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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第五章 守りたいもの
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十二月の朝

 十一月二十九日、水曜日。


「金目さん、少しよろしいですか」


 顔を上げると、田村が立っていた。

 手元に、小さなノートを持っている。


「はい。どうぞ」


 金目は、開いていた資料を脇へ寄せた。

 田村が向かいに座る。


「月末ですので、一度ご挨拶をと思いまして」


「……そうですね」


 十一月末。

 何度も資料で見た日付だった。

 仕事の予定を決めるときには、その手前へ確認を置いた。

 そこまでに何を渡せるか、西田とも話してきた。


 田村が目の前に座ると、金目は返す言葉を少し探した。


「長い間、ありがとうございました」


 田村が頭を下げた。


「こちらこそ。ほんまに、いろいろお願いしました」


 金目も頭を下げる。


「最後まで、一課のことを見てもらって」


「まだ、確認するものはあると思います。ただ、誰に何を見てもらうかは、西田さんとも合わせています」


「はい。そこからは、こちらで続けます」


 言ってから、金目は田村のノートを見た。

 端に付けられた印が、少し曲がっている。


 先月も、先々月も、そのノートを開いて相談を受けた。

 顧客の話や、担当者の仕事のこと。

 誰へ任せるかを考えるときにも、田村は何かを確かめてから答えていた。


「次のところでも、開発のチームを見られるんでしたね」


「はい。設計のレビューや、技術の判断にも入ってほしいと聞いています」


「そっちも、続けられるんですね」


「そうですね。まだ、向こうのものは見ていませんけど」


 田村は、少し笑った。


「最初は、聞くことばっかりやと思います」


「田村さんが、ですか」


「そら、知らんものは聞かなあきませんから」


 金目も笑った。

 これまで何度も田村へ尋ねてきた自分が、その返事を聞いている。


「どこから見るんです?」


「今どう分担しているかと、何を変えたいと思っているかを、まず伺うことになると思います。こちらでやっていた通りにすればええ、とは限りませんので」


「……そうですね」


「実際に作っている方の話も、聞きたいです」


 田村は、そこまで話してからノートへ目を落とした。

 金目は、もう一つ質問しかけ、少し口元を緩めた。


 次の会社の仕事を、ここで一緒に考え始めるわけにもいかなかった。


「おもしろそうですね」


「はい。覚えることも、多いやろうと思います」


 田村が顔を上げた。

 今の仕事を手放す人の顔と、新しい仕事を待つ人の顔が、同じところにあった。


 金目は、退職を申し出たと聞いた日のことを思い出した。

 残ってほしいと思った。

 田村にいてもらえれば、任せられることがある。

 西田にも、上田にも、助けになる。


 その気持ちは、今も消えていなかった。


「体には、気を付けてください」


「ありがとうございます。金目さんも」


 田村は、少し間を置いて言った。


「はい」


 金目は答えた。

 会社を頼むとは言わなかった。


 田村が立ち上がる。

 会議室を出ると、上條が資料を持って待っていた。


「田村さん、こちらの確認なんですが」


「うん。見ようか」


 二人が、そのまま一課の方へ戻っていく。

 金目は、田村がノートを開くところを見てから、自分の席へ戻った。


     *


 月末へ向けて、挨拶を交わす機会が続いた。


 岩田とは、仕事の合間に短く話した。

 小川も、金目のところへ来て礼を伝えた。


「こちらこそ。最後まで、いろいろ確認してもらって」


「藤井さんたちに、見ていただいています」


 小川は答えた。


 金目は、次の仕事でも体を大事にしてほしいと伝えた。

 小川がうなずき、少し笑う。


 全員が同じ時刻に席を離れたわけではなかった。

 先に挨拶を終えた人もいる。

 仕事を渡す相手と予定を合わせて、最後に一緒に確認する日を決めた人もいた。


 金目が通りかかると、残る社員が誰かと話している。

 声をかけようと思ったときには、もう別の確認が始まっていることもあった。


 渡した資料の場所を尋ねる声。

 これまでの仕事への礼。

 短い笑い声。


 顧客への返事も、その間に届いていた。


 金目は、机へ戻るたびに自分の連絡を開いた。

 返すものを返し、次の予定を確かめる。

 そのあとで、さっき交わした挨拶を思い出した。


     *


 十一月三十日、木曜日。


「本日付で退職される四名について、確認が揃っています」


