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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第五章 守りたいもの
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明日の話

 二月一日、木曜日。


 上田は、席へ着く前に、一課の予定表を開いた。

 昨日まで西田の名前が入っていたところに、自分の名前がある。

 二課の予定と並べ、今日、誰と何を確かめるかを見ていく。


「上田さん、午前中、少し時間もらえますか」


 上條から声がかかった。

 上田は、予定の空いているところを示した。


「はい。この時間で、どうでしょう」


「ありがとうございます。先方の確認と、こちらの実装が重なるところを、合わせたいです」


 上田はうなずいた。

 今日から、開発一課長も兼ねる。

 二課長を続けながら、一課の配置や、仕事の優先順位も見ることになっていた。


 西田は、取締役兼開発部長のまま、部全体を見ている。

 一課の技術的な確認は上條がつなぎ、黒田たちが実装を進める。

 その分担を、上田も一月の間に確かめてきた。


 予定へ印を入れると、二課の長谷川が、資料を持ってきた。


「上田さん、こちら、昨日の続きなんですけど」


「はい」


 長谷川真理は、二〇三三年に中途で入社した、二課の技術者だった。

 業務システムの設計や実装の経験が長く、顧客が実際にどう仕事をしているかを確かめながら、作るものを整理していく。


 入社したときの二課長は、尾崎だった。

 顧客ごとの事情や、社内で誰に何を聞けばよいかは、上田に尋ねることも多かった。

 上田も、設計の進め方で迷うと、長谷川の意見を聞いてきた。


「この二つ、同じように見えてたんですけど、使う人が違いますね」


 長谷川が、資料を並べた。

 上田は、顧客から来た返事を開く。


「はい。こちらは、月末だけ確認される方です。日々の入力は、こっちの方になります」


「ほな、説明も、分けておいた方がよさそうです」


「そうですね。先方に、参加される方を確かめます」


 上田は、顧客へ返す項目を一つ足した。

 それから、長谷川の資料へ戻る。


「実際の画面の方は、この流れでお願いできますか。ここは、長谷川さんにお任せしたいです」


「わかりました。確認するところまで作ったら、一度お声かけします」


「お願いします」


 長谷川が席へ戻っていく。

 少し離れたところでは、宮原が中野へ画面を見せていた。


 宮原陸は、昨年四月に入社した、二課の新卒社員だった。

 中野や岡元に教わりながら、少しずつ担当する仕事を増やしている。

 使う人がどこで迷うかには素直に目を向けるが、その理由を調べる方法は、まだ教わっているところだった。


「ここ、先に戻ったら、入力したものも消えるんですか」


「まず、一回、確かめてみようか。どこまで入れたか、残しといて」


 中野が、自分の椅子を少し寄せた。

 宮原がうなずき、確認用の画面を開く。


 上田は、二人のやり取りを見てから、一課の資料を持った。

 西田が、近くを通る。


「今日からやな」


「はい」


「全部、一度に覚えようとせんでええからな。まず、誰が何を持ってるかを、合わせていこう」


「わかりました」


 上田は、上條と合わせた時間をもう一度見た。

 そのあとには、二課の顧客へ返す連絡がある。

 順に確かめ、最初の打ち合わせへ向かった。


     *


 金目は、三宅と高瀬が用意した表を見ていた。

 支払ったものと、これから支払うもの。

 入金を確認したものと、まだ予定のもの。


「一月二十五日の給与は、支払いを終えています」


 三宅が記録を示した。


「こちらも、期日を迎えた分は、支払済みです」


 金目は、一つずつ見た。

 高瀬が、その先の見通しを開く。


 年末に確認できた既存契約の入金。

 その後も続いている仕事の入出金。

 人が減ったあとの給与と、会社を続けるために必要な支払い。


 昨日発行した七百二十万円の請求は、まだ入金予定の方にあった。

 その金額を、今日使える資金へ足した表ではなかった。


