削れないもの
2034年6月9日、金曜日。
大阪・本町。
株式会社カナメでは、主要取引先の法的整理が判明してから、五日目の朝を迎えていた。
月曜日に届いた一本の知らせは、会社の仕事を大きく変えていた。
営業部では、受注見込みの見直しが進んでいる。
開発部では、案件がなくなった場合の配置案を作成していた。
業務部では、今後の資金繰りを確認しながら、支出の見直しを進めている。
それぞれの仕事は、少しずつ形になり始めていた。
しかし、会社を続けられるという答えは、まだ出ていなかった。
*
午前九時。
業務部では、高瀬が福原奈央とともに、支出予定の一覧を確認していた。
「……こちらが、昨日までに整理した内容です」
福原が資料を共有した。
「ありがとうございます」
高瀬は、画面を確認した。
設備の更新予定。
新しい備品の購入。
外部サービスの契約。
そして、毎月発生する固定費。
それぞれについて、延期や見直しが可能かどうかが記載されている。
*
「こちらの設備更新は、延期できる見込みです」
福原が説明した。
「はい」
「担当部門へ確認したところ、当面の業務には影響しないとのことでした」
「ありがとうございます」
「それから、こちらの新規購入も、いったん保留にできます」
「承知しました」
高瀬は、資料を確認した。
「では、実際の支払予定を更新しましょう」
「はい」
福原は、資金繰り表を開いた。
*
延期できる支出を、予定から外す。
購入を保留したものは、支払予定日を未定へ変更する。
継続が必要な契約は、そのまま残す。
福原は、一つずつ確認していった。
「……高瀬さん」
「はい?」
「思ったほど、減りませんね」
高瀬は、画面を見た。
「そうですね」
「設備の購入を延期しても、毎月の支払いはあまり変わらないんですね」
「はい」
高瀬が答えた。
「一度だけ発生する支出と、毎月継続して発生する費用は違いますから」
「……なるほど」
*
「給与や社会保険料、事務所賃料などは、引き続き発生します」
高瀬が続けた。
「はい」
「それに、仕事を続けるために必要なサービスもあります」
「そうですね」
「削減できる金額だけを見るのではなく、支払いの時期も確認しましょう」
「承知しました」
福原は、資料を更新した。
支出を延期できた月。
その後も継続して発生する費用。
そして、支払いを止められない項目。
表の中には、いくつもの数字が残っていた。
*
「……高瀬さん」
福原が尋ねた。
「はい?」
「これだけ見直しても、まだ足りないんでしょうか」
高瀬は、少し考えた。
「現時点では、十分とは言えません」
「……そうですか」
「今回の問題は、一時的な支出だけではありませんから」
「はい」
「今後の売上そのものが、大きく減る可能性があります」
福原は、うなずいた。
「……そうですよね」
高瀬は、資料を閉じずに続けた。
「ただ、今できることを進める意味はあります」
「はい」
「一つずつ、確認していきましょう」
*
午前十時。
金目と西田は、高瀬から役員報酬の見直しについて説明を受けていた。
前日の会議で、金目は役員報酬を全額返上する場合の試算を依頼していた。
社員の賞与が減額される可能性がある一方、経営陣自身はどうするのか。
全社員説明会で問われたことでもあった。
「……ほな、確認しようか」
金目が言った。
「はい」
高瀬が資料を共有した。
*
「まず、現在の役員報酬を前提とした場合です」
高瀬が説明した。
「はい」
「こちらが、一定割合を減額した場合」
金目は、資料を確認した。
「なるほど」
「そして、こちらが全額返上した場合です」
画面には、三つの条件が並んでいた。
役員報酬を維持する場合。
一部を減額する場合。
全額返上する場合。
それぞれについて、今後の支出見込みが整理されている。
*
「……全額なくしても、これだけか」
金目が言った。
「はい」
高瀬が答えた。
「毎月の固定費を減らす効果はありますが、失われる売上をすべて補えるわけではありません」
「……せやな」
西田が資料を確認した。
「そら、売上の半分近くがなくなるんやからな」
「そうですね」
金目は、うなずいた。
「……でも、やらん理由にはならんな」
西田が言った。
金目は、顔を上げた。
「……せやな」
*
「ちなみに、月額一円にする方法もあります」
高瀬が続けた。
「……一円?」
