二つの案
七月も、後半に入っていた。
大本恭平は、小坂との打ち合わせに使う資料を、もう一度開いた。
一枚目には、今の仕組みを直す案がある。
二枚目には、仕事の流れに合わせて、必要なところを置き換える案を置いていた。
通話がつながる。
「お疲れさまです」
「お疲れさまです。先方の追加の資料も、届いたんですね」
「はい。こちらへ合わせています」
小坂千尋が資料を開くのを待って、大本は説明を始めた。
以前から取引のある顧客だった。
使っている受注管理のシステムについて、注文が変わったあとの確認を、もう少し楽にできないかと相談を受けている。
最初の注文は、システムに入っていた。
数量や納める日が変わると、その連絡を別に残す。
出荷へ回す前に、元の注文と変更の連絡を見比べ、どこまで反映したかを確かめていた。
「今の画面で、変わったところを見つけやすくする方法が、こちらです」
大本は、一枚目を示した。
仕事の進め方を大きく変えずに、変更を見つけやすくする案だった。
「もう一つは、変更を受けてから、そのあとの処理へ渡すところまで、つなぎ直す方法です」
二枚目へ移る。
変更の連絡を受けたことと、その内容を確かめて出荷側へ渡したこと。
それぞれを、同じ注文から追えるようにする。
今の仕組みを全部捨てる案ではない。残して使うところと、置き換えるところを分けていた。
大本は、二つを並べた。
「僕は、こちらを勧めたいです」
示したのは、二枚目だった。
小坂は、すぐには返事をしなかった。
先方から来た資料を開き、最初の相談内容へ戻る。
「今回、お話の始まりは、変更を探すのが大変だというところでしたね」
「はい」
「それなら、一つ目でも、かなり楽になると思います」
「そう思います。操作も、今のやり方に近いので」
小坂は、一枚目の費用を考える欄を見た。
どちらも正式な見積もりは、まだ出していない。
ただ、確認する仕事と作る範囲には、違いがあった。
「金額を見たら、向こうはこちらを選ぶかもしれませんね」
「はい。選んでもらいやすいのは、こちらだと思います」
大本は答えた。
小坂は、二枚目へ目を移す。
「そのうえで、こちらなんですね」
「はい」
*
大本は、先方との打ち合わせで聞いた話を開いた。
変更の連絡を探すのに時間がかかる。
担当者は、初めにそう言っていた。
そのあと、秋から増える見込みの取引について話した。
注文が増えれば、変更があるものも増える。
今は、処理を回す前に、同じ担当者へ尋ねていた。
変更の連絡は来ているのか。
その内容で、もう進めてよいのか。
画面で見つからないと、電話を掛けることもあるという。
「一つ目でも、次の方へ渡す仕事は残ります」
「はい。そこを人がつなげば、仕事は進みますね」
「進むと思います。今の量なら、先方でも、そのやり方で回せています」
大本は、担当者から受け取った例を示した。
一件の注文に、変更の連絡が続いている。
最後の連絡だけ読めば済むものと、前の内容も確かめなければならないものがあった。
「先方は、増えた分も今の人数で受けたいとおっしゃっていました。探すところを直したあとにも、毎回、誰かが間をつなぐ形が残るのは、気になっています」
小坂は、例の下まで読んだ。
「だから、仕事を渡すところも一緒に変えたい」
「はい。先方が、そこまで変える時間を取れるかは、まだ聞く必要があります」
大本は、二枚目へ戻った。
作る側の予定とは別に、顧客に確認してもらうところを書いている。
「こちらの方が、先方の負担も大きいです。今まで別に進めていたところを、合わせてもらうことになるので」
「費用も、上がりますね」
「はい」
大本は、一度、口を閉じた。
資料の中では、二つ目の方が、広い範囲を使っている。
説明も長くなる。
最初に相談されたところだけを直すなら、一枚目で話を進めることはできた。
「大きい仕事にできるから、ということではないんですね」
小坂が尋ねた。
声の調子は、変わらなかった。
「それも、仕事として取れれば、ありがたいです」
大本は答えた。
小坂が顔を上げる。
