三番目の席
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
会社になって一年。金目のところには、今日も確認待ちの仕事が届いています。
金目が共有案件表を開くと、確認待ちの項目が一つ残っていた。
技術的な仕様について、最終判断が必要らしい。
金目は添付された資料を開いた。
西田が二つの案を比較している。
どちらも実現できるが、今後の修正のしやすさが違う。
岩田からも、それぞれの案について意見が書き込まれていた。
金目は、しばらく画面を眺めた。
「……これ、俺が決める必要あるんかな」
2027年1月。
株式会社カナメを設立して、一年が経っていた。
大口顧客との継続案件は増え、制作の仕事も安定してきている。
西田は、個人事業の頃から技術面を支えてくれていた。
今では、岩田への技術的な確認や、尾崎との資料のやり取りも、西田を中心に進むことが増えている。
それでも、最後に判断する欄には、金目の名前が残っていた。
金目は、二つの案をもう一度見比べた。
技術的な内容なら、西田の方が詳しい。
実際に作業する人の予定も、西田が把握している。
自分が一から確認するより、西田に決めてもらった方が早い。
金目は、三宅にメッセージを送った。
『ちょっと相談なんですけど、西田さんに開発全体を任せる形って、どう思います?』
返事は、しばらくして届いた。
『今も技術面では中心になっておられますよね』
『そうなんです。なので、正式に責任を持ってもらう形にした方がええかなと』
『でしたら、担当する範囲と権限を整理した方がよさそうですね』
金目はうなずいた。
仕事を任せる。
それ自体は、もう何度もやってきた。
ただ、今回は少し違う。
個別の仕事ではなく、開発全体を任せようとしている。
「……ほな、一回話してみるか」
*
「取締役?」
画面の向こうで、西田が少し首をかしげた。
「はい」
「社員やなくて?」
「そうです。開発全体を見てもらいたいんです」
金目は、今考えていることを説明した。
技術的な判断。
制作の進め方。
外部の協力者への作業の依頼。
そして、成果物の品質確認。
今は、金目が最終確認することになっているものが多い。
しかし、実際には西田が判断した方がよい仕事も増えている。
「外注さんも含めて?」
「そうです。田村さんとは案件の進行を分担してもらう形ですけど、技術や制作のところは西田さんにお願いしたいです」
「なるほどな」
西田は少し考えた。
「金目君はどうするん?」
「僕は顧客と経営の方を見ます。もちろん、技術のことも必要なら相談しますけど」
「結構任せるつもりなんやな」
「そのつもりです」
西田は、画面の資料を見直した。
「でも、取締役ってことは、今までより責任も増えるんやろ?」
「そうですね」
「ほな、何を任されるんか、ちゃんと決めようや」
「もちろんです」
「あと、報酬とか働き方もな」
「そこは三宅さんにも相談してます」
西田はうなずいた。
「俺も今の仕事があるから、すぐに全部変えるわけにはいかんで」
「それはそうですね」
「ただ、今やってる仕事の延長で、技術の判断を任せてもらえるんやったら、考えられると思う」
「ほんまですか」
「まだ決めてへんで」
「……そうですよね」
二人は笑った。
西田は続けた。
「金目君が本業続けるんやったら、昼間に何かあったときのことも考えなあかんやろ」
「はい」
「技術のことは俺が見てもええ。ただ、契約とか金のことは、勝手に決められへんで」
「そこは僕が判断します」
「ほな、境目を決めとこう」
金目はうなずいた。
西田らしい答えだった。
引き受けるなら、何を任されるのかを明確にする。
できることと、できないことを分ける。
金目自身も、これまでの仕事で何度も考えてきたことだった。
*
それから、何度かやり取りを重ねた。
金目と三宅は、取締役を迎えるために必要な手続きを整理した。
選任の手続き。
役員報酬。
職務の範囲。
会社としての責任。
そして、登記に関する確認。
「……社員一人増やすより面倒ちゃいます?」
金目が言うと、三宅は少し笑った。
「今回は社員の採用ではありませんから」
「そうでした」
「西田さんが引き受けられる条件も、きちんと確認しておきましょう」