金目が尋ねた。
「はい。象徴的に報酬を残す方法です」
「……一円残す意味、あるんですか?」
高瀬は、少し考えた。
「税務や社会保険の扱いについては、確認が必要です」
「なるほど」
「ただし、一円にしたからといって、必ず有利になるとは限りません」
「……せやな」
金目は、資料を見直した。
「ほな、制度上必要なら考えますけど」
「はい」
「必要ないなら、ゼロでええです」
西田が、うなずいた。
「俺も、それでええと思うで」
*
「ただ、実施にあたっては確認事項があります」
高瀬が言った。
「お願いします」
「役員報酬の変更には、必要な社内手続きがあります」
「はい」
「また、期中の減額については、税務上の取り扱いも確認する必要があります」
「せやな」
「社会保険についても、報酬がなくなった場合の扱いを確認します」
「お願いします」
金目は、うなずいた。
「……ほな、正式に決める前に、そこは確認しとこうか」
「承知しました」
*
「……金目」
西田が声をかけた。
「何や?」
「お前、ほんまにゼロでええんか?」
「……まあ、ええと思っとるで」
金目が答えた。
「生活もあるやろ」
「そら、あるで」
「……せやろ」
金目は、少し考えた。
「でも、今の会社の状況考えたら、俺らも負担せなあかんと思うんよ」
西田は、うなずいた。
「……俺も同じや」
*
「ただな」
西田が続けた。
「うん?」
「俺らが報酬なくしたからいうて、社員の給与が全部守れるわけちゃう」
「……せやな」
「そこは、ちゃんと考えなあかんで」
「もちろんや」
金目は、うなずいた。
「……だから、これだけで終わりにはせん」
西田は、少し考えた。
「……了解」
*
午前十一時。
高瀬は、固定費の内訳を改めて示した。
社員への給与。
社会保険料。
事務所賃料。
開発環境に必要なサービス。
そして、顧客との契約を履行するための費用。
「こちらが、現在の継続的な支出です」
高瀬が言った。
「ありがとうございます」
金目は、資料を確認した。
「……やっぱり、人件費が大きいな」
「そうですね」
「ただし、単純に削減すればよいというものではありません」
「せやな」
西田がうなずいた。
*
「開発環境まで削られたら、仕事できへんようになるで」
西田が言った。
「もちろんや」
金目が答えた。
「必要なものは残したい」
「せやな」
「それに、仕事を続けられへんようになったら、売上も減るやろ」
「そうですね」
高瀬が答えた。
「費用削減によって、かえって収益が悪化する可能性もあります」
金目は、資料を見直した。
*
「……ほな、削ること自体を目的にせんようにしようか」
金目が言った。
「はい」
「仕事を続けるために必要なものは、ちゃんと残す」
「せやな」
西田が答えた。
「そのうえで、今使わんものや、延期できるものを見直す」
「承知しました」
高瀬がうなずいた。
「各部門へ確認しながら進めます」
「お願いします」
*
正午。
金目は、資料を閉じた。
支出を減らす方法は、いくつか見つかった。
設備投資の延期。
新規購入の保留。
外部サービスの見直し。
そして、役員報酬の全額返上。
しかし、どれも失われた売上をそのまま取り戻せるものではない。
会社には、仕事を続けるために必要な支出がある。
社員の給与も、その一つだった。
金目は、もう一度資料を開いた。
何を削れるのか。
そして、何を削ってはいけないのか。
その判断は、まだ続いていた。
*
午後一時。
株式会社カナメの営業部では、小坂千尋が松井慎吾と大本恭平を集めていた。
主要取引先の法的整理が判明してから、五日目。
これまで売上の大きな割合を占めていた取引先の案件は、今後の受注見込みから外している。
その代わりとなる仕事を、どこから確保するのか。
営業部では、過去の商談記録と現在の案件見込みを整理していた。
*
「……では、現在の候補を確認しましょう」
小坂が言った。
「はい」
松井が資料を開いた。
「まず、既存のお客様からの追加相談です」
「ありがとうございます」
「こちらは、具体的な内容を確認している段階です」
「なるほど」
「ただ、まだ正式な発注には至っていません」
「承知しました」
小坂は、資料を確認した。
「では、受注見込みとしては、まだ確定扱いにしないでください」
「はい」
*
「大本さんの方はいかがですか?」
