残る理由
2034年6月20日、火曜日。
大阪・本町。
株式会社カナメでは、二日後に迫った全社員説明会に向けて、事業方針の整理が進められていた。
六月二十二日。
金目は、その日までに今後の事業方針を一次報告すると社員たちへ約束している。
会社として、何を続けていくのか。
どの程度の仕事が残っているのか。
そして、今いる社員たちに、どのような仕事を用意できるのか。
前回の説明会で、社員から問われたことだった。
金目たちは、その答えを探していた。
*
午前九時。
金目、西田、高瀬、小坂の四人が、会議室に集まっていた。
画面には、三つの事業見通しが表示されている。
確定している契約だけを前提にした場合。
継続する可能性が高い案件を、条件付きで加えた場合。
そして、新しい商談の一部が受注につながった場合。
高瀬は、それぞれの条件を説明していた。
「……こちらが、現時点での試算です」
「ありがとうございます」
金目が答えた。
*
「まず、確定している契約だけを前提にした場合です」
高瀬が言った。
「はい」
「今の社員全員の給与と、会社の固定費を継続して賄うには、十分ではありません」
金目は、資料を確認した。
「……せやな」
「次に、継続する可能性が高い案件を加えた場合です」
「はい」
「こちらは、一定の改善が見込めます。ただし、まだ契約条件が確定していないものも含まれています」
「なるほど」
「そして、新しい商談の一部が受注できた場合です」
高瀬は、資料を切り替えた。
「こちらでは、売上の回復が進む可能性があります」
*
「……ただし」
高瀬が続けた。
「はい」
「受注が決まったとしても、実際に入金されるまでには時間があります」
「せやな」
「そのため、売上の回復と、直近の資金繰りの改善は分けて考える必要があります」
金目は、うなずいた。
「……なるほど」
小坂が口を開いた。
「営業部としては、もちろん受注を増やしたいと考えています」
「はい」
「ただ、まだ決まっていない案件を、確定した売上として扱うことはできません」
「せやな」
金目が答えた。
*
「……金目」
西田が言った。
「何や?」
「開発部の方も、同じやで」
「うん?」
「新しい案件が取れたら、配置できる社員は増えると思う」
「せやな」
「ただ、どんな案件でも対応できるわけちゃうし、準備期間も必要や」
「……なるほど」
「それに、今ある仕事をちゃんと続ける体制も残さなあかん」
金目は、うなずいた。
「……せやな」
*
金目は、三つの資料を見比べた。
確定している仕事。
継続するかもしれない仕事。
そして、まだ受注していない仕事。
どれも、会社を続けるために必要な情報だった。
しかし、同じ確実さで扱うことはできない。
「……一番ええ数字を見せたら、安心してもらえるかもしれん」
金目が言った。
高瀬が顔を上げた。
「はい」
「でも、それで判断を間違えてもらったら困るんよ」
金目は、資料を見た。
「……ほな、三つとも見せましょうか」
*
「三つとも、ですか?」
高瀬が確認した。
「はい」
「ただし、前提条件をちゃんと分けてください」
「承知しました」
「確定している数字と、仮定に基づく数字を、同じように見せたくないんです」
「そうですね」
小坂がうなずいた。
「営業部の資料も、確度ごとに整理しておきます」
「お願いします」
西田も、資料を確認した。
「開発部は、それぞれの条件で必要な人員を整理するわ」
「頼むで」
*
午後二時。
金目、西田、小坂の三人が、今後の事業方針について話し合っていた。
これまでカナメは、主要取引先からの継続的な案件を中心に、事業を拡大してきた。
しかし、その取引先が法的整理に入ったことで、売上の大きな割合を失うことになった。
同じ構造のまま、新しい大口取引先を探すだけでよいのか。
金目は、その点を考えていた。
*
「……小坂さん」
金目が尋ねた。
「はい」
「今後、営業部としては、どんな仕事を増やしていくのがええと思います?」
小坂は、少し考えた。
「まず、現在のお客様との関係を大切にしたいと思っています」
「はい」
「そのうえで、追加開発や運用支援など、継続的なお取引につながる仕事を増やしたいです」
「なるほど」
「ただし、今回のように、一社への依存が大きくなりすぎないようにする必要があります」
