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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第二章 増えていく席
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一つになった予定表

 目覚まし時計が鳴る少し前に、金目は目を覚ました。


 時計を見る。


 いつもと同じ時間だった。


 しばらく天井を眺めてから、起き上がる。


「……ああ、そうか」


 今日は、会社へ行かなくていい。


 2028年1月。


 年が明け、金目修平は株式会社カナメの専業経営者になった。


 長く続けてきた会社員生活は、昨年末で終わっている。


 いつものように朝食を済ませ、着替える。


 ただ、鞄を持って家を出る必要はない。


 金目は自宅の机へ向かった。


 机も、椅子も、パソコンも、何も変わっていない。


 以前から、カナメの仕事はここでしていた。


 違うのは、これから一日中ここで仕事ができるということだった。


「……通勤せんでええんやな」


 金目は、少し笑った。


 パソコンを開き、予定表を確認する。


 午前9時。


 何も入っていない。


 午前10時。


 何も入っていない。


 午後1時。


 契約書類の確認。


 午後3時。


 大口顧客との打ち合わせ。


 金目は、しばらく画面を眺めた。


「……午前中、空いとるな」


 これまでは、午前中にカナメの仕事をすることなど、ほとんどなかった。


 本業の会議があり、開発の仕事があった。


 昼休みに連絡を確認し、判断が必要なものは夜に回す。


 それが当たり前だった。


 今は違う。


 午前中から、カナメの仕事ができる。


 金目は、少し考えた。


「……ほな、何からやろか」


 スマートフォンが震えた。


 三宅からだった。


『おはようございます。今日の確認事項をまとめました』


 金目は返信した。


『おはようございます。今日は日中も対応できますよ』


 少しして、三宅から返事が届いた。


『承知しました。では、追加で確認をお願いしたいことがあります』


 添付された資料を開く。


 契約書類。


 支払い予定。


 今後の手続き。


 そして、いくつかの判断事項。


「……初日から容赦ないなあ」


 金目は、思わず笑った。


 それでも、今までは夜に回していた確認を、午前中のうちに片づけることができた。


 契約書類を確認する。


 支払い予定を承認する。


 判断が必要な事項に返事をする。


 気がつけば、まだ午前10時だった。


「……早いな」


 金目は時計を見た。


 これまでなら、仕事を終える頃には夜になっていた。


 今は、まだ午前中だった。


     *


 金目は、共有案件表を開いた。


 進行中の案件が並んでいる。


 技術的な判断が必要な項目には、西田の名前があった。


 既に方針が決まっているものも多い。


 契約や請求に関する事務は、三宅が整理している。


 案件の進行は、田村が管理している。


 岩田と尾崎も、それぞれの担当を進めていた。


 金目は、一つずつ確認した。


 未完了の項目はある。


 しかし、そのほとんどには担当者が決まっていた。


 金目が今すぐ何かをする必要はない。


「……あれ、俺、何したらええんや?」


 金目は、少し首をかしげた。


 会社員だった頃は、時間が足りなかった。


 夜に仕事を片づけ、休日にも資料を確認した。


 平日にしかできない手続きのため、有給休暇を使い切ったこともある。


 あの頃は、時間さえあればもっと仕事が進むと思っていた。


 ところが、いざ時間ができてみると、思ったよりやることがない。


 金目は、技術的な確認事項を一つ開いた。


 西田が担当している案件だった。


 少し気になるところがある。


 自分で確認してみようか。


 そう思い、資料を開きかけたところで、西田から連絡が届いた。


『そこは俺が見とるで』


「……見られとったか」


 金目は笑った。


『ちょっと気になっただけや』


『必要になったら頼むわ』


『了解』


 金目は資料を閉じた。


