終わらない引き継ぎ
2034年9月4日、月曜日。
大阪・本町。
株式会社カナメの業務部では、月初の支払い確認が一段落したところだった。
高瀬は、会議室の画面に二つの一覧を並べていた。
一つは、九月末に退職する四人の手続き表。
もう一つは、四人が担当している業務の引き継ぎ表だった。
似たような名前の資料だったが、扱うものは違う。
前者には、退職日、最終出勤日、有給休暇、貸与品の返却、給与や社会保険の手続き。
後者には、顧客、案件、担当業務、引き継ぐ相手、完了条件。
どちらも、九月末までに終わらせなければならなかった。
*
「……まず、退職手続きの方から確認しますね」
三宅彩が資料を開いた。
「四名とも、退職日は九月三十日付です。最終出勤日は、それぞれ異なります」
「承知しました」
高瀬がうなずいた。
「有給休暇の取得予定は?」
「現時点では全員分、確認できています。ただ、最終給与に反映する項目は、月末まで確認を続けます」
「お願いします」
西田は、もう一つの表へ目を向けた。
「……業務の引き継ぎは、部署ごとに状況が違うな」
「はい。尾崎さんの分は、上田さんへの移管が予定どおり進んでいます」
「ほかの社員の担当は、まだ調整中のところがある」
西田は、資料の一行を指した。
「これ、引き継ぎ先だけ決めてもあかんで。受け取る側に、ほんまに時間があるか確認せな」
*
「……そうですね」
高瀬が答えた。
「退職される方の仕事を、残る方へそのまま移すだけでは負荷が増えます」
「せやねん」
西田は、腕を組んだ。
「仕事の中には、終わらせるもんもあれば、減らせるもんもある。顧客と相談して時期を変えるもんもあるやろ」
「では、引き継ぎ表に対応方針を追加しましょう」
「頼むわ」
三宅が、列を一つ増やした。
継続。
縮小。
時期調整。
終了。
単に誰が受け持つかではなく、何を残すかを決めるための列だった。
*
会議が終わると、三宅は退職管理表へ戻った。
四人分の手続き。
四人分の確認事項。
これまで一緒に働いてきた社員の名前が、事務的な項目と並んでいる。
「……高瀬さん」
「はい」
「こういう仕事って、間違えたらあかんのは当然なんですけど」
「ええ」
「何か、名前を見るたびに、ちょっと寂しなりますね」
高瀬は、画面を見た。
「……そうですね」
「でも、ちゃんと送り出さなあきませんね」
「はい。最後まで、いつもどおりに」
三宅は、うなずいた。
感傷に浸って、手続きを止めるわけにはいかなかった。
*
2034年9月6日、水曜日。
午後二時。
金目は、八月十八日の1on1で退職の意思を伝えてくれた開発部の社員と、もう一度向き合っていた。
今回は、退職を決めた理由を聞くための面談ではない。
引き継ぎの状況と、最終出勤日までの仕事について確認するためだった。
「……その後、どうですか?」
金目が尋ねた。
「はい。担当していた案件は、ほぼ引き継げました」
「……それはよかった」
「まだ質問は来ますけど、手順も資料に残しているので、大丈夫だと思います」
「ありがとうございます」
金目は、うなずいた。
「残る皆さんが困らんようにしてくれて、助かります」
*
「……社長」
「はい」
「前に、内定おめでとうございますって言ってもらえたの、うれしかったです」
金目は、少し驚いた。
「……そうでしたか」
「正直、もっと引き止められると思ってました」
「そら、残ってほしい気持ちはありますよ」
「……はい」
「でも、もう決めたことを何回も聞き直したら、困るやろ(笑)」
社員は、少し笑った。
「……それは、そうですね」
「次の会社では、どんな仕事から始めるんですか?」
社員は、新しい開発環境と、これから任される予定の仕事について話した。
まだ経験したことのない技術。
新しいチーム。
少し不安そうで、それ以上に楽しそうだった。
*
「……ええですね」
金目が言った。
「はい。挑戦してみたいです」
「ほな、頑張ってください」
「ありがとうございます」
社員は、少し間を置いた。
「……社長も、無理しすぎんといてくださいね」
