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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第五章 守りたいもの
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126/173

終わらない引き継ぎ

 2034年9月4日、月曜日。


 大阪・本町。


 株式会社カナメの業務部では、月初の支払い確認が一段落したところだった。


 高瀬は、会議室の画面に二つの一覧を並べていた。


 一つは、九月末に退職する四人の手続き表。


 もう一つは、四人が担当している業務の引き継ぎ表だった。


 似たような名前の資料だったが、扱うものは違う。


 前者には、退職日、最終出勤日、有給休暇、貸与品の返却、給与や社会保険の手続き。


 後者には、顧客、案件、担当業務、引き継ぐ相手、完了条件。


 どちらも、九月末までに終わらせなければならなかった。


     *


「……まず、退職手続きの方から確認しますね」


 三宅彩が資料を開いた。


「四名とも、退職日は九月三十日付です。最終出勤日は、それぞれ異なります」


「承知しました」


 高瀬がうなずいた。


「有給休暇の取得予定は?」


「現時点では全員分、確認できています。ただ、最終給与に反映する項目は、月末まで確認を続けます」


「お願いします」


 西田は、もう一つの表へ目を向けた。


「……業務の引き継ぎは、部署ごとに状況が違うな」


「はい。尾崎さんの分は、上田さんへの移管が予定どおり進んでいます」


「ほかの社員の担当は、まだ調整中のところがある」


 西田は、資料の一行を指した。


「これ、引き継ぎ先だけ決めてもあかんで。受け取る側に、ほんまに時間があるか確認せな」


     *


「……そうですね」


 高瀬が答えた。


「退職される方の仕事を、残る方へそのまま移すだけでは負荷が増えます」


「せやねん」


 西田は、腕を組んだ。


「仕事の中には、終わらせるもんもあれば、減らせるもんもある。顧客と相談して時期を変えるもんもあるやろ」


「では、引き継ぎ表に対応方針を追加しましょう」


「頼むわ」


 三宅が、列を一つ増やした。


 継続。


 縮小。


 時期調整。


 終了。


 単に誰が受け持つかではなく、何を残すかを決めるための列だった。


     *


 会議が終わると、三宅は退職管理表へ戻った。


 四人分の手続き。


 四人分の確認事項。


 これまで一緒に働いてきた社員の名前が、事務的な項目と並んでいる。


「……高瀬さん」


「はい」


「こういう仕事って、間違えたらあかんのは当然なんですけど」


「ええ」


「何か、名前を見るたびに、ちょっと寂しなりますね」


 高瀬は、画面を見た。


「……そうですね」


「でも、ちゃんと送り出さなあきませんね」


「はい。最後まで、いつもどおりに」


 三宅は、うなずいた。


 感傷に浸って、手続きを止めるわけにはいかなかった。


     *


 2034年9月6日、水曜日。


 午後二時。


 金目は、八月十八日の1on1で退職の意思を伝えてくれた開発部の社員と、もう一度向き合っていた。


 今回は、退職を決めた理由を聞くための面談ではない。


 引き継ぎの状況と、最終出勤日までの仕事について確認するためだった。


「……その後、どうですか?」


 金目が尋ねた。


「はい。担当していた案件は、ほぼ引き継げました」


「……それはよかった」


「まだ質問は来ますけど、手順も資料に残しているので、大丈夫だと思います」


「ありがとうございます」


 金目は、うなずいた。


「残る皆さんが困らんようにしてくれて、助かります」


     *


「……社長」


「はい」


「前に、内定おめでとうございますって言ってもらえたの、うれしかったです」


 金目は、少し驚いた。


「……そうでしたか」


「正直、もっと引き止められると思ってました」


「そら、残ってほしい気持ちはありますよ」


「……はい」


「でも、もう決めたことを何回も聞き直したら、困るやろ(笑)」


 社員は、少し笑った。


「……それは、そうですね」


「次の会社では、どんな仕事から始めるんですか?」


 社員は、新しい開発環境と、これから任される予定の仕事について話した。


 まだ経験したことのない技術。


 新しいチーム。


 少し不安そうで、それ以上に楽しそうだった。


     *


「……ええですね」


