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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第二章 増えていく席
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27/172

足りない手

 金目が本町に小さな事業所を借りようと思ったのは、専業になって間もない頃だった。


 2028年1月の終わり。


 会社員生活を終え、株式会社カナメの仕事だけをするようになってから、少しずつ時間の使い方が変わっていた。


 以前なら、本業を終えた夜に確認していた資料も、今は日中に処理できる。


 顧客との打ち合わせも、平日の昼間に予定を入れられるようになった。


 その一方で、少し気になることがあった。


 顧客と対面で話す場所がない。


 これまでは、オンラインで済ませることが多かった。


 それで困ることは、ほとんどなかった。


 ただ、資料を広げて相談したいときや、初めて会う顧客と話すときには、場所を探す必要があった。


 それに、4月には上田が入社する。


 最初から毎日出社させるつもりはない。


 しかし、仕事を教えるときに、必要に応じて集まれる場所があってもいい。


 顧客との打ち合わせも、上田に仕事を教える時間も、これからは同じ予定表に入る。どこで会うかだけでなく、その間の仕事を誰が進めるかも考えなければならない。


「……そろそろ、人が集まれる場所くらいあってもええんちゃうかな」


 金目は、三宅にメッセージを送った。


『ちょっと相談なんですけど、小さい事業所を借りるのってどう思います?』


 返事は、しばらくして届いた。


『事業所ですか?』


『はい。常駐するような場所ではなくて、打ち合わせとか、必要なときに使える場所です』


『なるほど。どのくらいの広さを考えておられます?』


『まだ具体的には決めてませんけど、数人集まれたら十分かなと』


『でしたら、まず用途と費用を整理しましょうか』


『お願いします』


 金目は、少し考えた。


 立派なオフィスが欲しいわけではない。


 社長室も必要ない。


 大きな会議室もいらない。


 ただ、会社として使える場所が一つあれば、それでよかった。


     *


 2月。


 金目と三宅は、大阪市内の小規模オフィスを探していた。


 候補に挙がったのは、本町周辺だった。


 交通の便がよく、大阪市内の顧客とも会いやすい。


 必要なときに、協力者たちが集まることもできる。


 金目は、物件情報を見比べた。


 広さ。


 賃料。


 駅からの距離。


 設備。


 どれも少しずつ違う。


「……思ったより、いろいろありますね」


 オンラインで画面を共有しながら、金目が言った。


 三宅は、候補物件をまとめた表を開いていた。


「賃料だけで見ると安いところもありますけど、共益費や初期費用も確認した方がいいですね」


「そうですね」


「あと、契約期間や解約条件もあります」


「なるほど」


 金目は、候補の一つを開いた。


 駅から近い。


 広さも十分。


 ただし、少し賃料が高い。


「ここ、ええ感じやな」


 三宅が資料を確認する。


「使いやすそうですけど、今の用途だと少し広すぎませんか?」


「……確かに」


「毎日全員が出社するわけではありませんし」


「そうやなあ」


 金目は、別の物件を開いた。


 こちらは、少し小さい。


 しかし、数人で打ち合わせをするには十分そうだった。


「……これくらいでええんちゃう?」


「そうですね。費用も抑えられそうです」


 西田にも、候補物件の情報を共有した。


『ここ、どう思う?』


 返事は、しばらくして届いた。


『広さはええと思うで。ネット回線は確認した方がええな』


『そこか』


『あと、オンライン会議するときの音も気になるな』


『なるほど』


『開発の仕事するんやったら、セキュリティも考えなあかんで』


『了解』


 金目は、確認事項を一覧に追加した。


 事業所を借りる。


 それだけのことでも、考えることは思ったより多かった。


     *


 いくつかの候補を比較した結果、金目たちは本町の小さな物件を選んだ。


