↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第一章 気づけば、会社になっていた
PR
20/126

社長は、まだ会社員

 金目が会社に着いたのは、午前九時少し前だった。


 いつもの席に座り、パソコンを開く。


 午前中は開発会議。


 午後には、別の部署との打ち合わせが入っている。


 金目は予定表を確認し、今日の仕事を始めた。


 2026年の春。


 株式会社カナメを設立してから、数か月が経っていた。


 代表取締役。


 そう名乗るようにはなったが、金目の平日は相変わらず会社員として始まる。


 午前中の会議を終え、昼休みにスマートフォンを開くと、カナメからの連絡がいくつか届いていた。


 三宅からは、契約書類の確認。


 田村からは、進行中の案件についての報告。


 西田からは、制作物の確認依頼。


 どれも急ぎではない。


 ただ、金目の返事を待っているものもあった。


「……昼休み、短いなあ」


 金目は小さくつぶやいた。


 食事を済ませ、必要な連絡だけ確認する。


 判断に時間がかかりそうなものは、夜に対応することにした。


 午後の会議が始まる。


 金目はスマートフォンをしまい、本業の資料を開いた。


 株式会社カナメの社長であっても、今ここでやるべき仕事は変わらなかった。


     *


 その日の夜。


 金目は自宅の机で、三宅から届いた資料を確認していた。


 支払い予定。


 請求書の発行状況。


 契約書類の確認事項。


 どれも、三宅がきちんと整理してくれている。


 ただ、気になることがあった。


 細かい確認が、思った以上に多い。


 振込先の確認。


 定型的な書類の送付。


 いつもの支払いの処理。


 そのたびに、三宅から金目へ連絡が来ていた。


「……これ、毎回僕が見る必要あるんかな」


 金目は、三宅にメッセージを送った。


『ちょっと相談なんですけど、今度お時間もらえます?』


 返事は、しばらくして届いた。


『大丈夫ですよ。明日の夜でしたら空いています』


 翌日の夜。


 二人はオンラインで話していた。


「三宅さん、いつもありがとうございます」


「いえ。どうされました?」


「最近、確認してもらってることが増えてきたじゃないですか」


「そうですね」


「その中で、僕が毎回判断せんでもええものって、結構ある気がするんです」


 三宅は少し考えた。


「ありますね」


「ですよね」


「ただ、どこまで私の判断で進めていいのか、まだ決まっていませんので」


「ああ、そうか」


 金目はうなずいた。


 これまでは、三宅が必要なことを整理し、金目が確認する形だった。


 しかし、会社になり、三宅が正式に社員になった。


 それなら、毎回同じ確認をする必要はないかもしれない。


「三宅さんやったら、どこまで任せられると思います?」


 三宅は少し考えた。


「定型的な支払い処理や書類の管理は、決めた範囲で進められると思います」


「なるほど」


「ただ、契約条件が変わるものや、大きな支払いは確認していただきたいですね」


「それはそうですね」


「あと、判断に迷うものは、無理に進めずに確認します」


 金目はうなずいた。


「ほな、その形にしましょうか」


「よろしいんですか?」


「はい。三宅さんが判断できるところまで、毎回僕が確認する必要ないでしょう」


 三宅は少し笑った。


「では、どこまで進めてよいか、一覧にしておきますね」


「お願いします」


「金目さんが確認するものも、分けておきます」


「助かります」


 金目は、少し肩の力を抜いた。


 自分が判断することを減らす。


 それは、何も考えなくてよくなるということではない。


 誰が何を決めるのかを、先に決めておくということだった。


     *


 数日後。


 三宅から、新しい管理表が共有された。


 定型的な支払い。


 書類の送付。


 請求書の発行。


 契約内容の変更。


 一定額を超える支払い。


 それぞれに、担当者と確認の要否が記されている。


 金目は内容を見直した。


 日常的な事務処理は、三宅が進める。


 重要な契約や大きな支払いは、金目が確認する。


 判断に迷うものは、いったん保留する。


 簡単なルールだった。


 しかし、それだけで仕事の進め方は少し変わった。


 金目が本業の会議に出ている間にも、三宅は請求書を発行し、支払い予定を確認し、必要な書類を整理していた。


 田村は、大口顧客との継続案件の進行状況を更新する。


 西田と岩田は、拠点ごとに異なるデータの扱いを確認する。


 尾崎は、納品資料と説明書を揃える。


 全員が同じ時間に働いているわけではない。


 それでも、少しずつ仕事が進んでいた。


 ある日の夜。


 金目が共有案件表を開くと、いくつもの項目に完了の印がついていた。


「……結構進んどるな」


 金目は、三宅から届いた報告を確認した。


『本日の定型処理は完了しました。代表者確認が必要なものは、別にまとめています』


 添付された一覧には、確認事項が二つだけ残っていた。


