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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第一章 気づけば、会社になっていた
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誰の仕事でもない仕事

 納品したはずの仕事が、戻ってきた。


『いただいた説明書なんですけど、画面と少し違うみたいで』


 金目は、顧客から届いたメッセージを読み直した。


 添付されていたのは、画面の写真だった。


 確かに、説明書に書かれている項目と、実際の画面が違っている。


「……あれ?」


 金目は共有フォルダを開いた。


 納品した集計表。


 操作説明書。


 確認用の資料。


 どれも、決めた場所に保存されている。


 集計表を開いてみる。


 計算は正しい。


 表示も問題ない。


 ただ、説明書に載っている画面だけが、少し古かった。


「……説明書、前のままやん」


 金目は椅子にもたれた。


 少し前から、カナメ事務所の仕事は何人かで分担するようになっていた。


 しかし、今回の説明書については、誰が最後に直すのか決めていなかった。


 金目は共有資料を見直した。


 西田の作業は完了している。


 岩田の調査も終わっている。


 田村が管理していた納品予定にも、遅れはなかった。


 説明書の更新。


 その仕事だけが、どこにも書かれていなかった。


「……そら、誰もやらんわな」


     *


 金目は、まず顧客へ返信した。


『ご連絡ありがとうございます。説明書が古いままになっていました。こちらで確認して、修正版をお送りします』


 送信してから、田村に連絡する。


『納品した説明書が古かったみたいです。案件一覧には入ってなかったですよね?』


 田村からの返事は、しばらくして届いた。


『入ってへんな。納品物に説明書があることは聞いとったけど、更新担当までは決めてなかったと思う』


『そうですね。僕も確認してませんでした』


『作る人と、最後に渡すものを揃える人は、別でもええんちゃうか』


 金目は画面を見つめた。


 作る人。


 揃える人。


 確かに、同じ人である必要はない。


 ただ、今のカナメ事務所には、その仕事を頼める相手がいなかった。


 西田たちには、それぞれ別の作業を頼んでいる。


 もちろん、誰かにお願いすれば、やってもらえるかもしれない。


 しかし、金目は少し考えた。


 今後も同じような仕事は出てくるだろう。


 そのたびに、制作を担当している人の手を止めるのも、あまり効率がよくない。


「……そういや」


 金目は、スマートフォンの連絡先を開いた。


 以前、知人から紹介された人物がいた。


 年齢は金目より少し下。


 資料の整理や、ちょっとした制作、運用の確認など、幅広い仕事をしていると聞いていた。


 直接仕事をしたことは、まだない。


 ただ、以前に一度だけ連絡を取ったことがあった。


 金目は、その名前を選んだ。


 尾崎。


『ご無沙汰してます。金目です。ちょっと仕事の相談をしたいんですが、お時間あります?』


     *


 尾崎から返事が来たのは、その日の夜だった。


『お久しぶりです。大丈夫ですよ。どんなお仕事ですか?』


 金目は、今回の事情を簡単に説明した。


 納品した資料と説明書が食い違っていること。


 制作物そのものは動いていること。


 説明書を更新して、もう一度顧客に渡したいこと。


 少しして、尾崎から通話の提案が届いた。


「もしもし、金目さん。お久しぶりです」


「お久しぶりです。急にすみません」


「いえいえ。資料の整理でしたっけ?」


「そうです。説明書が古いままでして」


「なるほど。今ある資料、一回見せてもらってもいいですか?」


「もちろんです」


 金目は共有フォルダに、必要な資料をまとめた。


 尾崎には、今回の確認に必要な範囲だけを見られるようにする。


「集計表と説明書、それから確認用の資料です」


「ありがとうございます。ちょっと見ますね」


 通話の向こうで、しばらくキーボードを打つ音がした。


「……ああ、なるほど」


「どうです?」


「説明書の画面が古いですね」


「そうなんです」


「あと、これって、どっちが最新ですか?」


「どれです?」


「集計表が二つあります。名前の最後に『修正版』って付いてる方と、『最終』って付いてる方です」


 金目は画面を開き直した。


 確かに、二つある。


「……最終の方やと思います」


「思います?」


「確認します」


「お願いします」


 尾崎は、落ち着いた声で続けた。


「説明書を直す前に、どれを正しいものとして扱うか決めた方がよさそうですね」


「そうですね」


「あと、説明書の中に書いてあるファイル名も、今のものと違ってます」


「そこもですか」


「はい。たぶん、途中で名前を変えたんでしょうね」


 金目は小さく息をついた。


 画面だけ直せば終わると思っていた。


 しかし、実際には、いくつか確認しなければならないことがあるらしい。


「……思ったよりありますね」


「そうですね。でも、順番に確認すれば大丈夫だと思います」


 尾崎は、特に慌てた様子もなかった。


「完成してるものと、まだ確認が必要なものを分けてもらえますか?」


「わかりました」


 金目はメモを開いた。


