通帳には残っている
通帳には、まだ金が残っていた。
前なら、その数字を見て安心していた。
金目は、先日整理してもらった表を隣に開いた。
請求した金。入金された金。支払う金。
一つずつ分けると、思っていたほど手元に残らない。それは、もうわかった。
今度は、入金予定日と支払い予定日を見比べた。
外注費を払う方が、顧客から金が入るより早そうだった。
しかも、入金予定の中には、まだ請求書を出していない仕事もある。
「……この間は、通帳にある分で払うんか」
金目は、日付の欄に印を付けた。
利益が残る仕事でも、払う日に金が足りるとは限らない。
表の数字は読めるようになった。その順番まで見て、仕事を受けていただろうか。
*
「ここ、支払いの方が先になりますよね?」
数日後、金目は例の女性に、印を付けた表を見せた。
女性は、二つの日付を指で追った。
「そうですね。その間は、今あるお金から払うことになります」
「外注費と利用料を払ったら、これくらい残ると思うんですけど。抜けてるもの、ありません?」
金目が書き込んだ欄を、女性が確かめる。
「この経費はまだ払っていませんね。それから、税金のために残しておく分も考えましょう」
「ああ、そこ抜けてました」
金目は書き足した。
「入金の方も、一緒に見せてください」
女性は別の欄へ目を移した。
請求済みで、まだ入っていない金。
その下には、未請求の仕事がある。
「こちらは、納品してから請求する予定ですか?」
「はい。納品は来週です」
「入金は、いつ頃でしょう?」
「来月末やと思って、そこに入れたんですけど」
「先方の支払条件は確認しました?」
「……まだです」
自分で付けた印を見た。
支払いの方だけ確かめても、入ってくる日の見込みが違えば、残る金も変わる。
「まず、そこ聞いとかなあきませんね」
「はい。未確認の予定は、確定したものと分けておきましょう」
金目は日付の横に、『要確認』と書いた。
*
「ところで、金目さん」
「はい」
「新しいお仕事、また受けられたんですか?」
「ああ、はい。紹介がありまして」
「おいくらで?」
金目は金額を答えた。
女性は手元の資料に書き込んだ。
「外注は使います?」
「たぶん、またお願いすると思います」
「その方への支払いは、いつですか?」
「納品してもらったら、請求書を出してもらうつもりです」
「お客様からの入金は?」
「……確認してません」
女性はペンを止めた。
「金目さん」
「はい」
「仕事を受ける前に、そこも確認した方がいいですよ」
「ですよね」
金目は、新しい仕事の入金予定欄を空けたままにした。
外注費を払う時期も、相手と決めなければならない。
「先に払う仕事が重なったら、売上あっても困るんですね」
「はい。利益が出るかと、払う日に足りるかは、分けて見ておきましょう」
女性は、今後の入金と支払いを日付順に並べた。
その横で、残る見込みの金が変わっていく。
金目は、自分で付けた印をそこへ移した。
「仕事受ける前に、ここまで見とくんか」
「条件がわからなければ、まず確認ですね」
「はい。今夜、聞いてみます」
*
その夜。
金目は新しい依頼人に連絡を入れた。
仕事の内容を、もう一度確認するためだった。
何を作るのか。
どこまで対応するのか。
いつまでに納品するのか。
そして、いつ支払ってもらえるのか。
以前なら、最後の一つは聞かなかったかもしれない。
金の話をするのは、少し気が引ける。
しかし、仕事として引き受ける以上、曖昧にしておくわけにもいかない。
「お支払いの条件も、確認させてもらってええですか?」
電話の向こうで、依頼人は少し考えた。
「うちは月末締めの翌月末払いなんですけど、それで大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます」
金目は手帳に書き込んだ。
納品予定日。
請求予定日。
入金予定日。
それから、同僚に依頼する作業の予定を確認した。
外注費を払う時期も見えてくる。
まだ確定していないものは、確定していないと書いた。
以前より、少しだけ仕事の見え方が変わった。
金目は予定表を閉じた。
「……これ、毎回やるんか」
思わずため息が出た。
仕事を楽にするために始めた商売なのに、確認することが増えていく。
しかし、やらなければ後で困る。
それも、たぶん自分だけでは済まない。
手伝ってくれる人への支払いが遅れれば、その人も困る。
金目は、先ほどの表を開いた。
入金予定と支払い予定。
数字を並べるだけで、少し先のことが見える。
「……面倒やけど、これは要るな」
*
次の週末。
金目は、再び女性と会っていた。
「先方、月末締めの翌月末払いでした」
金目は、日付を書き直した表を出した。
「同僚に払う分も確認できたんで、ここに入れてます」
「ありがとうございます。これなら、入金までの間も見られますね」
「仕事受ける前に、確認すること増えました」
「いいことですね」
「ただ……」
金目は苦笑した。
「これ、毎月やるん面倒ですね」
女性は一瞬黙った。
それから、少しだけ目を細めた。
「金目さん」
「はい」
「お仕事で、面倒なことを楽にしているんですよね?」
「そうですね」
「ご自分のことは?」
「……まだできてません」
「でしょうね」
金目は笑った。
女性も笑った。
「そこで相談なんですけど」
「はい」
「来月も、数字を見てもらえません?」
女性は少し考えた。
「資料は、いついただけます?」
「月末までに揃えます」
「本当に?」
「……努力します」
「努力では困りますね」
「ですよね」
金目は頭をかいた。
「ほな、翌月の五日までに揃えます。それでどうです?」
「それなら、こちらも予定を組みやすいですね」
「報酬は、前と同じくらいでお願いできます?」
「作業量を見てから決めましょう」
「わかりました」
女性は手帳を開き、日付を書き込んだ。
「では、まず来月分も一度やってみましょうか」
「ありがとうございます。助かります」
「ただし」
「はい」
「資料が揃っていなかったら、できるところまでですよ」
「承知しました」
金目はうなずいた。
金目も手帳を開き、資料を揃える日を書き込んだ。
今度は、表を直してもらうだけでなく、毎月続けるための約束だった。
金目は、帰り際にもう一度礼を言った。
「ほんま、助かりました」
「いえ。お仕事ですから」
女性はそう言って、少し笑った。
*
帰宅した金目は、机の上に資料を広げた。
通帳の残高の横に、確認できた入金日と支払日が並んでいる。
未確定の欄は、空けたままにした。
金目は、翌月の予定表を開いた。
同僚に依頼する作業。
顧客との打ち合わせ。
納品予定。
請求予定。
そして、帳簿を整理してもらう日。
自分以外の人の予定が、少しずつ増えていた。
「……事務所っぽくなってきたな」
金目は小さく笑った。
同僚への支払いも、来月の整理を頼む日も、自分で決めた予定だった。
金目は、入金と支払いの予定表をもう一度開いた。
通帳には、まだ金が残っている。
しかし、その金には、これから果たさなければならない約束が含まれていた。
「……ちゃんと払わなあかんな」
誰に聞かせるでもなく、そうつぶやいた。
それから、翌月の予定を一つずつ確認し始めた。
請求書の控えを揃える欄にも、印を付けた。
来月は、約束した日までに渡さなければならない。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
前に整理してもらった数字を、今度は金目自身が日付で見直しました。
入る日と払う日を確かめること。そして、毎月の資料を揃えること。
助けてもらうために自分がする仕事も、少しずつ見えてきたようです。
次回もお付き合いいただければ幸いです。