「……せやな」
*
「……西田はどうや?」
金目が尋ねた。
「俺も、今おる社員の経験を生かせる仕事を中心にしたいと思っとる」
「うん」
「新しい分野に挑戦するんもええけど、今は準備に時間がかかる仕事ばっかり増やしても困るやろ」
「……せやな」
「まずは、今ある技術と経験で、ちゃんと価値を出せる仕事やな」
小坂がうなずいた。
「そうですね」
*
「……ほな、方向性は見えてきたな」
金目が言った。
「せやな」
西田が答えた。
「既存のお客様との仕事を続ける」
「うん」
「そのうえで、新しい開発案件と運用支援を増やす」
「せやな」
「ただし、特定のお客様に依存しすぎないようにする」
小坂がうなずいた。
「その方針でよいと思います」
金目は、資料に記録した。
*
2034年6月21日、水曜日。
午前十時。
業務部では、三宅彩が高瀬と説明会用の資料を確認していた。
売掛金の回収状況。
今後の支払予定。
そして、資金繰りの見通し。
どれも、社員たちが会社の状況を判断するために必要な情報だった。
ただし、取引先の機密情報や金融機関との交渉内容まで、すべて開示できるわけではない。
*
「……高瀬さん」
三宅が声をかけた。
「はい」
「こちらの数字、社員さんが見たら不安になるかもしれませんね」
高瀬は、資料を確認した。
「そうですね」
「ただ、現状を正確に伝える必要もあります」
「……せやな」
三宅は、うなずいた。
「どこまで説明するか、難しいですね」
「はい」
*
そこへ、金目がやってきた。
「……資料、どうですか?」
「現在、確認しているところです」
高瀬が答えた。
「ありがとうございます」
三宅が、資料を示した。
「……金目さん、こちらの数字なんですけど」
「はい」
「社員さんが見たら、少し不安になるかもしれません」
金目は、資料を確認した。
「……せやな」
少し考えた。
「でも、知らんまま判断してもらう方が怖いんです」
*
「もちろん、何でも全部出したらええわけちゃうと思います」
金目が続けた。
「はい」
「取引先の情報や、金融機関との交渉内容は守らなあかん」
「そうですね」
「ただ、社員が自分の将来を考えるために必要なことは、できるだけ伝えたいんです」
三宅は、うなずいた。
「……わかりました」
「ほな、開示できる範囲を整理しましょうか」
「承知しました」
高瀬が答えた。
*
午後。
高瀬は、説明会資料の最終確認を進めていた。
確定している契約。
条件付きの売上見込み。
新規商談が進んだ場合の試算。
そして、今後の資金繰り。
資料には、前提条件と確認日時が記載されている。
金目は、内容を確認した。
「……これで、今わかっていることは伝えられそうですね」
「はい」
「ただし、今後の状況によって数字は変わります」
「せやな」
「そこも、ちゃんと説明しましょう」
*
2034年6月22日、木曜日。
午後四時。
開発部では、田村、尾崎、井上が、それぞれ翌週の予定を確認していた。
午後五時からは、三度目の全社員説明会が予定されている。
田村は、課をまたいだ配置調整の資料を開いた。
尾崎は、今後の担当案件を確認していた。
井上は、運用契約の継続状況を整理していた。
それぞれ、会社の今後について気になることがあった。
*
「……今日、どこまで話してくれるんやろな」
尾崎が言った。
「事業方針の一次報告やろ」
田村が答えた。
「せやな」
「今後どんな仕事を続けるんか、そこは聞けると思うで」
井上がうなずいた。
「運用の方も、今後どう扱うんか確認したいな」
「……せやな」
尾崎は、予定表を閉じた。
*
同じ頃。
業務部では、福原奈央が相談窓口へ寄せられた質問の傾向を整理していた。
給与について。
雇用について。
そして、今後の働き方について。
個人を特定できる内容は含めず、会社として回答が必要な項目だけをまとめている。
三宅が、隣から声をかけた。
「……福原さん、準備できた?」
「はい」
「ほな、今日は聞く側やな」
福原は、少し笑った。
「……そうですね」
三宅も、うなずいた。
*
午後五時。
株式会社カナメの第3回全社員説明会が始まった。
画面には、社員たちの名前が並んでいる。
会議室には、金目、西田、高瀬、小坂が座っていた。
