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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第五章 守りたいもの
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答えを待つ人たち

 2034年6月8日、木曜日。


 大阪・本町。


 株式会社カナメでは、いつもどおりの朝が始まっていた。


 始業時刻になれば、社員たちはそれぞれの仕事を始める。


 開発部では、担当案件の進捗を確認する。


 営業部では、顧客からの連絡に対応する。


 業務部では、請求や支払いに関する仕事を進める。


 昨日と変わらない光景だった。


 ただし、社員たちが考えていることまで、昨日と同じとは限らなかった。


     *


 午前九時。


 金目は、高瀬と西田を会議室に呼んでいた。


 机の上には、昨日の全社員説明会で寄せられた質問が並んでいる。


 給与。


 賞与。


 雇用。


 担当案件。


 そして、社員自身の今後の進路。


 どれも、昨日の時点では十分に答えられなかったものだった。


「……ほな、昨日の続きから始めようか」


 金目が言った。


「はい」


 高瀬が資料を共有した。


     *


「まず、未回答事項を五つに整理しました」


 高瀬が説明した。


「ありがとうございます」


「給与支払いの見通しについては、業務部で引き続き確認します」


「お願いします」


「賞与については、支給条件と原資を確認したうえで、判断時期を整理する必要があります」


「せやな」


「雇用については、今後の事業計画と人員配置の見通しが必要です」


 金目は、うなずいた。


「そこは、三部長とも相談せなあかんな」


「そうですね」


     *


「開発部の配置については、俺の方で確認するで」


 西田が言った。


「頼むわ」


 金目が答えた。


「各課の稼働状況は、だいたい整理できとる」


「うん」


「ただ、今後の案件がどれだけ残るかによって変わるからな」


「せやな」


「現時点では、全員の次の仕事まで決められへん」


「了解」


 金目は、少し考えた。


「……それも、ちゃんと伝えなあかんな」


「せやな」


     *


「……高瀬さん、ちょっとええですか」


 金目が言った。


「はい」


「この一覧、回答予定日だけやと足らん気がするんです」


「といいますと?」


 金目は、資料を指した。


「例えば給与やったら、支払日になってから判断しても遅いやろ」


「そうですね」


「ほな、支払日から逆算して、いつまでに資金を確保する判断をせなあかんのか、決めたいんです」


 高瀬は、少し考えた。


「……なるほど」


「金融機関からの回答を待てる期限も、あるはずやし」


「そうですね」


「それを過ぎたら、別の方法を考えなあかん」


 金目は、うなずいた。


「……判断する期限も、一覧に入れましょう」


     *


 高瀬は、管理表に新しい項目を追加した。


 担当者。


 次回報告日。


 確認すべき事項。


 そして、判断期限。


「……これで、よろしいでしょうか?」


「ええと思います」


 金目が答えた。


「ただ、判断期限と、社員へ回答する日は別にしといてください」


「承知しました」


「まだ結論が出てへん場合でも、状況は伝えたいんで」


「はい」


 高瀬は、うなずいた。


     *


「……ちなみに、最初の定期報告はいつにしましょうか」


 高瀬が尋ねた。


「来週の木曜日でどうですか?」


 金目が答えた。


「六月十五日ですね」


「はい」


「それまでに、全部の結論が出るとは思ってへんけど」


「そうですね」


「確認できたことと、まだ確認中のことを整理して伝えたいです」


「承知しました」


「ただ、給与支払いに関わるような大きな変更があった場合は、来週まで待たんといてください」


「はい」


「わかった時点で、共有しましょう」


     *


 午前十時。


 開発一課では、田村洋介が担当案件の確認を進めていた。