 西田に任せた仕事だ。


 自分の時間が空いたからといって、取り戻す必要はない。


 金目は、もう一度案件一覧を見直した。


 顧客との打ち合わせ。


 契約条件の判断。


 新しい相談への対応。


 そして、今後の事業についての検討。


 確かに、自分がやるべき仕事は残っている。


 ただ、そのほとんどは、今すぐ片づけるような仕事ではなかった。


 金目は、予定表を開いた。


 午前11時。


 まだ、何も入っていない。


「……時間って、余るもんなんやな」


 金目は椅子にもたれた。


 少し前まで、あれほど欲しかった時間だった。


 それが、いざ手に入ると、何に使えばいいのかわからない。


 金目は、しばらく考えた。


 そして、西田にメッセージを送った。


『今日の午後、ちょっと時間ある?』


 返事は、しばらくして届いた。


『あるで。どうしたん?』


『これからの会社のこと、少し話したいなと思って』


『ええで。ほな、午後に話そうか』


 金目は、予定表に新しい予定を書き込んだ。


『西田さんと今後の相談』


 午前中は、まだ少し残っている。


 金目は、以前から気になっていた顧客の一覧を開いた。


 しばらく連絡を取っていない顧客。


 以前、別の業務について相談してくれた顧客。


 今の案件が終わったあと、次に何をするか決まっていない顧客。


 金目は、その一覧を眺めた。


「……ああ、こういうことか」


 今までは、目の前の仕事を片づけることで精一杯だった。


 これからは、次の仕事を考える時間もある。


 金目は、最初の顧客の資料を開いた。


     *


 その日の午後。


 金目は西田とオンラインで話していた。


「金目君、専業初日どうや?」


「……思ったより暇やな」


 西田は笑った。


「そら、今まで任せるようにしてきたんやからな」


「そうなんやけど」


「何か困っとるん?」


「いや、困ってるわけちゃうねん。時間できたし、開発も少し手伝おうかなと思って」


「必要になったら頼むで」


「……即答やな」


「そらそうやろ。今のところ、予定どおり進んどるし」


 金目は苦笑した。


 西田は続けた。


「それより、金目君」


「ん?」


「これから会社、どうしたいん?」


 金目は少し黙った。


「……どうしたい?」


「そう。今までは本業もあったから、できる範囲で仕事を受けてたやろ」


「うん」


「これからは時間もあるわけやし、何をする会社にしたいんか、考えてもええんちゃう?」


 金目は、少し考えた。


 これまで、株式会社カナメを大きくしようと考えていたわけではない。


 最初は、自分が面倒だと思った仕事を楽にしたかった。


 それが顧客の仕事になった。


 西田に手伝ってもらうようになった。


 三宅が加わった。


 協力者が増えた。


 そして、株式会社になった。


 目の前の仕事を続けていたら、いつの間にか会社になっていた。


「……そういや、ちゃんと考えたことなかったな」


「せやろ」


「西田さんは、どう思う?」


 西田は少し考えた。


「俺は、今の仕事をちゃんと続けられる会社にしたいな」


「うん」


「人が増えても、誰か一人が全部抱え込むようなことにはしたくない」


「それはそうやな」


「あと、来年やなくて今年か。4月には上田も入ってくるやろ」


「ああ、そうやった」


「人を育てることも考えなあかん」


 金目はうなずいた。


 仕事を受けるだけなら、今までどおりでもいい。


 しかし、人を雇い、育て、会社を続けていくなら、それだけでは足りない。


「……ちょっと、考えてみるわ」


「おう。急がんでもええと思うで」


 通話を終えた金目は、しばらく画面を眺めていた。


 自分が何をするか。


 それだけではなく、会社として何をするか。


 考えることが、少し変わってきた。


     *


 数日後。


 三宅から、2028年の事業計画についての資料が届いた。


 金目は、オンラインで説明を受けていた。


「まず、今の継続案件についてです」


「はい」


「現時点では、予定どおり進んでいます。入金予定も整理できています」


「なるほど」


「ただ、今年は金目さんの働き方が変わりますので、その分も考える必要があります」