「はい」
西田とも、働き方について話し合った。
現在の仕事との関係。
対応できる時間。
技術面で判断できる範囲。
金目に確認が必要な事項。
すべてを一度に変える必要はない。
ただ、会社として誰が何を決めるのかは、明確にしておく。
必要な手続きを経て、西田が取締役に就任することが決まった。
しばらくして、三宅から新しい管理表が届いた。
1 金目修平 代表取締役
2 三宅彩 経理・総務
3 西田浩司 取締役・開発統括
金目は、画面を眺めた。
「……三人になりましたね」
三宅との通話でそう言うと、彼女は少し笑った。
「従業員は、まだ私一人ですけどね」
「……そこは変わらんのですね」
「役員は従業員とは別ですから」
「なるほど」
金目は、管理表の三番目の名前を見た。
三人が並んで座る机はない。それでも、会社の中に西田の席ができた。
*
西田が取締役になってから、仕事の進め方が少し変わった。
技術的な判断は、西田が中心になって進める。
田村は、案件全体の進行と納期を整理する。
岩田は、技術的な確認を西田へ直接送る。
尾崎も、制作物に関する質問は西田に確認するようになった。
金目のところへ届く連絡は、少し減った。
ある日の夜。
金目が共有案件表を開くと、以前なら自分の確認待ちになっていた項目が、既に完了していた。
『技術方針は西田判断で確定。制作を進めます』
金目は、その内容を開いた。
判断の理由も、簡単に書かれている。
今の案件では、修正しやすさを優先する。
ただし、作業量が大きく増える場合は、改めて確認する。
金目は、少し笑った。
『これ、西田さんが決めてくれたん?』
返事は、しばらくして届いた。
『そら、任せる言うたやろ』
「……せやな」
金目は声に出して笑った。
『助かるわ。ありがとう』
『ほな、次の案件も同じように進めるで』
『よろしく』
金目は画面を閉じた。
自分が確認しなくても、仕事が進む。
以前から少しずつそうなっていたが、今はその範囲が広がっている。
会社を作ったときには、三宅に事務を任せた。
今は、西田に開発を任せている。
金目が本業で働いている間にも、株式会社カナメは仕事を進めていた。
*
西田から、少し変わった相談が届いたのは、二月のことだった。
『金目君、ちょっと聞いてええ?』
『何や?』
『知り合いの息子がな、来年大学卒業するんやけど』
金目は、画面を見つめた。
『うん』
『開発の仕事に興味あるらしいねん』
『へえ』
『カナメの話したら、一回話を聞いてみたいって言うとるんやけど』
金目は少し考えた。
『……うち?』
『そう。カナメ』
『いや、まだ新卒採用なんて考えてへんで?』
『知っとる。せやから、まず話だけでもどうかなと思って』
金目は椅子にもたれた。
今まで一緒に仕事をしてきた人たちは、全員が経験者だった。
西田も、田村も、岩田も、尾崎も、それぞれの仕事を持っている。
三宅も、経理や事務の経験がある。
しかし、新卒となれば話は違う。
仕事を教えるところから始めなければならない。
『ちなみに、どんな子なん?』
『大学で開発の勉強しとるらしい。自分で何か作ったりもしてるみたいやで』
『なるほど』
『名前は上田拓海。まだ就職先は決まってへんらしい』
金目は、少し考えた。
『西田さん、もし採用することになったら、教える方もお願いすることになるで?』
『そこは俺が見るつもりや』
『ほんま?』
『取締役になったばっかりやけどな』
金目は笑った。
『ほな、一回話してみようか』
『了解。本人に伝えとくわ』
金目は、予定表を開いた。
来年の春。
まだ一年以上先だった。
「……新卒かあ」
今まで、考えたこともなかった。
*
三月。
金目は、上田拓海とオンラインで話していた。
「はじめまして。金目です」
「はじめまして。上田拓海です。よろしくお願いします」
画面の向こうの上田は、少し緊張しているようだった。
大学生らしい、まだ若い顔をしている。
「西田さんから、少し話は聞いてます」
「はい。僕も、西田さんから会社のことを聞きました」
「そうなんですね。どんな話でした?」
「いろんな会社の仕事を、少し楽にする仕組みを作ってるって」
金目は笑った。
「まあ、だいたい合ってます」
上田も、少し笑った。
金目は、大学で何を学んでいるのか尋ねた。