 主要取引先の法的整理によって、予定していた作業の一部が保留になっている。


 ほかの顧客の案件は、これまでどおり続いていた。


「……田村さん」


 社員の一人が声をかけた。


「何や?」


「ちょっと、昨日の説明会のことで聞いてもええですか?」


「もちろんやで」


     *


「……社長、ちゃんと話してくれたと思うんです」


 社員が言った。


「せやな」


「わからないことは、わからないって言ってましたし」


「うん」


「でも、結局どうなるかは、まだわからないんですよね」


「……せやな」


 田村は、うなずいた。


「俺も、全部わかっとるわけちゃうしな」


 別の社員が、会話に加わった。


「……俺は、ちょっと不安ですわ」


「何が?」


「仕事がなくなるかもしれんって話です」


「せやな」


「今は担当案件がありますけど、来月も同じように仕事があるかわからんわけですよね」


「……そうやな」


     *


「……田村さん自身は、不安じゃないんですか?」


 最初の社員が尋ねた。


 田村は、少し考えた。


「……そら、不安はあるで」


「そうなんですね」


「俺も社員やしな」


 田村は、少し笑った。


「課長やからって、何でもわかるわけちゃうし」


 社員たちも、少し笑った。


「……ただな」


 田村が続けた。


「今、俺らにできることもあるやろ」


「はい」


「動いとる案件は、ちゃんと進める」


「うん」


「確認が必要なことは、確認する」


「はい」


「それから、わからんことは、俺にも聞いてくれたらええ」


     *


 社員たちが仕事へ戻ったあと。


 田村は、担当者一覧を開いた。


 普段は、案件ごとの稼働状況を確認するために使っている資料だった。


 しかし、今日は別の項目を見ていた。


 社員ごとの得意分野。


 過去に担当した案件。


 使用経験のある技術。


 そして、現在の担当業務。


「……この人、別の案件でもやれるはずやな」


 田村は、ある社員の経歴を確認した。


 現在は、倒産した取引先の案件を担当している。


 しかし、以前は別の技術を使った開発にも関わっていた。


     *


「……ちょっとええ?」


 田村が、その社員へ連絡した。


「はい。どうしました?」


「前に担当しとった案件のことなんやけど」


「はい」


「そのとき使っとった技術、今も対応できそう?」


「……ああ、はい。できますよ」


「そうか」


「何かあるんですか?」


「いや、別の案件で必要になるかもしれんから、確認しとこうと思ってな」


「なるほど」


「まだ決まった話ちゃうけど、西田に相談してみるわ」


「わかりました」


     *


 通話を終えたあと。


 田村は、資料に一行を追加した。


 ――別案件への配置候補。


 ただし、確定とは書かなかった。


 実際に担当できるかどうかは、案件の状況や本人の希望も確認する必要がある。


 田村は、別の社員についても経歴を見直した。


 今の案件がなくなったとしても、できる仕事までなくなるわけではない。


 そう考えながら、一人ずつ確認を進めていった。


     *


 午前十一時。


 開発二課では、尾崎達也が翌週の作業予定を確認していた。


 予定表には、保留になった案件がいくつか残っている。


 担当者を変更できる案件。


 別の作業へ振り替えられる案件。


 そして、まだ判断できない案件。


「……結構、変わったな」


 尾崎は、小さくつぶやいた。


     *


「尾崎さん、ちょっとよろしいですか?」


 部下が声をかけた。


「ええで」


「来週の作業なんですが、こちらはまだ保留ですか?」


「せやな。契約の確認待ちや」


「わかりました」


「ほかの案件で、先に進められるところを確認しとくわ」


「ありがとうございます」


 社員は、少し考えた。


「……ちなみに、今後もこういう状態が続くんでしょうか?」


 尾崎は、資料を見た。


「……まだ、わからんな」


「そうですよね」


「ただ、今の予定のままでは難しいところもあると思う」


     *


 社員が席へ戻ったあと。


 尾崎は、西田へ連絡した。


「西田、ちょっとええか?」