「今の体制と、受けている仕事で、当面の支払いを回す見通しは立っています」


 高瀬が言った。

 金目は、表から顔を上げた。


「……はい」


「先方の支払予定と、こちらの支払いは、引き続き確認します。ただ、今は、今週を越えられるかという形で見る状況ではありません」


 金目は、もう一度、表へ目を落とした。

 人件費の欄が、昨年の夏とは違っている。


 辞めた人がいた。

 その結果、会社から出ていくお金が減った。

 続けられるようになった理由の一つは、そこにもあった。


 自分が選んだことも、社員がそれぞれに選んだことも、この表の中に残っている。

 金目は、その欄を見たあと、今ある仕事の予定へ目を移した。


「今の人数で、引き受けた分を、きちんと進めていきたいですね」


「はい。配置と確認に使う時間も、合わせて見ています」


 高瀬が答えた。

 三宅は、次に確認する日を入れている。


 役員報酬の項目も、消えてはいなかった。

 金目と西田の返上は続いている。

 金目はその欄を見てから、表全体へ戻った。


「こちらのことも、見通しと一緒に、また相談させてください」


「はい」


 高瀬がうなずいた。

 三宅も、次に合わせる項目へ残した。


 金目は、翌日の全社報告の資料を開いた。

 支払済みの記録を写し、今後の見通しを書く。

 書き終えた文章を、しばらく見ていた。


     *


 二月二日、金曜日。


 いつもの全社報告が始まった。

 金目は、画面に参加者が揃うのを待った。

 業務の都合で参加できない人へは、あとで資料と質疑を共有する。


 上田が、昨日から始まった両課長の体制を説明した。

 相談を受けるところと、案件の担当者へ直接確かめるところ。

 西田へ戻す判断も、合わせて伝える。


 大型案件の基本設計を終え、初回の請求を出したことも報告した。

 次の工程で誰が何を進めるかについて、上條から補足が入る。


 金目は、そのあとで、支払いと資金の資料を開いた。


「一月の給与と、これまでに期日を迎えた通常の支払いは、終えています」


 画面の中で、何人かが資料へ目を移した。


「今の体制と、受けている仕事、その入金予定を合わせて、今後の支払いを確認しました」


 金目は、一度、顔を上げた。


「会社を続けていける見通しが立ちました」


 少し間があった。

 宮原が、画面から顔を上げる。

 上條の近くでは、椅子へ背中を預け直す音がした。


「人が減ったことで、支出が減った部分もあります。そのことに助けられたのも、事実です」


 金目は、ゆっくり続けた。


「そのうえで、今いてくださる皆さんが、仕事を続け、引き継ぎ、先方へ確かめてくださったことで、ここまで来られました」


 誰か一人の顔だけを見ることは、できなかった。

 資料の向こうに、それぞれの仕事がある。


「今いる人数で回せるように、これからも、仕事と予定を合わせていきます。会社の状況についても、引き続きお伝えします」


 金目は頭を下げた。


「ここまで、仕事を続けてくださって、ありがとうございました」


 画面の中で、何人かがうなずいた。

 短い返事が重なる。

 中野が、膝の上へ置いていた手をほどいた。


 質問の時間には、大型案件が進み始めたあとの、ほかの仕事との調整について声が出た。

 上田が、担当を入れる時期と、残す確認の時間を説明する。

 西田も、課をまたぐ相談を受けるところを補足した。


 返事を聞いた社員が、資料へ印を付けた。

 質問は、次に仕事を進めるための話になっていた。


 最後に、金目は今夜の予定を案内した。

 先に都合を聞いていた食事会だった。

 参加する人には、店と時間を改めて伝える。


「今日は、少しゆっくり話せたらと思っています」


 画面の向こうで、誰かが笑った。


「このあとも業務に入ってくださる方は、引き続きお願いします。今日来られない方も、また、普段のところでお話しさせてください」


 報告を終え、参加者が一人ずつ画面から抜けていった。

 金目は、閉じた画面を少し見てから、夜の予定を開いた。


     *


 店へ入ると、暖かい空気と、料理の匂いがした。

 外で冷えた指をこすりながら、宮原が上着を脱ぐ。

 中野が、空いている場所を指した。


「鞄、こっちに置けるで」


