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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第五章 守りたいもの
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103/172

残された時間

 2034年6月6日、火曜日。


 大阪・本町。


 株式会社カナメでは、昨日から続く確認作業が、朝から進められていた。


 主要取引先の一社が、法的整理に入った。


 その知らせが届いてから、まだ一日も経っていない。


 営業部では契約状況を調べ、開発部では進行中の案件を確認し、業務部では請求と入金予定を整理していた。


 そして今日。


 金目は、朝から高瀬との打ち合わせを予定していた。


     *


 午前九時。


「金目さん、おはようございます」


 高瀬が、会議室へ入ってきた。


「おはようございます」


 金目が答えた。


「昨日の資料、確認しました。ありがとうございます」


「いえ。まだ確認できていない項目もありますが」


「それで大丈夫です」


 金目は、資料を開いた。


「今日は、資金繰りの方を確認したいんです」


「承知しました」


 高瀬は、画面を共有した。


 現在の預金残高。


 今後の入金予定。


 そして、給与や外注費、事務所賃料などの支払予定。


 いつもの月次資料と、並んでいる項目は同じだった。


 しかし、今回はその横に、新しい列が追加されていた。


 ――入金が予定どおり行われない場合。


     *


「まず、現在の資金残高についてご説明します」


 高瀬が言った。


「お願いします」


「直近の給与や外注費については、現在の預金残高で支払い可能です」


「……そらよかった」


 金目は、うなずいた。


「ただし、今後の入金予定には、今回の取引先からのものが含まれています」


「せやな」


「そのため、予定どおり入金されなかった場合の影響を確認しています」


「ありがとうございます」


 金目は、資料を見直した。


「……ちなみに、ほかのお客様からの入金は?」


「現在のところ、予定どおり見込んでいます」


「了解です」


「ただし、今回の影響で案件の進行時期が変われば、今後の入金予定も変わる可能性があります」


「せやな」


     *


「こちらが、通常の入金予定を前提とした資金繰りです」


 高瀬が、最初の表を示した。


「なるほど」


「そして、こちらが対象取引先からの入金が当面ない場合です」


 金目は、二つの表を見比べた。


 支払予定は、ほとんど変わっていない。


 給与。


 社会保険料。


 外注費。


 事務所賃料。


 しかし、入金予定の一部がなくなっている。


「……結構違うな」


 金目が言った。


「そうですね」


 高瀬が答えた。


「現時点では、回収可能額を確定できていませんので、入金がない場合も想定しています」


「せやな」


「ただし、これは全額回収不能と確定したという意味ではありません」


「了解です」


     *


「それから、もう一つあります」


 高瀬が続けた。


「はい」


「今後の予定案件についても、見直しが必要になります」


「……ああ、そっちもあるな」


 金目は、うなずいた。


「これまで、対象取引先からの継続案件を売上見込みに含めていました」


「せやな」


「しかし、今後も同じように受注できるとは考えられません」


「なるほど」


「そのため、予定案件がなくなった場合の試算も用意しています」


 高瀬は、三つ目の表を示した。


     *


 金目は、資料を見比べた。


 一つ目は、従来の事業計画を前提としたもの。


 二つ目は、対象取引先からの入金が当面ない場合。


 三つ目は、入金がなくなり、今後の予定案件も失われる場合。


 いずれも、現時点で確認できている数字をもとにした試算だった。


 ただし、前提条件が変われば、結果も変わる。


「……なるほどな」


 金目は、少し考えた。


「高瀬さん」


「はい」


「このまま支出を変えへんかったら、いつ頃まで持ちそうですか?」


 高瀬は、資料を切り替えた。


「現在の条件では、回収状況や今後の受注によって幅があります」


「せやな」


「ただ、最も厳しい条件では、資金残高が継続的に減少する見込みです」


「……なるほど」


「現状の支出を維持したままでは、いずれ必要な支払いに対して資金が不足する可能性があります」


 金目は、しばらく資料を見ていた。


     *


「……つまり」


 金目が口を開いた。


「はい」


「今すぐどうこういう話ではないけど、このままやったらあかんいうことやな」


「そうですね」


 高瀬が答えた。


「何らかの対応が必要になる可能性が高いと考えています」


「……わかった」


 金目は、うなずいた。


「ありがとうございます」


「いえ」


「この資料、経営会議でも共有してください」