 三宅が、手続きの記録を金目へ示した。


 田村洋介。

 岩田健太。

 小川悠斗。

 もう一人の社員。


 十一月末という同じ日付の手前に、それぞれ違う最終出勤日があった。

 金目は、記録の名前を順に見た。


「在籍の方は、明日から変わるんですね」


「はい。十二月一日時点で、二十八名になります」


 三宅が、今の三十二名と並べて見せた。


 先月には、十一月末の見込みとして置いていた数字だった。

 その数字を見ながら、仕事を分け、引き継ぐ時間を残してきた。


「西田さんたちとも、確認できていますか」


「はい。今後の連絡先も含めて、各部署で確認していただいています」


「わかりました。ありがとうございます」


 三宅は、次の手続きへ目を移した。

 金目も、これ以上同じ記録を開かせておく理由はなかった。


 自分の席へ戻る途中、一課の方を見た。

 上條と柴崎が、画面を並べて話している。


 金目は、挨拶をして通り過ぎた。

 机へ戻ると、西田から案件の確認に関する連絡が届いていた。


 その資料の中に、田村が書いた説明が残っている。

 別の確認には、岩田の名前があった。


 金目は一つを開いた。

 先に何を確かめたか、そのあと誰が見るかが書かれていた。


 読む人が変わっても、次の仕事へ使われていく。

 金目は、資料を閉じる前に、西田へ確認できたと返した。


     *


 午後、高瀬が今月の入出金を開いた。


「本日が期日の分も、支払の確認ができました」


 金目は、椅子を少し前へ寄せた。


「十一月の分は、これで?」


「はい。今月、期日を迎えた支払いは済んでいます」


 高瀬が、一覧を上からたどった。

 給与。

 外注先への支払い。

 毎月、期日が来るもの。


 確認の済んだ欄には、日付が残っている。


「給与は、先週でしたね」


「はい。二十五日が土曜日でしたので、二十四日に支払っています」


 金目は、振込を確認した記録へ目を止めた。

 先週も報告を受け、そのときも礼を返した。

 今日は、その下に並ぶ支払いも終わっている。


「……払えましたね」


「はい」


 高瀬が答えた。


 金目は、背もたれへ体を戻した。

 息を吐くと、思っていたより長く続いた。


 今月の給与は、払えるか。

 そのあと、外へ頼んだ仕事の支払いはどうなるか。

 入る予定のものが、遅れたら。


 日付を見ては、同じところへ戻った。

 今日も、そのつもりで画面を開いていた。


 支払済み。


 金目は、その文字をもう一度見た。


「ありがとうございます」


「三宅さんにも、先方への確認を進めていただきましたので」


「はい。あとで、僕からも伝えます」


 高瀬は、入金の記録も開いた。

 既存の契約から入ったものと、先へ残っているものが並んでいる。


「こちらは、予定どおり確認できた分です」


 金目は、一件ずつ日付を追った。

 請求した仕事があり、相手から入ったお金がある。

 それを、次の支払いへ回している。


「支出の方は、どれくらい変わっていますか」


 金目が尋ねると、高瀬は以前の月と今月を並べた。


 給与を含む人件費の欄が、下がっていた。

 何度も見通しへ入れてきた変化だった。

 今は、支払った結果としてそこにある。


「九月末と十月末に退職された方の分が、既に反映されています」


 高瀬が説明した。


「人数の減り方と、同じ割合ではないんですね」


「はい。給与水準の高かった方も退職されていますので、人件費への影響は大きくなっています」


 金目は、二つの月の数字を見比べた。

 会社へ入るお金が、以前のように戻ったわけではなかった。

 毎月出ていく方が、減っている。


「今月の支払いを回せたのは、その分もあるということですね」


「大きな要因です。既存の入金と、支出の減少で、直近の支払いをつないでいます」


 高瀬は、先へ残る日付へ指を動かした。


「ただ、これは毎月の収支が十分な状態へ戻った、という意味ではありません。今ある資金の残高も使っています」


「……はい」


 金目は、会社へ貸したお金のことを思い出した。

 あのとき用意した資金も、この会社の支払いへ使われている。

 自分の口座から会社へ動かせば、それで仕事が増えるわけではなかった。


 それでも、今月は払えた。

 そのことまで、小さく考える必要はなかった。


「今日の四人の分は、これからですね」


「はい。ただ、最後の給与や精算など、退職後にも支払いが残るものがあります。十二月から四人分が、そのまま全部なくなるという置き方はしていません」


 高瀬が、今後の支出を示した。

 確認が済んでいるものには、その条件が残されていた。


 金目は、田村の顔を思い浮かべた。

 昨日、次の職場の話をしていた。