「あ、ありがとうございます」


 椅子を引く音が、いくつも重なった。

 奥へ入る人のために、先に座った人が立ち上がる。

 上着を掛ける場所が見つからずにいると、岡元が隣を少し空けた。


「ここ、一緒に掛けてええよ」


「すみません」


「そんな、謝らんでええから」


 宮原が、小さく笑った。

 席へ座ると、目の前にはまだ何も載っていない皿と、箸が置かれている。

 仕事の資料も、パソコンもなかった。


 飲み物の注文を聞かれ、あちこちで声が上がる。

 ビールを頼む人の隣で、烏龍茶の注文が出る。

 水も欲しいと言う人がいて、卓上の場所を少し空けた。


 金目は、入口の方を一度見た。

 遅れて来た人が席へ着き、小坂が椅子を寄せている。

 福原は、自分の上着を掛け終えると、本多の隣へ座った。


「寒かったですね」


「最後、ちょっと早歩きになりました」


「私もです」


 二人が笑う。

 金目も、自分の上着を椅子の背へ掛けた。


 飲み物が運ばれてくると、誰の分かを確かめる声が重なった。

 奥の席までグラスを回し、ようやく一人ずつの手元に届く。


 西田が金目を見た。

 金目は、自分のグラスを持った。


「皆さん、ほんまにお疲れさまでした」


 話し声が、少し静まる。


「今日は、ゆっくり食べて、話していただけたらと思います」


 金目は、周りの顔を見た。


「乾杯」


「乾杯」


 グラスが触れる音がした。

 届かない席へも、少し持ち上げて見せる。

 口を付けてから、あちこちで息を吐く音が聞こえた。


「ああ、冷たい」


 石橋が言うと、隣の杉浦が笑った。


「寒いところから来たのに、冷たいの飲むんですね」


「これは、また別やねん」


「ほな、僕も、ちょっとだけ」


 坂口がグラスを持つ。

 料理が運ばれ、空いていた卓上が、少しずつ埋まっていった。


     *


「上田さん、こっち、取ります?」


 長谷川が、大皿を少し持ち上げた。

 上田は、取り皿を差し出した。


「ありがとうございます」


「今日、どうでした。一課も見てみて」


「まだ、全部が分かったわけではないですけど。誰に確かめるかは、一月に合わせてもらってたので」


 上田は、料理を受け取ってから皿を置いた。


「上條さんと黒田さんに聞くと、それぞれ違うところが見えますね」


「そうでしょうね」


 長谷川が、自分の分も取った。


「二つ見るんですから、こっちへ返せる仕事は返してくださいね」


「はい。そこは、ほんまにお願いします」


 上田が答えると、中野が顔を上げた。


「上田さん、自分で見始めると、結構、そのまま続けますもんね」


「……それは、気をつけてる」


「今日も、こっちの画面、見てはりましたよね」


 岡元が言った。

 上田は、少し笑った。


「見てた。でも、戻したやろ」


「はい。戻してもらいました」


 長谷川も笑った。


「気になるところは、言ってもらった方が助かりますけど。続きまで全部持っていかれると、こちらが止まりますから」


「はい」


 上田がうなずく。

 隣で宮原が、料理を取る手を少し止めていた。


「長谷川さんも、上田さんに、いろいろ聞かれてたんですか」


「聞きましたよ。入ったときは、顧客の名前が出ても、どこの仕事のことか、すぐには分かりませんでしたから」


「ああ……」


 宮原が、分かるという顔をした。


「技術の話に入る前に、まず、どの仕事の話をしてるんやろ、って。上田さんには、そこから教えてもらいました」


「僕も、設計で気になるところは、長谷川さんに聞いてました」


 上田が言った。


「自分やと、こう進めるかなって思ってたところで、違うやり方もあるって、見せてもらえたので」


 宮原は、二人を見た。


「先輩同士でも、聞くんですね」


「聞くよ」


 中野が答えた。


「俺も、岡元さんに聞くし。岡元さんも、こっちへ聞くことあるやろ」


「あります。試験で、どこから見たかとか」


「ほな、僕だけ、何でも聞いてるわけじゃないんですね」


 宮原が言うと、上田が笑った。


「そら、そうやで」


「でも、聞く前に、どこまで見たかは、言ってもらえると助かるかな」


 長谷川が添えた。

 宮原はうなずき、それから、自分でも少し笑った。