「ええで。どうした?」


「二課の来月以降の予定なんやけどな」


「うん」


「このままやと、結構空くで」


「せやな」


「ほかの課の案件も含めて、調整できへんかなと思って」


「了解。確認しようか」


 尾崎は、うなずいた。


「……それと、西田」


「何や?」


「昨日の説明会、結構きつかったな」


「……せやな」


「社員からしたら、当然の質問やと思うけど」


「うん」


「……俺らも、まだ先が見えへんしな」


 西田は、少し考えた。


「……そうやな」


     *


 昼休み。


 尾崎は、スマートフォンを確認していた。


 家族から、夕食についての連絡が届いている。


 いつもなら、何気なく返事をするだけだった。


 しかし、今日は少し手が止まった。


 昨日の説明会で聞いた言葉が、頭に残っていた。


 ――今後も絶対にないとは、お約束できません。


 人員削減について尋ねられた金目の回答だった。


 尾崎は、スマートフォンで家計の記録を開いた。


 毎月の生活費。


 今後の支払い予定。


 そして、手元の貯蓄。


 数字を確認しても、すぐに何かが変わるわけではなかった。


 ただ、何も知らないままでいるよりは、少し落ち着いた。


     *


 尾崎は、家族からのメッセージを開いた。


 夕食についての、何気ない連絡。


 その返事を書こうとして、少し考えた。


 会社のことを、どこまで話すべきなのか。


 まだ、何も決まっていない。


 それでも、何も知らせずにいるのも違う気がした。


 尾崎は、短い返信を送った。


『今日、帰ったら少し話したいことがある』


 送信したあと、しばらく画面を見ていた。


     *


 同じ頃。


 開発部に配属されたばかりの新卒社員は、研修資料を開いていた。


 四月に入社して、まだ二か月ほど。


 覚えなければならないことは、たくさんある。


 昨日の説明会では、会社の経営について、初めて聞く話も多かった。


 売上。


 資金繰り。


 雇用。


 どれも、入社前には深く考えたことがなかった。


「……大丈夫かな」


 小さくつぶやいた。


     *


 隣にいた先輩社員が、顔を上げた。


「どうしたん?」


「……いえ、ちょっと」


 新卒社員は、少し迷った。


「昨日の説明会のこと、考えてまして」


「……そうやな」


 先輩社員が答えた。


「私も、ちょっと驚いたわ」


「そうですよね」


「でも、今すぐ何か決めなあかんわけちゃうし」


「……はい」


「わからんことあったら、聞いたらええと思うで」


「ありがとうございます」


     *


 新卒社員は、研修資料へ目を戻した。


 しかし、すぐには集中できなかった。


 この会社で、これから仕事を覚えていく。


 そう思って入社した。


 その未来が、今も同じように続くのか。


 まだ、わからなかった。


 少し考えたあと、新卒社員は研修の予定表を開いた。


 午後には、先輩社員との実習が入っている。


 その予定は、まだ変わっていなかった。


 新卒社員は、資料を閉じずに、実習で確認したいことをメモした。


 今、自分にできることは、まだあった。


     *


 2034年6月8日、木曜日。


 正午。


 株式会社カナメでは、午前中の仕事がひと区切りついていた。


 金目たちは、社員から寄せられた質問への対応を整理した。午後には、今後の事業計画と人員配置を話し合うことになっていた。


     *


 午後四時。


 金目、西田、高瀬、小坂の四人が、会議室に集まっていた。


 議題は、今後の事業計画と人員配置。


 昨日の全社員説明会で寄せられた質問についても、回答期限と担当者を決める必要があった。


 金目は、資料を開いた。


「……ほな、始めようか」


 三人がうなずいた。


「まず、営業部からお願いします」


     *


「現在の受注見込みを、改めて整理しました」


 小坂が資料を共有した。


「倒産した取引先の予定案件は、従来の見込みから外しています」


「ありがとうございます」


「そのうえで、既存のお客様への追加提案候補を洗い出しました」


 画面には、いくつかの案件が並んでいた。