 金目が言った。


「はい。挑戦してみたいです」


「ほな、頑張ってください」


「ありがとうございます」


 社員は、少し間を置いた。


「……社長も、無理しすぎんといてくださいね」


「……俺ですか?」


「七月、ずっと銀行回ってはったじゃないですか」


 金目は、苦笑した。


「……よう見られとるな(笑)」


「そら、みんな気にしてましたから」


 金目は、言葉を止めた。


 社員のことを気にかけていたつもりだった。


 けれど、社員の側もまた、金目のことを見ていた。


「……ありがとうございます」


 今度は、金目が頭を下げた。


     *


 2034年9月8日、金曜日。


 午後三時。


 三宅は、退職手続き用の共有フォルダへ届いた新しい書類を確認していた。


 退職希望日。


 十月三十一日。


 直属上司との面談は、すでに終わっている。


 九月末の四人とは別の社員だった。


 三宅は、しばらく画面を見たあと、高瀬に声をかけた。


「……高瀬さん、十月末の退職希望が一件入りました」


「……承知しました」


「九月の四人、まだ送り出してへんのに」


「……そうですね」


 高瀬は、三宅の画面を確認した。


「まず、希望日と申し出の日付を確認しましょう」


「はい」


「それから、引き継ぎ先が決まっているか、所属長に確認をお願いします」


「承知しました」


     *


 三宅は、新しい行を追加した。


 九月末の四人の下に、十月末の一人。


 名前を入力する。


 退職希望日を入力する。


 手続き状況を『調整中』にする。


 たった一行増えただけだった。


 しかし、その一行にも、仕事があり、生活があり、次に進もうとする理由がある。


「……これ、また増えるんでしょうか」


 三宅がつぶやいた。


 高瀬は、すぐには答えなかった。


「……わかりません」


「……そうですよね」


「ただ、増えた場合に困らないよう、今ある情報は整理しておきましょう」


 三宅は、うなずいた。


 それが今、自分たちにできることだった。


     *


 2034年9月11日、月曜日。


 午前十時。


 開発二課の週次案件会議が始まった。


 上田拓海が画面を共有し、岡元遥と中野航平が資料を開く。


 尾崎は、少し離れた席に座っていた。


 今日は、途中で口を挟まないと決めている。


「……まず、先週の追加要望から確認します」


 上田が言った。


「岡元さん、工数の見積もりはどうでした?」


「はい。実装とテストを合わせて、当初の工程には収まらない見込みです」


「……なるほど。契約範囲の確認は?」


「追加作業として扱う必要がありそうです」


 上田は、うなずいた。


「ほな、先方には追加見積もりと、納期への影響をセットで説明しましょう」


     *


「……中野君、テストの方は?」


「既存機能への影響範囲を確認しています」


「今の時点で、困っていることは?」


「一つ、仕様が曖昧なところがあります」


「……どこやろ」


 中野が画面を示した。


 上田は、すぐには答えなかった。


「ここは、お客様の運用を確認してから決めたいな。先に決めてしまうと、後でやり直しになるかもしれん」


「わかりました」


「確認事項に入れといてください」


 上田は、案件一覧を更新した。


 進捗。


 課題。


 担当者。


 次の判断に必要な情報。


 会議は、予定の時間内に終わった。


     *


 岡元と中野が席を離れたあと、尾崎が近づいてきた。


「……上田、お疲れさん」


「お疲れさまです」


「今日、俺、何も言わんかったやろ」


「……はい。ちょっと緊張しました(笑)」


 尾崎は、笑った。


「でも、困らんかったな」


「……そうですね。確認せなあかんことは残りましたけど」


「それでええんよ」


 尾崎は、会議の記録を見た。


「課長の仕事は、全部その場で決めることちゃう。誰がいつまでに何を確認するか、決めることも仕事や」


「……はい」


「今日の会議、もう俺がおらんでも回るで」


 上田は、少し驚いた顔をした。


「……ほんまですか」


「うん。あとは、例外的なことをどれだけ経験できるかやな」


     *


 上田は、会議室を出て自席へ戻った。


 いつもと同じ机。


 いつもと同じ案件一覧。


 上田は、次の顧客打ち合わせの資料を開いた。


 まだ、課長ではない。


 それでも、課長の仕事はもう始まっていた。


 2034年9月13日、水曜日。


 午前十一時。


