待てない理由
午後二時。
開発一課長の田村洋介は、西田との面談を控えていた。
手元には、先週から整理してきた配置候補の一覧がある。
担当者ごとの経験。
現在の案件。
別の案件へ移れる可能性。
そして、まだ配置先が決まっていない社員。
田村は、その一覧をもう一度確認した。
空欄は、まだ残っている。
ただ、今日、西田に聞きたいことは、それだけではなかった。
*
「……一課の方は、ここまで確認できたで」
田村が資料を共有した。
「ありがとう」
西田が答えた。
「別案件へ移れそうな社員には、本人にも確認しとる」
「なるほど」
「ただ、まだ全員分は見つかってへん」
「……せやな」
「二課とも調整できそうなところはあるけど、仕事の総量が足らん」
西田は、うなずいた。
「そこは俺も認識しとる」
田村は、資料を閉じなかった。
「……それと、西田」
「何や?」
「俺自身のことも聞いてええか?」
*
「もちろんや」
西田が答えた。
「今後、一課の仕事が減ったとして」
「うん」
「俺には、何を期待しとる?」
西田は、少し考えた。
「……今までどおり、課の仕事は見てもらいたい」
「うん」
「それに、課をまたいだ調整も頼みたいと思っとる」
「なるほど」
「田村は、部下の得意分野もよう把握しとるし、育成もやってきたやろ」
「……まあな」
「そこは、今後も必要な仕事やと思っとる」
*
「……ただな」
西田が続けた。
「うん?」
「今後、どれだけ案件が残るかは、まだわからん」
「せやな」
「だから、今と同じ仕事をずっと用意できるとは約束できへん」
田村は、うなずいた。
「……わかっとる」
「でも、田村の経験が必要なくなったとは思ってへんで」
「……ありがとう」
田村は、少し考えた。
「最近、部下の配置ばっかり考えとったんよ」
「せやな」
「でも、ふと思ってな」
「何や?」
「……俺自身は、何ができるんやろって」
*
西田は、黙って聞いていた。
「課長としての仕事は、ずっとやってきた」
田村が続けた。
「うん」
「でも、昔みたいに自分で開発するんも、嫌いやないんよ」
「せやな」
「もし現場の仕事が必要なら、それも考えたい」
西田は、うなずいた。
「ええと思うで」
「ほんまか?」
「もちろんや」
「課長やからって、開発の仕事したらあかんわけちゃうしな」
田村は、少し笑った。
「……せやな」
*
「ただ、田村」
西田が言った。
「何や?」
「お前自身は、どうしたい?」
田村は、すぐには答えなかった。
部下の仕事を守りたい。
課長として、できることを続けたい。
それは、変わらない。
しかし、今後の会社の状況によっては、自分自身の役割も変わるかもしれない。
「……まだ、わからんな」
田村が答えた。
「せやろな」
「でも、考えてみるわ」
「うん」
「俺も、ずっと部下のことばっかり考えとるわけにはいかんしな」
西田は、うなずいた。
*
面談を終えた田村は、自席へ戻った。
担当者の配置一覧を開く。
そこには、部下たちの名前が並んでいる。
田村は、一覧の最後に一行追加した。
田村洋介。
経験分野。
担当可能な業務。
過去の開発経験。
空欄を少しずつ埋めていく。
自分自身も、この会社で働く一人だった。
*
午後三時。
開発二課では、尾崎達也が翌週の作業予定を確認していた。
先週の木曜日の夜、家族へ会社の状況を伝えた。
週末には、一緒に家計を確認した。
すぐに生活が立ち行かなくなるわけではない。
しかし、会社の状況が長引けば、将来の見通しは変わってくる。
尾崎は、家族から言われた言葉を思い返していた。
『……今すぐ辞めるって決めんでもええんちゃう?』
『せやな』
『でも、ほかにどんな仕事があるかくらい、調べといてもええと思うで』
尾崎は、少し考えた。
『……そうやな』
*
尾崎は、担当案件の一覧を確認した。
開発二課の仕事。
ほかの課へ移せる可能性のある社員。
そして、まだ次の仕事が決まっていない社員。
課長として考えるべきことは、まだ多かった。
しかし、それだけではなかった。
尾崎は、個人の予定表を開いた。
そして、業務時間外に一つ予定を入れた。
――職務経歴の整理。
まだ、転職すると決めたわけではない。
ただ、選択肢を知っておきたかった。
*
午後三時半。
金目、西田、高瀬、小坂の四人が会議室に集まっていた。
議題は、新しい受注の進め方。
小坂は、既存顧客への追加提案候補を共有した。
「こちらの案件は、比較的短期間で着手できる可能性があります」
「なるほど」
金目が答えた。
「ただし、通常の契約条件では、入金までに時間がかかります」
高瀬が資料を確認した。
「そうですね」
「そこで、着手金や段階的な検収・請求を含めて、提案できないかと考えています」
「……なるほどな」
*
「……ちょっとええか?」
西田が口を開いた。
「何や?」
「段階的に検収するなら、開発工程も分ける必要があるで」
「そうですね」
小坂が答えた。
「例えば、要件整理を独立した工程にする方法はありますか?」
「案件によるけど、できるものはあると思う」
「なるほど」
「ただ、成果物と検収条件は明確にせなあかん」
「承知しました」
*
「資金繰りの観点では、入金時期を早められる可能性があります」
高瀬が言った。
「せやな」
金目が答えた。
「ただし、着手金をいただいても、その分だけ利益が増えるわけではありません」
「……なるほど」
「将来の作業に必要な費用も残しておく必要があります」
「せやな」
金目は、資料を確認した。
「……ほな、受注額だけやなくて、入金までの流れも確認しようか」
*
小坂は、資料に新しい項目を追加した。
着手金の可否。
工程ごとの成果物。
検収条件。
そして、入金予定日。
「まず、こちらの二件から確認を進めます」