 過去に相談を受けたもの。


 時期が合わず、見送られていたもの。


 そして、既存契約の拡張として提案できそうなもの。


「ただ、現時点では、いずれも正式な受注ではありません」


 小坂が続けた。


「せやな」


 金目がうなずいた。


「それでも、何もせず待つわけにはいきませんので」


「もちろんです」


「対応可能な案件から、営業活動を進めたいと思っています」


     *


「……ちょっとええか?」


 西田が口を開いた。


「はい」


 小坂が答えた。


「この案件、開始時期はどうなっとる?」


「お客様の希望としては、できるだけ早く、というお話です」


「……早く、か」


 西田は、資料を確認した。


「今、開発部の予定は組み直しとるところや」


「はい」


「空いとる人がおるからいうて、すぐその案件に入れるとは限らんで」


「それは承知しています」


 小坂は、うなずいた。


「ですので、まずはお客様のご要望を確認したいと思っています」


「……それならええけどな」


     *


「ただ、西田さん」


 小坂が続けた。


「はい?」


「今、営業部としては、新しい売上を作る必要があります」


「そら、わかっとるで」


「そのためには、ある程度早く動かなければなりません」


「……せやな」


「開発部の体制が確定するまで待っていたら、商談の機会そのものを失う可能性があります」


 西田は、少し考えた。


「……商談するんはええと思う」


「はい」


「ただ、納期を約束する前には、必ず確認してほしい」


「もちろんです」


 小坂は、少しだけ声を強めた。


「そこは、営業部としても理解しています」


     *


「……すみません」


 高瀬が口を開いた。


 三人が顔を向けた。


「一つ、確認させてください」


「はい」


 金目が答えた。


「現在の資金繰りでは、売上の計上時期だけでなく、実際の入金時期が重要になります」


「せやな」


「仮に新しい案件を受注できたとしても、入金まで数か月かかる場合があります」


 小坂がうなずいた。


「そうですね」


「その間に、外注費や設備費などの支出が先行する場合もあります」


「……なるほど」


 金目は、資料を確認した。


「つまり、受注が増えても、すぐ資金繰りが改善するとは限らんいうことですね」


「はい」


 高瀬が答えた。


「条件によっては、一時的に資金負担が増える可能性もあります」


     *


 会議室が静かになった。


 小坂は、新規案件の一覧を見た。


 西田は、開発部の稼働予定を確認している。


 高瀬は、資金繰り表を開いたままだった。


 三人とも、間違ったことは言っていない。


 しかし、それぞれの立場から見えている問題は違っていた。


「……ほな、どうする?」


 金目が尋ねた。


 すぐには、誰も答えなかった。


     *


「……一つ、提案してもええですか?」


 小坂が言った。


「お願いします」


「営業活動そのものは、止めずに進めたいと思っています」


「はい」


「ただし、正式な提案や契約の前に、開発部の対応可否と、業務部の資金面の確認を入れます」


 西田がうなずいた。


「それなら、こっちも判断できると思う」


 高瀬も、資料を確認した。


「支払条件や費用見込みを共有いただければ、資金繰りへの影響を試算できます」


「ありがとうございます」


 小坂は、うなずいた。


     *


「……ただな」


 西田が言った。


「何や?」


 金目が尋ねた。


「それでも、開発部の稼働が全部埋まるわけちゃうで」


「せやな」


「今、各課の予定を統合しとるけど、対象取引先の案件がなくなった場合、かなり空く」


「……なるほど」


「ほかの案件へ移せる人もおる。でも、全員は難しい」


 西田は、資料を切り替えた。


 課ごとの稼働予定。


 担当者の経験。


 配置変更の候補。


 そして、今後の案件見込み。


「……課長も含めて、配置案を作っとる」


 金目が顔を上げた。


「課長も?」


「せや」


     *


「今の三課体制を、そのまま維持できるかどうかも考えなあかん」


 西田が言った。


 小坂は、資料から目を上げた。


