返事を書く前に
八月に入り、予定していた期日に、三宅彩から連絡が届いた。
『大型案件の最終分、入金を確認できました。請求額との照合も済んでいます』
高瀬欣也は、六月二十九日に出した請求を開いた。
最後の四割、税抜千四百四十万円。
請求書で合わせた税額を含む総額が、入金の記録と揃っていた。
三宅へ礼を返し、先の支払いを見ている表へ反映する。
今回の仕事に使った費用も、そのあとに続く支払いも、同じ表に残っている。
金目と小坂にも伝えた。
『ありがとうございます。三宅さんにも、お礼を伝えてください』
金目から返事が来た。
少しして、もう一つ届く。
『最後まで、受け取れましたね』
高瀬は、その文を読んでから、はい、と返した。
十二月に受けた仕事だった。
段階ごとに渡し、確かめてもらい、請求を出した。
六月に全体を渡し終えた仕事の対価が、これで最後まで届いた。
金目は、入金の連絡をもう一度見た。
閉じる前に、小坂へも短く礼を送る。
そのあと、今日の予定へ戻った。
次に開く打ち合わせの案内には、別の顧客の名前があった。
*
瀬川悠真は、顧客から届いた連絡を、初めから読み直していた。
七月に、小坂と大本が二つの案を説明した相手だった。
今ある受注管理の仕組みを直す方法と、必要な仕事を段階的に置き換える方法。
先方は、後の方を詳しく聞きたいと話している。
次の検討に使う資料や、確認する相手についての連絡を、大本のもとで手伝っていた。
今回の連絡にも、大本は宛先に入っている。
『来週、社内の担当者と話をする予定です。先日ご説明いただいた内容を、こちらでも説明できる資料はありますでしょうか』
瀬川は、先日の資料を開いた。
二つの案が、並んでいる。
どこを変えるか、何が残るか。
顧客側で確かめてもらいたいところも、説明の中にあった。
これを送れば、先日の話は伝えられる。
小坂が確認し、実際に先方へ見せた資料でもある。
返事を書き始めた。
『先日ご説明した資料をお送りします。ご不明な点がございましたら、お知らせください』
添付する資料の名前を入れる。
そのあとで、顧客の文へ戻った。
社内の担当者。
瀬川は、その人たちが、先日の説明をどこまで聞いているのか知らなかった。
同じ資料を見せて話すのか。
別のことを相談するために、使いたいのか。
資料を上から読み直した。
自分は、前の打ち合わせで説明を聞いている。
ここへ書いていないところも、大本が話した言葉を思い出せた。
初めて見る人が、同じように読めるかは、分からなかった。
瀬川は、書いた返事を残したまま、その下へ、もう一つ書いた。
誰に、何を説明するのかを聞く。
それに合わせて、使うところをまとめる。
二つ目は、その先の文が続かなかった。
まとめ直すと言ってから、どれだけ時間がかかるか分からなくなったら困る。
自分で変えてよいところも、まだ全部は判断できない。
顧客は、仕事の合間に連絡をくれたはずだった。
欲しいのは資料で、その前にまた質問が来たら、かえって手間かもしれない。
瀬川は、二つの返事を並べた。
先に書いた方には、挨拶も、結びの言葉も入っている。
もう一つは、聞いてから考えたいことが、短く書いてあるだけだった。
大本へ、相談したいと連絡を送った。
*
「こちら、二つ書いてみたんですけど」
瀬川が画面を共有すると、大本は、顧客から来た連絡から読んだ。
次に、一つ目の返事へ目を移す。
「資料をそのまま送る方ですね」
「はい。前に説明したものなので、こちらなら、早くお返しできると思いました」
「そうですね。先日の話を、同じように皆さんへ見てもらいたいということなら、使っていただけます」
大本は、もう一つの方へ移った。
「こちらは、使い方を聞いてから」
「はい。ただ、先に聞いたら、お返しするまでに、やり取りが増えるので」
瀬川は、顧客の連絡を示した。
「来週と書いてありますし、資料を送って、不明なところを聞いてもらう方がいいのかと思って」
大本は、少しの間、二つの文を見ていた。
瀬川は、書きかけの方の末尾へ、カーソルを置いた。
大本が直してくれたところから、続きを書くつもりだった。
「で、君はどうしたい?」
瀬川は、手を止めた。
「僕は……」
大本は、続きを待っていた。
瀬川は、先日の説明資料へ戻った。
「これを初めて見る方に、どこから話すのか、まだ分からなくて。聞いてからの方が、使ってもらえるものにできると思うんです」
「はい」
「先に、何を説明されるのか、聞いてみたいです」
そこで一度止めてから、付け足した。
「僕から、電話してもいいでしょうか」
「はい。先方が話せる時間か、確かめてからお願いしましょう」
大本が答えた。
瀬川は、書きかけの文へ戻る。
「何を聞くかも、先に合わせてもらっていいですか」
「もちろんです」
大本は、顧客の文の一箇所を示した。
「まず、この担当者というのが、どなたかですね。先日の話を聞いた方なのか、今回初めて聞く方なのか」
瀬川は、その質問を書いた。
「それと、そこで何を相談されるのか、ですね」
「はい。使う方が違えば、必要な説明も違うと思います」
瀬川は、二つの質問を読んだ。
