受けたい仕事
2034年10月30日、月曜日。
「追加開発のご相談をいただいています」
小坂が開いた資料に、金目は身を寄せた。
既存顧客の業務システムだった。受注後の進捗や変更内容を、関係者が同じ画面で確認できるようにしたいという。
「今は、問い合わせが来るたびに担当の方が調べて返しているそうです」
「進み具合を聞くだけの電話も、ありますもんね」
「はい。変更があったときの連絡も、個別にされています」
金目は、画面案の横に並んだ確認事項を読んだ。
誰が更新するのか。どこまで表示するのか。変更した履歴をどう残すのか。
西田も、向かいから資料を見ていた。
「この辺は、前にやった仕組みを使えそうやな」
「全部作り直す必要はなさそうですか」
「そこは実際の使い方を聞かなあかんけど、今見えとる範囲なら、技術的に難しい話やないと思う」
金目は小坂を見た。
「予算の方は、どうです?」
「まだ正式なお見積もりではありませんが、想定している範囲なら、利益を確保できると思います」
「……こういう仕事、欲しかったんですよね」
言ってから、金目は少し笑った。
小坂の表情も緩んだ。
「私も、できればお受けしたいです」
顧客とは、これまでの仕事を通して話ができている。何を楽にしたいのかも、最初の相談から見えていた。
金目は、もう一度画面案へ目を落とした。
問い合わせを一件ずつ減らす。
そのために、必要な情報を見えるようにする。
自分たちが続けてきた仕事だった。
「時期は?」
西田が尋ねた。
「十一月前半に、仕様の確認と試作を進めたいそうです。本実装は十二月からを希望されています」
西田は予定表を開いた。
「……十一月前半か」
「お客様の社内で準備する日程があるので、開始を大きく後ろへ動かすのは難しいと伺っています」
「返事は、いつまでです?」
「木曜日です」
金目は、西田が開いた予定表を見た。
田村との打ち合わせ。岩田が入るレビュー。担当者と引継ぎの内容を確かめる時間。
相談そのものが難しいわけではない。
今の自分たちが、いつ、誰と進めるかの話だった。
「担当を見てからやな。今ここで、いけるとは言えん」
「はい。まだ、お約束はしていません」
小坂が答えた。
「支払いの条件も、確認してもらえますか」
金目が言った。
「わかりました」
小坂は確認事項を書き足した。
金目は、正式な見積もりを出す前に検討する時間があることに、少しだけほっとした。
それでも、受けたいという気持ちは、さっきより強くなっていた。
受注見込みの一覧に、新しい案件名が一行加わった。
*
十月三十一日、火曜日。
午前中、開発一課では顧客との打ち合わせが始まっていた。
田村は、机の端にノートを置いた。
画面を共有しているのは上條だった。
「では、前回いただいた確認事項から、ご説明します」
上條が資料を切り替えた。
柴崎は、自分の担当部分の説明を手元で確認している。
いつもなら田村が話し始め、必要なところで担当者へ振る。
今日は、その順番を変えていた。
上條が全体の進捗を説明し、柴崎が変更した箇所を示す。
「こちらは、実際に操作される方からいただいた内容を反映しています」
柴崎が言った。
「入力途中で戻った場合も、内容が残るということですね」
「はい。ただ、保存する操作とは分けています。画面を閉じたあとも残すかどうかは、確認中です」
顧客がうなずいた。
「そこは、社内でもう一度確認します」
柴崎は、返事をもらう項目に印を付けた。
上條が、次の説明へ進もうとしたときだった。
「田村さん、この部分ですが」
顧客が尋ねた。
「以前お話しした、月末の処理にも使えるという理解でよかったでしょうか」
田村は、一度口を開きかけた。
手元の資料には、前回の合意が書いてある。
上條も、同じ資料を持っていた。
「上條君、お願いしてもええか」
「はい」
上條は前回の記録を開いた。
「今の対象は、通常の処理までとなっています。月末の処理については、入力項目が一部違うため、同じ画面で対応できるか確認するというお話でした」
「ああ、そうでしたね」
「こちらで差分を整理しています。追加で確認したい点もありますので、まとめてお送りします」
「いつ頃いただけますか」
「明日、社内で確認してお送りします。そちらのご回答をいただいてから、対応範囲をご相談させてください」
上條は、田村の方を見た。
田村は小さくうなずいた。
説明を足さなくても、次に何をするかは伝わっていた。