 株式会社カナメの業務部では、三宅彩が退職手続きの一覧を更新していた。


 九月末退職予定の四人。


 十月末退職希望の一人。


 それぞれの手続き状況を確認していたところへ、新しい連絡が届いた。


 営業部の社員からだった。


 十月末で退職したいという申し出が、所属長を通じて正式に届いていた。


「……高瀬さん」


 三宅が声をかけた。


「はい」


「十月末の退職希望が、もう一件入りました」


 高瀬は、画面を確認した。


「……二人目ですか」


「はい」


「承知しました。手続きを進めてください」


「わかりました」


     *


 三宅は、退職管理表へ新しい行を追加した。


 名前。


 所属部署。


 退職希望日。


 申し出の日付。


 そして、引き継ぎの状況。


 入力する項目は、これまでと変わらない。


 しかし、九月末の四人を送り出す準備が終わらないうちに、次の退職者が増えていた。


「……何か、続きますね」


 三宅がつぶやいた。


 高瀬は、うなずいた。


「……そうですね」


「九月の四人だけでも、結構な人数やと思ったんですけど」


「はい」


 三宅は、画面を見た。


「……まだ増えるんでしょうか」


 高瀬は、少し考えた。


「……それは、わかりません」


「……そうですよね」


「ただ、今後の人員計画には、反映しておく必要がありますね」


     *


 2034年9月15日、金曜日。


 午前十時。


 開発部の会議室には、西田、田村、尾崎、上田の四人が集まっていた。


 八月から進めてきた、開発二課の課長交代。


 その実務引き継ぎについて、最終確認を行うためだった。


「……ほな、確認しようか」


 西田が言った。


 上田が資料を開いた。


「まず、案件管理については、現在進行中の案件をすべて確認できています」


「うん」


「顧客との定例打ち合わせも、今週から僕が主担当になっています」


「……なるほど」


「メンバーからの相談についても、日常的なものは僕の方で対応しています」


 西田は、うなずいた。


     *


「……尾崎、どうや?」


 西田が尋ねた。


「問題ないと思うで」


 尾崎は、資料を確認した。


「今週の案件会議も、俺はほとんど口を出してへん」


「……ほう」


「判断に必要な情報も整理できとるし、確認が必要なところはちゃんと確認しとる」


 尾崎は、上田を見た。


「日常の運営については、もう任せられると思う」


 上田は、少し姿勢を正した。


「……ありがとうございます」


     *


「……ただ、人事評価の方はどうや?」


 西田が尋ねた。


「そこは、まだ経験が足りないと思っています」


 上田が答えた。


「尾崎さんから評価の考え方は教えていただいていますけど、実際の判断はまだこれからなので」


「……せやな」


 西田は、うなずいた。


「そこは、十月からも俺が一緒に見る」


「ありがとうございます」


「配置の判断も、最初から全部任せるつもりはないで」


「……はい」


「ただ、二課のメンバーを一番近くで見ていくんは、これから上田になる」


 上田は、うなずいた。


     *


「……田村は、どうや?」


 西田が尋ねた。


「技術面は、問題ないと思う」


 田村が答えた。


「上田はもともと設計もよう見とるし、必要なところは俺も支援できる」


「……ありがとう」


「ただ、管理職の仕事は慣れるまで大変やろな」


 田村は、少し笑った。


「最初は、何でこんなに会議が多いねんと思うで(笑)」


 上田も、笑った。


「……もう、ちょっと思ってます(笑)」


「せやろ(笑)」


 西田も、少し笑った。


     *


「……ほな」


 西田が言った。


 三人が、顔を上げた。


「開発二課の日常業務については、今日をもって引き継ぎ完了としよう」


 上田は、うなずいた。


「……はい」


「残りの二週間は、尾崎に最終確認してもらう期間にする」


「了解」


 尾崎が答えた。


「十月一日には、組織表の名前が変わるだけ。それくらいにしておきたい」


 西田は、資料を閉じた。


「……予定どおりやな」


     *


 会議が終わったあと。


 上田は、尾崎へ声をかけた。


「……尾崎さん」


「何や?」


「本当に、ありがとうございました」


 尾崎は、少し笑った。


「……まだ辞めへんで(笑)」


「……そうでした(笑)」


「あと二週間あるんやから、何でも聞いてくれたらええ」


「はい」


 そこへ、田村が口を挟んだ。


