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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第五章 守りたいもの
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120/173

雨の向こう

 2034年7月25日、火曜日。


 大阪・本町。


 株式会社カナメでは、いつもと変わらない朝を迎えていた。


 社員たちが出社し、それぞれの席で仕事を始める。


 営業部では顧客との打ち合わせ準備が進み、開発部では担当案件の確認が行われている。


 業務部では、いつもどおり銀行口座の入出金確認が始まっていた。


 ただし、今日は一つだけ、いつもと違うことがあった。


 給与支払日。


 その日を迎えられるかどうか、ここ数週間、会社全体が心配していた。


     *


 午前九時。


 三宅彩は、銀行の振込結果を確認していた。


 昨日、金目から会社へ貸し付けられた八百万円。


 その資金を含め、給与支払いに必要な金額は確保されている。


 振込データも、銀行側で受け付けられていた。


 あとは、予定どおり処理されたことを確認するだけだった。


 三宅は、画面を更新した。


 振込指定日。


 七月二十五日。


 処理結果。


 正常終了。


 三宅は、明細を一つずつ確認した。


     *


「……高瀬さん」


 三宅が声をかけた。


「はい」


「給与振込、全件完了しています」


 高瀬は、三宅の画面を確認した。


「……ありがとうございます」


「エラーもありません」


「承知しました」


 高瀬は、振込結果と支給額を照合した。


 対象者。


 支給額。


 振込先。


 いずれも、予定どおり処理されている。


「……問題ありませんね」


 高瀬が言った。


「はい」


 三宅は、少しだけ息を吐いた。


「……ようやくですね」


 高瀬も、うなずいた。


「……そうですね」


     *


 午前九時半。


 金目が業務部へやってきた。


「……おはようございます」


「おはようございます」


 高瀬が答えた。


「給与の方、どうでした?」


「全件、正常に処理されています」


 金目は、顔を上げた。


「……ほんまですか」


「はい。エラーもありません」


「……よかった」


 金目は、小さく息を吐いた。


「ほんま、ありがとうございました」


 三宅が、少し笑った。


「……昨日も聞きましたよ(笑)」


「……そうやったな(笑)」


     *


「……金目さん」


 高瀬が言った。


「はい」


「これで、七月二十五日の給与支払いは完了です」


 金目は、うなずいた。


「……せやな」


 高瀬は、資料を切り替えた。


「八月以降の資金繰りについては、引き続き確認を進めます」


「お願いします」


 金目は、少し考えた。


「……でも、その前に」


「はい?」


「今日は、二人とも少し休憩してくださいね」


 三宅が、顔を上げた。


「……金目さんもですよ?」


 金目は、少し笑った。


「……せやな(笑)」


     *


 同じ頃。


 営業部では、大本恭平が顧客との打ち合わせ資料を確認していた。


 スマートフォンには、給与の入金通知が届いている。


 金額は、いつもと同じだった。


 昨日、社長から給与支払いについて説明があった。


 だから、入金されることはわかっていた。


 それでも、実際に通知を見たときには、少し安心した。


「……松井さん」


 大本が声をかけた。


「はい?」


「給料、入りましたね」


「そうですね」


 松井慎吾は、少し笑った。


「……よかったですね」


「はい」


     *


「……ほな、大本君」


 松井が言った。


「はい?」


「今日のお客様との打ち合わせ、準備できていますか?」


「はい!」


 大本は、資料を開いた。


 要件整理の進捗。


 確認が必要な事項。


 そして、次の開発工程へ進む場合の判断材料。


 先週から準備してきた内容だった。


「……今回の仕事、ちゃんと次につなげたいんです」


 大本が言った。


「そうですね」


 松井は、うなずいた。


「ただ、まずは今の仕事をきちんと終わらせましょう」


「……はい!」


     *


 開発部でも、いつもどおりの仕事が始まっていた。