打ち合わせが終わり、接続を切る。
上條が息を吐いた。
「……今の説明で、よかったですか」
「うん。今の返しで大丈夫や」
田村が答えた。
「同じ画面でできますって言わんかったのも、よかったと思う」
「そこは、まだ確認が残っていたので」
「せやな。明日の資料は、出す前に一緒に見よう」
「お願いします」
柴崎が、記録を保存しながら言った。
「今日は、私たちに聞いていただくことが多かったですね」
「俺が先に答えへんかったからな」
田村は笑った。
上條も、少し笑った。
「いつも、助けていただいていたので」
「今日は、俺が助かったわ」
田村はノートを閉じた。
自分が説明しなければ進まないと思っていたところが、一つ減った。
上條から届いた打ち合わせの報告を見て、西田も、そのやり取りを確かめた。
顧客への回答は明日。
社内で確認する内容も、担当も書かれている。
西田は、短く返事を送った。
昨日の追加開発の資料が、机に残っていた。
任せられる仕事は、確かに増えている。
西田は、その資料を予定表の隣へ置いた。
*
夕方、金目が席を立つと、営業部の一角で社員たちが話していた。
十月末で退職する社員が、挨拶をしているところだった。
「……お世話になりました」
金目は、輪のそばへ行った。
「こちらこそ。最後まで、ありがとうございました」
相手が頭を下げた。
金目も頭を下げる。
「引継ぎの方、いろいろお願いしてしまいましたけど」
「いえ。確認することは、まだあると思いますが、担当の方にはお伝えしています」
「はい。あとは、こちらで続けます」
それ以上、何を言おうかと思った。
次の仕事のことも、残る仕事のことも、これまでに話していた。
金目は、もう一度礼を伝えた。
その社員は、自分の机へ戻った。
引出しの中を確かめ、小さな荷物を鞄へ入れる。
隣の社員が何かを言い、二人が少し笑った。
十月末で退職するのは、四人だった。
全員が今日まで出勤していたわけではない。
すでに最後の挨拶を終えた人もいる。
業務部では、それぞれの手続きを進め、十月三十一日付で退職することを確認していた。
金目は、席を離れる社員を見送った。
扉が閉まってからも、周囲では仕事の話が続いていた。
顧客へ返す連絡。
明日、確認する資料。
金目は自分の机へ戻った。
追加開発の資料を開く。
返事は、木曜日だった。
翌日。
十一月一日、水曜日。
三宅は、社員の在籍記録を更新していた。
十月末の退職者、四人。
在籍、三十二人。
隣の欄に残る十一月末の二十八人は、まだ見込みだった。
田村も、岩田も、小川も、今日は会社にいる。
三宅は、最終出勤日と退職日を確認した記録を閉じた。
それから、引継ぎに関する連絡を開く。
手続きが終わっても、次の担当者が確認する仕事は残っている。
金目が通りかかると、上條が柴崎と資料を見ていた。
昨日の顧客へ送るものらしかった。
「ここの確認事項、先に出した方がわかりやすいかな」
「そうですね。回答いただきたいところを、上にまとめます」
金目は二人に挨拶をして、通り過ぎた。
片付いた机の向こうで、十一月の仕事が始まっていた。
*
午後、岩田は上條とレビューをしていた。
上條が、担当している改修の内容を説明する。
「条件をここへまとめれば、同じ確認を繰り返さずに済むと思います」
画面に表示された処理を、岩田が追った。
「この範囲なら、その考え方でよさそうですね」
上條は、手元の項目へ印を付けた。
「ただ、こちらも同じ形にしていいかは、確認したいです」
自分から、別の処理を開く。
「見た目は似ているんですが、通る条件が少し違うので」
岩田はうなずいた。
「そこは、前に変更したときの記録を見ましょう」
「この資料ですか」
「その一つ前です。変更した内容はそちらにありますが、変更しなかった部分の話が、前の打ち合わせに残っています」
上條が記録を切り替えた。
顧客からの要望と、そのとき確認した利用方法が並んでいた。
岩田は、一つの箇所を示した。
「この使い方が残っていたので、同じ条件にまとめなかったんです」
「ああ……」
上條は、実装の画面へ戻った。
別々に書かれていた理由が、ようやくつながった。
「では、今もこの使い方があるか確認しないと、変えられないですね」
「はい。先に、そこですね」
上條は確認事項へ書き足した。
作業の手は止まっている。
けれど、理由もわからず変更するより、今確かめた方がよかった。