「僕の報酬ですね」


「そうですね。役員報酬や社会保険の扱いについて、確認しておきたいことがあります」


 金目は、資料を見直した。


 今までは、本業の給与があった。


 カナメからの収入に大きく頼る必要はなかった。


 しかし、今年からは違う。


 自分の生活も、会社の事業から支えることになる。


「……ほんまに会社一本になったんやな」


「そうですね」


 三宅は、少し笑った。


「それから、4月には上田さんが入社されます」


「ああ、そうですね」


「給与や社会保険、業務用の機材など、準備が必要です」


「西田さんには、教育の予定も考えてもらってます」


「承知しています。その分も含めて、資金計画を整理しておきますね」


 金目は、資料を見た。


 会社としての売上は、以前より増えている。


 ただし、支出も増えている。


 三宅の給与。


 西田の役員報酬。


 外部協力者への支払い。


 そして、これから加わる上田の人件費。


「今の取引が続けば、問題なく進められる見込みです」


 三宅は続けた。


「ただ、余裕が大きいわけではありません」


「そうですね」


「大口のお取引先からのお仕事も、いつまでも同じ量が続くとは限りませんから」


「うん」


 金目は、少し考えた。


 会社を大きくする。


 それ自体は、難しいことではないのかもしれない。


 人を増やし、仕事を増やせば、規模は大きくなる。


 しかし、それを続けられるかどうかは別の話だった。


「……仕事を増やすだけでは、あかんのやな」


「そうですね」


 三宅はうなずいた。


「続けられる形にしておくことが大切だと思います」


 金目は、資料を閉じた。


 会社として何をするか。


 その答えを考えるには、数字も必要だった。


     *


 金目が、平日の日中に顧客と打ち合わせをしたのは、その翌週だった。


 以前から付き合いのある顧客だった。


 これまでは、夕方以降に時間を取ってもらうことも多かった。


 しかし、今回は午前中に予定を入れている。


「今日はお時間ありがとうございます」


 金目が言うと、担当者は少し笑った。


「こちらこそ。平日の日中にお話しできるようになったんですね」


「はい。年明けから、こちらの仕事に専念することになりまして」


「そうだったんですか」


「今までより、日中の対応もしやすくなりました」


「それは助かります」


 金目は、進行中の案件について確認した。


 現在の運用。


 改善した部分。


 まだ残っている課題。


 担当者は、資料を見ながら説明した。


「実は、別の業務でも少し困っていることがありまして」


「そうなんですか」


「今の案件とは違うんですけど、管理部門で毎月まとめている資料があるんです」


「なるほど」


「それが、結構手間になってまして」


 金目は、話を聞いた。


 すぐに仕事を引き受けるとは言わなかった。


 まず、今どのように作業しているのかを確認する。


 誰が入力するのか。


 どこで確認するのか。


 何に時間がかかっているのか。


 担当者は、少しずつ説明した。


「……それでしたら、一度今の資料を見せてもらえませんか?」


「はい。準備します」


「そのうえで、どこを変えたら楽になるか考えましょう」


「お願いします」


 打ち合わせを終えた金目は、内容を整理した。


 以前なら、本業を終えてから作業していたかもしれない。


 しかし、今は違う。


 その日のうちに、田村と西田へ概要を共有できる。


『新しい相談がありました。まず現状調査から考えたいです』


 田村から返事が届いた。


『了解。資料が揃ったら確認するわ』


 西田からも返事があった。


『技術的なところは、内容見てから判断するで』


 金目は、少し笑った。


「……昼間に仕事できるって、便利やな」


 当たり前のことだった。


 ただ、今までの金目には、なかなかできなかったことだった。


     *


 2月。


 金目のもとに、以前の同僚から連絡が届いた。


『今日で、事業所も最後になりました』


 金目は、画面を見つめた。


 2028年2月。


 予定されていた事業所の閉鎖日だった。


 少しして、写真が送られてきた。


