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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第五章 守りたいもの
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見えてきた道

 2034年7月10日、月曜日。


 大阪・本町。


 株式会社カナメでは、七月二十五日の給与支払日に向けた資金繰りの確認が続いていた。


 主要取引先の法的整理が判明してから、一か月余り。


 営業部では、新しい契約が一つ成立した。


 開発部では、課をまたいだ人員配置の調整が進んでいる。


 そして業務部では、金融機関との協議を並行して進めていた。


 会社を続けるための取り組みは、少しずつ前へ進んでいる。


 しかし、七月二十五日に必要な資金は、まだ確保できていなかった。


     *


 午前九時。


 業務部では、高瀬が三宅彩と資金繰り表を確認していた。


 七月に入ってから、資金繰りは毎営業日、更新されている。


 確定している入金。


 契約に基づく今後の入金予定。


 そして、まだ条件付きの入金見込み。


 それぞれを分けて管理していた。


「……三宅さん、先週確認していた入金予定、変更はありますか?」


「一部のお客様から、検収予定日の確認が取れました」


「ありがとうございます。入金日は?」


「契約どおり、八月末です」


 高瀬は、画面を確認した。


「……では、八月の入金予定に反映します」


 三宅は、うなずいた。


     *


 別の顧客からも、検収予定日について回答が届いていた。


 こちらの入金予定は九月だった。


 八月と九月。


 資金繰り表には、確認済みの入金予定が少しずつ増えていた。


 ただし、検収が完了したわけではない。


 高瀬は、確定入金とは別の区分に記録した。


「……先の見通しは、少しずつ具体的になってきましたね」


 三宅が言った。


「そうですね」


 高瀬は、七月二十五日の欄を確認した。


「ただ、今月の不足はまだ埋まっていません」


 三宅は、静かにうなずいた。


     *


 午前十時。


 金目が業務部へやってきた。


「……高瀬さん、今朝の数字どうですか?」


「八月以降の入金予定について、確認が進んでいます」


 高瀬は、資料を示した。


「ただし、七月二十五日までに使える資金は、依然として不足する見込みです」


 金目は、画面を見た。


 八月末。


 九月。


 そこには、契約に基づく入金予定が並んでいる。


「……先の方は、少し見えてきたな」


「はい。ただし、検収が予定どおり進むことが前提です」


「そこは混ぜんようにしよう」


 金目は、七月二十五日の欄へ目を移した。


「……問題は、こっちやな」


     *


「……高瀬さん」


「はい」


「八月以降の資金繰り、三つの条件で整理してもらえますか?」


「三つ、ですか?」


「確定している入金だけの場合。条件付きの入金が予定どおり入った場合。それから、融資が実行できた場合」


 高瀬は、うなずいた。


「承知しました」


「七月を乗り切ったとして、その先も続けられるか確認したいんです」


「そうですね」


 金目は、資料を閉じた。


「……今日は午後から銀行や。追加で必要な数字があったら連絡してな」


「承知しました」


     *


 午後二時。


 金目は、取引金融機関とのオンライン面談に参加していた。


 先週提出した新規契約の資料について、追加確認が行われている。


「……新しい契約については確認できました」


 担当者が言った。


「ありがとうございます」


「ただ、今回の契約だけでは、主要取引先の売上減少を補うには十分ではありません」


「承知しています」


 金目は、うなずいた。


「現在、ほかにも複数の商談を進めていますが、未契約のものは確定売上には含めていません」


 担当者は、資料を確認した。


     *


「……金目様」


「はい」


「今後の返済原資について、もう少し確認させていただきたいと思っています」


「もちろんです」


「特に、八月以降の売上見通しと、固定費の関係です」


 金目は、手元の資料を開いた。


「その点については、現在、条件別の試算を更新しています」


「承知しました」


「準備ができ次第、提出いたします」


 担当者は、うなずいた。


「ありがとうございます。ただし、七月中の融資実行については、現時点ではお約束できません」


「……承知しました」


     *


 面談を終えた金目は、高瀬へ連絡した。


『八月以降の試算について、金融機関から追加確認がありました。先ほどの三条件で整理をお願いします』


 返信は、すぐに届いた。


『承知しました。明日中に確認できるよう進めます』


 金目は、予定表を開いた。


 水曜日には、別の金融機関を二か所訪問する予定が入っている。


 相談先は増えた。


 しかし、融資の実行が決まった先は、まだ一つもなかった。