「それ、今日も言われました」


「ほな、来週も、覚えといて」


 中野が言う。


「明日は、いいんですか」


「明日は休みやろ」


 声を上げて笑う人がいた。

 宮原も笑いながら、箸を取り直した。


 上田は、長谷川の皿の向こうに、大皿が残っているのを見た。


「今度、僕が取ります。どれ、いります?」


「ほな、その端のところ、お願いします」


 上田が皿を持ち上げる。

 仕事中とは違う頼みごとが、隣へ回っていった。


     *


「三十日の前、坂口、同じ画面ばっかり見てたんですよ」


 杉浦が言った。

 坂口が、口に入れかけたものを皿へ戻す。


「見てたけど」


「さっき見たやん、って言うたら、また見てた」


「何回見たか、分からん」


「変わってへんかった?」


「変わってへんかった」


 二人が笑った。

 柴崎も、グラスを置いて顔を向ける。


「最初の説明、緊張しますよね」


「はい。自分のところ聞かれたら、何を開くかは分かってたんですけど」


 坂口は、箸を置き直した。


「別の聞かれ方したら、分からんようになるんちゃうかと思って」


「聞かれたら、また、確かめたらええんですよ」


 石橋が言うと、坂口が顔を向けた。


「そうなんですけど。分かってるところまで、飛びそうで」


「ああ、それは、あるな」


 石橋はうなずいた。

 黒田が、運ばれてきた皿を少しずらしながら口を開く。


「でも、ちゃんと答えてたで」


 坂口が、姿勢を直しかける。

 黒田は、坂口の取り皿へ目を向けた。


「食べながらでええから」


「あ、はい」


「資料と違う順番で聞かれても、ちゃんと開けてたし。どこを確かめたか、分かってたやん」


「はい。そこは、何回も見たので」


「ほな、見といてよかったな」


 黒田が言うと、杉浦が笑った。


「僕が見すぎって言うたみたいになってる」


「言うてたやろ」


「言うたけど」


 坂口も笑った。

 さっき皿へ戻した料理を、ようやく口へ運ぶ。


「僕も、先方に説明してるとき、自分が知ってる順番で進めてしまうこと、あります」


 柴崎が言った。


「十九日のときも、上條さんに、操作してもらう方がええって、合わせてもらって」


「あの、一括承認の方ですか」


 石橋が尋ねた。


「はい。こちらが押したら、先に進めてたと思います。実際に使う方が、一回、止まらはったので」


「どこで?」


 黒田も聞いた。

 柴崎は、選んだあとに内容が変更された申請の例を、簡単に話した。


「そのとき、杉浦君が準備してくれたデータも、使えたんです」


「ああ、全部残る方」


 杉浦が答える。


「そうです」


「坂口の方でも、別の例、使ったもんな」


「うん。あれ、助かった」


 坂口がうなずいた。

 杉浦は、少し目を伏せて、自分の皿へ料理を取る。


「ほな、作っといてよかったです」


「よかったで終わらんと、食べてください」


 石橋が、大皿を近づけた。


「さっきから、そっち、全然減ってへん」


「話してたので」


「仕事の話したら、止まるんやな」


 杉浦が取り分け始めると、今度は坂口が石橋へ尋ねた。


「石橋さんは、説明するとき、緊張しないんですか」


「しますよ」


「そう見えないです」


「見えへんだけで。先に聞かれそうなところ、触ってしまうんです」


 石橋は、指で小さく動かす仕草をした。


「これも動いたら、説明できるかなと思って。ほんで、予定より先までやってる」


「石橋さん、それ、ありますね」


 上條が、隣から話へ入った。

 石橋は、少し笑った。


「あります」


「今回も、そこは使えたんですけど。その前に聞くところが、一つ残ってましたね」


「はい。次は、聞いてから動かします」


「全部、止めてくださいっていう話ではないので」


「それ言われたら、たぶん、別のとこ触ります」


 黒田が笑い、上條も笑った。

 坂口は、少し驚いたように二人を見ていた。


「先輩でも、そういうの、あるんですね」


「ありますよ」


 石橋は答え、揚げ物を一つ取った。


「ほな、今は、先に食べます」


 また笑い声が上がった。


     *


 金目は、少しずつ席を移っていた。