「ただ、こちらを作っても、先方が今の仕事へ使えなければ、次にはつながらないと思います」
大本は、先方の担当者の言葉へ戻った。
人を増やす話は、すぐには進められない。
それでも、増える注文は受けたい。
その話をしたときには、探す時間だけでなく、確認が自分のところへ集まることも気にしていた。
「この先どう回したいかというところまで、先方に一緒に考えてもらいたいです」
小坂は、黙って画面を見ていた。
それから、二枚目の端へ、確認する項目を書き足した。
「では、こちらが引き受けられるかも、確かめましょう」
「はい」
「秋から取引が増えるという話と、こちらを作って使い始める時期は、分けて聞く必要があります。先方が、全部その前に変わると思っていたら、違ってしまいますから」
大本は、自分の資料にも同じ項目を入れた。
「最初に増える分をどう受けるかも、確認します」
「お願いします。今のやり方を続ける期間があるなら、その間も含めて提案しましょう」
小坂は、一枚目も閉じなかった。
大本が勧めるものと、先方が選べるもの。
二つとも、次の打ち合わせへ持っていく資料に残した。
*
西田との打ち合わせでは、小坂が、先方へ返したい内容を初めに伝えた。
大本は、顧客から受け取った例と、二つの案を開く。
西田浩司は、元の注文から変更の連絡をたどり、処理を渡すところで止まった。
「ここの確認は、今も先方で人がしてるんやね」
「はい。連絡が来ていても、まだ進めないものがあります」
「ほな、来たものを、そのまま次へ流すわけやないな」
「はい。どこまで確かめたら渡せるかは、先方と合わせる必要があります」
西田は、二枚の案を行き来した。
「こっちは、今の間を残して、見つけるところを直す。もう一つは、その間も扱うということやね」
「はい」
「後の方は、作る前に聞くことも増えるで」
大本は頷いた。
顧客に確認してもらう欄を示す。
西田は、そこへ二つ、質問を足した。
誰が確認を終えたと言えるのか。
いったん渡したあとで、さらに変更が来たら、誰へ知らせるのか。
大本は、それぞれを、先方の例へ合わせた。
答えが書けるところと、まだ聞けていないところが分かれた。
「ここまでは、次に伺えます。その先も、今のやり方を全部調べてもらった方がいいでしょうか」
「見積もりに要るところは、先に合わせたいな。ただ、全部を調べる約束を、ここで一緒にせん方がええ」
西田は、作る範囲を示す線の手前へ印を付けた。
「詳しく見る仕事が要るなら、その範囲と時間を決めてからやろう。聞いてみる話と、こちらで調べて結果を出す仕事は、分けといてほしい」
「はい。そこは、費用も含めて、こちらで合わせます」
小坂が答えた。
大本も、先方へお願いする内容を書き直した。
西田は、今ある開発の予定を開いた。
六月に大きな引渡しを終えたからといって、そのあとの仕事が、なくなったわけではない。
それぞれが担当しているものと、確認のために空けられる時間を見た。
「まず、この条件を揃えるところまでは、こちらで見ます。そのあとの見積もりに誰が要るかも、そこで合わせましょう」
「ありがとうございます」
大本は、資料の中の、着手時期を空けてあるところを見た。
そこへ、まだ日付は入れなかった。
西田との通話を終えてから、小坂と二人で、もう一度、案を並べた。
見積もるために必要なこと。
顧客が用意するもの。
こちらから次に返すもの。
「先方に、こちらで動いていただく時間も取れるか、聞いてきます」
大本が言った。
「はい。こちらも、その時間を含めて考えてもらいましょう」
小坂は、二枚目へ目を戻した。
「その確認を取ったうえで、こちらを勧めましょう」
「はい」
大本は、顧客との打ち合わせに使う資料を開いた。
一枚目から順に読み直す。
先ほど加えた質問も、その中へ入れた。
*
顧客との打ち合わせには、瀬川も同席した。
小坂から、説明の流れと先方の返事を記録するように言われている。
画面がつながる前に、大本が資料を送ると、瀬川悠真は、二枚の案を並べて開いた。
「どちらも、お見せするんですね」
「はい。最初に、今の仕組みを直す方から説明します」