     *


 2034年7月11日、火曜日。


 午前。


 業務部では、高瀬が金融機関へ提出する資料を整理していた。


 金目から依頼された三つの条件。


 確定している入金だけを前提にした場合。


 条件付きの入金が予定どおり実現した場合。


 そして、金融機関からの融資が実行された場合。


 それぞれの資金繰りを比較する。


 条件付きの入金が予定どおり進めば、八月以降の状況は改善する可能性があった。


 しかし、七月二十五日の資金不足は、どの条件でも完全には解消していない。


     *


「……高瀬さん」


 三宅が声をかけた。


「はい」


「こちらの資料、金融機関ごとに分けますか?」


「共通部分は、一つの資料として管理しましょう」


「承知しました」


「提出先ごとに必要な情報だけを追加します」


 三宅は、うなずいた。


 金融機関への相談先は増えていた。


 しかし、そのたびに事業計画を作り直していては、業務部の仕事が回らなくなる。


 金目が以前から進めてきた業務の標準化が、こうした場面でも役に立っていた。


     *


 夜。


 尾崎達也は、自宅でメールを確認していた。


 先週、面談を受けた企業から、次の面談案内が届いていた。


「……次も話したいって」


 尾崎が言った。


「よかったやん」


 家族が答えた。


「……せやな」


 尾崎は、返信画面を見つめた。


 最初は、自分の経験が社外でも通用するのかを確かめるつもりだった。


 しかし、次の面談では、具体的な役割や条件について話すことになる。


「……ほんまに進むとは思ってへんかったわ」


「でも、ええことやろ?」


「……そうやな」


 尾崎は、日程を返信した。


 まだ退職すると決めたわけではない。


 ただ、会社の外にある選択肢が、少しずつ現実のものになっていた。


     *


 2034年7月12日、水曜日。


 午前十時。


 金目は、大阪市内の金融機関の応接室にいた。


 机には、事業計画と資金繰り表が並んでいる。


「……今回の主要取引先の件については、こちらの資料のとおりです」


 金目が説明した。


 担当者は、資料を確認した。


「事業継続に向けた方針は理解できました」


「ありがとうございます」


「ただ、現時点では、返済原資の確認が十分ではありません」


「承知しています」


「追加資料をお願いすることになると思います」


「よろしくお願いいたします」


 金目は、頭を下げた。


     *


 金融機関を出たあと、金目は次の予定を確認した。


 午後一時半。


 別の金融機関との面談。


 そのあと、会社へ戻って資金繰りの確認。


 金目は、高瀬へ短い連絡を送った。


『午前の面談終了。追加資料の依頼が来る見込みです』


『承知しました。共通資料で対応できる部分を確認します』


 金目は、スマートフォンを鞄へ戻した。


 銀行を一つ回ったところで、必要な資金が増えるわけではない。


 それでも、動かなければ選択肢は増えなかった。


     *


 午前十一時。


 営業部では、大本恭平が金目の予定表を確認していた。


「……松井さん」


「はい?」


「最近、社長あんまり見かけませんね」


 松井慎吾が顔を上げた。


「そうですね。今日も外出みたいです」


「……何してはるんでしょうね」


 そこへ、三宅彩が通りかかった。


「……社長のこと?」


「はい」


 三宅は、少し考えた。


「銀行回りちゃうかな」


「……銀行ですか?」


「うん。資金調達の話、ずっと進めてはるし」


 大本は、金目の空いている席を見た。


     *


「……大変そうですね」


 大本が言った。


「そうですね」


 松井が答えた。


「……俺らにできること、ないんでしょうか」


 松井は、少し考えた。


「銀行との交渉は、社長たちの仕事ですからね」


「……そうですよね」


「でも、営業部には営業部の仕事があります」


 大本は、うなずいた。


 そして、手元の資料へ目を戻した。


 先週、正式に受注した要件整理案件。


 まだ小さな仕事だった。


 しかし、その先には追加開発の可能性がある。


 大本は、資料を開き直した。


     *


 午後一時。


 大本恭平は、松井慎吾の席へ向かった。


「……松井さん、ちょっとええですか」


「はい。どうしました?」


「さっきの要件整理の件なんですけど」


 大本は、資料を開いた。


「お客様が次の開発工程へ進むかどうか判断するとき、何が必要になるんでしょうか?」


 松井は、少し考えた。


「要件整理の結果と、開発に必要な費用や期間でしょうね」


「……ですよね」


「何か考えていることがあるんですか?」


「要件整理が終わってから次の提案を考えるんやなくて、今から準備できることがあるんちゃうかなと思って」


 松井は、資料へ目を向けた。


     *


「……いいですね」


「ほんまですか?」


「はい。ただ、今回の契約で約束している成果物と、次の開発に向けた提案は分けましょう」


「……そうですね」