「お願いします」
金目が答えた。
「ただ、無理な条件で受注する必要はありません」
「承知しました」
「お客様にも、ちゃんと価値がある形にしたいんで」
小坂が、うなずいた。
*
午後四時半。
高瀬は、金目へ個別相談窓口の運用状況を報告していた。
相談件数。
相談内容の傾向。
そして、対応状況。
ただし、個人を特定できる情報は含まれていなかった。
「給与や雇用の見通しに関する相談が中心です」
高瀬が説明した。
「そうですか」
「それから、相談担当者の負担を分散するため、運用を一部見直したいと考えています」
「なるほど」
「相談を受ける担当者自身も、別の担当者へ相談できるようにします」
金目は、うなずいた。
「ええと思います」
*
「……ちなみに、相談内容は?」
金目が尋ねた。
「個別の内容については、本人の同意なく共有しない方針です」
「……ああ、そうでしたね」
金目は、少し笑った。
「すみません。聞き方が悪かったです」
「いえ」
「会社として対応せなあかんことがあれば、それだけ教えてください」
「承知しました」
「誰が言うたかまでは、知る必要ないんで」
高瀬は、うなずいた。
*
午後五時半。
金目は、自席で今日一日の資料を確認していた。
金融機関からの追加資料依頼。
営業部の新しい契約条件。
開発部の人員配置。
そして、社員からの個別相談。
どれも、少しずつ進んでいる。
しかし、会社の先行きが明るくなったと言えるほどの変化は、まだなかった。
金目は、未回答事項の管理表を開いた。
給与。
賞与。
雇用。
担当案件。
そして、社員が自分の進路を判断するための情報。
回答欄には、まだ「確認中」が並んでいる。
*
金目は、管理表に新しい列を追加した。
――次回報告で伝えられること。
六月十五日、木曜日。
次の全社員説明会まで、あと三日。
すべての答えが出るわけではない。
それでも、前回より具体的なことを伝えたい。
金目は、高瀬へ連絡した。
『木曜日の説明会用に、未回答事項の進捗と判断期限を整理してもらえますか?』
すぐに返信が届いた。
『承知しました』
*
「……金目」
西田が声をかけた。
「おお。どうしたん?」
「田村と話してきた」
「ほう」
「一課の配置のことや」
「どうやった?」
「別の案件へ回せそうな人はおる。ただ、まだ全員分は難しいな」
「……せやな」
「田村自身も、今後の仕事について考え始めとるみたいや」
金目は、顔を上げた。
「……本人のことも?」
「うん」
「……そうか」
*
「……金目」
西田が続けた。
「何や?」
「俺らが答え出すまで、社員全員が待ってくれるとは限らんで」
金目は、うなずいた。
「……わかっとる」
「もし、誰かが辞めたい言うてきたら、どうする?」
金目は、少し考えた。
「……そら、残ってほしいと思うで」
「せやろな」
「でも、それは俺の希望や」
西田は、黙って聞いていた。
「本人にも生活があるし、家族もおる」
「せやな」
「会社の先行きがわからんのに、俺が残ってくれ言うだけでは、何の保証にもならへん」
*
「……ほな、どうする?」
西田が尋ねた。
「……選べるようにせなあかんな」
「選べる?」
「社員には、自分の将来を判断できるだけの情報を渡す」
「うん」
「俺らは、会社を続けられるだけの選択肢を作る」
西田は、少し考えた。
「……なるほどな」
「どっちも、選択肢がなかったら判断のしようがないやろ」
「……せやな」
*
「……それで辞める人がおっても?」
西田が尋ねた。
「……しゃあないやろな」
金目は、静かに答えた。
「もちろん、簡単に諦めるつもりはないで」
「うん」
「ただ、社員に待ってもらうことを前提にした計画にはしたくないんよ」
西田は、うなずいた。
「……せやな」
*
午後六時半。
金目は、未回答事項の一覧を保存した。
担当者。
確認状況。
判断期限。
次回報告日。
そして、次回報告で伝えられること。
まだ空欄は残っていた。
それでも、少しずつ埋まり始めていた。
会社を続けるためには、時間が必要だった。
しかし、社員たちの人生も、同じ時間の中で進んでいる。
田村は、自分自身の役割を考え始めた。
尾崎は、社外の選択肢を調べようとしていた。
金目たちは、会社を続けるための方法を探していた。
まだ、誰も答えを出していない。
それでも、選ぶための準備は始まっていた。
六月十五日。
次の全社員説明会が待っている。
その日、金目が何を伝えられるのか。
そして、社員たちが何を選ぶのか。
答えは、まだわからなかった。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、前話「待つ理由」と同じ日の午後を描きました。
会社の再建には時間が必要です。
しかし、そこで働く人たちにも、それぞれの生活があり、将来があります。
田村は、部下の配置を考える中で、自分自身に何ができるのかを考え始めました。
尾崎は、家族との話し合いを経て、会社の外にも選択肢があることを確かめようとしています。
一方、金目たちは、新しい受注を増やすだけでなく、実際に会社へお金が入るまでの流れを見直し始めました。
それぞれが、今できることを進めています。
ただ、選択肢を増やしたからといって、必ず望む結果が得られるわけではありません。
会社に残ることも、別の道を選ぶことも、まだ誰も決めていません。
そして金目は、社員に残ってほしいという自分の希望と、社員自身が将来を選ぶ権利を、分けて考えようとしています。
次回は、六月十五日に予定されている二度目の全社員説明会へ向けて、物語が進んでいきます。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