西田が、進み具合を確認しに来た。
「どうや?」
「変更する範囲は整理できました。ただ、以前の利用方法が今も残っているか、確認が必要です」
上條が説明した。
岩田が、開いている記録を示す。
「この条件を見落とすと、通常の確認だけでは気付きにくいと思います」
西田は、画面をのぞいた。
「判断の理由まで、ここから見とるんやな」
「はい。次に同じところを見るときにわかるよう、今回の記録からもたどれるようにしておきます」
上條が言った。
「頼む」
西田は、二人の予定を聞いた。
確認する記録は、これだけではなかった。
上條が先に調べ、岩田と一緒に確かめる。
その時間が、来週の予定にも入っている。
西田は、昨日の打ち合わせを思い出した。
上條は、自分で顧客へ答えられた。
今も、次に何を確認するかを、自分で考えている。
だからといって、岩田の時間を、もう必要ないとはできなかった。
「この確認、次も同じ時間でいけますか」
上條が岩田へ尋ねた。
「はい。先に、今日の内容を送ってもらえれば」
「わかりました」
西田は、予定表のその時間を見た。
新しい仕事の仕様確認を入れるなら、同じような時間が必要だった。
*
十一月二日、木曜日。
午前中、小坂は西田と高瀬へ、顧客から確認した内容を伝えていた。
「仕様の確認と試作は、やはり十一月前半に必要とのことです」
小坂が、日程を示した。
「試作を見て、社内の準備を進められるそうです。本実装は十二月から。その順番は、変えにくいと伺っています」
「範囲を絞る方は?」
西田が尋ねた。
「相談はできます。ただ、最初に確かめたい使い方まで外してしまうと、試作をする意味が薄くなるようです」
西田は、顧客が確認したい内容を読んだ。
画面だけ作ればいいわけではなかった。
誰がどの情報を更新し、変更をどう伝えるか。
実装より先に、話を聞いて決める必要がある。
「この確認は、社内で持たなあかんな」
「はい」
「実装を一部外へ出しても、そこは残る。上がってきたものを見る人も要る」
高瀬が、外注を使う場合の費用を確認した。
「支払条件は、どうなっていますか」
「本実装の検収後に請求となります。前受金はない条件です」
「試作の時点での請求も、ありませんか」
「はい。今回伺った条件では、含まれていません」
高瀬は、入金の欄へすぐ日付を書き込まなかった。
本実装を十二月に始め、その後に完成したものを確認してもらう。
いつ検収し、いつ入金されるかは、工程と条件を詰めなければ置けない。
「では、十一月の支払いに充てる資金にはなりませんね」
小坂はうなずいた。
「先に、仕様確認と試作の仕事をすることになります」
「外へ頼む場合は、その支払いがいつ必要かも見ます」
高瀬は、案件を受けた場合の試算を別に開いた。
今ある契約の入金予定へ、まだ決まっていない案件のお金を混ぜるわけにはいかなかった。
西田は、担当者の予定へ戻った。
「田村と岩田が入れば、十一月の確認を進めることはできると思う」
小坂が顔を上げた。
「できそうですか」
「引継ぎの時間を、こっちへ回せばな」
西田は、二つの予定を指した。
「ただ、十二月には二人ともおらん予定や。誰が実装を持って、判断するかまで置かなあかん」
「……そうですね」
「今月だけ何とかして、来月また考える、では受けられへん」
小坂は資料へ目を落とした。
顧客が求める時期を聞き直したのも、範囲を相談したのも、受ける方法を見つけるためだった。
西田も、最初から断ろうとしているわけではない。
それがわかるだけに、簡単には次の言葉が出なかった。
「今回は難しいとお伝えしたら、別の会社にも相談されると思います」
「待ってはもらえそうにないか」
「お客様も、その準備が必要ですから」
高瀬が、今ある入出金の予定を二人へ示した。
「この案件を見送った場合も、既存の入金が予定どおりであれば、直近の支払いはつなげる見込みです」
「年末までは、どうですか」
小坂が尋ねた。
「余裕があるとは言えません。入金の進み方と、今後の受注、外注費によって変わります」
高瀬は、次の支払日の欄へ指を動かした。
「この案件が決まれば、その先に入ってくるお金を増やせる可能性はあります。ただ、その前に必要な支出もあります」
西田は、二つ並んだ画面を見た。
片方では、人の予定が足りない。
もう片方では、その先のお金に余裕がない。
「……午後、金目と話そう」