 高瀬も、黙って聞いている。


「もちろん、今すぐ課を減らす言う話ちゃうで」


「うん」


「ただ、仕事が大きく減った場合、管理する組織だけ今のまま残すんがええのか、考えなあかんと思う」


 金目は、少し黙った。


「……田村らには、もう話しとるんか?」


「いや」


 西田が答えた。


「まだ何も決まってへんからな」


「……せやな」


     *


「……ただ、金目」


 西田が続けた。


「うん?」


「昨日、社員には正直に話す言うたやろ」


「せやな」


「ほな、俺らも考えなあかんと思う」


「……何を?」


「今の組織を守ることと、今おる社員を守ることが、同じとは限らんいうことや」


 金目は、資料を見た。


 開発一課。


 開発二課。


 基盤運用課。


 これまで、会社の成長に合わせて整えてきた組織だった。


 しかし、仕事の量が変われば、必要な体制も変わる。


「……なるほどな」


 金目は、短く答えた。


     *


「ただ、組織を変えたら、すぐに費用が減るわけでもありません」


 高瀬が言った。


「そうですね」


 金目が答えた。


「役職や配置を変える場合には、本人との調整や、必要な手続きもあります」


「せやな」


「また、社員の雇用を維持するのであれば、給与などの支出は引き続き発生します」


 西田がうなずいた。


「……そこはわかっとる」


「はい」


「ただ、今の体制が必要かどうかは、別に考えたいんや」


「それは、そのとおりだと思います」


     *


 金目は、三人の資料を見比べた。


 営業部には、受注の見込みがある。


 開発部には、空く可能性のある人員がいる。


 業務部には、支払いを続けるための資金繰り表がある。


 しかし、それらを単純に組み合わせれば、会社が立て直せるわけではなかった。


「……ほな、一つ決めようか」


 三人が、金目へ目を向けた。


     *


「新しい商談は、営業部で進めてください」


 金目が言った。


「承知しました」


 小坂が答えた。


「ただし、正式な受注の前に、開発部と業務部で確認する」


「了解」


 西田がうなずいた。


「特に、納期と支払条件は、必ず確認したいです」


「はい」


 高瀬が答えた。


「それから、開発部の配置案は、複数の条件で作ってください」


「わかった」


「ただ、まだ人員削減や組織変更を決める段階ではないと思っています」


「せやな」


     *


「……それと」


 金目が続けた。


「はい」


 高瀬が顔を上げた。


「今の事業計画を、もう一回作り直しましょう」


 三人が、資料を確認した。


「倒産した取引先の売上を見込まない場合」


「はい」


「新しい案件を受注できた場合」


「それから、受注できなかった場合」


 金目は、少し考えた。


「その三つを見て、会社としてどこまで対応できるか判断したいです」


 高瀬がうなずいた。


「承知しました。資金繰りと合わせて整理します」


     *


「……金目」


 西田が声をかけた。


「何や?」


「それ、いつまでに決める?」


 金目は、少し黙った。


 いつまでに。


 昨日の説明会でも、社員から同じことを聞かれていた。


 金目は、高瀬へ目を向けた。


「……高瀬さん」


「はい」


「今の資金繰りで、判断を先延ばしにできる期限は、どこになります?」


 高瀬は、資料を確認した。


「……現在の条件では、複数の期限があります」


「なるほど」


「給与の支払日、外注費の支払日、それから金融機関への相談に必要な時間です」


 金目は、うなずいた。


     *


「……ほな、そこから逆算しようか」


 金目が言った。


「はい」


「社員への回答期限だけ決めても、俺らの判断が間に合わんかったら意味ないしな」


 高瀬が、資料を開いた。


「では、資金繰り上の期限と、経営判断の期限を分けて整理します」


「お願いします」


 金目は、少し考えた。


「……それと、金融機関からの回答を待てる期限も入れといてください」


「承知しました」


     *


 午後五時。


 会議は終了した。


 金目たちは、新しい受注の進め方と、事業計画の見直し方針を決めた。