小坂が尋ねた。
「はい!」
大本は、前日に整理した資料を共有した。
「以前ご相談いただいたお客様の中から、改めてお話を伺えそうなところを二件選びました」
「ありがとうございます」
「一件は、時期が合わずに見送られた案件です」
「なるほど」
「もう一件は、追加開発についてご相談いただいていたところです」
小坂は、資料を確認した。
「現在の状況について、先方へ確認はできていますか?」
「まだです。これから連絡する予定です」
「承知しました」
*
「……ただ、大本さん」
小坂が続けた。
「はい」
「今の段階では、受注できるとは限りません」
「もちろんです」
「お客様にも、それぞれ事情がありますから」
「はい」
「こちらが急いでいるからといって、先方も急いで発注してくださるわけではありません」
「……そうですね」
大本は、うなずいた。
「まずは、今も必要とされているか確認します」
「お願いします」
*
「それから、提案の条件についても注意してください」
小坂が言った。
「はい」
「納期や費用については、開発部と業務部の確認を受けてから提示するようにしましょう」
「承知しました」
松井が答えた。
「昨日の経営会議でも、その方針になりましたからね」
「そうですね」
小坂は、うなずいた。
「受注を増やすことは大切ですが、無理な約束をしてはいけません」
大本は、資料に確認事項を追加した。
*
午後二時。
開発部では、西田が三人の課長を集めていた。
開発一課の田村洋介。
開発二課の尾崎達也。
基盤運用課の井上修一。
画面には、各課の稼働状況を整理した資料が表示されている。
「……ほな、確認しようか」
西田が言った。
「了解」
田村が答えた。
「まず、一課から頼むわ」
*
「一課の方は、担当者ごとの経験を整理したで」
田村が資料を共有した。
「ありがとう」
「倒産した取引先の案件を担当しとった社員について、ほかの案件へ移れる可能性を確認しとる」
「なるほど」
「何人かは、別の案件でも対応できそうや」
「そらよかった」
「ただ、全部は難しいな」
「……せやな」
西田は、うなずいた。
*
「尾崎のところは?」
西田が尋ねた。
「二課も、来月以降の予定を整理したで」
尾崎が答えた。
「ほう」
「ただ、今のままやと、結構空く」
「せやな」
「ほかの課の案件へ移れる人もおると思うけど」
「うん」
「それでも、全員分の仕事は用意できへんと思う」
西田は、資料を確認した。
「……なるほど」
*
「井上のところは?」
「基盤運用課は、必要な運用体制を整理したで」
井上が答えた。
「ありがとう」
「契約が継続する場合と、縮小する場合、それから終了する場合で分けとる」
「なるほど」
「今のところは、契約上必要な対応を続けとる」
「せやな」
「ただ、今後の扱いによっては、必要な人員も変わる」
「了解」
西田は、うなずいた。
*
三人の資料を並べると、開発部全体の状況が少しずつ見えてきた。
ほかの案件へ移れる可能性のある社員。
今後の仕事がまだ決まっていない社員。
そして、運用を続けるために必要な社員。
西田は、資料を見直した。
「……ほな、三課で人を融通できるようにしようか」
田村がうなずいた。
「一課から出せる人は、整理しとるで」
「ありがとう」
「二課も、ほかの案件に回せる人を確認しとく」
尾崎が続けた。
「頼むわ」
*
「運用の方は、最低限必要な体制を残してくれたら調整できるで」
井上が言った。
「了解」
西田は、うなずいた。
「ほな、課をまたいで調整しよう」
「せやな」
田村が答えた。
「ただ、西田」
「何や?」
「それでも、全員分の仕事はないで」
西田は、少し黙った。
「……せやな」
*
「……ちなみに」
尾崎が口を開いた。
「何や?」
西田が尋ねた。
「課をまたいで仕事する場合、担当はどうなるん?」
「今の課に所属したままでええと思っとる」
「なるほど」
「案件ごとに必要な人を集める形やな」
田村がうなずいた。
「ほな、課そのものを変える必要はないわけやな」
「せや」
西田が答えた。
「今、組織をいじっても仕事が増えるわけちゃうしな」
*
「ただ、案件をまたいで人を動かすなら、調整は必要やで」
井上が言った。
「せやな」
「運用の担当者を開発案件に回す場合も、障害対応の体制は残しといてほしい」
「もちろんや」
西田は、うなずいた。