上田は、自分が取り組んだ制作物について説明した。
小さなアプリケーション。
授業で作った仕組み。
個人で試してみたプログラム。
どれも、まだ実務で使われているものではない。
しかし、自分で考えて作ったものだった。
「これ、何で作ろうと思ったん?」
金目が尋ねると、上田は少し考えた。
「毎回、同じことをするのが面倒だったので」
「……なるほど」
金目は、思わず笑った。
「それは、うちと似てるかもしれんな」
「そうなんですか?」
「うちも、面倒な仕事を減らすところから始まったんですよ」
上田は、少し興味深そうに画面を見た。
金目は続けて尋ねた。
「上田君は、うちでどんな仕事をしてみたい?」
上田は、少し黙った。
「……まだ、具体的にはわからないです」
「うん」
「でも、自分が作ったものを、誰かに使ってもらえる仕事がしたいです」
金目はうなずいた。
「なるほど。それはええと思う」
そのあと、金目は簡単な技術的な質問をした。
上田は少し考えてから答えた。
しかし、その答えは正しくなかった。
「なるほど。なんで、そう考えたん?」
上田は、少し困ったような顔をした。
「ええと……この処理が先に動くと思ったので」
「うん」
「だから、こっちの値が使われると思いました」
金目は、上田の説明を聞いた。
答えは違っている。
しかし、何も考えずに答えたわけではない。
自分なりに、処理の順番を考えている。
「なるほどな。実際は、こっちが先に動くんですよ」
「あ、そうなんですね」
「そう。なので、結果が変わるんです」
「なるほど……」
上田は、画面を見ながらうなずいた。
金目は、少し考えた。
技術力だけなら、経験者を探した方が早い。
しかし、最初から全部できる必要はない。
わからないことを、どう考えるか。
間違えたときに、どう受け止めるか。
そういうところも、大切なのかもしれない。
「上田君、仕事でわからんことがあったら、どうする?」
上田は少し考えた。
「まず自分で調べます。それでもわからなかったら、聞きます」
「うん。それでええと思う」
金目はうなずいた。
何でも一人で解決する必要はない。
ただ、何も考えずに答えを求めるのとも違う。
上田は、まだ仕事のことをよく知らない。
それでも、考えながら学んでいくことはできそうだった。
*
面談を終えた金目は、上田の制作物を見直した。
作り方には、まだ改善できるところがある。それでも、面倒だと感じたことを自分で変えようとした跡は見えた。
「……悪くないんやけどな」
金目は椅子にもたれた。
経験者なら、何ができるかを見て仕事を頼めばいい。
しかし、新卒は違う。
今できることだけで判断するわけにはいかない。
かといって、将来できるようになるかもしれないという期待だけで採用するわけにもいかなかった。
金目は西田に連絡した。
『上田君と話したで』
返事は、しばらくして届いた。
『どうやった?』
『考え方は悪くないと思う。ただ、技術はまだまだやな』
『そら、これから卒業する学生やからな』
『西田さんは、どう見てる?』
少しして、通話の着信があった。
「もしもし」
「金目君、上田の作ったもん見たんやろ?」
「うん。一通り見せてもろた」
「どう思った?」
「自分で考えて作ってるのはわかる。ただ、実務でそのまま仕事を任せられるかって言われたら、まだ難しいな」
「まあ、そうやろな」
西田は、あっさり答えた。
「俺も少し見たけど、基本的なところはこれからやと思うで」
「せやね」
「ただ、わからんところを適当にごまかす感じはなかったな」
「それは僕も思った」
金目は、面談でのやり取りを思い出した。
技術的な質問には、正しく答えられなかった。
しかし、なぜそう考えたのかを尋ねると、自分なりの理由を説明していた。
「……西田さん、正直なところ、育てられると思う?」
西田は少し考えた。
「一年で何でもできるようになるとは思わんで」
「うん」
「けど、簡単な修正から始めて、少しずつ任せるんやったらできると思う」
「最初は西田さんが見ることになるで?」
「そこはわかっとる」
「今でも結構仕事あるやろ」
「せやから、最初から人数に数えたらあかんと思う」
金目は、少し黙った。
「人数に数えたらあかん?」