     *


 翌日。


 金目は西田に、どちらの集計表が最新なのか確認した。


『最終って付いてる方が最新やで。修正版の方は途中の確認用』


『了解。ありがとう』


 続けて、説明書に載せる操作方法についても確認する。


 西田からは、画面の変更点が簡単にまとめられて返ってきた。


 金目は、その内容を尾崎へ共有した。


 尾崎は、週末に作業できるという。


 金目は、今回の作業範囲と納期を整理した。


 最新の集計表を確認する。


 説明書の画面を更新する。


 ファイル名や参照先を揃える。


 完成した資料を、金目が確認できる状態にする。


 作業量を見積もってもらい、報酬と支払時期も相談した。


 尾崎から了承の返事が届いたところで、正式に依頼する。


 その内容を三宅にも伝えた。


『新しく尾崎さんに作業をお願いすることになりました。外注費の予定に追加をお願いします』


『承知しました。金額とお支払い予定日を教えてください』


 金目は、決めた条件を送った。


『確認しました。予定表に反映しておきますね』


 金目は少し笑った。


 以前なら、仕事が終わってから報酬のことを考えていたかもしれない。


 今は、作業を始める前に決めるようになった。


 少しずつではあるが、自分も変わっているらしい。


     *


 週末。


 金目が共有フォルダを開くと、尾崎の作業が進んでいた。


 説明書の画面は新しいものに差し替えられている。


 ファイル名も揃っている。


 途中の確認用資料は、別の場所にまとめられていた。


 ただ、一か所だけ、コメントが付いていた。


『この操作をした場合、前の月の数字は変更できますか?』


 金目は画面を見つめた。


 確かに、説明書に書くなら確認しておきたいところだった。


 しかし、金目自身も仕様を正確には覚えていない。


『西田に確認します』


 そう返して、西田へ質問を送った。


 返事が来たのは、翌朝だった。


『前の月も変更できるで。ただし、変更したら集計も更新される。説明書にはそこ書いといた方がええな』


 金目は、その内容を尾崎へ伝えた。


『ありがとうございます。そこを追記して仕上げます』


 数時間後、完成した説明書が共有フォルダに置かれた。


 金目は一通り確認した。


 画面と説明が合っている。


 ファイル名も正しい。


 操作方法も、実際の動きと一致している。


「……よし」


 金目は顧客へ連絡した。


『お待たせしました。説明書を修正しましたので、こちらをご確認ください』


 その日の夕方、返事が届いた。


『ありがとうございます。これで問題なく使えそうです』


 金目は椅子にもたれた。


 ようやく、仕事が終わった。


 最後に渡すものを揃える仕事が、誰にも割り振られていなかった。


 そこを、尾崎が埋めてくれた。


 金目は、尾崎に礼のメッセージを送った。


『助かりました。ありがとうございます』


 返事は、少しして届いた。


『こちらこそ、ありがとうございました。あと、一つだけ気になったんですが』


「……まだあるんか」


 金目は苦笑しながら続きを開いた。


『今回の資料、次に誰が更新するかも決めておいた方がよさそうですね』


 金目は画面を見つめた。


 確かに、そのとおりだった。


 今回直したからといって、次に同じ問題が起きないとは限らない。


 金目は、田村に連絡した。


『納品物の更新担当も、案件一覧に入れた方がええかな?』


 田村からは、すぐに返事が来た。


『そら入れた方がええやろ。今回みたいなん、また起きるで』


「……ですよね」


 金目は笑った。


     *


 翌週。


 金目は、共有している案件一覧を開いた。


 担当者の欄に、新しい名前が増えている。


 尾崎。


 田村が追加した項目には、資料の更新担当も記されるようになっていた。


 金目は、資料の更新担当が記された行を確かめた。


 田村から、共有表にコメントが付いた。


『更新担当の欄、追加しといたで。次からここも決めよう』


 金目は確認の返事を送った。


 続けて、三宅から尾崎への支払い予定について確認が届いた。


 岩田からは、別の案件の調査結果。


 西田からは、制作中の資料について質問が来ている。


 金目は、通知を一つずつ開いた。


 それぞれが、自分の仕事を進めている。


 しかし、その全体を把握するのは、まだ金目の役割だった。


「……誰が何やってるか、俺が一番わかってへんかもしれんな」


 金目は苦笑した。


 六人の名前が案件一覧に並んでいる。


 まだ社員は一人もおらず、それぞれが都合の合う範囲で手伝ってくれている。


 名前が増えても、空いた欄が勝手に埋まるわけではなかった。


 金目は、更新担当の欄をもう一度確認した。


「……次からは、ちゃんと決めとこ」


 そうつぶやいて、次の案件を開いた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、新たに尾崎が登場しました。


田村や岩田とはまた違い、幅広い実務をこなしながら、仕事の隙間を埋めてくれる人物です。


これでカナメ事務所を支える顔ぶれも、少しずつ賑やかになってきました。


もっとも、人数が増えたからといって、すべてがうまく回るわけでもないようですが(笑)


次回もお付き合いいただければ幸いです。

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