「承知しました」


     *


 午前十時三十分。


 緊急経営会議が始まった。


 参加しているのは、金目、西田、高瀬、小坂の四人。


 昨日の午後にも、同じ顔ぶれで情報共有を行っていた。


 しかし、今日は違う。


 昨日は、何が起きているのかを確認した。


 今日は、その影響を踏まえて、会社として何をするべきか考える。


「……ほな、始めようか」


 金目が言った。


 三人がうなずいた。


     *


「まず、営業部からご報告します」


 小坂が資料を共有した。


「昨日から、対象取引先との契約状況を確認しています」


「ありがとうございます」


「契約済みの案件については、現在の契約条件と進行状況を整理しました」


「なるほど」


「ただし、今後の扱いについては、先方の正式な連絡を待つ必要があります」


「せやな」


「相談段階だった案件については、いったん受注見込みから外す方向で考えています」


「……そうやな」


 金目は、うなずいた。


「今までどおり受注できる前提には、もうできへんな」


「はい」


     *


「開発部の方はどうや?」


 金目が尋ねた。


「一課と二課で、対象取引先の開発案件を担当しとる」


 西田が答えた。


「せやな」


「そのうち、今週から着手する予定やった案件は、契約の扱いを確認するまで待っとる」


「了解」


「進行中の案件についても、必要な作業と、判断を待てる作業を分けとるで」


「ありがとうございます」


「基盤運用課の方は、今のところ監視を続けとる」


「せやな」


 金目は、うなずいた。


「勝手に止めるわけにはいかんしな」


「ほんま、それや」


     *


「……ただ、金目」


 西田が続けた。


「うん?」


「この先、対象取引先の案件がなくなると、開発部の予定も結構変わるで」


「せやな」


「今は、担当者が決まっとる仕事もあるけど」


「うん」


「それがなくなった場合、別の案件へ移す必要がある」


「なるほど」


「ただ、すぐに全員分の仕事が用意できるとは限らん」


 金目は、うなずいた。


「……せやな」


 西田は、資料を閉じた。


「そこは、早めに考えとかなあかんと思う」


「ありがとう」


     *


「次に、業務部からご報告します」


 高瀬は、朝、金目と確認した三条件の試算を共有した。直近の支払いはできるが、入金の停止に今後の案件消失まで重なると、残高の減り方が変わる。


「……結構、違うな」


 西田が、三つの表を見比べた。


「営業部でも、受注見込みを見直します」


 小坂が言った。


「お願いします。確定している契約と、まだ相談段階だったものは、分けて考えたいです」


「承知しました」


 金目は、三人の報告を聞きながら資料へ目を戻した。


 受注見込みが変われば、開発部の仕事も、入金予定も変わる。どれか一つの部署で埋められる穴ではなかった。


「今の支出を続けたら、いずれ資金が足らんようになる可能性がある。時期には、まだ幅があるんですね」


「はい。現在の試算では、そうなります」


 高瀬が答えた。


 直近の給与を支払えることと、これまでの計画を続けられることは違った。金目は、その違いを三つの表の前で受け止めていた。


     *


 午前十一時五十分。


 金目は、資料を閉じた。


「……ほな、午後は対応を考えようか」


 西田がうなずいた。


「せやな」


「まず、何を続けなあかんのか」


 金目が続けた。


「それから、何を変えられるのか」


「はい」


 高瀬が答えた。


「今ある情報で、できることから決めていきたいと思います」


「承知しました」


 小坂も、うなずいた。


     *


 2034年6月6日、火曜日。正午。


 損失額も、失われる案件の全体も、まだ確定していない。それでも、昨日までの事業計画を変える必要だけは見えていた。


     *


 午後一時。


 金目、西田、高瀬、小坂の四人が、再び会議室へ集まった。午前中の資料を机に広げ、今度は、何を守り、何を変えるかを決める。


     *


「……ほな、続き始めようか」


 金目が言った。


 三人がうなずいた。


「まず、今までどおり続けなあかんことを確認したいんです」


「はい」


 高瀬が答えた。


「給与の支払いは、予定どおり進めます」


「承知しました」


「直近の支払いは問題ないんですよね?」


「はい。現在の資金残高では対応可能です」


「了解です」


 金目は、少し考えた。


「ただ、その先まで何も変わらんとは言えへんので」


「そうですね」


「そこは、引き続き確認をお願いします」


「承知しました」


     *


「それから、ほかのお客様の仕事は止めへん」


 金目が続けた。


「せやな」


 西田がうなずいた。


「倒産した取引先以外の案件については、今のところ予定どおり進められるで」


「そらよかった」


「ただ、開発部の担当を調整する必要は出てくるかもしれん」


「せやな」