「上田が入ったからって、すぐに仕事が一人分増やせるわけちゃうやろ。最初は教える時間の方がかかると思うで」
「……確かに」
「俺の予定にも、その時間を入れとかなあかんな」
金目は、共有案件表を開いた。
西田の担当には、既にいくつもの仕事が並んでいる。
そこへ新人の教育が加わる。
上田を採用すれば、すぐに仕事が楽になる。
そんな考え方はできなかった。
「……それでも、やってみる価値はあると思う?」
「俺はあると思う」
「なんで?」
「今の仕事、俺ら経験者ばっかりで回しとるやろ」
「そうやな」
「それで今はええけど、いつまでも同じ人間だけで全部やれるとは限らん。少しずつ教えられる人も作っといた方がええと思う」
金目はうなずいた。
西田は続けた。
「もちろん、上田が絶対に育つとは言えへんで。そこは本人次第やし」
「うん」
「けど、最初からできるやつしか入れへんかったら、いつまでたっても新人は入れられへんやろ」
金目は少し笑った。
「……それもそうやな」
「まあ、俺が紹介したからって無理に採らんでもええで」
「そこはちゃんと考えるわ」
通話を終えた金目は、上田の制作物をもう一度開いた。
今できること。
これから覚えてもらうこと。
そして、教えるために必要な時間。
考えることは、思ったより多かった。
*
翌日、金目は三宅に相談した。
『上田君の採用、前向きに考えたいです。一回、費用を整理してもらえます?』
三宅からは、いくつか確認事項が返ってきた。
入社時期。
給与。
社会保険などの会社負担。
業務に必要な機材。
そして、教育にかかる時間。
『西田さんが教育を担当されるんですよね?』
『その予定です』
『でしたら、西田さんの通常業務に影響する分も考えておいた方がいいですね』
『そうですね』
金目は、三宅とオンラインで話す時間を取った。
「上田君を採用した場合、会社としてはどうです?」
三宅は、整理した資料を開いた。
「来年の事業計画に一人分の人件費を加えた場合、今の収支を前提にすれば検討はできると思います」
「なるほど」
「ただし、今の売上がそのまま続くとは限りません」
「そうですね」
「大口のお取引先からのお仕事も増えていますけど、そこだけを前提にするのは避けたいです」
金目はうなずいた。
会社の売上は増えている。
しかし、取引先からの仕事がいつまでも同じ量だけ続くとは限らない。
「……もし、今より仕事が減ったらどうです?」
三宅は資料を切り替えた。
「その場合も考えてみました。新しい案件が増えない期間があっても、給与や固定費を支払えるかどうかです」
「はい」
「今の資金を全部使わず、一定の余裕を残すなら、すぐに無理が出る計画ではありません。ただ、余裕が大きいとも言えませんね」
「なるほどなあ」
「それと、入社したばかりの方に、すぐ売上を作ってもらう前提にはしない方がいいと思います」
「西田さんにも、同じこと言われました」
「そうですか」
三宅は少し笑った。
「でしたら、最初のうちは教育に時間がかかる前提で考えましょう」
金目は、資料を見直した。
上田を採用すれば、会社の支出は確実に増える。
しかし、仕事が増えるかどうかはわからない。
それでも、人を育てるには時間が必要だった。
「三宅さんは、採用についてどう思います?」
三宅は少し考えた。
「経理の立場から言えば、今すぐ必要な人員ではないと思います」
「そうですよね」
「ただ、今後も開発の仕事を続けていくなら、人を育てることにも意味はあると思います」
「うん」
「大切なのは、採用してから困らないように準備しておくことですね」
金目はうなずいた。
今すぐ必要な人ではない。
しかし、これから必要になるかもしれない人だった。
*
その週末。
金目は、採用について考えたことを一枚の資料にまとめた。
上田を採用する理由。
入社後に任せる仕事。
教育を担当する人。
必要な費用。
そして、採用しない場合。
最後の項目を書いて、金目は少し手を止めた。
採用しなければ、今の仕事はそのまま続けられる。
西田の教育負担も増えない。
人件費も増えない。
少なくとも、目先の負担は少ない。
一方、今のカナメには、経験者しかいない。
新しい人が入ってきても、仕事を教えられる会社なのか。
それは、まだ試したことがなかった。
「……結局、そこなんかな」
金目は資料を保存した。
