頼めること、頼めないこと
金目が田村と話すのは、ずいぶん久しぶりだった。
「おう、金目。元気そうやな」
画面の向こうで、田村が笑った。
「ご無沙汰してます。田村さんもお元気そうで」
「まあな。それで、仕事の相談って何や?」
田村は以前の職場の先輩だった。
当時から、人をまとめたり、仕事の段取りを考えたりするのが得意な人だった。
金目は、最近始めたカナメ事務所のことを簡単に説明した。
飲食店の仕事を少し楽にすること。
紹介で依頼が増えてきたこと。
昔の同僚や、帳簿を見てくれる人に手伝ってもらっていること。
そして、仕事が増えた結果、自分の予定が埋まり始めていること。
「なるほどなあ」
田村は話を聞き終えると、少し考えた。
「今、何件くらい動いとるん?」
「進行中が四件で、相談中が二件です」
「それ、全部お前が見とるんか?」
「今のところは」
「しんどない?」
「まあ、ちょっと」
「ちょっとで済んどるうちはええけどな」
田村は笑った。
「で、俺に何を頼みたいん?」
金目は少し考えた。
「案件の段取りとか、手伝ってもらえへんかなと思いまして」
「段取りって、どこまで?」
「納期とか、担当とか……」
「それは今も管理しとるんやろ?」
「一応、表にはしてます」
「ほな、その表を見せてくれへん?」
金目は共有している案件一覧を開き、閲覧用のリンクを送った。
しばらくして、田村が画面を見ながら言った。
「……ああ、なるほどな」
「どうです?」
「誰が何をやっとるかはわかる」
「はい」
「けど、今どこで止まっとるかが、ちょっとわからんな」
金目は画面を見直した。
顧客名。
担当者。
納期。
確認待ち。
確かに項目は揃っている。
「確認待ちは書いてますけど」
「誰の確認待ち?」
「……ああ」
「お客さんなんか、金目なんか、作業してる人なんか。それがわからんと、次に誰が動いたらええかわからんやろ」
金目はうなずいた。
「なるほど」
「まあ、全部俺が見る必要もないと思うけどな」
田村は続けた。
「まず一件、試しに整理してみよか。どんなもんか見てから、できる範囲を決めよう」
「ほんまですか。助かります」
「まだ引き受けるとは言うてへんで」
「えっ」
「内容と時間と報酬。そこ決めてからや」
金目は笑った。
「ですよね」
「そらそうや。俺も本業あるんやから」
画面の向こうで、田村も笑った。
*
岩田との通話は、その二日後だった。
「お久しぶりです、金目さん!」
画面に映った岩田は、昔と変わらない柔らかな表情をしていた。
「久しぶり。元気そうやな」
「元気ですよ。金目さんこそ、何か面白いこと始めたんですね」
「面白いかどうかは、まだわからんけどな」
「飲食店の仕事を楽にするんでしょう? ええじゃないですか」
岩田は以前、金目と同じ職場で開発をしていた後輩だった。
技術の腕は確かで、難しい問題でも楽しそうに取り組む。
ただ、人に仕事を振ったり、全体をまとめたりするのは、あまり得意ではなかった。
金目は、今進めている案件の一つを説明した。
店舗ごとに異なる形式の売上データを、同じ形にまとめたい。
ところが、一部のデータだけ、日付や項目の扱いが違っていた。
手作業で直せば済む。
しかし、毎月同じことをするのは面倒だった。
「これ、何とかならんかな」
岩田は資料を見ながら、少し考えた。
「元のデータ、毎回同じ形式で出てきます?」
「基本は同じやと思う」
「基本、ですか」
「……確認します」
岩田は笑った。
「そこ、大事ですね。形式が固定なら、取り込みのところで変換できそうです」
「やっぱり?」
「ただ、実物を何種類か見たいです。例外があるかもしれませんし」
岩田は画面を切り替えた。
「あと、この日付って、売上が発生した日ですか? それとも締めた日ですか?」
「そこも確認せなあかんな」
「ですね。日付の意味が違うと、合計がずれることもありますから」
金目はメモを取った。
岩田は、技術的な話になると次々に質問を出してくる。
しかも、どれも実際に作るときに必要になることだった。
「……やっぱり、岩田に聞いてよかったわ」
「まだ何もしてませんよ」
「いや、確認することがわかっただけでも助かる」
「それならよかったです」
金目は少し考えてから尋ねた。
「ちなみに、案件の進行管理とかも興味ある?」
岩田は、少し困ったように笑った。
「それは、僕より得意な人にお願いした方がいいと思います」
「そんな苦手なん?」
「苦手ですねえ。自分で作る方が気楽です」
「まあ、昔からそうやったな」
「人にお願いするの、どうも下手なんですよ」
岩田は笑いながら続けた。
「説明してる間に、自分でやった方が早いと思ってしまって」
「……それ、俺も昔やってたわ」
「今は違うんですか?」
「最近、ちょっとだけな」
二人は笑った。
*
週末。
金目は、田村と岩田にそれぞれ作業の相談を送った。
田村には、進行中の案件を一件だけ整理してもらう。
誰の確認待ちなのか。
次に誰が動くのか。
納期に影響することはないか。
岩田には、売上データの形式を調べてもらう。
