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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第一章 気づけば、会社になっていた
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三人で回す仕事

 金目は、返信欄に打ち込んだ文字を消した。


『大丈夫です。来週までに対応できます』


 いつもなら、そのまま送っていた。


 依頼の内容は、以前に手がけた売上集計に近いものだった。


 新しく開く店舗でも、毎日の売上を簡単に確認できるようにしたい。できれば、翌週の営業開始までに使えるようにしてほしい。


 紹介してくれたのは、二店舗の集計を依頼してきた店主だった。


 難しい仕事ではない。


 少なくとも、金目にはそう見えた。


「……来週か」


 予定表を開く。


 平日は本業がある。週末には別の顧客との打ち合わせが入っている。


 自分で作る時間は、あまり取れそうにない。


 金目は、机の上に置いていた入出金予定表を手に取った。


 この表を作ってくれたのは、三宅という女性だった。


 いつも金目が見落としている数字を、きっちり指摘してくれる。


 先日も、整理した表を基に、入金と支払いの時期を一緒に確認してくれた。


「……来週も支払いあるんか」


 表には、外注費の支払い予定が記されていた。


 仕事が増えるのはありがたい。しかし、支払いの予定を考えずに引き受けてしまうと、あとで困ることになる。


 金目は表を戻し、スマートフォンの連絡先を開いた。


 西田。


 以前、同じ職場で働いていた同僚だ。


 先日の売上集計でも、金目とは違うやり方で、依頼人が欲しかったものをきちんと形にしてくれた。


「……今回も頼めるかな」


 ただ、西田にも本業がある。


 仕事を頼めるかどうかは、本人に聞いてみなければわからない。


 金目は依頼人への返信欄に、別の文章を打ち込んだ。


『ありがとうございます。対応できる範囲と日程を確認して、改めてご連絡します』


 送信する。


 それから西田に、依頼の概要を送った。


『新しい店舗の売上集計です。来週の営業開始までに使いたいそうなんですが、相談できます?』


 今度は、以前のような「ちょっとした表」だけでは終わらせなかった。


 必要そうな項目、元データの種類、希望日程。


 まだ確認できていないことも書いた。


 返事は、その日の夜に届いた。


『全部は厳しいけど、最初に使うところだけならいけると思う』


 続けて、もう一通。


『開店初日に何が要るか、先方に確認してもらえる?』


 金目は画面を見て、少し笑った。


「……また確認か」


 もっとも、今度は何を聞けばいいのかわかっていた。


     *


「営業開始までに必要なのは、日ごとの売上だけでええんですか?」


 翌日の昼休み、金目は依頼人に電話をかけた。


「できれば月ごとの集計も欲しいんですけどね」


「それは、開店初日から必要です?」


「いや、月末までにあれば十分ですわ」


「ほな、まず毎日の売上を記録して確認できるところまで作りましょうか。月の集計は、そのあとで」


 電話の向こうで、依頼人が少し考えた。


「それでも大丈夫なんですか?」


「はい。最初から全部揃えるより、営業を始めてから必要なものを確認した方がええ部分もありますし」


「なるほどなあ」


「ただ、売上の元データだけ先にもらいたいんです。今のレジから何が出せるか確認したいので」


「わかりました。今日中に送ります」


 電話を切った金目は、メモを整理した。


 開店前に必要なもの。


 開店後でもよいもの。


 顧客に確認してもらうもの。


 それを西田へ送る。


『この範囲なら、来週までにできそう?』


『うん。元データが予定どおり来れば大丈夫』


『了解。助かります』


 そこまで決まったところで、金目はスマートフォンの連絡先から三宅を選んだ。


 今回も何か指摘されるだろうか。


 そんなことを考えながら、通話ボタンを押す。


「もしもし、三宅さん。ちょっと新しい仕事の相談なんですけど」


「はい。今度はどんなお仕事ですか?」


 金目は今回の仕事の見積額と、西田に作業を依頼する予定であることを伝えた。


 顧客への請求は、最初の納品と残りの納品をまとめるつもりだとも説明した。


「なるほど。西田さんへのお支払いは、いつ頃の予定ですか?」


 金目は少し考えた。


 最初の納品は来週。


 残りの作業は、そのあと。


 顧客からの入金は、さらに先になる。


「先に一部を支払うことになると思います」


「わかりました。入金までの予定表に入れておきますね」


「お願いします」


「それと、今回は納品を分けるんですよね?」


「そうですね」


「請求書の内容も、それに合わせて確認させてください」


「はい。条件が決まったら送ります」


「よろしくお願いします」


 通話を終えた金目は、小さく息をついた。


「……ほんま、よう見てるなあ」


 西田が見ているのは、作るものと日程。


 三宅が見ているのは、金の動きと書類。


 同じ仕事の話をしているのに、二人が気にするところはまるで違った。


 金目は、その両方を踏まえて、依頼人へ正式な提案を送った。


     *


 依頼人から了承の返事が届いたのは、翌日の夕方だった。


 最初に日々の売上確認を使えるようにする。


 月次集計は、営業開始後に実際の運用を見て仕上げる。


 必要な資料と、それぞれの納品予定日も決まった。


 金目は西田に連絡した。


『先方から了承もらいました。予定どおりお願いします』


『了解。データ来たら始めるわ』


 続いて三宅へ、確定した条件を送る。


『確認しました。請求書の準備を進めておきます』


 それで、その日のカナメ事務所の仕事は一区切りついた。