金目は、参加者の一覧を確認した。
そして、マイクを入れた。
「……皆さん、お疲れさまです」
少し間を置いた。
「今日は、先週お約束した、今後の事業方針についてお話しします」
社員たちは、静かに聞いていた。
「ただし、最初にお伝えしておきたいことがあります」
金目は、資料を開いた。
「今日お伝えするのは、現時点での一次報告です」
「会社の再建が決まったわけではありません」
金目は、少し考えた。
「……それでも、会社として何を続けていくのか」
「そして、何がまだ決まっていないのか」
「そこを、できるだけ具体的にお伝えしたいと思っています」
高瀬が、資料を共有した。
画面には、三つの事業見通しが表示された。
確定している契約だけの場合。
継続する可能性がある案件を加えた場合。
そして、新しい商談の一部が受注につながった場合。
金目は、その資料を見ながら、説明を始めた。
*
「……まず、確定している契約だけを前提にした場合です」
金目が説明を始めた。
「この条件では、現在の社員全員の給与と、会社の固定費を継続して賄うには十分ではありません」
画面には、最も保守的な事業見通しが表示されていた。
社員たちは、静かに資料を見ている。
「次に、継続する可能性が高い案件を加えた場合です」
金目は、資料を切り替えた。
「こちらでは、一定の改善が見込めます」
「ただし、まだ契約条件が確定していないものも含まれています」
*
「そして、三つ目が、新しい商談の一部を受注できた場合です」
画面には、回復を想定した試算が表示された。
「この条件では、売上が回復する可能性があります」
金目は、少し間を置いた。
「ただし、受注できることを保証するものではありません」
「また、受注が決まっても、実際に入金されるまでには時間がかかります」
高瀬が補足した。
「そのため、売上の回復と、直近の資金繰りの改善は分けて考える必要があります」
金目は、うなずいた。
*
「……では、会社として何を続けていくのか」
金目が続けた。
「現在のお客様との契約を大切にしながら、新しい開発案件と運用支援を増やしていきたいと考えています」
資料には、今後の事業方針が並んでいた。
既存契約の維持。
新規開発案件の獲得。
運用支援の拡大。
そして、特定の大口取引先への依存を減らすこと。
「今回、主要取引先の法的整理によって、会社の売上が大きく減ることになりました」
「同じことを繰り返さないためにも、事業の構造を見直したいと思っています」
*
「開発部については、現在の三課体制を維持します」
西田が説明を引き継いだ。
「ただし、案件の状況に応じて、課をまたいだ人員配置を進めています」
「今ある仕事を続けるために必要な体制を維持しながら、別の案件へ参加できる社員についても調整しています」
西田は、少し考えた。
「ただ、現時点では、全員分の仕事を確保できているわけではありません」
画面の向こうで、田村は資料を見ていた。
尾崎も、黙って聞いていた。
*
「……ここまでが、現在の事業方針です」
金目が言った。
「会社としては、今後も事業を続けるために、できることを進めていきます」
「ただし、現時点で社員全員の雇用を維持できると保証することはできません」
少し間を置いた。
「……では、ご質問をお願いします」
*
最初に手を挙げたのは、開発部の社員だった。
「……社長、質問してもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
「会社として、何を続けたいのかはわかりました」
「ありがとうございます」
「でも、私がここに残る理由は、何なんでしょうか?」
金目は、顔を上げた。
社員は、続けた。
「今の仕事が続く保証はない」
「はい」
「給与も、今後ずっと支払えるとは言えない」
「……そうですね」
「それでも、カナメに残ることを選ぶ理由を、会社として説明できますか?」
*
金目は、少し考えた。
「……今の段階で、残った方がよいと断言することはできません」
社員は、黙って聞いていた。
「ただ、会社として、皆さんの経験を生かせる仕事を増やそうとしています」
「はい」
「今ある仕事を続けながら、新しい案件へ参加できる可能性も探しています」
「……なるほど」