「わかりました」
接続の知らせが来た。
先方の担当者に続いて、責任者も入る。
小坂が挨拶し、大本へ説明を渡した。
大本は、困っている場面が、聞いた内容と合っているかを確かめた。
担当者が、一つ、補足する。
数量が変わったときと、納める日が変わったときでは、確かめる相手が違っていた。
「ありがとうございます。こちらにも、分けて残します」
大本は、その違いを書き加えた。
そのあと、一枚目を開いた。
今の仕組みを使いながら、見比べるところを直す。
顧客側で覚え直す操作も、できるだけ少なくする。
ただし、確認を終えたあとに処理を渡すところは、従来の方法が残る。
「こちらなら、今の担当のまま進めやすそうですね」
責任者が言った。
「はい。現在の進め方を大きく変えずに、今のお困り事を改善する方法です」
大本は答えた。
担当者も、説明の一箇所へ頷いた。
「ここが見やすくなるだけでも、助かります」
「はい。先にいただいた例でも、探すところが重なっていましたので」
大本は、元の例を見せた。
担当者が、実際にどこを見比べているかを示す。
瀬川は、説明していた案の横へ、その返事を残した。
二枚目へ移った。
「もう一つは、変更を受けてから、確認を終えて次へ渡すところまで、つなぎ直す方法です」
先ほど担当者が補足した、数量と納める日の違いもある。
同じ注文の変更でも、誰が確かめるかは揃えなければならない。
大本は、まだ聞けていない部分を、分かったことと分けて説明した。
「費用を抑えるなら、一つ目の方法があります。そのうえで、今回伺ったお話なら、僕はもう一つの方をお勧めします」
責任者が、二枚目を見た。
「今後の量を考えて、ということですか」
「はい。今の人数で受けていきたいというお話がありましたので。変更を見つけるところだけでなく、そのあとに同じ方へ確認が集まるところも、一緒に考えたいです」
担当者は、すぐには答えなかった。
紙へ何かを書き、隣の資料を開く。
「こちらも、今のやり方を変えることになるんですね」
「はい。どの段階で、どなたが確かめるのかを合わせていただく必要があります。新しい方へ移る準備も、お願いすることになります」
「日々の仕事をしながら、ですね」
「はい」
大本は頷いた。
画面の向こうで、担当者が責任者へ目を向けた。
「その時間を取れるか、相談せなあきませんね」
責任者は、手元へ目を落とした。
少しの間、紙をめくる音がした。
「秋に増える分も、初めから全部、こちらで受けるという話ですか」
「そこは、まだお約束できません。増え始める時期と、必要な範囲を伺ってから、こちらで見積もりと時期を合わせます」
大本は、二つの案の下にある、移るまでの欄を示した。
「今の方法を続ける期間があるなら、その間、どう受けるかも含めて、ご相談したいです」
責任者は頷いた。
それから、一枚目へ戻るように頼んだ。
大本は、資料を戻した。
顧客の画面にも、費用と切替の負担を抑える案が出る。
「今ある困り事だけなら、こちらでも、ええわけですね」
「はい」
大本は答えた。
言い足そうとして、いったん止める。
先方の担当者が、責任者の方へ顔を向けていた。
「今は、最後に私のところで合わせてるんです」
「うん」
「探すのは楽になると思います。ただ、増えたあとも、その分は、私が見て渡すことになります」
責任者は、担当者の前にある紙を見た。
担当者は、そこへ書いたものを指す。
カメラ越しには、何を書いたかまでは見えなかった。
「二つ目なら、誰にどこまでお願いするかも、決め直すんですね」
責任者が、大本へ尋ねた。
「はい。仕組みの方も、それに合わせて考えます」
責任者は、もう一度、担当者の話を聞いた。
大本は、資料を一枚目のままにして待った。
「……二つ目の方で、もう少し具体的に聞かせてもらえますか」
責任者が言った。
「金額と時期を見てからになりますけど。こちらが何を用意するかも、一緒に知りたいです」
「ありがとうございます」
大本は、二枚目へ戻した。
瀬川が、手元で記録を進めていた。