 以前なら、十件近い連絡を一つずつ確認していたかもしれない。


 金目は、少し笑った。


「……これでええやん」


     *


 残っていた確認事項の一つは、大口顧客からの追加要望だった。


 既に契約している業務とは別に、報告資料の形式を少し変更してほしいという。


 金目は、依頼内容を読み直した。


 技術的には難しくない。


 今の仕組みを少し直せば対応できそうだった。


 以前なら、そのまま引き受けていたかもしれない。


 しかし、今回は少し考えた。


 契約に含まれている仕事なのだろうか。


 金目は、田村に相談した。


『この追加要望、どれくらい作業かかりそうです?』


 返事は、翌朝に届いた。


『内容だけなら大したことないと思う。ただ、確認とテストまで入れたら、それなりに時間は要るで』


『なるほど』


『あと、今の契約範囲には入ってへんと思う』


 金目は、契約書を開いた。


 確かに、今回の変更は当初の作業範囲には含まれていない。


 三宅にも確認した。


『追加で対応する場合、契約や請求はどうした方がええです?』


『まず、追加作業として範囲と金額を合意した方がよいと思います。必要に応じて書面も整えましょう』


『了解です』


 金目は、顧客へ連絡した。


「ご相談いただいた件なんですけど、対応自体はできそうです」


「それは助かります」


「ただ、今の契約には含まれていない内容なので、追加のお見積もりを出させてもらってもええですか?」


 担当者は少し考えた。


「そうですね。社内で確認が必要なので、見積もりをいただけますか」


「もちろんです」


「納期も合わせて教えてください」


「承知しました」


 金目は電話を切った。


 特に難しい交渉ではなかった。


 顧客も、無償で対応してもらえると思っていたわけではないらしい。


 ただ、こちらから条件を整理しなければ、曖昧なまま仕事が進んでいたかもしれない。


「……作れるからって、全部引き受けたらあかんな」


 金目は小さくつぶやいた。


 自分一人で作っていた頃なら、少しの修正くらい気にしなかった。


 しかし、今は違う。


 西田にも、岩田にも、それぞれの時間がある。


 仕事を頼めば、報酬も発生する。


 会社として仕事を引き受ける以上、その時間と費用を考えなければならない。


 金目は、追加見積もりの準備を始めた。


     *


 その週の金曜日。


 金目は本業の職場で、上司に声をかけられた。


「金目、ちょっとええか?」


「はい。どうしました?」


「いや、副業の会社、どうや?」


 金目は少し笑った。


「おかげさまで、ぼちぼちです」


「そうか。なんか忙しそうやな」


「まあ、夜は結構やってますね」


「本業の方は大丈夫なんか?」


「はい。そこは分けてます」


 金目は、最近の仕事の進め方を簡単に説明した。


 株式会社カナメには、事務を担当する社員が一人いること。


 日中の事務処理は、その社員に任せていること。


 制作についても、必要なときに外部の協力者へ依頼していること。


 金目自身は、主に夜や休日に判断と顧客対応をしていること。


「なるほどな。ちゃんと回しとるんやな」


「まあ、まだまだですけどね」


「無理だけはせんようにな」


「ありがとうございます」


 上司はうなずいた。


「ほな、午後の件なんやけど」


 話題は、すぐに本業の仕事へ戻った。


 金目も、いつものように資料を開いた。


 午後には、別の部署との打ち合わせがある。


 来週の開発計画も確認しなければならない。


 株式会社カナメの社長になったからといって、会社員としての仕事がなくなったわけではない。


 そして金目自身も、今のところ本業を辞めるつもりはなかった。


     *


 その日の夜。


 金目は、自宅の机で二つの予定表を開いた。


 本業の会議と、カナメの商談や納品予定。どちらにも、自分の予定が入っている。


 スマートフォンが震えた。


 三宅からだった。


『明日の事務処理は、決めた範囲で進めておきます。代表者確認が必要なものは、まとめてお送りしますね』


 金目は、短く返信した。


『ありがとうございます。よろしくお願いします』


 それから、本業の予定を確かめた。


 明日は出勤日だった。午前中には会議があり、午後には開発計画の確認が入っている。


「……社長になっても、明日は普通に出勤か」


 金目は小さく笑い、二つの予定表を閉じた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


株式会社カナメの社長になった金目ですが、相変わらず本業では普通の会社員です。


一方、社員番号2の三宅は、少しずつ会社の日常業務を任されるようになりました。


会社を作ることと、会社を回すことは別の話。


金目自身も、ようやくその違いを実感し始めているようです。


もっとも、社長になったからといって、翌日の出勤がなくなるわけではありませんが(笑)


次回もお付き合いいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。