「……俺ですか?」
「七月、ずっと銀行回ってはったじゃないですか」
金目は、苦笑した。
「……よう見られとるな(笑)」
「そら、みんな気にしてましたから」
金目は、言葉を止めた。
社員のことを気にかけていたつもりだった。
けれど、社員の側もまた、金目のことを見ていた。
「……ありがとうございます」
今度は、金目が頭を下げた。
*
2034年9月8日、金曜日。
午後三時。
三宅は、退職手続き用の共有フォルダへ届いた新しい書類を確認していた。
退職希望日。
十月三十一日。
直属上司との面談は、すでに終わっている。
九月末の四人とは別の社員だった。
三宅は、しばらく画面を見たあと、高瀬に声をかけた。
「……高瀬さん、十月末の退職希望が一件入りました」
「……承知しました」
「九月の四人、まだ送り出してへんのに」
「……そうですね」
高瀬は、三宅の画面を確認した。
「まず、希望日と申し出の日付を確認しましょう」
「はい」
「それから、引き継ぎ先が決まっているか、所属長に確認をお願いします」
「承知しました」
*
三宅は、新しい行を追加した。
九月末の四人の下に、十月末の一人。
名前を入力する。
退職希望日を入力する。
手続き状況を『調整中』にする。
たった一行増えただけだった。
しかし、その一行にも、仕事があり、生活があり、次に進もうとする理由がある。
「……これ、また増えるんでしょうか」
三宅がつぶやいた。
高瀬は、すぐには答えなかった。
「……わかりません」
「……そうですよね」
「ただ、増えた場合に困らないよう、今ある情報は整理しておきましょう」
三宅は、うなずいた。
それが今、自分たちにできることだった。
*
2034年9月11日、月曜日。
午前十時。
開発二課の週次案件会議が始まった。
上田拓海が画面を共有し、岡元遥と中野航平が資料を開く。
尾崎は、少し離れた席に座っていた。
今日は、途中で口を挟まないと決めている。
「……まず、先週の追加要望から確認します」
上田が言った。
「岡元さん、工数の見積もりはどうでした?」
「はい。実装とテストを合わせて、当初の工程には収まらない見込みです」
「……なるほど。契約範囲の確認は?」
「追加作業として扱う必要がありそうです」
上田は、うなずいた。
「ほな、先方には追加見積もりと、納期への影響をセットで説明しましょう」
*
「……中野君、テストの方は?」
「既存機能への影響範囲を確認しています」
「今の時点で、困っていることは?」
「一つ、仕様が曖昧なところがあります」
「……どこやろ」
中野が画面を示した。
上田は、すぐには答えなかった。
「ここは、お客様の運用を確認してから決めたいな。先に決めてしまうと、後でやり直しになるかもしれん」
「わかりました」
「確認事項に入れといてください」
上田は、案件一覧を更新した。
進捗。
課題。
担当者。
次の判断に必要な情報。
会議は、予定の時間内に終わった。
*
岡元と中野が席を離れたあと、尾崎が近づいてきた。
「……上田、お疲れさん」
「お疲れさまです」
「今日、俺、何も言わんかったやろ」
「……はい。ちょっと緊張しました(笑)」
尾崎は、笑った。
「でも、困らんかったな」
「……そうですね。確認せなあかんことは残りましたけど」
「それでええんよ」
尾崎は、会議の記録を見た。
「課長の仕事は、全部その場で決めることちゃう。誰がいつまでに何を確認するか、決めることも仕事や」
「……はい」
「今日の会議、もう俺がおらんでも回るで」
上田は、少し驚いた顔をした。
「……ほんまですか」
「うん。あとは、例外的なことをどれだけ経験できるかやな」
*
上田は、会議室を出て自席へ戻った。
いつもと同じ机。
いつもと同じ案件一覧。
上田は、次の顧客打ち合わせの資料を開いた。
まだ、課長ではない。
それでも、課長の仕事はもう始まっていた。
2034年9月13日、水曜日。
午前十一時。
株式会社カナメの業務部では、三宅彩が退職手続きの一覧を更新していた。
九月末退職予定の四人。
