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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第二章 増えていく席
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仲間から社員へ

 上田が入社して、2週間ほどが経った。


 2028年4月。


 大阪・本町の小さな事業所にも、少しずつ人の出入りが増えていた。


 もっとも、全員が毎日出社しているわけではない。


 これまでどおり、仕事の基本はリモートだった。


 上田も、自宅で作業を進めながら、必要なときに本町へ来ている。


 西田が開発環境や仕事の進め方を教え、金目が顧客との仕事について説明する。


 最初のうちは、覚えることばかりだった。


 ある日、上田から西田へ連絡が届いた。


『すみません。この修正、どこまで変更していいのかわからなくて』


 西田は、少し考えてから返信した。


『まず、今の仕様を確認してみて。どこまで影響するか整理してから考えよう』


『わかりました!』


 金目は、そのやり取りを共有案件表で見ていた。


 上田は、まだ一人で仕事を完結できない。


 それでも、少しずつ覚えようとしている。


 金目は、ふと西田に連絡した。


『上田君、どうや?』


『まあ、ぼちぼちやな』


『仕事できそう?』


『まだまだやで。今は教える方が時間かかっとる』


『……そらそうか』


『最初から戦力に数えたらあかんって言うたやろ』


『せやったな』


 金目は笑った。


 社員は増えた。


 しかし、仕事を進められる人数が、そのまま増えたわけではなかった。


     *


 金目が田村洋介に連絡したのは、その週のことだった。


『今後の働き方について、一回お話しできませんか?』


 返事は、しばらくして届いた。


『ええで。いつにする?』


 数日後。


 金目と田村は、オンラインで話していた。


「最近、仕事も増えてきまして」


「そうやな」


「田村さんには、複数の案件を見てもらってますよね」


「まあ、そうやね」


「今後も、継続してお願いしたいと思ってるんです」


 田村は、少しうなずいた。


「それで?」


 金目は、少し考えてから切り出した。


「……うちに、社員として来てもらえません?」


 田村は、少し驚いた顔をした。


「社員?」


「はい」


「業務委託やなくて?」


「そうです。正社員として」


 田村は、少し考えた。


「急やなあ」


「まあ、そうですよね」


「今の仕事もあるし、すぐには決められへんで」


「もちろんです」


 金目は、今考えていることを説明した。


 これまでは、案件ごとに仕事をお願いしてきた。


 しかし、今後は複数の案件を継続して管理する必要がある。


 案件の進行。


 納期の調整。


 関係者との連絡。


 そして、必要に応じた人員の調整。


「田村さんには、その辺りをまとめてお願いしたいんです」


「……結構、任せるつもりなんやな」


「そうですね」


 田村は、少し考えた。


「俺、そんな偉いことできるかわからんで」


 金目は笑った。


「今までやってもろてることを、もう少し広げたいだけです」


「そうか」


「もちろん、全部一人で抱えてもらうつもりはないです」


「それは助かるわ」


 二人は笑った。


 田村は、少し間を置いて尋ねた。


「でも、社員になるんやったら、今までみたいに自由にはできへんやろ?」


「そうですね。働き方や責任の範囲は、ちゃんと決めたいと思ってます」


「給料も?」


「もちろんです」


「ほな、一回条件見せてもらえる?」


「はい。三宅さんと整理してお送りします」


 田村は、うなずいた。


「わかった。考えてみるわ」


     *


 続いて、金目は尾崎達也にも連絡した。


 尾崎は、これまで資料整理や納品確認、顧客ごとの細かな調整などを担当してきた。


 目立つ仕事ではない。


 しかし、誰かがやらなければならない仕事だった。


 金目は、尾崎とオンラインで話す時間を取った。


「最近、仕事の量も増えてきまして」


「そうですね」


「尾崎さんにも、いろいろお願いしてますよね」


「はい」


「今後も、継続してお願いしたいと思ってるんです」


 尾崎は、少し考えた。


「ありがとうございます」


 金目は続けた。


「それで、もしよかったら、社員として来てもらえませんか?」


「……社員ですか?」


「はい」


 尾崎は、少し驚いたようだった。


「私、今までみたいな仕事でいいんでしょうか」