 田村洋介は、開発一課の作業状況を確認している。


 久しぶりに自分で担当するようになった改修案件も、予定どおり進んでいた。


 若手社員が、レビューを依頼してきた。


「……田村さん、こちら確認していただけますか?」


「ええで」


 田村は、画面を開いた。


「……ここ、もうちょっと整理できそうやな」


「そうですね」


「ほな、一緒に見ようか」


 昨日までと変わらない会話だった。


 ただ、今日は給与の心配をせずに仕事へ向き合えていた。


     *


 基盤運用課では、井上修一が障害対応の担当表を確認していた。


 今日も、顧客のシステムは動いている。


 何か問題が起きれば、対応しなければならない。


 会社の資金繰りが厳しいからといって、顧客への責任が軽くなるわけではなかった。


 井上は、担当者へ声をかけた。


「……今日の運用状況、問題ないか?」


「はい。今のところありません」


「了解。ほな、引き続き頼むわ」


 いつもどおりの仕事。


 そのいつもどおりが、今日は少しありがたかった。


     *


 尾崎達也も、開発二課の仕事を進めていた。


 給与は、予定どおり振り込まれている。


 会社は、ひとまず七月二十五日を乗り越えた。


 それは、素直にうれしかった。


 しかし、尾崎の頭には、もう一つ考えなければならないことがあった。


 転職先企業からの正式な条件提示。


 まだ、連絡は届いていない。


 尾崎は、メールを閉じた。


 今は、目の前の仕事を進める。


 自分の進路については、条件が揃ってから判断しようと思っていた。


     *


 午後。


 業務部では、福原奈央が相談窓口の記録を確認していた。


 ここ数週間、給与についての質問が何度も寄せられていた。


 支払いが遅れる可能性。


 生活への影響。


 そして、会社の今後について。


 しかし、今日は新しい問い合わせがほとんどなかった。


「……三宅さん」


 福原が声をかけた。


「はい?」


「今日は、給与の問い合わせが少ないですね」


 三宅は、少し笑った。


「……せやな」


「皆さん、安心されたんでしょうか」


「そうかもしれんな」


 三宅は、資料を確認した。


「……でも、まだ会社の仕事は続くからな」


「はい」


「私らも、引き続きちゃんとやっていこう」


 福原は、うなずいた。


     *


 2034年7月26日、水曜日。


 午前九時半。


 業務部では、三宅が銀行口座の入出金明細を確認していた。


 前日の給与支払いを終え、会社の口座残高は大きく減っている。


 しかし、今日は入金予定が一件あった。


 既存顧客からの売掛金。


 二百五十万円。


 三宅は、明細を更新した。


 新しい入金が表示された。


「……高瀬さん」


「はい」


「二百五十万円、入りました」


 高瀬は、画面を確認した。


「ありがとうございます」


     *


 入金額。


 二百五十万円。


 振込元。


 既存顧客。


 いずれも、予定どおりだった。


 三宅は、少しだけ笑った。


「……一日違いでしたね」


 高瀬は、うなずいた。


「……そうですね」


「昨日までに入っていたら、少し違ったんでしょうけど」


「そうですね。ただ、契約上の入金日は今日ですから」


「……せやな」


 三宅は、資金繰り表を見直した。


 昨日の給与支払い。


 今日の二百五十万円。


 たった一日。


 その違いが、会社にとっては大きかった。


     *


「……高瀬さん」


 三宅が言った。


「はい」


「この二百五十万円、金目さんへの返済に回すんですか?」


 高瀬は、少し考えた。


「……今は、まだ判断できません」


「そうですよね」


「八月の支払いもありますから」


「……せやな」


 高瀬は、八月の資金繰り表を開いた。


 給与。


 外注費。


 事務所賃料。


 そして、その他の固定費。


 支払予定は、まだ続いている。


     *


「……金目さんへの借入金については」


 高瀬が続けた。


「はい」


「返済条件に沿って管理しながら、会社の資金繰りに支障が出ないようにする必要があります」


「承知しました」


「今回の二百五十万円は、まず八月以降の運転資金として反映します」


 三宅は、うなずいた。


「……そうですね」


 高瀬は、資料を更新した。


 資金が入ったからといって、そのまま使えるお金が増えたとは限らない。