 ただし、まだ資金調達は決まっていない。


 開発部の配置も、確定していない。


 社員の待遇についても、答えは出ていなかった。


 それでも、今日一つだけ変わったことがある。


 何を確認するかだけではなく、いつまでに判断しなければならないかを考え始めたことだった。


     *


 午後五時過ぎ。


 開発一課では、田村洋介が西田から届いた連絡を確認していた。


 各課の稼働状況と、担当者の経験を整理してほしいという依頼だった。


 田村は、午前中に作成した配置候補の資料を開いた。


 倒産した取引先の案件を担当していた社員。


 ほかの技術にも対応できる社員。


 そして、今後の仕事がまだ決まっていない社員。


 一人ずつ、名前を確認していく。


 田村は、ある社員の名前の横に、短いメモを加えた。


 ――別案件への配置可能性あり。本人確認済み。


 その下には、まだ空欄が残っていた。


 田村は、少し考えたあと、別の社員へ連絡した。


「……ちょっと、今ええ?」


 できることは、まだあった。


     *


 開発二課では、尾崎達也が翌週の予定表を閉じたところだった。


 今日、西田と話した内容を思い返していた。


 ほかの課との案件調整。


 担当者の配置。


 そして、今後の開発部の体制。


 どれも、まだ決まっていない。


 尾崎は、スマートフォンを取り出した。


 昼休みに家族へ送ったメッセージには、返事が届いていた。


『わかった。帰ってから聞くね』


 尾崎は、少しだけ画面を見つめた。


 会社では、課長として部下の仕事を考える。


 しかし、家に帰れば、家族の一人だった。


 その両方を、同じように大切にしたかった。


 尾崎は、パソコンを閉じた。


 今日は、少し早く帰ることにした。


     *


 営業部では、大本恭平が翌日の打ち合わせ資料を確認していた。


 松井から指摘された納期の記載は、すでに修正してある。


 開発部の確認が必要な項目には、印をつけた。


 そして、過去の商談記録から選んだ二件についても、再度相談するための準備を進めていた。


「……松井さん」


 大本が声をかけた。


「はい?」


「明日の資料、修正しました」


「ありがとうございます」


「あと、以前のお客様への確認も、まずは状況を伺う形にしています」


「よいと思います」


 松井は、資料を確認した。


「……大本さん」


「はい?」


「焦らなくて大丈夫ですよ」


 大本は、少し黙った。


「……焦っとるように見えます?」


「少しだけ(笑)」


「……そうですか(笑)」


 二人は、少し笑った。


「でも、仕事は丁寧に進めましょう」


「はい!」


     *


 業務部では、福原奈央が個別相談窓口の予約状況を確認していた。


 すでに、いくつかの相談希望が届いている。


 給与について。


 今後の働き方について。


 そして、会社の状況について。


 福原は、相談内容を担当者ごとに整理した。


 ただし、相談者の氏名や詳細は、必要な担当者以外には共有しない。


 その中に、自分自身の予約もあった。


 直属の上司以外との面談を希望している。


 福原は、予約内容を確認した。


 まだ、何を話すかは決めていなかった。


 ただ、相談してもよい場所がある。


 それだけで、少し気持ちが軽くなっていた。


     *


 午後六時。


 金目は、自席で未回答事項の一覧を確認していた。


 昨日の説明会で寄せられた質問。


 給与。


 賞与。


 雇用。


 人員配置。


 そして、社員の進路相談。


 それぞれに担当者が設定され、次回報告日も記載されている。


 今日の会議を受けて、さらに新しい項目が追加されていた。


 ――経営判断の期限。


 金目は、その列を確認した。


     *


 給与の支払日。


 外注費の支払日。


 金融機関からの回答を待てる期限。


 そして、事業計画を見直すために必要な日程。


 どれも、会社の都合だけでは変えられないものだった。


 金目は、一覧を見直した。


 昨日、社員から聞かれた言葉を思い出す。


 ――いつまでに何を教えてもらえるんでしょうか?


