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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第五章 守りたいもの
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待てない理由

 午後二時。


 開発一課長の田村洋介は、西田との面談を控えていた。


 手元には、先週から整理してきた配置候補の一覧がある。


 担当者ごとの経験。


 現在の案件。


 別の案件へ移れる可能性。


 そして、まだ配置先が決まっていない社員。


 田村は、その一覧をもう一度確認した。


 空欄は、まだ残っている。


 ただ、今日、西田に聞きたいことは、それだけではなかった。


     *


「……一課の方は、ここまで確認できたで」


 田村が資料を共有した。


「ありがとう」


 西田が答えた。


「別案件へ移れそうな社員には、本人にも確認しとる」


「なるほど」


「ただ、まだ全員分は見つかってへん」


「……せやな」


「二課とも調整できそうなところはあるけど、仕事の総量が足らん」


 西田は、うなずいた。


「そこは俺も認識しとる」


 田村は、資料を閉じなかった。


「……それと、西田」


「何や?」


「俺自身のことも聞いてええか?」


     *


「もちろんや」


 西田が答えた。


「今後、一課の仕事が減ったとして」


「うん」


「俺には、何を期待しとる?」


 西田は、少し考えた。


「……今までどおり、課の仕事は見てもらいたい」


「うん」


「それに、課をまたいだ調整も頼みたいと思っとる」


「なるほど」


「田村は、部下の得意分野もよう把握しとるし、育成もやってきたやろ」


「……まあな」


「そこは、今後も必要な仕事やと思っとる」


     *


「……ただな」


 西田が続けた。


「うん?」


「今後、どれだけ案件が残るかは、まだわからん」


「せやな」


「だから、今と同じ仕事をずっと用意できるとは約束できへん」


 田村は、うなずいた。


「……わかっとる」


「でも、田村の経験が必要なくなったとは思ってへんで」


「……ありがとう」


 田村は、少し考えた。


「最近、部下の配置ばっかり考えとったんよ」


「せやな」


「でも、ふと思ってな」


「何や?」


「……俺自身は、何ができるんやろって」


     *


 西田は、黙って聞いていた。


「課長としての仕事は、ずっとやってきた」


 田村が続けた。


「うん」


「でも、昔みたいに自分で開発するんも、嫌いやないんよ」


「せやな」


「もし現場の仕事が必要なら、それも考えたい」


 西田は、うなずいた。


「ええと思うで」


「ほんまか?」


「もちろんや」


「課長やからって、開発の仕事したらあかんわけちゃうしな」


 田村は、少し笑った。


「……せやな」


     *


「ただ、田村」


 西田が言った。


「何や?」


「お前自身は、どうしたい?」


 田村は、すぐには答えなかった。


 部下の仕事を守りたい。


 課長として、できることを続けたい。


 それは、変わらない。


 しかし、今後の会社の状況によっては、自分自身の役割も変わるかもしれない。


「……まだ、わからんな」


 田村が答えた。


「せやろな」


「でも、考えてみるわ」


「うん」


「俺も、ずっと部下のことばっかり考えとるわけにはいかんしな」


 西田は、うなずいた。


     *


 面談を終えた田村は、自席へ戻った。


 担当者の配置一覧を開く。


 そこには、部下たちの名前が並んでいる。


 田村は、一覧の最後に一行追加した。


 田村洋介。


 経験分野。


 担当可能な業務。


 過去の開発経験。


 空欄を少しずつ埋めていく。


 自分自身も、この会社で働く一人だった。


     *


 午後三時。


 開発二課では、尾崎達也が翌週の作業予定を確認していた。


 先週の木曜日の夜、家族へ会社の状況を伝えた。


 週末には、一緒に家計を確認した。


 すぐに生活が立ち行かなくなるわけではない。


 しかし、会社の状況が長引けば、将来の見通しは変わってくる。


 尾崎は、家族から言われた言葉を思い返していた。