 しかし、昨日までとは違う。


 今日は、予定どおり入ってくるお金を確認できた。


     *


 午前十一時。


 金目は、高瀬から入金の報告を受けていた。


「……二百五十万円、入りましたか」


「はい」


「……ありがたいですね」


 金目は、少し笑った。


「昨日入ってくれたら、もっとありがたかったんですけどね(笑)」


 高瀬も、少し笑った。


「……そうですね」


「まあ、契約どおりやからしゃあないな」


 金目は、資金繰り表を確認した。


     *


「……高瀬さん」


「はい」


「八月の資金繰り、どうですか?」


「今回の入金を反映すると、以前より改善します」


「ありがとうございます」


「ただし、まだ十分な余裕があるとは言えません」


「……せやな」


「金融機関との協議も、引き続き進めています」


 金目は、うなずいた。


「お願いします」


 そして、少し考えた。


「……しかし、ほんまに一日違いやったな」


「そうですね」


「資金繰りって、怖いですね」


 高瀬は、静かにうなずいた。


     *


 2034年7月27日、木曜日。


 午後二時。


 金目は、自席で事業計画を確認していた。


 主要取引先の法的整理が判明してから、何度も更新してきた資料だった。


 確定している契約。


 進行中の商談。


 そして、今後の売上見通し。


 七月二十五日の給与支払いは完了した。


 しかし、会社を立て直すためには、まだ新しい仕事が必要だった。


 金目は、営業部から届いた報告を確認していた。


 そのとき、高瀬から連絡が入った。


     *


「……金目さん、少しよろしいでしょうか」


「はい。どうしました?」


「先ほど、金融機関から連絡がありました」


 金目は、顔を上げた。


「……追加資料ですか?」


「いえ」


 高瀬は、少し間を置いた。


「もう一件、融資が承認されました」


 金目は、目を見開いた。


「……ほんまですか!」


「はい」


「……いくらです?」


「五百万円です」


 金目は、思わず笑った。


「……ありがたいなあ」


     *


「……ただし」


 高瀬が続けた。


「はい」


「実行は、八月上旬になる予定です」


「……せやな」


「まだ着金していませんので、確定した現預金とは分けて管理します」


「もちろんです」


 金目は、うなずいた。


「でも、承認されたんは大きいですね」


「そうですね」


「……銀行さんにも、ありがとうございますと伝えといてください」


「承知しました」


     *


 金目は、椅子の背もたれに体を預けた。


 七月に入ってから、何度も金融機関を回ってきた。


 事業計画を説明し、資金繰り表を提出し、追加資料を求められる。


 その繰り返しだった。


 すぐに融資を実行できるという回答は、なかなか得られなかった。


 しかし、今日。


 もう一件、承認が下りた。


 五百万円。


 八月上旬に実行される予定の資金だった。


     *


「……高瀬さん」


 金目が言った。


「はい」


「これで、少しは先が見えてきましたね」


「はい。ただし、まだ注意は必要です」


「……せやな」


 金目は、少し笑った。


「でも、今日は喜んでもええやろ?」


 高瀬も、わずかに笑った。


「……そうですね」


「……ほんま、ありがたいな」


 金目は、もう一度資料を見た。


 七月二十五日。


 給与支払いは完了した。


 七月二十六日。


 二百五十万円の入金。


 そして、七月二十七日。


 五百万円の融資承認。


 会社の資金繰りは、まだ厳しい。


 しかし、少しずつ、確かな前進が生まれていた。


     *


 午後五時。


 金目は、会社の予定表を確認していた。


 翌日は、営業部との打ち合わせ。


 月曜日には、七月末の経営状況確認。


 そして、八月には新しい融資の実行予定がある。


 やるべきことは、まだ山ほどあった。


     *


 2034年7月28日、金曜日。


 午後二時。


 株式会社カナメの営業部では、大本恭平が顧客との打ち合わせ結果を整理していた。


 七月二十五日に実施した、要件整理案件の打ち合わせ。


 顧客からは、現在の要件整理だけでなく、その先の開発工程についても質問が出ていた。


 必要な機能。


 優先順位。


 開発にかかる期間。


 そして、概算費用。


 大本は、質問された内容を一覧にまとめていた。