「俺にも聞いてくれたらええで」


「……ありがとうございます」


     *


 午後。


 西田は、開発部の人員配置表を確認していた。


 尾崎の後任。


 上田拓海。


 十月一日付、開発二課長。


 実務の引き継ぎは、予定どおり完了した。


 田村は開発一課を担当し、井上は基盤運用課を支えている。


 上田が管理職として経験不足であることは、最初からわかっていた。


 だからこそ、支援体制を用意した。


 今のところ、その計画に大きな問題はない。


 西田は、資料を保存した。


 ひとまず、二課の後継体制は整った。


     *


 2034年9月21日、木曜日。


 午後三時。


 業務部では、三宅が新しい退職希望者の手続きを確認していた。


 十月末の退職希望者は、これで四人になった。


 九月八日に一人。


 十三日に一人。


 十五日に一人。


 そして、今日、新たに一人。


 三宅は、一覧を更新した。


「……高瀬さん」


「はい」


「十月末の退職希望者、四名になりました」


 高瀬は、顔を上げた。


「……四名ですか」


「はい」


「九月末の四名とは、別ですね」


「……はい」


     *


 高瀬は、人員見通しの資料を開いた。


 現在の社員数。


 四十人。


 九月末の退職予定。


 四人。


 十月末の退職希望。


 四人。


 十一月以降の見込み。


 三十二人。


 高瀬は、数字を確認した。


 四十人から三十二人。


 二か月で、社員の二割が会社を離れる計算だった。


「……三宅さん」


「はい」


「退職希望日と、正式に確定した退職日は分けて管理してください」


「承知しました」


「それから、所属長との引き継ぎ調整についても、進捗を確認しましょう」


「はい」


     *


「……しかし」


 三宅が言った。


「はい?」


「八人、ですか」


 高瀬は、うなずいた。


「……そうですね」


「……結構な人数ですね」


「はい」


 三宅は、少し黙った。


「……会社、大丈夫なんでしょうか」


 高瀬は、すぐには答えなかった。


「……資金繰りについては、以前より改善しています」


「……はい」


「ただ、人数が減ることによる業務への影響は、別に考えなければなりません」


 三宅は、うなずいた。


「……そうですね」


 高瀬は、資料を閉じた。


 支出が減ることと、仕事を続けられること。


 その二つは、同じではなかった。


 2034年9月22日、金曜日。


 株式会社カナメでは、九月末で退職する社員たちが、順番に最終出勤日を迎え始めていた。


 有給休暇の取得予定は、それぞれ異なる。


 すでに担当業務を引き継ぎ終え、今日が最後の出勤になる社員もいた。


 営業部では、一人の社員が自席を片づけていた。


 使っていた資料。


 顧客との打ち合わせ記録。


 そして、会社から貸与されていた備品。


 必要なものは、すでに引き継ぎ先へ渡してある。


 机の上には、私物が少しだけ残っていた。


     *


「……お疲れさまでした」


 近くの社員が声をかけた。


「……お疲れさまでした」


「次の会社でも、頑張ってくださいね」


「ありがとうございます」


 社員は、少し笑った。


「皆さんも、お元気で」


 大きな送別会ではなかった。


 いつもの職場で、いつものように挨拶を交わす。


 ただ、来週からは、その席に本人はいない。


 周囲の社員は、少し寂しそうにその背中を見送った。


     *


 翌週。


 ほかの部署でも、最終出勤日を迎える社員がいた。


 担当していた仕事は、別の社員へ引き継がれている。


 しかし、引き継ぎ資料に書かれていないこともあった。


 顧客との何気ない会話。


 案件を進めるうえでの小さな工夫。


 困ったときに、誰へ相談すればよいかという経験。


 それらを、すべて資料に残すことはできない。


 残る社員たちは、少しずつ変わっていく職場で、いつもどおり仕事を続けていた。


     *


 2034年9月28日、木曜日。


 午後三時。


 開発二課では、尾崎達也が最後の引き継ぎ確認を終えていた。


 案件一覧。


 顧客との連絡先。


 メンバーの担当。


 そして、今後の課題。


 すべて、上田へ渡してある。


「……上田」


 尾崎が声をかけた。


「はい」


「これで、引き継ぎは全部終わりやな」


 上田は、うなずいた。


「……はい」


「何か、最後に聞いときたいことあるか?」