「そこは、西田に任せるわ」


「了解」


 金目は、小坂へ目を向けた。


「営業部も、ほかのお客様との仕事は予定どおり進めてください」


「承知しました」


「今までの契約は、ちゃんと守りたいんで」


「はい」


     *


「……では、次に変えられるところを考えようか」


 金目が言った。


 高瀬が、支出予定の資料を開いた。


「現在、予定されている設備投資と、新規の支出について整理しています」


「ありがとうございます」


「通常業務に必要なものを除けば、時期を調整できる支出もあります」


「なるほど」


「まずは、そちらを一時的に保留する方法が考えられます」


 金目は、うなずいた。


「それでいこうか」


「承知しました」


「ただ、仕事を続けるのに必要なものまで止めんといてください」


「はい」


「何が必要かは、各部門で確認してもろたらええと思います」


     *


「採用の方はどうしましょうか?」


 高瀬が尋ねた。


 金目は、少し考えた。


「……今の採用計画、どこまで進んどります?」


「現在、選考中の候補者がいます」


「なるほど」


「内定済みの方については、現時点で確認できている範囲では予定どおりです」


「了解」


 金目は、資料を見直した。


「……ほな、新しい募集を増やすんは、いったん待とうか」


「承知しました」


「ただ、すでに約束しとることは、勝手に変えんようにしてください」


「はい」


「選考中の方についても、状況を確認してから判断したいです」


「承知しました」


     *


「……次は、倒産した取引先への対応やな」


 金目が言った。


 小坂が、契約一覧を開いた。


「現在、契約書と発注書の確認を進めています」


「ありがとうございます」


「先方の正式な連絡窓口については、引き続き確認中です」


「なるほど」


「こちらから連絡を取る場合も、対応方法を確認してから進めたいと思っています」


「そうですね」


 金目は、うなずいた。


「契約の扱いは、専門家にも確認しようか」


「承知しました」


「勝手に判断して、あとから困るんは避けたいしな」


 西田も、うなずいた。


「せやな。運用中のシステムもあるし」


     *


「高瀬さん、資金調達の方はどうですか?」


 金目が尋ねた。


「現時点では、既存の金融機関との取引状況を整理しています」


「なるほど」


「今後、追加の運転資金が必要になる場合に備えて、相談の準備を進めることはできます」


「お願いします」


 金目は、少し考えた。


「まだ借りると決めたわけではないけど、選択肢は持っときたいんです」


「そうですね」


「条件がわかってから考えるより、先に相談しといた方がええやろうし」


「承知しました」


     *


「営業部の方も、今後の受注見込みを整理します」


 小坂が言った。


「お願いします」


 金目が答えた。


「ただ、すぐに失った売上を全部埋められるとは思っていません」


「せやな」


「既存のお客様への追加提案や、新しい商談の状況を確認していきます」


「ありがとうございます」


 金目は、うなずいた。


「無理な条件で受注せんようにしてください」


「はい」


「仕事増やそうとして、別の問題作ってもしゃあないしな」


 小坂は、少し笑った。


「そうですね」


     *


 会議では、その後も具体的な対応が整理された。


 不要不急の新規支出は、一時的に保留する。


 倒産した取引先との契約については、専門家へ確認する。


 資金調達の選択肢を調べる。


 既存顧客との仕事は、引き続き進める。


 そして、開発部では案件の状況に応じて、人員配置を見直す準備をする。


 どれも、すぐに失われた売上を取り戻せる方法ではなかった。


 しかし、今できることだった。


     *


 午後三時。


 会議を終えたあと、金目は高瀬と西田を呼び止めた。


「……ちょっとええ?」


「はい」


 高瀬が答えた。


「何や?」


 西田も、席に戻った。


「社員への説明のことなんやけど」


 二人が、金目へ目を向けた。


「そろそろ、ちゃんと話さなあかんと思うんよ」


「そうですね」


 高瀬がうなずいた。


「開発部でも、今回の件を知っとる社員はおるしな」


 西田が言った。


「せやろ」


「担当案件の確認もしとるから、何かあったんはわかっとると思うで」


「そうやな」


     *


「……ただ、今の段階で何を話せるやろな」


 金目が言った。


 高瀬は、少し考えた。


「確認できている事実と、会社として決めた対応方針は説明できます」


「せやな」


「一方、損失額や今後の資金繰りについては、まだ確定していない部分があります」


「そうですね」


「そこは、未確定であることを明確にした方がよいと思います」


「……せやな」


 金目は、うなずいた。


     *


「……社員からしたら、不安やろな」


 西田が言った。


「そらそうやろ」