     *


「……松井さん、ちょっとええですか」


 大本が声をかけた。


「はい。どうしました?」


「先日の打ち合わせなんですけど、次の開発工程についても結構質問があったんです」


 松井慎吾は、資料を確認した。


「……なるほど。具体的な話も出てきましたね」


「はい。ただ、まだ発注すると決まったわけではありません」


「そうですね」


「でも、お客様が判断するための材料は、準備しておきたいと思っています」


 松井は、うなずいた。


「では、小坂さんと西田さんにも相談しましょうか」


     *


 午後三時。


 大本は、小坂千尋、西田、松井の三人に打ち合わせ結果を報告していた。


「……今回の要件整理については、予定どおり進んでいます」


 大本が説明した。


「ありがとうございます」


 小坂が答えた。


「それで、次の開発工程について、お客様からいくつか質問がありました」


「ほう」


 西田が資料を見た。


「具体的には?」


「必要な機能の優先順位と、開発期間、それから概算費用です」


 西田は、うなずいた。


「……なるほどな」


     *


「……ただ」


 大本が続けた。


「はい?」


「まだ、次の工程を正式に発注するという話ではありません」


「せやな」


 西田が答えた。


「なので、今回の契約範囲で整理できる内容と、次の提案として準備する内容を分けたいと思っています」


 小坂は、資料を確認した。


「……いいと思います」


「ありがとうございます」


「開発部としては、どこまで協力できますか?」


 西田は、少し考えた。


「概算規模を出すための前提条件なら整理できると思う。ただ、詳細見積もりは要件が固まってからやな」


「……そうですね」


     *


「……大本君」


 松井が言った。


「はい」


「次の提案で大切なのは、開発を受注することだけではありません」


「……はい」


「お客様が、本当にその開発を必要としているか判断できるようにすることです」


 大本は、少し考えた。


「……そうですね」


「必要のないものまで提案しても、長くお付き合いできる関係にはなりませんから」


 大本は、うなずいた。


「わかりました」


     *


 小坂は、大本が作成した資料をもう一度見た。


 最初にこの案件を担当したとき、大本は受注につなげることで精いっぱいだった。


 しかし、今は少し違う。


 顧客が次に何を判断する必要があるのか。


 そのために、会社として何を準備できるのか。


 自分で考え、関係者へ相談している。


「……大本さん」


 小坂が声をかけた。


「はい」


「今回の進め方、いいと思いますよ」


「……ありがとうございます!」


「では、次の打ち合わせまでに、判断材料を整理しましょう」


「はい!」


 大本は、資料を閉じた。


 新しい仕事が決まったわけではない。


 それでも、次につながる可能性は少しずつ具体的になっていた。


     *


 同じ日の夜。


 尾崎達也は、自宅で一通のメールを開いていた。


 転職先企業からの連絡だった。


 件名には、選考結果と雇用条件についての案内が記されていた。


 尾崎は、添付された書類を開いた。


 採用内定。


 その文字が、最初に目に入った。


     *


 提示された役割は、開発組織のマネジメントを担うものだった。


 年収。


 勤務条件。


 入社予定時期。


 そして、担当する組織の概要。


 尾崎は、一つずつ確認した。


 現在のカナメでの仕事と比較しても、十分に検討する価値のある条件だった。


 ただ、数字だけで決められる話でもなかった。


 尾崎は、書類を閉じた。


     *


「……どうやった?」


 家族が声をかけた。


「……内定、出たわ」


「……ほんま?」


「うん」


「……よかったやん!」


 尾崎は、少し笑った。


「……ありがとう」


 家族は、隣に座った。


「条件はどうなん?」


「悪くないで」


「そうなんや」


「仕事も、今までの経験を生かせそうや」


 家族は、うなずいた。


     *


「……ほな、どうするん?」


 家族が尋ねた。


 尾崎は、少し考えた。


「……まだ、返事はしてへん」


「うん」


「今の会社のこともあるしな」


「……せやな」


「給料も、ちゃんと払ってもらえた」


「うん」


「社長らが頑張ってくれとるんも、わかっとる」


 尾崎は、資料へ目を戻した。