 上田は、少し考えた。


「……正直、まだいっぱいあります(笑)」


 尾崎は、笑った。


「……そらそうやろな(笑)」


     *


「……でも」


 上田が続けた。


「はい?」


「今の二課の仕事については、何とかやっていけると思います」


 尾崎は、うなずいた。


「……せやな」


「尾崎さんに教えていただいたことも、全部覚えられたわけじゃないですけど」


「うん」


「困ったときに、何を確認すればええかは、少しわかってきた気がします」


 尾崎は、少し笑った。


「……それで十分やと思うで」


     *


「……上田」


 尾崎が言った。


「はい」


「課長になったら、今までより判断することが増える」


「……はい」


「でもな、全部一人で抱え込まんでええからな」


 上田は、うなずいた。


「……わかりました」


「西田さんもおるし、田村もおる」


「……はい」


「それに、二課のメンバーもおるやろ」


 尾崎は、少し笑った。


「みんなで仕事したらええんよ」


 上田は、顔を上げた。


「……ありがとうございます」


     *


 午後四時。


 開発部の一角に、社員たちが集まっていた。


 尾崎の最終出勤にあわせた、短い挨拶の場だった。


 西田。


 田村。


 井上。


 上田。


 そして、開発部の社員たち。


 尾崎は、少し照れたように笑った。


「……何や、改まって(笑)」


 西田が、笑った。


「最後くらい、ちゃんと挨拶させてや(笑)」


「……せやな」


     *


「……皆さん」


 尾崎が口を開いた。


「九月末で、カナメを退職することになりました」


 社員たちは、静かに聞いていた。


「これまで、いろいろお世話になりました」


 尾崎は、少し考えた。


「今回、会社のことでいろいろ考える機会があって、自分もこれからどう働きたいか、改めて考えました」


 西田は、うなずいた。


「その結果、新しい環境で挑戦してみようと思いました」


 尾崎は、少し笑った。


「……まあ、まだ次の会社に入ってへんので、どうなるかわかりませんけど(笑)」


 何人かが、笑った。


     *


「……でも」


 尾崎が続けた。


「はい」


「カナメで経験したことは、次の仕事でも生かしていきたいと思っています」


 尾崎は、上田を見た。


「二課のことは、上田に任せます」


 上田は、少し姿勢を正した。


「……はい」


「皆さん、上田のこともよろしくお願いします」


 岡元と中野が、うなずいた。


 上田は、少し照れたように笑った。


     *


 挨拶が終わったあと。


 西田は、尾崎へ声をかけた。


「……尾崎」


「何や?」


「ほんま、お疲れさん」


「……ありがとう」


「二課のこと、よう支えてくれたな」


 尾崎は、少し笑った。


「……まあ、いろいろあったけどな」


「せやな(笑)」


 西田は、うなずいた。


「次でも頑張れよ」


「……ありがとう」


     *


 田村も、尾崎へ声をかけた。


「……尾崎、寂しなるな」


「……せやな」


「でも、次の仕事もおもろそうやん」


「……まあな」


 田村は、少し笑った。


「ほな、頑張れよ」


「……ありがとう」


 尾崎は、田村を見た。


「お前も、上田のこと頼む」

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、九月のカナメをお届けしました。


尾崎から上田への引き継ぎは、予定どおり進みました。


十月一日には組織表の名前が変わるだけ。その目標に向けて、上田は少しずつ課長の仕事を自分のものにしていきます。


一方、九月末に退職する四人を送り出す準備のさなか、十月末に退職を希望する社員も現れました。


一人の引き継ぎが終わる頃には、別の誰かの引き継ぎが始まっている。


そんな状況でも、業務部は手続きを進め、開発部は仕事の続け方を考え、社員たちはそれぞれの日常を送っています。


退職する人には、次の場所での仕事があります。


残る人には、これから引き受ける仕事があります。


どちらの選択も尊重したい。それでも、会社を続けるためには、残る人たちだけで何を担えるのか、考え直さなければなりません。


上田の新しい一歩と、まだ終わらない引き継ぎ。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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