「そこは井上に確認する」
「了解」
「田村と尾崎も、担当者の状況を見ながら調整してくれ」
「わかった」
*
「……しかし、西田」
田村が言った。
「何や?」
「これ、配置を変えたら何とかなる話なんかな」
西田は、資料を見た。
「……全部は無理やろな」
「せやな」
「今ある仕事を、うまく分けることはできる」
「うん」
「でも、仕事そのものが足らんのは変わらへん」
尾崎が、うなずいた。
「……そこやな」
*
「ほな、まずは今ある仕事を整理しよう」
西田が言った。
「了解」
「誰がどの案件に入れるか、課をまたいで確認する」
「せやな」
「そのうえで、まだ空く人がどれだけおるかを出したい」
田村がうなずいた。
「わかった」
「ただ、まだ人員削減を決めたわけちゃうで」
「もちろんや」
尾崎が答えた。
「まずは、今できることからやな」
三人は、それぞれの資料を持ち帰った。
*
午後三時。
金目、西田、高瀬の三人が、会議室に集まっていた。
議題は、役員報酬の見直し。
午前中、高瀬から減額した場合の試算が示されていた。
金目と西田は、全額返上という選択肢について、改めて話し合うことにしていた。
「……ほな、役員報酬の件やけど」
金目が言った。
「せやな」
西田が答えた。
「高瀬さん、専門家への確認はどうですか?」
「現時点では、必要な手続きと税務上の取り扱いについて、確認を進めています」
「ありがとうございます」
「ただし、正式な実施時期については、まだ確定していません」
「了解です」
*
「……俺は、全額返上でええと思っとる」
金目が言った。
西田は、うなずいた。
「……俺も、それでええで」
高瀬が、二人を見た。
「お二人とも、月額ゼロを希望されるということですね」
「はい」
金目が答えた。
しかし、すぐに西田へ目を向けた。
「……西田」
「何や?」
「ほんまにええんか?」
「……何がや?」
「報酬のことや」
西田は、少し笑った。
「さっき、ええ言うたやろ」
「いや、そうなんやけどな」
金目は、少し考えた。
「俺が自分の報酬なくすんは、俺の判断や」
「せやな」
「でも、お前の生活まで、俺が勝手に決めるわけにはいかんやろ」
西田は、黙って聞いていた。
*
「……家のこともあるやろ」
金目が続けた。
「そら、あるで」
「せやろ」
「せやけど、俺も取締役や」
西田が答えた。
「……うん」
「会社の経営に関わっとる以上、俺にも責任はある」
「せやな」
「お前だけに負担させるつもりはないで」
金目は、少し黙った。
*
「……ありがとう」
金目が言った。
「何や、急に(笑)」
「いや、ほんまに」
西田は、少し笑った。
「……気持ち悪いな(笑)」
「何でやねん(笑)」
二人は、少しだけ笑った。
しかし、金目はすぐに表情を戻した。
「……でもな、西田」
「何や?」
「無理はせんといてほしい」
西田は、金目を見た。
「会社を残すために、お前の生活まで壊してしもたら意味ないやろ」
*
西田は、少し考えた。
「……それは、お前も同じやで」
「……せやな」
「俺のこと心配するんはええけど、自分のこともちゃんと考えや」
「わかっとる」
「……ほんまか?(笑)」
「……たぶん(笑)」
西田が、呆れたように笑った。
「信用ならんな(笑)」
金目も、少し笑った。
*
「……ほな、こうしようか」
金目が言った。
「何や?」
「全額返上を基本方針にする」
「せやな」
「ただ、お互い生活への影響はちゃんと確認する」
「うん」
「もし無理があるなら、そこは遠慮せず言うてほしい」
西田は、うなずいた。
「……わかった」
「俺も、無理なもんは無理言うわ」
「……それ、ちゃんと守れよ(笑)」
「善処します(笑)」
*
高瀬は、二人のやり取りを静かに聞いていた。
「……では、全額返上を基本方針として、必要な手続きを整理します」
「お願いします」
金目が答えた。
「実施時期については、税務・社会保険上の取り扱いも確認します」
「承知しました」
西田も、うなずいた。
「それから、正式な決定までに、お二人それぞれのご意向も改めて確認します」
「ありがとうございます」
金目は、少し笑った。
「……しかし、西田」
「何や?」
「こんな相談する日が来るとは思わんかったな」
「……せやな」
西田は、少し考えた。
「昔は、どうやって仕事増やすかばっかり話しとったのにな」