 広すぎず、狭すぎない。


 数人で打ち合わせができる程度の広さ。


 駅からも、それほど遠くない。


 金目は、物件を見ながら少し笑った。


「……ほんま、小さいな」


 それでも、今のカナメには十分だった。


 契約条件を確認し、必要な手続きを進める。


 三宅は、賃料や共益費、初期費用を資金計画に反映した。


 西田は、通信環境や設備について確認している。


 開設予定は4月。


 それまでに、最低限の準備を整えることになった。


 机と椅子、打ち合わせ用のテーブル、モニター、通信回線、収納。金目は必要なものを一覧にした。


「……複合機もあった方がええかな」


 三宅に相談すると、今どのくらい印刷しているかと聞かれた。


『そんなに多くはないですね』


『でしたら、必要になってからでも遅くないと思います』


 金目は複合機を外した。長時間座っても疲れにくい椅子にも目が留まったが、値段を見て手を止める。常駐する場所ではない。


「……まあ、普通のでええか」


 必要なものだけを揃えることにした。


     *


 3月に入ると、本町事業所の準備が少しずつ進んだ。


 机と椅子の手配。


 通信回線の申し込み。


 打ち合わせ用の設備。


 必要な備品。


 三宅が手続きと費用を管理し、西田が技術面の確認を進める。


 金目は、全体の予定を整理した。


 4月には上田が入社する。


 その頃には、事業所も使えるようにしておきたい。


 ただし、働き方の基本はこれまでどおりだった。


 全員が毎日集まる必要はない。


 必要なときに集まれる場所がある。


 それだけでよかった。


 金目は、準備状況を確認した。


 机と椅子は手配済み。


 通信回線は開通待ち。


 打ち合わせ設備は、まだ一部が届いていない。


「……まあ、間に合うやろ」


 三宅から連絡が届いた。


『開設に必要な手続きは、予定どおり進んでいます』


『ありがとうございます』


『ただ、通信回線の開通日だけ、引き続き確認が必要です』


『了解です』


 金目は、予定表を更新した。


 事業所を作る。


 そのために必要なことも、少しずつ進んでいた。


     *


 3月末。


 金目は、三宅と西田を交えてオンライン会議を開いた。


 専業経営者になってから、最初の四半期が終わろうとしている。


 まず、三宅が収支について説明した。


「今のところ、数字は悪くありません」


「そうですか」


「大口のお取引先との継続案件も、予定どおり進んでいます」


「なるほど」


「ただ、4月からは固定費が増えます」


 三宅は、資料を切り替えた。


 本町事業所の賃料。


 通信費。


 設備にかかる費用。


 そして、上田の給与。


「……結構増えますね」


「そうですね。ただ、事前に計画していた範囲ではあります」


 金目はうなずいた。


 会社の売上は増えている。


 しかし、固定費も増えていく。


 これまで以上に、先のことを考える必要があった。


「今のところ、問題はなさそうですか?」


「はい。ただ、余裕が大きいわけではありません」


「そうですね」


 三宅は続けた。


「今後、さらに人を増やすのでしたら、その分も考える必要があります」


 金目は、少し考えた。


「……人、か」


 その言葉を聞いて、西田が口を開いた。


「ちょうど、その話しようと思っとったんやけど」


「何や?」


「最近、仕事が増えてきてな」


 金目は、共有案件表を開いた。


 西田は、画面を共有した。


 進行中の案件。


 新しい相談。


 納品予定。


 それぞれに、担当者の名前が並んでいる。


「継続案件は順調なんやけど、新しい相談も増えとるやろ」


「そうやな」


「今の人数やと、そろそろ厳しくなってきたで」


 金目は、画面を見つめた。


「……そうなん?」


 金目は、共有された案件一覧を見直した。


 確かに、以前より仕事は増えている。


 ただ、納期が遅れているわけではない。


 大きな問題が起きているようにも見えなかった。


「今のところ、ちゃんと回ってるように見えるけど」


「今のところはな」


 西田は、担当者ごとの予定を表示した。


「田村さんは、今3つの案件を並行して見とる」


