画面の向こうの仲間たち
金目が共有フォルダを開くと、見覚えのないファイルが増えていた。
『納品前確認_最新版』
「……こんなん、作ったっけ?」
開いてみると、納品する資料と確認事項が一覧になっていた。
集計表。
操作説明書。
確認用のデータ。
それぞれに担当者の名前があり、確認が終わったものには印がついている。
金目は画面を眺めた。
昨日の夜には、まだなかったはずだ。
更新履歴を見る。
田村が、朝のうちに追加していた。
『今の案件、確認するものが増えてきたから一覧にしといたで。抜けがあったら足しといて』
「……あれ、これもう終わっとるん?」
金目は少し笑った。
以前なら、こういう表を作るのも自分の仕事だった。
金目は自宅の机で、確認済みの印を目で追った。
*
今回の依頼は、飲食店の売上をまとめる仕組みだった。
以前作ったものを、別の店舗でも使いたいという相談から始まった。
ただ、店舗によって使っているレジが違う。
売上データの形式も少し異なっていた。
そのため、既存の仕組みをそのまま渡せば終わる仕事ではなかった。
金目は、顧客から預かった資料を確認していた。
そこへ、田村からメッセージが届いた。
『先方の確認待ち、二つあるで』
続けて、共有案件表のリンクが送られてきた。
金目は該当する行を開いた。
一つは、売上データに含まれる項目の確認。
もう一つは、店舗名の正式な表記だった。
『この二つだけ先に聞いてもらえたら、ほかは進められると思う』
金目は、一覧を見直した。
以前なら、顧客から回答が来るまで作業全体を止めていたかもしれない。
しかし、田村は確認が必要な部分と、先に進められる部分を分けていた。
西田には、既に作業可能な範囲が伝わっている。
岩田にも、データ形式の調査を進めてもらっているようだった。
『了解。先方に確認してくるわ』
金目はそう返して、顧客へ連絡した。
回答はすぐには来なかった。
それでも、仕事は止まらなかった。
*
翌日の昼休み。
金目が共有資料を開くと、西田と岩田のやり取りが残っていた。
『このデータ、項目名だけ変えたら前の仕組みで使えそうやな』
『そうですね。ただ、日付の形式も違うので、そこは変換が必要です』
『それは今回だけの処理でええんちゃう?』
『いや、ここを共通化しておいたら、次から楽になるんですよ』
金目は画面を見ながら、少し笑った。
岩田らしい。
技術的に面白いところを見つけると、つい先のことまで考え始める。
続きが届いていた。
『次があるかどうかわからんやろ』
『……それもそうですね』
『今回必要なところまででええと思うで』
『わかりました。共通化の案だけ、別に残しておきます』
その下には、岩田がまとめた短い資料へのリンクがあった。
今回必要な変換処理。
確認した例外。
将来、似た案件が来たときに使えそうな案。
きちんと分けて書かれている。
金目は資料を開いた。
技術的には、確かに共通化した方がきれいだった。
ただ、今回の顧客が必要としているのは、売上を確認できる仕組みだ。
将来のために作り込むより、今必要なものを確実に納める方がいい。
西田の判断は妥当だった。
金目は、やり取りに短く返信した。
『今回は必要な範囲でお願いします。共通化案は残しといてもらえると助かります』
岩田から返事が届いたのは、夕方だった。
『了解です! 次に似た案件が来たら使いましょう』
「……次、来るかなあ」
金目は小さくつぶやいた。
もっとも、最近の紹介の増え方を考えると、来ないとも言い切れなかった。
*
数日後。
西田から、制作した集計表が共有フォルダに置かれた。
金目は本業を終えてから、その内容を確認した。
必要な数字は揃っている。
計算も問題ない。
店舗ごとの違いも、うまく吸収されていた。
『確認しました。これで進めましょう』
西田に連絡すると、すぐに返事が来た。
『了解。尾崎さんにも共有しとくわ』
金目は少しだけ驚いた。
以前なら、西田から金目へ連絡が来て、金目が尾崎へ伝えていた。
今は、必要な相手へ直接連絡してくれることが増えている。