違いがある部分を洗い出し、自動で変換できそうかを確認する。
どちらも、最初から大きな仕事を頼むわけではない。
金目は、作業範囲と希望日程を書き、報酬についても相談した。
田村からは、少しして返事が届いた。
『その範囲なら、今週末に一回見られるで』
岩田からは、翌朝だった。
『データ確認できました。土曜の夜なら少し時間取れそうです』
金目は二人に返信した。
そのあと、三宅にも連絡を入れる。
『新しく二人に手伝ってもらうことになりそうです。外注費の予定、追加してもらえます?』
返事は、昼過ぎに届いた。
『承知しました。金額と支払予定日が決まったら教えてくださいね』
「……そこは、まだやな」
金目は苦笑した。
作業をお願いする話は進んでいる。
ただ、報酬についてはまだ最終的に決めていない。
金目は田村と岩田に、それぞれ条件を確認した。
作業の範囲。
納期。
報酬。
支払いの時期。
互いに納得できる条件を決めてから、正式に依頼する。
以前なら、先に作り始めてしまっていたかもしれない。
今は少しだけ、順番を考えるようになった。
*
数日後。
金目が本業の昼休みに共有資料を開くと、田村の書き込みが増えていた。
担当者。
確認待ちの相手。
次に動く人。
そして、確認が必要な日付。
以前より、仕事の状態がわかりやすくなっていた。
『一件だけ整理してみたで。これで合ってるか確認してくれ』
金目は内容を確認した。
ほとんど問題はない。
ただ、一か所だけ気になるところがあった。
岩田に依頼した技術調査が、まだ予定に入っていない。
金目は田村にメッセージを送った。
『岩田に頼んでる調査も、ここに入れた方がええかな?』
しばらくして、返事が来た。
『岩田って誰や?』
「……あ」
金目は思わず声を出した。
そうだった。
田村と岩田は、互いのことを知らない。
金目は、それぞれに別の仕事を頼んでいた。
田村には、案件の段取りを整理してもらう。
岩田には、技術的な部分を調べてもらう。
しかし、二つの仕事が同じ案件に関係していることを、田村には伝えていなかった。
『すみません。別で技術調査をお願いしてる人です』
『なるほど。ほな、その予定も入れとこうか』
『お願いします』
金目は岩田にも連絡した。
『調査の予定、共有の案件一覧に入れたいんやけど、日程教えてもらえる?』
『土曜の夜に確認して、日曜には結果出せると思います』
『了解。ありがとう』
その内容を田村へ伝える。
少しして、案件一覧に新しい行が追加された。
担当者は岩田。
作業内容は、売上データの形式調査。
完了予定は日曜日。
金目は画面を見つめた。
「……人増やしたら、説明することも増えるんやな」
当たり前のことだった。
しかし、実際にやってみるまで気づかなかった。
*
日曜日の夜。
岩田から、調査結果が届いた。
『確認できました。日付の形式が違うだけじゃなくて、一部の項目名も違いますね』
続けて、資料が添付されていた。
どの項目が違うのか。
どのように変換すればよいのか。
例外として確認が必要なものは何か。
短い説明とともに、整理されていた。
金目は資料を開いた。
「……よう調べとるなあ」
その内容を西田にも共有した。
西田からの返事は、翌朝だった。
『これなら作れそうやな。変換の部分だけ、もう少し確認させて』
金目はうなずいた。
岩田が調べたことを、西田が制作に使う。
金目は、追加で確認する内容を開いた。
*
金目は、更新された案件一覧を眺めた。
金目。
西田。
三宅。
田村。
岩田。
五人分の名前が並んでいる。
少し前までは、自分の名前しかなかった。
今は、それぞれが違う仕事をしている。
もちろん、まだ誰も社員ではない。
田村も岩田も、今回の仕事を手伝ってもらっただけだ。
次も頼めるかどうかはわからない。
それでも、金目には少しだけ心強かった。
スマートフォンが震えた。
田村からだった。
『今回みたいな整理なら、また相談してくれてええで』
続けて、岩田からも連絡が届いた。
『追加で確認したいことが一つあるんですが、今週どこかでお時間あります?』
金目は予定表を開いた。
月曜日は本業の会議。
火曜日は顧客との打ち合わせ。
水曜日は納品前の確認。
木曜日には、別の依頼人との相談。
金曜日は、三宅との請求内容の確認。
まとまって空いているのは、また週末だった。
「……人増えたのに、連絡も増えとるやん」
金目は苦笑した。
岩田が何を見つけたのかは、聞いておきたい。
金目は岩田への返信を打った。
『水曜の夜なら少し話せるで。先に確認したいこと送っといて』
送信してから、予定表を閉じた。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、金目の元職場の先輩・田村と、後輩・岩田が登場しました。
二人とも得意分野は違いますが、カナメ事務所にとって頼もしい協力者になりそうです。
もっとも、人が増えれば連絡や調整も増えるわけで……。
まだまだ金目が楽をできる日は遠そうですね(笑)
次回もお付き合いいただければ幸いです。