 設計を見ながら、チームの仕事にも関わる。

 最初は、また聞くことが多いだろうと笑っていた。


 西田から退職の申し出を聞いたときには、残ってほしかった。

 どうしても、そう思った。


「……その人らに、残ってほしいと言うてたんですけどね」


 高瀬は、すぐには答えなかった。


 金目は、減った支出へ目を戻した。

 誰かの給与が、毎月出ていく予定から外れる。

 それが、この会社の支払いを支える。


 高瀬の説明に、間違いはなかった。

 金目も、その数字を見て息をつけた。


 尾崎に任せていた二課のことを思い出した。

 今は、上田が見ている。

 田村の仕事は、西田たちへ渡してきた。

 岩田に聞きたいことが、全部なくなったわけではない。


 金目は、画面から顔を上げた。


「この先の分も、確認させてください」


「はい」


 高瀬が、十二月の予定を開いた。


     *


 来月の入金予定には、十二月二十五日があった。


 先日、検収を終え、請求書を送った一件だった。

 顧客の受付も確認している。

 けれど、入金済みの欄には入っていなかった。


「こちらは、まだ予定のままですね」


「はい。先方から伺った支払予定です。着金までは、分けて確認します」


 金目はうなずいた。


 相手が確認してくれた仕事が、お金になるまで。

 その間にも、別の支払日が来る。


「来月も、今ある仕事を進めて、こちらの入金を確かめることになりますね」


「はい。それから、外へ依頼している分の支払いもあります」


 高瀬は、並んだ日付を示した。

 金目は、順に確かめていく。


 新しい案件を受けなかったことで、減った見込みもあった。

 今月の支払いが終わっても、その仕事が戻ってきたわけではない。


「人件費が下がった分だけ、来月使えるお金が余るとは考えん方がええんですね」


「ほかの入出金と合わせて見る必要があります。今月より支出が少なくなる部分はありますが、すべてを自由に使える資金としては置けません」


「わかりました」


 金目は、手元へ確認事項を書いた。

 先方からの返事を確かめるもの。

 作業の進み方によって、請求時期を確認するもの。


 それから、十一月の記録へ一度だけ戻った。


「今月の分は、終わったんですね」


「はい。支払いは済んでいます」


 高瀬が、もう一度答えた。


 金目は、そこで小さく笑った。


「何回も聞いて、すみません」


「いえ」


 高瀬も、少し表情を緩めた。

 それから、十一月の確認結果を金目へ送った。


 金目は受け取り、礼を返した。

 続けて、三宅へも連絡する。


 今月の支払いを終えられたこと。

 先方への確認を進めてもらったことへの礼。


 書いた文を見直し、送信した。

 その画面を閉じると、次の連絡が来るまで、手を机に置いたままにしていた。


     *


 夕方、金目は営業の連絡を開いた。


 小坂から、預かっている相談の状況が届いていた。

 先日、一括承認の希望を聞いた顧客には、二十四日に状況を連絡している。

 追加の使い方について、こちらから確かめたいことも送っていた。


 作り始める時期も、受注も、まだ決まっていない。

 実際の月末の使い方は、引き続き聞くことになっていた。


 金目は、確認したと返した。


 次の相談があることは、ありがたかった。

 そのまま次の売上として数えることは、できなかった。


 小坂の一覧には、返事を待つものと、こちらで条件を確かめるものがある。

 見送った仕事は、見送ったままだった。


 金目は、翌日の予定を開いた。

 十二月一日。


 西田と確認する時間が入っている。

 そのあとには、営業の相談を見る時間を置いた。


 その晩、家で翌日の予定を確かめてから、金目は画面を閉じた。

 もう一度、十一月の支払一覧を開きかけ、やめた。


 高瀬から届いた記録は、保存してある。

 今日、確認したところだった。


 金目は、電話を手元から少し離して置いた。


     *


 十二月一日、金曜日。


 金目が出社すると、一課の方から仕事の話が聞こえた。


 上條が、柴崎の画面を見ている。

 少し離れたところで、別の担当者が顧客と話していた。


 田村が座っていた机の上は、片付いていた。

 岩田の席にも、人はいなかった。


「おはようございます」


 金目が声をかけると、上條が顔を上げた。


「おはようございます」


 柴崎も挨拶を返す。

 それから、二人は開いていた画面へ戻った。


 金目は、業務部のそばを通った。

 三宅が、在籍の記録を更新している。


「今日から、こちらになります」


 示された数字は、二十八名だった。


 金目はうなずいた。

 昨日まで見込みの欄へ置いていた数字が、現在の在籍へ移っていた。


「ありがとうございます」