『……今すぐ辞めるって決めんでもええんちゃう?』


『せやな』


『でも、ほかにどんな仕事があるかくらい、調べといてもええと思うで』


 尾崎は、少し考えた。


『……そうやな』


     *


 尾崎は、担当案件の一覧を確認した。


 開発二課の仕事。


 ほかの課へ移せる可能性のある社員。


 そして、まだ次の仕事が決まっていない社員。


 課長として考えるべきことは、まだ多かった。


 しかし、それだけではなかった。


 尾崎は、個人の予定表を開いた。


 そして、業務時間外に一つ予定を入れた。


 ――職務経歴の整理。


 まだ、転職すると決めたわけではない。


 ただ、選択肢を知っておきたかった。


     *


 午後三時半。


 金目、西田、高瀬、小坂の四人が会議室に集まっていた。


 議題は、新しい受注の進め方。


 小坂は、既存顧客への追加提案候補を共有した。


「こちらの案件は、比較的短期間で着手できる可能性があります」


「なるほど」


 金目が答えた。


「ただし、通常の契約条件では、入金までに時間がかかります」


 高瀬が資料を確認した。


「そうですね」


「そこで、着手金や段階的な検収・請求を含めて、提案できないかと考えています」


「……なるほどな」


     *


「……ちょっとええか?」


 西田が口を開いた。


「何や?」


「段階的に検収するなら、開発工程も分ける必要があるで」


「そうですね」


 小坂が答えた。


「例えば、要件整理を独立した工程にする方法はありますか?」


「案件によるけど、できるものはあると思う」


「なるほど」


「ただ、成果物と検収条件は明確にせなあかん」


「承知しました」


     *


「資金繰りの観点では、入金時期を早められる可能性があります」


 高瀬が言った。


「せやな」


 金目が答えた。


「ただし、着手金をいただいても、その分だけ利益が増えるわけではありません」


「……なるほど」


「将来の作業に必要な費用も残しておく必要があります」


「せやな」


 金目は、資料を確認した。


「……ほな、受注額だけやなくて、入金までの流れも確認しようか」


     *


 小坂は、資料に新しい項目を追加した。


 着手金の可否。


 工程ごとの成果物。


 検収条件。


 そして、入金予定日。


「まず、こちらの二件から確認を進めます」


「お願いします」


 金目が答えた。


「ただ、無理な条件で受注する必要はありません」


「承知しました」


「お客様にも、ちゃんと価値がある形にしたいんで」


 小坂が、うなずいた。


     *


 午後四時半。


 高瀬は、金目へ個別相談窓口の運用状況を報告していた。


 相談件数。


 相談内容の傾向。


 そして、対応状況。


 ただし、個人を特定できる情報は含まれていなかった。


「給与や雇用の見通しに関する相談が中心です」


 高瀬が説明した。


「そうですか」


「それから、相談担当者の負担を分散するため、運用を一部見直したいと考えています」


「なるほど」


「相談を受ける担当者自身も、別の担当者へ相談できるようにします」


 金目は、うなずいた。


「ええと思います」


     *


「……ちなみに、相談内容は?」


 金目が尋ねた。


「個別の内容については、本人の同意なく共有しない方針です」


「……ああ、そうでしたね」


 金目は、少し笑った。


「すみません。聞き方が悪かったです」


「いえ」


「会社として対応せなあかんことがあれば、それだけ教えてください」


「承知しました」


「誰が言うたかまでは、知る必要ないんで」


 高瀬は、うなずいた。


     *


 午後五時半。


 金目は、自席で今日一日の資料を確認していた。


 金融機関からの追加資料依頼。


 営業部の新しい契約条件。


 開発部の人員配置。


 そして、社員からの個別相談。


 どれも、少しずつ進んでいる。


 しかし、会社の先行きが明るくなったと言えるほどの変化は、まだなかった。


 金目は、未回答事項の管理表を開いた。


 給与。


 賞与。


 雇用。


 担当案件。


 そして、社員が自分の進路を判断するための情報。


 回答欄には、まだ「確認中」が並んでいる。


     *


 金目は、管理表に新しい列を追加した。