「そのうえで、皆さんが今後どんな仕事をしたいのかも、確認していきたいと思っています」
社員は、少し考えた。
*
「……でも、それは」
社員が続けた。
「はい」
「ほかの会社でもできることですよね」
金目は、言葉を止めた。
「……そうですね」
「それなら、今のカナメに残る意味は、何なんでしょうか?」
会議室が静かになった。
金目は、資料を見た。
確定している仕事。
まだ見込みの仕事。
そして、今後の事業方針。
どれも、社員が残る理由として十分とは言えなかった。
*
「……正直に申し上げると」
金目が答えた。
「今のカナメに残ることが、ほかの会社へ移るよりもよい選択だと、私からは言えません」
社員は、静かに聞いていた。
「ただ、これまで一緒に仕事をしてきた皆さんと、これからも仕事を続けたいと思っています」
「はい」
「そのために、会社を立て直そうとしています」
金目は、少し考えた。
「……それが、今の私からお伝えできることです」
*
「……社長、もう一つ聞いてもよろしいでしょうか」
社員が続けた。
「もちろんです」
「先週の説明会で、社長はおっしゃいましたよね」
「はい」
「もし自分が社員だったら、転職も選択肢として考える、と」
「……はい。申し上げました」
社員は、少し間を置いた。
「では、改めてお聞きします」
金目は、画面へ目を向けた。
「社長が今、この会社の一従業員だったとしたら」
社員は、まっすぐに尋ねた。
「……残りますか。それとも、転職しますか?」
*
会議室が静かになった。
西田も、高瀬も、小坂も、金目へ目を向けた。
金目は、すぐには答えなかった。
会社を立て直したい。
社員たちと、これからも仕事を続けたい。
しかし、それは経営者としての自分の思いだった。
今、問われているのは違う。
会社の将来を決める権限を持たず、毎月の給与で生活する一人の社員だったら、どうするのか。
金目は、少し考えた。
*
「……今の情報だけで判断するなら」
金目が答えた。
「私は、転職活動を始めると思います」
画面の向こうで、何人かの社員が顔を上げた。
西田も、黙って聞いていた。
「……転職する、ということですか?」
社員が確認した。
「いえ。今すぐ辞めるという意味ではありません」
金目は、首を横に振った。
「会社への愛着はあると思います。今まで一緒に働いてきた仲間もいますから」
「はい」
「ただ、それと自分の将来をどうするかは、分けて考えると思います」
*
「……では、ほかによい会社があれば、転職するということですか?」
社員が尋ねた。
「条件次第ですね」
金目は答えた。
「今の会社に残ることと、別の会社へ移ること」
「はい」
「どちらが自分にとってよい選択なのかは、常に考えると思います」
社員は、少し黙った。
「……社長ご自身が、そう考えるんですね」
「はい」
金目は、うなずいた。
「それは、経営についても同じです」
*
「……経営も、ですか?」
「はい」
「今のやり方を続けることが、本当に一番よいのか」
「ほかに、もっとよい方法はないのか」
金目は、少し考えた。
「……それは、今この場でも考えています」
社員たちは、静かに聞いていた。
「会社を続けたいという気持ちはあります」
「ただ、その気持ちだけで、今のやり方に固執してはいけないと思っています」
*
「……では、社長」
社員が尋ねた。
「はい」
「今の会社を続けること自体も、選択肢の一つということですか?」
金目は、うなずいた。
「……そうですね」
少し間を置いた。
「会社を続けることが、本当に一番よい選択なのか。それも考えなければならないと思っています」
社員たちは、静かに聞いていた。
「ただし、私は経営者です」
金目は、続けた。
「ここで働く皆さんと、その先にいるご家族の生活にも、責任があります」
「はい」
「ですから、自分の気持ちだけで会社を続けるとも、諦めるとも決められません」
*
「……それでも、今は続けるべきだと?」
社員が尋ねた。
「はい」
金目は、うなずいた。
「現時点では、事業を続けるために、まだできることがあると判断しています」
「ただ、それが最善なのかは、これからも確認し続けます」
「……なるほど」
「皆さんに残ってほしいという思いはあります」