小坂が、次に確認する範囲を先方と合わせた。
まずは、見積もりに必要な仕事の分け方と、確認する人。
詳しい調査が必要になる場合は、その内容と費用を別に相談する。
今日の話だけで、作り始める約束にはしなかった。
「では、こちらも担当の者へ話しておきます」
責任者が言った。
担当者も、次の確認へ使う例を用意すると答える。
小坂が礼を伝え、通話を終えた。
*
顧客の画面が閉じたあと、瀬川は、送る記録を整えるために、いったん通話を離れた。
大本は、小坂と二人で残った。
「二つ目で、詳しく見てもらえることになりましたね」
「はい。先方に用意していただく分も、こちらへ合わせます」
大本は、説明中に書き加えたところを開いた。
小坂が、次の連絡を送る前に確かめたい箇所を挙げる。
大本は、それを直した。
「初めから、勧める方は決めていたんですね」
小坂が言った。
「はい。ただ、もう一つを選ぶ理由もあると思ったので」
大本は、一枚目へ戻った。
「こちらを選ばれたら、その形で進めるつもりでした。今の仕事を変える時間が取れないということも、あると思います」
「そうですね」
小坂は、二つの案が並ぶ画面を見た。
以前にも、大本から、違う進め方を並べた相談を受けたことがあった。
そのときにも、最後には、自分はこちらがよいと思う、という言葉が付いていた。
どちらでもよいから、決めてほしい。
そういう持ってき方ではなかった。
「今回も、勧める理由まで話してもらえたので、こちらから確かめるところが、はっきりしました」
「はい。ありがとうございます」
大本が答えた。
小坂は、先方へ返す予定を開く。
「では、次に出すものも、その理由と合っているか、確かめましょう」
「はい」
大本は、先ほどの質問へ戻った。
ここから先に、確かめることは残っている。
勧めた案の方が、作る仕事も、相手に頼むことも多かった。
小坂が、次の打ち合わせへ移ったあと、瀬川から、記録を見てほしいと連絡が来た。
大本は、通話をつないだ。
「こちら、先方にお願いすることまで入れてみました」
「ありがとうございます。ここの時期は、まだ決まっていないので、そのまま残してください」
「はい。確認する方のところも、後でお返事をもらう形ですね」
「そうですね」
瀬川は、書いた文を一つ直した。
大本が続きを読んでいると、少し間を置いて尋ねた。
「二つ用意していても、お勧めは言うんですね」
大本は、資料へ目を戻した。
「はい。どう違うかだけでなくて、どうしてこちらを勧めたいかも、伝えたかったので」
「一つ目を見せたら、そちらになるかもしれないと思ってました」
「そのことも、考えていました」
大本が答えると、瀬川は、一枚目の方をもう一度見た。
「それでも、両方出すんですね」
「はい。先方が、どちらなら引き受けられるかも、聞きたかったですから」
瀬川は頷いた。
共有していた記録の横へ、自分のメモを開く。
大本は、先方へ次に送る資料の名前を合わせた。
費用と時期は、まだ空いている。
その手前にある、こちらから確かめることを、一つずつ残した。
瀬川のメモには、新しく一行が増えていた。
勧める理由。
瀬川は、その下へ、今日、大本が話した言葉を書き始めた。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、大本が二つの案と、自分が勧めたい方を持っていく話でした。
もう一つの案にも、選ぶ理由がある。だから資料から外さず、それでも自分はこちらを勧めたいと伝える。小坂はその理由を聞き、カナメが引き受ける仕事として確かめていきます。
顧客が一つ目の案へ戻って考える場面では、大本も言葉を足しかけて止まりました。勧める側に考えがあっても、実際に費用や手間を引き受けるのは、相手でもあります。
小坂が改めて見た大本の姿と、その説明を隣で聞いていた瀬川。それぞれが持ち帰ったものを、感じていただければ嬉しいです。
まだ、契約が決まったわけではありません。勧めた理由を、これから出す提案にも通していく仕事が残っています。
引き続き、よろしくお願いいたします。