もちろん、すべてを勝手に決めているわけではない。
顧客との約束や、作業範囲の変更は金目が確認する。
そのうえで、決まった範囲の仕事は、それぞれが進めてくれる。
金目はパソコンを閉じた。
翌朝。
尾崎からメッセージが届いていた。
『納品資料を確認していたんですが、一か所だけ気になるところがありました』
金目は添付された画像を開いた。
説明書の中に、以前の店舗名が残っていた。
「……またか」
思わず声が出た。
以前も、似たようなことがあった。
そのときは説明書そのものが古かった。
今回は画面も操作方法も合っている。
ただ、店舗名だけが以前のままだった。
『すみません。そこ修正お願いします』
金目が返信すると、尾崎から続けて連絡が来た。
『修正します。あと、元のひな型にも同じ名前が残っているので、そちらも直しておきますね』
『助かります』
金目は少し考えた。
尾崎は、頼まれた資料だけでなく、その元になったものまで確認している。
次に同じ間違いが起きないようにしているのだろう。
しばらくして、西田からも連絡が届いた。
『尾崎さん、そこまで見てくれたん? 助かるわ』
尾崎の返事は短かった。
『気づいたので、ついでに』
金目は、二人のやり取りを眺めた。
以前は、誰かが何かを見つけるたびに、自分が間に入っていた。
今は、少しずつ違ってきている。
*
週末。
金目は、納品前の確認一覧を開いた。
田村が作った表には、確認済みの印が増えていた。
西田の制作。
岩田の技術調査。
尾崎の資料整理。
それぞれの作業が終わっている。
顧客からの回答も届き、必要な修正は反映されていた。
金目は最後に一通り確認し、納品の連絡を送った。
しばらくして、顧客から返事が届いた。
『ありがとうございます。これなら使えそうです』
金目は肩の力を抜いた。
今回の仕事は、大きな問題もなく終わった。
途中で確認することはあった。
小さな修正もあった。
しかし、誰かが慌てて夜中まで作業するようなことはなかった。
それぞれが、自分の都合のよい時間に仕事を進めた。
必要なところだけ確認し、次の人へ渡した。
それだけだった。
金目は、確認済みの印が揃った一覧をもう一度眺めた。
「……なんか、ええ感じやな」
金目は小さく笑った。
そのとき、三宅からメッセージが届いた。
『今月分の請求と支払い予定、確認できました。皆さんへのお支払いも予定どおりです』
『ありがとうございます。助かります』
金目はそう返した。
続けて、もう一通届いた。
『ところで、金目さんご自身の作業時間は把握されています?』
金目は指を止めた。
「……そこは見てへんな」
顧客との打ち合わせ。
資料の確認。
連絡のやり取り。
納品前の最終確認。
自分で制作する時間は減った。
しかし、それ以外の仕事は確かに残っている。
『ちゃんとは記録してないですね』
三宅からの返事は、少しして届いた。
『一度、確認しておいた方がいいですよ。金目さんの時間も、仕事にかかっている費用ですから』
金目は画面を見つめた。
「……また仕事増えたやん」
思わず笑ってしまった。
けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。
金目は、案件一覧を閉じた。
納品前の確認には印が揃ったが、自分の作業時間は答えられなかった。
三宅のメッセージをもう一度読んでから、パソコンを閉じた。
画面の向こうには、今日もそれぞれの生活がある。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、カナメ事務所の何気ない日常を描いてみました。
六人が同じ場所に集まることはありませんが、それぞれが自分の得意なことを持ち寄り、少しずつ仕事が進んでいます。
大きな事件が起きない日々も、会社が育っていくうえでは大切な時間なのかもしれません。
もっとも、金目にはまだまだ覚えることがありそうですが(笑)
次回もお付き合いいただければ幸いです。