十月末退職希望の一人。
それぞれの手続き状況を確認していたところへ、新しい連絡が届いた。
営業部の社員からだった。
十月末で退職したいという申し出が、所属長を通じて正式に届いていた。
「……高瀬さん」
三宅が声をかけた。
「はい」
「十月末の退職希望が、もう一件入りました」
高瀬は、画面を確認した。
「……二人目ですか」
「はい」
「承知しました。手続きを進めてください」
「わかりました」
*
三宅は、退職管理表へ新しい行を追加した。
名前。
所属部署。
退職希望日。
申し出の日付。
そして、引き継ぎの状況。
入力する項目は、これまでと変わらない。
しかし、九月末の四人を送り出す準備が終わらないうちに、次の退職者が増えていた。
「……何か、続きますね」
三宅がつぶやいた。
高瀬は、うなずいた。
「……そうですね」
「九月の四人だけでも、結構な人数やと思ったんですけど」
「はい」
三宅は、画面を見た。
「……まだ増えるんでしょうか」
高瀬は、少し考えた。
「……それは、わかりません」
「……そうですよね」
「ただ、今後の人員計画には、反映しておく必要がありますね」
*
2034年9月15日、金曜日。
午前十時。
開発部の会議室には、西田、田村、尾崎、上田の四人が集まっていた。
八月から進めてきた、開発二課の課長交代。
その実務引き継ぎについて、最終確認を行うためだった。
「……ほな、確認しようか」
西田が言った。
上田が資料を開いた。
「まず、案件管理については、現在進行中の案件をすべて確認できています」
「うん」
「顧客との定例打ち合わせも、今週から僕が主担当になっています」
「……なるほど」
「メンバーからの相談についても、日常的なものは僕の方で対応しています」
西田は、うなずいた。
*
「……尾崎、どうや?」
西田が尋ねた。
「問題ないと思うで」
尾崎は、資料を確認した。
「今週の案件会議も、俺はほとんど口を出してへん」
「……ほう」
「判断に必要な情報も整理できとるし、確認が必要なところはちゃんと確認しとる」
尾崎は、上田を見た。
「日常の運営については、もう任せられると思う」
上田は、少し姿勢を正した。
「……ありがとうございます」
*
「……ただ、人事評価の方はどうや?」
西田が尋ねた。
「そこは、まだ経験が足りないと思っています」
上田が答えた。
「尾崎さんから評価の考え方は教えていただいていますけど、実際の判断はまだこれからなので」
「……せやな」
西田は、うなずいた。
「そこは、十月からも俺が一緒に見る」
「ありがとうございます」
「配置の判断も、最初から全部任せるつもりはないで」
「……はい」
「ただ、二課のメンバーを一番近くで見ていくんは、これから上田になる」
上田は、うなずいた。
*
「……田村は、どうや?」
西田が尋ねた。
「技術面は、問題ないと思う」
田村が答えた。
「上田はもともと設計もよう見とるし、必要なところは俺も支援できる」
「……ありがとう」
「ただ、管理職の仕事は慣れるまで大変やろな」
田村は、少し笑った。
「最初は、何でこんなに会議が多いねんと思うで(笑)」
上田も、笑った。
「……もう、ちょっと思ってます(笑)」
「せやろ(笑)」
西田も、少し笑った。
*
「……ほな」
西田が言った。
三人が、顔を上げた。
「開発二課の日常業務については、今日をもって引き継ぎ完了としよう」
上田は、うなずいた。
「……はい」
「残りの二週間は、尾崎に最終確認してもらう期間にする」
「了解」
尾崎が答えた。
「十月一日には、組織表の名前が変わるだけ。それくらいにしておきたい」
西田は、資料を閉じた。
「……予定どおりやな」
*
会議が終わったあと。
上田は、尾崎へ声をかけた。
「……尾崎さん」
「何や?」
「本当に、ありがとうございました」
尾崎は、少し笑った。
「……まだ辞めへんで(笑)」
「……そうでした(笑)」
「あと二週間あるんやから、何でも聞いてくれたらええ」
「はい」
そこへ、田村が口を挟んだ。