 仕事をしているときは、話しかける用事がある人へ向かう。

 今日は、皿を回すついでに近くへ座り、何を話しているかを聞けた。


「社長、これ、もう食べました?」


 本多が、卓上の皿を指した。


「まだです」


「取ります? さっき、こっちへ来たところなので」


「ありがとうございます」


 金目が皿を差し出す。

 本多は料理を取ってから、取り箸を戻した。


「食べて回ってます?」


「回ってはいるんですけど」


「ほな、座って食べてください」


 隣の福原も笑って、椅子を少し引いた。


「ここ、空いてます」


「じゃあ、少し」


 金目は腰を下ろした。

 料理を口へ運ぶ。

 まだ温かかった。


「おいしいですね」


「さっき、向こうでも同じこと言ってました」


 福原が言った。


「誰が?」


「石橋さんです」


「ほな、あとで、もっと回してもらおうかな」


 金目が言うと、本多が笑った。


「同じの、頼んだ方が早そうですね」


 向こうから、追加で何か頼むかという声が聞こえた。

 福原が手を上げ、この皿と同じものが欲しいと伝える。

 金目も、その間にもう一口食べた。


 高瀬は、三宅と向かい合って座っていた。

 店の人が持ってきた料理を、どこへ置くか尋ねられ、二人が皿を動かす。


「三宅さん、その奥、まだ取ってないですよね」


 福原が言った。


「あ、そうですね。ありがとうございます」


「こっち、いただきますから。三宅さんも、どうぞ」


 三宅が箸を取り直す。

 高瀬も、届いた料理へ手を伸ばした。


「皆さん、食べるものが、少しずつ違いますね」


 高瀬が言った。


「私、さっきから、同じもの取ってる気がします」


 福原が自分の皿を見た。

 本多も、自分の皿を見る。


「ほんまや。私もです」


「隣の皿を見ると、そっちも食べたくなりますね」


 三宅が言い、四人が笑った。

 金目は、そのやり取りを聞きながら、皿へ残っていたものを食べ終えた。


 誰かが、次の確認事項を出しているわけではなかった。

 それでも、話は途切れない。

 金目は、もう少しここに座っていたいと思った。


     *


「大本君、今回、よう聞いてくれたな」


 西田の声がして、大本はグラスを置いた。

 近くにいた小坂も、顔を向ける。


「本部への確認ですか」


「うん。こっちが何を知りたいか、ちゃんと聞いてくれるようになったなと思って」


 大本は、少し背筋を伸ばした。


「上條さんに、返事が来たら、どこまで進められるかを教えていただけたので」


「そこを聞いてくれるのが、助かるんや」


 西田が言った。


「先方へ送ったから、あとは返事待ちです、で終わるんやなくてな。こっちが止まってるところを、分かって聞いてくれたから」


 上田も、少し椅子を寄せた。


「返事をもらったあとも、次にどこを進められるかまで合わせてもらえるので、助かってます」


「ありがとうございます」


 大本は、いったん頭を下げた。

 それから、上條たちの方へ目を向ける。


「ただ、例を出してもらえたのが、大きかったです。文章だけやと、僕も、先方にどう聞けばいいか、分からなかったと思います」


「番号のところか」


「はい。黒田さんと石橋さんに、実際に違うところを見せてもらえたので」


 大本は、少し考えてから続けた。


「以前やったら、分からない項目を、全部そのまま先方へ送ってたかもしれません。でも、こちらで分かるところもあるんですよね」


「そうやな」


「先方にしか決められないところと、僕らが確認できるところを、分けて聞いた方が、返事もしていただきやすいと思いました」


 小坂が、隣でうなずいた。


「今回、そこを合わせてから送れたのは、よかったと思う」


「はい」


 大本が答える。

 西田は、自分のグラスを少し動かし、上田の方も見た。


「部署が違うても、次に何をするかまで分かって聞いてもらえると、話が早いな」


「はい。こちらも、どこが分かりにくかったか、聞けますし」


 上田が答えた。

 大本は二人を見た。


「分からないところは、また、聞かせてください」


「聞いてください。こちらも、説明の仕方、考えます」


 上田が言うと、西田も笑った。


「お互いやな」