「でも、その思いだけで、皆さんの人生を縛るわけにはいきません」
金目は、少し考えた。
「だからこそ、会社の状況をお伝えして、皆さんにもご自身で判断していただきたいんです」
*
「……ありがとうございます」
社員が言った。
「こちらこそ、ありがとうございます」
金目は、うなずいた。
「厳しい質問だったと思います」
社員は、少し笑った。
「……はい。正直、迷いました」
「でも、聞いていただいてよかったと思います」
金目は、少し考えた。
「……私が同じ立場ならどうするか。それを考えることも、経営者として必要やと思いますので」
社員は、静かにうなずいた。
そして、マイクを切った。
*
「……社長」
別の社員が手を挙げた。
「はい」
「もし来月、もっと条件のよい会社から内定をもらったら、どう思われますか?」
金目は、少し考えた。
「残ってほしいとは思います。まずご本人の考えを聞いて、会社から提示できる仕事や条件があれば、お伝えします。ただ、そのうえで選ばれる道は、尊重したいと思っています」
社員は、少し黙った。
「……わかりました」
*
午後六時。
高瀬が、資金繰りの資料を共有した。
「続いて、今後の給与支払いについてご説明します」
社員たちは、画面へ目を向けた。
「六月の給与については、予定どおり支払える資金を確保しています」
「ただし、七月二十五日の給与については、現時点で支払いを保証できる状況ではありません」
画面の向こうで、社員の一人が手を挙げた。
「……質問してもいいでしょうか」
「もちろんです」
高瀬が答えた。
*
「前回、給与支払いの見通しを伝える期限を決めるとおっしゃっていましたよね」
「はい」
「その期限は、もう決まっているんでしょうか?」
高瀬は、資料を確認した。
「はい。現在、資金繰り上の判断期限を設定しています」
「……具体的には、いつですか?」
高瀬は、少し考えた。
金目が口を開いた。
「……高瀬さん、ここは日付をお伝えしましょう」
「承知しました」
*
「七月二十五日の給与支払いについては、七月二十日までに、会社としての見通しをお伝えします」
高瀬が説明した。
「……七月二十日、ですか」
社員が確認した。
「はい」
「ただし、その時点で支払いが確定しているとは限りません」
社員は、少し黙った。
「……それって、支払日の五日前ですよね」
「はい」
「もしその日に支払えないと言われても、私たちは何もできないんじゃないでしょうか?」
金目は、顔を上げた。
*
「……おっしゃるとおりです」
金目が答えた。
「七月二十日まで何もお伝えしないということではありません」
「はい」
「毎週の報告で、資金調達と資金繰りの状況を共有します」
「……なるほど」
「そして、七月二十日には、会社として給与支払いの見通しを改めて判断し、お伝えします」
社員は、少し考えた。
「……わかりました」
しかし、その表情から不安が消えたわけではなかった。
*
「……もう一つ、確認させてください」
別の社員が発言した。
「はい」
「七月二十日の時点で、資金が足りなかった場合はどうするんでしょうか?」
金目は、少し考えた。
「……その場合は、別の資金調達方法も含めて検討します」
「具体的には?」
「金融機関との協議を続けながら、会社として取り得る方法を確認しています」
「……それは、まだ決まっていないということですね」
「はい」
金目は、うなずいた。
「現時点では、確定していません」
*
社員は、少し黙った。
「……社長」
「はい」
「私たちは、会社を信じて待つしかないんでしょうか?」
金目は、すぐには答えなかった。
会社を信じてほしい。
できることなら、そう言いたかった。
しかし、信じてもらうことと、生活を預けてもらうことは違う。
「……待つしかない、とは思っていません」
金目が答えた。
「皆さんには、ご自身の生活を守るために、必要な判断をしていただきたいと思っています」
「……そうですか」
「そのために、会社として確認できたことは、これからもお伝えします」
*
午後六時半。
金目は、画面に並ぶ社員たちの名前を見渡した。
「……ほかに、ご質問はありますか?」
しばらく待った。
新しい質問は出なかった。
「……では、本日はここまでにしたいと思います」
金目は、少し間を置いた。