それなら、自分でも尋ねられそうだった。
「資料をいつまでに使われるかも、聞きます」
「お願いします。こちらでまとめ直す必要があるかは、聞いてから合わせましょう。今、全部作り直すと約束しなくても大丈夫です」
大本は、最初に書いた返事も残しておくように言った。
元の資料をそのまま欲しいという答えなら、こちらで送ることもできる。
「金額や、いつから作れるかを聞かれたら、持ち帰ってください。そこは、小坂さんとも確認します」
「はい」
瀬川は、顧客へ、短く話せる時間があるかを尋ねる連絡を書いた。
大本に見てもらってから、送る。
返事を待つ間、先ほど揃えた質問を、手元へ開いておいた。
*
午後なら、少し時間を取れると返事が来た。
瀬川は、約束した時間の少し前に、顧客の連絡を開いた。
大本が、必要なら通話後にすぐ相談できると伝えてくれていた。
電話を掛ける。
呼出音を聞きながら、質問の最初の行へ目を置いた。
「お世話になっております。カナメの瀬川です。資料の件で、お時間をいただきありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。すみません、お願いしまして」
先日の打ち合わせで聞いた声だった。
瀬川は、少し息をついてから、尋ねた。
「来週お話しされる方は、前の説明に入っておられた方でしょうか」
「いえ、現場の担当者です。前のときは、私と上の者だけでしたから」
「そうでしたか。では、今回初めて、お話しされるんですね」
「はい。どちらの方法で考えるか、という話もあるんですけど」
瀬川は、質問の次の行を見た。
「そのときは、二つの方法の違いを、主に説明される予定でしょうか」
「それも、初めには話します。ただ、図のことは分かるんですけど、こちらで何を用意するのかを、担当の者に話したくて」
瀬川は、書こうとしていた手を止めた。
「用意するもの、ですか」
「はい。前に、今の処理の例を見たいというお話でしたよね。私が出した分だけで、全部ではないので」
瀬川は、先日の説明資料を開いた。
顧客側へお願いすることが、下の方に書いてある。
「数量が変わるときと、納める日が変わるときの、確認の違いもありましたね」
「そうです。私のところへ来る前に、別の担当が見ているものもありますし。各担当に、どういうものを出してもらうかを、話しておきたいんです」
瀬川は、聞いた言葉を残した。
全員へ新しい画面の説明をするための会議ではなかった。
その前に、仕事の仕方を確かめるため、現場の人へ協力を頼みたいのだった。
「今の資料で、そこを説明しようとすると、途中で、また別のページを開くことになりますね」
「そうなんです。画面がどう変わるかは、それで分かると思うんですけど。何を持ってきてほしいかを話すところが、ちょっと」
担当者が、言葉を探す。
瀬川は、元の資料を送ると書いた返事を思い出した。
説明の中には、必要なことが入っている。
けれど、そのまま渡したあと、相手がする仕事は残っていた。
「今伺った内容を、大本とも合わせます。先日お話しした範囲で、皆さんへお願いしたいことを、まとめられるか確認します」
「ありがとうございます。そうしてもらえると、助かります」
「資料は、いつまでにお手元へあればよろしいでしょうか」
先方が、使う日と、その前に目を通せる時間を伝えた。
瀬川は、それを書き留め、読み返した。
「こちらで確認して、お返しできる予定も、改めてご連絡します」
「はい。お願いします」
電話を切った。
瀬川は、質問を書いた紙を見た。
その横に、初めには書いていなかった言葉が増えている。
誰に、何を用意してもらうか。
瀬川は、大本へ、話を聞けたと連絡した。
*
「先方が説明したいのは、こちらで作るものだけではなかったです」
瀬川は、通話で聞いたことを大本へ伝えた。
社内で話す相手も、資料を使う予定も、先ほど書いたところを見せる。
「現場の方へ、今の処理の例をお願いしたいということですね」
「はい。先方の担当の方が、全部を見ておられるわけではないそうです」
大本は、顧客へ説明した資料を開いた。
瀬川が聞いた話と、先日の質問を並べる。
「ここまでなら、説明した内容からまとめられますね」
大本が示したのは、資料の後ろにある、次に確かめたいことだった。
瀬川は、別の一枚へ、その内容を移した。
注文の内容が変わった例。
その連絡を誰が受け、次の人へどう渡しているか。
数量と納める日で、確認する相手が違うところ。
書いているうちに、欄が増えた。
誰が確認するか。
誰が次の人へ知らせるか。
今後、どう分けたいか。
瀬川は、画面から少し顔を離した。
「これだと、全部、先方に決めてもらうように見えませんか」
大本が、書いたところを読む。
「今後の分け方まで、埋めていただく形になっていますね」
「はい。前の説明では、一緒に考えるというお話だったと思うので」
大本は頷いた。
「今どうしているかを教えていただくことと、これからどうするかを相談することは、分けましょうか」
瀬川は、新しい分け方を書き込む欄を外した。
今使っているものと、実際にしたやり取りを、まず見せてもらいたい。