 大本はうなずいた。

 小坂は料理を一つ取り、少し間を置いてから口を開いた。


「大本さん、こっちの席でも、ずっと仕事の話してるね」


「あ……」


 大本が、周りを見た。

 松井が笑っている。


「ええと思うで。褒めてもろたんやから、そこは、喜んどいたら」


「はい。うれしいです」


 言ってから、大本も少し笑った。

 松井が、大本の方へ皿を寄せる。


「ほな、食べ。口、ずっと動いてたけど、箸は止まってたで」


「ありがとうございます」


 大本が箸を取った。

 小坂は、その様子を見て、自分のグラスへ口を付けた。


     *


「松井さんは、最初から、ああいう聞き方ができたんですか」


 大本が尋ねると、松井は、首を横へ振った。


「できてたら、もっと楽やったと思うけどな」


「今は、相手が何を言いたいか、早く分かるじゃないですか」


「分かるときもある、くらいやで。違うと思ったら、聞き直してる」


 松井は、取り皿を少し脇へ置いた。


「聞き直すのが遅うなると、あとで困ることもあるからな」


「はい」


「小坂さんも、そこは、よう聞くやろ」


 小坂が、顔を上げた。


「私は、分かったつもりになるのが怖いので。特に、こちらから提案したいことがあるときは」


「言いたい方へ、聞いてしまうんですね」


「そう。相手は違う話をしてるのに、こっちの提案に合うところだけ、聞いてしまうこともあるから」


 大本がうなずいた。

 そこで、松井が少し笑う。


「今、メモ取ろうとした?」


「……ちょっと、思いました」


「今日は、箸持っといたらええんちゃうか」


 小坂も笑った。

 大本は、鞄へ向けかけた手を戻した。


「はい。食べます」


 皿へ手を伸ばしたところで、上條が隣から聞いた。


「そういえば、大本君、この前、社長と二人で飲んだんやろ」


「はい」


「どんな話してたん?」


 大本は、ほんの少し、返事を遅らせた。

 金目は、少し向こうで本多と話していたが、自分のことだと気づいて顔を向けた。


「何の話です?」


「社長と大本君が飲んだとき、どんな話してはったんかなって」


 上條が答えた。

 金目は、大本を見た。


「僕が、ちょっとしゃべりすぎまして(ニッコリ)」


 大本と、目が合った。

 金目の頬は、もう少し赤くなっていた。

 口元の笑いには、自分で言ったことを思い出したような、照れも混じっている。


「……また誘っていい、という話はしていただきました」


 大本が言った。

 金目はうなずいた。


「ええ。そこは、もちろん」


「ほな、だいぶ長かったんですね」


 松井が言う。


「はい。一晩では終わらなかったので」


 大本が答えると、小坂が笑った。


「大本さん、聞きたいこと、まだありそうやね」


「あります」


「今日は、皆さんにも聞けますよ」


 金目が言った。

 大本は、少し考える顔をした。


「それは、ほんまに、終わらなくなりそうです」


「ほな、まず食べてからやな」


 西田が言った。

 大本が、ようやく箸を動かす。

 金目も笑いながら、自分の席へ少し戻った。


     *


 料理の皿が入れ替わり、飲み物の追加を尋ねる声がした。

 仕事の話をしていた席から、少しずつ違う話が聞こえてくる。


「宮原君、明日は、何するん?」


 中野が尋ねた。

 宮原は、グラスを置いた。


「まだ、決めてないです。ちょっと、ゆっくりしたいなと思ってます」


「ほな、さっきの分からんかったところ、明日調べようとか、せんでええからな」


「……ちょっと、思ってました」


 中野が笑った。

 岡元も顔を向ける。


「月曜に、一緒に見たらええよ。どこを見たかだけ、残しといてくれたら」


「はい」


 宮原がうなずく。

 少し間を置いてから、中野へ尋ねた。


「先の休みのことも、相談していいですか」


「ええよ。いつ頃?」


 宮原が、考えている時期を話した。

 中野は、仕事の予定を思い出すように、少し視線を上げた。


「戻ってから、予定を見ようか。上田さんとも合わせるし」


「ありがとうございます」


「先に言うてもらえたら、段取りできるから」


 宮原は、肩を少し下ろした。

 隣で上田が、話を聞いてうなずく。