 金目が答えた。


「自分の担当しとる仕事がどうなるかわからん人もおるし」


「せやな」


「会社のことも、気になるやろうしな」


 高瀬が、少し考えた。


「説明の機会を設けた方がよいと思います」


「そうですね」


 金目は、うなずいた。


「ほな、全社員向けに時間を取ろうか」


「了解」


 西田が答えた。


「業務部で、日程と案内を調整します」


「お願いします」


     *


「……ただ、一つだけ」


 金目が言った。


「はい?」


 高瀬が尋ねた。


「大丈夫やから安心してくれ、とは言わんようにしたいんです」


 二人は、静かに聞いていた。


「まだ、どこまで影響するかわかってへんし」


「そうですね」


「わからんことを、大丈夫や言うてもしゃあないんで」


 西田がうなずいた。


「せやな」


「今わかっとることと、会社として何をするつもりなんか」


 金目は、少し考えた。


「そこを、ちゃんと伝えたいと思います」


「承知しました」


 高瀬が答えた。


     *


 午後四時。


 金目は、自席へ戻っていた。


 机の上には、昨日から確認してきた資料が並んでいる。


 先月までの事業計画。


 新しく作られた資金繰りの試算。


 倒産した取引先との契約一覧。


 そして、今日決めた対応方針。


 金目は、それぞれを見直した。


 直近の給与は支払える。


 ほかの顧客との仕事も続けられる。


 しかし、これまでと同じ支出を続けることは難しくなるかもしれない。


 そのために、今できることから始める。


 今日決められたのは、そこまでだった。


     *


「……金目」


 西田が声をかけた。


「おお、どうしたん?」


「ちょっと様子見に来た」


「……何やそれ(笑)」


 金目は、少し笑った。


 西田は、隣の椅子に腰を下ろした。


「……どうや?」


 金目は、資料を見た。


「……思っとったより、厳しいな」


「せやな」


「昨日までは、どこまで影響あるんかもわからんかったけど」


「うん」


「今日、数字見たら、さすがにこのままではあかんいうんはわかったわ」


 西田は、うなずいた。


     *


「……でも、まだ何も決まったわけちゃうしな」


 金目が言った。


「せやな」


「今後の入金も、全部なくなると決まったわけちゃう」


「うん」


「ほかのお客様との仕事もあるし」


「せやな」


 金目は、少し考えた。


「……ほな、できることからやろうか」


 西田が、うなずいた。


「せやな」


     *


「……しかし、金目」


 西田が言った。


「何や?」


「お前、ちゃんと飯食うたんか?」


「……あ」


 金目は、時計を見た。


 午後四時を過ぎていた。


「……忘れとった(笑)」


 西田が、少し呆れたように笑った。


「……あかんやろ(笑)」


「せやな(笑)」


「会社のこと考えるんはええけど、自分が倒れたら困るで」


「……ほんまやな」


 金目は、少し笑った。


「ほな、何か食べてくるわ」


「そうしとき」


     *


 午後五時。


 金目は、翌日の予定を確認していた。


 金融機関との相談準備。


 契約対応についての専門家への確認。


 そして、全社員への説明に向けた資料の整理。


 やるべきことは、昨日より増えていた。


 それでも、今日、何を先にするべきかは少し見えてきた。


 金目は、資料を保存した。


     *


 失われる売上も、回収できるお金も、まだ確定していない。


 明日の予定は埋まったが、会社がどこまで耐えられるのかは、わからないままだった。


 それでも金目は、保存した資料を閉じた。


 残された時間を、明日の相談と説明のために使わなければならなかった。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、主要取引先の倒産による影響が、具体的な数字として見え始めるお話でした。


直近の支払いはできる。しかし、これまでと同じように会社を運営し続けられるとは限らない。


金目たちは、そんな現実に直面しています。


会社を守るためには、何を続け、何を変えるべきなのか。


金目が最初に決めたのは、社員への給与を予定どおり支払い、ほかのお客様との仕事を続けることでした。


同時に、支出の見直しや資金調達の準備も始めています。


ただし、これで問題が解決したわけではありません。


何を守りたいのかが明確になっても、すべてを守れるとは限らないからです。


そして、金目自身もまた、この状況に向き合う一人の人間です。


西田が食事を気にかけたのも、長い付き合いだからこそなのでしょう。


まだ、危機は始まったばかり。


金目たちがこれから何を選び、どのような判断を重ねていくのか。


引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

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