 金目は、自分の席へ向かった。


 途中、基盤運用課の方では、藤井が問い合わせを読んでいた。

 井上が短く何かを尋ね、藤井が画面の一部を示す。

 金目が挨拶すると、二人も顔を上げた。


 小川の姿はなかった。


 机へ鞄を置き、金目は西田の方へ向かった。

 西田も、既に資料を開いていた。


 十二月から、西田が一課長を暫定的に兼ねる。

 取締役と開発部長の仕事も、そのまま続く。

 先月決めて、社内へも伝えた形だった。


「おはよう」


「おはよう」


 西田が顔を上げた。


「朝の確認、今いけるか」


 金目が尋ねると、西田は予定を見た。


「いける。このあと、一課の方と確認がある」


「ほな、先に今週の分を見ようか」


 二人で資料を並べたところへ、上條が来た。


「すみません。このあとで構いませんので、こちらを見ていただきたいです」


 上條の視線が、一度、田村の席の方へ動いた。

 持っている資料へ目を落とし、それから西田を見た。


「顧客へ送る確認事項です。こちらで返せるものと、先方に選んでいただくものをまとめています」


「わかった。先に送っといてもらえるか。予定の時間に見る」


「はい。お願いします」


 上條が席へ戻る。

 金目は、田村が使っていた机を見た。


「こちらへ来るんやな」


「うん。先月も、一緒には見とったけどな」


 西田は、届いた資料を開いた。

 金目も、隣で少し待った。


 西田は、確認したい箇所へ目を通し、上條へ短く返事を送る。

 次に見せてもらうものを一つ伝えたらしかった。


「これも、今日の確認に入るんか」


「入る。ほかの分と合わせて、順番を見ていく」


 西田は、予定の枠を広げなかった。

 届いた資料を、その日の確認へ置く。


 金目は、自分の資料を引き寄せた。


「先に、こっちを済ませようか」


「うん」


     *


 十二月の案件を、順に確かめた。


 進めている仕事。

 顧客からの返事を待っているところ。

 社内で判断が残っているもの。


 上條たちが直した取消の処理は、社内の確認を終えていた。

 顧客へ見てもらう内容は、その先に残っている。


 共通にまとめ直す案も、西田の資料にあった。

 今すぐ担当者の名前を入れられる欄ではなかった。


「これを進める時期も、また見なあかんな」


 金目が言うと、西田はうなずいた。


「うん。残った分を、誰かの空いとる時間へ入れればええとは思ってへん」


「空いとるかどうかも、本人と見なわからんもんな」


「そうやな」


 西田が、次の案件を開いた。

 金目は、確認できたところへ印を付ける。


 田村と岩田がいない初日だった。

 何もかも止まったわけではない。

 上條も柴崎も、自分の仕事を進めている。

 西田へ相談する先も、決めていた。


 それでも、同じ人数で、同じ仕事を回しているわけではなかった。


「受ける方の相談も、午後に見る」


 金目が言った。


「どれだけ入れられるかも、一緒に考えなあかんけど」


「頼む。今あるものを進める方と、合わせて見よう」


「うん」


 確認を終えると、西田は一課の資料をそろえた。

 金目は自分の席へ戻る。


 高瀬から受け取った、十一月の確認結果を開いた。

 支払済みの記録が並んでいた。


 そこまで進められた。

 金目は、日付を見てから閉じた。


 営業の相談一覧を開く。

 相手が必要としていることと、こちらで確かめることが書かれている。

 まだ受注になっていないものも、そのまま残っていた。


 金目は、小坂へ午後の確認を予定どおりお願いすると送った。


 顔を上げると、西田のところへ上條が来ていた。

 柴崎も、自分の資料を持っている。


 西田が一枚を開き、上條へ何かを尋ねた。

 上條が答え、柴崎が隣の画面を示す。


 金目は、手元の一覧へ目を戻した。

 次に聞きたいことを、一つ書き足す。


 田村の机の上には、もう、あのノートはなかった。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


十一月の支払いを終え、会社は十二月を迎えました。


払えたことには、確かな安堵があります。その一方で、支出が減った理由の中には、残ってほしいと願った人たちの退職もありました。ほっとした気持ちも、寂しさも、どちらか一つにはできないのだと思います。


田村には、次の職場で始めたい仕事があります。残る人たちにも、今日、進める仕事があります。


誰かを送り出した翌朝にも、会社は続いていく。その朝を、今回は金目の目から描きました。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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