「今日お伝えした事業方針は、現時点での一次報告です」
「今後も状況が変われば、その都度見直していきます」
社員たちは、静かに聞いていた。
「七月二十五日の給与支払いについては、七月二十日までに改めて見通しをお伝えします」
「ただし、それまで何もお知らせしないということではありません」
「引き続き、毎週の報告を続けていきます」
*
「……最後に」
金目が続けた。
「会社としては、今後も事業を続けるために、できることを進めていきます」
「ただし、皆さんには、それぞれの生活があります」
「会社に残ることも、別の道を選ぶことも、ご自身で考えていただきたいと思っています」
金目は、少し頭を下げた。
「本日は、ありがとうございました」
オンライン会議が終了した。
画面に並んでいた社員たちの名前が、一つずつ消えていった。
*
最後の参加者が退出すると、会議室には金目、西田、高瀬、小坂の四人が残った。
「……お疲れさまでした」
高瀬が言った。
「ありがとうございます」
金目が答えた。
小坂は、説明会の記録を確認していた。
「……今回も、厳しい質問が多かったですね」
「せやな」
西田が答えた。
「ただ、前回より具体的になってきたと思います」
高瀬が続けた。
「給与の支払い時期や、会社としての判断期限について、確認したいという質問が増えています」
金目は、うなずいた。
「……そら、そうですよね」
*
「……金目」
西田が声をかけた。
「何や?」
「さっきの質問、よう答えたな」
「……どれや?」
「自分が社員やったら、転職活動始めるいう話や」
金目は、少し考えた。
「……ああ」
「正直、ちょっと驚いたで」
「……せやろな」
金目は、少し笑った。
「でも、嘘ついて残ってもらうわけにはいかんやろ」
西田は、うなずいた。
「……それは、そうやけどな」
*
会議室の外。
大本恭平は、給湯室へ向かう途中で足を止めていた。
扉が完全には閉まっておらず、中から西田の声が聞こえてきた。
「……俺ら、今この会社を残そうとしとるやろ」
「せやな」
「その社長が、自分やったら転職活動始める言うたんやで」
大本は、思わず顔を上げた。
先ほどの説明会で、一番驚いた発言だった。
*
「……でもな、西田」
金目の声が聞こえた。
「何や?」
「俺は、会社を諦めとるわけちゃうで」
「わかっとる」
「今の状況で、もっとええ方法がないか考え続けとるだけや」
「……せやな」
「社員にも、自分にとって何が一番ええんか考えてほしい」
金目は、少し間を置いた。
「……それを止める権利は、俺にはないと思うんよ」
西田は、うなずいた。
「……お前らしいわ」
*
大本は、会議室の扉を見た。
社長は、社員に残ってほしくないわけではない。
むしろ、残ってほしいからこそ、簡単に大丈夫とは言えないのかもしれない。
そう思った。
「……大本君?」
背後から声をかけられた。
「うわっ!」
振り返ると、松井慎吾が立っていた。
「……何してるんですか?」
「いや、その……」
大本は、会議室の方を見た。
松井も、少しだけ視線を向けた。
「……ああ」
そして、小さく笑った。
「気になるのはわかりますけど、行きましょうか」
「……はい」
二人は、その場を離れた。
*
「……松井さん」
「はい?」
「社長、ほんまに会社残したいんですよね」
松井は、少し考えた。
「そうだと思いますよ」
「……ですよね」
「ただ、それと会社が残せるかどうかは、別の話ですから」
大本は、うなずいた。
「……そうですね」
そして、給湯室へ向かった。
*
一方、会議室では、小坂が口を開いていた。
「……私からも、一つよろしいでしょうか」
「もちろんです」
金目が答えた。
「今日の説明で、社員の皆さんが会社の状況を理解するための材料は増えたと思います」
「はい」
「ただ、営業部としては、まだ確定していない案件が多いことも事実です」
「……せやな」
「ですので、来週は現在の商談を少しでも具体的な提案につなげたいと思っています」
金目は、うなずいた。
「お願いします」
「ただ、無理な条件で受注する必要はありません」
「承知しています」
*
「……開発部も、同じやな」
西田が言った。
「うん?」
「新しい案件が決まったときに、ちゃんと対応できるようにしとかなあかん」