そのことが伝わるように、冒頭を書き直す。
大本は、元の資料にある説明と見比べていた。
「決めきれていないところがあれば、そのまま教えていただく形でもいいと思います。全部整理してからでないと話せない、というお願いにはしたくないので」
「はい。今のまま見せていただきたいということも、書きます」
瀬川は、文章を短くした。
先方が、現場の人へ見せるための一枚だった。
自分たちが後で読むための記録とは、使う人が違う。
それでも、何を省いてもよいわけではなかった。
まず例を見せてもらうこと。
その先に詳しい調査が必要なら、範囲や時間、費用は別に相談すること。
元の説明にある、その部分は残した。
小坂との短い打ち合わせでは、大本が、新しく足した資料の使い方を説明した。
瀬川も通話へ入った。
「瀬川さんが、先方へ使う場面を聞いてくれました。来週、現場の担当者へ協力をお願いするために、使いたいそうです」
「先日の説明に入っていなかった方たちなんですね」
小坂が尋ねた。
「はい。何を用意したらよいかを、皆さんへ伝えたいと伺いました」
瀬川が答える。
小坂は、一枚にまとめた資料を読んだ。
「こちらも、例を見てからでないと決められないところがありますね。ここは、そのまま残しておきましょう」
「はい」
「元の説明資料も、一緒に参照できるようにお願いします。今回の一枚だけで、全部の提案に見えない方がいいので」
瀬川は、元の資料への案内を確かめた。
大本が、対外的に伝える範囲と、返信の予定を小坂へ確認する。
「それで進めましょう。資料を使う前に、先方が目を通せるように返してください」
「はい。こちらから、お返しする予定もお伝えします」
瀬川が答えた。
小坂は、資料から顔を上げる。
「先に聞いてもらえたので、何を返すかがはっきりしましたね」
「はい」
瀬川は頷いた。
大本は、瀬川が直した最初の文へ、もう一度目を通していた。
*
瀬川は、送る前の返事を開いた。
電話で伺った用途に合わせ、先日の説明から、お願いしたいことをまとめたこと。
元の提案資料も合わせて見てもらいたいこと。
書いた内容を、声に出さず、初めから読んだ。
自分が聞いた話と、ずれていないかを確かめる。
添付した資料も、一度開いた。
大本へ最後の確認を頼み、返ってきたところを読んでから、顧客へ送った。
送信済みの欄へ移る。
先に書いた、元の資料を送るだけの返事は、下書きのまま残っていた。
その日のうちに、返事が来た。
『ありがとうございます。これなら、誰に何を頼むか話せます。まず、こちらで担当者と話してみます』
瀬川は、短い文を読み終えたあと、もう一度、初めへ戻った。
誰に何を頼むか。
電話で聞いたときに、自分が書いた言葉だった。
大本へ、返事が来たと伝えた。
連絡の内容を見た大本から、通話がつながる。
「使っていただけそうですね」
「はい」
瀬川は答えた。
大本は、顧客の返事の後半も読んだ。
「次は、先方で話してもらったあとですね。返ってくる内容で、またこちらも合わせましょう」
「はい。まだ、どの方に確認するかは、決まっていないところもあると思います」
「そうですね」
瀬川は、初めに書いた返事を開いた。
「初めの資料を送るだけやったら、説明のことだけ考えてたと思います」
瀬川が言った。
「話してみたら、先方が、別の方へお願いするために使いたいということやったので」
大本は頷いた。
「自分で聞きにいってもらえたので、そこが分かりましたね」
「はい」
瀬川は、電話の前に書いた質問を見た。
その横には、聞いてから増えた言葉がある。
資料をどう直すかは、その前には決められなかった。
通話を終えてから、顧客へ返す次の文を開いた。
まだ、契約が決まったわけではない。
先方で話したあと、誰が次の確認に入れるか、連絡をもらうことになっている。
瀬川は、打ち合わせの予定を見た。
その前に、用意できるものはありそうだった。
大本への相談を書き始める。
『次に先方からお返事をいただくとき、こちらから確認したいことも、一緒にお送りしておきたいです』
今度は、そのあとへ、聞きたいことを続けた。
相手から来た文を、そのまま貼り付けて尋ねる形にはしなかった。
自分が何をしたいかも、書いてから送った。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、瀬川が返事を書く前に、自分から相手へ尋ねる話でした。
資料をそのまま送ることも、間違いではありません。それでも、何に使うのかを聞いてみると、相手が説明したかったことが少し違って見えてきます。
大本の問いを受けて電話をしたあと、瀬川は、書いた一枚にも立ち止まりました。全部を先方に決めてもらうお願いになっていないか。自分で聞いたことが、その後に考えるための手掛かりになっています。
顧客から届いた「これなら」という返事は、小さなものですが、瀬川自身が動いた結果として残りました。
冒頭では、大型案件の最後の入金も確認できました。長く取り組んできた仕事に、一つの区切りが付いた回でもあります。
引き続き、よろしくお願いいたします。