「うん」


「岩田さんは、開発と技術調査が重なっとる。尾崎さんも、納品資料の確認が続いとるやろ」


「そうやな」


「みんな自分の仕事もあるから、カナメのために使える時間は限られとるんよ」


 金目は、予定表を見直した。


 確かに、担当者の欄は埋まっている。


 それぞれの仕事は進んでいるが、新しい案件を入れられる余裕は少ない。


「……今、あと何件くらい受けられる?」


 西田は少し考えた。


「今の人数やったら、あんまり増やされへんな」


「そうなんか」


「小さい仕事なら何とかなるかもしれん。でも、まとまった案件がもう1つ来たら、納期を調整せなあかんと思う」


「なるほど」


 西田は続けた。


「仕事はある。でも、手が足らん」


 金目は、しばらく画面を眺めた。


 今までは、仕事が増えれば誰かに任せてきた。


 自分で抱え込まないようにしてきた。


 それで、少しずつ会社は大きくなった。


 しかし、任せる相手の時間まで増やせるわけではない。


「……そら、そうやな」


 金目は、小さくつぶやいた。


     *


「でも、4月から上田君が来るやろ?」


 金目が言うと、西田はすぐに答えた。


「最初から戦力に数えたらあかんって、前にも言うたやろ」


「……ああ、そうやったな」


「むしろ、最初は教える時間が必要になるで」


「そうやね」


 西田は教育計画を開いた。最初の数週間は会社の仕事を覚え、環境を整えて簡単な修正や確認を経験する。その後、少しずつ実際の案件へ進む。その間、教える側の時間も要る。


「俺も、しばらくは教育に時間を使うつもりや」


「うん」


「せやから、俺が直接手を動かせる時間も減ると思う」


「なるほど」


 金目は、少し考えた。


 上田を採用したのは、今すぐ仕事を増やすためではない。


 これから人を育てていくためだった。


 その判断は、今も変わらない。


「……ほな、上田君とは別に考えなあかんな」


「そういうことやな」


 三宅が口を開いた。


「ただ、人を増やす場合は、費用の方も考える必要がありますね」


「そうですね」


 金目は、もう一度案件一覧を見た。


 仕事はある。


 しかし、今の体制では、これ以上大きく増やすのは難しい。


 その一方で、人を雇えば固定費が増える。


 どちらも、簡単な話ではなかった。


     *


「新しい人を探した方がええんかな」


 金目が尋ねると、西田は少し考えた。


「それも方法の一つやと思うで」


「うん」


「ただ、新しい人やったら、今の仕事を覚えてもらうところから始まるやろ」


「そうやな」


「顧客ごとに仕事の進め方も違うし、今までの経緯も知らんわけやからな」


 金目はうなずいた。


 株式会社カナメの仕事は、単純に同じものを作り続けるわけではない。


 顧客によって、業務の流れも違う。


 困っていることも違う。


 その違いを理解して、必要な仕組みを考える必要がある。


「……今のメンバーやったら、その辺りはわかってるもんな」


「そうやな」


 西田は、担当者一覧を開いた。


 田村。


 岩田。


 尾崎。


 いずれも、これまで何度も一緒に仕事をしてきた人たちだった。


 それぞれ得意な分野があり、仕事の進め方も理解している。


 ただ、今は業務委託という形で関わっている。


 カナメ以外の仕事もあるため、いつでも仕事を頼めるわけではない。


 金目は、少し考えた。


「……今手伝ってくれてる人に、社員になってもらうんはどうやろ?」


 西田はうなずいた。


「それはええと思うで」


「今の仕事もわかってるし、改めて一から教えることも少ないやろ」


「そうやな。ただ、本人らがどう考えとるかはわからんで」


「そらそうやね」


 三宅も、資料を確認しながら話した。


「社員として迎える場合、仕事が少ない月でも給与を支払う必要があります」


「そうですね」


「それに、4月からは上田さんも入社されますし、本町事業所の費用も増えます」


「……一気に増やすんは、ちょっと怖いな」


「そうですね。段階的に考えた方がいいと思います」


 金目は、少し笑った。


「西田さんは人が欲しい。三宅さんはお金が気になる」


 三宅は、落ち着いた声で答えた。


「どちらも必要なことだと思いますよ」