「また、日付が決まったら教えてください。こちらでも見ときます」


「はい」


 そこで仕事の予定の話は終わり、中野自身の休日の話へ移った。

 どこかへ出かけたいと言う人がいれば、家から出たくないと言う人もいる。

 岡元は、出かけるつもりで準備しても、途中で気が変わることがあると話した。


「そこまで用意したのに、行かへんのですか」


 宮原が聞く。


「用意したところで、もう、ちょっと満足することあるねん」


「それ、分かります」


 少し離れた福原が、話へ入った。


「前の日は、いろいろしようと思うんですけど。朝になると、もうちょっと寝たいなって」


「そっちですか」


 岡元が笑った。

 本多も、椅子の向きを少し変える。


「出かける予定があると、急に家のことをしたくなったりしません?」


「あります」


「予定ない日は、せえへんのにね」


 また笑い声が重なった。

 金目は、少し離れたところから、その会話を聞いていた。


 何をするつもりなのか。

 どこへ行くか。

 何もしないで過ごしたいか。


 社員たちが、自分の先の時間を話していた。

 金目は、グラスを置き、もう一口食べた。


     *


「井上さん、そっち、もう食べました?」


 上條が、別の皿を少し持ち上げた。

 井上が椅子を寄せ、藤井も、空いている場所へ自分の皿を置く。


「こっちは、まだです」


「じゃあ、回します」


「ありがとうございます。そちらは、これ、どうですか」


 皿が移り、人も少しずつ動いた。

 さっきまで隣にいた人が向かいへ行き、別の人が空いた席へ入る。


 金目が飲み物を持って立つと、西田も席を外したところだった。

 二人で、少しだけ卓の端へ寄る。


「よう話してるな」


 西田が言った。


「うん」


 金目は、社員たちの方を見た。

 大本が何か尋ね、松井が笑っている。

 坂口と杉浦のところへ、柴崎が皿を持って移っていた。


「金目、食べた?」


「食べたで。さっき、座って食べてくださいって言われた」


「俺も言われた」


 二人が笑った。

 金目は、少しだけグラスへ口を付ける。


 ここへ来るまでの間には、別の席へ移っていった人もいた。

 その人たちにも、今夜があり、明日がある。


 向こうで、宮原が声を上げて笑った。

 金目も、その声の方へ目を戻す。


「……こういう時間、取れてよかったな」


「せやな」


 西田が答えた。


「今日は、もうちょっと食べよう」


「うん」


 二人が戻りかけたところで、高瀬から声がかかった。


「お二人とも、こちら、どうぞ」


 空いている椅子を示され、金目と西田が近づく。

 三宅が、料理の皿を少し動かした。


「あ、すみません。場所、取りますね」


 金目が座ると、高瀬は笑った。


「社長も、座っていただくための席ですから」


「さっきも、同じようなこと言われました」


「何度でも、言っておいた方がよさそうですね」


 三宅が言うと、西田が笑った。


「俺もやな」


 福原が、新しく届いた料理を二人へ勧めた。

 金目は箸を取り、少し大きめの一口を食べた。


「おいしいです」


「よかったです」


 三宅も、自分の分を取った。

 高瀬が、二人へ顔を向ける。


「お休みの方も、取れるときには、取ってください」


「はい」


 金目はうなずいた。


「報酬の方も、まだ、そのままですし。お二人とも、ずっと同じ調子では、続きませんから」


 西田が、少しだけ頭を下げた。


「ありがとうございます。そこは、また、状況を見ながら合わせます」


「僕も、ちゃんともらえるようにはしたいです」


 金目が言った。

 三宅がうなずく。


「はい。そちらも、予定の中に置いておきましょう」


 金目は、三宅と高瀬を見た。

 それから、少し笑った。


「お願いします」


 店の人が、空いた皿を下げに来た。

 話はそこで一度切れ、料理を移す手が動く。

 金目も自分の皿を持ち上げ、下げやすいところへ寄せた。


「社長、これ、取っときます?」


 福原が聞いた。


「はい。いただきます」


 その返事には、もう、あまり遠慮がなかった。


     *


「金目さん、明日、何か予定あるんですか」


