ある日の問い
それから、いくつもの仕事を経た、ある日のこと。
「社長。このまま作ってええんか、ちょっと迷ってます」
声をかけると、金目は顔を上げた。
「どれ?」
「昨日、話してた集計の画面です」
机の上に、資料を二枚並べた。
一枚は、顧客が今使っている帳面の写し。もう一枚は、新しく作る画面の案だった。
本部の担当者は毎晩、各店から届いた数字を集め直している。
店ごとに書き方が違い、読めないところがあれば電話で聞く。全部揃うまで、自分の仕事も終わらない。
各店が同じ画面に入力すれば、集計はずっと楽になる。
依頼は、そういう話だった。
「作るのは、そんなに難しくないと思います」
「うん」
「ただ、店ではこっちも残すそうなんです」
帳面の方を指した。
新しい画面の案にも、同じ項目が並んでいる。
日付。人数。売上。
帳面に書いた数字を、もう一度、画面にも入れる。
打ち合わせの帰りから、それが引っかかっていた。
「向こうの担当者は、これで助かる言うてたな」
金目が言った。
「はい。本部の集計は、だいぶ楽になると思います」
「せやな」
「ただ、店の人の入力は増えます」
金目は二枚を見比べた。
それから、キーボードに手を伸ばした。
何か、うまいやり方があるのだろうか。
画面へ目を向けかけたところで、金目がこちらを見た。
「君は、どう考える?」
「……僕ですか」
「うん」
可否を聞きに来たつもりだった。
少し考えて、資料の下から、もう一枚を出した。
帰ってから書き留めた、確認事項だった。
「先に、店の人にも話を聞きたいです」
「何を?」
「帳面を残す理由です。今の記録をそのまま使えるんやったら、同じ数字をもう一回入れんでも済むかもしれません」
帳面には、新しい画面にない書き込みもあった。
そこを指す。
「この欄とか、何に使ってるか、まだ聞けてないので」
「なるほどな」
「使ってるもので済まへんか、先に見たいです。それで難しかったら、本部で減る仕事と、店で増える仕事を出して、相談し直したいと思ってます」
金目が頷いた。
「せやけど、向こうは早う使いたい言うてたで」
「はい」
「どう話す?」
手元の紙に目を落とした。
確認したいことは書いてある。
けれど、それをそのまま読み上げるだけでは、待ってほしい理由にはならない。
「本部の集計を早う楽にしたい、というのはわかってます、と先に伝えます」
「うん」
「そのうえで、店で毎日使う人にも確認させてほしい、と。いつ話を聞けるか相談して、確認に必要な日数を出します」
「それまで、作る話はどうする?」
「日程を変えずにできます、とは言いません。確認してから、どの形で進めるか、もう一度話をさせてくださいと伝えます」
話してみると、紙に書いた項目の順番を変えたくなった。
金目の机から少し離れ、余白に二行、書き足した。
「……こんな感じで、話してみようと思います」
「ほな、それで話してきて」
金目が椅子にもたれた。
資料を揃える。
顧客が待ってくれるかどうかは、まだわからない。
帳面を見せてもらっても、うまいやり方が見つかるとは限らない。
それでも、電話で最初に何を伝えるかは決まった。
扉のところで振り返ると、金目はまだこちらを見ていた。
「話したら、どうなったか聞かせてな」
「はい」
資料を持ち直し、部屋を出た。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
最初の夜には、自分でパソコンを開いた金目。
今回は、目の前の相手に考えを尋ねました。
その間に、どんな仕事をして、どんな人たちと出会ったのか。
次からは、ノートに「カナメ事務所」と書いたばかりの頃へ戻ります。
まだ誰もいない、小さな事務所からのお話です。




