田さんと田村さんにも聞いてみましょうか」
「そうですね」
後日、金目は2人と相談した。
西田は、技術的な基礎力と、自分で考えられることを重視した。
田村は、顧客や周囲と連携できることを重視した。
金目は、どちらも必要だと思った。
「……全部できる人を探したら、なかなか見つからへんやろな」
西田が笑った。
「そらそうや。そんな人、うちに来るとは限らんで」
「……それもそうやな」
田村も笑った。
「最初から全部できんでも、仕事覚えてくれたらええんちゃう?」
「そうですね」
金目は、必須条件と、入社後に覚えてもらう部分を分けて整理した。
次に、給与について確認する。
正式な給与テーブルは、2029年4月から施行する予定だった。
そのため、今回の募集では、職務内容と経験を踏まえた暫定的な給与レンジを設定する。
三宅が、既存社員との条件の整合性も確認した。
「この範囲なら、今の事業計画でも検討できると思います」
「ありがとうございます」
金目は、仕事内容、必要な経験、暫定の給与レンジと働き方を見直した。勤務地は大阪・本町、リモート勤務を基本とする。
最後に、会社紹介の欄が残っていた。
「……うちの会社って、何て説明したらええんやろ」
三宅が、少し笑った。
「普段、お客様に説明されている内容でよいのでは?」
「なるほど」
金目は、少し考えた。
顧客の面倒な仕事を減らす。
そのために、業務を理解する。
必要な仕組みを考える。
技術だけを売る会社ではない。
金目は、その考えを文章にした。
それから、求人票をもう一度読み直した。
「……まあ、こんなもんかな」
三宅が確認する。
「よいと思います」
「ほな、これで募集しましょうか」
「承知しました」
株式会社カナメは、初めて一般向けの中途採用を開始した。
*
募集を始めてから、数日が経った。
金目は、本町事業所でいつものように仕事をしていた。
共有案件表を確認し、顧客から届いた資料を整理する。
そのとき、三宅から連絡が届いた。
『中途採用の応募が1件届きました』
金目は、少し驚いた。
『ほんまですか?』
『はい。応募書類を共有しました』
金目は、ファイルを開いた。
履歴書。
職務経歴書。
そして、応募者の名前。
これまで一度も会ったことのない人物だった。
これまで迎えた人は知り合いばかりで、上田も西田の紹介だった。
しかし、今回は違う。
株式会社カナメのことを知らなかった人が、求人票を見て応募してくれた。
「……ほんまに応募来るんやな」
金目は、少し笑った。
そして、職務経歴書へ目を移した。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、岩田健太が社員番号7として入社し、創業期からカナメを支えてきた仲間が全員揃うお話でした。
岩田は技術の専門家ですが、人を管理する仕事が得意とは限りません。
得意なことを生かしながら、きちんと評価される仕組みも必要になってきます。
そこで金目たちは、給与テーブルと人事評価制度の整備を始めました。
もっとも、最初に金目が作った評価案は、技術職に偏っていたようですが(笑)
人が増えるということは、それぞれの仕事や貢献をどう評価するかも考えなければならないということなのでしょう。
制度の正式施行は2029年4月を予定しています。
そして、株式会社カナメは初めて一般向けの中途採用を開始しました。
これまでは知っている人たちと一緒に仕事をしてきた金目ですが、次回はいよいよ、まだ見ぬ応募者と向き合うことになります。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