そのあと、西田にもう一度連絡した。
「上田君の件なんやけど」
「うん」
「もし採用するなら、最初は簡単な修正とか、確認作業から始めてもらおうと思ってる」
「ええと思うで」
「西田さんには、教える時間をちゃんと確保してもらう。案件の予定も、その分調整する」
「了解」
「あと、最初から一人前として仕事を数えへん」
「そこは大事やな」
金目は少し考えた。
「……西田さん、最後に一つだけ」
「なんや?」
「上田君が、思ったように仕事を覚えられへんかったら?」
西田は、少し黙った。
「そんときは、何で覚えられへんのか考えるしかないやろ」
「うん」
「教え方が悪いんか、仕事が合ってへんのか、本人が困っとるんか。そこ見んとわからん」
「……せやな」
「最初から全部できると思って採るわけちゃうんやろ?」
「うん」
「ほな、そこも含めて考えたらええんちゃう?」
金目は、少し笑った。
「わかった。ありがとう」
通話を終え、金目は資料を開き直した。
上田が必ず立派な技術者になるとは限らない。
それでも、本人には学ぶ意思がある。
西田は教える役割を引き受けると言っている。
三宅が確認した資金計画にも、一定の見通しがある。
そして、自分も仕事を教える責任を持つ。
そこまで考えて、金目はようやく判断できた。
「……ほな、採ろうか」
誰に聞かせるでもなく、そうつぶやいた。
*
三月の終わり。
金目は、上田ともう一度オンラインで話していた。
「上田君、この前はありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「そのあと、社内でも相談しまして」
上田は、少し姿勢を正した。
金目は続けた。
「来年の四月から、うちで一緒に働いてもらえたらと思ってます」
「……本当ですか?」
「はい。正式な条件もお送りしますけど、まずは内定ということで」
上田は、少し驚いた顔をした。
それから、深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
金目は少し笑った。
「ただ、最初から難しい仕事を任せるつもりはないです」
「はい」
「西田さんに技術のことを教えてもらいながら、少しずつ覚えてもらおうと思ってます」
「わかりました」
「わからんことも、いっぱいあると思います」
「はい」
「そのときは、自分で考えて、それでもわからんかったら聞いてください」
上田はうなずいた。
「はい。頑張ります」
金目は少し考えてから続けた。
「あと、うちも新卒の人を迎えるのは初めてなんです」
「そうなんですか?」
「そうなんです。なので、教える方も慣れてへんところがあると思います」
上田は少し笑った。
「僕も、働くのは初めてです」
「……お互い初めてやな」
「はい」
二人は笑った。
通話を終えたあと、金目は三宅に連絡した。
『上田君に内定を伝えました。正式な書類の準備をお願いします』
『承知しました。入社予定は来年四月ですね』
『はい』
『では、必要な手続きを進めておきます』
続けて、西田にも連絡した。
『上田君、採用することにしたで』
『そうか。よかったな』
『来年から頼むわ』
『任せとき』
金目は、予定表を開いた。
2028年4月。
そこに、新しい予定を書き込む。
『上田拓海 入社予定』
まだ、一年以上先だった。
金目は、しばらくその文字を眺めた。
会社を作ったとき、社員は三宅一人だった。
今は、西田が取締役として加わっている。
そして来年には、初めての新卒社員が入ってくる。
今すぐ仕事が楽になるわけではない。
むしろ、教えることが増える。
それでも、会社として少し先のことを考えられるようになった。
「……来年の予定まで決まってもうたな」
金目は小さく笑った。
翌週も、本業とカナメの仕事がそれぞれ入っている。
金目は予定を確認し、パソコンを閉じた。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
西田が引き受ける責任と、上田を迎えるための準備。
会社に名前が増えるとき、必要になるものも、それぞれ違います。
新人が入れば、すぐに一人分の仕事が増えるわけではない。教える側の時間も予定に入れる。
人を迎える会社の側も、まだ手探りです。