「……でも、それと自分がこれからどう働くかは、別なんやろな」


     *


 家族は、少し黙っていた。


「……あんたは、どうしたいん?」


 尾崎は、すぐには答えなかった。


 カナメで過ごしてきた時間。


 一緒に働いてきた仲間。


 任されてきた仕事。


 どれも、大切なものだった。


 しかし、会社の外にも、自分の経験を必要としてくれる場所がある。


 そのことを、今回の転職活動で初めて具体的に実感した。


     *


「……一回、外でやってみたい気持ちはあるな」


 尾崎が言った。


「……そうなんや」


「うん」


「ほな、それでええんちゃう?」


 尾崎は、家族を見た。


「……ええんかな」


「そら、最後は自分で決めなあかんけど」


 家族は、少し笑った。


「今の会社に残るんも、転職するんも、あんたが納得できる方にしたらええと思うで」


 尾崎は、うなずいた。


「……せやな」


     *


 尾崎は、もう一度内定通知を開いた。


 提示された条件。


 新しい仕事。


 そして、今後の生活。


 どれも、現実のものとして考えられるようになっていた。


 会社を離れることに、迷いがないわけではない。


 それでも、今の自分が選びたい道は、少しずつはっきりしていた。


 尾崎は、来週、西田へ相談することを決めた。


     *


 2034年7月31日、月曜日。


 午前九時半。


 業務部では、三宅彩が銀行口座の入出金明細を確認していた。


 月末の入金予定。


 既存顧客からの売掛金、二百万円。


 三宅は、画面を更新した。


 新しい入金が表示された。


「……高瀬さん」


「はい」


「二百万円、入りました」


 高瀬は、明細を確認した。


「ありがとうございます」


 振込元。


 入金額。


 そして、請求内容。


 いずれも一致していた。


     *


 高瀬は、資金繰り表を更新した。


 七月二十六日の入金。


 二百五十万円。


 そして、今日の入金。


 二百万円。


 七月二十五日以降に入った売掛金は、合計四百五十万円となった。


 さらに、八月上旬には五百万円の融資実行が予定されている。


 ただし、融資はまだ着金していない。


 高瀬は、実際の現預金と今後の入金見込みを分けて管理した。


     *


「……高瀬さん」


 三宅が尋ねた。


「はい」


「八月の資金繰り、少しは楽になりますか?」


「以前よりは改善します」


「……そうですか」


「ただし、八月にも給与や外注費の支払いがあります」


「……せやな」


「今回の入金を、そのまま余剰資金として扱うことはできません」


 三宅は、うなずいた。


「承知しました」


     *


 午後二時。


 金目、西田、高瀬、三宅の四人が、七月末の経営状況を確認していた。


 高瀬は、月末の資金繰り表を共有した。


「……七月二十五日の給与支払いは、予定どおり完了しました」


「ありがとうございます」


 金目が答えた。


「その後、売掛金の入金が合計四百五十万円ありました」


「はい」


「また、五百万円の追加融資について、承認をいただいています」


 西田は、資料を見た。


「……だいぶ進んだな」


「そうですね」


 高瀬が答えた。


     *


「……ただし」


 高瀬が続けた。


「はい」


「八月以降の資金繰りについては、引き続き注意が必要です」


 金目は、うなずいた。


「せやな」


「新しい融資が実行されても、返済義務が増えることになります」


「もちろんです」


「また、既存契約の入金についても、検収や請求の進捗を確認する必要があります」


 金目は、資料を見直した。


「……ほな、まだ安心しきるわけにはいかんな」


     *


「……ところで、金目」


 西田が声をかけた。


「何や?」


「あの八百万、いつ返してもらうつもりや?」


 金目は、少し考えた。


「……会社の資金繰りが安定してからやな」


「……せやな」


「返せるからいうて、すぐ返したら、また足らんようになるやろ(笑)」


 西田は、少し笑った。


「……まあ、そらそうやな」


 高瀬も、うなずいた。


「八月以降の支払いを含めて、返済可能な時期を判断したいと思います」


「お願いします」


     *


「……金目さん」


 三宅が言った。


「はい?」


「ちゃんと返してもらってくださいね」


 金目は、少し笑った。