西田が言った。
小坂は、顧客へ返すための資料をそろえた。
*
午後、金目は三人の説明を聞いていた。
追加開発の資料は、月曜日より詳しくなっていた。
確認する内容。
動かせない時期。
外へ頼める作業と、社内へ残る判断。
「上條君たちの打ち合わせは、うまくいったんやろ」
金目が西田へ尋ねた。
「うん。田村が説明せんでも、ちゃんと進んだ」
「……そうか」
金目は少し笑い、それから予定表へ目を戻した。
「それでも、まだ一緒に見る時間は要るんやな」
「要る。自分でできるようになってきとるからこそ、今のうちに確かめておきたいこともある」
高瀬が資金の見通しを示した。
「この案件を受けても、十一月の支払いにそのまま使えるわけではありません。ただ、見送るなら、その先の入金見込みは下がります」
金目は、入金の予定と支払日を順に見た。
既存の契約から入るお金。
まだ確認が必要なもの。
新しい案件を受けた場合に、変わる見通し。
月曜日、欲しい仕事だと思った。
今も、そう思っている。
「田村さんと岩田さんがおる間に、この仕事を進めてもらうことはできるんやな」
「その分、二人から渡してもらう時間を減らすことになる」
西田が答えた。
金目はしばらく黙った。
十一月だけを見れば、人はまだいる。
目の前の相談を進めることもできる。
その先を任せる準備に使おうとしていた時間だった。
「……小坂さん」
「はい」
「今回は、ご希望の開始時期ではお引き受けできないと、お伝えしましょう」
小坂は、少し間を置いてうなずいた。
「わかりました」
「いろいろ確認してもらったのに、すみません」
「いえ。確認したから、今お返事できるんだと思います」
小坂は資料を閉じた。
金目は、その言葉にすぐには返せなかった。
仕事を取ってきてほしいと、何度も頼んできた。
相談が来れば、できる方法を考えてほしいとも言ってきた。
小坂は、それをしてくれていた。
「……お願いします」
「はい」
会議を終え、小坂は顧客への連絡を作った。
希望されている時期に、必要な体制を用意することが難しい。
今回は、その条件で引き受けることはできない。
送る前に、一度読み返す。
できない理由を長く並べても、顧客が必要としている日程は変わらなかった。
小坂は連絡を送った。
夕方、返事が届いた。
事情は承知したこと。
今回は、別の会社にも相談すること。
確認への礼が、短く添えられていた。
小坂は金目へ転送した。
金目は、その返事を読んだ。
責められてはいない。
ただ、欲しかった仕事は、こちらを待たずに進んでいく。
受注見込みの一覧から、今回の案件が外れた。
高瀬も、その案件を受けた場合の試算を脇へ置いた。
残った入金予定と支払日を、もう一度確かめる。
「……お金の方は、また考えなあきませんね」
金目が言った。
「はい。入る予定のお金を、きちんと確認していきます」
「お願いします」
金目は、翌週の予定を開いた。
田村と上條が、顧客へ説明する時間。
岩田と担当者が、一緒に確認する時間。
そこは、消さずに残っていた。
金目は小坂へ、顧客への対応の礼を送った。
それから、高瀬の見通しへ目を戻した。
次の入金を確認する日を、自分の予定にも入れた。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、久しぶりに届いた「受けたい仕事」の相談を描きました。
これまで続けてきた仕事が役に立ちそうで、利益も期待できる。金目だけでなく、小坂にとっても、形にしたい相談だったと思います。
上條たちが顧客との打ち合わせを進める姿を見ると、新しい仕事も任せられるのでは、と期待したくなります。
けれど、自分で答えられることが増えても、一緒に確かめておきたいことは残っていました。田村や岩田がいる間に、その時間をどこまで取れるのか。
一方で、仕事を見送れば、その先の入金を増やす機会を一つ手放すことになります。引継ぎの時間を残せたからといって、資金の心配までなくなるわけではありませんでした。
受けたい仕事を持ってきてくれた小坂へ、引き受けられないと伝える。金目には、その返事も重かったのだと思います。
今回は、一つの相談に返事をするところまでです。
残した時間と、残った心配を抱えて、十一月の仕事が続いていきます。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