 見慣れた入口。


 何度も通った廊下。


 そして、片づけられた執務室。


 金目は、しばらく写真を眺めた。


「……ほんまに終わったんやな」


 昨年末、自分が退職したときには、まだ多くの人が働いていた。


 あれから2か月。


 その場所も、役目を終えたらしい。


 金目は、同僚へ返信した。


『長い間、お疲れさまでした。最後まで大変やったと思います。ゆっくり休んでください』


 返事は、少しして届いた。


『ありがとうございます。金目さんも、会社の方頑張ってください』


『ありがとう。また落ち着いたら飯でも行こう』


 金目は、スマートフォンを置いた。


 長く通った場所だった。


 いろいろな仕事をした。


 うまくいったことも、そうでないこともあった。


 それでも、あの場所で過ごした時間がなくなるわけではない。


 金目は、少しだけ椅子にもたれた。


 それから、株式会社カナメの案件一覧を開いた。


 今日も、仕事は続いている。


     *


 3月の終わり。


 三宅から、上田の入社準備について報告が届いた。


『上田さんの入社書類について、確認をお願いします』


 金目は、添付された資料を開いた。


 雇用関係の書類。


 業務用パソコン。


 アカウントの準備。


 勤務開始日の案内。


 必要な項目が、一つずつ整理されている。


 西田からも、教育計画が共有されていた。


 最初は、会社の仕事を知るところから。


 次に、開発環境の準備。


 簡単な修正。


 確認作業。


 そして、少しずつ実際の案件に関わっていく。


 金目は、資料を見直した。


「……ちゃんと考えてくれとるな」


 西田に連絡した。


『上田君の教育計画、確認したで』


『どうや?』


『ええと思う。最初は無理せんと進めよう』


『そのつもりや』


 金目は、少し考えた。


『ところで、初日って何から始めようか?』


 西田から返事が届いた。


『まずは会社の説明ちゃうか?』


『……そらそうやな』


 金目は笑った。


 これまで、株式会社カナメに入ってきた人たちは、全員が仕事の経験を持っていた。


 今度は違う。


 上田は、まだ会社で働いたことがない。


 仕事の進め方も、会社の考え方も、これから覚えていく。


 金目は、4月の予定表を開いた。


『上田拓海 入社』


 社員番号4。


 会社を作ったときには、考えもしなかった番号だった。


 金目は、少し笑った。


「……何から教えたらええんやろな」


 それから、西田にもう一通メッセージを送った。


『上田君の初日、一緒に考えようか』


 返事は、すぐに届いた。


『おう。そうしよう』


 金目は、予定表を閉じた。


 会社員としての仕事が終わり、専業経営者としての3か月が過ぎた。


 自分が直接手を動かす時間は、思ったほど増えていない。


 しかし、考えることは確実に増えていた。


 会社をどう続けていくのか。


 誰に何を任せるのか。


 そして、新しく入ってくる人に、何を伝えるのか。


 4月には、初めての新卒社員がやってくる。


 金目は、もう一度予定表を開いた。


 そこには、株式会社カナメの仕事だけが並んでいる。


 少し前まで、2つあった予定表。


 今は、もう一つだけだった。


「……まあ、ぼちぼちやっていこか」


 金目は小さく笑い、パソコンを閉じた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


第二章が始まりました。


会社員生活を終え、いよいよ株式会社カナメの専業経営者になった金目。


ところが、あれほど欲しかった時間が手に入った途端、何をすればいいのかわからなくなってしまいました。


これまで少しずつ仕事を任せてきた結果、金目がいなくても会社は動くようになっていたんですね。


とはいえ、社長の仕事がなくなったわけではありません。


今度は、自分が作業するのではなく、会社をどう続け、どう育てていくかを考える番です。


そして4月には、初めての新卒社員がやってきます。


これからの株式会社カナメも、引き続き見守っていただければ幸いです。

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