「俺にも聞いてくれたらええで」
「……ありがとうございます」
*
午後。
西田は、開発部の人員配置表を確認していた。
尾崎の後任。
上田拓海。
十月一日付、開発二課長。
実務の引き継ぎは、予定どおり完了した。
田村は開発一課を担当し、井上は基盤運用課を支えている。
上田が管理職として経験不足であることは、最初からわかっていた。
だからこそ、支援体制を用意した。
今のところ、その計画に大きな問題はない。
西田は、資料を保存した。
ひとまず、二課の後継体制は整った。
*
2034年9月21日、木曜日。
午後三時。
業務部では、三宅が新しい退職希望者の手続きを確認していた。
十月末の退職希望者は、これで四人になった。
九月八日に一人。
十三日に一人。
十五日に一人。
そして、今日、新たに一人。
三宅は、一覧を更新した。
「……高瀬さん」
「はい」
「十月末の退職希望者、四名になりました」
高瀬は、顔を上げた。
「……四名ですか」
「はい」
「九月末の四名とは、別ですね」
「……はい」
*
高瀬は、人員見通しの資料を開いた。
現在の社員数。
四十人。
九月末の退職予定。
四人。
十月末の退職希望。
四人。
十一月以降の見込み。
三十二人。
高瀬は、数字を確認した。
四十人から三十二人。
二か月で、社員の二割が会社を離れる計算だった。
「……三宅さん」
「はい」
「退職希望日と、正式に確定した退職日は分けて管理してください」
「承知しました」
「それから、所属長との引き継ぎ調整についても、進捗を確認しましょう」
「はい」
*
「……しかし」
三宅が言った。
「はい?」
「八人、ですか」
高瀬は、うなずいた。
「……そうですね」
「……結構な人数ですね」
「はい」
三宅は、少し黙った。
「……会社、大丈夫なんでしょうか」
高瀬は、すぐには答えなかった。
「……資金繰りについては、以前より改善しています」
「……はい」
「ただ、人数が減ることによる業務への影響は、別に考えなければなりません」
三宅は、うなずいた。
「……そうですね」
高瀬は、資料を閉じた。
支出が減ることと、仕事を続けられること。
その二つは、同じではなかった。
2034年9月22日、金曜日。
株式会社カナメでは、九月末で退職する社員たちが、順番に最終出勤日を迎え始めていた。
有給休暇の取得予定は、それぞれ異なる。
すでに担当業務を引き継ぎ終え、今日が最後の出勤になる社員もいた。
営業部では、一人の社員が自席を片づけていた。
使っていた資料。
顧客との打ち合わせ記録。
そして、会社から貸与されていた備品。
必要なものは、すでに引き継ぎ先へ渡してある。
机の上には、私物が少しだけ残っていた。
*
「……お疲れさまでした」
近くの社員が声をかけた。
「……お疲れさまでした」
「次の会社でも、頑張ってくださいね」
「ありがとうございます」
社員は、少し笑った。
「皆さんも、お元気で」
大きな送別会ではなかった。
いつもの職場で、いつものように挨拶を交わす。
ただ、来週からは、その席に本人はいない。
周囲の社員は、少し寂しそうにその背中を見送った。
*
翌週。
ほかの部署でも、最終出勤日を迎える社員がいた。
担当していた仕事は、別の社員へ引き継がれている。
しかし、引き継ぎ資料に書かれていないこともあった。
顧客との何気ない会話。
案件を進めるうえでの小さな工夫。
困ったときに、誰へ相談すればよいかという経験。
それらを、すべて資料に残すことはできない。
残る社員たちは、少しずつ変わっていく職場で、いつもどおり仕事を続けていた。
*
2034年9月28日、木曜日。
午後三時。
開発二課では、尾崎達也が最後の引き継ぎ確認を終えていた。
案件一覧。
顧客との連絡先。
メンバーの担当。
そして、今後の課題。
すべて、上田へ渡してある。
「……上田」
尾崎が声をかけた。
「はい」
「これで、引き継ぎは全部終わりやな」
上田は、うなずいた。
「……はい」
「何か、最後に聞いときたいことあるか?」
上田は、少し考えた。