「せやな」
「ただ、今の仕事を止めるわけにはいかんし、無理に人を動かすんも違う」
「……せやな」
「そこは、引き続き三課で調整するわ」
「頼むで」
*
「……高瀬さん」
金目が尋ねた。
「はい」
「資金繰りの方は、どうですか?」
「金融機関との協議は継続しています」
「はい」
「ただし、現時点では融資の実行時期が確定していません」
「……せやな」
「七月二十五日の給与支払いに向けて、引き続き入金予定と支出を確認します」
「お願いします」
高瀬は、うなずいた。
「七月二十日には、社員の皆さんへ見通しを報告できるように準備します」
*
「……ほな、来週もやることは多いな」
金目が言った。
「そうですね」
小坂が答えた。
「……ただ」
金目は、三人を見た。
「今日の説明会で、社員の皆さんに考えてもらう材料は渡せたと思うんです」
「はい」
「今度は、俺らが結果を出す番やと思っています」
西田がうなずいた。
「……せやな」
「営業部は、新しい仕事を探す」
「はい」
小坂が答えた。
「開発部は、今ある仕事を続けながら、新しい案件に対応できるようにする」
「了解」
西田が答えた。
「業務部は、資金繰りを確認して、必要な判断を支える」
「承知しました」
高瀬が答えた。
*
金目は、少し考えた。
「……それから、俺は」
三人が、金目を見た。
「会社として、どの選択肢を取るべきか考え続けます」
西田は、少し笑った。
「……それ、いつもやっとるやろ(笑)」
「……まあ、せやな(笑)」
小坂も、少し笑った。
高瀬は、資料を閉じた。
説明会は終わった。
しかし、会社としての判断が終わったわけではなかった。
*
午後七時。
金目は、自席へ戻った。
今日の説明会で使った資料が、画面に表示されている。
確定している仕事。
今後の受注見込み。
資金繰り。
そして、社員たちからの質問。
前回よりも、確認できたことは増えていた。
しかし、社員たちが本当に知りたいことには、まだ十分に答えられていない。
金目は、未回答事項の一覧を開いた。
そこには、新しい期限が記載されていた。
――七月二十日。給与支払いの見通しを報告。
*
金目は、説明会での質問を思い返した。
――社長が今、この会社の一従業員だったとしたら、残りますか。それとも、転職しますか?
金目は、転職活動を始めると答えた。
その答えが、社員たちにどう受け止められたのかはわからない。
ただ、今の会社の状況を考えれば、ほかの選択肢を調べることは自然な判断だった。
会社への愛着があることと、今の会社に残ることが最善であることは、同じではない。
そして、会社を続けたいと思うことと、会社を続けることが最善であることも、同じではなかった。
*
2034年6月22日、木曜日。
株式会社カナメでは、今後の事業方針が一次報告された。
会社として続けたい仕事は、少しずつ明確になってきた。
しかし、社員全員が残れるという答えは、まだ出ていない。
金目は、会社を続けるために、できることを進めていく。
同時に、その選択が本当に最善なのかも、考え続ける。
社員たちにも、それぞれの判断がある。
会社が残る理由と、社員が残る理由。
その二つは、必ずしも同じではなかった。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、カナメの今後の事業方針と、三度目の全社員説明会をお届けしました。
会社が何を続けていくのか。
そして、社員がその会社に残る理由は何なのか。
似ているようで、実は違う問いなのかもしれません。
今回、金目は「自分が社員だったら転職活動を始める」と答えました。
会社への愛着があっても、ほかによりよい選択肢がないか考えることはできる。
そして、それは経営についても同じこと。
金目にとって、会社を続けることさえ、常に考え直すべき選択肢の一つです。
ただし、経営者には社員と、その家族の生活に対する責任もあります。
だからこそ、気持ちだけで続けるとも、諦めるとも決められないのでしょう。
会社の将来は、まだわかりません。
それでも金目たちは、今できることを続けています。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