「……またそれ言うんか(笑)」


「そら、言いますよ」


 三宅も、少し笑った。


「会社のお金と、社長のお金は別ですから」


「……せやな」


 西田が、思わず笑った。


「……お前ら、同じ話何回しとるんや(笑)」


「大事なことやからな」


 金目が答えた。


     *


 高瀬は、次の資料を開いた。


 八月以降の資金繰り。


 金融機関との協議状況。


 そして、今後の資金調達方針。


「……金目さん、今後の金融機関との関係についても、整理しておきたいと思っています」


「ありがとうございます」


「今回のような急な資金不足に備えて、事前に利用できる調達手段を確保しておく必要があります」


 金目は、うなずいた。


「……せやな」


     *


「……高瀬さん」


 金目が言った。


「はい」


「傘立て、ほんまに作らなあかんな」


 高瀬は、少し笑った。


「……そうですね」


 西田が、顔を上げた。


「……何や、またその話か(笑)」


「せやで(笑)」


 金目は、少し笑った。


「今回、晴れとるうちに傘借りとけばよかったなって、ようわかったからな」


「……せやな」


「次は、必要になる前に準備しときたいんです」


     *


「……具体的には?」


 西田が尋ねた。


「まず、金融機関との関係をちゃんと続けることやな」


 金目が答えた。


「うん」


「それから、手元にどのくらい資金を残しておくべきか」


「……なるほど」


「あと、入金予定が一か月ずれた場合でも、給与や必要な支払いを続けられるようにしたい」


 高瀬は、うなずいた。


「では、必要な運転資金の水準と、利用可能な資金調達手段を整理します」


「お願いします」


     *


 西田は、金目を見た。


「……しかし、金目」


「何や?」


「ほんま、よう動いたな」


 金目は、少し考えた。


「……まあ、銀行さんには何回も行ったな(笑)」


「そっちもやけどな」


 西田は、少し笑った。


「八百万まで出してくれたやろ」


「……貸しただけやで」


「わかっとる」


 西田は、うなずいた。


「でも、ありがとうな」


 金目は、少し困ったように笑った。


「……ほな、ちゃんと返せるように頼むで」


「……任せとけ」


     *


 午後五時半。


 七月最後の営業日が終わろうとしていた。


 金目は、自席で月末の資金繰り表を確認していた。


 七月二十五日。


 給与支払い完了。


 七月二十六日。


 売掛金、二百五十万円入金。


 七月二十七日。


 追加融資、五百万円承認。


 七月三十一日。


 売掛金、二百万円入金。


 資金繰り表には、以前より確かな数字が増えていた。


     *


 金目は、八月の予定を開いた。


 新しい融資の実行。


 既存契約の検収。


 そして、営業部が進めている新しい商談。


 会社の再建は、まだ終わっていない。


 社員たちの不安も、すべて消えたわけではない。


 それでも、七月二十五日を乗り越えたことで、会社は次の仕事を続ける時間を得た。


 金目は、窓の外を見た。


 七月の終わり。


 大阪の空は、夕方の光に照らされていた。


 雨は、まだ完全には止んでいない。


 しかし、その向こうにある道は、以前より少しだけ見えるようになっていた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、七月二十五日から月末までのカナメをお届けしました。


心配されていた給与は、無事に予定どおり支払われました。


その翌日には二百五十万円の売掛金が入金され、さらに五百万円の追加融資も承認されました。


わずか一日違えば、資金繰りは大きく変わっていたかもしれません。


金目が貸し付けた八百万円は、会社が次の入金を迎えるまでの時間をつないだことになります。


一方、大本は次の仕事を生み出そうと動き、尾崎にも新しい道が見えてきました。


会社の再建と、社員それぞれの人生。


どちらも、まだ途中です。


そして金目たちは、今回の経験から、次の危機に備える「傘立て」を作ろうとしています。


雨が止むのを待つだけではなく、次の雨に備えること。


それもまた、会社を続けるために必要な仕事なのだと思います。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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