「……正直、まだいっぱいあります(笑)」
尾崎は、笑った。
「……そらそうやろな(笑)」
*
「……でも」
上田が続けた。
「はい?」
「今の二課の仕事については、何とかやっていけると思います」
尾崎は、うなずいた。
「……せやな」
「尾崎さんに教えていただいたことも、全部覚えられたわけじゃないですけど」
「うん」
「困ったときに、何を確認すればええかは、少しわかってきた気がします」
尾崎は、少し笑った。
「……それで十分やと思うで」
*
「……上田」
尾崎が言った。
「はい」
「課長になったら、今までより判断することが増える」
「……はい」
「でもな、全部一人で抱え込まんでええからな」
上田は、うなずいた。
「……わかりました」
「西田さんもおるし、田村もおる」
「……はい」
「それに、二課のメンバーもおるやろ」
尾崎は、少し笑った。
「みんなで仕事したらええんよ」
上田は、顔を上げた。
「……ありがとうございます」
*
午後四時。
開発部の一角に、社員たちが集まっていた。
尾崎の最終出勤にあわせた、短い挨拶の場だった。
西田。
田村。
井上。
上田。
そして、開発部の社員たち。
尾崎は、少し照れたように笑った。
「……何や、改まって(笑)」
西田が、笑った。
「最後くらい、ちゃんと挨拶させてや(笑)」
「……せやな」
*
「……皆さん」
尾崎が口を開いた。
「九月末で、カナメを退職することになりました」
社員たちは、静かに聞いていた。
「これまで、いろいろお世話になりました」
尾崎は、少し考えた。
「今回、会社のことでいろいろ考える機会があって、自分もこれからどう働きたいか、改めて考えました」
西田は、うなずいた。
「その結果、新しい環境で挑戦してみようと思いました」
尾崎は、少し笑った。
「……まあ、まだ次の会社に入ってへんので、どうなるかわかりませんけど(笑)」
何人かが、笑った。
*
「……でも」
尾崎が続けた。
「はい」
「カナメで経験したことは、次の仕事でも生かしていきたいと思っています」
尾崎は、上田を見た。
「二課のことは、上田に任せます」
上田は、少し姿勢を正した。
「……はい」
「皆さん、上田のこともよろしくお願いします」
岡元と中野が、うなずいた。
上田は、少し照れたように笑った。
*
挨拶が終わったあと。
西田は、尾崎へ声をかけた。
「……尾崎」
「何や?」
「ほんま、お疲れさん」
「……ありがとう」
「二課のこと、よう支えてくれたな」
尾崎は、少し笑った。
「……まあ、いろいろあったけどな」
「せやな(笑)」
西田は、うなずいた。
「次でも頑張れよ」
「……ありがとう」
*
田村も、尾崎へ声をかけた。
「……尾崎、寂しなるな」
「……せやな」
「でも、次の仕事もおもろそうやん」
「……まあな」
田村は、少し笑った。
「ほな、頑張れよ」
「……ありがとう」
尾崎は、田村を見た。
「お前も、上田のこと頼む」
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、九月のカナメをお届けしました。
尾崎から上田への引き継ぎは、予定どおり進みました。
十月一日には組織表の名前が変わるだけ。その目標に向けて、上田は少しずつ課長の仕事を自分のものにしていきます。
一方、九月末に退職する四人を送り出す準備のさなか、十月末に退職を希望する社員も現れました。
一人の引き継ぎが終わる頃には、別の誰かの引き継ぎが始まっている。
そんな状況でも、業務部は手続きを進め、開発部は仕事の続け方を考え、社員たちはそれぞれの日常を送っています。
退職する人には、次の場所での仕事があります。
残る人には、これから引き受ける仕事があります。
どちらの選択も尊重したい。それでも、会社を続けるためには、残る人たちだけで何を担えるのか、考え直さなければなりません。
上田の新しい一歩と、まだ終わらない引き継ぎ。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




