それで、どう思う?
金目が相談を受けたのは、以前から付き合いのある飲食店の店主からだった。
「金目さん、ちょっと聞きたいことがあるんやけど」
「はい。どうしました?」
「店が増えてきたやろ。そろそろ売上の管理を揃えた方がええんかなと思ってな」
店主は現在、複数の店舗を経営していた。
それぞれの店で売上を記録しているが、使っている帳票も、確認の仕方も少しずつ違う。
店長ごとに慣れたやり方があり、今のところ大きな問題は起きていない。
ただ、店主が全体の数字を確認しようとすると、毎回少し手間がかかるらしい。
「全部同じにしたら楽なんかなと思うんやけど、現場は嫌がるかもしれんしなあ」
「そうですね」
金目は、事前に送られてきた資料を開いた。
店舗ごとに、売上の記録方法が違う。
現金とキャッシュレス決済を分けている店。
日ごとの合計だけを記録している店。
仕入れの数字まで一緒にまとめている店。
どれも、それぞれの事情があって使われているようだった。
「技術的には、全部揃えることもできますよ」
「やっぱり?」
「ただ、今のやり方を全部変えることになりますからね」
「そうなんよ」
店主は少し考えた。
「ほな、店ごとに残した方がええんかな」
「それも一つの方法ですね。集計するときに、こちらで形を揃えることもできますし」
「なるほどなあ」
金目は、それぞれの利点と欠点を説明した。
全部統一すれば、管理はしやすい。
ただし、現場の仕事の流れが変わる。
今のやり方を残せば、店長たちの負担は少ない。
その代わり、全体の数字をまとめる仕組みが必要になる。
店主はしばらく黙っていた。
それから、金目に尋ねた。
「それはわかった。で、金目さんやったらどうする?」
金目は少し考えた。
どちらもできる。
しかし、できるからといって、全部変える必要はない。
「僕やったら、まず共通にできるところだけ揃えますね」
「ほう」
「店ごとの仕事のやり方は、いったん残します。そのうえで、売上をまとめるときに必要な項目だけ揃える」
「全部変えんでもええんか」
「はい。今のやり方で困ってへんところまで変える必要はないと思います」
店主はうなずいた。
「なるほどな。ほな、その方向で考えてもらえる?」
「わかりました。一回、具体的な進め方を整理しますね」
金目は電話を切った。
技術的にできるかどうかだけなら、答えは簡単だった。
しかし、店主が聞きたかったのは、そこではなかったらしい。
*
その日の夜。
金目は、顧客との打ち合わせ内容を共有案件表に記録した。
店舗ごとの帳票。
共通にしたい項目。
現場の運用はできるだけ変えないこと。
そして、店主が希望している時期。
しばらくして、田村からコメントが付いた。
『進め方、二つ考えられるで』
金目は資料を開いた。
一つ目は、全店舗をまとめて変更する方法。
最初に準備する量は多いが、導入後の管理は一度に揃う。
二つ目は、一店舗で試してから、ほかの店舗へ広げる方法。
時間はかかるが、現場への影響を確認しながら進められる。
『どっちで進める?』
金目は画面を見つめた。
店主との話では、段階的に進めるつもりだった。
だから、二つ目を選べばいい。
ただ、田村は案件の段取りを整理している。
実際に作業する人の予定も、金目より詳しく見ているはずだった。
『田村さんは、どう考えます?』
返事は、少し時間を置いて届いた。
『俺なら二つ目やな。最初に一店舗で試した方が、問題が出ても直しやすい』
続けて、もう一通。
『ただ、店主さんが全部揃えたい時期には間に合うか確認した方がええと思う』
金目はうなずいた。
自分も同じ考えだった。
ただ、納期については、まだ十分に確認できていなかった。
『了解です。先方に時期を確認してみます』
『頼むわ。そこ決まったら段取り組めるで』
金目は、顧客への確認事項に一行を書き足した。
*
翌日。
尾崎から、共有資料にコメントが付いた。
『各店舗の帳票を確認したんですが、少し気になることがあります』
金目は、添付された比較表を開いた。
店舗ごとに、帳票の名前は違っている。
売上日報。
営業記録。
日次集計。
しかし、記録している内容は、ほとんど同じだった。
日付。
売上金額。
決済方法。
店舗名。
一部の店では項目が増えているが、共通している部分も多い。
『これ、最初に共通の帳票だけ作ってしまうのはどうでしょう?』
金目は少し考えた。
田村の案では、一店舗で試してから順番に広げる予定だった。
尾崎の提案は、少し違う。
全店舗の運用を変えるのではなく、集計に使う帳票だけを先に揃える。
金目は尾崎に返信した。
『田村さんの案とは、ちょっと違うな。なんでそう思ったん?』
少しして、尾崎から通話の連絡が来た。
「金目さん、今大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。さっきの件ですよね」
「はい。帳票を見比べてたんですけど、名前が違うだけで、同じような数字を書いてるんですよ」
「そうですね」
「なので、現場で使う紙はそのままにして、集計用の形だけ先に揃えられへんかなと思いまして」
金目は比較表を見直した。
「なるほど」
「店長さんたちに新しい入力方法を覚えてもらわなくても、集計する側で形を揃えればええんちゃうかなと」
「それなら、最初から全部の店で使えるかもしれませんね」
「そうなんです。ただ、例外の項目があるんで、そこは確認が要りますけど」