「追加の作業を無償で引き受けることになってもいけませんから」


 大本は、うなずいた。


「ほな、まずお客様が判断するために必要な情報を整理してみます」


「お願いします。西田さんにも確認しましょう」


 大本は、自席へ戻った。


 社長が銀行を回っている間に、自分ができること。


 新しい契約を一つ取っただけで、仕事が終わったわけではない。


 その先にも、顧客が必要としている仕事があるかもしれなかった。


     *


 午後二時。


 開発部では、西田が三人の課長を集めていた。


 田村洋介。


 尾崎達也。


 井上修一。


 議題は、今後の案件と人員配置だった。


「……ほな、一課から頼むわ」


 西田が言った。


「今の案件は予定どおり進んどる」


 田村が答えた。


「俺も一部の開発作業に入っとるけど、まだ配置先が決まってへん社員はおるな」


「……二課は?」


「担当が集中しとるところを分散させようと思っとる」


 尾崎が資料を示した。


「誰かが休んでも、仕事が止まらんようにしたいんよ」


「ええと思うで」


     *


「井上のところは?」


「運用の引き継ぎは進んどる。ただ、障害対応の最低体制は維持したい」


「そこは崩さんようにしよう」


 西田は、三人の資料を並べた。


 配置先が決まらない社員がいる一方で、仕事が集中している社員もいる。


 ただ人を移せば解決するわけではない。


 技術の違いもあれば、顧客との約束もある。


「……それと、もう一つ」


 西田が言った。


「何や?」


 田村が尋ねた。


「課長がおらんときでも、日常業務が止まらんようにしときたい」


 尾崎が、少し顔を上げた。


「……なるほど」


「今後、急な休みや配置変更があるかもしれんからな」


 井上がうなずいた。


「判断が必要な仕事と、普段の作業を分けといた方がええな」


「二課も整理しとくわ」


 尾崎が答えた。


     *


 会議を終えたあと。


 尾崎は、自席で担当者の一覧を見直していた。


 自分がいなくても、仕事が続くようにする。


 課長としては、当然の仕事だった。


 しかし、今の尾崎には、別の意味もあった。


 金曜日には、二度目の転職面談がある。


 まだ辞めると決めたわけではない。


 それでも、自分がこの会社を離れる可能性を、以前より具体的に考えるようになっていた。


 尾崎は、担当者ごとの役割を整理し始めた。


     *


 午後三時半。


 大本は、小坂千尋と西田へ相談していた。


「今回の要件整理で、お客様が次の工程を判断しやすくなるようにしたいと思っています」


 大本が説明した。


「具体的には?」


 小坂が尋ねた。


「必要な機能の優先順位と、開発を進める場合の概算規模を整理できないかと考えています」


 西田は、資料を確認した。


「方向性はええと思うで。ただ、詳細な見積もりまでやるなら別の作業になる」


「……そうですね」


「今回の契約でできることと、次の提案としてやることは分けよう」


 大本は、うなずいた。


     *


「……大本さん」


 小坂が尋ねた。


「はい」


「どうして、そこまで考えたんですか?」


 大本は、少し考えた。


「……社長、最近ずっと銀行を回ってはるじゃないですか」


「はい」


「僕らが銀行へ行っても、できることは少ないと思うんです」


「そうですね」


「でも、営業部には営業部で、できることがあると思って」


 大本は、資料を見た。


「……今の仕事を、次の仕事につなげたいんです」


 小坂は、少し黙った。


 そして、うなずいた。


「……いいと思います」


「ありがとうございます」


「では、今回の契約範囲でできることを整理しましょう」


「はい!」


 西田も、うなずいた。


「開発部でも協力するで」


     *


 午後五時半。


 金目が、金融機関との面談から戻ってきた。


 鞄を置くと、すぐに高瀬から届いた資料を開いた。


 追加資料の依頼。


 融資の審査状況。


 そして、七月二十五日の資金繰り。


 どれも、まだ結論は出ていない。


 そこへ、小坂から連絡が届いた。


『大本が、新規案件の次工程につながる提案を検討しています。契約範囲を守りながら、開発部と調整中です』


 金目は、少しだけ笑った。


『ありがとうございます。引き続きお願いします』


 金目は、椅子の背もたれに体を預けた。


 銀行を二か所回っても、融資は決まらなかった。


 それでも、会社の中では次の仕事を作ろうとしている社員がいる。


 金目は、もう一度画面へ向き直った。


 明日、確認しなければならない数字があった。


     *


 2034年7月13日、木曜日。


 午後三時。


 金目は、高瀬と会議室で向き合っていた。


 机の上には、更新された資金繰り表がある。


「……高瀬さん、今日の数字、どうですか?」


「更新できています。こちらをご覧ください」


 高瀬が、資料を共有した。


 七月二十五日までに必要な資金。


 二千六百万円。