 そのときは、正確な期限を答えられなかった。


 今も、すべての答えが出ているわけではない。


 しかし、いつまでに判断しなければならないかは、少しずつ整理できていた。


     *


「……金目」


 西田が声をかけた。


「おお、どうしたん?」


「今日の会議の件、ちょっとええか?」


「もちろんやで」


 西田は、隣の椅子に座った。


「開発部の配置案、もう少し整理してみるわ」


「頼むで」


「ただ、金目」


「何や?」


「今の三課体制を変えることになったら、結構大きな話になるで」


「……せやな」


「課長らにも、ちゃんと説明せなあかん」


「もちろんや」


 金目は、うなずいた。


「まだ何も決まってへんけど、決めるときはちゃんと話そう」


「了解」


     *


「……しかし」


 西田が、少し考えた。


「何や?」


「俺ら、今まで会社大きくする話ばっかりしとったな」


 金目は、少し笑った。


「……せやな」


「人増やして、課を増やして、事務所も広くして」


「ほんまやな」


「……それを、今度は見直さなあかんかもしれん」


 金目は、資料を見た。


「……まあ、そうなるな」


 西田は、少し黙った。


     *


「……金目」


「何や?」


「お前、今の会社、どこまで残したい?」


 金目は、すぐには答えなかった。


 開発部。


 営業部。


 業務部。


 そして、そこで働く社員たち。


 これまで、少しずつ増えてきた仲間だった。


「……正直、全部残したいで」


 金目が答えた。


「せやろな」


「でも、全部残せるかどうかは、まだわからん」


「……せやな」


 金目は、少し考えた。


「……ほな、残せる方法を考えるしかないやろ」


 西田がうなずいた。


「せやな」


     *


 西田が席を立ったあと。


 金目は、未回答事項の一覧をもう一度開いた。


 担当者。


 次回報告日。


 判断期限。


 そして、回答状況。


 いくつかの欄には、まだ「未確定」と記載されている。


 金目は、その文字を見た。


 今は、答えがない。


 しかし、答えがないままでよい期限も、無限ではなかった。


     *


 同じ頃。


 尾崎は、家族と夕食を囲んでいた。


 いつもの食卓。


 いつもの会話。


 しかし、今日は、会社のことを話さなければならなかった。


「……ちょっと、仕事のことで話があるんやけど」


 家族が、顔を上げた。


「どうしたん?」


 尾崎は、少し考えた。


「……会社の大きなお客さんが、倒産してな」


「……え?」


「今後、仕事が減るかもしれんのや」


 家族は、黙って聞いていた。


「まだ、何も決まってへんけど」


「……そうなんや」


 尾崎は、うなずいた。


     *


「……大丈夫なん?」


 家族が尋ねた。


 尾崎は、すぐには答えなかった。


 昨日、金目が社員たちへ説明した言葉を思い出した。


 ――今後も絶対にないとは、お約束できません。


「……まだ、わからん」


 尾崎が答えた。


「でも、何かあったときに困らんように、今から考えとこうと思う」


 家族は、少し考えた。


「……そうやな」


「うん」


「ほな、今度の休みに、一緒に家計も確認しよか」


 尾崎は、うなずいた。


「……ありがとう」


     *


 2034年6月8日、木曜日。


 株式会社カナメでは、社員たちがそれぞれの一日を終えようとしていた。


 田村は、部下の次の仕事を探していた。


 尾崎は、家族へ会社の状況を伝えた。


 大本は、新しい仕事につながる可能性を探し始めた。


 福原は、社員の相談を受け付ける仕組みを整え、自分自身も相談することを選んだ。


 そして金目は、会社として判断しなければならない期限を整理した。


 それぞれが、自分にできることを始めていた。


 ただし、その行動が、同じ未来へつながるとは限らない。


 会社を続けたい人。


 今の仕事を守りたい人。


 家族の生活を守りたい人。


 そして、自分の将来を考え始めた人。


 誰も、まだ答えを持っていなかった。


 それでも、時間は進んでいく。


 答えが出るのを、待ってはくれなかった。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、全社員説明会の翌日、カナメで働く人たちの一日をお届けしました。


同じ説明を聞いても、受け止め方は人それぞれ。


部下の次の仕事を探す田村。


家族へ会社の状況を伝える尾崎。


新しい仕事の可能性を探す大本。


社員の相談窓口を整えながら、自分自身も不安を抱える福原。


そして、会社として何をいつまでに判断するべきかを考える金目たち。


誰もが、それぞれの立場でできることを始めています。


ただ、会社を守りたいという思いと、自分や家族の生活を守りたいという思いが、必ずしも同じ結論につながるとは限りません。


残ることも、別の道を選ぶことも、簡単な判断ではないのでしょう。


まだ、誰も答えを出していません。


それでも、日々の仕事も、それぞれの人生も続いていきます。


次回も、引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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