金目は腕を組んだ。
自分は、まず一店舗で試すつもりだった。
「……それ、ええかもしれませんね」
「ほんまですか?」
「はい。一回、西田さんと岩田にも確認してみましょう」
「わかりました。比較表、もう少し整理しておきます」
通話を終えた金目は、田村にも尾崎の提案を共有した。
田村からは、しばらくして返事が届いた。
『なるほどな。現場の運用を変えへんなら、先に帳票だけ揃えるのもありやと思う』
『ですよね』
『ただ、例外がある店は一回確認した方がええで』
『了解です』
金目は、尾崎の比較表にある例外の項目を確認した。
*
その週末。
金目は、西田と岩田に資料を共有した。
尾崎が整理した帳票の比較表。
田村がまとめた導入の段取り。
そして、金目が考えた進め方。
西田からは、翌朝に返事が届いた。
『この項目数なら、共通の集計表は作れそうやな』
岩田からは、少し遅れて連絡が来た。
『一部の店だけ項目が違いますね。でも、変換するところを分ければ対応できそうです』
金目は、二人の意見を確認した。
技術的には問題なさそうだった。
ただし、例外の扱いは決めておく必要がある。
田村には、導入順序と確認事項を整理してもらう。
尾崎には、各店舗の帳票をもう一度確認してもらう。
西田と岩田には、共通化できる範囲を見積もってもらう。
それぞれの作業範囲を決め、報酬についても確認する。
金目は、その内容を三宅へ共有した。
『今回は段階的に納品する予定です。請求の条件も一緒に確認してもらえます?』
返事は、その日の夕方だった。
『承知しました。最初の納品と、その後の対応範囲を分けておいた方がよさそうですね』
『そうですね』
『あと、追加の修正が発生した場合の扱いも決めておきましょう』
金目は少し笑った。
「……ほんま、みんな見るとこ違うな」
最初に考えていた案とは、少し違うものになった。
追加修正の扱いも含め、顧客に示す条件が揃ってきた。
*
数日後。
金目は、店主に改めて説明した。
「前にお話しした件なんですけど、少し進め方を変えようと思ってまして」
「ほう。どう変えるん?」
「店ごとの仕事のやり方は、今のまま残します」
「うん」
「その代わり、売上をまとめるときの形だけ、先に揃えます」
金目は、簡単な資料を見せた。
各店舗の売上データを、共通の項目に合わせる。
そのうえで、全店舗の数字を一つの画面で確認できるようにする。
現場での記録方法は、すぐには変えない。
使ってみて、必要があれば少しずつ見直す。
店主は資料を見ながら、何度かうなずいた。
「なるほどな。これやったら店長らも困らんかもしれん」
「そうですね」
「でも、全部の店で一気にできるんか?」
「集計する側の仕組みは共通にできます。ただ、項目が違う店もあるので、そこは先に確認させてください」
「それは構わんで」
店主は少し考えた。
「金目さん、これが一番ええと思う?」
金目は、資料を見直した。
現場の帳票は残し、集計側を揃える。
例外のある店は先に確認し、納品後の対応範囲も分けておく。
「はい。今の店の仕事を止めずに進めるなら、これが一番ええと思います」
「そうか」
「最初から全部変えるより、今あるものを使いながら揃えていく方が、現場の負担も少ないですし」
店主は、しばらく資料を眺めていた。
やがて、うなずいた。
「ほな、それでお願いするわ」
「ありがとうございます」
「しかし、よう考えてくれたなあ」
金目は少し笑った。
「僕一人で考えたわけちゃいますけどね」
「そうなん?」
「手伝ってくれてる人らにも、いろいろ聞きました」
「なるほどな。ええ仲間がおるんやな」
「そうですね。助かってます」
金目は、素直にそう答えた。
*
帰宅した金目は、決まった内容を共有案件表に記録した。
田村から、導入順序について確認が届く。
『最初の確認は、項目が一番少ない店からでええかな?』
金目は少し考えた。
自分なら、売上の多い店から確認したい。
ただ、田村には別の理由があるのかもしれない。
『その順番にした理由、聞いてもええです?』
『まず単純な店で共通部分を固めたいんや。例外が多い店は、そのあとで確認した方が手戻り少ないと思う』
金目はうなずいた。
確かに、その方が進めやすいかもしれない。
『なるほど。それで進めましょう』
『了解』
続けて、尾崎からも連絡が届いた。
『帳票の共通項目、もう少し減らせそうです。確認してもらえますか?』
金目は資料を開いた。
そして、まず尋ねた。
『どの項目を減らしたいんです?』
尾崎から、理由を添えた返事が届く。
金目はそれを読み、自分の考えも返した。
少しして、二人の意見がまとまった。
金目は椅子にもたれた。
「……みんなに考えてもろた方が、楽やな」
金目は小さく笑った。
もっとも、最後に決める仕事だけは、まだ自分のところに残っていた。
金目は次のメッセージを開いた。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、少しだけ作品の副題に関わるお話でした。
誰かに問いかけること。
そして、自分自身も誰かから問いかけられること。
金目にとっては、特別な経営哲学というわけではなく、日々の仕事を進めるうえでの自然なやり取りなのかもしれません。
そんな何気ない会話が、これから先のカナメにどうつながっていくのか。
引き続き、見守っていただければ幸いです。