「……確かに」


 西田も笑った。


「俺も、金がなくなってまで人増やせとは言わんで」


「せやな」


 金目は、資料を見直した。


 仕事を増やすには、人が必要になる。


 しかし、人を増やすには、仕事を続けられる見通しが必要になる。


 どちらか一方だけでは、会社は回らない。


     *


 金目は、創業期からの協力者たちの資料を開いた。


 誰が、いつから関わっているのか。


 どんな仕事を担当しているのか。


 今後、どのような役割を任せられるのか。


 それぞれの名前の横には、これまで担当してきた案件が並んでいる。


 金目は、しばらく眺めた。


「……ほんま、いろいろ手伝ってもろたな」


 最初は、自分一人で仕事をしていた。


 それが、西田に手伝ってもらうようになり、少しずつ協力者が増えた。


 今では、金目が直接作業しなくても、多くの仕事が進むようになっている。


 しかし、その人たちにも、それぞれの仕事と生活がある。


 金目は、三宅に尋ねた。


「社員に迎えるとしたら、何から確認したらええです?」


「まずは、ご本人の意向ですね」


「そうですね」


「そのうえで、給与や働き方、担当する業務を整理する必要があります」


「なるほど」


「今の業務委託の条件と、社員としての条件は違いますから」


 金目はうなずいた。


 今までと同じ仕事を、同じ条件で続けてもらえばいいという話ではない。


 会社として、継続的に働いてもらう責任が生まれる。


「……まずは、一人ずつ話してみようか」


 西田がうなずいた。


「それがええと思う」


「順番も、今までの関わり方と、これから任せたい仕事を見て考えよう」


「そうやな」


 三宅は、確認事項をまとめ始めた。


「では、候補の方ごとに条件を整理しておきますね」


「お願いします」


 金目は、もう一度一覧を見た。


 社員番号1。


 金目修平。


 社員番号2。


 三宅彩。


 社員番号3。


 西田浩司。


 そして、4月から加わる社員番号4の上田拓海。


 その先の番号は、まだ決まっていない。


 ただ、これから新しい名前が増えていくのかもしれなかった。


     *


 会議を終えた金目は、4月の予定表を開いた。


『本町事業所 開設』


『上田拓海 入社』


 2つの予定が、並んでいる。


 どちらも、少し前までは考えていなかったことだった。


 会社を作った頃は、自宅の机があれば十分だった。


 今は、本町に小さな事業所を構えようとしている。


 仕事を手伝ってもらうだけだった会社が、新卒社員を迎える。


 そして、さらに人を増やすことも考え始めている。


「……なんや、急に会社らしくなってきたな」


 金目は、少し笑った。


 金目は、予定表を見直した。


 その下に、新しい予定を一つ追加する。


『協力者との今後の働き方について相談』


 まだ、相手も日程も決めていない。


 まずは、一人ずつ話を聞くところから始めるつもりだった。


 金目は、予定表を閉じた。


「……まずは、4月やな」


 来週には、初めての新卒社員がやってくる。


 そして、本町の小さな事業所も動き始める。


 株式会社カナメは、また少し形を変えようとしていた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、株式会社カナメが初めて小さな事業所を持つ準備を進めるお話でした。


場所は大阪・本町。


といっても、立派なオフィスではありません。必要なときに人が集まり、打ち合わせができる程度の小さな場所です。


一方、仕事が増えてきたことで、今度は人手不足という問題も見えてきました。


仕事を任せられる人はいる。でも、その人たちの時間まで増やせるわけではありません。


4月には初めての新卒社員が入社しますが、すぐに一人前の戦力になるわけでもありません。


そこで金目たちは、これまで一緒に仕事をしてきた協力者を社員として迎えることも考え始めました。


場所を作り、人を迎える。


株式会社カナメは、少しずつ会社らしい形になってきたようです。


次回もお付き合いいただければ幸いです。

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