「もちろんです。ただ、少し役割を広げてもらうことは考えてます」


「役割を?」


「資料の整理だけじゃなくて、案件を横断して、必要なところを支えてもらいたいんです」


 尾崎は、少し考えた。


「……何でも屋みたいになりません?」


 金目は、少し笑った。


「そこは、ちゃんと範囲を決めましょう」


「そうですね」


「何でもかんでもお願いするつもりはないです。尾崎さんが得意なことを、もう少し広く生かせたらと思ってます」


 尾崎は、少しうなずいた。


「それなら、考えてみたいです」


「ありがとうございます」


「ただ、条件は確認させてください」


「もちろんです」


 金目は、三宅に雇用条件の整理を依頼した。


 田村と尾崎。


 どちらも、これまで何度も一緒に仕事をしてきた人たちだった。


 しかし、社員として迎えるとなれば、話は別だった。


     *


 4月の終わり。


 金目、三宅、西田の3人で、採用について確認する時間を取った。


 三宅は、整理した資料を画面に表示した。


「まず、田村さんと尾崎さんの条件についてです」


「はい」


「お二人とも社員として迎える場合、給与と社会保険などの負担が増えます」


「そうですね」


「それに、4月からは上田さんの給与も発生しています」


 金目は、資料を見直した。


 本町事業所の賃料。


 通信費。


 上田の人件費。


 そこへ、さらに2人分の給与が加わる。


「……結構、増えるな」


「そうですね」


 三宅は、別の資料を開いた。


「今の売上が続く場合は、検討できると思います。ただ、仕事が減った場合も考えておきたいです」


「そうですね」


 金目は、数字を見比べた。


 今のところ、大口顧客との継続案件は順調だった。


 ほかの顧客からの仕事も続いている。


 しかし、それがいつまでも続く保証はない。


 西田が口を開いた。


「開発の方としては、田村さんに案件全体を見てもらえるんは助かるで」


「そうやね」


「尾崎さんも、今までいろいろ支えてくれとるしな」


「うん」


「ただ、2人いっぺんに増やすんは、確かに負担大きいかもしれんな」


 三宅はうなずいた。


「ですので、入社時期を分けるのはどうでしょうか」


「なるほど」


「まず田村さんを5月に迎えて、その後の状況を見ながら尾崎さんを6月に迎える形です」


 金目は、少し考えた。


「それなら、急に2人分増えるわけではないですね」


「そうですね。ただ、6月以降は2人分の固定費が増えることには変わりません」


「そこは、ちゃんと考えなあかんな」


 三宅は、会社に残しておくべき資金についても説明した。


 給与は、仕事が少ない月でも支払う必要がある。


 入金が遅れることもある。


 だから、売上があるからといって、すべて使ってよいわけではない。


 金目は、しばらく資料を眺めた。


「……人を雇うって、こういうことなんやな」


 三宅が少し笑った。


「上田さんを採用されたときにも、同じようなことをお話ししましたよ」


「……そうでした」


 西田も笑った。


「金目君、毎回新鮮に驚くな」


「いや、人数増えると、また違うやん」


「まあ、それはそうやな」


 金目は、もう一度資料を見直した。


 会社として、継続して仕事を任せられる人が必要だった。


 そのためには、継続して給与を支払える会社でなければならない。


「……ほな、段階的に進めましょうか」


 三宅はうなずいた。


「承知しました。お二人の条件を最終確認しますね」


     *


 5月。


 田村洋介が、株式会社カナメの正社員として入社した。


 これまで業務委託として担当してきた仕事は、基本的に変わらない。


 ただし、今後は案件全体の進行や人員調整について、より継続的に関わることになる。


 三宅から、社員管理表の更新通知が届いた。


『5 田村洋介 案件管理・人員調整』


 金目は、画面を眺めた。


「……5番か」


 少し前まで、社員番号は3までしかなかった。


 4月に上田が入社し、今度は田村が加わった。


 金目は、田村に連絡した。


『改めて、よろしくお願いします』


『こちらこそ。まあ、やることは今までとあんまり変わらんけどな』


『そうですね』


『早速やけど、ちょっと確認してええ?』


『何です?』


『新しい案件の優先順位なんやけど、今の予定やと少し厳しいと思うねん』


 金目は、思わず笑った。


『……入社初日からそれですか』


『今までの続きやからな』


『そらそうですね』


 金目は、共有案件表を開いた。


 田村は、既にいくつかの案件について調整案をまとめていた。


 社員になったからといって、急に仕事の内容が変わるわけではない。