 七月十三日時点の現預金。


 九百万円。


 七月二十五日までに確実に入金される予定の資金。


 五百万円。


 差額。


 千二百万円。


     *


「……千二百万か」


 金目が言った。


「はい。現時点での不足見込みです」


 高瀬は、資料を切り替えた。


「なお、二千六百万円には、給与だけでなく、期日までの外注費や固定費も含んでいます」


「うん」


「金融機関からの融資については、実行が確定していないため、まだ加えていません」


「それでええと思います」


 金目は、数字を見直した。


 必要資金、二千六百万円。


 確保見込み、一千四百万円。


 不足、千二百万円。


 これまでにも何度も確認してきた資金繰り表だった。


 しかし、今は不足額が具体的な数字として目の前にある。


     *


「……ちなみに、高瀬さん」


 金目が尋ねた。


「はい」


「この先、入金予定が確定したら、どのくらい改善しそうですか?」


「現在確認中の入金が、予定どおり確定すれば、一定の改善は見込めます」


「なるほど」


「ただし、全額を確保できるかどうかは、まだわかりません」


 金目は、うなずいた。


「……せやな」


 高瀬は、もう一つの資料を開いた。


 八月。


 九月。


 契約済みの案件から見込める入金が、少しずつ並んでいる。


 条件付きのものもあるが、以前より見通しは具体的になっていた。


     *


「……八月以降は、少し見えてきたんよな」


 金目が言った。


「はい。少なくとも、以前より判断材料は増えています」


「ただ、今月を越えられへんかったら意味ないな」


「そうですね」


 金目は、七月二十五日の欄へ目を戻した。


「……七月二十日までに、どこまで詰められそうですか?」


「入金予定の確認と、金融機関からの回答次第です」


「なるほど」


「ただし、現時点では、全額を確保できるとは申し上げられません」


 金目は、少し考えた。


「……ほな、まだ全部動かしましょう」


     *


「銀行も、入金確認も、止めんといてください」


 金目が続けた。


「承知しました」


「七月二十日には、社員へ見通しを報告せなあかんので」


「はい」


「その時点で何が決まっていて、何が決まっていないのか、ちゃんと伝えたいんです」


 高瀬は、うなずいた。


 金目は、資料を閉じなかった。


 千二百万円。


 簡単に埋まる金額ではない。


 しかし、まだ十二日ある。


 金目は、翌日の金融機関との予定を確認した。


     *


 通常の確認を終えたあと。


 金目は、高瀬だけを呼び止めた。


「……高瀬さん、ちょっとだけええですか」


「はい」


 会議室の扉が閉まっていることを確認してから、金目は声を落とした。


「……念のため、確認しときたいことがあるんです」


「何でしょうか」


「仮に、最後の最後で百万円とか二百万円だけ足らんかった場合なんですけど」


 高瀬は、金目を見た。


「……はい」


「その程度なら、短期間で何とかできる方法ってありますよね」


 高瀬は、少し考えた。


「……ございます」


     *


「……その場合、手続きだけ先に確認しといてもらえますか」


 金目が言った。


「承知しました」


「ただし、まだ使うと決めたわけではありません」


「はい」


「会社としての資金調達は、引き続き全部進めてください」


「もちろんです」


 金目は、うなずいた。


「……この件は、ひとまず二人だけで」


 高瀬は、少し間を置いた。


「……承知しました」


     *


 高瀬は、確認事項を記録した。


 役員からの短期借入。


 必要な社内手続き。


 資金の受け入れ方法。


 そして、給与支払いに間に合わせるための期限。


 想定額は、百万円から二百万円。


 金目は、それ以上の金額について何も言わなかった。


 高瀬は、確認結果だけを金目へ伝えることにした。


 ほかの社員へ、この話をすることはなかった。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、七月中旬のカナメをお届けしました。


金目は金融機関を回り、資金調達のために奔走しています。


その一方で、大本は新しく受注した仕事を、さらに次の仕事へつなげようと動き始めました。


社長が会社の外でできることを進め、社員たちもそれぞれの場所で自分にできることを考えています。


そして、八月以降の入金見通しには、少しずつ改善の兆しが見えてきました。


しかし、七月二十五日までの資金不足は、まだ一千二百万円。


会社がこの先も続けられる可能性が見えてきたことと、目の前の支払いに間に合うことは別の問題です。


金目は最後に、高瀬へ小さな確認をしました。


その確認が何につながるのかは、まだわかりません。


給与支払日まで、あと十二日。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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