「ほんまやな」
金目は、うなずいた。
「……また、そういう話できるようにせなあかんな」
「せやな」
西田は、少し笑った。
「そのためにも、まずは会社残さなな」
「……ほんま、それや」
*
午後四時。
金目は、高瀬とともに、社員向けの案内文を確認していた。
全社員説明会では、役員報酬について質問が出ていた。
社員の賞与が減額される可能性がある一方、経営陣自身はどうするのか。
その問いに対する、現時点での回答だった。
「……ほな、この内容で共有しましょうか」
金目が言った。
「承知しました」
高瀬が、案内文を共有した。
*
『役員報酬の見直しについて』
主要取引先の法的整理に伴う経営状況を踏まえ、代表取締役および取締役の役員報酬を全額返上する基本方針を決定しました。
実施時期および必要な手続きについては、現在確認を進めています。
なお、本件によって会社の資金繰りに関する問題が解決するものではありません。
引き続き、事業計画および資金繰りの見直しを進め、確認できた内容を共有してまいります。
*
「……これでええと思います」
金目が言った。
「ありがとうございます」
高瀬は、うなずいた。
「では、全社員へ共有します」
「お願いします」
案内が送信された。
金目は、送信済みの表示を確認した。
社員から寄せられた質問の一つに、ようやく具体的な回答を返すことができた。
ただし、まだ答えられない質問は残っている。
*
午後五時。
金目は、高瀬から更新された資金繰り表を受け取っていた。
役員報酬を全額返上する場合の試算。
設備投資を延期した場合の支出予定。
そして、主要取引先からの入金が当面ない場合の資金繰り。
それぞれの条件が反映されていた。
「……高瀬さん、ありがとうございます」
金目が言った。
「いえ」
「確認しました」
「はい」
金目は、資料を見直した。
*
「……これでも、足らんか」
金目が言った。
「はい」
高瀬が答えた。
「現状のままでは、さらに対応が必要です」
「……せやな」
金目は、返上を反映したあとの不足額へ、もう一度目を戻した。
*
「……ちなみに、来週の予定は?」
金目が尋ねた。
「金融機関への追加資料の提出があります」
「はい」
「それから、事業計画の見直しと、社員向けの定期報告の準備です」
「了解です」
「資金繰りについても、引き続き更新します」
「お願いします」
金目は、資料を閉じた。
*
2034年6月9日、金曜日。
株式会社カナメでは、役員報酬を全額返上する基本方針が決まった。
金目と西田は、自分たちの報酬をなくすことを選んだ。
ただし、必要な手続きと実施時期については、まだ確認中だった。
営業部では、新しい仕事の可能性を探している。
開発部では、三課体制を維持しながら、課をまたいだ人員配置の調整を進めていた。
業務部では、支出と資金繰りの確認が続いている。
それぞれが、会社を続けるためにできることを進めていた。
しかし、失われた売上が戻ってきたわけではない。
売掛金の回収見込みも、まだ確定していない。
そして、社員の給与や、会社を運営するために必要な支出は、これからも発生する。
削れるものは、少しずつ見えてきた。
それでも、削れないものが残っていた。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、会社を守るために、何を削り、何を残すべきなのかを考えるお話でした。
設備投資や新しい支出を見直しても、会社を運営するために必要なお金は残ります。
そして、金目と西田は、役員報酬を全額返上する方針を決めました。
ただ、二人にもそれぞれの生活があります。
金目が西田のことを気遣い、西田もまた金目を心配する。
長く一緒に会社を支えてきた二人だからこそのやり取りだったのではないでしょうか。
一方、開発部では三課体制を維持したまま、人員配置の調整を進めています。
組織の形を変えても、仕事そのものが増えるわけではありません。
そして、役員報酬をなくしても、失われた売上が戻ってくるわけではないのです。
削れるものを削るだけでは、会社は立て直せない。
それでも、今できることを一つずつ進めていく。
金目たちの試行錯誤は、まだ続きます。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