 ただ、これからは、会社の中で継続してその役割を担ってもらう。


 金目は、少し安心した。


     *


 6月。


 尾崎達也も、株式会社カナメの正社員として入社した。


 社員番号6。


 これまで担当してきた資料整理や納品確認に加え、案件を横断した実務支援も担うことになった。


 三宅から、新しい社員管理表が届いた。


『6 尾崎達也 業務支援』


 金目は、尾崎に連絡した。


『今日から改めてよろしくお願いします』


『こちらこそ、よろしくお願いします』


『今までと同じように、無理のない範囲で進めていきましょう』


『ありがとうございます』


 少しして、尾崎から別の連絡が届いた。


『早速ですが、今の資料の管理方法について相談があります』


 金目は、少し笑った。


『何でしょう?』


『案件ごとに資料の置き場所が違うので、統一した方がいいと思うんです』


『なるほど』


『今後、人が増えるなら、最初に整理しておいた方がよさそうで』


 金目は、少し考えた。


 確かに、これまでは少人数だった。


 誰がどこに何を置いているのか、おおよそ把握できていた。


 しかし、人が増えれば、それだけでは済まなくなる。


『ええと思います。一回、案をまとめてもらえます?』


『承知しました』


 金目は、共有案件表を開いた。


 田村が案件全体の進行を整理する。


 西田が技術面を統括する。


 尾崎が、案件を横断した資料や実務を支える。


 三宅が経理と総務を管理する。


 そして、上田が少しずつ仕事を覚えている。


 以前より、役割がはっきりしてきた。


 ただ、まだすべてがうまく回るわけではない。


 上田は、簡単な修正でも間違えることがある。


 西田は、そのたびに確認し、必要なところを教えている。


 岩田は、引き続き業務委託として技術的な難しい部分を担当していた。


 金目は、案件一覧を見直した。


 人は増えた。


 それでも、考えることは減らなかった。


     *


 6月の終わり。


 金目は、本町事業所で社員管理表を開いていた。


 1 金目修平 代表取締役


 2 三宅彩 経理・総務


 3 西田浩司 取締役・開発統括


 4 上田拓海 開発担当


 5 田村洋介 案件管理・人員調整


 6 尾崎達也 業務支援


 6つの名前が並んでいる。


 金目は、しばらく画面を眺めた。


「……増えたなあ」


 少し前まで、自分一人で仕事をしていた。


 それが、今では6つの番号になっている。


 もっとも、役員も含めた番号なので、従業員は4人だった。


 金目は、少し笑った。


「……また三宅さんに訂正されそうやな」


 そのとき、三宅から月次の資料が届いた。


 人件費は、確実に増えている。


 しかし、案件の進行は以前より安定してきていた。


 金目は、資料を確認した。


 まだ、余裕があるわけではない。


 それでも、少しずつ会社としての形ができてきた。


 金目は、ふと昨年の6月を思い出した。


 あの日、本業の全社集会で事業所の閉鎖を知らされた。


 東京へ異動するか、会社を辞めるか。


 あのときは、どちらを選ぶべきかもわからなかった。


 それから、ちょうど1年。


 今は、大阪・本町に小さな事業所がある。


 新卒社員を迎え、さらに2人の仲間が社員になった。


「……1年で、えらい変わったな」


 金目は、小さく笑った。


 そのあと、共有案件表を開いた。


 岩田健太が担当している技術調査の項目が、いくつか並んでいる。


 まだ、業務委託として関わってもらっている。


 金目は、少し考えた。


「……次は岩田さんやな」


 金目は、予定表を開いた。


 来月の予定には、既にいくつもの仕事が入っている。


 会社は、まだまだ小さい。


 それでも、少しずつ前へ進んでいた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、これまで業務委託としてカナメを支えてきた田村と尾崎が、正式に社員となるお話でした。


社員番号は5と6。


上田の新卒入社に続き、会社の仲間が増えていきます。


ただ、人を雇うということは、仕事を任せるだけではありません。


毎月の給与を支払い、安心して働ける環境を作ることも、会社の責任になります。


そして、金目が本業の事業所閉鎖を知らされてから、ちょうど1年。


あの頃は自分の進路に悩んでいた金目が、今では仲間の雇用について考える立場になりました。


人生、1年でずいぶん変わるものですね。


次回もお付き合いいただければ幸いです。

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