 金目は時計を見た。


 午後九時。


 以前なら、ここから集計表を作り始めていたかもしれない。


 しかし、今日は作るものがない。


 西田が担当する部分は、西田に任せてある。


 三宅が確認する部分も、三宅に任せてある。


 金目が今やるべきことは、顧客から届く資料を確認して、西田に渡すことくらいだった。


「……なんか、変な感じやな」


 仕事を受けたのに、作業をしていない。


 それでも、仕事は進んでいる。


 金目はパソコンを閉じた。


     *


 数日後。


 金目は本業の会議に出席していた。


 会議室の画面には、開発計画が映し出されている。


 同僚が説明する内容を聞きながら、金目は手元の資料に目を通していた。


 カナメ事務所のことは、考えていなかった。


 考えても、今は何もできない。


 昼休みにスマートフォンを見ると、西田から連絡が入っていた。


『元データ確認できた。予定の範囲は進められそう』


 その下には、三宅からのメッセージもあった。


『今回の請求内容、確認用にまとめておきました。お時間のあるときに見てください』


 金目は二つの連絡を読み、返信した。


 西田には、予定どおり進めてもらうこと。


 三宅には、夜に内容を確認すること。


 それだけだった。


 午後の仕事を終えて帰宅すると、西田から試作品が届いていた。


 金目はパソコンを開いた。


 日付ごとの売上。


 その日の合計。


 店舗で確認したい数字だけが、見やすく並んでいる。


 以前の二店舗の集計とは、少し形が違っていた。


 今回は、開店直後の店で使うことを優先したのだろう。


 金目は何度か操作した。


 大きな問題はなさそうだった。


 ただ、一か所だけ気になるところがあった。


『ここ、日付が変わったときの扱いはどうなってる?』


 西田から、すぐに返事が来た。


『深夜営業があるか確認したかったから、まだ固定してへん。そこだけ先方に聞いてもらえる?』


『了解』


 金目は依頼人に確認の連絡を入れた。


 翌朝、回答が届く。


 深夜営業はなく、日付をまたぐ会計も基本的には発生しないという。


 その内容を西田へ伝えると、夕方には修正版が届いた。


 金目が作業した時間は、ほとんどなかった。


 それでも、必要な確認は済み、試作品は完成していた。


     *


 納品の日。


 金目は依頼人の店を訪ねた。


 開店準備の途中で、店内には新しい椅子が並んでいた。


 まだ使われていない厨房から、金属の器具が触れ合う音がする。


「お待たせしました」


「金目さん、ありがとうございます」


 金目はパソコンを開き、売上を確認する画面を見せた。


 日付を選ぶ。


 数字を入力する。


 合計を確認する。


 操作は難しくなかった。


 依頼人は説明を聞きながら、何度か自分で触ってみた。


「これやったら、店長にも任せられそうですわ」


「一回、店長さんにも使ってもらいましょうか」


「そうですね」


 呼ばれてきた店長は、最初こそ戸惑っていたが、何度か操作するうちに慣れてきた。


 金目は、説明を途中でやめた。


 店長が自分で画面を見ながら、操作を進めていたからだ。


「……あ、ここ押したらええんですね」


「そうです」


「これなら大丈夫そうです」


 金目はうなずいた。


 開店初日から使う部分は、これでよさそうだった。


 残りの月次集計は、実際の営業が始まってから確認する。


 その予定を伝えると、依頼人は安心したように笑った。


「最初から全部揃えなあかんと思ってましたわ」


「必要なときに揃えばええものもありますから」


「なるほどなあ」


 金目は、最後にもう一度、店長へ尋ねた。


「使いにくいところ、ありません?」


「今のところは大丈夫です」


「ほな、しばらく使ってみてください。気になることが出たら教えてもらえれば」


 店長はうなずいた。


 金目はパソコンを閉じた。


 最初の納品は、無事に終わった。


     *


 帰宅した金目は、今回の仕事の記録を整理していた。


 顧客との打ち合わせ、作業範囲と納期の調整、納品。


 西田と三宅に確認した内容も、一つずつ残していく。


 以前なら、仕事をしたという実感は、何かを作り終えたときにあった。


 今回は、作ったのは西田だった。


 金の動きを整理したのは三宅だった。


 金目がやったのは、その間をつなぐことだった。


 スマートフォンが震えた。


 西田からだった。


『今回みたいに条件が決まってたら、次も手伝えるで』


 金目は笑った。


『助かる。また相談するわ』


 続けて、三宅からも連絡が届いた。


『請求書の控え、こちらにも送ってくださいね。次回は忘れずにお願いします』


「……あ」


 金目は机の上の書類を見た。


 確かに、まだ送っていなかった。


『すみません。今送ります』


 送信してから、椅子にもたれた。


 仕事は終わった。


 正確には、最初の納品が終わっただけで、残りの作業はまだある。


 それでも、顧客は使い始められる。


 西田は次の作業を進められる。


 三宅は請求の準備を進められる。


 金目が全部を作らなくても、仕事は進んでいた。


「……俺、今日なんも作ってへんな」


 思わず笑った。


 それでも、今日の納品は終わっていた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、西田と三宅の名前が出てきました。


作るものと日程を考える西田、入出金と書類を確かめる三宅。同じ依頼でも、気になるところは違うようです。


まず開店に必要なものを届けた金目たちですが、月次集計の仕事はまだ残っています。


引き続き、カナメ事務所の歩みを見守っていただければ幸いです。

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