 ――次回報告で伝えられること。


 六月十五日、木曜日。


 次の全社員説明会まで、あと三日。


 すべての答えが出るわけではない。


 それでも、前回より具体的なことを伝えたい。


 金目は、高瀬へ連絡した。


『木曜日の説明会用に、未回答事項の進捗と判断期限を整理してもらえますか?』


 すぐに返信が届いた。


『承知しました』


     *


「……金目」


 西田が声をかけた。


「おお。どうしたん?」


「田村と話してきた」


「ほう」


「一課の配置のことや」


「どうやった?」


「別の案件へ回せそうな人はおる。ただ、まだ全員分は難しいな」


「……せやな」


「田村自身も、今後の仕事について考え始めとるみたいや」


 金目は、顔を上げた。


「……本人のことも?」


「うん」


「……そうか」


     *


「……金目」


 西田が続けた。


「何や?」


「俺らが答え出すまで、社員全員が待ってくれるとは限らんで」


 金目は、うなずいた。


「……わかっとる」


「もし、誰かが辞めたい言うてきたら、どうする?」


 金目は、少し考えた。


「……そら、残ってほしいと思うで」


「せやろな」


「でも、それは俺の希望や」


 西田は、黙って聞いていた。


「本人にも生活があるし、家族もおる」


「せやな」


「会社の先行きがわからんのに、俺が残ってくれ言うだけでは、何の保証にもならへん」


     *


「……ほな、どうする?」


 西田が尋ねた。


「……選べるようにせなあかんな」


「選べる?」


「社員には、自分の将来を判断できるだけの情報を渡す」


「うん」


「俺らは、会社を続けられるだけの選択肢を作る」


 西田は、少し考えた。


「……なるほどな」


「どっちも、選択肢がなかったら判断のしようがないやろ」


「……せやな」


     *


「……それで辞める人がおっても?」


 西田が尋ねた。


「……しゃあないやろな」


 金目は、静かに答えた。


「もちろん、簡単に諦めるつもりはないで」


「うん」


「ただ、社員に待ってもらうことを前提にした計画にはしたくないんよ」


 西田は、うなずいた。


「……せやな」


     *


 午後六時半。


 金目は、未回答事項の一覧を保存した。


 担当者。


 確認状況。


 判断期限。


 次回報告日。


 そして、次回報告で伝えられること。


 まだ空欄は残っていた。


 それでも、少しずつ埋まり始めていた。


 会社を続けるためには、時間が必要だった。


 しかし、社員たちの人生も、同じ時間の中で進んでいる。


 田村は、自分自身の役割を考え始めた。


 尾崎は、社外の選択肢を調べようとしていた。


 金目たちは、会社を続けるための方法を探していた。


 まだ、誰も答えを出していない。


 それでも、選ぶための準備は始まっていた。


 六月十五日。


 次の全社員説明会が待っている。


 その日、金目が何を伝えられるのか。


 そして、社員たちが何を選ぶのか。


 答えは、まだわからなかった。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、前話「待つ理由」と同じ日の午後を描きました。


会社の再建には時間が必要です。


しかし、そこで働く人たちにも、それぞれの生活があり、将来があります。


田村は、部下の配置を考える中で、自分自身に何ができるのかを考え始めました。


尾崎は、家族との話し合いを経て、会社の外にも選択肢があることを確かめようとしています。


一方、金目たちは、新しい受注を増やすだけでなく、実際に会社へお金が入るまでの流れを見直し始めました。


それぞれが、今できることを進めています。


ただ、選択肢を増やしたからといって、必ず望む結果が得られるわけではありません。


会社に残ることも、別の道を選ぶことも、まだ誰も決めていません。


そして金目は、社員に残ってほしいという自分の希望と、社員自身が将来を選ぶ権利を、分けて考えようとしています。


次回は、六月十五日に予定されている二度目の全社員説明会へ向けて、物語が進んでいきます。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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