 本多に聞かれ、金目は少し考えた。


「大きな予定は、ないです。買い物くらいかな」


「ほな、今日は、ゆっくり食べられますね」


「はい。でも、食べすぎたら、明日、ちょっと歩かなあかんかもしれません」


「それは、もう、歩いた方がええんちゃいます?」


 西田が言った。

 金目が、自分の皿を見る。


「そんな、食べてた?」


「さっきから、あちこちで勧められてるやろ」


「それは、食べるやん」


 金目が言うと、三宅も福原も笑った。


「さっき、食べてくださいって言ったところなのに」


 本多が言った。


「食べてええんやろ?」


「もちろんです」


 金目は、また一つ取った。

 西田も、同じ皿へ箸を伸ばす。


「西田も食べてるやん」


「俺も、明日歩くわ」


 二人が笑った。

 その声を聞いて、隣の上田が顔を向ける。


「何の話ですか」


「明日、歩かなあかんかもしれんっていう話」


 西田が答えた。

 上田は、二人の皿を見て笑った。


「僕も、ちょっと、そうかもしれません」


「ほな、仲間やな」


 金目が言った。


 向こうでは、松井の話に大本が笑っていた。

 上條が、黒田へ何か尋ねる。

 仕事の話かと思ったら、皿の上の料理を指していた。


 誰かが注文を尋ねると、別の席からも声が上がった。

 金目は、自分のグラスが空いているのに気づいた。

 次は、水をもらうことにした。


 店の人に頼み、持ってきてもらったグラスを受け取る。

 戻ろうとすると、宮原と中野のいる席から呼ばれた。


「社長、こっちも、どうぞ」


「何の話です?」


「社長にも聞こうと思ってたんです」


 中野が椅子を少しずらした。

 宮原も、自分の皿を寄せて場所を空ける。


「休みの日、何しようかなって思ってたら、午前中が終わること、ありますか」


 宮原が聞いた。

 金目は、席へ着く前に笑った。


「ありますよ」


「ほら。社長もやって」


 中野が言った。


「何をするか考えてる間に、昼になって。それから、もう、お昼何食べようかって考えてます」


 金目が続けると、岡元が笑った。


「さっき、それも話してました」


「で、食べたら、ちょっと休みたくなるんですよね」


「そうです」


 宮原が、うれしそうにうなずいた。


「ほな、僕だけじゃないんですね」


「僕も、同じです」


 金目は、空けてもらった椅子へ座った。

 宮原が、まだ残っている料理を指す。


「これ、食べられました? こっち、まだあります」


 金目は、その皿を見た。

 少し向こうから、また料理が運ばれてくる。

 さっき笑っていた人が、こちらの話も聞こうと、椅子を寄せた。


「じゃあ、僕もいただきます(ニッコリ)」


 取り皿を持つと、隣から取り箸が回ってきた。

 金目は礼を言い、自分の皿へ料理を取る。


 宮原が、明日は何時に起きようかと話していた。

 中野が、それを今決めても、朝には変わるかもしれないと言う。

 岡元が、まず起きてから決めたらどうかと返す。


 誰かの話に、また笑い声が重なった。

 金目も笑いながら、運ばれてきた料理へ箸を伸ばす。


 話は、まだ尽きそうになかった。


 カナメの夜は、ゆっくりと更けていった。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回で、第五章「守りたいもの」は一区切りとなります。


会社を続けるために考え、働き、それぞれの選択をしてきた人たち。去った人にも、残った人にも、会社の外へ続いていく暮らしがあります。


その中で、今夜はようやく、同じ席で食べて笑える時間を描くことができました。


大本には、部署を越えて仕事を認めてもらえる喜びがあり、上田には、任せられる人たちがいる。若手も先輩も、仕事の話から少し離れて、明日の予定を話しています。


金目も、皆を見守るだけでなく、空けてもらった席へ座りました。最後の笑顔を、私もほっとしながら書いていました。


ここまで見守ってくださった皆さま、ありがとうございました。

カナメと、そこで働く人たちの物語は、これからも続きます。


引き続き、よろしくお願いいたします。

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